2018年05月06日

『与謝野晶子歌集』


与謝野晶子が自選した2963首に、遺歌集『白桜集』から100首(馬場あき子選)を追加したアンソロジー。

第1歌集『乱れ髪』からわずか14首しか選んでいないことからもわかるように、晶子の自選は初期の歌に相当厳しい。晶子自身あとがきに次のように書いている。

後年の私を「嘘から出た真実」であると思って居るのであるから、この嘘の時代の作を今日も人からとやかくいわれがちなのは迷惑至極である。教科書などに、後年の作の三十分の一もなく、また質の甚しく粗悪でしかない初期のものの中から採られた歌の多いことを私は常に悲しんで居る。

昭和13年、晶子60歳の心境である。
三年前の昭和10年には夫鉄幹を亡くしており、晶子自身も昭和17年に亡くなる。

 春雨やわがおち髪を巣に編みてそだちし雛の鶯の鳴く
                   『舞姫』
 うすぐらき鉄格子より熊の子が桃いろの足いだす雪の日
                   『佐保姫』
 八月やセエヌの河岸(かし)の花市の上ひややかに朝風ぞ吹く
                   『太陽と薔薇』
 難破船二人の中にながめつつ君も救はずわれも救はず
                   『草の夢』
 人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室
                   『心の遠景』
 海の気に亭の床几のうるほへば恋し昨日の朝もむかしも
                   『深林の香』
 夕かぜは指を集めてひらかざる白木蓮のたかき枝ふく
                   『緑階春雨』
 麻雀の牌の象牙の厚さほど山のつばきの葉につもる雪
                   『冬柏亭集』
 高きより潮の落ちくるここちして阿蘇の波野の草鳴りわたる
                   『草と月光』
 初めより命と云へる悩ましきものを持たざる霧の消え行く
                   『白桜集』

さすがに良い歌がたくさんある。
生涯に5万首を詠んだ晶子のエネルギーの一端に触れた思いがする。

2017年5月15日第71刷、岩波文庫、850円。

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2018年05月05日

ラヷとは?


与謝野晶子の歌を読んでいると「ラヷ」という言葉がしばしば出てくる。「ラブ」ではなく「ラヷ」。「ワ」に濁点が付いている。

ラヷ落ちて欠けたる湖水全きに変ることなく哀れなりけり
                    『瑠璃光』
ラヷ尖(とが)り椿の木立ことやうにあをき土用の八丈がしま
                    『深林の香』
軽井沢昨日のラヷは朱に乾き藍むらさきす新らしき霾(よな)
                    『緑階春雨』
から松がラヷの色して枯れ行く日信濃に入りぬ先生の許(もと)
                    『山のしづく』
ラヷの路たとへて云へば沙弥達の麻のころもの荒き手ざはり
                    『草と月光』

それぞれ、西湖、八丈島、軽井沢、碓氷峠、山中湖を旅した際の歌である。

内容から考えると、これは英語のlava(=溶岩)のことらしい。今ではカタカナ英語で「ラヴァ」と言ったりはしないが、戦前は一般的な言い方だったのだろうか。

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2018年05月04日

カベルナリア吉田著 『狙われた島』


副題は「数奇な運命に弄ばれた19の島」。

タイトルや副題がおどろおどろしいが、内容は真面目(?)な紀行文。各地の様々な歴史や背景を持つ島を訪ねた記録である。

取り上げられているのは、奥尻島、佐渡島、伊豆大島、豊島、直島、長島(岡山県)、大島(香川県)、金輪島、大久野島、似島、江田島、大津島、久賀島、生月島、池島、伊王島、隠岐島後、津堅島、江島(宮城県)。

いずれも戦争、災害、産業廃棄物、ハンセン病、キリシタン迫害などの舞台になった島である。

日本の多くの島々が、数奇な歴史と運命に翻弄された。その背景には必ず「力ある者」の身勝手な思惑があった。
日本の中心から遠く離れた辺境の島々を歩き、あえて東京を、都会を、日本の中央を俯瞰する旅。それによって、都会にいてはわからない日本の側面が見えてくる。

こうした思いが色濃く滲んだ一冊で、にわか仕立ての観光ブームとは距離を置く著者の姿勢が随所に表れている。ちょっと気難しいオッサンだけど、そこがいいのだろう。

2018年2月1日、アルファベータブックス、1800円。


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2018年05月03日

映画 「鉱 ARAGANE」


監督・撮影・編集:小田香
監修:タル・ベーラ

ボスニア・ヘルツェゴビナにあるブレザ炭鉱を描いたドキュメンタリー。
地下300メートルの坑道で、わずかなヘッドランプの明りだけを頼りに人々は働く。

圧倒的な暗闇と機械の立てる轟音。
地上とは全く異なる世界の持つ迫力と美しさが印象的だった。

出町座、68分。

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2018年05月02日

現代歌人集会春季大会 in 奈良


7月16日(月、祝)に奈良で「現代歌人集会春季大会」を開催します。
大会テーマは「万葉に遊ぶ」。

林和清さんの基調講演、内藤明さんの講演「万葉は今」、大辻隆弘・勺禰子・小黒世茂・吉岡太朗の4名によるパネルディスカッションと盛りだくさんの内容です。皆さん、ぜひお越しください。

参加費は2000円、当日受付も致します。


 現代歌人集会春季大会2018.png

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2018年05月01日

解脱


GW中に仕上げるべく、ある本の校正をしている。

三校なのでもうほとんど直すところはないのだが、
先ほど一か所大きな(?)間違いを見つけた。

「筆者解脱」

もちろん、「筆者解説」です。

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2018年04月30日

『石川啄木全集 第六巻 日記2』


「明治四十二年当用日記」「NIKKI.T.MEIDI 42 NEN.1909.」「明治四十三年四月より」「明治四十四年当用日記」「千九百十二年日記」と未完成の小説断片40篇あまりを収録。

啄木の生活や思想の移り変わりがよくわかる内容で、有名な借金や女遊びの記述も多い。「どうしようもないなあ・・・」と苦笑いしながら読んでいたのだが、最後は泣きたい気分になってしまった。

日記の最後は明治45年2月20日。

 日記をつけなかつた事十二日に及んだ。その間私は毎日毎日熱のために苦しめられてゐた。三十九度まで上つた事さへあつた。さうして薬をのむと汗が出るために、からだはひどく疲れてしまつて、立つて歩くと膝がフラフラする。
 さうしてる間に金はドンドンなくなつた。母の薬代や私の薬代が一日約四十銭弱の割合でかゝつた。質屋から出して仕立直さした袷と下着とは、たつた一晩家においただけでまた質屋へやられた。その金も尽きて妻の帯も同じ運命に逢つた。医者は薬価の月末払を承諾してくれなかつた。
 母の容態は昨今少し可いやうに見える。然し食慾は減じた。

この記述の半月後、3月7日には母カツが死に、4月13日には啄木自身も亡くなる。

そのわずか3年前、明治42年4月10日の日記に、啄木はこんなことを書いていた。(原文はローマ字)

「病気をしたい。」この希望は長いこと予の頭の中にひそんでいる。病気! 人の厭うこの言葉は、予には故郷の山の名のようになつかしく聞える――ああ、あらゆる責任を解除した自由な生活! 我等がそれを得るの道はただ病気あるのみだ!

100年以上前の言葉なのに、写していると泣きそうになる。

1978年6月30日、筑摩書房。

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2018年04月29日

田中輝美著 『ローカル鉄道という希望』


副題は「新しい地域再生、はじまる」。

ローカルジャーナリストとして地域のニュースを記録、発信している著者が、全国のローカル鉄道の問題点や取り組みを紹介しつつ、鉄道と地域の関わりについて論じた本。

取り上げられているのは、銚子電鉄、北条鉄道、肥薩おれんじ鉄道、一畑電車、いすみ鉄道、えちぜん鉄道、熊本電鉄、ひたちなか海浜鉄道、京都丹後鉄道、若桜鉄道、天竜浜名湖鉄道、わたらせ渓谷鐡道、高松琴平電気鉄道。

ローカル線を活かす方法や地域再生の手掛かりがいくつも記されている。

最大の顧客であり支え手である地元の住民とのかかわりを増やすことで、ローカル鉄道が自分ごとになり、当事者意識が芽生える。そうすれば、結果として、主体的にかかわってくれ、乗ってくれるようになる。
ローカル鉄道の価値をはかる指標が、採算性しかない。利益も大切だが、地域にどれだけ貢献しているか、住民が満足しているか、都会での知名度がどこまであがったか、こうした鉄道がもたらす価値を可視化する新しい仕組みをつくり、考え方を変えなければ、将来は暗い。
いくつかのローカル鉄道のトップに、鉄道とバスの違いを聞いたときに「鉄道は地図に載るという強みは大きい」と共通して答えていたことは興味深く感じられた。

人口減少や過疎化の流れの中で存廃問題に揺れるローカル線も多い。けれども、むしろローカル線を使って地域を活性化する方法や可能性があることを、本書は示している。「鉄道がなくなって栄えたまちはない」という言葉が重い。

2016年8月30日、河出書房新社、1500円。


posted by 松村正直 at 07:26| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月28日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2018年04月27日

ユキノ進歌集 『冒険者たち』


新鋭短歌シリーズ38。
337首を収めた第1歌集。

八階のコピー機の裏で客死するコガネムシその旅の終わりに
ランチへゆくエレベーターで宙を見る七分の三は非正規雇用
割箸がじょうずに割れる別の世で春の城門がしずかに開く
飛ぶ力を失いながら遠くなる水切りの石を見ればくるしい
次々に「知ってました」と口を割る鍋でぐつぐつ浅蜊を煮れば
改札の外で人みな空を見て羽撃くように開く雨傘
ひさびさに光を浴びて末っ子のマトリョーシカの深呼吸かな
岬に立ついまは無人の灯台にいつも閉まっている窓がある
とんかつのキャベツの盛りが高くなり今年も春が来たことを知る
ストラップの色で身分が分けられて中本さんは派遣のみどり

1首目、「客死」という語の選びがいい。
3首目、三句以下はファンタジーやゲームの世界のイメージ。
6首目、確かに翼を広げるような感じである。
7首目、普段は一番内側に閉じ込められている一番小さな人形。
8首目、人がいなければ窓も必要がないのだ。

発想がユニークで、特に職場詠、仕事詠に良い歌が多い。その一方で、全体に「いかにも」といった感じのわかりやすさに仕上げられているのが惜しい気がする。

2018年4月16日、書肆侃侃房、1700円。


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2018年04月26日

映画 「港町」


監督・製作・撮影・編集:想田和弘、製作:柏木規与子。

想田監督の「観察映画」第7弾。
瀬戸内海に面した昔ながらの小さな港町とそこに暮らす人々の姿を撮った作品。

今も一人で漁に出る八十歳代の漁師、噂話好きで世話好きなおばあさん、魚市場で働く人々、五十年以上働いてきた魚屋の女性、黙々と魚を捌くその息子、魚を買いに来る人々、猫に魚をあげる移住者の夫婦、何基もある先祖の墓の掃除をする女性、海岸や路地に出没する猫・・・。

BGMもナレーションもないモノクロの映像が、ひたすら人々の日常を映していく。そして何気ない会話や仕種の中に、一瞬その人の人生が垣間見えたりする。人々の暮らしや過ぎ行く時間の持つ美しさが印象的であった。

第七藝術劇場、122分。


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2018年04月25日

「塔」2018年4月号(その2)


 二番目にお待ちの方というものにどういうわけか私はならず
                      八鍬友広

行列ができているレジとは別のレジが開く時に、コンビニの店員さんがよく使う言葉。たまたま、偶然なのだろうが、何か性格的なものも感じさせる。

 膝と膝かすかに触れたとき俺のだれにも見せぬ空が見えたか
                      田村龍平

胸の深くに秘めている自分だけの思いや記憶が、一瞬、相手に垣間見られたような感覚を覚えたのだろう。相聞の雰囲気が濃厚に感じられる。

 寝室のテレビ小さし大晦日の晩にひとりで見る格闘技
                      垣野俊一郎

居間にある大きなテレビでは家族が紅白歌合戦などを見ているのかもしれない。おそらく家の中で格闘技に興味があるのは作者だけなのだ。

 若干名募集してゐる工場より漂ひ来たるカレーの匂ひ
                      川田果弧

「若干名募集」という貼紙か看板があるのだろう。古びた雰囲気の工場。その敷地から流れてくる昼食時のカレーの匂いが、わびしさを感じさせる。

 火を見れば表情のなきひととなるみなそれぞれの語彙をしづめて
                      石松 佳

焚火やキャンプファイヤーの火を見ているところ。「表情のなき」がいい。誰もが無口になって炎のゆらめきに吸い込まれるように見入っている。

 「女医さんは、やっぱり」その後に続くあらゆる言葉の枷のくるしさ
                      長月 優

「女医」と言っても一人一人性格も考え方も違うのに、常に何らかの先入観や偏見にさらされる。それがたとえ褒め言葉であっても息苦しい。

 硬筆の手本のやうなる文字書きて君は退会告げてくるのか
                      三浦智江子

後足で砂を掛けるような辞め方ではなく、丁寧で礼儀正しい相手。そのことが一層「退会」に当っての相手の思いを伝えているようで寂しい。

 OLとして暮れてゆく金曜日チーズケーキの断片を食む
                      魚谷真梨子

月曜日から金曜日まで今週もずっと仕事ばかりしてきたなという思い。ほっと一息つく場面だが、「断片」という言葉にやるせなさが滲んでいる。

 女子会の終はつたばかりのレストラン椅子むきむきにありてさみしも
                      山縣みさを

まだ椅子が元通りに直されていない状態のテーブル。「むきむきに」という言葉がいい。さっきまでの賑やかさの痕跡だけが残っている。

posted by 松村正直 at 08:17| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月24日

「塔」2018年4月号(その1)


 闇に降る雪が白いのはなぜだらう 灯りを消して眠る集落
                      久岡貴子

真っ暗な夜に降る雪は黒いかと言えば、やっぱり白い。明りも消えてしんと寝静まった夜に、辺りを包むようにして白い雪だけが降っている。

 山襞をひととき深く見せながら冬の光の傾きゆけり
                      溝川清久

上句の丁寧な描写がいい。太陽の光の当たる角度によって、山の陰翳がくっきりと立体的に見える時があるのだ。季節によっても見え方が違う。

 凍りつくフロントガラスに湯をかけて命ふたつを乗せて出かける
                      歌川 功

白く凍った車のガラスに湯を掛けて溶かす。冬の厳しい寒さが伝わってくる。「命ふたつ」はお子さんだろうか。慎重に運転しなくてはとの思い。

 鯛焼きや鳩サブレーを頭より食べる人あり吾は尾より食う
                      杜野 泉

本物の鯛や鳩ではないからどこから食べても同じなのだが、やはり人によって二派に分かれるだろう。頭から食べるのは残酷な気がするのかな。

 子を連れて子ら帰りたりその子らを連れてわたしが帰ったように
                      本間温子

孫を連れて帰省していた娘が帰っていったところ。かつての母もきっと今の自分と同じ寂しさを味わっていたんだろうなという思いが背後にある。

 剝き出しの馬の歯茎のひろびろとけふの畑に麦萌ゆるなり
                      清水良郎

馬は匂いを嗅ぐ時に上唇がめくりあがり歯茎がむき出しになる。三句の「ひろびろと」が上句の歯茎と下句の麦畑の両方をうまくつないでいる。

 禁じたる棚へと猫がまた登る人語解さぬごとき顔にて
                      益田克行

登っちゃダメと常々言い聞かせているのにまた登るのだ。猫が人間の言葉を理解していることが当然の前提として詠まれているのが面白い。

 鳥井金物店と鳥井米穀店並びをり高架駅よりこの街見れば
                      松原あけみ

同じ家が経営しているのか、兄弟か、親戚か。「金物店」と「米穀店」なので、どちらも古い店なのだろう。見るたびに気になってしまうのだ。

 水紋の閉じゆくごとき黙ありぬ遠き窓より星明かりきて
                      宗形 瞳

水面にできた波紋が小さくなって消えてしまうように、会話がとぎれて黙り込んでしまう。そして星の明かりと静寂だけが部屋に満ちている。

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2018年04月23日

与謝野晶子歌集 『みだれ髪』



訳注:今野寿美。
表紙は「文豪ストレイドッグス」のキャラクターの与謝野晶子。

全399首にすべて現代語訳が付いているほか、『みだれ髪』には収められなかった明治32年8月〜34年8月の作品を「みだれ髪拾遺」として載せている。

絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき
夕ぐれを花にかくるる小狐のにこ毛にひびく北嵯峨の鐘
四条橋(ばし)おしろいあつき舞姫のぬかささやかに撲(う)つ夕あられ

『みだれ髪』は近代短歌の中でもかなり読みにくい歌集のように感じる。それは晶子独特の言い回しの多さによるものだろう。

特に「の」の使い方。

「のろはれしの我」「あわただしの旅」「うつくしの友」「なつかしの湯の香」「うつくしの夢」「うれしの夢」など、形容詞の終止形+「の」や、「はづじますなのひくき枕」「とれなの筆」「許したまへの袖」「なでよの櫛」など、動詞の命令形+「の」が頻出する。

2017年6月25日、角川文庫、400円。


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2018年04月22日

長い時間


先日あるカルチャー講座で、「長い時間を含んだ歌」の良さについて話をしたところ、生徒さんから「短歌は一瞬を詠むのが良いのではないのか」という質問があった。

確かに、佐太郎にも

短歌は純粋な形に於いては、現実を空間的には「断片」として限定し、時間的には「瞬間」として限定する形式である。

という言葉があるくらいだ。それと「長い時間」は矛盾しているように思える。一体どのように両立できるのだろう。

しばらく考えて、そうか、「長い時間を含んだ歌」と「長い時間を述べた歌」は全然違うのだと気が付いた。一瞬のことを詠みつつ、そこに長い時間が含まれている歌というのがあるのだ。

こんなふうに、自分ではっきりと整理できていなかったことが、生徒さんとのやり取りの中で整理されていくことがある。それがカルチャー講座を担当する一番の楽しみなのかもしれない。


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2018年04月21日

『石川啄木全集 第五巻 日記1』




編集:金田一京助、土岐善麿、石川玲児、小田切秀雄、岩城之徳。
全8巻の全集のうち、第5巻と第6巻に啄木の日記が収められている。

この第五巻には

・秋韷笛語 明治35年10月30日〜12月19日
・甲辰詩程 明治37年1月1日〜4月8日、7月21日〜23日
・MY OWN BOOK FROM MARCH 4. 1906 SHIBUTAMI
  明治39年3月4日〜12月30日
・丁未日誌、戊申日誌
  明治40年1月1日〜12月31日、明治41年1月1日〜1月12日
・明治四十一年日誌 明治41年1月1日〜12月11日

が収められている。
今回初めて通しで読んだのだが、すこぶる面白い。

啄木の日記は、かれの生涯と作品とに関連して重要な資料であるだけでなく、それじたいとしてきわめてすぐれた文学作品となっている。これほどにおもしろい日記を書いた作家は、日本には類が少ない。

と解説に小田切秀雄も書いている通りである。

啄木が死後に焼くように言い残した日記は、様々な経緯を経て現在公刊されている。その意義と重みを強く感じた。

1978年4月25日、筑摩書房。

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2018年04月18日

【公開講座】 ニフレル吟行 (5月9日)


5月9日(水)に「ニフレルで短歌を詠む」という講座(吟行)を行います。

時間 10:00〜15:00
主催 JEUGIA カルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘

http://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_17-15703.html

当日は、まずエキスポシティにある屋内型の動物園・水族館「ニフレル」を見学して、歌を2首作ります。その後、レストランで昼食。そして、提出していただいた短歌の講評や添削を行います。

どなたでも参加できますので、皆さんどうぞお越し下さい。


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2018年04月17日

『サハリン残留』の続き


先月見た映画「北の桜守」は樺太西海岸の恵須取(えすとる)から引き揚げてきた家族の物語であった。大戦末期のソ連軍の侵攻を受けて樺太南部に避難する人々の姿が映画には描かれていたが、それは『サハリン残留』にも何度も記されている。

塔路の住民は続々と避難を始めた。百合子も養父母とともに「内恵(ないけい)道路」をたどって「樺太東線」を南下して大泊(コルサコフ)に向かい、そこからなんとか北海道へ脱出ができるだろうと見込んでいた。
「内恵道路」は内路村(ガステロ)から恵須取町(ウグレゴルスク)までの道で、敗戦時に避難行をした人びとのあいだでは「死内恵道路」とも呼ばれた。東線に接続する内路までは、バスの運行も中断していたので、徒歩で移動するしかなかった。
樺太では、八月一五日の「玉音放送」では戦争が終わらなかった。樺太最大の都市となっていた恵須取にソ連軍が上陸した(八月一六日)。
恵須取には鉄道が開通しておらず、港町の大泊や真岡がある南部に避難するためには、樺太山脈を越えて、東海岸の内路までの九〇キロの内恵道路か、西海岸沿いを南下し、珍内を通過し、久春内までのおよそ一〇〇キロの珍恵道路を踏破するしかなかった。

「八月一五日の終戦」や「日本で唯一の地上戦が行われた沖縄」という言説からこぼれ落ちてしまった史実が、ここには記されている。

 樺太の引揚者らの働けるひと平(たひら)薄荷(はつか)の畝は
 ととのふ                  木俣修『呼べば谺』


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2018年04月16日

白井陽子歌集 『あすなろのままに』


 P1060261.JPG


白井陽子さんの歌集『あすなろのままに』(六花書林)が刊行された。
http://blog.rikkasyorin.com/article/182990621.html

 車椅子で手を振る母に手を振りてエレベーターのドアは閉じゆく
 寄り合いで池の樋を抜く日が決まりふるさとの村に夏の始まる
 「先生」と呼びとめられて瞬間に「先生」にもどる午後の雑踏
 ふわあっと机の上に日が射しぬ本の上にも雲の流れて
 山に根を張るあすなろにみちのくの旅にて出会う幹は太くて

初めて歌集の解説を書かせていただいた。
多くの方に読んでいただけますように。

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2018年04月15日

玄武岩、パイチャゼ・スヴェトラナ著 『サハリン残留』




副題は「日韓ロ百年にわたる家族の物語」。

戦後、様々な理由によりサハリンに残った日本人10名のライフヒストリーを描いた本。著者の二人はそれぞれ在外コリアンと在外ロシア人の研究者である。

敗戦時、樺太には約40万人の日本人と朝鮮人がいたが、内地に引き揚げが認められたのは日本人だけであった。そのため、朝鮮人男性と結婚した日本人女性や、朝鮮人の養父母に預けられた日本人などは家族と離れることを望まずサハリンに留まる人も多かった。

冷戦が終結した1990年代以降に日本や韓国への永住帰国の道が開かれ、彼女たちはまた様々な選択を迫られる。子や孫を伴って日本へ帰国した家族、夫婦だけで日本に帰国してサハリンや韓国の子どもたちと行き来する家族、サハリンでの生活を選んだ家族。そこにはそれぞれの家族に固有な物語がある。

彼女たちの物語を読んでいると、「民族」「国籍」「言語」「居住地」が移り変わり、何重にも交錯している。

彼女の母語はロシア語、家族の伝統は朝鮮式で、母方の祖母が日本人であることで現在は日本で暮らしている。
この日、デニスの「トルチャンチ」を開いてくれたのは、美花の父方の祖母であるキム・ヨンスンだ。サハリンのマカロフに住んでいるヨンスンは、日本に永住した孫の結婚式やひ孫の誕生日にはかならず駆けつけ、朝鮮の伝統を伝える。
よし子はヨンジャという朝鮮式の「本名」よりも、日本式のよし子やロシア式のレーナの方が好きだ。

こうした日本・ロシア・韓国にまたがる家族の姿は、もちろん戦争のもたらした悲劇ではあるのだけれど、その一方で人間の生きる力を感じさせる事例でもある。それはまた、国民国家という枠組みを超えて東アジアの国々が交流を深めていく一つのヒントにもなっているように感じられた。

2016年3月31日、高文研、2000円。

posted by 松村正直 at 08:59| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする