2022年01月01日

歌集・歌書一覧

*この記事は常に一番上に表示されます。
 最新の記事は3つ下をご覧ください。

私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の10冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房)*在庫あり
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林)*在庫あり
・『紫のひと』(2019年、短歌研究社)*在庫あり
・『駅へ』新装版(2021年、野兎舎)*在庫あり https://yatosha.stores.jp/items/600d346831862555b743dcdb

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林)*在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林)
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房)
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院)

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(☆を@に変えて下さい)

また、BOOTHでも購入できます。
masanao-m.booth.pm/

posted by 松村正直 at 00:00| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルチャーセンター一覧

大阪、京都、兵庫などでカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。
まったく初めての方も大歓迎です。

◎NHK学園オンライン講座
 「短歌のコツ」 木曜日(月に2回) 19:30〜20:45

◎毎日文化センター梅田教室 06‐6346‐8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075‐254‐2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075‐623‐5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075‐573‐5911
 「短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00

◎住吉カルチャー
 「はじめての短歌」 毎月第1金曜 10:30〜12:30
 *神戸市東灘区文化センターで行っている自主カルチャーです。
  受講を希望される方は松村まで直接お申し込みください。

posted by 松村正直 at 00:00| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月31日

2021年の活動記録

作品
 ・「心臓は心臓」7首(「短歌往来」4月号)
 ・「土を掘る」15首(「パンの耳」第4号)
 ・「面と向かって」7首(「短歌研究」5月号)
 ・「心理」3首(「うた新聞」5月号)
 ・「家族会議」10首(第32回文学フリマ東京)

連載
 ・啄木ごっこ(第27回)函館へ(「角川短歌」1月号)
 ・啄木ごっこ(第28回)苜蓿社と雑誌「紅苜蓿」
                   (「角川短歌」2月号)
 ・啄木ごっこ(第29回)大森浜(「角川短歌」3月号)
 ・啄木ごっこ(第30回)「五足の靴」と函館の夏
                   (「角川短歌」4月号)
 ・啄木ごっこ(第31回)延びゆく鉄道(「角川短歌」5月号)
 ・啄木ごっこ(第32回)札幌と向井夷希微
                   (「角川短歌」6月号)
 ・啄木ごっこ(第33回)小樽の賑わいと野口雨情
                   (「角川短歌」7月号)
 ・啄木ごっこ(第34回)歌ふことなき人人
                   (「角川短歌」8月号)

 ・干支のうた「卵と肉をめぐる命の不思議」
                  (「NHK短歌」1月号)
 ・干支のうた「人間との長くて深い絆」
                  (「NHK短歌」2月号)
 ・干支のうた「存在感のある体と気配」
                  (「NHK短歌」3月号)
時評
 ・今も続く除染(「朝日新聞」1月24日朝刊)
 ・亡き妻と料理(「朝日新聞」2月21日朝刊)
 ・日常生活と社会(「朝日新聞」3月21日朝刊)

書評
 ・久我田鶴子歌集『雀の帷子』評(「現代短歌」3月号)
 ・篠弘著『戦争と歌人たち』評(「短歌研究」6月号)

その他
 ・「羊・未」入選歌、入選への道(「NHK短歌」1月号)
 ・「猿・申」入選歌、入選への道(「NHK短歌」2月号)
 ・「鶏・酉」入選歌、入選への道(「NHK短歌」3月号)
 ・「犬・戌」入選歌、入選への道(「NHK短歌」4月号)
 ・「猪・亥」入選歌、入選への道(「NHK短歌」5月号)
 ・第8回現代短歌社賞選考座談会(「現代短歌」1月号)
 ・アンケート「新しい読者のための「入門歌集」教えます。」
                   (「短歌研究」2月号)
 ・「連作集三」一首評(「けやき 連作集」四)
 ・アンケート「二〇二〇年の収穫」(「ねむらない樹」vol.6)
 ・20号作品評(「灯船」第21号)
 ・田口朝子歌集『朝の光の中に』解説
 ・乾醇子歌集『夕陽のわつか』栞
 ・わたしの投稿時代(「NHK短歌」8月号)

