2016年12月24日

糸川雅子歌集 『橋梁』



現代短歌ホメロス叢書9。
2008年から2012年までの作品378首を収めた第6歌集。

秋山に誰も知らざる風ふきて風のにおいが里までとどく
家電みなちいさくうすくなってゆき平成の秋ちんまりと坐す
次々に柿落ちてゆきどの柿の落下の瞬間(とき)に会うこともなし
山国の日暮れは早し味噌汁の椀にしめじと里芋うかぶ
「遅れたから」遅刻の理由をそう記す生徒のあれば叱りてたのし
蟬の骸点々とある家庭(いえにわ)を散歩し蟬を老犬は食む
ゆでたまごきれいにむけて遠足の朝のような秋晴れとなる
思い出のなかをくぐりてかえりくる赤とんぼあり 指を差し出す
はらわたがこころとからだをつなぐから起きぬけの水喉そらし飲む
さいわいのあかしのように蜜柑盛り卓上に藍の鉢は置かるる

1首目、秋の季節感を詠んだ歌。見えないけれど風のにおいがする。
3首目、確かに柿が落ちてくる瞬間はあまり見たことがない。
4首目、「しめじと里芋」がいいのだろう。いかにも山国という感じ。
6首目、老犬の姿や動きがまざまざと目に浮かぶ。
8首目、上句が印象的。赤とんぼは思い出の時空を飛んでいるのだ。
9首目、朝に飲む一杯の水が身体だけでなく心にも染み込んでいく。

2016年11月24日、飯塚書店、1800円。

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2016年12月22日

「塔」2016年12月号(その2)

花火の音をこわがる子を抱いて母でしかない夜を肯う
                     春澄ちえ

小さな子なので家に聞こえてくる花火の音を怖がるのだろう。「母でしかない夜」という表現が強烈で、それを「肯う」と言い切ったところに強さを感じる。

滝のぼるごとくうねりて塩まとひあゆはじりじり焼かれてゆきぬ
                     足立訓子

うねるような姿で串に刺されている鮎。初二句で生き生きとした姿が思い浮かぶだけに、下句の現実との落差が哀れを誘う。

新選組の羽織の色を思はせてアサギマダラの庭に舞ひをり
                     黒瀬圭子

アサギマダラと言うと長距離を移動することや藤袴の蜜を吸うことがよく題材になるが、これは水色と黒の色に着目している。そう言えば、羽織もひらひらする。

スカートをはかなくなってもう二年 置き去りの足が砂浜にある
                     大森千里

下句がとても印象的。スカートから出ていた素足が、今もそのまま砂浜に残されているようで、寂しさが滲む。年齢的なことだろうか。

新刊の本の間に栞紐「の」の字うっすら紙に沈めて
                     平田瑞子

結句の「沈めて」という動詞が良い。栞紐の跡が本に付いている光景はよく詠まれるが、これは「沈めて」で歌になった。

4の段を終へて5の段6の段 6×7(ろくしち)あたりでいつも
つまづく                 加藤 宙

確かにそうだよなあと思う。九九の間違えやすいところ。計算というよりも発音しにくいことが関係しているような気がする。


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2016年12月21日

「塔」2016年12月号(その1)

I−4、シネリーブルの最後列右端の席にけふも沈みをり
                    上杉和子

映画館に行った時にいつも選ぶお気に入りの席。前からABC・・・とあって一番後ろのI列。その列はおそらく変則的に4席しかないのだ。

ふたり居れば別れは必ず来るものを 分かりなさいと蝶が舞ひ
ゆく                  野島光世

どちらか一方が死ぬにせよ出て行くにせよ、必ず別れの時は来る。「分かりなさい」は自分自身に言い聞かせている感じだろう。

睡蓮の鉢に空あり雀来てくちづけし後みづは残れり
                    清水弘子

鉢の水に映っていた空が、雀のくちばしが触れたとたん手品のようにパッと消えて、後には水だけが残っているような不思議な感じの歌。

見えずとも分水界のあることの、あなたは別の海にゆくひと
                    白石瑞紀

どんなに近くにいても、やがては別れる運命の人。「分水界」という比喩と、三句の「の」のつなぎ方が寂しさを滲ませている。

手をつなぎ見る曼珠沙華 他人には戻れないのがすこし寂しい
                    上澄 眠

二人は夫婦か恋人なのだろう。一度関係を結んでしまえば、たとえ別れたとしても再び全くの他人同士に戻ることはできない。

おのずから身を裂くことの熱量の柘榴、くりの実、飴いろの蟬
                    福西直美

熟して割れた柘榴、弾けた栗の毬、脱皮した蟬。内側から溢れ出るような力で自分を壊すものたち。その激しい情熱への憧れが作者にはあるのだろう。

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2016年12月20日

第一回文学フリマ京都

来年1月22日(日)に開催される「第一回文学フリマ京都」に、塔短歌会のブースを出します。「塔」のバックナンバー(十代・二十代歌人特集号など)やオリジナルグッズの販売のほか、豪華フリーペーパーも配布予定ですので、皆さんぜひお越しください。入場料は無料です。

http://bunfree.net/?kyoto_bun01

日時 2017年1月22日(日)11:00〜16:00
会場 京都市勧業館みやこめっせ 地下第一展示場(京都市・岡崎)

短歌関係では他に、同人誌「一角」、同人誌「率」、神戸大学短歌会、大阪大学短歌会、立命短歌会、京都造形芸術大学文芸表現学科、同志社短歌、京大短歌、書肆侃侃房などのブースが出るようです。

また、同じ日に道を挟んだ向かいのロームシアター京都では、「塔」2月号の再校作業もしています。こちらにもどうぞご参加ください。

日時 2017年1月22日(日)13:00〜17:00
場所 ロームシアター京都(京都会館)第2会議室
持ち物 赤ボールペン、辞書など

夜には新年会も行う予定です。
1月22日はみんなで京都へ!

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2016年12月19日

今年発表した作品と評論

2016年に総合誌等に発表した作品と評論のまとめ。

作品
 ・「隣人について」20首(「現代短歌」1月号)
 ・「水切り遊び」12首(角川「短歌」3月号)
 ・「塔について」20首(「現代短歌」4月号)
 ・「沈黙について」20首(「現代短歌」7月号)
 ・「最大版図」7首(「うた新聞」7月号)
 ・「晩夏」10首(「俳句四季」8月号)
 ・「王将について」20首(「現代短歌」10月号)
 ・「電話」13首(「現代短歌新聞」10月号)
 ・「消える」5首(「梧葉」秋号)
 
評論
 ・「かすめるもの、よぎるもの 『一握の砂』を読む」
                   (「現代短歌」3月号)
 ・「戦後風景としての団地」(「日本現代詩研究」第12号)
 ・「森永ミルクキャラメルの歌」(「歌壇」8月号)
 ・「米と日本人」(「歌壇」10月号)
 ・「樺太からの手紙」(「短歌往来」10月号)
 ・「どんな脚色も許されるけれど」(角川「短歌」11月号)
 ・「ツンデレからデレデレへ」(「六花」Vol.1)

けっこういろいろと書いた一年だったように思う。

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2016年12月17日

「角川短歌年鑑」平成29年版

座談会「現代短歌は新しい局面に入ったのか」。
参加者は川野里子・大辻隆弘・魚村晋太郎・永井祐・佐佐木定綱・阿波野巧也。

タイトルがどうなのかなとは思うけれど(毎年のようにこんなことを言っている気がする)、座談会自体は面白かった。特に印象に残ったのが、永井祐さんの二つの発言。

口語短歌の拡大というのは、おのずからモチーフの拡大になるのではないかと。つまり青春とか成熟拒否的なメンタリティ以外のものを描けるようになることを意味しているのではないかと思います。
平たく言うと短歌とは何々であるということが限りなく言いにくくなっていった結果、短歌とは五七五七七であるというトートロジーが最強になるみたいなこと。

発言の最後の結論部分だけ引いたのでわかりにくいかもしれないが、どちらも刺激的かつ緻密で説得力のある内容であった。

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2016年12月15日

大島史洋著 『斎藤茂吉の百首』


「歌人入門」シリーズの2冊目。
斎藤茂吉の17冊の歌集から100首を取り上げて、鑑賞を付けている。

特に注目すべき引用歌や新しい読みがあるわけではないが、茂吉の全体像をを知るには良い本だと思う。

まかがよふ昼のなぎさに燃ゆる火の澄み透るまのいろの寂しさ
                     『あらたま』
ひる過ぎてくもれる空となりにけり馬おそふ虻(あぶ)は山こえて飛ぶ                  『ともしび』
松花江(スンガリイ)の空にひびかふ音を聞く氷らむとして流るる音を                  『連山』
休息(きうそく)の静けさに似てあかあかと水上警察(すゐじやうけいさつ)の右に日は落つ     『暁紅』
わたつみに向ひてゐたる乳牛(ちちうし)が前脚(まへあし)折(お)りてひざまづく見ゆ        『霜』

2首目の鑑賞には「この歌はまさしくこの下句に眼目があるから、ほかのところは邪魔にならないように、まことに地味に作られている」とある。その「邪魔にならないように」というのが、実作においてはなかなか難しいのだ。

2016年11月15日、ふらんす堂、1700円。

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2016年12月14日

蒲田正樹著 『驚きの地方創生「京都・あやべスタイル」』


副題は「上場企業と「半農半X」が共存する魅力」。

京都府綾部市は、「グンゼ」や「日東精工」の本社が置かれている町であり、大本教の聖地となっている町でもある。また「半農半X」や「世界連邦都市宣言」や「水源の里条例」といったライフスタイルや施策の発祥の地でもある。この人口わずか3万5千人弱の町に一体どのような魅力が秘められているのだろうか。

以前、私が綾部を訪れた時もその不思議な魅力を肌で感じた。一つ一つは別のことでありながら、どこか不思議な線でつながっているのである。「善い人が良い糸をつくる」(グンゼ)と「モノづくりは人づくり」(日東精工)というモットーもよく似ているし。

http://matsutanka.seesaa.net/article/407780135.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/407813251.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/407931367.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408029497.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408176917.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/408266192.html

本書は全体に引用や受け売りの部分が多くそれほど深い内容ではないのだが、綾部という町の概要を知るには良い本だと思う。

著者はあとがきに

綾部は「つなぐ」というテーマにふさわしい街だと思っています。

と書く。これは日東精工がねじの会社であることからの発想なのだろうが、案外うまいところをついているように感じた。

2016年11月1日、扶桑社新書、800円。

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2016年12月13日

「六花」vol.1

「詩歌―気になるモノ、こと、人」というテーマで18人が文章を書いている(私も書いています)ほか、菊池孝彦さんの高瀬一誌論と花笠海月さんの「六花書林10.5周年記念フェア」のレポートが載っている。

http://rikkasyorin.com/rikka.html

これは、かなり面白い。
短歌総合誌の特集なんかより、よっぽど面白いかもしれない。

みんな自分の興味のままに書いているので、雑多というかバラエティに富んでいるのだが、書き手の熱意がそれぞれに伝わってきて楽しい。

菫ほどな小さき人に生れたし 漱石
   (田中亜美「菫ほどな」)
そもそも透谷や芭蕉の言葉を射程に入れて、歌を読んだり、詠もうとしたりすること自体馬鹿げているといわれれば、それに返す言葉を、残念ながら今の僕は持っていない。
   (難波一義「透谷が問い続けるもの」)
先だって行われた大島史洋氏の「迢空賞」授賞パーティーで見た阿木津を思い出した。
   (岡崎裕美子「土屋文明記念館」へ行った)

この三つは全く関係のない文章なのだが、先日の現代歌人集会秋季大会で聴いた阿木津英さんの講演「芭蕉以後のうた〜玉城徹を考える」に不思議とつながってくる。

「ひとまず年一回刊行を目標とする」とのことなので、次号を楽しみに待ちたい。

2016年12月5日、六花書林、700円。

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2016年12月12日

小黒世茂歌集 『舟はゆりかご』

2012年から2016年の作品308首を収めた第5歌集。

国の名に穀物実るめでたさの粟は阿波国、黍は吉備国
うらら 小さき翅がくるぶしに生えるここちに海峡わたる
うつつ世をはなれ対馬に立つわれに三十一ヶ所砲台跡マップ
黒潮は渦の底よりうねりつつ鯛はけふより花の名冠る
虻のとぶ庭にぼんやり腰おろし髪梳きし祖母すすきかるかや
夕焼けのあとの朝焼け 瀬戸内は黒曜石に似たるしづけさ
おのおのの春を過ごして丘畑の初夏に会ひたり虻と羊蹄花(ぎしぎし)
窓ガラスに雨粒つぎつぎすべる日よ三時になりて三時のバス発つ
桟橋に舟を待たせてゐるからと友の末期の言葉はしづか
雪また雪 竹生島とは遠つ世に陸封されし白鯨ならむ

1首目、「あわ」と「あわのくに」、「きび」と「きびのくに」。発音が同じ面白さ。
4首目、桜鯛のことを詠んだ歌。「花の名冠る」がうまい。
5首目、「虻」「とぶ」「ぼんやり」、「梳き」「すすき」など、音のつながりが歌を作っている。記憶の中の祖母の姿。
7首目、「虻と羊蹄花」という意外性のあるもの同士の取り合わせがいい。「蝶と菜の花」ではダメだろう。
10首目、雪が積もった竹生島(琵琶湖の中にある島)を「白鯨」に喩えている。

あとがきに「日本の源流を探索する旅を続けてきた」と記す作者。様々な土地の風土や民俗に深い関心を持っており、それが歌にもよく表れている。

2016年10月15日、ながらみ書房、2800円。

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2016年12月11日

映画 「この世界の片隅に」

監督:片渕須直
原作:こうの史代

原作が素晴らしいので映画化はどうかなと少し心配だったのだが、映画も素晴らしい出来栄えであった。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138583.html

「のん」が務める主人公の声も良い。声優としての才能もあるようだ。

イオンシネマ京都桂川、126分。

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2016年12月10日

山野井洋と幼児(その7)

「ポドゾル」の編集をしていた山野井洋は、幼い一人息子を病気で亡くしてしまう。先に引いた「四月集への挨拶」の続きに、山野井はこんな決意を記している。

 浄を死なしめてよりひとしほ、私は亜寒帯への使命感を覚えて居ります。ささやかな志の一端として、本誌の編輯にもいよいよ心を籠めてゆきたいと思ひます。
 浄と同じ年のこのポドゾルは私の力のつづく限り伸ばしてゆきたく、文化的にも意義のあるものにしたいと切に思つてをります。

「ポドゾル」が創刊された昭和12年は山野井の息子の浄が生まれた年でもあったのだ。その息子が亡くなり、「ポドゾル」は山野井にとって息子代わりの存在になったのだろう。

         *

その後の「ポドゾル」についてであるが、太平洋戦争開戦後の昭和17年6月に樺太歌壇を二分していた「樺太短歌」と合流し、「ポドゾル」の名前は消えることになる。その「樺太短歌」もまた、昭和20年6月号で終刊のやむなきに至った。

「ポドゾル」も「樺太短歌」も幻の雑誌と言ってよいほど、現物が残っていない。その一つの理由として、戦後樺太がソ連に占領され、日本人が引き揚げる際に雑誌等の持ち出しが禁じられたことが挙げられる。わずかに残っている雑誌は、終戦前に内地に転居した人が保存していたものということになる。

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2016年12月09日

山野井洋と幼児(その6)

山野井洋と九鬼左馬之助の深い関わりを示す資料を一つ。

山野井の歌集『わが亜寒帯』(昭和11年)を古本屋で入手したところ、見返しに献辞が書かれていた。

 P1050360.JPG

「この歌集を生ましめたまへる
 九鬼左馬之助先生に捧ぐ
            著者」

なんと、山野井洋が九鬼左馬之助に贈った一冊であったのだ。

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2016年12月08日

佐藤佐太郎著 『作歌の足跡―「海雲」自註―』


佐藤佐太郎は昭和46年に自選歌集『海雲』を刊行している。第7歌集『群丘』の後半から第9歌集『形影』までの歌の中から500首を選んだものだ。

本書はその『海雲』の自家自註である。さらに「及辰園百首」(第1歌集『歩道』から第10歌集『開冬』までの歌から100首を自選したもの)の自註も載せている。

自註と言っても、単に歌の背景を明かすだけでなく、歌作りの参考になる話がどんどん出てくる。読んでいて実におもしろい。

「山にひびかふ」は実際の感じでもあったが、このように二つのものを関係させるのが、多く私の表現法である。
少しの言葉で多くのことを言うのは表現のよろこびでもある。
驚くなら驚いてもいい事柄だから「うちつけに」と言ったが、この虚語が割合に働いているようである。
歌は虚と実の緩急によって調子が出る。枕詞は虚である。
確かに言うのが短歌の問題のすべてである。その上に言葉に経験の声としての詠嘆をこめるのが短歌である。
必要のない事を言つて味ひの添ふのは詩の常である。

まさに箴言というべき言葉ばかりだと思う。歌作りの理論に関して言えば、佐太郎を超える人は今もまだ現れていないのではないか。

1980年9月20日、短歌新聞社、1500円。

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山野井洋と幼児(その5)

山野井洋はまだ樺太に住んでいた頃、『樺太人物論』(昭和12年)所収の「九鬼左馬之助論」に、こんなことを書いている。

 樺太庁関係の役人の中で彼くらゐ覇気にみちた鼻ツぱりの強い男はなからう。彼の覇気とは単なる強がりでなくて、身うちにあり余る実力と情熱の噴出の謂である。
 彼の魅力は彼が未完成の人物だといふ感じをすぐ対者に与へながら、とてつもなく博学であり、人の眼の玉を射るごとくみつめながらズバズバ物をいふ、将来大成する器かも知れぬといふ感じは、彼と対座してゐて大ていの人は思はせられるらしい。

山野井が九鬼という人間を非常に高く評価している様子が伝わってくる文章だ。さらに、こんなエピソードも書いている。

昨年の話、或人が腎臓を悪くして、はるばる東大へ診て貰ひに出掛けたところ
「腎臓だつたら何も旅費をかけて東京くんだりまで来るには及ばん。樺太には日本一の腎臓の博士がゐる。」と教へられて樺太へ舞ひ戻り、彼の治療を受けたといふ実話がある。

山野井が息子を九鬼に診てもらえばと思った背景には、こういう話があったのである。

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2016年12月07日

映画 「聖の青春」

監督:森義隆
原作:大崎善生
脚本:向井康介
出演:松山ケンイチ、東出昌大、染谷将太、竹下景子、リリー・フランキーほか

1998年に亡くなった棋士 村山聖(さとし)をモデルにした物語。羽生善治(1970年生まれ)や村山らの「羽生世代」は自分と同世代ということもあって、非常に親近感がある。

20キロ増量して撮影に臨んだという松山ケンイチの熱演も良かったし、師匠の森信雄役のリリー・フランキーも良い味を出していた。

MOVIX京都、124分。

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山野井洋と幼児(その4)

「ポドゾル」昭和14年4月号には、山野井洋の「四月集への挨拶」という文章も載っている。その中で、山野井は盟友である九鬼左馬之助(雲心学人)について、こんなふうに書いている。

 浄が入院中電報でご病状を見舞つて下すつた時
 コワバレルアコノテアシヲサスリツツ、クキセンセイハ、ハルカナリケリ
と病状に添へて御返電申上ましたが、実はとつおひつ思ひ悩んで次の文言を控へたのでありました。
 ワレ一セウノネガヒナリ、ヒカウキニテオイデコフ
しかし、今は打てば良かつた、おいで願へずとも諦めがついたであらうと話し合つてゐます。かへりみれば手ちがひばかりして死ぬべからざる子を死なしめました。

九鬼は樺太庁立豊原病院長を務める医師であった。樺太から東京までは随分と遠い。九鬼も忙しい身である。それでもなお、病気の子を診てもらうように頼めば良かったという後悔である。

もちろん、九鬼が診たところでおそらくは助からなかった命であろう。でも、子を亡くした親としては、「あの時、ああすれば、こうすれば」と、どうしても考えてしまうのだ。それが悲しい。

 神の寄託といへば適切でせうか、浄は立派な稟質を有つた子でありました。私ごとに死なしめてはならぬ子であつたとの思ひが肉身別離の感情の中に消すことが出来ずにをります。
 九鬼博士診(み)てたまひなば死なぬ子ぞ確信をもちて思ふなり今も
は歌にはならぬと思ひますが、ありのままの心であります。

九鬼先生に診てもらっていたらと考えることは、山野井をさらに苦しめたかもしれない。けれども、同時にそれは山野井にとって一種の救いでもあったように思うのである。

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2016年12月06日

山野井洋と幼児(その3)

必死の看病の甲斐もなく、山野井の子は2歳に満たない命を終えてしまう。「ポドゾル」昭和14年4月号には「幻の幼児」と題する山野井の作品10首が掲載されている。

光さす北のみどり野(ぬ)肩はばのたくましき子をしかとい抱きぬ
手ごたへのたしかなりしも夢なれや高あげし吾子(あこ)わが手になしも
子が逝きて四十九日のあけがたに命ある子を抱きし夢を見ぬ
病みてより門歯にはかにのびて見ゆ吾子(あこ)のあはれは妻にはいはず
春来(く)とも草は萌ゆとも我が家(いへ)に病みやつれたる妻と二人(ふたり)ぞ
いやいやと臨終(いまは)のきはに泣きたりしあはれを思ひ真夜に泣くかも

一連は夢の場面から始まる。「光さす北のみどり野」には生命力が溢れている。けれども、そこに出てきた子はもう亡くなっているのだ。

残された妻と二人きりの日々。折しも季節は春を迎えようとしている。けれども、愛する子はもうこの世にいない。

死ぬ間際にまるでいやいやするかのように泣いた子。近代短歌には子を亡くす親の歌が数多くあるが、山野井の歌も哀切きわまりない。

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2016年12月05日

山野井洋と幼児(その2)

その後、山野井の妻と幼児も東京に移り、三人の暮らしが始まったようだ。けれども、幼児は病気にかかり入院する事態となる。

「ポドゾル」昭和14年1月号に、山野井洋は「生命の苦闘」という文章を書いている。全文を引こう。

 十二月八日以来四十度の熱を出してゐる幼児の痛み声を聞きつつ本号を編輯した。
 急性肺炎と中耳炎と脳症を併発して慈恵医大付属東京病院の一室に、生きてゐるのが不思議と医師のいふ小さな生命の苦闘を看つつ、ただに慟哭するばかりである。
 本号がお手許に届く頃、この幼児の運命がどうなつてゐるであらうか? 生長途上の我がポドゾルが、かやうな私事に足踏してはならないが、新年を期してのいろいろのプランも、何も出来るものではなかつた。
 眠つてゐないのと十分の後をはかれぬ我が子にひかれる思ひがもつれて、何を書いてゐるか分らない、昭和十三年十二月十九日午前一時の私である。

何と悲痛な文章であろうか。

「坊や、坊や」と呼び掛けていたのは、わずか半年前のことである。その二歳にもならない幼児が、今は四十度の熱が続いて命の危機を迎えている。そんな中で山野井は「ポドゾル」を編集し、この文章を書いたのだ。

今から78年前の冬の夜のことである。

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2016年12月04日

山野井洋と幼児(その1)

「ポドゾル」の創刊は昭和12年6月。その一年後の昭和13年6月に、山野井洋は雑誌「樺太」の東京支社長として東京に赴任する。

妻と前年に生まれた幼い息子を樺太に残しての上京であったようだ。「ポドゾル」昭和13年8月号に山野井は「郷愁通信」と題して、次のような文章を書いている。

 豊原駅で抱つこして別れて来たばかりであるのに、どうしてかうも思はれるのであらう。微風に光る海の上に、幼な児の笑顔が見えるのである。
 坊や、坊や!
 坊や、坊や、坊や!
海に向つて呼べば、海の光と涙の中に坊やが浮んで来る。
 人により、環境により、子を思ふ心の深浅はあらうが、親心のかなしさが、このやうにはげしいものであらうとは――。

  汝(なれ)の顔海に見ゆるぞ波まくら音(ね)にさへ泣きて汝(な)を思ふ父ぞ

子を思ひつつ甲板に立てば、能登呂半島の稜線が海霧(がす)にかすんでゐる。

「能登呂半島」は樺太の南西端に伸びる半島。樺太から北海道へ渡る連絡船の上で、別れたばかりの息子を思い出して涙している姿である。何度も繰り返される「坊や!」という呼びかけがせつない。

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