わたしの好きな、若々しい相聞歌である。二人で一緒にいることは幸せなことであるに違いないのに、二人が一緒に居る故にいっそう寂しさが感じられる時がある。理由はわからない。どこか湖の奥にカイツブリが鳴いていると不意に呟く恋人にも、同じ思いは去来していたのだろう。 /永田和宏『京都うた紀行』(2010年)
さて、高安のこの歌を初めて読んだ時、すぐに思い浮かんだのがドイツ語の「Zweisamkeit」という単語であった。「Einsamkeit」が「孤独、一人ぼっちの寂しさ」を意味するのに対して、「Zweisamkeit」は「二人でいることの寂しさ」を意味する言葉。永田の鑑賞文にある「二人が一緒に居る故にいっそう寂しさが感じられる」というのに相当する。ドイツ語にはこんな言い方があるのかと、学生時代に印象に残った言葉だった。おそらく高安の意識にも、この語があったのではないかという気がする。
これについては、既に水沢遙子による指摘がある。
一九三六年の作品である。これらは、リルケの詩人としてのあり方に愛情と信頼をよせ、受けた影響をみずからの作品に生かした堀辰雄の世界を思い起こさせる。(…)「二人ゐて何にさびしき」は「Zweisamkeit ツヴァイザムカイト 差向いの羞しさ」(短編「晩夏」にある)ではないだろうか。 /水沢遙子『高安国世ノート』(2005)
この中で水沢の挙げている堀辰雄の小説『晩夏』も引いておこう。思い立って妻と二人で旅に出た作者が、夏の終わりの野尻湖を訪れる話である。湖畔の外国人向けのホテルに宿泊した二人は、ある日、湖の反対側まで歩いて出かけた。
湖の水がずっと向うまで引いているのをいい事に、私達は渚づたいに宿の方へ帰って往った。
葭がところどころに群生している外には、私達の邪魔になるようなものは何者もなかった。一箇処、岸の崩れたところがあって、其処に生えていた水楢の若木が根こそぎ湖水へ横倒しにされながら、いまだに青い葉を簇(むら)がらせていた。私達はその木を避けるために、殆ど水とすれすれのところを歩かなければならなかった。が、その時にでさえ、湖の水は私達の足もとで波ひとつ立てず、何のにおいさえもさせなかった。それでいて、湖全体が何処か奥深いところで呼吸(いき)づいているらしいのが、何か異様に感ぜられた。
「Zweisamkeit!……」そんな独逸語が本当に何年かぶりで私の口を衝(つ)いて出た。――孤独の淋しさ(アインザアムカイト)とはちがう、が殆どそれと同種の、いわば差し向いの淋しさ(ツワイザアムカイト)と云ったようなもの、そんなものだってこの人生にはあろうじゃあないか?
「そうだろう、ねえ、お前……」私は口の中でそんな事をつぶやくように言ってみた。
「何あに?」と、ひょっとしたら妻が私に追いついて訊き返しはしないかしらと思った。しかし妻にはそれが聞えよう筈もなく、私の少しあとから黙ってついて来るだけだった。
『晩夏』は昭和15年の作品で高安の歌の4年後のものであるが、シチュエーションがよく似ているように思う。二人の感性には共通するものがあったのだろう。堀辰雄が野尻湖を訪れたのは昭和14年のことだが、その4年後、昭和18年に高安も家族でこの野尻湖を訪れている。(これについては、「高安国世の手紙11」(「塔」2009年11月号)で既に触れた)
最後にもう一度、高安の歌を一首前の歌とならべて引いておこう。
青海苔の生(お)ひ付く岸を踏みゆきて黙(もだ)居(を)るときに恋(こ)ほしきものを
二人ゐて何にさびしき湖(うみ)の奥にかいつぶり鳴くと言ひ出づるはや