出演
 ・NHK短歌 題「鶏・酉」(Eテレ、1月10日放送)
 ・NHK短歌 題「犬・戌」(Eテレ、2月7日放送)
 ・NHK短歌 題「猪・亥」(Eテレ、3月7日放送)
 ・『駅へ』復刊記念オンライントークイベント(3月27日)

posted by 松村正直 at 23:59| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月26日

オンラインイベント「『戦争の歌』を読む」

8月12日(木)にオンラインイベント「『戦争の歌』を読む」(野兎舎主催)を行います。昨年に続いて2回目の開催で、時間は19:30-21:30。参加費は1000円です。

短歌の好きな方、歴史に興味のある方、戦争について考えたい方など、皆さんどうぞご参加ください!

詳細について
https://www.facebook.com/events/1140623766423676/
チケット購入
https://yatosha.stores.jp/items/60fb93bf1b946c7782187447

posted by 松村正直 at 06:12| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月25日

安田純生歌集『蛙声抄』

yasuda.jpg


1977年から86年までの作品303首を収めた第1歌集。

1986年に短歌新聞社から刊行された歌集を文庫化したもの。
文庫版解説(門脇篤史)と略年譜が追加されている。

ひらひらと雪ふる宵に人ふたりはかなきものを求めて逢ひぬ
人逝きて桃みのる庭 ゆくりなく大蟻ひとつ踏みつぶしけり
昨夜見し夢ゆ来つらむ葦原に猫の骸(むくろ)をつつける鴉
あぢさゐのたわわに咲ける堤よりつき来し犬のわが夢に棲む
仰ぎ見し藤の花房まなかひにぶら下がりけり寝ねむとすれば
電話にて長く話せり母親を失ひてより明るき友と
見抜かれぬほどに抑へし怒りなり夜空あふぎて風花を食ふ
ことばなく君とあるとき山繭蛾バス待合所の壁をとびたつ
小川から瀕死の鮒をすくひあげ猫に与へつをさな児たちは
死なざりしかの真夏より賢くもまた愚かにもなりて瓜食む
馬跳びはなほも続けり硝子戸を隔て音なき夏の世界に
まなかひを白き手首の行き来して昼ひそやかにわが額(ぬか)剃らる
けふは君と来ざれど冬の森の径(みち)記憶のなかの夕だちに濡る
この世なる〈高天原〉にのぼり来し土竜の屍を裏がへしたり
おもむろに堤こえつつ川霧は村の夕べを舐めはじめたり

1首目、確かなものではなく「はかなきもの」。雪の光景とも合う。
2首目、人間の死と関わりなく実る桃。命の不条理を感じさせる歌。
3首目、夢の世界と現実の世界が繋がっているような不思議な感覚。
4首目、現実の世界で付いてきた犬が、夢の中にも入り込んでくる。
5首目、昼間に見上げた藤の光景が、寝ようとした時に蘇ってくる。
6首目、「暗き」ではなく「明るき」友。明るく振舞っているのか。
7首目、胸の内に秘めた怒りを鎮めるように、雪を口中へと入れる。
8首目、まるで二人の沈黙に耐えかねたかのように、蛾が飛び立つ。
9首目、死にかけの鮒を助けてあげたのかと思ったらそうではない。
10首目、生き延びて齢を重ねることで賢くなるのなら良いけれど。
11首目、硝子戸越しに子供たちの動きが影絵のように見えている。
12首目、不気味な感じで歌が始まって、下句で理髪店だとわかる。
13首目、かつて君と来て夕立に遭った道を今日は一人歩いている。
14首目、地下で生きる土竜にとっては地上が〈高天原〉なのかも。
15首目、「舐め」という動詞の選びがいい。川霧の体感が伝わる。

2021年3月28日、現代短歌社第1歌集文庫、800円。

posted by 松村正直 at 10:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月24日

木下直之『動物園巡礼』

著者 : 木下直之
東京大学出版会
発売日 : 2018-11-30

全国各地にある動物園を巡りながら、動物園とは何かについて考察した本。公営の動物園以外にも、民間の小さな動物園や、かつて盛んに行われた見世物やサーカスの動物ショーに至るまで、対象は幅広い。

動物園が当り前にあった時代を過ぎて、今では動物園が何のために存在するのかを問い直される時代になっている。希少動物の輸入が難しくなり、動物福祉の考えも広まってきた。そうした中にあって、私たちにとって動物園とはいったい何であるのか。歴史・文化・民俗・科学・政策・法律など様々な観点からアプローチしていく。

現代の動物園で目にする動物の多くは、実は動物園生まれなのである。動物園で生まれ育ち、外の世界を知らずに死んでゆく。
つがいの動物はしばしば「夫婦」と見なされ、子どもが生まれると今度は「家族」と呼ばれることが普通だった。人間の関係が動物に平気で投影された。
地方自治体では、博物館・美術館は博物館法に基づき教育委員会、動物園は都市公園法第二条で「公園施設」に規定されているがゆえに公園課の所管が多く、それだけでも両者は遠く隔たっている。
動物園においては四〇年ほど前に廃止された動物ショーが、多くの水族館では集客のために欠かせない。その主役がイルカである。いくつかの水族館では、イルカショーがその経営を支えているといっても過言ではない。

現場を訪ねて取材を重ね、また多くの文献資料に当たることで、著者は動物と私たちをめぐる多くの問題を浮き彫りにする。その圧倒的な筆力には感嘆するほかない。動物について考えることは、人間について考えることでもあり、また命について考えることでもあるのだ。

2018年11月26日、東京大学出版会、2800円。

posted by 松村正直 at 10:26| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月23日

関口良雄『昔日の客』


東京の大森で古本屋「山王書房」を営んでいた著者のエッセイ集。
1978年に三茶書房から刊行された本が32年後の2010年に復刊され、今でも版を重ねている。

正宗白鳥、上林暁、尾崎士郎、尾崎一雄、野呂邦暢といった文学者との交流や、店を訪れる客とのやり取り、古本に対する思い、故郷の思い出などが、ユーモアも交えて綴られている。確かに名著と言われるだけのことはある。

私は売れなくてもいいから、久米正雄の本は棚の上にそのまま置いておこうと思う。相馬御風、吉田絃二郎、土田杏村の本なども今はあまり読む人もなくなった。古本としては冷遇され、今は古本屋の下積みとなっている不遇な本たちだ。
柿の木にまたがって食う柿の味は、柿の最高の味かもしれない。まして、色づいた四囲の山々を眺めながらの味は……。

還暦記念に本書の出版の準備を進めていた著者は、完成を見ることなく59歳で亡くなった。でも、残された本は多くの人に読まれ続けている。

2010年10月30日第1刷、2021年2月15日第11刷。
夏葉社、2200円。

posted by 松村正直 at 10:45| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月22日

無料公開中

下記5点の文章・作品をBOOTHで無料公開しています。
興味のある方は、ダウンロードしてお読みください。

・三分でわかる短歌史
https://masanao-m.booth.pm/items/3015943

・十首でわかる短歌史
https://masanao-m.booth.pm/items/3015959

・近代秀歌七十首
https://masanao-m.booth.pm/items/3015967

・エッセイ「岡山時代のこと」
https://masanao-m.booth.pm/items/2835460

・「五反田」7首
https://masanao-m.booth.pm/items/2835462

posted by 松村正直 at 18:34| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小黒世茂歌集『九夏』

著者 : 小黒世茂
短歌研究社
発売日 : 2021-07-12

333首を収めた第6歌集。
風土、歴史、民俗、信仰などを感じさせる歌が多い。

はなれたりふれあつたりしてコスモスは如来のまなこを揺らしてゐたり
しだれ梅に集まる老いの顔のなか姉を探すも見分けられない
おほぞらを二つにわける銀漢のしたで姉の手握りてゐたり
老いびとと死者しかゐない浦みちにひじき干される竹笊のなか
カーテンは水藻のゆらぎ まつくらな自室に鮫が泳いでゐたり
こめかみにしみ入るほどの閑(しづか)さの若狭に冬の蘇鉄をあふぐ
メモ帳にはさんだペンのふくらみを確かめながらお薬師めぐる
うらがへり花は落ちたり 太陽が遠まはりして日暮れがおそい
階段の暗きところにかたまりて細魚のやうな子たちがあそぶ
あの娘のいひなりなのねと子にいへばスモークツリーのふるまひをする

1首目、仏像の視界にあるコスモスが、しきりに風に揺れている。
2首目、たくさんの老人に紛れるように、姉の姿を見失ってしまう。
3首目、天上の天の川と地上の姉妹。離れ離れにならないように。
4首目、鄙びた海岸沿いの道。死者たちも風景の中に存在している。
5首目、ゆらめくカーテンを見ているとまるで海の中にいるみたい。
6首目、静けさと寒さが身体の中に入ってくる。「蘇鉄」の存在感。
7首目、ペンを落としていないか、時々無意識に触れては確認する。
8首目、日が長くなったのを「遠まはり」と捉えたところが印象的。
9首目、もっと明るい所で遊んだらと思うけれど子供はそうしない。
10首目、息子の妻のことだろう。曖昧な受け答えに終始する息子。

2021年7月12日、短歌研究社、2500円。

posted by 松村正直 at 14:39| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月21日

村松美賀子・伊藤存『標本の本』


副題は「京都大学総合博物館の収蔵室から」。

約260万点の学術標本や教育資料を収蔵する博物館の中から、著者が興味を惹かれたものをカラー写真入りで紹介した本。標本とは何か、どのような目的で作られ、どのように活用されるかといった基本的なことも詳しく解説されている。

蝶の羽は色素ではなく“構造色”といって光の波長などが鱗粉の表面で変化する原理であるため褪色しにくいが、バッタやトンボ、ウスバカゲロウなどの色は色素なので、殺虫や保管に使う薬剤などにより、鮮やかな緑や黄色の色素は抜けてしまう。
“ウミヘビ”にはは虫類のウミヘビと魚類でウナギの仲間のウミヘビがいる。和名はどこに分類するかの判断材料にはならないのだ。
生物の種名に関しては、実在する種のうち多くて20分の1、少なく見積もると100分の1くらいしかついていないともいわれている。

こんな面白い話がたくさん載っていて飽きない。

中でも一番驚いたのは収集した植物を挟んでいた新聞紙の話。1923年に京都帝国大学理学部が沖縄の調査をして植物を収集した。

調査隊が持ち帰った大量の植物のうち、70点ほどが琉球新報、沖縄毎日新聞など当時の沖縄の新聞に挟まれていた。発見された貴重な新聞紙はすべて沖縄県公文書館に寄贈された。

太平洋戦争末期に戦場となった沖縄には、戦前の新聞がほとんど残っていない。戦災で多くのものが焼かれてしまった過酷な歴史が、こんなところにも顔を覗かせている。

2019年3月20日、青幻舎ビジュアル文庫、1500円。

posted by 松村正直 at 22:53| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「茜色に焼かれる」

監督・脚本:石井裕也
出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏ほか

ブレーキの踏み間違いによる死亡事故、コロナ禍で閉店したカフェ、母子家庭の貧困、風俗店で働く女性たち、学校でのいじめなど、近年の社会問題をふんだんに取り入れた内容。

率直に言ってちょっと盛りだくさんな印象もある。それでも骨太な人間ドラマに仕上がっているのは、主演の尾野真千子の演技力によるところが大きい。

人間の持つ美しさと醜さが次々に浮き彫りになる。今の時代を生き延びるのに大切な逞しさを伝えてくれる作品だ。

京都みなみ会館、144分。

posted by 松村正直 at 08:23| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月20日

くどうれいん『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』

P1090123.JPG


俳句のウェブマガジン「スピカ」に2016年6月に連載された文章に加筆修正してまとめた一冊。「日付」+「俳句」+「食べものに関するエッセイ」というスタイルになっている。

ソーダ水すべてもしもの話でも
才能がなくてもここに夏銀河
夕立が聞こえてくるだけの電話

喜んでいても悩んでいても健康的な明るさを感じさせるのが、著者の特徴であり魅力でもある。読んで元気になるエッセイという感じだ。

「どうしてそんなに料理好きに育ったのかねえ」といつも母は不思議がるけれど、両親あってのこの娘だ、と胸を張って言える。菜箸を握るのが楽しいと思えることは、きっとすこやかに生きていくうえで武器になると信じている。

「両親あってのこの娘だ」と心に思うだけでなくこうして堂々と書ける人は、なかなかいない。まあ、もちろん明るいだけではないのだろうけれど。

2018年8月19日発行、2020年10月16日第9刷。
BOOKNERD、1000円。

posted by 松村正直 at 07:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月19日

山下太吉歌集『焚火にあたる』

P1090120.JPG


「塔」所属の作者の第2歌集。「かごしま短歌文庫」22。

死ぬまでに弟の骨を硫黄島に拾はむと幾度言ひし叔父逝く
病廊を歩み来る人の杖の音止みぬ中庭のさくらを見るか
峡の村真下に覗けば家ごとにさくらの花の庭に咲きをり
急ブレーキの前の軽トラに急ブレーキ踏みたりイタチは草叢へ逃ぐ

歌集の初めの方に「佐太郎訪ひし燃島(桜島の北にある小島)行 2013年」という一連がある。

珍しき来訪者四人に鵜があまた突堤に並び此方見てゐる
廃屋より出で来し猫に次は人現れるかとしばし見入りぬ
飛び散りて砕けし窓のガラス片踏みつつ教室の中を覗きぬ

「四人」の一人としてこの旅にご一緒したので懐かしい。
・・・あれからもう8年になるのか。

2021年7月15日、ジャプラン、1300円。

posted by 松村正直 at 20:14| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西尾克洋『スポーツとしての相撲論』


副題は「力士の体重はなぜ30キロ増えたのか」。

ブログ「幕下相撲の知られざる世界」が評判を呼び相撲ライターとなった著者が、30の質問の答える形で相撲の仕組みや魅力について記した一冊。

大相撲というと90年代のイメージを持たれている方が多いのですが、当時から30年近く経過するとイメージとは異なる実態があります。

と、まえがきにある通り、「寄り切りから押し出しへ」「平均130kgから160kgへ」「中卒叩き上げから大卒へ」「国民的スポーツからマイナースポーツへ」といった変化や、その理由がわかりやすく説明されている。

相撲というのは珍しい競技で、互いの呼吸の合ったところで勝負が始まります。よく誤解されますが、行司さんが「ハッキヨイ!」と声を上げるのは腕相撲で言うところの「レディー、ゴー!」に当たる立ち合いの合図ではありません。
相撲のもう一つの大きな特徴として、ルールのわかりやすさが挙げられます。土俵の外に出るか、足の裏以外が地面に付いたら負け。これだけです。
現在の18時打ち出しという時間は、プロスポーツの興行として捉えると改善の余地があるように思えます。社会人の大半が平日の18時まで仕事をしているので、リアルタイムでの相撲観戦ができないからです。
年収100万円の幕下力士が120人いる中で、年収1000万円以上の十両に上がれるのは毎場所4人程度。

ちょうど昨日、大相撲名古屋場所が白鵬の45回目の優勝で幕を閉じた。本書でも「Q9 白鵬がこれほど長い間、これほど強い理由を詳しく知りたいです。いくらなんでも強すぎませんか?」といった質問があり、まさにタイムリーな内容だ。

白鵬が休場すると誰が優勝してもおかしくないとはいえ、結局のところ絶好調の白鵬を上回る力士はいまだにいないのが実情です。

まさに著者の予想通りの結果になったという感じである。

2021年6月30日、光文社新書、880円。

posted by 松村正直 at 07:09| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月18日

映画「ざわざわ下北沢」

監督:市川準
出演:原田芳雄、北川智子、小澤征悦、フジ子・ヘミング、りりィ、樹木希林、渡辺謙、鈴木京香、豊川悦司、広末涼子、平田満ほか

2000年公開の作品。

下北沢駅近くの喫茶店「KARASS」でアルバイトする主人公を中心に、店の常連や友人、商店街の人々のエピソードを描いた群像劇。冒頭に登場する小さな置物が次々と人手に渡っていくことで、順々にエピソードが切り替わっていく。

下北沢の町の雰囲気が濃厚に立ち込めていて、懐かしい気分になる。

出町座、105分。

posted by 松村正直 at 12:14| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大和郡山吟行

先日、大和郡山へ吟行に出掛けた。

郡山城跡→金魚池→やまと錦魚園・郡山金魚資料館→とほん(本屋)→町家物語館(旧川本家住宅)という行程。

城跡は以前も訪れたことがあるのだが、天守台が復元整備されて眺めの良い展望台のようになっていた。


P1090099.JPG

金魚養殖業の店で見つけた金魚の鏝絵。


 P1090101.JPG

金魚の自動販売機。
朝取り(!)金魚が一袋200円で売られている。


P1090104.JPG

木造三階建の町家物語館。
大正13年に建てられたもので、もとは遊郭であった。


P1090111.JPG

建物2階から見た中庭。
吹抜けになっている。


P1090113.JPG

ハート形をした猪目窓(いのめまど)。
陰影が美しい。

posted by 松村正直 at 00:16| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月17日

岡崎武志『上京する文學』


副題は「春樹から漱石まで」。
2012年に新日本出版社より刊行された単行本の文庫化。

さまざまな作品を「上京」という観点から読み解いたユニークな文学論。取り上げられる作家は、村上春樹、寺山修司、松本清張、太宰治、林芙美子など18名。

宮沢賢治は三十七年という短い生涯のなかで、九回も上京している。総滞在日数は約案百六十日にもなった。「三十七分の一」は、東京にいたことになる。
山周(山本周五郎)の作品は没後五十年を超えて、新潮文庫に約五十冊が残り、主要作品をほとんど読める。(・・・)新潮文庫にとって山周はいまだに大事な稼ぎ頭だ。
茂吉が見たのは「赤」だ。明治四十一年の監獄法施行規則により、未決囚のお仕着せは「青(浅葱色)」、既決囚は「赤(柿色)」と定められた。茂吉が見たのは既決囚ではなかったか。

時代背景を踏まえながら、短い文章で的確にポイントを指摘している。文学者にとって東京がどのような存在で、上京がどんな意味を持っていたのかが、よく見えてくる。

本書のもっとも根底にあるのは、著者自身が上京者であるということだ。30歳を過ぎて東京に出てきた時のことを、

知り合いも友人も就くべき仕事も書く媒体もない、まさに裸一貫の突進であった。それでも新しい部屋で新しい朝を迎えて、そこが「東京」だった時の興奮を今も忘れていない。

と書いている。この純粋な気持ちが、20年以上経って本書を生み出したのだと言ってもいいだろう。

2019年9月10日、ちくま文庫、840円。

posted by 松村正直 at 09:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月16日

信綱と啄木

  立待崎に啄木の墓を訪ふ
さすらへ来(き)て喜び見けむ海を見つつ詩人啄木は眠りてありけり
            佐佐木信綱『豊旗雲』

昭和2年に北海道を訪れた時の歌。
明治45年の啄木の死から15年後のことである。

啄木は森鷗外宅で開かれる観潮楼歌会に6回出席しており、信綱とも顔を合わせていた。初対面の明治41年5月2日の日記には

信綱は温厚な風采、女弟子が千人近くもあるのも無理が無いと思ふ。

とある。

この日の歌会は、鷗外15点、平野万里14点、啄木12点、与謝野鉄幹12点、吉井勇12点、北原白秋7点、信綱5点、伊藤左千夫4点という結果だった。

親譲りの歌の先生で大学の講師なる信綱君の五点は、実際気の毒であつた。

と、啄木は楽しそうに記している。
この時、啄木22歳、信綱35歳。

その4年後に啄木は26歳で死に、一方の信綱は91歳まで長生きして昭和38年に亡くなった。

posted by 松村正直 at 06:09| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月15日

橋本喜典歌集『聖木立以後』


2019年4月8日に90歳で亡くなった作者の遺歌集。
2018年・19年の作品263首を収めている。

眼とづれば見たきものみな見えるのに開けば見えぬ眼を自覚する
湯船にて死にし先輩を思ひゐて怖ろしくなつて手摺を摑む
診察室の並ぶ廊下に待ちをれば看護師のみが姿よくゆく
雲ほそくおぼろになびく 眼球をぬぐへぬわれは眼鏡を拭ふ
大いなる力を若きふた親に与へつづけむこの緑児は
垣根の花見てゐてたまたま帰り来しこの家(や)の夫人と昔語りす
米扁の糊の感覚右の手の人さし指の指先が知る
友の電話聞こえず妻に代れるに笑ひなどして終るのはいつ
人間が酸素を吸ひて生きてゐる存在なるを知りて日々あり
何もかもして貰ふ身になつてきて卑屈になるなと内なる鬼が言ふ

1首目、緑内障により視力が低下した作者。上句が何でもせつない。
2首目、2017年に亡くなった岩田正を思う。下句に死の実感あり。
3首目、病気や高齢の方が多い場所で看護師は若く颯爽としている。
4首目、眼球も拭ったり取り替えたりできれば良いのだけれども。
5首目、親が子に力を与えるのではなく、子が親に力を与えるのだ。
6首目、偶然がもたらした素敵な一場面。夫人も高齢なのだろう。
7首目、かつて米粒を糊代わりに使っていた時の感触を覚えている。
8首目、耳の聞こえも悪い作者。仲間外れにされたような寂しさだ。
9首目、酸素ボンベを使うようになり、呼吸は当り前ではなくなる。
10首目、介助・介護を受ける立場となった時に精神をどう保つか。

巻末の年譜には、亡くなった時の様子が次のように記されている。

四月七日、「平成31年4月の歌」と題したまひる野の歌稿(八首)を、拡大読書器を駆使して原稿用紙に鉛筆書きで自ら清書する。短歌手帳に鉛筆を挟んで枕の下に入れ、就寝。四月八日早朝、自宅にて永眠。享年九十歳。

最後の最後まで見事に歌人だったんだなと思う。
晩年の3歌集『生きて帰る』『聖木立』『聖木立以後』は、それぞれとても味わい深い歌集だった。

https://matsutanka.seesaa.net/article/443295594.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/461424279.html

謹んでご冥福をお祈りします。

2021年6月25日、角川書店、2000円。

posted by 松村正直 at 07:20| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月14日

矢ぐるまの花(その3)

お花やお花、撫子(なでしこ)の花や矢車の花売、月の朔日(ついたち)十五日には二人三人呼び以(も)て行くなり。
       泉鏡花「草あやめ」(明治42年)

「矢車の花」は、当時花売りが売りにくるほどの花であったことがわかる。これは当然、山野に自生するヤグルマソウではなく、明治期にヨーロッパから渡ってきたヤグルマギクであろう。

朝ごとに一つ二つと減り行くに何が残らむ矢ぐるまの花
俛首(うなだ)れてわびしき花の耬斗菜(をだまき)は萎みてあせぬ矢車のはな
風邪引きて厭ひし窓もあけたればすなはちゆるる矢車の花
快き夏来にけりといふがごとまともに向ける矢車の花
       長塚節『長塚節歌集』(大正6年)

大正3年5月の歌。

入院中の作者が見ているのは壜に活けられた花。「いつの間にか、立ふぢは捨てられ、きんせんはぞろりとこぼれたるに、夏の草なればにや矢車のみひとりいつまでも心強げに見ゆれば」と詞書にある。

部屋に飾られているだけでなく、「まともに(正面に)向ける」という言葉からも、この「矢車の花」はヤグルマギクだとわかる。

要するに、明治・大正期に「矢ぐるまの花」とあれば、それはヤグルマギクで間違いないと言っていいだろう。

posted by 松村正直 at 17:50| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする