2025年01月01日

歌集・歌書一覧

*この記事は常に一番上に表示されます。
 最新の記事は3つ下をご覧ください。

私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の11冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『駅へ』新装版(2021年、野兎舎)*在庫あり
   野兎舎オンラインストア
   アマゾンKindle版
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房)
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林)
・『紫のひと』(2019年、短歌研究社)*在庫あり

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林)*在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林)
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房)*在庫あり
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院)
・『踊り場からの眺め』(2021年、六花書林)*在庫あり

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(☆を@に変えて下さい)

また、ネットショップのBOOTHでも販売しております。
どうぞお気軽にご利用ください。
masanao-m.booth.pm/

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カルチャー講座一覧

大阪、京都、兵庫などでカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。
まったく初めての方も大歓迎です。

◎NHK学園オンライン講座
 「短歌のコツ」 毎月第4木曜日19:30〜20:45

 「現代短歌セミナー 作歌の現場からU」 隔月第3水曜日
  19:30〜21:00 *永田和宏さん、ゲストの方と3人で

◎住吉カルチャー
 「はじめての短歌」 毎月第1金曜10:30〜12:30

◎毎日文化センター梅田教室 06‐6346‐8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075‐254‐2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075‐623‐5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075‐573‐5911
 「短歌教室」毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2024年12月31日

2024年の活動記録

作品
 ・「長い散歩」8首(「歌壇」1月号)
 ・「レシート」10首(「角川短歌」3月号)
 ・「甲」15首(「パンの耳」第8号)
 ・「皮膚と戦争」10首(「短歌研究」5・6月号)

連載
 ・啄木ごっこ(第63回)長男の誕生と死(「角川短歌」1月号)
 ・啄木ごっこ(第64回)短歌滅亡論をめぐって
                    (「角川短歌」2月号)
 ・啄木ごっこ(第65回)『一握の砂』刊行
                    (「角川短歌」3月号)
 ・啄木ごっこ(第66回)泣く、感傷的、青春?
                    (「角川短歌」4月号)
 ・啄木ごっこ(第67回)編集者・歌人西村陽吉
                    (「角川短歌」5月号)
 ・啄木ごっこ(第68回)推敲術あれこれ(「角川短歌」6月号)

 ・ことば以上こころ未満(第10回)(「NHK短歌」1月号)
 ・ことば以上こころ未満(第11回)(「NHK短歌」2月号)
 ・ことば以上こころ未満(第12回)(「NHK短歌」3月号)
 ・ことば以上こころ未満(第13回)(「NHK短歌」4月号)
 ・ことば以上こころ未満(第14回)(「NHK短歌」5月号)
 ・ことば以上こころ未満(第15回)(「NHK短歌」6月号)

評論
 ・「以前、身近、普遍性」(「井泉」1月号)
 ・「コロナ禍と短歌」(「歌壇」6月号)

書評
 ・福士りか歌集『大空のコントラバス』評
                  (「現代短歌新聞」2月号)
 ・大塚寅彦歌集『ハビタブルゾーン』評(「短歌」3月号)
 ・三井修歌集『天使領』評(「現代短歌新聞」4月号)
 ・大松達知歌集『ばんじろう』評(「短歌往来」5月号)

その他
 ・秀歌を読もう「田村穂隆」(「短歌春秋」169号)
 ・選者のことば(「彩歌」2024年冬号)
 ・選者のことば(「彩歌」2024年春号)
 ・合同歌集『さくら 第三十三集』選歌
 ・講演要旨「啄木短歌の超絶技巧」
              (「大阪歌人クラブ会報」第136号)
 ・講演要旨「小池光の歌のあれこれ」
           (令和五年度「和歌山県歌人クラブ会報」)
 ・白井陽子歌集『切り株』栞文
 ・「2023年度秋の大会」傍聴記(「国際啄木学会会報」第42号)

出演
 ・講座「短歌ー連作の作り方」(2月4日)
 ・講座「2023年下半期、注目の歌集はこれだ!」(3月16日)
 ・笠木拓『はるかカーテンコールまで』歌集批評会パネリスト
                         (3月24日)
 ・講座「『ラジオと戦争』今、戦時下メディアの責任に向き合う」
                         (5月25日)

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2024年06月20日

オンライン講座「短歌のコツ」

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NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」が7月から新しいクールに入ります。この講座も4年目になりました。

日程は7/25、8/22、9/26、10/24、11/28、12/19。毎月第4木曜日(12月のみ第3木曜日)の開催です。

時間は 19:30〜20:45 の75分。前半に秀歌鑑賞をして、後半は提出していただいた作品の批評・添削を行います。質問の時間もありますので、何でもお気軽にお尋ねください。

https://college.coeteco.jp/live/5j0yc613

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2024年06月19日

くにたち短歌大会

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今年の「くにたち短歌大会」(主催:NHK学園、共催:日本歌人クラブ)の選者を務めることになりました。

たくさんのご応募、お待ちしております。
https://www.n-gaku.jp/life/topics/8719

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2024年06月18日

安田敏朗『「国語」ってなんだろう』


歴史総合パートナーズ12。
このシリーズは読みやすく、内容も充実している。

題名の通り「国語」の意味や成り立ちを解き明かした本。明治以降、国家を運営する制度(道具)としての「国語」と国民的精神(ナショナリズム)を宿す象徴としての「国語」という二つの面のバランスを取りながら、「国語」が生み出されてきた流れがよくわかる。

それまで、日本語の研究は、江戸時代に発達した国学の方法によっておこなわれていましたが、上田はヨーロッパの言語学の理論にもとづいた研究を主張したのです。
言文一致は、たんに語ったままが記述されて完成するものではなく、速記術や新聞というメディアの媒介があって成立してくるともいえます。
1895年の台湾植民地化、1910年の韓国併合を経るなかで、植民地支配における「国語」の役割が明確に意識されてきました。

「国語」をめぐるさまざまな問題を通じて、著者は国家のあり方にも迫っていく。

基本的にはだれであれ、近代国民国家という大きな「型」のなかで成長せざるをえない以上、その「型」から逃れることは簡単ではありません。問題は、教育をふくんだ国民国家の「型」のなかで育ってきたのである、ということを自覚できるかどうかにかかっていると私は考えます。

自らの中に滲み込んでいる「型」を相対化して、検証・批判する目を養うこと。これは今後ますます大事になってくる話だと思う。

2020年7月3日、清水書院、1000円。

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2024年06月17日

阿木津英『短歌講座キャラバン』


著者が1988年から2008年まで、20年間にわたってカルチャーセンターで作っていた冊子「旅隊(キャラバン)」の後記71篇と、受講生の歌集の跋文5篇を収めている。

後記はどれも1〜4ページ程度の短い文章だが、著者の主張や短歌観が明確に記されていて印象深い。誰が相手でも手加減せずに本気で取り組んでいたことがよくわかる。

自分の既知の世界を、ことばという記号によって連想して「これはよく分かります」などと言って共感するのが歌ではない。それは要するに自分の体験を反芻しているのにすぎない。
自分の作品の弁解をしない。これは、歌会をするときのもっとも基本的な態度であって、くどくどと自分の歌の弁解を始める人に「弁解はいらない」という叱責の声が飛ぶのを、わたしは若い頃しばしば聞いた。
推敲ということは、本当に難しい。自分の歌ほど、わからないものはないからである。下手な推敲をするより、新しい気持ちで、新しい歌を作った方がいい場合も少なくない。しかし、まったく推敲ということを考えないのも、やはり進歩がなかろう。
賞められようとする気持を捨てて下さい。確かに賞められることはうれしい。しかし、それは自分が行っていることのオマケである。賞めことばで釣られようというのは、自分を幼児の位置に卑しめることではないか。賞められようと賞められまいと、なすべきことをなすのが一人前の大人というものだろう。
自分が自分の歌のもっとも厳しい批評者であるのが、本来のありようだ。人の目はごまかせても、自分の目はごまかせない。自分の物足りない歌を毎日ながめて、自分の何が不足なのか、ここをのりこえるにはどうすればいいのか、考えるのだ。

きっぱりとした物言いも著者の持ち味で、読んでいて気持ちがいい。以前、5年にわたってご一緒した現代短歌社賞の選考会でも常にそうであった。

2016年6月11日、現代短歌社新書、1204円。

posted by 松村正直 at 10:27| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月16日

角田光代・橋本由起子『林芙美子 女のひとり旅』


林芙美子の住んだ場所、旅した場所の写真と文章+解説(橋本由起子)という構成で、冒頭に「旅という覚醒」(角田光代)と題する芙美子論が載っている。

この人の旅は「観る」旅、つまり生活の上澄みにある部分をさらっと眺めていく観光旅行では、けっしてなかった。また、「ひとり旅」であるというのも、この作家にとって重要だったように思う。だれかとともにいると、目線の直接性が失われるのだ。(角田光代)

この論は芙美子の旅の本質をよく明らかにしていると思う。

取り上げられているのは「門司」「尾道」「東京」「パリ」「北海道」「北京」「屋久島」「落合」の8か所。

現在の日本では、屋久島は、一番南のはずれの島であり、国境でもある。(林芙美子「屋久島紀行」)

小説「浮雲」の取材で芙美子が屋久島を訪れたのは1950年4月のこと。成瀬巳喜男監督の映画「浮雲」を観たことがあるが、なるほど、屋久島が舞台なのはそういうわけだったのか。

沖縄返還が1972年であるのはよく知っていたけれど、奄美群島も1953年の返還まではアメリカ軍の統治下にあったのだ。

この本を読んで一番良かったのは、芙美子が晩年暮らした家が「新宿区立林芙美子記念館」として現存しているのを知ったことだ。

三百坪の地所を求める事が出来たが、家を建てる金をつくる事がむずかしく、家を追いたてられていながら、ぐずぐずに一年はすぎてしまったが、その間に、私は、まず、家を建てるについての参考書を二百冊近く求めて、およその見当をつけるようになり、材木や、瓦や、大工に就いての智識を得た。(林芙美子「家をつくるにあたって」)

芙美子の家に対する強いこだわりがよくわかる。東京に行く機会にぜひ訪ねてみよう。

2010年11月25日、新潮社 とんぼの本、1400円。

posted by 松村正直 at 17:43| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月15日

歌集を読む楽しみ

歌集を読みながら、先行するさまざまな歌からの影響や広い意味での本歌取りを思い浮かべるのは楽しい。

疾風に胸を圧されて自転車を漕ぎなづみゐる女学生ひとり
/大辻隆弘『橡と石垣』
疾風を押しくるあゆみスカートを濡れたる布のごとくにまとふ
/上田三四二『遊行』

「疾風+女性」というモチーフに共通したものがある。

  米国大統領来日
天皇と天皇に身体二倍なるドナルド・トランプ歩みゆく様
/大辻隆弘『橡と石垣』
わが妻のからだ五倍なる小錦が土俵を去りしのちのしづかさ
/小池光『静物』

「身体(からだ)○倍なる」はかなり目立つ表現で印象的。

ひと厭ふこころにあゆむ川の辺は楢のこずゑの夕しづむ音
/大辻隆弘『橡と石垣』
連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音
/佐藤佐太郎『帰潮』

文脈上のねじれを伴う歌。大辻が「浮遊する「は」」と名付けた手法である。

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2024年06月14日

小高賢の励まし

黒木三千代の30年ぶりの歌集『草の譜』のあとがきに、こんな一節がある。

早く歌集を出すようにとくり返し励ましてくださった岡井隆先生、小高賢さん、亡くなられたあとに出すようなことになり、慙愧に堪えません。

岡井隆は黒木の先生なのでよくわかるが、小高はなぜ黒木を励まし続けていたのだろう。

そんなことを考えていたら、小高賢編著『現代の歌人140』(2009年)のこんな文章に出会った。

 性愛を卓抜な喩とし、一九九一年の湾岸戦争を鮮やかに主題化した黒木の歌集『クウェート』が刊行されたのは、一九九四年だった。いまでも、たびたび引用されるように時代を画する歌集の一冊である。
 ところがその後、黒木は歌集を上梓していない。もう十五年もたつ。会うたびに、どうなっているのかと、まるで責めるように追求するのだが、なかなか踏み切らない。『クウエート』の後であるから、躊躇する気持も分からないではないが、やはりあまりにも間があきすぎてしまった。こうなったら二、三冊、続けざまに出すほかはない。それくらい待望されているのである。

熱烈なラブコールと言っていい。それだけ黒木の歌を高く評価していたということだ。

『現代の歌人140』は小高の選んだ歌人140名のアンソロジーだが、すべてに小高の鑑賞文が付いている。あらためて読み直してみると、それは140名それぞれに宛てた小高の手紙のようでもあるのだった。

posted by 松村正直 at 23:10| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月13日

映画「小早川家の秋」

監督:小津安二郎
出演:原節子、司葉子、新珠三千代、小林桂樹、加東大介、宝田明、中村鴈治郎ほか

「午前10時の映画祭」で観た1961年公開の作品。

「小早川」は「こばやかわ」ではなく「こはやがわ」。予備知識なしに見たら最初のシーンから関西弁が出てきて驚いた。京都・大阪が舞台の作品なのであった。

家族関係を理解するのに少し時間が掛ったが、いくつかの場面を見ているうちに頭の中に系図が組み上がっていく。

その中にあって長男の「未亡人」と「未婚」の二女は仲がいい。家族のしがらみから比較的自由な存在だ。

小早川家の人たちは祇園や嵐山に行くことを「京都に行く」と言っている。家はどこにあるのかと思っていたら、伏見という設定らしい。なるほど、伏見と京都はもともと別の町だったのだ。

京都シネマ、103分。

posted by 松村正直 at 05:48| Comment(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月12日

大辻隆弘歌集『橡と石垣』

著者 : 大辻隆弘
砂子屋書房
発売日 : 2024-04-03

2015年から2022年までの414首を収めた第10歌集。

糞(まり)を痢(ひ)る直前にかくをろをろと土をまさぐる夕べの犬は
手のひらに顔を覆へり手のひらは顔を覆ふにちやうどよき幅
川べりを歩みつつ読む歌のうへに雨粒は落ち雨となりたり
先生をするのが好きで好きでたまらない若きらを憂しとまでは言はねど
曳き舟を舫(もや)ふロープは毛羽だちて水の面(つら)すれすれに撓みぬ
「あり得たかも知れぬ人生」などはない八つ手の花がなまじろく咲く
「杉はもうそろそろ終り」と言ふこゑがマスクの底の息ゆ漏れ来ぬ
みづ浅きなかに苦しむ鯉ありて脊梁といふは常にのたうつ
うつくしき蔦の紅葉を引き剝がしけさ冷えびえとしたる石垣
それぞれに大帝の名を享け継ぎてウラジーミル・プーチン、ウォロディミル・ゼレンスキー

1首目、「まり」「ひる」という古語が印象的。犬の本能的な仕種。
2首目、もちろん顔を覆うために手があるわけではないのだけれど。
3首目、ぽつんと一滴が落ちて、それから本格的な雨になっていく。
4首目、夢や希望に溢れた若い教員に対する羨望も混じった反発心。
5首目、描写が細かく丁寧。水に浸からず「すれすれ」なのがいい。
6首目、あれこれ空想してみたところで人生は誰にでも一度きりだ。
7首目、花粉の話だろう。花粉症の人の辛そうな様子が目に浮かぶ。
8首目、鯉が背をくねらせている姿から人間の苦しみへ思いは及ぶ。
9首目、色彩を失って寒々とした石垣。もとの姿に戻っただけだが。
10首目、ロシアとウクライナの歴史には共通する部分が多くある。

2024年4月14日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 18:27| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月11日

今後のオンライン講座など

・6月19日(水)「現代短歌セミナー」
  ゲスト:奥村晃作 テーマ:モノの見方の新しさ、発見の歌
 https://college.coeteco.jp/live/5zzwcoye

・7月25日(木)から半年間 「短歌のコツ教室」
 https://college.coeteco.jp/live/5j0yc613

・7月27日(土)「短歌―歌集の編み方、作り方」
 https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7208162

・8月28日(水)「現代短歌セミナー」
  ゲスト:松村由利子 テーマ:文語と口語
 https://college.coeteco.jp/live/m331c69e

・録画「『ラジオと戦争』 今、戦時下メディアの責任に向き合う」
 https://college.coeteco.jp/live/mgzjc62y

・録画「松村正直&小島なお オンライントライアル講座」【無料】
 https://college.coeteco.jp/live/mgzjc62y

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2024年06月10日

三密と三徳

コロナ禍でさかんに「三密」(密閉・密集・密接)を避けるようにと言われたが、仏教用語にも「三密」というのがある。

司馬遼太郎『街道をゆく32』には次のように記されている。

三密(身・口・意)とは身体と言語と心のことをいう。この三密を法に従って行ずることで宇宙の内奥(仏のこと)に入ってゆくことができ、やがて即身(生きたまま)で成仏できるのである。

先日、ゾロアスター教に関する話を読んでいたら、「善思・善語・善行」の三徳の実践について書かれていた。英語で good thoughts ,
good words , good deeds である。

宗教は違っても、言っていることは共通しているなあと思った次第。

posted by 松村正直 at 06:32| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月09日

司馬遼太郎『街道をゆく32 阿波紀行、紀ノ川流域』


1988年に「週刊朝日」に連載され翌年に単行本として刊行された本の文庫新装版。

今年、徳島にも和歌山にも出かけたのでこの1冊を読んでみる。行ったことのある場所が出てくると、やはり読んでいて楽しい。

徳川の世では、淡路は阿波徳島の蜂須賀家の領地だったのである。

現在は兵庫県に属している淡路島だが、その名の通りかつては徳島県とのつながりが深かった。本書の書かれたのは大鳴門橋(1985年)開通後の様子だが、その後に明石海峡大橋(1998年)ができて、また状況は変ったことだろう。

明治のころの徳島県の人口はざっと八十万人ほどで、いまも八十二万数千人であり、ふえたぶんだけ阪神方面が吸収しつづけていたことになる。

それから36年。現在の人口は約68万8千人となっている。

経典が中国訳されるとき、当時の翻訳者はダイヤモンドを具体的に知らぬままに金属のように硬い≠ニいう連想から、金剛という訳語をつけた。
古い日本語では、おなじ平地でも、水田ができる土地を野といい、そうでない土地を原といったが、小笠原はその典型的な地名である。
小牧・長久手のときの家康がさそった有力な同盟者のひとつが、紀州だった。雑賀(さいか)党という紀ノ川下流の地侍連合と、根来衆である。

時おり挟まれる作者と須田画伯とのやり取りも楽しい。何かに似ていると思ったら、いとうせいこう&みうらじゅんの「見仏記」シリーズだった。

蘊蓄を語る司馬と直感の冴える須田。なんだか司馬遼太郎≒いとうせいこう、須田剋太≒みうらじゅん、のようなのだ。

2009年3月30日(新装版)第1刷、2014年6月30日第3刷。
朝日文庫、680円。

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2024年06月07日

『高安国世の手紙』販売中

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先日、神奈川に住む父の家を整理していたら、新品の『高安国世の手紙』(2013年)が一箱見つかりました。以前、置き場所がなくて預かってもらっていたようです。

今年は高安国世(1913‐1984)の没後40年。送料込み1000円!の特別価格で販売しますので、ご興味のある方はこの機会にぜひお買い求めください。

https://masanao-m.booth.pm

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2024年06月06日

柴又(その2)

帝釈天から徒歩数分で「山本亭」に着く。
大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷の邸宅。


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洋風の意匠を取り入れた長屋門のステンドグラス。


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居間から見る庭の様子。
抹茶やぜんざいをいただきながら、のんびりくつろぐことができる。


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洋室の「鳳凰の間」。
大理石のマントルピースがある。

続いて、徒歩数分のところにある寅さん記念館へ。


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1997年の開館。
山田洋次ミュージアムも併設されている。


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映画撮影に使われた「くるまや」や「朝日印刷所」のセットが移設・保存されている。これが最大の見どころと言っていいだろう。


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列車の座席にすわりながら、「男はつらいよ」の鉄道シーンを観ることができるコーナー。その他にも工夫された展示が多く、寅さんの世界にたっぷりと浸ることができた。

続いて、徒歩すぐの江戸川へ。


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川の向こうはもう千葉県だ。


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映画や小説、歌謡曲などで有名な「矢切の渡し」。
現在も片道200円で運行されている。


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「矢切の渡し」の歌詞が刻まれた石碑。
「つれて逃げてよ…」「ついておいでよ…」

細川たかしのイメージが強いのだが、もともとはちあきなおみが歌っていたのか。

posted by 松村正直 at 10:19| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月05日

柴又(その1)

先日、仕事で東京へ行ったついでに柴又を観光してきた。

東京には22年住んだけれど生まれ育ちは南西端の町田市なので、東京の東部、特に荒川の東側(足立区、葛飾区、江戸川区)にはほとんど足を運んだことがない。というわけで、「男はつらいよ」で有名な柴又も今回が初めての訪問だ。


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京成「柴又」駅前に立つ寅さんの像。
後ろを振り返っている姿である。


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振り返った先にはさくらの像がある。
また旅立ってゆく兄を見送る妹の姿だ。


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駅から続く帝釈天の参道。
草団子や川魚の店が軒を連ね、観光客が行き交っている。


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柴又帝釈天!

「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」というお馴染みの口上を思い出す。

門や鐘楼は映画でもよく登場するが、拝観料400円を払うと帝釈堂内殿の外周にある彫刻ギャラリーと庭園(邃渓園)を見学することができる。


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外周に沿って仏教説話の10の場面が彫刻されている。


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彫りが細かくて実に見事な出来栄えだ。


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大客殿の前に広がる庭園は、屋根付きの廊下を伝って一周することができるようになっている。


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京都ではだいぶ前に終わったつつじが、ここではまだ咲いている。参道や境内の賑やかさと打って変わって、静かな時間の流れる場所。


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帝釈天を出て玉垣に沿って歩いていると、「渥美清」「倍賞千恵子」の名前を発見。左に見える「三崎千恵子」はおばちゃんだ。

posted by 松村正直 at 12:33| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月04日

森鷗外と国学

中澤伸弘『やさしく読む国学』を読んで思い付いたことの一つに、森鷗外と国学の関わりがある。鷗外の活動と重なる話がいろいろと出てくるのだ。

真淵の著作には『○○考』という書名が多くあります。『国意考』『文意考』『歌意考』『書意考』『語意考』で、以上の五つを五意考と言います。(…)ほかに『萬葉考』、枕詞について述べた『冠辞考』、延喜式祝詞について述べた『祝詞考』などがあります。

こうした書名は鷗外最晩年の『帝諡考』や未完に終わった『元号考』を想起させる。

一方、古書に引用されて残った逸文の採集も積極的に行なわれ、江戸の考証学者・狩谷棭斎の『諸国採輯風土記』をはじめ、同じく江戸の前田夏蔭や黒川春村らの地道な研究により、「古風土記逸文」は今日の形となっています。

狩谷棭斎(かりや・えきさい)は鷗外の史伝小説で有名な渋江抽斎の師で、鷗外は狩谷の史伝も執筆しようとしていた。

この表音表記については、明治時代末ごろから、表記法として認めるべきだといった声があがってきましたが、伝統的な立場に立つ人はこれに反対しました。森鷗外の『仮名遣意見』などは、この立場に立って表音表記を批判したものでした。

ここには鷗外の名前が出てくる。

歌人でもあり、その一方で古代研究、古器古物に興味をもち、正倉院宝物の調査に従った穂井田忠友は、これらの物品を描写した図録『埋麝発香』を刊行することを計画しました。

穂井田忠友(ほいだ・ただとも)については、鷗外の「奈良五十首」の中に次の歌がある。

少女をば奉行の妾(せふ)に遣りぬとか客(かく)よ黙(もだ)あれあはれ忠友(たゞとも)

以上のような点から考えると、鷗外は特に晩年において国学にかなり近づいていたのではないかという気がする。

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2024年06月03日

藻谷ゆかり『山奥ビジネス』


副題は「一流の田舎を創造する」。

「ハイバリュー・ローインパクト」「SLOCシナリオ」「越境学習」の3つの観点から、都市部以外でのビジネスのあり方を検証した本。著者は『里山資本主義』で知られる藻谷浩介の兄の妻。

紹介される自治体は「熊本県山都町」「石川県能都町」「北海道岩見沢市美流渡地区」「島根県大田市大森町」「新潟県十日町市」「北海道東川町」「山梨県小菅村」。

実際に酒蔵見学をやってみると、観光客は無料の試飲を楽しんでも、肝心の日本酒をなかなか買ってくれない。酒粕を利用して製造販売している漬物を買うぐらいで、平均客単価はわずか500円程度だった。
人口8522人の東川町は、この25年間で人口が20%も増えている全国でも稀有な町である。現在では、町の人口の約半数が移住者であるという。
日本酒の消費量は1973年の177万キロリットルをピークとしてその後は下がり続け、現在はピーク時の3分の1以下になっている。かつて全国に4000社あったといわれる酒蔵も、現在は1400社ほどまでに減少している。

取り上げられているのは成功した事例ばかりで前向きな内容となっているが、本当は失敗した事例も数多くあることだろう。その両方の分析が必要なのではないかと感じた。

2022年10月20日、新潮新書、780円。

posted by 松村正直 at 06:37| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする