2021年01月01日

歌集・歌書一覧

*この記事は常に一番上に表示されます。
 最新の記事は3つ下をご覧ください。

私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の9冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房)*在庫あり
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林)*在庫あり
・『紫のひと』(2019年、短歌研究社)*在庫あり

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林)*在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林)
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房)
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院)

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(☆を@に変えて下さい)


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カルチャーセンター一覧

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。
まったく初めての方も大歓迎です。

◎毎日文化センター梅田教室 06‐6346‐8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日*奇数月を松村が担当しています。
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797‐38‐2666
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797‐38‐2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 10:30〜12:30
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06‐4865‐3530
 「はじめての短歌」 毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075‐254‐2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075‐623‐5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075‐573‐5911
 「短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00


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2020年12月31日

2020年の活動記録

作品
 ・「ふたご」8首(「歌壇」1月号)
 ・「アップルパイ」3首(「うた新聞」2月号)
 ・「心臓」7首(「短歌研究」5月号)
 ・「うれしいこぶた」15首(「パンの耳」第3号)

連載
 ・啄木ごっこ(第15回)日露戦争とナショナリズム
                   (「角川短歌」1月号)
 ・啄木ごっこ(第16回)二回目の上京と詩集『あこがれ』
                   (「角川短歌」2月号)
 ・啄木ごっこ(第17回)『あこがれ』の評価、評判
                   (「角川短歌」3月号)
 ・啄木ごっこ(第18回)一禎罷免のこと
                   (「角川短歌」4月号)
 ・啄木ごっこ(第19回)節子と「啄木新婚の家」
                   (「角川短歌」5月号)
 ・啄木ごっこ(第20回)中津川のほとりで
                   (「角川短歌」6月号)
 ・啄木ごっこ(第21回)「小天地」の発行
                   (「角川短歌」7月号)
 ・干支のうた「嫌われ者で人気者」(「NHK短歌」4月号)
 ・干支のうた「無口な働き者」(「NHK短歌」5月号)
 ・干支のうた「異国に棲む猛獣」(「NHK短歌」6月号)
 ・干支のうた「見つめる眼と長い耳」(「NHK短歌」7月号)
 ・干支のうた「想像が生んだ霊獣」(「NHK短歌」8月号)

時評
 ・日韓関係を考える(「朝日新聞」2月16日朝刊)
 ・資料を残す大切さ(「朝日新聞」3月22日朝刊)
 ・手探りの世界で(「朝日新聞」4月19日朝刊)
 ・性別や年齢ではなく(「朝日新聞」5月24日朝刊)
 ・未来を先取りする(「朝日新聞」6月21日朝刊)

書評
 ・飯沼鮎子歌集『土のいろ草のいろ』評
                 (「現代短歌新聞」4月号)

その他
 ・2020年度選者紹介(「NHK短歌」4月号)
 ・「鼠・子」入選歌、入選への道(「NHK短歌」6月号)
 ・「牛・丑」入選歌、入選への道(「NHK短歌」7月号)
 ・「虎・寅」入選歌、入選への道(「NHK短歌」8月号)
 ・指針となった一言「とにかく十年」(「歌壇」8月号)

出演
 ・NHK短歌 題「鼠・子」(Eテレ、4月5日放送)
 ・NHK短歌 題「牛・丑」「虎・寅」(Eテレ、6月7日放送)
 ・NHK短歌 題「兎・卯」(Eテレ、7月5日放送)


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2020年07月14日

原 武史『滝山コミューン一九七四』


2007年に講談社より刊行された本の文庫化。
何ともすごい本である。

1974年に東久留米市立第七小学校において形成された強固な地域共同体(滝山コミューン)とは何だったのか。自らの小学校時代の暗い記憶を掘り起こし、関係者への取材も交えて、著者はその原因となった教育のあり方を突き止めていく。その背景には、全国生活指導研究協議会(全生研)の主導した集団主義教育や「学級集団づくり」があった。

全生研が「学級集団づくり」を進めてゆく上で、「ソビエト市民生活」に近い「四〜五階のアパート形式で、エレベーターなしの階段式」の滝山団地がいかに“理想的”な環境にあったかは、こうした観点からも裏付けられるように思われる。
私にとっての「安住できる場所」は、しだいに四谷大塚になってゆく。後に見るように、七小で疎外感や孤立を味わえば味わうほど、塾通いという、表面的には批判されるべき日曜の一日が、私にとっては七小の児童以外の集団に帰属する貴重な機会となった。
児童により構成される選挙管理委員会が、4年以上の全校児童から立候補者を募り、委員長、副委員長、書記を同じく4年以上の全校児童の投票による直接選挙で選ぶことにしたのである。

こうした記述を読みながら、私も自分の小学校時代を思い出す。著者よりは8歳年下で、住んでいたのも西武沿線ではなく小田急沿線であったが、東京郊外のベッドタウンで育ったこと、四谷大塚進学教室に通っていたこと、児童代表委員会の選挙があったことなど、いくつも共通点がある。

この本を読んで痛ましく思うのは、教師も親もみな良いことをしているという強い意識を持っていたことである。実際に、教育に熱心な教師であり、子供の将来を思う親たちであったのだ。でも、そうした善意が必ずしも良い結果を生むとは限らないのである。

私は小学校生活に普通になじんでいたと思うけれど、本当のところはどうだったのだろう。

2010年6月15日、講談社文庫、600円。

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2020年07月13日

「フレンテ歌会」のメンバー募集

現在、「フレンテ歌会」の新しいメンバーを募集中です。

活動は毎月第1金曜日の13:30〜17:00にJR西宮駅南口すぐの「フレンテ西宮」で行う歌会と、同人誌「パンの耳」の発行です。


  P1070828.JPG


興味のある方は、お気軽にご連絡ください。

「パンの耳」第3号も引き続き販売中です。
定価は300円(送料込み)。

よろしくお願いします!

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2020年07月12日

藤森照信『現代住宅探訪記』


「TOTO通信」の連載から15件を選んでまとめた本。

篠原一男〈谷川さんの住宅〉、A・レーモンド/津端修一〈津端邸〉、磯崎新〈新宿ホワイトハウス〉、藤井厚二〈八木邸〉、平田晃久〈Tree-ness House〉など、個性豊かな建築が豊富な写真や図面とともに紹介されている。

建築作品の個性は、篠原でも山下でも建築家の人柄と深く関係し、違う人柄の人がまねようとしても結局ダメだと。私も、そう思う。人柄だけでなく、知力、身体性、すべての総和として建築は生まれてくる。
藤井がただひとりというか、最初に伝統とモダンの通底化に成功したのは、和と洋といった文化的差異の奥に幾何学という世界共通の原理を発見したから、と、近年の私は考えている。
日本のすぐれた建築家たちは、公共建築や銀行、会社などの大建築だけでなく、住宅という私的で小さな建築においても大建築に負けない、というより、ときには大建築では認められないような先駆的試みに取り組み続けて今に至ることが分かる。

お金のある人生だったら、自分の好きな家を建ててみたいものだな。

2019年12月30日、世界文化社、2200円。

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2020年07月10日

逢坂みずき歌集『虹を見つける達人』

oosaka.png

2014年から2019年までの作品368首を収めた第1歌集。
大学生活や就職、ふるさとの祖父母のことなどが率直に詠まれていて、良い歌が多かった。

のど自慢見ながら鍋のひやむぎを啜つてゐるとき実家と思ふ
おまへは何になる気なんだと父が言ふ何かにならねばならぬのか、われは
ケイコウペンのケイは蛍であることを捕まへて見せてくれし大き手
友達がFacebookにのせてゐる写真の中にわたしが居ない
この部屋にあと三日住む耳かきはもう段ボールに入れたんだつた
あぢさゐも樹だと気づけて良かつたよ並木道へと変はるこの路地
東京ゆき夜行バスにていま君がともす小さな灯りを思ふ
ストーブの効いた部屋から雪を見る 出会ふまへ他人だつたのか僕らは
忘れてと言つたけれども ざらめ雪 わすれられたらせつないものだ
寝過ごせば動物園に着くといふ電車を今日も途中で降りる
手袋をつくりし人のてのひらの冷たさ思ふ霜月の朝
おつぴさんは曾祖父/曾祖母の意味なりて男女(をとこをんな)はもう区別せぬ
潮騒のやうなるサ行の訛りかなわたしは寿司(すす)も獅子(すす)も大好き
思ひ出す雪の日ダイソーに行つたこと君とわたしと君の彼女と
朝ドラはヒロインがすぐ東京に行くから嫌ひ コーヒーの湯気

1首目、昔と変わらぬ実家の風景。大皿に盛らずに鍋から直接取る。
2首目、将来を案じる父に対しての見事な切り返し。
3首目、蛍を捕まえて見せてくれた人に対する淡い恋心。
4首目、一緒に撮った写真なのに省かれてしまっている。
5首目、引っ越し前の落ち着かない感じがよく伝わってくる。
6首目、両側に紫陽花が咲く道も見方によっては「並木道」なのだ。
7首目、ラインでやり取りすると相手のスマホの画面が灯る。
8首目、出会う前の他人同士だった二人を今では想像できない。
9首目、三句「ざらめ雪」が挿入されているのがいい。
10首目、通勤に使う路線。終点の動物園までは行ったことがない。
11首目、手袋を作る人はもちろん素手で作業しているのだろう。
12首目、宮城の方言。性別から自由になることへの憧れもある。
13首目、海に近いふるさとの訛りと祖父母に対する愛情。
14首目、語順がいい。四句目までははデートの場面かと思う。
15首目、上京が夢をかなえる手段であった時代はもう終ったのだ。

2020年7月1日、本の森、1200円。

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2020年07月09日

『おいしい資本主義』のつづき

ライター生活30年の著者は、文章を書くことについてもこの本で述べている。

自分としては、音楽を書こうと文学を書こうと、アメリカや、政治、経済の話を書こうと、ばっちり焦点があっている、というか、〈同じこと〉を書いているつもりだ。

これは、よくわかる気がする。他人から見ればバラバラに見えることでも、自分の中ではちゃんと一つの像を結んでいるのだ。

文章を書く前は、自分が何を考えているのかも、分からない。文章に組み立て、ようやく、「ああ、おれはこんなことを考えていたのか」と、驚く。考えがあって、文章がまとまるんじゃない。逆。

これも、まさに実感するところ。文章を書く時もそうだし、短歌を詠む時もそうだ。

そう言えば、この本には頭脳警察、TEARDROPS、クール・アシッド・サッカーズなどの歌詞が随所に引用されているのだが、短歌もあった。

空は青雲は白いというほかに言いようないねじっと空を見る
どこまでが空かと思い結局は地上すれすれまで空である。
                  奥村晃作


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2020年07月08日

近藤康太郎『おいしい資本主義』


朝日新聞の人気連載「アロハで田植えしてみました」の著者が、自らの体験を記した本。

東京でライター兼新聞記者の仕事をしていた著者は、東京での生活に行き詰まりを覚え、諫早市に移って朝1時間だけの田んぼ仕事をすることにする。目標は自分の食べるだけの米を自分で作ること。

と言っても、単なる農業体験記ではない。現代の資本主義社会の問題点を指摘し、新たな生き方を提案・実践する思索の書でもある。

じつは、日本は瑞穂の国ではない。日本の国土が稲作に適しているというのは、美しい神話だ。植物としての稲を、いわば「工業製品」として、廉価に、大量に、効率的に栽培しようと思ったら、日本の風土が最適というわけでは決してない。
いまの社会はコミュニケーション能力に過剰に力点を置いている、「コミュ力強迫社会」である。コミュ力、コミュ力と追い立てられて、居場所がなくなっちゃう人、適応できない人、生きにくくなっている人が、一定数、出てきているのも事実。
うまい農家はカネなんか使わない。というか、「貨幣でなんとでもなる」という時代精神は、田では思考の怠惰でしかない。

好きなライター仕事を一生続けていくために、とりあえず自分の食い扶持は自分で作る。実にシンプルで、かっこいい。

2015年8月30日、河出書房新社、1600円。


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2020年07月07日

映画「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」

原作・監督:山田洋次
出演:渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、中井貴一、杉田かおる他

1983年公開のシリーズ第32作の4Kデジタルリマスター版。
舞台は備中高梁。「男はつらいよ」を劇場で観るのは久しぶり。

このシリーズは、単なる恋愛コメディーでも下町人情物でもなく、変わりゆく日本の風景と時代を撮ったドキュメンタリーでもある。

この作品でも、満男がパソコンをプレゼントされる場面や因島大橋ができて連絡船が廃止される話など、1983年という時代がきちんと記録されている。製作から何十年も経って、「男はつらいよ」の価値はますます高まっていると思う。

TOHO二条、105分。

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2020年07月06日

マカレンコ

むりをして揃へし全集マカレンコ矢川徳光書架に古りつつ
すぐ読むと買ひし本なれ四十年五十年余の日の過ぎにけり
いちづなりし日日の記憶はうすれつつ変はることなし書棚に
本は          森田アヤ子『かたへら』

マカレンコは集団主義教育理論で知られるソ連の教育者。『マカレンコ全集』全8巻は1964年〜1965年に刊行され、1970年代に日本でもマカレンコの理論に基づいた「学級集団づくり」教育が一部の学校で盛んに行われた。

このような集団主義教育は、旧ソ連の教育学者、A・S・マカレンコ(一八八八〜一九三九)の著作によるところが大きかった。マカレンコの著作は、ソ連教育学の研究者である矢川徳光らにより翻訳が進められていた。
            原武史『滝山コミューン一九七四』

原武史の本は自らの小学校時代の記憶をたどりつつ、そこで行われていた集団教育の光と影について分析したドキュメンタリーだ。


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2020年07月05日

映画「デッド・ドント・ダイ」

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニーほか

アメリカの小さな田舎町に現れたゾンビと保安官の戦いを描いた作品。主演2人の会話の独特なテンポが面白い。

それにしても・・・何だったんだろう、この映画?

ムービックス京都、104分。

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2020年07月04日

辻田真佐憲『ふしぎな君が代』


「君が代」は、賛成か反対かの二元論で語られるか、敬して遠ざけるといった態度を取られることが多い。それに対して著者は、以下の6つの疑問を解き明かしたうえで「君が代」への新しい向き合い方を提案している。

・なぜこの歌詞が選ばれたのか
・誰が作曲したのか
・いつ国歌となったのか
・いかにして普及したのか
・どのように戦争を生き延びたのか
・なぜいまでに論争の的になるのか

歌詞や作曲など、自分自身こんな基本的なことも知らなかったのかと驚かされることばかり。まずは「君が代」についてよく知ることが、議論のためにも必要なのだ。

唱歌や軍歌と呼ばれる歌は、鉄道や通信制度などと同じく、明治政府の関係者が西洋諸国を参考にして導入したものであった。
当時、国歌を作りうる政府機関は、陸軍軍楽隊、海軍軍楽隊、宮内省雅楽課、文部省音楽取調掛の四つしかなかった。
インターネットで検索すればすぐ「君が代」の音源が見つかる現代では考えにくいが、録音技術が未発達な時代、その模範的な歌い方を実際に聴くことは容易ではなかった。
起立して、姿勢を正し、「君が代」を一回だけ歌う。(…)現在我々が当たり前だと思っている「君が代」斉唱の風景は、実は戦時下に完成したものに他ならなかった。

「君が代」をめぐる話を通じて浮かび上がってくるのは、明治以降の日本の歴史であり、近代日本が抱え込んだ様々な矛盾や軋轢である。それは過去の話ではなく、現在まで続く問題として残されている。

2015年7月30日、幻冬舎新書、860円。

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2020年07月03日

「パンの耳」第3号発売中!

同人誌「パンの耳」第3号、発売中です。


  P1070828.JPG


A5判、46ページ。メンバー14名の連作15首とエッセイ「私の気になる短歌」を載せています。


  P1070832.JPG


定価は300円(送料込み)。
お読みくださる方は、松村までご連絡ください。


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2020年07月02日

千種創一歌集『千夜曳獏』


27歳から31歳までの362首を収めた第2歌集。
タイトルは「せんやえいばく」。

春の鹿 いま僕の去るポストには英国宛の書簡がねむる
これ走馬灯に出るよとはしゃぎつつ花ふる三条大橋わたる
駅までをふたりで歩くふたしかな未来を臓器のように抱えて
いわなければいけないことを言うときのどくだみの花くらやみに浮く
わかるのとあきらめるのはべつのこと タルトの耳が砕けてしまう
窓からはどんぐり広場が見えている、病み上がり、雨上がり、逆上がり
死ぬことで完全となる 砂風に目を閉じている驢馬の一頭
ダム底に村が沈んでいくような僕の願いはなんでしたっけ
iPhoneの中のあなたは手を振った 背骨のような滝のふもとで
胸にあなたが耳あててくる。校庭のおおくすのきになった気分だ

1首目、初句「春の鹿」のイメージが二句以下と遠く響き合う。
2首目、死ぬ時に思い出す人生の名場面集の一つになるとの思い。
3首目、「臓器のように」がいい。美しいばかりではない。
4首目、ひらがなの多用が効果的。どくだみの小さな白い花。
5首目、「諦む」の語源が「明らむ」だとは言うけれども。
6首目、下句の「上がり」の3連発に懐かしさと寂しさを感じる。
7首目、情と景の取り合わせ。視界が閉じて一つのものが完結する。
8首目、記憶の底へと沈んで自分でもわからなくなってしまう。
9首目、「背骨のような」が面白い。あなたと滝のスケールの違い。
10首目、相聞歌。あなたと一緒にいる安心感とゆったりした気分。

2020年5月10日、青磁社、1800円。


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2020年07月01日

第22回NHK全国短歌大会

第22回NHK全国短歌大会の選者を務めることになりました。
現在、作品を募集中です。締切は9月30日。
今回からネットでも応募できるようになっています。

https://www.n-gaku.jp/public/life/zenkokutaikai_22th/

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2020年06月30日

大泊

幾たびもその名を改められながら大いなる泊(とまり) 春にしづかなり
              梶原さい子『ナラティブ』

サハリン(樺太)のコルサコフ(大泊)を訪れた時の歌。人口約4万人。ユジノサハリンスクに次ぐサハリン第2の都市である。

古くはアイヌ語でクシュンコタン(久春古丹)と呼ばれ、1875(明治8)年に千島・樺太交換条約でロシア領となった際に、東シベリア総督ミハイル・セミョーノヴィチ・コルサコフの名前を取ってコルサコフと名付けられた。

その後、日露戦争を経て1905(明治38)年には日本領となり、1908(明治41)年に大泊と改名された。

大泊(おほどまり)の山見えそめてかはるころ旅なつかしくおもほゆるかも
                 斎藤茂吉『石泉』

1945(昭和20)年にはソ連に占領され、1946(昭和21)年に再びコルサコフと改名されて現在に至っている。

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2020年06月29日

中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』


人気マンガ「ゴールデンカムイ」のアイヌ語監修を務めている著者が、アイヌ文化やアイヌ語、アイヌの世界観について記した入門書。随所に「ゴールデンカムイ」の場面が引用されている。

アイヌ語では「見る」には二種類あって、「テレビを見る」「本を見る」のように、見るものが前もってわかっている場合はヌカㇻという語を使い、「窓の外を見る」「遠くのほうを見る」のように、何が見えるかは見た後でわかるような場合にはインカㇻという語を使うことになっています。
カムイは本来魂だけの姿でカムイの世界にいて、そこから人間の世界にやってくるわけですが、そこに戻る時にも肉体から離れて魂の姿になって戻らなければなりません。それも自分の力で肉体から抜け出すことはできず、人間の手で解放してもらわなければならないことになっています。それが狩猟であり、木を切ることであり、山菜を採取することであるのです。
アイヌモシリというと、普通は人間が暮らしているこの世界ということで、カムイモシリ「カムイの世界」に対置されるものです。近年では日本語の文脈の中で「北海道」を表すのに使われることがありますが、アイヌ語のテキストの中でそういう意味で使われている例はほとんどありません。

どれも、非常にわかりやすい説明だと思う。アイヌモシリ=北海道という捉え方は、アイヌの人に寄り添っているように見えながら、実はアイヌの世界を矮小化してしまう危険性を孕んでいることを初めて知った。

2019年3月20日、集英社新書、900円。

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2020年06月27日

梶原さい子歌集『ナラティブ』

kajiwara.jpg

2014年から2018年までの作品456首を収めた第4歌集。

101歳の祖母の死、東日本大震災や津波の記憶、祖父の抑留されたシベリアを訪れる旅など、印象的な場面が数多く詠まれている。

黒き毛にみづ弾きつつあざらしの幾度もたどる同じ軌道を
とことはに学生のわれ「学校さ行つてきたか」と祖母に問はれて
一枚の布に鋏を入れながら作られてゆくからだありけり
揺らぎあふてつぱうゆりの純白の岬に長く暮れ残りたる
どのやうななにかであるかわからざるかたちをもとめ砂を掘りゆく
誰も知らずけれど誰もを知るやうな思ひに立てり墓地のくさはら
戦争がいつ終はるかを知りながら読み進みゆく戦中日記
薄闇に米研いでをりしやりしやりと後半生の粗きかがやき
みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて
波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ

1首目、水族館で泳ぐアザラシの姿。弾丸のような「軌道」がいい。
2首目、年老いた祖母の記憶の中で、作者は永遠の学生なのだ。
3首目、一枚の布から人間の身体を包む着物が仕立てられる。
4首目、あたりが暗くなった後も、花の白さだけが浮かび上がる。
5首目、津波による行方不明者の一斉捜索。四句までが生々しい。
6首目、ハバロフスクの日本人墓地。祖父であったかもしれぬ人々。
7首目、日記を書いた人は8月15日で戦争が終わるとは知らない。
8首目、薄暗い台所で光る米粒を見て、自分の人生に思いが及ぶ。
9首目、湖でボートに乗っている場面。「めくりつつ」が新鮮だ。
10首目、津波の到達した高さに驚く人々。「百万遍」が重い。

2020年4月24日、砂子屋書房、3000円。

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2020年06月26日

森田アヤ子歌集『かたへら』

morita.jpg

昨年、第7回現代短歌社賞を受賞した作品。
縁があって栞を書かせていただいた。

伸び出でしばかりの太き早蕨を山よりもらふ蒔かずにもらふ
じやがいもの花が咲きたり便りせぬ子よ奨学金は返してゐるか
畝立ての土の中より出できたり青のぼかしのおはじきひとつ
物置の屋根に玉蜀黍(コーン)の芯いくつ日に晒されて猿の影なし
二日ほどかはゆき声を跳ねさせてビニールプールは帰りゆきたり
むりをして揃へし全集マカレンコ矢川徳光書架に古りつつ
立秋の周防岸根の畝に蒔くチリ産黒田五寸人参
毒もつと教へて父の絶やさざりし鳥兜さく明き藍色
ロールシャッハテストのやうに対称に湖水に映る紅葉の山
沢庵を漬け込むそばに亡き人が柿の皮など入れよといへり
全身に振動伝へチェーンソーが木の歳月を通過してゆく
小径もてつながる班の十三戸背戸に迫れる崖みな高し

1首目、歌集の巻頭歌。自然の恵みをいただくことに対する感謝。
2首目、初二句と三句以下の取り合わせに味わいがある。
3首目、かつて子が遊んだものか。「青のぼかし」が目に浮かぶ。
4首目、屋根の上で玉蜀黍を食べて芯だけ捨てていった猿。
5首目、ビニールプールとともに元気な孫たちも去ってしまった。
6首目、1970年代に日本でも広まったソビエトの教育理論。
7首目、固有名詞がよく効いている。「周防岸根」と「チリ」。
8首目、毒があるからと排除するのではなく、大切にしていたのだ。
9首目、紅葉した山が湖面にくっきりと色鮮やかに映っている。
10首目、祖母や母と同じことを自分もしているという思い。
11首目、木を切ることは「木の歳月」を切ることだという発見。
12首目、「十三戸」という具体がいい。背後には山がそびえる。

おススメです!

2020年6月17日、現代短歌社、2000円。

posted by 松村正直 at 08:11| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする