2017年11月09日

「メモワール」第三号


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京都学生映画連盟発行の「メモワール」という雑誌を手に入れた。
昭和26年7月1日発行の第三号。

ここに高安国世の「映画「白痴」を見て」という文章が4ページにわたって掲載されている。「白痴」はこの年公開された黒澤明監督作品。原作:ドストエフスキー。出演:森雅之、原節子、久我美子、三船敏郎。


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映画の感想のなかに、ロシア文学が日本に与えた影響の話が出てくる。

(・・・)僕は日本のインテリの教養の中に占めるロシヤ文学の位置などということを思わされたのであつた。例えば歌人近藤芳美。彼は僕ら以前のインテリとはちがつて、甚だ日本的でない。それかといつて彼の茫々としてうすよごれた風彩(ママ)は決してフランス的でもドイツ的でもない――つまりヨーロッパ的ではない。僕はやはりロシヤ的な、そしてドストエフスキイの作品の中に想像出来るものではないかと思う。

高安がどのような目で近藤を見ていたかが伝わってくる、なかなか面白い評だと思う。

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2017年11月08日

久々湊盈子歌集 『世界黄昏』


間伐の杉が散らばる傾(なだ)りより絶え間なく湧く水の冷たさ
十方に木々のみどりは満ち満ちてわが直情を宥(なだ)むるごとし
撫牛(なでうし)にあらねどそっと撫でてくる闘牛場の鋼鉄の牛
くまもんを脱ぎて男が取り出しし弁当の真ん中の大き梅干し
絞めやすそうなほそきうなじをさしのべて昼の電車に居眠るおみな
ガラス一枚の外は奈落の深さにて五十階に食む鴨の胸肉
他人(ひと)の記憶に入りゆくような夕まぐれ路地に醬油の焦げるにおいす
三日ほど手の甲にあらわれ消えゆきし痣(あざ)あり蝙蝠の飛ぶかたちして
ここで死ねとホテルのパティオに放されて螢は首都の夜をまたたく
往きに見て復(かえ)りにもまだ落ちているアルミ硬貨を雨中に拾う

2012年から16年までの約500首を収めた第9歌集。
タイトルは「せかいこうこん」。

1首目、間伐放置された杉という現代的な光景と昔から変らぬ湧き水の流れ。
2首目、鮮やかな新緑に自然と心も満たされてゆく。
3首目、スペイン旅行の歌。撫牛という習俗は日本だけのものか。
4首目、くまもんの頬の赤い丸と弁当の梅干が微妙に呼応している感じ。
5首目、「絞めやすそうな」という発想がユニーク。ちょっと怖い。
6首目、高層ビルのレストランでの食事。高さではなく「深さ」としたのがいい。
7首目、比喩の面白い歌。どこか懐かしい雰囲気がある。
8首目、「蝙蝠の飛ぶかたち」がいい。三日間だけの出会いと別れ。
9首目、ホテルのイベントのために放された蛍。「ここで死ね」が強烈だ。
10首目、お金が欲しくてではなく、可哀そうになって拾ったのだろう。

2017年8月10日、砂子屋書房、3000円。

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2017年11月07日

クリスマスの飾り付け


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先日、同志社大学の今出川キャンパスを歩いていたところ、クリスマスツリーの飾り付けをしている場面に遭遇した。木は広場の中央に立つヒマラヤスギで、高さは23メートルあるらしい。高所作業車を使っての大掛かりな作業で5〜6名の方が働いていた。


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こちらは重要文化財のクラーク記念館。
キャンパスには他にもレンガ造りの美しい建物がたくさん立ち並んでいる。

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2017年11月06日

久保えーじ著 『世界まるごとギョーザの旅』



旅が好きで食べることが好きな夫婦が、「旅を仕事にできないか?」と考えて開業した「旅の食堂ととら亭」。世界50か国以上を旅して出会った料理を再現したメニューを提供している。

そんな夫婦がトルコのマントゥと韓国のマンドゥの名前が似ていることから興味を持ったのがギョーザであった。トルコ、中国、ドイツ、アゼルバイジャン、ジョージア、韓国、ポーランド、スロバキア、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスと、ギョーザの発祥と伝播のルートを求めての旅は続く。

そんな中で、思いがけない歴史に触れたりもする。カザフスタンの市場でキムチや海苔巻などが売られているのを見て、著者は次のように述べる。

なぜカザフスタンに朝鮮系の移民がたくさんいるのか? 彼、彼女たちの祖先の多くは日本の植民地支配を逃れ、ロシア極東部に移住してきた人々なのです。その後、スターリン体制下でカザフスタンやウズベキスタンに強制移住させられ(・・・)

日本のギョーザが満州からの引揚者によって広まったという話もそうだが、食文化の歴史の奥深さを感じさせられる。

2017年3月3日、東海教育研究所、1800円。

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2017年11月05日

武田徹著 『偽満州国論』



1995年に河出書房新書から刊行された本の文庫化。

中国の長春の観光用地図に「偽国務院」「偽皇居」など「偽」の字がたくさんあるのを見て興味を持った著者が、実際に現地を訪れたりしながら満州国について論じた本。と言っても、満州国の歴史的な分析ではなく、満州国を通じて見えてくる国家のあり方に関する考察が主眼となっている。

満州国は国家が偽国家に変わる境界線上にある。満州国を語る国家論は、その論証の枠組みそのものが崩壊する一線上を行きつ戻りつせざるをえない。つまり偽満洲国論、それは国家論自体の「偽」性をも浮き彫りにする偽国家論なのだ。

本のなかに登場する人物は、甘粕正彦、大杉栄、清沢冽、後藤新平、石原莞爾、柳田国男、田中智学、吉本隆明、宮沢賢治など、実に幅広い。中でも、ユダヤ系ウクライナ人で、後にゲーム機器の会社タイトーを創業したミハエル・コーガンの話は面白かった。

日本語を使えば日本精神が養われ、日本人化される。そう思われたからこそ、強引な直接法教育は採用された。(・・・)日本語を話す人こそ日本人だとみなす価値観も変わっていない。
コンピューターに繋がりつつ商品を買うことは、選挙で一票を投じることと似ている。

歴史の本だと思って読み進めるうちに、実は現在の私たち自身の問題を論じている本であることに気が付く。国境線、領土、移民、外国人労働者、近隣諸国との摩擦などが問題になっている今、この20年以上前に書かれた本の価値は少しも失われていない。

2005年6月25日、中公文庫、857円。

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2017年11月04日

第10回クロストーク短歌「絵画と短歌」


12月2日(土)に難波で行われるクロストーク短歌に出演します。
吉川宏志さんがゲストと対談するシリーズの10回目で、今回は「絵画と短歌」というテーマです。

http://blog.goo.ne.jp/aosemi

みなさん、ぜひお越しください。

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2017年11月03日

ヘリオトロープふたたび


以前、伊藤一彦の歌に出てくる「ヘリオトロープ」についてブログに書いたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/403990871.html

ヘリオトロープは別名「香水草」とも呼ばれ、明治期に日本で初めて輸入された香水としても知られている。明治から昭和にかけての文芸作品にもよく登場する。

 小野さんの手巾(ハンケチ)には時々ヘリオトロープの香(におい)が
 する。
                 夏目漱石『虞美人草』

 夕暮はヘリオトロウプ、
 そことなく南かぜふく
 やはらかに髪かきわけてふりそそぐ香料のごと滲(し)みるゆめかも
                  北原白秋『桐の花』

 切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですずらんやヘリオトロ
 ープのいいかおりさえするんだろう、その音がだよ。
                  宮沢賢治「黄いろのトマト」

先日、『平野萬里全歌集』を読んでいたところ、次のような歌があった。

 かしこかとヘリオトロオプの煙立つ三階の窓見上ぐる夕
                  「我妹子」(明41〜43)

ここではヘリオトロープの「煙」が詠まれているのだが、これはどういうことだろう。匂いのことを「煙」と言っているのか。あるいは、当時お香か何かのようにヘリオトロープの良い匂いがする煙でもあったのだろうか。

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2017年11月02日

電子部品大手7社


今朝の新聞に「電子部品大手7社の9月中間連結決算」が載っていた。
電子部品大手7社というのは

京セラ、日本電産、TDK、村田製作所、日東電工、アルプス電気、ローム

のことを指すらしい。

このうち4社は京都の会社である。京都と言うと伝統工芸や伝統文化のイメージが強いが、実はこうした分野でも有名なのであった。


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2017年11月01日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2017年10月31日

明日から11月


さよならハロウィン!

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2017年10月29日

「高安国世・高安醇 父と子作品集」出版記念展


先週、京都のギャラリー白川で、「高安国世(短歌)・高安醇(絵画)父と子作品集」出版記念展を見てきた。高安醇の絵画15点に高安国世の短歌がそれぞれ1〜4首添えられて展示されている。

絵を見て歌を詠んだ場合、どうしても絵と歌が近すぎたり、歌が絵の説明に終わってしまったりすることが多いのだが、今回の企画はもともと別に作られた二人の絵と歌を取り合わせて構成されている。だから、絵と歌の距離感が絶妙で、互いをうまく引き立て合っているように感じた。


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作品集は1冊1500円。
展覧会の会期は11月5日まで。

昨年、同じギャラリー白川で「高安醇新作展 色彩の中のイタリー」でを見た時に、かつては完全な抽象画であった絵にかなり現実の風景が入り込んできていることに驚いたのだが、今回の企画にもそうした変化が反映しているようだ。

ギャラリーの池田真知子さんは作品集の初めに次のように書いている。

醇の作風が2015年頃から変わり始めた。それまで「光」や「風」のような形の無い物をテーマに色面構成の強い抽象画を多く描いてきた彼が、身近な自然や風景を独特な色彩感覚で柔らかく描き始めたのだ。その絵を描く眼差しに、父である国世の晩年の短歌と通じるものを感じた私は、短歌と絵とジャンルは違うけれど、父と子二人の芸術家の作品を本にして広く知ってもらいたいと思うようになった。

高安醇さんは今年で73歳。
芸術や表現というものは、何歳になっても終わりがないのだということを強く思った。

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2017年10月28日

「塔」2017年10月号(その2)


 怒鳴り合う声壁ごしに聞きながら冷やしうどんにちぎる青紫蘇
                        佐藤涼子

マンションの隣りの部屋から聞こえる喧嘩の声を聞きながら、食事の支度をしているところ。「ちぎる」という動詞の選びに作者のやるせない心情が滲む。

 抱擁は苦しむかたち 波打ってシャツに張り付く男の背中
                        竹田伊波礼

「抱擁」と言うと普通は喜びや満足のイメージがあるのだが、それを「苦しみ」と捉えたのが秀逸。「波打って」に強く激しい抱擁の様子がよく出ている。

 おまへとは妻よりも長い仲なりき口の開きし山靴を捨つ
                        益田克行

独身時代から愛用していた登山靴。最後にしみじみと語り掛けるようにして捨てる場面。「山靴」という言い方が山に慣れている人の感じを伝えている。

 もういない人ばかり思い出すことの、水を含んだ口が涼しい
                        川上まなみ

三句を「の、」でつなぐ短歌ならではの文体。結句の「涼しい」がいい。水の冷たさとともに記憶の持つ清涼感のようなものが伝わってくる。

 ひとつづつさくらんぼに種 ひとりづつひとは向き合ふ種のをはりに
                        栗山洋子

さくらんぼは一つの実に一つの種が入っている。一連の流れの中で読むと、三句以下は人生の終わりに一人で向き合うというイメージなのだろう。

 長雨のあとの夏空はればれとフェイスブックを今日やめました
                        垣野俊一郎

初・二句が「はればれと」を導く序詞になっている。おそらく煩わしいことの多かったフェイスブックを、晴れ晴れとした気分で止めたのだ。

 嫌いって認めてしまえば嫌いになる絹豆腐に刃をやさしく入れる
                        魚谷真梨子

感情は口に出したりして自分で認めてしまうと、決定的なものになってしまう。「絹豆腐」の柔らかな質感のようにさらりとやり過ごすことも大切だ。

 紫陽花を挿木で増やす休むことの増えたる祖母の広き窓まで
                        白水裕子

ベッドで過ごすことの多くなった祖母にも見えるように、紫陽花を増やしているのである。「広き窓」という言葉に明るさと優しさが溢れている。

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2017年10月27日

「塔」2017年10月号(その1)


 水鳥のでんぐりがえしが見えている夕暗がりのきみの肩越し
                        澤端節子

餌をとるために水の中に潜っていくところを「でんぐりがえし」と捉えたのだ。結句「きみの肩越し」がいい。さり気なく相聞の雰囲気を漂わせている。

 体温を計るあひだに降り出して六月のこれは気持ちいい雨
                        小林真代

四句目に「これは」が挿入句のように入って来るところが面白い。「これは六月の」という語順ではダメ。雨にも気持ちのいい雨と憂鬱な雨とがある。

 口紅で決してふちどるな くれないの色のうつろう夕ぐれ時を
                        金田光世

刻々と色合いを変えていく夕暮れの空。その微妙な色彩や輪郭を縁取ってはならないと言うのだ。作者の心の何らかの感情についての話なのだろう。

 子とわれの家を行き来するタッパーにわたしの詰めるけふの赤飯
                        立川目陽子

親がタッパーに料理を詰めて子に渡し、食べ終えた子が洗って返す。そんなふうにして二軒の家を行き来するタッパー。料理だけでなく作者の心も運ぶ。

わがピアノを十五年間聞きていし母は「下手になった」と一度だけ言いき
                        山下裕美

一度だけ言った台詞が「下手になった」というのは、かなり衝撃的だ。いじわるな母にも思えるが、「十五年間聞きていし」という一番の理解者でもある。

 岩牡蠣にナイフさしこみ開くとき遠き潮をほそくこぼしぬ
                        清水弘子

上句と下句で主語がねじれている。上句は「われ」で下句は「岩牡蠣」。そのねじれに生々しい味わいがある。下句「遠き潮がほそくこぼれぬ」ではダメ。

 「藪」の字の奥に座つてゐるをみな重さは時に安らぎならむ
                        越智ひとみ

字解きの歌で「藪」の中には確かに「女」がいる。画数の多い重そうな漢字の中に、むしろ安らいでいるように見える。生活にも当て嵌まることなのだろう。

 コンクリの壁よりふいに出できたる蝶は壁から離れずに飛ぶ
                        松塚みぎわ

「コンクリの壁より」がいい。壁に目立たずにとまっていたのだろうが、壁の中から抜け出て来たような感じがする。「壁から離れずに」もよく見ている。

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2017年10月26日

ハロウィン


ハロウィンが苦手だ。

10月になると至るところにカボチャとかお化けとかコウモリとか三角帽子が溢れて、気持ちが落ち着かない。「Happy Halloween」とあるのを見ても、何がめでたいのかわからない。

 ハロウィンを流行らさんとする勢力をふかく憎みて釣り銭を受く
                      『風のおとうと』

せめて、家の中だけでもハロウィンと無縁に過ごしたいと思うのだけれど、そうもいかない。パソコンにもテレビにも新聞にもハロウィンが溢れている。

そればかりか、生協の宅配で届いた買物の品にも、ハロウィンは紛れ込んでいるのだ。

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ああおそろしや、おそろしや。
ハロウィンのなかった頃ののんびりとした10月が懐かしい・・・。

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2017年10月25日

変奏曲


水底にさくら花咲くこの暗き地上に人を抱くということ
                   永田和宏『黄金分割』1977年

満開の桜の花が川面などに映っているのだろう。そんな春たけなわの抱擁の場面。われわれが生きるこの地上を「暗き」と捉えたのが印象的だ。初句の「水底」と響き合うし、暗さを出すことで桜や抱擁の持つ生命力がより鮮やかになる。

この一首は、山中智恵子の歌を踏まえているのではないだろうか。

さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて
                   山中智恵子『みずかありなむ』1968年

「さくら」「さくらばな」、「この暗き」「この冥き」といった言葉の対応、桜と人の取り合わせなど、共通点が多い。そして何より、『みずかありなむ』は永田にとって大切な一冊であったのだ。

先月刊行された永田の『私の前衛短歌』に、「はじめて読んだ歌集―山中智恵子『みずかありなむ』」という文章が載っている。初出は「歌壇」1999年4月号。

永田は大学3回生の冬(1969年〜70年)の大学闘争の頃を振り返って、次のように書く。

 山中智恵子の『みずかありなむ』に出あったのは、そんな時期であっただろうと思う。夜を外で過ごすのは少しきつくなってきた十月も終わりに近い頃だっただろうか。京大短歌会の先輩から借りたものだった。(・・・)
 そんなある朝、借りていた山中智恵子の歌集を写しにかかった。一首一首、丁寧に写していく。

『みずかありなむ』は永田が一首一首全部ノートに書き写した歌集であった。「一首一首撫でるようにゆっくり書き写し、一巻の量を惜しむようにして書き終える」とも記している。

そうしたことを踏まえて読むと、冒頭の永田の一首は山中作品の変奏曲のようにも思われるのである。

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2017年10月24日

第20回「あなたを想う恋の歌」締切迫る!


第20回「あなたを想う恋の歌」の作品募集の締切が近づいてきました。
締切は10月31日(当日消印有効)
http://www.manyounosato.com/

最優秀賞(1首)は10万円、優秀賞(3首)は3万円、秀逸(10首)は1万円。
しかも、投稿料は無料!
ネットからも投稿できます。

皆さん、ぜひご応募ください。

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2017年10月23日

永田和宏歌集 『黄金分割』


永田さんの第2歌集『黄金分割』を読む。
何度目になるだろう。それでも新たな発見がある。

今いわば――、否言わざればキャラメルの箱に天使はにこやかに堕つ

森永ミルクキャラメルの歌を発見。
マイ・コレクションに加えておこう。


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わが家にある『黄金分割』は吉田漱さんの蔵書だったようで、扉に謹呈の宛名が入っている。それと、一筆箋に書かれた永田さんの手紙も入ったままだ。

この歌集が出た頃の永田さんは、年譜によれば「子供を二人持った無給の研修員」という身分であった。『黄金分割』の栞に書かれた高安国世の文章は、そのことに触れている。

それもどこかの大学に安定した地位を得た上での研究生活というのでなく、よそ目にもはらはらするような生活の基礎の上に立って、いわば捨身とか背水の陣とかという言葉を思わせる生き方をしながら(・・・)
(・・・)妻子をかかえ、安定のない生活をしながら歌に命を賭ける、ということを一般的に受け取っても、それは容易でない日々の苦闘を予感させる。

永田和宏30歳の姿である。


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2017年10月22日

講演「啄木の現代的な魅力」


昨日は「平成29年度 堺市民芸術祭 堺短歌大会」で
「啄木の現代的な魅力」と題して講演をした。

「一.啄木は女々しいか」
「二.日常の歌はつまらないか」
「三.啄木の歌は素朴か」

という内容で70分ほど。
会場のの皆さんが熱心に聴いて下さったおかげで、最後まで
のびのびと話をすることができたように思う。

ありがとうございました。

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2017年10月20日

雨垂れ


秋の長雨と言うのだろうか。
このところ雨が降り続いている。
週明けには台風もやって来るらしい。

雨垂れはいつまで続くしたひたてん、したしたしたしたしたひた、てん
                    河野裕子『歳月』
した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫(まつげ)と睫とが離れて来る。
                    釈迢空『死者の書』
たんたらたらたんたらたらと
雨滴(あまだれ)が
痛(いた)むあたまにひびくかなしさ
                    石川啄木『一握の砂』

明日は堺短歌大会で「啄木の現代的な魅力」と題して講演をする。
明日も雨かな。

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2017年10月18日

現代歌人集会秋季大会


12月3日(日)に京都で現代歌人集会秋季大会を開催します。尾崎左永子さんを招いてお話を聞くほか、大辻隆弘理事長の基調講演、現代歌人集会賞の授与式(大室ゆらぎ歌集『夏野』)などを行います。

参加費は1500円(当日払い)。どなたでも参加できますので、皆さんどうぞお越しください。懇親会もあります。

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