2016年12月29日

京都観光初日 (その2)

龍安寺から歩いて10分ほどで仁和寺へ。
道路に面した二王門が大きいのに驚く。知恩院の三門、南禅寺の三門とあわせて「京都の三大門」と呼ばれているらしい。


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五重塔。
見る角度によって随分と印象が変わるので、写真に撮るのが難しい。


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国宝の金堂。
境内は広々としているけれど、観光客の姿は少ない。


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金堂の屋根に載っている可愛いやつ。
仁和寺のホームページを見ると「よくあるご質問」の中に

Q 金堂の屋根瓦に、亀の上に乗った人の瓦がありましたが、何かの象徴でしょうか?
A 黄安(こうあん)という仙人です。亀は3000〜4000年に一度、水面に顔出すといわれ、黄安はその亀を3〜4回見たそうです。永遠の象徴として安置されています。

と書いてあった。なるほど。


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帰りは京福電気鉄道(嵐電)の「御室仁和寺駅」から電車に乗る。
駅名表示が昔の「御室駅」のままになっているのを発見。
しかも旧字体だ。

京都に古くから住む人にとっては「御室」=「仁和寺」なのであるが、観光客には「御室駅」では仁和寺の最寄り駅だとわからない。だから駅名は仕方なく「御室仁和寺駅」に変えたものの、駅名板は変えずに残しておく。このあたりに京都人らしさが表れているように感じる。

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2016年12月28日

佐藤涼子歌集 『Midnight Sun』


新鋭短歌シリーズ33。
塔短歌会所属の作者の第1歌集。
2012年から2016年までの作品304首を収めている。

東日本大震災を詠んだ連作「記録」がまずは印象に残る。作者はこの連作で第4回塔新人賞を受賞しているが、受賞作が30首であったのに対して、この歌集では44首と大幅に歌数が増え、内容的にも震災から5年後の歌が入るなど厚みを増している。

ドーナツで丸く切り取る夏の空この先ずっと寄り道でいい
水鳥が集まる沼のそばにあるカフェ・コロボックルは今日もお休み
あの人も発見されたと言うけれど十日目だから生死は聞かない
東側何回見ても何もない仙台東部自動車道路
臭いがきつい 消防法上一つしか香炉が置けない遺体安置所
吉田歯科前に十二の花鉢が並ぶ「吉田」とペンで書かれて
泥舟をいつ降りようと勝手だが船は揺らすな みんな沈むぞ
マグカップ割れてようやくこんなにも疲れていたと気づいてしまう
白菜と牡蠣二、三個を取り分けて渡す 言えないことの代わりに
ライラック色のペディキュア塗っていて良かった 口に含むだなんて

1首目は下句のフレーズが魅力的。開放感と明るさがある。
2首目、「コロボックル」は店の名前だが、まるで本物のコロボックルが働いているみたいな感じがする。
3、4、5首目は「記録」から。
5首目、「消防法上一つしか香炉が置けない」という細かな具体が、これ以上ないほどに現場の感じを伝えている。
7首目、被災地のことか、あるいは現代の日本のことか。
9首目は二人で鍋を食べているところ。「白菜と牡蠣二、三個」がいい。
10首目は性愛の場面。なるほど、こんなことを思うものなんだ。

漢字の読み方が難しい歌があって、例えば「絆されて」(ほだされて)、「冷まじい」(すさまじい)など、ルビを振った方が良いのではないかと思う。

2016年12月14日、書肆侃侃房、1700円。

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2016年12月27日

京都観光初日 (その1)

兄夫婦を案内して京都を観光する。
京都と言えば、ということでまずは金閣へ行く。


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金閣に来るのは中学の修学旅行以来だと思う。
料金所を過ぎて間もなく池越しの金閣が見える構図が素敵だ。


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天気が良くて、とにかく金閣が光っている。
金閣は元は別荘であって寺ではないから、本堂とか仏像とかがあるわけでなく、ひたすら金閣が中心なところがわかりやすい。なるほど、外国人にも受けるわけだ。

続いて、「きぬかけの路」を通って龍安寺へ。


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ここも修学旅行以来、約30年ぶり。
団体客が多い金閣と違って、こちらは「禅が好きです」という感じの西洋人が多い気がする。石庭の背後の壁が風化しているところに味わいがある。


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「吾・唯・足・知」の文字が刻まれたつくばい。
言葉遊びのセンスが素敵だ。
つくばいのある所は石庭の反対側なので、あまり人も通らずひっそりとしている。

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2016年12月26日

書評委員が選んだ「今年の3点」


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昨日の朝日新聞の書評委員が選んだ「今年の3点」の中で、評論家・ジャーナリストの武田徹さんが『樺太を訪れた歌人たち』を挙げて下さっています。

歌人の著者が往年の歌人たちの足跡を辿(たど)った。歌に結晶していた「日本帝国北限の領土」の記憶と記録が時を跨(また)いで蘇(よみがえ)る感覚が鮮やか。

短歌や歌人という枠を超えて、広く多くの方々に読んでいただけると嬉しいです。


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2016年12月25日

杉村孝雄著 『樺太 暮らしの断層』

副題に「遠景と近景・第二集」とある。
前作『樺太・遠景と近景』の続編にあたる一冊だ。http://matsutanka.seesaa.net/article/437398945.html

昭和4年に樺太の恵須取町で生まれ、昭和22年に北海道に引き揚げてきた著者は、定年退職後にふるさと樺太の歴史を調べ始める。在野の郷土史研究家と言っていいだろう。

「樺太日日新聞」や樺太で発行された絵葉書のほか、戦前の貴重な本や資料を丹念に収集して一つ一つの出来事を執拗なまでに追いかけていく。文章はあまり上手とは言えないが、とにかく凄い努力である。

今回取り上げられている話題は

・アメリカに渡った答礼人形「ミス樺太」
・飛行船ツェッペリン号の樺太航跡図
・樺太に連行された中国人や朝鮮人のための協和国語読本
・樺太におけるケシ栽培とアヘンの生産
・銅像になった樺太庁第3代長官平岡定太郎

など、いずれもディープでマニアックな話ばかり。それだけに初めて聞く話も多く、樺太好きにはたまらない一冊となっている。

今回の一番の収穫は、樺太庁長官を務めた平岡定太郎(三島由紀夫の祖父)が、樺太を詠んだ短歌を残しているという事実である。

卯の花の咲つる夏になりぬれどなほ風寒し豊原の里
多来加の波も敷香に納まれと祈るは己が願なりけり
うち返す波音も高しヲコックの島のあたりのヲットセの声

1首目の「豊原」は樺太庁の置かれた中心都市。
2首目の「多来加」(たらいか)は湾の名前。「敷香」(しすか)に「静か」を掛けている。
3首目の「ヲコック」はオホーツク海のこと。

平岡定太郎の短歌については、もう少し調べてみたいと思う。

2000年11月13日、私家版。

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2016年12月24日

糸川雅子歌集 『橋梁』



現代短歌ホメロス叢書9。
2008年から2012年までの作品378首を収めた第6歌集。

秋山に誰も知らざる風ふきて風のにおいが里までとどく
家電みなちいさくうすくなってゆき平成の秋ちんまりと坐す
次々に柿落ちてゆきどの柿の落下の瞬間(とき)に会うこともなし
山国の日暮れは早し味噌汁の椀にしめじと里芋うかぶ
「遅れたから」遅刻の理由をそう記す生徒のあれば叱りてたのし
蟬の骸点々とある家庭(いえにわ)を散歩し蟬を老犬は食む
ゆでたまごきれいにむけて遠足の朝のような秋晴れとなる
思い出のなかをくぐりてかえりくる赤とんぼあり 指を差し出す
はらわたがこころとからだをつなぐから起きぬけの水喉そらし飲む
さいわいのあかしのように蜜柑盛り卓上に藍の鉢は置かるる

1首目、秋の季節感を詠んだ歌。見えないけれど風のにおいがする。
3首目、確かに柿が落ちてくる瞬間はあまり見たことがない。
4首目、「しめじと里芋」がいいのだろう。いかにも山国という感じ。
6首目、老犬の姿や動きがまざまざと目に浮かぶ。
8首目、上句が印象的。赤とんぼは思い出の時空を飛んでいるのだ。
9首目、朝に飲む一杯の水が身体だけでなく心にも染み込んでいく。

2016年11月24日、飯塚書店、1800円。

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2016年12月22日

「塔」2016年12月号(その2)

花火の音をこわがる子を抱いて母でしかない夜を肯う
                     春澄ちえ

小さな子なので家に聞こえてくる花火の音を怖がるのだろう。「母でしかない夜」という表現が強烈で、それを「肯う」と言い切ったところに強さを感じる。

滝のぼるごとくうねりて塩まとひあゆはじりじり焼かれてゆきぬ
                     足立訓子

うねるような姿で串に刺されている鮎。初二句で生き生きとした姿が思い浮かぶだけに、下句の現実との落差が哀れを誘う。

新選組の羽織の色を思はせてアサギマダラの庭に舞ひをり
                     黒瀬圭子

アサギマダラと言うと長距離を移動することや藤袴の蜜を吸うことがよく題材になるが、これは水色と黒の色に着目している。そう言えば、羽織もひらひらする。

スカートをはかなくなってもう二年 置き去りの足が砂浜にある
                     大森千里

下句がとても印象的。スカートから出ていた素足が、今もそのまま砂浜に残されているようで、寂しさが滲む。年齢的なことだろうか。

新刊の本の間に栞紐「の」の字うっすら紙に沈めて
                     平田瑞子

結句の「沈めて」という動詞が良い。栞紐の跡が本に付いている光景はよく詠まれるが、これは「沈めて」で歌になった。

4の段を終へて5の段6の段 6×7(ろくしち)あたりでいつも
つまづく                 加藤 宙

確かにそうだよなあと思う。九九の間違えやすいところ。計算というよりも発音しにくいことが関係しているような気がする。


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2016年12月21日

「塔」2016年12月号(その1)

I−4、シネリーブルの最後列右端の席にけふも沈みをり
                    上杉和子

映画館に行った時にいつも選ぶお気に入りの席。前からABC・・・とあって一番後ろのI列。その列はおそらく変則的に4席しかないのだ。

ふたり居れば別れは必ず来るものを 分かりなさいと蝶が舞ひ
ゆく                  野島光世

どちらか一方が死ぬにせよ出て行くにせよ、必ず別れの時は来る。「分かりなさい」は自分自身に言い聞かせている感じだろう。

睡蓮の鉢に空あり雀来てくちづけし後みづは残れり
                    清水弘子

鉢の水に映っていた空が、雀のくちばしが触れたとたん手品のようにパッと消えて、後には水だけが残っているような不思議な感じの歌。

見えずとも分水界のあることの、あなたは別の海にゆくひと
                    白石瑞紀

どんなに近くにいても、やがては別れる運命の人。「分水界」という比喩と、三句の「の」のつなぎ方が寂しさを滲ませている。

手をつなぎ見る曼珠沙華 他人には戻れないのがすこし寂しい
                    上澄 眠

二人は夫婦か恋人なのだろう。一度関係を結んでしまえば、たとえ別れたとしても再び全くの他人同士に戻ることはできない。

おのずから身を裂くことの熱量の柘榴、くりの実、飴いろの蟬
                    福西直美

熟して割れた柘榴、弾けた栗の毬、脱皮した蟬。内側から溢れ出るような力で自分を壊すものたち。その激しい情熱への憧れが作者にはあるのだろう。

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2016年12月20日

第一回文学フリマ京都

来年1月22日(日)に開催される「第一回文学フリマ京都」に、塔短歌会のブースを出します。「塔」のバックナンバー(十代・二十代歌人特集号など)やオリジナルグッズの販売のほか、豪華フリーペーパーも配布予定ですので、皆さんぜひお越しください。入場料は無料です。

http://bunfree.net/?kyoto_bun01

日時 2017年1月22日(日)11:00〜16:00
会場 京都市勧業館みやこめっせ 地下第一展示場(京都市・岡崎)

短歌関係では他に、同人誌「一角」、同人誌「率」、神戸大学短歌会、大阪大学短歌会、立命短歌会、京都造形芸術大学文芸表現学科、同志社短歌、京大短歌、書肆侃侃房などのブースが出るようです。

また、同じ日に道を挟んだ向かいのロームシアター京都では、「塔」2月号の再校作業もしています。こちらにもどうぞご参加ください。

日時 2017年1月22日(日)13:00〜17:00
場所 ロームシアター京都(京都会館)第2会議室
持ち物 赤ボールペン、辞書など

夜には新年会も行う予定です。
1月22日はみんなで京都へ!

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2016年12月19日

今年発表した作品と評論

2016年に総合誌等に発表した作品と評論のまとめ。

作品
 ・「隣人について」20首(「現代短歌」1月号)
 ・「水切り遊び」12首(角川「短歌」3月号)
 ・「塔について」20首(「現代短歌」4月号)
 ・「沈黙について」20首(「現代短歌」7月号)
 ・「最大版図」7首(「うた新聞」7月号)
 ・「晩夏」10首(「俳句四季」8月号)
 ・「王将について」20首(「現代短歌」10月号)
 ・「電話」13首(「現代短歌新聞」10月号)
 ・「消える」5首(「梧葉」秋号)
 
評論
 ・「かすめるもの、よぎるもの 『一握の砂』を読む」
                   (「現代短歌」3月号)
 ・「戦後風景としての団地」(「日本現代詩研究」第12号)
 ・「森永ミルクキャラメルの歌」(「歌壇」8月号)
 ・「米と日本人」(「歌壇」10月号)
 ・「樺太からの手紙」(「短歌往来」10月号)
 ・「どんな脚色も許されるけれど」(角川「短歌」11月号)
 ・「ツンデレからデレデレへ」(「六花」Vol.1)

けっこういろいろと書いた一年だったように思う。

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2016年12月17日

「角川短歌年鑑」平成29年版

座談会「現代短歌は新しい局面に入ったのか」。
参加者は川野里子・大辻隆弘・魚村晋太郎・永井祐・佐佐木定綱・阿波野巧也。

タイトルがどうなのかなとは思うけれど(毎年のようにこんなことを言っている気がする)、座談会自体は面白かった。特に印象に残ったのが、永井祐さんの二つの発言。

口語短歌の拡大というのは、おのずからモチーフの拡大になるのではないかと。つまり青春とか成熟拒否的なメンタリティ以外のものを描けるようになることを意味しているのではないかと思います。
平たく言うと短歌とは何々であるということが限りなく言いにくくなっていった結果、短歌とは五七五七七であるというトートロジーが最強になるみたいなこと。

発言の最後の結論部分だけ引いたのでわかりにくいかもしれないが、どちらも刺激的かつ緻密で説得力のある内容であった。

posted by 松村正直 at 10:36| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

大島史洋著 『斎藤茂吉の百首』


「歌人入門」シリーズの2冊目。
斎藤茂吉の17冊の歌集から100首を取り上げて、鑑賞を付けている。

特に注目すべき引用歌や新しい読みがあるわけではないが、茂吉の全体像をを知るには良い本だと思う。

まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ
                     『あらたま』
ひる過ぎてくもれる空となりにけり馬おそふ虻(あぶ)は山こえて飛ぶ                  『ともしび』
松花江(スンガリイ)の空にひびかふ音を聞く氷らむとして流るる音を                  『連山』
休息(きうそく)の静けさに似てあかあかと水上警察(すゐじやうけいさつ)の右に日は落つ     『暁紅』
わたつみに向ひてゐたる乳牛(ちちうし)が前脚(まへあし)折(お)りてひざまづく見ゆ        『霜』

2首目の鑑賞には「この歌はまさしくこの下句に眼目があるから、ほかのところは邪魔にならないように、まことに地味に作られている」とある。その「邪魔にならないように」というのが、実作においてはなかなか難しいのだ。

2016年11月15日、ふらんす堂、1700円。

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2016年12月14日

蒲田正樹著 『驚きの地方創生「京都・あやべスタイル」』


副題は「上場企業と「半農半X」が共存する魅力」。

京都府綾部市は、「グンゼ」や「日東精工」の本社が置かれている町であり、大本教の聖地となっている町でもある。また「半農半X」や「世界連邦都市宣言」や「水源の里条例」といったライフスタイルや施策の発祥の地でもある。この人口わずか3万5千人弱の町に一体どのような魅力が秘められているのだろうか。

以前、私が綾部を訪れた時もその不思議な魅力を肌で感じた。一つ一つは別のことでありながら、どこか不思議な線でつながっているのである。「善い人が良い糸をつくる」(グンゼ)と「モノづくりは人づくり」(日東精工)というモットーもよく似ているし。

http://matsutanka.seesaa.net/article/407780135.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/407813251.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/407931367.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408029497.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408176917.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408266192.html

本書は全体に引用や受け売りの部分が多くそれほど深い内容ではないのだが、綾部という町の概要を知るには良い本だと思う。

著者はあとがきに

綾部は「つなぐ」というテーマにふさわしい街だと思っています。

と書く。これは日東精工がねじの会社であることからの発想なのだろうが、案外うまいところをついているように感じた。

2016年11月1日、扶桑社新書、800円。

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2016年12月13日

「六花」vol.1

「詩歌―気になるモノ、こと、人」というテーマで18人が文章を書いている(私も書いています)ほか、菊池孝彦さんの高瀬一誌論と花笠海月さんの「六花書林10.5周年記念フェア」のレポートが載っている。

http://rikkasyorin.com/rikka.html

これは、かなり面白い。
短歌総合誌の特集なんかより、よっぽど面白いかもしれない。

みんな自分の興味のままに書いているので、雑多というかバラエティに富んでいるのだが、書き手の熱意がそれぞれに伝わってきて楽しい。

菫ほどな小さき人に生れたし 漱石
   (田中亜美「菫ほどな」)
そもそも透谷や芭蕉の言葉を射程に入れて、歌を読んだり、詠もうとしたりすること自体馬鹿げているといわれれば、それに返す言葉を、残念ながら今の僕は持っていない。
   (難波一義「透谷が問い続けるもの」)
先だって行われた大島史洋氏の「迢空賞」授賞パーティーで見た阿木津を思い出した。
   (岡崎裕美子「土屋文明記念館」へ行った)

この三つは全く関係のない文章なのだが、先日の現代歌人集会秋季大会で聴いた阿木津英さんの講演「芭蕉以後のうた〜玉城徹を考える」に不思議とつながってくる。

「ひとまず年一回刊行を目標とする」とのことなので、次号を楽しみに待ちたい。

2016年12月5日、六花書林、700円。

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2016年12月12日

小黒世茂歌集 『舟はゆりかご』

2012年から2016年の作品308首を収めた第5歌集。

国の名に穀物実るめでたさの粟は阿波国、黍は吉備国
うらら 小さき翅がくるぶしに生えるここちに海峡わたる
うつつ世をはなれ対馬に立つわれに三十一ヶ所砲台跡マップ
黒潮は渦の底よりうねりつつ鯛はけふより花の名冠る
虻のとぶ庭にぼんやり腰おろし髪梳きし祖母すすきかるかや
夕焼けのあとの朝焼け 瀬戸内は黒曜石に似たるしづけさ
おのおのの春を過ごして丘畑の初夏に会ひたり虻と羊蹄花(ぎしぎし)
窓ガラスに雨粒つぎつぎすべる日よ三時になりて三時のバス発つ
桟橋に舟を待たせてゐるからと友の末期の言葉はしづか
雪また雪 竹生島とは遠つ世に陸封されし白鯨ならむ

1首目、「あわ」と「あわのくに」、「きび」と「きびのくに」。発音が同じ面白さ。
4首目、桜鯛のことを詠んだ歌。「花の名冠る」がうまい。
5首目、「虻」「とぶ」「ぼんやり」、「梳き」「すすき」など、音のつながりが歌を作っている。記憶の中の祖母の姿。
7首目、「虻と羊蹄花」という意外性のあるもの同士の取り合わせがいい。「蝶と菜の花」ではダメだろう。
10首目、雪が積もった竹生島(琵琶湖の中にある島)を「白鯨」に喩えている。

あとがきに「日本の源流を探索する旅を続けてきた」と記す作者。様々な土地の風土や民俗に深い関心を持っており、それが歌にもよく表れている。

2016年10月15日、ながらみ書房、2800円。

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2016年12月11日

映画 「この世界の片隅に」

監督:片渕須直
原作:こうの史代

原作が素晴らしいので映画化はどうかなと少し心配だったのだが、映画も素晴らしい出来栄えであった。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138583.html

「のん」が務める主人公の声も良い。声優としての才能もあるようだ。

イオンシネマ京都桂川、126分。

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2016年12月10日

山野井洋と幼児(その7)

「ポドゾル」の編集をしていた山野井洋は、幼い一人息子を病気で亡くしてしまう。先に引いた「四月集への挨拶」の続きに、山野井はこんな決意を記している。

 浄を死なしめてよりひとしほ、私は亜寒帯への使命感を覚えて居ります。ささやかな志の一端として、本誌の編輯にもいよいよ心を籠めてゆきたいと思ひます。
 浄と同じ年のこのポドゾルは私の力のつづく限り伸ばしてゆきたく、文化的にも意義のあるものにしたいと切に思つてをります。

「ポドゾル」が創刊された昭和12年は山野井の息子の浄が生まれた年でもあったのだ。その息子が亡くなり、「ポドゾル」は山野井にとって息子代わりの存在になったのだろう。

         *

その後の「ポドゾル」についてであるが、太平洋戦争開戦後の昭和17年6月に樺太歌壇を二分していた「樺太短歌」と合流し、「ポドゾル」の名前は消えることになる。その「樺太短歌」もまた、昭和20年6月号で終刊のやむなきに至った。

「ポドゾル」も「樺太短歌」も幻の雑誌と言ってよいほど、現物が残っていない。その一つの理由として、戦後樺太がソ連に占領され、日本人が引き揚げる際に雑誌等の持ち出しが禁じられたことが挙げられる。わずかに残っている雑誌は、終戦前に内地に転居した人が保存していたものということになる。

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2016年12月09日

山野井洋と幼児(その6)

山野井洋と九鬼左馬之助の深い関わりを示す資料を一つ。

山野井の歌集『わが亜寒帯』(昭和11年)を古本屋で入手したところ、見返しに献辞が書かれていた。

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「この歌集を生ましめたまへる
 九鬼左馬之助先生に捧ぐ
            著者」

なんと、山野井洋が九鬼左馬之助に贈った一冊であったのだ。

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2016年12月08日

佐藤佐太郎著 『作歌の足跡―「海雲」自註―』


佐藤佐太郎は昭和46年に自選歌集『海雲』を刊行している。第7歌集『群丘』の後半から第9歌集『形影』までの歌の中から500首を選んだものだ。

本書はその『海雲』の自家自註である。さらに「及辰園百首」(第1歌集『歩道』から第10歌集『開冬』までの歌から100首を自選したもの)の自註も載せている。

自註と言っても、単に歌の背景を明かすだけでなく、歌作りの参考になる話がどんどん出てくる。読んでいて実におもしろい。

「山にひびかふ」は実際の感じでもあったが、このように二つのものを関係させるのが、多く私の表現法である。
少しの言葉で多くのことを言うのは表現のよろこびでもある。
驚くなら驚いてもいい事柄だから「うちつけに」と言ったが、この虚語が割合に働いているようである。
歌は虚と実の緩急によって調子が出る。枕詞は虚である。
確かに言うのが短歌の問題のすべてである。その上に言葉に経験の声としての詠嘆をこめるのが短歌である。
必要のない事を言つて味ひの添ふのは詩の常である。

まさに箴言というべき言葉ばかりだと思う。歌作りの理論に関して言えば、佐太郎を超える人は今もまだ現れていないのではないか。

1980年9月20日、短歌新聞社、1500円。

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山野井洋と幼児(その5)

山野井洋はまだ樺太に住んでいた頃、『樺太人物論』(昭和12年)所収の「九鬼左馬之助論」に、こんなことを書いている。

 樺太庁関係の役人の中で彼くらゐ覇気にみちた鼻ツぱりの強い男はなからう。彼の覇気とは単なる強がりでなくて、身うちにあり余る実力と情熱の噴出の謂である。
 彼の魅力は彼が未完成の人物だといふ感じをすぐ対者に与へながら、とてつもなく博学であり、人の眼の玉を射るごとくみつめながらズバズバ物をいふ、将来大成する器かも知れぬといふ感じは、彼と対座してゐて大ていの人は思はせられるらしい。

山野井が九鬼という人間を非常に高く評価している様子が伝わってくる文章だ。さらに、こんなエピソードも書いている。

昨年の話、或人が腎臓を悪くして、はるばる東大へ診て貰ひに出掛けたところ
「腎臓だつたら何も旅費をかけて東京くんだりまで来るには及ばん。樺太には日本一の腎臓の博士がゐる。」と教へられて樺太へ舞ひ戻り、彼の治療を受けたといふ実話がある。

山野井が息子を九鬼に診てもらえばと思った背景には、こういう話があったのである。

posted by 松村正直 at 07:15| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする