この歌集に登場するのは、夫と二人の子どもや、日常の出来事、身の回りの風景といったものである。旅行詠も社会詠もほとんどなく、歌の世界はけっして広くはない。それなのに(それゆえに、と言うべきか)一首一首に陰影や襞があって、深い奥行きを感じさせる。
表現の面では、「どうだ!」とか「やってやろう」といった感じの歌はなく、落ち着いている。それでいて、ありふれた歌にはなっていない。どの歌にも読み手を立ち止まらせるだけの力がある。それは作者のモノを見る眼が、単なる観察者のものではなく、優しい眼差しを含んでいるからではないだろうか。
紋白蝶もめんのように懐かしい 畑の上を振り向かずゆく
はじめての釣り竿伸ばし川に立つ顔をしている 子は夜の部屋に
目薬を誰かに注してあげたいな春の屋上まで階を登りて
「うずら塾」鶉の二羽が看板に描かれて路地の入り口にある
つぎつぎとつつじを吸いて娘は行きぬ光をはじくふくらはぎして
レントゲン撮れば病気が治るとも子は思うらしハムスター抱きて
さびしさに分解したるボールペン小さいばねが撥ねてころがる
五分前に初めて会いし歯科医なり奥歯の底を丹念に掘る
出来損ないの弟のようになつかしくあきらめもするこの子のことを
恋力われに無くなるその日まで山あじさいの葉を撫でている
あとがきにある「好きなものばかりを詠んでいる」という言葉が、一番よくこの歌集を表しているように思う。それは簡単なようでいて、実はなかなか強い意志を必要とすることだ。どの歌からも、取り替えのきかない日々の確かさが感じられる。それはまた、決して巻き戻すことのできない時間が、この歌集に流れているということでもある。
2011年12月25日、砂子屋書房、3000円。