旧植民地関連の本。
1941年7月に南洋庁国語編集書記としてパラオに赴任した中島敦。彼が家族に宛てた手紙と南洋を舞台にした小説『南島譚』『環礁』をまとめたアンソロジー。当時の南洋群島の様子がとてもよくわかる。
一口に南洋群島と言っても広い。それは端的に日の出の時刻の違いとなって表れる。
パラオとヤルートとは東西千里も離れているんだから、同じ時計時間では無理なんだが、それを、みんな東京時間に統一したもんだから、おかしなことになる。(…)ヤルートへ行くと三時半頃には夜が明けちまうそうだ。
また、1941年11月21日の手紙には次のように書かれている。
何という船が、何日に出帆するというだけの事さえ、葉書に書いてもいけないし、電報に打ってもいけないんだ。全部秘密にしなければいけないんだ。まるで戦時状態だね。
実際にこの手紙から半月後の12月8日に太平洋戦争が始まるのである。
妻に宛てた手紙の文章はどれもいい。「僕によこす手紙は、やはり桓の名前にしろよ。(少しテレクサイからな)」とか「南洋群島の群の字を郡と間違えてはダメ。群だよ」とか、中島敦の素顔がのぞく部分がいっぱいある。また、幼い二人の息子のことを心配する文章は特に胸を打つ。中島敦が翌1942年に亡くなることを思うとなおさらである。川村湊編『中島敦 父から子への南洋だより』も読んでみようと思う。
この文庫本の困ったところは小説部分に誤植が非常に多いこと。例えば「ナポレオン」というわずか12ページの短編に、見つけただけで6か所の誤植がある。それも一目で誤植とわかるような、意味が通らないものばかり。
・「趣く新米の私」→「極く新米の私」
・「担えることにした」→「控えることにした」
・「某い警官」→「若い警官」
・「変い質さ」→「狡い賢さ」
・「線色の水」→「緑色の水」
・「其白い砂」→「真白い砂」
ちょっとひど過ぎる。
2001年9月25日、中公文庫、800円。