2027年01月01日

歌集・歌書一覧

*この記事は常に一番上に表示されます。
 最新の記事は3つ下をご覧ください。

私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の13冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『駅へ』新装版(2021年、野兎舎)*在庫あり
   野兎舎オンラインストア
   アマゾンKindle版
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房)
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林)
・『紫のひと』(2019年、短歌研究社)
・『について』(2025年、現代短歌社)*在庫あり 
   現代短歌社オンラインストア

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林)*在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林)
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房)*在庫あり
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院)
・『踊り場からの眺め』(2021年、六花書林)*在庫あり
・『啄木ごっこ』(2026年、角川文化振興財団)

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(☆を@に変えて下さい)

また、ネットショップのBOOTHでも販売しております。
どうぞお気軽にご利用ください。
masanao-m.booth.pm/

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カルチャー講座一覧

大阪、京都、兵庫、オンラインなどで短歌のカルチャー講座を担当しています。短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。まったく初めての方も大歓迎です。

◎NHK学園オンライン講座
 「N学短歌plus」 *サブスク(定額制)講座

◎住吉カルチャー(神戸)
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜10:30〜12:30

◎毎日文化センター梅田教室 06‐6346‐8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

 「短歌を楽しむ」 毎月第2・第4水曜日13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075‐254‐2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075‐623‐5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075‐573‐5911
 「短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2026年12月31日

2026年の活動記録

作品
 ・「治療痕」7首(「角川短歌」1月号)
 ・「レッドロブスター」15首(「ねむらない樹」13号)
 ・「布団」7首(「短歌研究」5+6月号)
 ・「鳴き声」5首(「うた新聞」6月号)
 ・「正しいかたち」15首(「パンの耳」第11号)

連載
 ・評論月評 第二回(「短歌往来」1月号)
 ・評論月評 第三回(「短歌往来」2月号)
 ・評論月評 第四回(「短歌往来」3月号)
 ・評論月評 第五回(「短歌往来」4月号)
 ・評論月評 第六回(「短歌往来」5月号)
 ・評論月評 第七回(「短歌往来」6月号)

評論
 ・「評論・詩・短歌から読み解く啄木晩年の思想」(「歌壇」2月号)
 ・「心、あるいは心の影」(「角川短歌」4月号)

書評
 ・今井聡歌集『にんげんのかたち』評(「現代短歌新聞」2月号)
 ・三枝ミ之『百年の短歌』評(「国際啄木学会研究年報」第29号)
 ・なみの亜子歌集『ねじ花』評(「現代短歌」116号)

その他
 ・「新しいステージ〈第一歌集の頃〉」(「現代短歌」113号)
 ・澁谷義人歌集『但馬へ』跋
 ・岡野はるみ歌集『朱色の点描』解説
 ・「戦争前夜を感じる歌」十首選(「歌壇」8月号)
 ・木村敦子歌集『ぽてりと月が』跋
 ・第2回短歌研究評論賞選考座談会(「短歌研究」9・10月号)

出演
 ・第28回あなたを想う恋のうた審査員
 ・斎藤美衣歌集『世界を信じる』批評会パネリスト(2月22日)
 ・NHK学園「春のプレミアム短歌講座」(3月28日)
 ・NHK全国短歌大会選者(3月28日)
 ・講演「言論統制と啄木」(5月6日)
 ・土井礼一郎歌集『義弟全史』批評会パネリスト(6月21日)
 ・オンラインイベント「女性の戦争体験ー従軍看護婦 雪永政枝の
  戦中と戦後」(8月12日)

出版
 ・評伝『啄木ごっこ』(角川文化振興財団、3月25日)
 ・同人誌「パンの耳」第11号(7月20日)

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2026年09月15日

歌集・歌書・同人誌の販売

ネットショップのBOOTHで、私の歌集・歌書・同人誌を販売しております。送料無料で割引価格のものも多いので、どうぞご利用ください。

https://masanao-m.booth.pm/

・歌集『駅へ』(新装版)1500円
・歌集『について』2200円
・時評集『踊り場からの眺め』1500円
・評論集『短歌は記憶する』1500円
・評論集『樺太を訪れた歌人たち』1500円
・評伝『高安国世の手紙』1500円
・アンソロジー『戦争の歌』1200円
・同人誌「パンの耳」3〜9号、11号 300円
・同人誌「パンの耳」10号(記念号)500円

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2026年09月14日

住吉カルチャー

毎月第1金曜日の10:30〜12:30、神戸市東灘区文化センター(JR住吉駅すぐ)で自主的なカルチャー講座「はじめてよむ短歌」を開催しています。

前半1時間は近刊の歌集の紹介や秀歌鑑賞、後半1時間は受講生の作品(1首)の相互批評という内容です。

参加費は2000円。現在の参加者は17名です。

興味のある方はお気軽に松村までご連絡ください。初心者からベテランの方まで、どなたでも歓迎します。

masanao-m☆m7.dion.ne.jp(@を☆に変えて下さい)

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2026年09月13日

西東三鬼『神戸・続神戸』


戦時下の神戸の怪しげなホテルで過ごした日々を描いた自伝的小説。

「俳句」に昭和29年〜31年に連載された「神戸」(全10話)と「天狼」に昭和34年に連載された「続神戸」(全5話)を収めている。

めちゃめちゃ面白い。

国籍も職業もさまざまな人が出入りするホテルを舞台に、楽しくも哀しい人間模様が繰り広げられる。どこまでが事実でどこからがフィクションなのかはわからない。

わたしは四十五歳で、徴兵の最高年齢は、当時たしか四十二歳であったから、兵隊に引っぱり出される心配はなかったが、私の俳句友達は、私より年下の人が多かったから、もしかすると、汽車の窓から、神戸市民に別れの歓声を投げ掛ける兵隊達の中に、彼等の一人がいるのかもしれなかった。
昭和十八年の頃、東京には時々B29が現われたが、神戸は街全体がポカンと虚脱していて、市民にも国際都市特有の呑気さがあった。
神戸という街は、戦争中、流言のルツボであった。つまり、スパイの巣であった。県庁の外事課は、そのためやっきになっていたが、いわゆる敵性国、盟邦の、両方の人間が、日本の敗色濃い情報を流す。

戦時下にぽっかり空いた別世界のような、猥雑で非日常的で自由な空間。それは後にも先にもない、このときだけ出現した世界だったのかもしれない。

2019年7月1日発行、2025年9月20日6刷。
新潮文庫、490円。

posted by 松村正直 at 09:15| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月12日

啄木と杢太郎(その4)

啄木と杢太郎の蜜月は長くは続かなかった。

二人が親密な関係であったのは、明治41年10月に出会ってから明治42年4月頃までの約半年の期間に限られる。

3月から啄木が朝日新聞社に勤め始め、自由な時間が取れなくなったことも原因だろう。でも、それだけではない。啄木は「スバル」のメンバーと仲良くなる一方で、彼らから圧迫されるのを感じて敵愾心を燃やし、何とかして彼らを乗り越えようとしたのであった。

その標的となったのが吉井勇であり、平野万里であった。明治42年3月3日付の宮崎大四郎宛の手紙に啄木は次のように書いている。

程なくして僕は、吉井に僕と同じ性格の欠点を認めた。予は毎日の様に日記に吉井を罵倒した。(…)秋になつて予は吉井の圧迫から遂に脱した。
吉井に代つて僕を圧迫したのは平野だ。(…)この敵は吉井よりも少し手剛かつた。(…)彼は決して其表面に見えるやうな大人風な男ではなかつた。彼は、ウソを言はぬ代り決してホントの事も言はぬ男だ。

こんなふうに、相手の欠点をあげつらって精神的に優位に立とうとする癖が啄木にはあった。それは同世代の彼らに対して学歴や経済面でコンプレックスを抱えている裏返しでもあったのだろう。

予は心中にて平野を蹴つた。第二戦終つて四十一年は暮れた。是より先き、僕は非常な勢ひで太田正雄君(木下杢太郎)と接近してゐた。太田はエライ男だよ。

この手紙では杢太郎のことをを褒めているが、やがて啄木の矛先は必然的に杢太郎にも向かうことになる。

4月24日の啄木の日記には、金田一京助とのこんなやり取りが記されている。(原文はローマ字)

「俺には今敵がいなくなった! どうも張合いがない。」
「敵! そうですねえ!」
「あの頃の敵は太田君だった。実際です。」
「そうでしたねえ!」
「太田と俺の取引きは案外早く終わってしまった。(…)」
「つまり、太田君を捨てたんですか?」
「敵ではなくなったんです。だから俺はこうがっかりしてしまったんです。敵! 敵! オーソリティのない時代には強い敵がいなくちゃ駄目ですよ。そこへ行くと独歩なんかはえらい、実にえらい。」

次々と敵(ライバル)を設定しては、それに打ち勝つことで、啄木は文学的なモチベーションを高めていたのだろう。

……いやあ啄木、それじゃあ友達をなくすよ。

posted by 松村正直 at 06:09| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月11日

啄木と杢太郎(その3)

前回も引用したが、明治42年1月19日の啄木日記には次のような記述がある。

十時頃太田君に起された。(南蛮寺門前)を脱稿して昨夜森先生に見て貰つたと言つて持つて来た。美濃紙へ細かく三十一枚、一緒に読んだ。

杢太郎の代表作にもなる戯曲「南蛮寺門前」の原稿を読んでいるところだ。この戯曲は、啄木が編集した「スバル」第2号(明治42年2月)の巻頭に32ページ使って掲載された。

「小生は此第二号を小生の思ふ儘に編輯せむとしたり」(消息)という巻末の言葉を踏まえれば、啄木がこの戯曲を高く評価したと見ていいだろう。

一方で、これに関してちょっとしたトラブルも起きていた。

大正3年に刊行された『南蛮寺門前』の跋に、杢太郎は次のように書いている。

此戯曲は故石川啄木君の厚き同情に拠り昴(スバル)第二号の巻頭に載るやうになり曲中の仏語の不穏当なところだけは与謝野寛氏に訂正して頂くやうになつた。実は初校を森博士が見て下さる筈であつたが、雑誌の発刊が遅延するといふのでその通りにはならなかつた。

当初、彼らの後見人的な立場の森鷗外に「南蛮寺門前」の初校を見てもらう予定だったのが、実現しなかったようなのだ。

その理由について杢太郎は、「冬柏」昭和5年4月号に「南蛮寺門前」というエッセイを書いている。元の原稿が「スバル」に掲載されてから実に20年以上経ってからのことである。

今でも僕は残念に思つてゐるのだが、それは僕の戯曲の第一作「南蛮寺門前」をば、森先生が校正の時添削して下さるといふのを、その時昴の第二号の編輯を引受けてゐた石川啄木の偏執からその機会を失したことである。

「石川啄木の偏執」と書かれていて、何やら穏やかではない。

冒頭に引いた啄木の日記にあるように、杢太郎は「南蛮寺門前」の原稿を啄木に渡す前日に森鷗外に読んでもらっていた。

森先生はそれを読み了ると、はははははと笑つた。そしてだいぶいろんなものが並べてあるねと揶揄せられた。(…)それで僕はとに角校正の時は見てやらうと先生をして言はしむるまでに成功した。

つまり、杢太郎は校正の段階で鷗外の添削を受ける約束を取り付けていて、それを啄木にも伝えていたのであった。しかし、実行されなかった。

ところが僕の南蛮寺の原稿は少しも直つて居なかつた。あとで啄木を責めると、時日が切迫して森先生の処へ校正を廻すことが出来なかつたのだと言つて弁解したが、僕は心の中ではそれは口実だと考へざるを得なかつた。啄木は何にでもかんにでも反感を持つ男で、自らは大家の添削を受けるなどといふことを好まなかつたので、僕の意を蹂躙したのであらう。

『南蛮寺門前』の跋とは違って、かなり啄木を非難した書きぶりとなっている。本当の理由がどうだったのかは確かめようがないが、二人の間に気持ちのすれ違いが起きたことだけは間違いないだろう。

posted by 松村正直 at 00:12| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月10日

啄木と杢太郎(その2)

明治42年に入ってからも二人の親密な交際は続く。

間もなく太田君が、来て、九時まで語つた。太田君はしきりに雷同論を称へた。その雷同は、言つてみれば戦場の握手――予は賛成した。そして予は、この友に親しむ気が一日一日に深くなるを感じた。筆を持つた思想家――年とつたか若いかわからぬ男だ、気持のよい男だ。(1月11日)
午頃太田がきた。そして色々と議論した。予はこの数年来の日本の思想の変遷を或銀行にたとへて論じた。そして結局太田君がまだ実際の社会にふれてゐないといふことを明らかにしたに過ぎなかつた。太田は今の作家をのゝしつた。(2月1日)
今日はパンの会なので先に一人ゆく、――両国へついたのは五時半だつた、誰も来てゐない、やがて太田が来、石井柏亭が来、山本鼎君が来た、そして飲み且つくらひ、且つ語つた、そして九時半にそこを出て小雨の中を電車で浅草に行つたが、活動写真はもうハネてゐた、そして四人奥山の第三やまとでビールをのんだ、そして帰りに四丁目で太田と二人スシを食つた、今日は太田と二人前はらつたのだ。(2月27日)

さらに面白いことに、この時期は杢太郎の日記も残っていて、同じ日の両者の日記を読み比べることができる。

例えば、1月19日の日記にはこんな記述がある。

(石川啄木)十時頃太田君に起された。(南蛮寺門前)を脱稿して昨夜森先生に見て貰つたと言つて持つて来た。美濃紙へ細かく三十一枚、一緒に読んだ。(…)十一時太田君と一緒にでかけて北原君をとひ、昼飯はガス鍋の牛肉で御馳走になつた。二時頃、三人つれ立つて千駄ヶ谷に与謝野氏をたずねた。(…)七時頃辞した。初夏の雨もよひの夜の様な風が、くすぐる様に顔にあたつて、誰かにグズリたい様な、甘へたい様な、妙な気持になつた。(…)四谷で電車を降りて、とある天プラ屋で三人で飲んだ。この二人と一緒にのんだのは今夜が初めて。(…)太田はその恋――片恋のあつたことを仄めかした。予と太田は頻りに創作や思想について語つた。
(木下杢太郎)八時二十分石川啄木を起す。北原。そこにて昼の馳走になる。与謝野氏にゆき、経の仮名などふりて貰ふ。夜六時頃かへる。外の風春の如し、皆々ゴルキースチムングになる。四ツ谷にて下り、天ぷらやにて酒をのみ、芸術的コンフェッションをなす。

だいたい一致した内容を記しているが、啄木の文章は長く杢太郎は簡潔。また、「十時頃」と「八時二十分」、「七時頃」と「六時頃」のように時間の記載にはズレがある。

「ゴルキースチムング」Gorki Stimmung はドイツ語で「ゴーリキー風な気分」という意味。「コンフェッション」は告白。杢太郎の日記にはこうした外国語がしばしば出てくる。

別の例も挙げてみよう。4月4日の日記。

(石川啄木)【原文はローマ字】晴れた、春らしい日だった。午後、久しぶりに白山御殿に太田君を訪ねた。そして一円借りた。
(木下杢太郎)午后石川啄木来る。少しくゲルドマンゲルより来れる憂鬱をやむが如し。アインス用立つ。

「白山御殿」は当時杢太郎が住んでいた小石川区白山御殿町(現在の文京区白山3〜5丁目)のこと。「ゲルドマンゲル」Geldmangel はドイツ語で「お金の不足、金欠」、「アインス」は1。

こんな短い記述にも、二人の性格や文体の違いがよく表れているように思う。

posted by 松村正直 at 10:43| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月09日

啄木と杢太郎(その1)

「明星」が終刊した明治41年から「スバル」が創刊された明治42年にかけて、約半年くらいの間であるが、石川啄木と木下杢太郎はかなり親密な関係であった。

二人が最初に出会ったのは明治41年10月3日の観潮楼歌会で、啄木日記に「太田正雄(初めて逢つた)」と書かれている。10月7日には吉井勇に連れられて杢太郎が初めて啄木の下宿を訪れた。

一時頃、吉井君が太田正雄君をつれて来た。今年医科大学を卒業するのだつたが、試験におくれて一年のびたといふ。話は面白い人だ。学殖も浅くはないし、観察も一見識がある。(明治四十一年日誌)

これは、「薬物学の試験日を間違え、森鷗外に追試の仲介を願い出るも再試自体は叶わず、一年留年となる」(『木下杢太郎随筆集』年譜)という出来事を指している。

その後、二人は急速に関係を深め、啄木日記にも頻繁に杢太郎が登場する。

太田君の性格は、余と全く反対だと言ふことが出来ると思ふ。そして、此、矛盾に満ちた、常に放たれむとして放たれかねてゐる人の、深い煩悶と苦痛と不安とは、予をして深い興味を覚えしめた。――少なくとも、今迄の予の友人中に類のなかつた人間だ。(11月5日)
昼頃太田君が来て一時間許り話した。不可思議国の話――この人の意見では、人は何らかの不可思議国がなくては満足されぬ。中古の人は悔といふことに非常なチャームを見出して基督教が全盛を極めた。――ゲーテは伊太利を不可思議国とした。(11月10日)
予は太田君と語るを好む。この日太田君が初蜜柑を買つて来た。一緒に晩餐を終って間もなく、藤条君が久振に来た。太田君は帰つた。(11月17日)
太田君は、予が告白するに最も邪魔になるのは家族だと言つたのを、それはホンノ少しだと言つた。これは太田君がまだ実際といふものに触れていないためだ。同君の煩悶は心内の戦ひで、まだ実生活と深く関係していない!(11月20日)

こんな記述がいくつもあって、仲の良さが伝わってくる。

「実生活」云々というところには、当時、東京帝国大学医科大学の学生であった杢太郎と、既に妻子がいて経済的な苦労も味わっている啄木の違いが表れていると言っていいだろう。

posted by 松村正直 at 23:55| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月08日

宮内悠介『かくして彼女は宴で語る』

 DSC03516.JPG

副題は「明治耽美派推理帖」。

「パンの会」に集った文学者・美術家たちが事件の謎に挑む連作短篇集。明治41年12月12日の第1回から42年3月13日の第6回の会合が舞台になっている。

登場するのは、主人公の木下杢太郎をはじめ、北原白秋、吉井勇、石井柏亭、山本鼎、森田恒友、長田幹彦、フリッツ・ルンプなど。

啄木と金田一京助が事件を解決する伊井圭『啄木鳥探偵處』を思い出した。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138705.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/474664344.html

団子坂の菊人形、浅草十二階、上野公園の東京勧業博覧会、ニコライ堂など、明治末期の東京の様子が細かく描かれているのが楽しい。

第5回には石川啄木も登場する。

この男は、面白おかしい話をしたり、うまいこと人から金を借りる術には長けている。反面、物事を正直に打ち明けて、人と折りあいをつけるということができない。そして、ときに逃げ出しもする。なぜそうなのかは、おそらく彼自身もわからずに困っている。

最終回では、近代日本の芸術運動や日本という国がその後どのような歴史をたどったのかが暗示されている。また、医学と芸術のどちらの道を選ぶか迷っていた杢太郎の人生についても考えさせられる。

何だか杢太郎に興味が湧いてきた。今月、熱海に行く用事があるので、ついでに伊東の木下杢太郎記念館に寄ってみようかな。

2023年10月5日、幻冬舎文庫、790円。

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2026年09月07日

幸田文『男』


1959年に「婦人公論」に一年間にわたって連載された「ルポルタージュ 男」11篇をはじめ、男性について記したエッセイを集めた本。

羅臼の鮭漁師、国鉄の運転士、外科手術をする医師、下水道の作業員、少年院の教官など、仕事の現場を訪れて観察し話を聞いている。

そして授精し、大切に砂をかけ終って、生涯のしごとは果される。夫妻ともに精根尽きて、ひどいのになればからだじゅう傷だらけで、しっぽも鰭も大概は形をなしていない。あとに残されているのは、自然の休息の時が来ることばかりである。
いまはもう蒸気は古くなった。この機関車はもう製造がとまっている。現在あるものが使えなくなれば、それで姿を消す車である。云うなれば、老骨に鞭うってしんがりを務めている剛の者である。
「ゆが出ていますよ」という。湯とはここの用語で、水を沸かした白湯のことかと思えばとんでもない。千六百度とかに熱せられてどろどろに溶けた鉄を、あっさりゆといって済ませているのである。

幸田文の文章は歯切れが良く、読んでいて気持ちいい。

2020年7月10日第1刷、2025年1月15日第3刷。
講談社文芸文庫、1500円。

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2026年09月06日

道券はな歌集『ひからせる』

著者 : 道券はな
角川文化振興財団
発売日 : 2026-08-25

「未来」所属の作者の第1歌集。
2012年頃から2026年までの作品303首を収めている。

自転車を押してくるひと駅前にほそいひかりを引き入れながら
離職したひとの机に拾っても拾ってもパンチの丸い紙
焼き鳥は串を離れてその串がかつて刺さっていたほそい穴
ぬるい夜の食卓にいてひとはみな唇(くち)になにかを触れさせている
抵抗のひとつもできず暗がりで折りたたまれているパイプ椅子
線香の上をちいさな火は進む退路をしろく失いながら
夢のなかで羊を洗う 渓流のなかで暴れているを抑えて
春の雨遠く聴きつつ昨日来たあおい包みをほどいていない
牛乳は気絶してゆくゆっくりと紅茶のなかで渦を巻きつつ
癖のある髪に陽射しを滾らせて歩くあなたが夏だったのだ
ブラウスの後ろ留めてと言う母の背後にまわる息を殺して
私とは母の翻案 だとしたらどうしてこんな冬凪の海

1首目、下句がいい。自転車の車体や金属の光る感じが目に浮かぶ。
2首目、パンチ穴の紙を片付けながら辞めた人のことを考えている。
3首目、超細部への観察眼。一度刺さった傷は元に戻ることはない。
4首目、飲み会などの場を想像した。フロイトの口唇期を思い出す。
5首目、明らかにパイプ椅子の話だけではない感じが伝わってくる。
6首目、修辞のよく効いた歌。線香の話が人生や決断の話へと続く。
7首目、下句の暴力性が生々しい。きれいにするのか、食べるのか。
8首目、不思議な空気感の漂う歌。すべてが遠くにあるような感覚。
9首目、「気絶」という一語で成り立つ歌。白い色がほどけていく。
10首目、三句以下のア段の響きの力強さは恋する者の強さだろう。
11首目、穏やかだった歌が結句で急に不穏になる。母娘の関係性。
12首目、似ている部分があるゆえに、かえって難しいこともある。

2026年8月25日、角川文化振興財団、2400円。

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2026年09月04日

住吉カルチャー&フレンテ歌会

10:30から神戸市東灘区文化センターで住吉カルチャー。

参加者は15名。道券はな歌集『ひからせる』を取り上げた。修辞のうまさだけでなく、痛みの感覚が印象に残る歌集だ。

12:30終了。昼食を挟んで13:00から第104回フレンテ歌会。

参加者は15名。今日は「水」の2首連作というテーマで詠まれた計30首を読み合った。

多様な読みがどんどん出てくると歌会は楽しくなる。前評者の読みに引きずられることなく、各自が自分の読みをはっきりと言うことが大切だと思う。

17:00に終了後、ロイヤルホストで食事&お喋り。21:00過ぎに解散。ずいぶん長居してしまった。

posted by 松村正直 at 23:16| Comment(0) | 歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月03日

56歳

56歳になりました。

11月に短歌入門書を出す予定です。

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2026年09月02日

映画「軍服を着た神様」

 gunpuku.jpg


監督:遠藤協
語り:中西レモン

台湾各地で日本の軍人を神様として祀っている民間信仰の場所を訪れたドキュメンタリー。

1874年の台湾出兵で戦死した日本兵だったり、1944年にアメリカ軍に撃墜された日本軍のパイロットだったり、洋上慰霊で海に投げ入れた卒塔婆が漂着した戦死者だったり、祀られるようになった理由はさまざまだ。

神様にもランクがあって、修業を積んで多くの人を救うとランクが上がり、廟も大きくなっていくとのこと。神様としては新参者である彼らが今後どのようになっていくのか、興味が尽きない。

出町座、107分。

posted by 松村正直 at 23:43| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年09月01日

猪木武徳『地霊を訪ねる』


副題は「もうひとつの日本近代史」。

日本全国の鉱山や産業遺跡、温泉地などを旅した紀行文。

司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズのような感じで、「伊那谷から中山道へ出る」「登米、栗原から鶯沢の細倉鉱山へ」「筑豊三都を巡り、秋月城址へ」など、計27篇を収めている。

歴史上の事件や人物についてよく知りたいと思った時、事件の現場やその人物が活動した場所に行ってみたいという気持ちになることがある。「地霊」を感じてみたいということだろうか。
このような養子を迎えての「洋学」の継承には、学問も商売も、個人や一世一代限りの事業では完結しないほど、奥深いという認識があったのだろう。幕藩体制下の人材育成と選抜には実力主義による広域のネットワークが存在したことが分かる。
新興宗教の教団には素晴らしい美術館を持っているところがある。熱海のMOA美術館(世界救世教)、滋賀県信楽のMIHOミュージアム(世界救世教から分かれた神慈秀明会)など(…)。飛騨高山の光ミュージアムは崇教真光の総合博物館だ。
この由緒ある銀行は、明治初期に全国で一五〇余り設立された「国立銀行」のひとつだ。ちなみに「国立銀行」は、「私立」であって、国が設立して経営するという意味の「国立」ではない。米国のNational Bank(国法に基づく銀行)を(誤)訳したものだ。
青森のリンゴのように、士族授産事業を契機としてその後の地方の特産品となった例も少なくない。静岡のお茶、福岡の久留米絣、名古屋の養鶏などもそうした例であろう。

こうした興味深い指摘が次々と出てきて飽きない。

北一輝が「明星」に歌を投稿していたことや、田中正造が多くの歌を詠んでいたことなども、この本で初めて知った。機会があればさらに調べてみたい。

2023年1月30日、筑摩書房、2400円。

posted by 松村正直 at 22:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年08月31日

雑詠(065)

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打ち水の淡い匂いをかぎながら記憶を深くしてゆく旅だ
良いことの二つある日はよろこんで翌日分にひとつを回す
抜け道の細さを観光バスがゆく庇をひとの顔がかすめて
ほんとうか嘘かは知らず生きるのが年々楽になると言うひと
「一人ずつ」のところが赤い立札の吊り橋ゆれて露天湯へ行く
楽しみがやがて苦しみになる日々ののうぜんかずらこんなに揺れて
ひと晩で身体どこまで行くだろう川音とどろく温泉宿に

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posted by 松村正直 at 17:11| Comment(0) | 雑詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年08月30日

多田多恵子『旅するタネたち』


副題は「時空を超える植物の知恵」。

むちゃくちゃ面白かった!

植物にはまったく詳しくないのだけれど、稲垣栄洋さんの本とかNHKの番組「植物に学ぶ生存戦略」を見るのは好き。そんな私にぴったりの本だった。

タネはいわばマイクロカプセル。みずからの設計図である遺伝子と、芽が育つための栄養が詰め込まれています。新しい場所で新しい世代を担うべく、タネたちは旅立つのです。

種を遠くへ運ぶ方法として、風や雨や川などの自然を利用するものもあれば、鳥やリスなどに食べられたり動物や人間にくっ付いたりするもの、あるいは自ら物理法則を使って弾き飛ばすものもある。

暑い気温の中で花を長く咲かせるのは、呼吸による消費や水分のロスも多いので、植物にとってもしんどいことなのです。ムクゲの花も、虫の活動が盛んな時間帯だけ開き、実を効率よく結ぼうとしています。
山火事のあとは、光が豊富で競争相手もおらず、灰の栄養もたっぷり。この絶好の機会を待って、ブラシノキはタネを散らし、後継者の木を育てるのです。
生命豊かなマングローブ林では、潮が引いた泥地にカニの巣穴が無数にあいています。うまいこと胚軸の先がカニの巣穴に刺されば万々歳。根が伸びて体を支え、小さなメヒルギの木に育ちます。
ヤドリギの実は消化しにくく粘液質に富み、食べると糞もネバネバになります。糞とともに落とされたタネは、ほかの木の枝や幹にへばりつき、そこで芽を出して育ちます。
2個のタネは、大きさや皮の厚さが少し違います。そして不思議なことに、芽を出すタイミングも違います。(…)オナモミの仲間が住んでいる空き地や水辺などは環境の変化が激しく、芽を出しても確実に育つとは限りません。2番手のタネは、1番手が事故にあったときのための保険なのです。

こんなに精巧で見事な仕組みは、一体どうやって生まれたのだろう?「進化」の概念だけではとても説明できる気がしない。

やっぱり神様がいるのかしら。

2024年10月1日、ヤマケイ文庫、1300円。

posted by 松村正直 at 06:00| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年08月29日

久我田鶴子歌集『クロツグミ』

砂子屋書房
発売日 : 2026-06-18

2020年から2025年の作品368首を収めた第10歌集。

はなびらの無きをも愛でて朝顔の変異にあそぶヒトといふもの
ひとりごと鳥も言ふのだ細きこゑあげてはみづから聴き入るふうに
合鍵をはじめて使ふ手のふるへ扉のうちに声かけながら
土手をゆく京成電車と高架ゆく総武線のおと聴き分けてゐる
東京湾の満ち潮に乗りうかうかと狭き水路に魚群ひしめく
ビルの間にひかつて見えるきれぎれをそれでも海と呼びてゆふぐれ
アキアカネ近くに止まるを見逃さず距離を詰めゆく三角のかほ
書くことは種を埋めるに似てはるか発芽のときを待てる文字たち
見舞へるをねぎらふ母のありがたうお忙しいところとは他人の行儀
へそのない蛙へそのあるあんぱんよ にんげんのへそ母を思はす

1首目、江戸時代から数々の変化朝顔を生み出してきた人間の情熱。
2首目、自分の鳴き声にうっとり聞き惚れているように見えたのだ。
3首目、連絡の取れない一人暮らしの友人宅。安否を気遣いながら。
4首目、音だけで違いが分かり、それぞれの車両の姿が目に浮かぶ。
5首目、「うかうかと」が面白い。早く広い海に戻りたいのだけど。
6首目、少ししか見えなくても海があることに心は安らぐのだろう。
7首目、結句「三角のかほ」だけ言ってカマキリを示すのが鮮やか。
8首目、歌にしろ文章にしろ書くことは未来の読者とつながること。
9首目、たぶん娘だとわからなくなっている。丁寧な口調が寂しい。
10首目、軽みのある上句から母とつながっていた跡を思う下句へ。

2026年5月21日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 06:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする