2017年07月14日

「ととと」4号


白石瑞紀・永田愛・藤田千鶴の3名の作品を載せたネットプリント。
A3判×2枚。
今回は7月7日の発行ということで、誰かのことを想う歌が多かった。

 ぬばたまの夜の川面は銀河ゆゑ人が立ち入るところにあらず
                    白石瑞紀 「ほたる」
 あたらしい花火にあらたな火を点すあなたの指はとてもきれいで
                    永田 愛 「火」
 貝殻のなかの螺旋に腰掛けて聴いているよう灯りちいさし
                    藤田千鶴 「音楽と夢のあわい」

札幌の居酒屋「ととと」のレポートも載っている。
「鶏と豆富と魚」で「ととと」という名前なのだとか。
「魚=とと」なのだろう。

2017年7月7日、白黒40円、カラー200円。

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2017年07月13日

文藝別冊「俵万智」


副題は「史上最強の三十一文字」。

『サラダ記念日』刊行から30年。版元である河出書房新社から俵万智のムックが出るのも感慨深いものがある。表紙の写真も『サラダ記念日』と同じポーズになっていて、センスがいい。

いろいろと載っているのだが、俵万智と穂村弘のスペシャル対談「「俵万智」になる方法」だけでも十分に元が取れる内容だ。穂村さんの分析力はやはりすごい。

 これは仮説なんだけど、究極の一首を求めるみたいな感覚が歌人のなかにはあるんだと思う。
 ネガティヴィなもののほうが詠いやすいってのは事実なんだけど、その一方で近代以降の短歌にある根本的な生命への肯定感の問題があると思うんだ。

引用だけではうまく伝わらないけれど、どちらも短歌の本質的な問題を突いていて、すぐれた短歌論になっている。

2017年6月30日、河出書房新社、1300円。


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2017年07月11日

「九大短歌」第5号


全48ページ。印象に残った歌をいくつか引く。

 共通のゲームが好きというだけの友達、母というだけの他人
                     長友重樹

「母というだけの他人」に驚く。確かに母といえども他人であるのは間違いない。下句の句割れ・句跨りがうまく働いている。

 心療内科に通うぼくたちやわらかな心の皮膚を一枚はがす
                     菊竹胡乃美

カウンセリングを受けている場面だろう。皮を一枚そっと剝がすように、少しずつ自分の心を打ち明けていくのだ。

 君の描くハートは隙間が空いていていつもわたしが少し描き足す
                     金子有旗

ハートマークの線がきちんとつながっていないのが作者には気になる。完全なハートになるように描き足すところが微笑ましい。

 部屋じゅうの鶴の群れから逃げだして飛行機になる千一枚目
                     松本里佳子

折紙で千羽鶴を折ったあとの「千一枚目」。そう言えば千羽鶴は鶴だけれども糸に吊るされて、自由に空を飛ぶことがない。

 屋根裏に額を寄せてぼくの記憶をぼくらの記憶にする双子たち
                     松本里佳子

互いの額をくっつけ合うと、記憶を共有できるのだろう。SFかオカルトみたいな発想で、笹公人さんや石川美南さんの作風を思わせる。

 東京の人はかぶってないからと駅で帽子を脱げるおとうと
                     狩峰隆希

地方から東京に出てきて、自分のファッションを恥ずかしがる弟。自分でなく弟の話だけに、より痛ましさを感じる。

他には、「牧水・短歌甲子園」経験者4名による誌上座談会が面白かった(ただし前半の互いの歌の批評はもの足りない)。現在、盛岡市主催の「全国高校生短歌大会」(短歌甲子園)と日向市主催の「牧水・短歌甲子園」の二つが行なわれているが、これは統一できないのだろうか。

2017年6月10日、九州大学短歌会、500円。


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2017年07月10日

ベルリンと樺太


『永田和宏作品集T』(第1歌集『メビウスの地平』〜第11歌集『日和』を収録)の初句索引を見ていると、いろいろな発見がある。

その一つはこれ。

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 樺太に行きしことなし樺太と同じ緯度なるベルリンに飲む
                      『日和』

永田さんに樺太の歌があったとは!
『日和』はもちろん読んだことがあるのだが、当時は樺太に関心がなかったのでノーチェックだったのだろう。

いやいや、ぜひ樺太に行きましょう。

ヨーロッパの緯度が日本に比べて高いことは、よく知られている。
主要な都市の緯度を比較してみると、

  ベルリン・・52度
  ロンドン ・・51度
  パリ ・・・・・48度
  札幌・・・・・43度
  ローマ ・・・41度
  青森・・・・・40度
  東京・・・・・35度
  鹿児島・・・31度
  那覇・・・・・26度

といった感じになる。

樺太の緯度は45度〜54度。戦前のソ連と日本との旧国境線が北緯50度なので、ベルリンは緯度だけから言えば樺太でも「北樺太」(ソ連領)の方に位置するわけだ。

ちなみに、京都の四条通りには北緯35度の碑が立っている。

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2017年07月09日

笹原宏之著 『日本の漢字』



日本人が日常的に使っている「漢字」について、表記の多様性、俗字、国字、漢字制限、位相文字、地域文字、地名、造字など、様々な角度から分析した本。多くの実例が挙げられているので、わかりやすく説得力がある。

 「ひと」ということばを「人」と書くのと「ひと」と書くのでは、印象が異なるだろうし、「ヒト」や「他人(ひと)」と書けばさらに異なるニュアンスを与えるであろう。
 当用漢字の新字体は、戦後の創作ではない。根拠のないものではなく、実際にはほとんどすべてが、当時使われていた手書きの「俗字」を採用したものである。
 姓では「藤」が東日本では「佐藤」「斎藤」など「〜トウ」が多く、西日本では「藤原」「藤田」など「ふじ〜」が多いという分布の差も見出される。
 「淫(みだ)ら」と「妄(みだ)り」と「乱(みだ)れ」の間に、何らかのつながりを感じることが漢字の字面によって妨げられてはいないだろうか。

雑学的なこともたくさん載っているのだが、基本的には非常にまじめで学術的な内容である。特に面白かったのは幽霊文字の話。JIS漢字に含まれている幽霊文字(実在しない謎の文字)のルーツを調べて解き明かすところなど、まさに圧巻と言っていいだろう。

日本人が日本語を書くために長年にわたって磨き上げてきた日本の漢字。それに対する著者の深い愛情が伝わってくる一冊である。

2006年1月20日、岩波新書、740円。

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2017年07月08日

現代歌人集会春季大会 in 大阪


7月17日(月・祝)に大阪で現代歌人集会春季大会が開催されます。
テーマは「調べの変容〜前衛短歌以降〜」。

大辻隆弘理事長の基調講演、穂村弘さんの講演、堂園昌彦・阿波野巧也・河野美砂子・魚村晋太郎(進行)の4名によるパネルディスカッションが行われます。

参加費は2000円(当日払い)。
どなたでも参加できますが、満席になる可能性があるため、事前にお申込みいただいた方が良いです。申込先は下のチラシをご覧ください。

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2017年07月07日

短歌シンポジウム(福島県郡山市)


8月19日(土)に郡山で塔短歌会主催の「短歌シンポジウム」を開催します。玄侑宗久さんの講演など盛り沢山な内容です。どなたでも参加できますので、皆さんぜひお越しください。会費は2000円(当日支払い、学生1000円)です。

  福島シンポジウム.png

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2017年07月06日

大松達知歌集 『ぶどうのことば』

 木守(きまも)りの柿のやうにもふたりゐてまだまだねばる夜の英語科
 十二時を超えないように飲む酒の、妻が超えればわれも超えゆく
 ホッチキスはづして二枚捨てたりき海を見て海に触れざりし夜
 蒸し返すわけではないと蒸し返す生徒の親にかうべを垂れる
 たまさかにパンツの忘れ物がある男子二千人毎朝来れば
 不惑過ぎてジャングルジムに登りをり娘とゐれば〈変な人〉ならず
 マチュ・ピチュは〈老いたる峰〉を意味するとぞ、壁に向かつて便座に
 坐る
 盗まうとすれば盗める長ねぎの箱あり朝の蕎麦屋の前に
 海(カイ)といふ文字をマリンと訓ませをりそのかみにウミを訓ませた
 やうに
 降(お)りますととなりの席にささやけり相対死(あひたいじに)を迫れ
 るやうに

2014年から2016年までの作品455首を収めた第5歌集。
教師としての歌、子育ての歌、言葉に関する歌が多い。

1首目、作者ともう一人が夜遅くまで残業している場面。薄暗い部屋に2か所だけ灯りが点っている感じがする。
2首目、夜の十二時までというルールを一応課しているのだが、妻次第ではOKなのだ。
3首目、上句と下句のつながりがとても印象的。どことなく寂しさが滲む。
4首目、「○○ではないが」と言った場合、たいていは「○○」なのである。
5首目、中高一貫の男子校。パンツを置き忘れた生徒はどうしたのだろう。
6首目、小さな娘と一緒だと、何をしていても良いパパに見られるので安心である。
7首目、マチュピチュという言葉の意味に関心を持つのが作者ならでは。トイレに貼られたポスターかカレンダーに写真が載っているのだろう。
8首目、配送された長ねぎのダンボール箱。不用心と言えば不用心だが、誰も取って行ったりはしない。
9首目、昨今のキラキラネームの話。「海」という漢字(中国の文字)を「マリン」と英語で読ませるのも、「うみ」と日本語で読ませるのも、確かにやっていることは一緒なのだ。
10首目、「相対死」は心中のこと。電車やバスの二人掛けの席で通路側の人に声を掛けている場面だが、発想が何ともユニークだ。

2017年5月16日、短歌研究社、2700円。

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2017年07月05日

「樺連情報」7月号


全国樺太連盟の機関誌「樺連情報」の7月号に、5月16日に行ったワークショップ「樺太を訪れた歌人たち」の記事が載りました。

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記事をご覧になった方々から、早速、『樺太を訪れた歌人たち』の注文もあり、ありがたいことです。

本の在庫は、僕のところ(masanao-m@m7.dion.ne.jp)にも、版元のながらみ書房 https://www.nagarami.org/ にもあります。

「読んでみたら意外と面白かった」という人が多い一冊です。皆さん、ぜひお読みください。

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2017年07月04日

川本三郎著 『「男はつらいよ」を旅する』



映画「男はつらいよ」のシリーズ全48作のロケ地を訪ねて、全国各地を旅した紀行文。初出は「新潮45」2015年8月号〜2016年11月号。

訪れたのは、沖縄、柴又、網走、奥尻島、金沢、永平寺、会津若松、佐渡、別所温泉、京都、津山、備中高梁、龍野、大阪、五島列島、伊根、温泉津、津和野、鰺ヶ沢、寒河江、秋月、日田、加計呂麻島など。

「男はつらいよ」と言えば、人情、喜劇、家族、恋愛といった側面から語られることが多いが、著者の観点は少し違う。

「男はつらいよ」は旅の映画である。
「男はつらいよ」は、消えゆく日本の風景の記録映画である。
「男はつらいよ」が何度見ても面白いの理由のひとつはそこに、失われた鉄道風景が残っていることにある。
「男はつらいよ」は、喜劇映画としてだけではなく、懐かしい風景を記録したシリーズとして長く残るに違いない。
二〇〇七年に廃線になってしまった「くりでん」を「男はつらいよ」はみごとに動態保存したことになる。

シリーズ最終作「寅次郎 紅の花」(1995年)の公開から既に20年以上が経つ。町並みが変ったり、鉄道が廃止されたりしたところも多い。記録映画としての「男はつらいよ」の価値は、今後ますます高まっていくことだろう。

大学時代に「男はつらいよ」の魅力を滔々と語っていた友人は、大の鉄道マニアでもあった(卒業後にJRに就職)。「男はつらいよ」と鉄道は、切っても切り離せない関係にあるのだ。

2017年5月25日、新潮選書、1400円。

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2017年07月03日

今日の朝日新聞


今日の朝日新聞朝刊の歌壇・俳壇欄に、川本千栄が「震災を詠い祈る」
という文章を書いています。皆さん、どうぞお読みください。

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「岡大短歌5」


五首連作+「岡山」エッセイ(9名+OG7名)、学年×五首連作(6名)、一首評、往復書簡、「第三回学生短歌バトル2017記」という盛り沢山な内容で、全80ページ。

 額から降りてくる手がのどを避け心臓を避けていく 冬だった
                        山田成海

恋の場面。「のど」や「心臓」に触れてほしいという思い。結句の一字空けが効果的で、鮮烈に甦ってくる感じがある。

 クラシックバレエを辞めた足先が体の前の陽に触れたがる
                        川上まなみ

立っている時につま先が無意識に動くことがあるのだろう。かつてバレエを習っていた時の名残が身体に残っている。

 瞬間を覚えていること その奥でらくだが閉じる分厚い瞼
                        加瀬はる

記憶の鮮やかさと脳の奥から甦る不思議な感じがよく表れている。下句のイメージへの飛躍が抜群に良い。

 おまえよりおまえのにおう暮れの森すすめばここが脳だと気づく
                        加瀬はる

今は目の前にいない相手なのだけれど、濃厚にその存在を感じているのだろう。襞の多い脳は、なるほど森に似ている。

 白菜の水分なのか白菜が水分なのかぼこぼこと溢れ始めた鍋を
 見まもる                  上本彩加

5・7・5・7・5・7・7という長い歌。白菜が煮えてくたくたになっていく感じがよく出ている。

 地獄へ連れてきてくれてありがとう 燃え立つ畔のかがよひを行く
                        森下理紗

「曼珠沙華(リコリス)」という一連の歌。曼珠沙華の咲いている畦道を歩いているところ。「ありがとう」が強く響く。

 この兵士は確かこのあと死ぬはずだ故郷の森を語ったあとで
                        森永理恵

かつて見たことのある映画を再び見ているところか。主人公ではないけれど、印象的な人物。故郷の思い出を話す場面の後で戦死するのだろう。

 重力のこびりついてるヒラメ筋洗ってそのまま布団に沈む
                        加瀬はる

ヒラメ筋はふくらはぎの筋肉。よく歩いて疲れているのだろう。まるで筋肉を取り出して洗っているみたいな表現がおもしろい。

 崩しても崩してもいのち箸先が死んだシシャモの腹をまさぐる
                        山田成海

題詠「ししゃも」。シシャモの腹の中にある卵の粒の一つ一つが「いのち」であることを、あらためて気づかされる。

2017年6月10日、岡山大学短歌会、400円。

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2017年07月01日

岩尾淳子歌集 『岸』


2012年から2016年までの作品354首を収めた第2歌集。

帆をたたむように日暮れの教室に残されている世界史図説
夕立のにおいのこもる路地奥の鮨屋に烏賊はすきとおりたり
目のはしにあなたの溲瓶を見ておりき山雀みたいに向きあいながら
川風が吹き込んでゆく和菓子屋の奥のちいさな庭のみどりよ
この家の隅々までを知りつくしぷつんと掃除機うごかずなりぬ
父が締め母が開いてまた締めるしずく止まらぬ栓ひとつあり
葦分けて水ゆくように制服の列にましろき紙ゆきわたる
敷石の割れ目の草を越えようとして自転車はわずかに浮かぶ
酒瓶の置き場所少し動かせば鼻を寄せ来て猫はあやしむ
全天にちからあふれてわたつみに高速艇はあぶらを燃やす

1首目、大判の教科書が置いてあるだけの場面だが、「帆をたたむように」と「世界史」が響き合う。昼間の賑やかな教室との対比も感じさせる。
2首目、上句の薄暗い感じのなかで烏賊の透き通るような白さが際立つ。
3首目、2013年に亡くなった米口實さんを詠んだ歌。「山雀みたいに」がいい。衰えていく師の姿を見守ることしかできない。
4首目、店の奥に坪庭が見えている。そこだけ明るくて、緑が鮮やか。
5首目、上句が面白い。確かに掃除機が一番よく知っているかもしれない。
6首目、パッキンが劣化しているのだろう。蛇口のことを詠みつつ、古くなる家や老いていく両親の姿も感じさせる。
7首目、教室でプリントを配っている場面。初・二句の比喩がいい。制服の紺色とプリントの白の対比が目に浮かぶ。
8首目、発見の歌。「わずかに浮かぶ」が的確な表現だ。
9首目、猫の動きがよく見えてくる。まず鼻を近づけて、様子を窺っている。
10首目、けっこうスピードが出ているのだろう。速さを言わずに「あぶらを燃やす」と言ったのがうまい。

教師生活の歌や両親の歌、阪神淡路大震災を思い返す歌などが印象に残る。日常を詠んだ歌にも落ち着いた味わいがあり、第1歌集『眠らない島』とは雰囲気が違ってきたように感じる。

2017年6月9日、ながらみ書房、2500円。

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2017年06月30日

第20回「あなたを想う恋の歌」


今年も越前市の「万葉の里 あなたを想う恋の歌」の審査員を務めることになりました。7月1日から10月31日まで作品を募集中です。
http://www.manyounosato.com/

投稿料は無料(!)、最優秀賞は賞金10万円(!)、HPからの応募もできます。皆さん、ふるってご応募ください。

ちなみに、前回の最優秀作は

「コンゴより君を想ふ」とメールあり熱帯雨林の夜にいだかる
                     大下 香

でした。今年も良い歌と出会えますように。

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本の部屋


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今日は「本の部屋」の整理をする。

私の住むマンションは3LDKで、6畳の和室×2、6畳の洋室、12畳のLDKという間取り。和室の一つは息子の部屋、もう一つは私と妻の書斎、洋室は「本の部屋」となっている。そのため、私と妻はLDKに寝ていて、食卓の近くにベッドがあるという異様な状態が続いている。

それにも、もう慣れてしまったが。

不要な雑誌はちり紙交換へ、不要な本は古本屋へ、本棚に入らないけれど残しておきたいものは妻の実家へと運ぶ。

「本の部屋」を抜けた先にはベランダがあり、そこに洗濯機が置かれている。そのため、最低限の通路だけは確保しなくてはならず、定期的に本の整理が必要となるのだ。
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2017年06月29日

「塔」2017年6月号(その2)

ちぎっては食べちぎっては食べるパン私の中に暴力がある
                     鈴木晴香

上句は何でもない光景だが、下句がおもしろい。下句を読んでからあらためて上句を見ると、「ちぎっては食べ」の繰り返しに迫力がある。

わが辞表受け取らざりし人なりき春一番の日に逝きたまふ
                     安永 明

職場の上司だったのだろう。作者の能力を評価し、身を案じて慰留してくれた人である。何年たっても、忘れられない出来事だったのだ。

ゆつくりと日のまはりゆく春の日に手紙を書けば手紙の来たり
                     福田恭子

下句がおもしろい。手紙を書いた相手ではなく、別の人からの手紙だろうと読んだ。のどかな春の感じがよく出ている。

過去からは逃げられないな まふたつの藍色のうつはに断面の
白                   小田桐夕

上句と下句の取り合わせがうまい。表面は釉薬が塗られ絵付けもされているが、内側は白いまま。それが自分の過去を思わせたのだ。

県北のひとの会話にひと混じる「南の人」の不思議なひびき
                     浅野美紗子

同じ県に住む相手が使う「南の人」は「南国の人」ではなく「県の南部に住む人」の意味。その県の人にだけ通じる言葉遣いの面白さ。

ゆびさきにばんそうこうが見えている舞台衣装の女のひとの
                     高原さやか

舞台で演じている女性の素の部分が見えてしまったのだ。絆創膏という小さなものが、一瞬で舞台の世界を現実に引き戻してしまう。

あみだなに寝そべりあみのすきまからとろりと落ちてしまう
夕ぐれ                 坂本清隆

スライムのように少しずつ形を変えながら落ちていく感じ。電車の中での空想だろうが、平仮名書きがなまなましい体感を生んでいる。

窓にうつる自分の影とむかひあふ一列ありぬTSUTAYAの夜に
                     岡部かずみ

店の外側の窓ガラスに向って立ち読みをしている人々。じっと動くこともなく、横一列になって黙々と雑誌などを読んでいる。
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2017年06月28日

「塔」2017年6月号(その1)

少し奥に切り株ひとつあつたはず 鳥の声して深くなる森
                     亀谷たま江

以前にも歩いたことのある森のなかの道。かつての記憶と重ね合わせるように少しずつ奥へ奥へと歩みを進めていく。

障泥烏賊(あふりいか)は一匹だけで泳ぎます 髪きられつつ
耳は聴きをり               谷口純子

美容院の座席で聞いている話。アオリイカの大きなひれを馬の泥除けに見立てて「障泥(あおり)」という名前が付いたらしい。

籐椅子に眠りは徐々に滴りて指につめたいよどみとなりぬ
                     万造寺ようこ

籐椅子に掛けながらうつらうつらしている感じがうまく表現されている。だらりと腕が垂れて、指先が少しずつ冷えていくのだ。

何をなした人にはあらねど曾祖父の曾孫としての我だと思う
                     相原かろ

有名人でも偉人でもないけれど、その人がいなければ今ここに自分はいないという思い。「曾祖父の曾孫」と言葉を重ねたのがいい。

ちりとりの緑がいちばん鮮やかで桜の根もとに立てかけてあり
                     河原篤子

周囲の風景の中で一番鮮やかで目に付くのだろう。桜の木や庭の様々なものよりも、何でもないちりとりの存在感が上回っている。

妻のなき父と夫のなき吾と桜紅葉の堤を歩く
                     吉川敬子

それぞれ伴侶をなくした父と娘の散歩。お互いに何も言わなくても心が通じ合うのは、やはり親子ならではという気がする。

鍋、薬缶、かつて光っていたものを集めて磨く春が来たので
                     中山悦子

斎藤史の「うすいがらすも磨いて待たう」を思い出す。でも、こちらの歌が磨くのは鍋や薬缶。家庭の生活感が溢れている。

ドーナツの油でべたつく指の先舐めたる舌は口中に消ゆ
                     筑井悦子

自分ではなく誰かの舌だろう。舌が口の中に入るのは当り前のことなのだが、「口中に消ゆ」と表現するとまるで手品のようで面白い。
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2017年06月27日

北海道集会(その2)


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北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)。

1888年(明治21年)に建てられたもの。遠くから見ると背後の高い建物が邪魔なのだが、近くまで寄ると隠れてくれる。


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赤れんが庁舎に来た目的は、この樺太関係資料館。

実物や写真のほかに、模型や図解もあって、予想以上に充実した内容だ。樺太関係の常設の展示としては日本で一番かもしれない。


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歌会の会場となったノースエイム。

庁立・北高会(北海道庁立高等女学校および札幌北高等学校の同窓会)が運営する会館。歌会は25名(道内16名、道外9名)が参加して、賑やかだった。
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2017年06月26日

北海道集会(その1)

6月24日(土)・25日(日)は「塔」の北海道集会へ。

札幌駅前の通りを歩いていると、いきなり馬車と遭遇。
北海道らしさ全開だ。

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馬車が普通に車道を歩いていて、その後ろに車が付いて走ったり、
追い越したりしているのが不思議な光景である。


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北3条広場でたまたま開催されていたフラワーカーペット。
4日間だけの展示だったようで、運が良かった。
http://www.sapporo-flowercarpet.com/


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「天馬」の海の幸とたっぷり野菜の海鮮スープカレー、1100円。
あさり、ムール貝、えび、いかなどが入っている。
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2017年06月23日

北海道へ

明日の第1回「塔」北海道集会に参加するため、2泊3日で
札幌へ行ってきます。

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