2017年02月05日

青野照市著 『プロ棋士という仕事』


副題は「将棋界の不思議な仕組み」。

史上最年少棋士のデビュー、映画「聖の青春」の公開、竜王戦の挑戦者変更、日本将棋連盟の谷川浩司会長の辞任、加藤一二三九段の引退決定など、最近何かと話題になることが多い将棋界。その内側を現役9段のプロ棋士がわかりやすく記した一冊である。

「対局料は1局いくら?」「対局中はどんなことを考えている?」「引退はいつ?定年はある?」「将棋会館のなかはどうなっている?」「奨励会受験者の何人が合格し、そのうち何人が棋士になれる?」など、全95の問いに見開き2ページで答えている。

目隠し将棋でプロが苦手とするのは、持ち歩の数である。盤面の配置を間違えることはまずないが、持ち駒の歩をポンポン使っているうちに、残りが何歩かわからなくなることがある。
「しまった!」と思った手は、じつはたいした悪手ではなく、あせって指した次の手が致命傷というのは、将棋にかぎらず人生に通ずるものがあると思う。
年間20数局となると、年中対局があるというわけではない。昔、ある棋士の奥さんが近所の方に「ご主人は今日もお休みですか」と言われた、という話を聞いたことがある。

こんなふうに、現役の棋士ならではの話がぽんぽん出てきて面白い。

A級通算11期、通算勝ち星745勝。63歳の今もB級2組に在籍する著者の今後ますますの活躍が楽しみだ。

2016年月10月20日、創元社、1400円。

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2017年02月04日

現代歌人集会春季大会 in 大阪

7月17日(月・祝)に大阪で現代歌人集会春季大会を開催します。
テーマは「調べの変容〜前衛短歌以降〜」。

大辻隆弘理事長の基調講演、穂村弘さんの講演、堂園昌彦・阿波野巧也・河野美砂子・魚村晋太郎(進行)の4名によるパネルディスカッションが行われます。

参加費は2000円(当日払い)です。皆さん、どうぞご参加ください。

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2017年02月03日

大森静佳歌集 『サルヒ』

モンゴルへ旅行した時の写真と短歌30首を載せた1冊。
タイトルの「サルヒ」はモンゴル語で「風」という意味とのこと。

草原に火を芯として建つ包(パオ)のひとつひとつが乳房のかたち
唇(くち)もとのオカリナにゆびを集めつつわたしは誰かの風紋でいい
顔が長いだけなのにいつもうつむいているように見える馬たちしずか
朝。シャツを脱いできれいなシャツを着る異国の闇を手に探りつつ
犬の死骸に肉と土とが崩れあう夏。いつまでも眼だけが濡れて

1首目、中央に炉があることを「火を芯として」と言ったのがうまい。
2首目、小さなオカリナを吹いているのだろう。下句が個性的で印象的なフレーズだ。風が過ぎた跡にできる風紋であってもいいとの思い。
3首目、おもしろい発見の歌。確かに馬は俯いている感じがする。
4首目、朝の暗がりでの着替えの場面。「異国の闇」がいい。
5首目、土に同化していきながらも、眼だけは生前のようになまなましく残っている。

写真の青空と草原の色が美しい。
犬、馬、羊、牛、そして子供たちが、みな生き生きとしている。

2016年11月23日、500円。

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2017年02月02日

「塔」2017年1月号(その2)

洞(うろ)みせて舟屋ゐならぶ伊根湾に遊覧船はターンをはじむ
                     竹下文子

「舟屋」は一階部分が海に面して船を入れられる造りになっている。その暗がりを「洞」と表現したのがうまい。湾の風景が見えてくる。

客のない料理店(レストラン)の窓はなたれて額縁の中に貴婦人
立てり                 朝日みさ

開店準備をしているところだろうか。壁に飾られた絵の中の貴婦人がまるで生きているかのような存在感を放っている。

片側に止まりて待てばすれ違ふ少女の腰の熊鈴の音
                     穂積みづほ

山道を歩いているところだろう。道幅が狭くて、どちらかが止まらないとすれ違えないのだ。「熊鈴の音」だけがあたりに響いている。

アメンボが一匹二匹三匹とどんどん増えて雨粒となる
                     村ア 京

水面にできた波紋をアメンボに喩えている歌。最初はアメンボが動いているかと思ったら実は雨だったという感じかもしれない。

頼ることの苦手な母より電話ありいつかくる日が今きたと知る
                     八木佐織

もう自分一人ではどうしようもなくなって、母が助けを求めてきたのだ。覚悟していた事態がいよいよ現実になったという緊迫感がよく表れている。

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2017年02月01日

「塔」2017年1月号(その1)

兄姉を持たざるわれが妹にその味をきく法事の席に
                 大橋智恵子

作者は長女なのだろう。年上のきょうだいがいるというのはどんな気分なのか、妹に聞いてみたのである。「味」という言葉の選びがいい。

シャッターを上げた幅だけ陽のさして一生(ひとよ)をおえし
金魚を映す           中村佳世

陽の光が死んだ金魚の姿を浮かび上がらせている。「シャッターを上げた幅だけ」という描写が巧みで、場面が見えてくる。

おとろえる猫に添いつつ短篇をいくつも読んで夏が過ぎゆく
                 桶田夕美

年老いた猫がいるので、なかなか外出もできないのだ。長篇に没頭する気分にもなれず「短篇」を読んでいるところに実感がある。

春光は明朝体と思うとき文字で溢れる僕たちの庭
                 千種創一

春の明るく鮮やかな光を「明朝体」のようだと感じたのだろう。二人の庭に無数の明朝体の文字が躍っている。

優秀なデジタルカメラは外壁に描かれし啄木のかほ認識す
                 逢坂みずき

文学館などを訪れた場面だろう。カメラの顔認識機能が、壁に描かれた顔にピントを合わせたのだ。「優秀な」にユーモアが感じられる。

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2017年01月31日

映画 「エゴン・シーレ 死と乙女」

監督:ディーター・ベルナー
キャスト:ノア・サーベトラ、マレシ・リーグナー、ファレリエ・ペヒナー
オーストリア・ルクセンブルク合作。

28歳の若さで亡くなったオーストリアの画家エゴン・シーレの半生を描いた作品。モデルにもなった妹ゲルティとの関係は、正岡子規にとっての律や宮沢賢治にとってのトシ子を思わせる。

19世紀末から20世紀初頭にかけてのウィーンの繁栄ぶりや、第一次世界大戦の影などの歴史も感じられて良い映画であった。

「エゴン、エゴン」と叫ぶヴァリの声が耳に残る。

京都シネマ、109分。

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2017年01月30日

越前・鯖江(その4)

鯖江市の西山公園にやって来た目的は、西山動物園である。

ここは、哺乳類4種33頭、鳥類8種25羽という非常に小さな動物園なのだが、レッサーパンダの繁殖数では国内有数の実績を誇っているのだ。


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昨年完成したばかりの新しい飼育舎「レッサーパンダのいえ」に展示してある家系図。最初は昭和59〜60年に中国から贈られた3頭からスタートして、現在までに実に60頭が生まれ、そのうち43頭が成育している。


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現在、園内に暮らすのは10頭。
丸まって眠っていた子が目を覚ましたところを一枚。
か、かわいい。


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屋外の運動スペースにもいる。
笹を食べたりしているところ。


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雪の積もる中を山の上の動物園まで足を運ぶ人は少なく、この日は私の他には老夫婦の姿を見ただけ。レッサーパンダをじっくりと観察する。

他にもシロテテナガザル(白い手をした手長猿)の家族がいて、縦横無尽に檻の中を移動するスピードがすごかった。見ていて気持ちがいい。

生まれ変わるならテナガザルだな。


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2017年01月29日

越前・鯖江(その3)

短歌関係の仕事を終えて、最終日は「有限会社越前製紙工場」へ。
社長の三田村士郎さんから越前和紙についての話を聞く。
創業は1338年で、現在なんと39代目とのこと。
http://www.echizen-seishi.co.jp/publics/index/2/


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敷地内にある「三田村氏庭園」。
国指定の名勝となっている。


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越前市市民バスの「ちひろ号」。
いわさきちひろも越前市の生まれだ。


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福井鉄道770形。
元は名鉄で使われていた車両である。

この福鉄に乗って鯖江市の西山公園へと向かう。


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公園の展望台から見た景色。
雪が積もっていて頂上まで登るのが大変だったけれど、眺めは抜群。
鯖江市や越前市を一望できる。
空気が冷たくて、とっても気持ちいい。

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『樺太を訪れた歌人たち』 再版!


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◎版元品切になっていた『樺太を訪れた歌人たち』が再版されました。
 (ながらみ書房、2500円)

◎1月25日の「京都新聞」朝刊の文化面に、『樺太を訪れた歌人たち』についてのインタビュー記事が載りました。

◎「読売新聞」の空想書店で永田紅さんに『樺太を訪れた歌人たち』を挙げていただきました。
http://www.yomiuri.co.jp/life/book/column/kuso/20170116-OYT8T50074.html

皆さん、ありがとうございます。

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2017年01月28日

越前・鯖江(その2)


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武生中央公園に立つ観覧車。
直径32メートルあって、遠くからでも目に付く。
秋の「たけふ菊人形」などのイベント開催時に限って運行されているそうだ。観覧車好きとしては、一度乗ってみたい。


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町を歩いていて、たまたま見つけた忠霊塔。
昭和16年の建立で高さは10.5メートル。
桜の名所として知られているらしいが、今は雪の中である。


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「西南ノ役」「日清戦争」「日露戦争」「満州事変」「上海事変」「支那事変」「大東亜戦争」の戦死病歿者の霊を祀っていて、背後の銘板には町別に氏名がずらっと並んでいる。


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旅館の前の道路。
中央に融雪装置(消雪パイプ)が設置されていて、雪を溶かしている。
北陸地方ではよく見られる光景だ。


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2017年01月27日

越前・鯖江(その1)

短歌関係の用事があって、2泊3日で福井県の越前市へ。
昨年に続いて2回目。


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武生駅から歩いて5分くらいの武生公会堂記念館。
昭和4年に建てられた武生町公会堂が今では博物館として使われている。


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「かこさとし ふるさと絵本館」。
4000冊の絵本や紙芝居、そして原画などを収蔵・展示している。
越前市はかこさとしの生まれ故郷なのだ。


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交通標識に描かれた「だるまちゃん」。
市民バスにも「だるまちゃん号」というのが走っている。


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道を歩いていて見つけた巨大な看板。
「二万石でも武生は城下 紙と刃物と式部そば」とある。
野口雨情作詞の「武生小唄」の言葉らしい。

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2017年01月24日

静かな家

今日から息子(中学3年)が3泊4日で東京研修旅行へ出掛けたので、家の中が静かである。これは落ち着いて読書や原稿書きができるなと喜んだのだが、明日からは私も2泊3日で福井へと出掛けるのであった。

ということは、帰ってくるのは息子と同じ金曜日。
静かな夜を過ごせるのは今日だけということか・・・。


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2017年01月23日

浅井淳子著 『たったひとりでクリルの島へ』

副題は「ホームステイでサハリン、北方領土を行く」。

1990年11月にテレビ番組のレポーターとして戦後の日本人女性としては初めて北方領土を訪れた著者が、翌1991年8月に、今度は個人で北方領土を訪れた記録である。

四半世紀以上前の記録なので現在とは状況が異なっている部分もあるが、それでも北方領土の旅行記は少ないので貴重である。全4章の構成で「1サハリン」「2択捉島」「3色丹島」「4国後島」となっている。

ホームステイ先の人々との交流や町の様子、軍事基地、サケの加工場、日本人の墓、カニ漁、ハイキング、温泉を訪れた話など、どれも興味深い。

もちろん、領土問題についての様々な意見も収められている。

【著者】
ソ連は、クリルをどう考えているのだろう。日本と根本的に違うところは、領土は伸び縮みすると考えている点だろう。(…)ロシアはさまざまな隣国、トルコや西ヨーロッパと戦い、敗れ、勝利して、世界一の大国になったのである。だから、領土は“固有”という考え方ではなく、戦争により書き替えられるという考え方なのである。
【サーシャ(択捉島のクリリスク博物館の助手)】
日本はイトルプを自分の土地だとばかり言うけど、それは一八〇〇年代にロシアとの条約で決めたことでしょ。たかだか二〇〇年の歴史だよ。その前の数千年、アイヌとアイヌの先祖が島には住んでいたんだ。(…)日本に返せというなら、アイヌの人たちに返せというのが正しいだろう?
【ニコライ(南クリル地区の人民代議員議会議長)】
私が一番言いたいのは、クリルには二世代、三世代の人たちがここを故郷として島で生まれ、生活しているということなんです。一九四五年から長い時間が経ち、島には私たちの歴史もあるんです。私たちからすると、日本の人たちはそういうことは念頭に置いてないような気がするんです。

四半世紀前のこうした話を読むと、北方領土問題の解決がいかに難しいかがよくわかる。私としては、旅行者の自由な往来が早く可能になることを願うばかりだ。

1992年9月20日、山と渓谷社、1200円。

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2017年01月21日

週末

今日は10:00から塔短歌会事務所で編集企画会議。
今後の誌面や全国大会、会計業務の委託先の変更などについて。
12:00終了。
隣りのタイ料理店「バンコクガーデン」で昼食。

13:00から京都旧月歌会。
参加者33名。
今回から歌会のやり方が少し変わった。
17:00終了。

その後、「ワールドコーヒー」で社員総会事務局についての打合せ。
いよいよ4月に一般社団法人塔短歌会が発足するので、それに
関する事務作業の分担等を決める。
18:30終了。

明日は10:00から「みやこめっせ」で文学フリマ京都の準備。
11:00に文学フリマ開始。
13:00から向かいのロームシアター京都で「塔」2月号の再校と
3月号の割付作業。

17:00に終了して、その後は新年会へ。
・・・う〜ん、好きなことばかりやっているなあ。


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2017年01月20日

「現代短歌」2月号(その2)

もう一つ感じたのは、沖縄に関する特集で樺太の話を出してもらえたことに対する喜びである。沖縄と樺太では全く関係ないと思う人もいるかもしれない。でも、歴史をさかのぼり、近代国民国家としての「日本」の成り立ちを考えれば、沖縄と樺太にはいくつもの共通点がある。

例えば、『樺太を訪れた歌人たち』の最初の「北見志保子とオタスの杜」の中で、私は北方少数民族に対する現在の目から見れば差別的な意識や扱いについて触れた。本の中に載せた当時の絵葉書には「オロツコ土人」というキャプションが付いている。

この「土人」という言葉は、昨年大きな話題となった。今回の特集の中でも何人もの歌人が、沖縄で警備にあたる機動隊員が「土人」という言葉を発した問題を歌に詠んでいる。つまり、戦前の樺太で起きていた出来事を国家の「中央―周辺」という問題として捉え直せば、それは現在の沖縄の問題にもつながってくる話なのだ。

私は「戦前」の「樺太」について調べているけれど、それは単に過去の、既に終ってしまった、現在とは無関係のことをほじくり返すということではない。すべては現在に深くつながる問題として興味を持っているのである。

昨年末に新聞の取材を受けた時もちょうどそういう話をしたところだったので、今回の光森さんの文章をとても嬉しく読んだのであった。

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2017年01月19日

「現代短歌」2月号(その1)

「沖縄を詠む」という特集が63ページにわたって組まれていて、じっくりと読んだ。この特集については、また別の場所で書こうと思う。

ここでは一点だけ。
光森裕樹さんの文章の最初に僕の名前が出ているのに驚いた。

松村正直がサハリンを訪れたことを知ったのは、昨年の夏だった。樺太についての連載が「短歌往来」で展開されていた頃から、その情熱が松村を現地に導く予感はあった。それが実現したということが頭の中を一日中巡り、夜更けになって急に涙が溢れた。

ええっ! 何で泣いているの? とびっくりする。
光森さんとは特に親しい間柄でもなく、批評会などの場で何度か会ったことがあるだけだ。

でも、光森さんの2ページの文章を読んでみて、いろいろと自分なりに納得するところがあった。

一つは、光森さんも書いているように、私は『樺太を訪れた歌人たち』という本を書いただけでなく、自分もまた「樺太を訪れた歌人たち」の一人になったのだな、ということである。これは、今回言われてみて初めて気づいたことだった。

短歌には、きっとこんなふうに人を動かす力があるのだろう。詠む人や読む人の心を動かすだけでなく、実際に人の身体を動かし、人生を動かすことがある。短歌はそれだけの力を持っているのだ。(つづく)

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2017年01月18日

白石あづさ著 『世界のへんな肉』


ネットの連載「世界一周“仰天肉グルメ”の旅」に加筆修正して書籍化したもの。http://otonano-shumatsu.com/column_list/gyotenniku.html
これまでに100以上の国や地域を旅してきた著者が、世界各地で食べた様々な肉について記している。

水牛(インド)、ラクダ(エジプト)、キリン(ケニア)、リャマ(ペルー)、アルマジロ(グアテマラ)、雷鳥(スウェーデン)、ビーバー(リトアニア)、カブトガニ(中国)など、国や食材もいろいろで、一つ一つのエピソードも楽しい。

元がネットの連載ということもあって、文章は軽快で短い。それぞれの国の歴史や文化、民俗といったところまで踏み込んだ話が読みたい気もするのだけれど。

2016年10月30日、新潮社、1200円。

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2017年01月17日

河北新報「うたの泉」

1月15日の河北新報の「うたの泉」で、駒田晶子さんに歌を引いていただきました。
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1174/20170115_01.html

それ以上言わない人とそれ以上聞かない僕に静かに雪は

第1歌集『駅へ』に入っている歌で、今から20年前、函館に住んでいた頃に詠んだものです。

週末は京都もちょうど雪で、15センチくらい積もりました。

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2017年01月16日

『ポケモンの神話学』 のつづき

「ポケモン」の生みの親であるゲームクリエイター田尻智さんは東京都町田市で少年時代を過ごしている。その生活環境はポケモン誕生にも大きく関わっていたらしい。本書で引かれているインタビューの中で、田尻さんは次のように語っている。

田尻 町田はその頃、名前だけは東京都のうちってことになっていましたけれど、まだまったくの郊外の田舎で、広々とした田んぼや森が残っていたんです。ぼくはそういうところで育って、田んぼや森で虫を取ったり、ザリガニを飼育するのが好きな子どもでした。
田尻 ぼくの住んでいた町田も、急激な変化をおこして、都市化して、土がどんどんなくなっていきました。田んぼや森があったところが造成地になって、つぎつぎに家が建てられていきました。

ああ、そうだったのかと、個人的にとても納得するところがあった。私も町田市で少年時代を過ごしたので、こうした話が自分自身の体験としてよくわかるのである。田尻さんは私より5歳年上であるが、育った環境には共通点が多い。

以前、私の兄が書いた文章の中から、私の育った地域の様子を引いてみよう。http://nora-yokohama.org/reading/archives/2009/0701000009/

家から高級住宅街を抜けると、里山があるはずでした。この坂を登り切ると、そこには畑が拡がっているはずだ、と思って歩くと、そこは住宅地になっていました。この坂を下りていくと、そこにはぬかるんだ湿地があるはずだ、と思って歩いていくと、やはりそこも住宅地になっていました。
かつて、私の町の周りは東西南北どこへ行っても、田畑や雑木林が拡がっていました。友だちと一緒に自転車を飛ばし、普段遊び慣れている町を越えると、カブトムシを取る雑木林や、ザリガニを釣り、オタマジャクシをすくう谷戸がありました。

少年時代の暮らしの近くにあった田畑や雑木林。それらはやがて開発のために失われてしまったのだが、今でも私の記憶の深くに眠っている風景である。ポケモンというゲームが私にとってどこか懐かしい感じがするのは、なるほどそういう理由だったのだ。

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2017年01月15日

中沢新一著 『ポケモンの神話学』


副題は「新版 ポケットの中の野生」。

2004年に新潮文庫から刊行された『ポケットの中の野生 ポケモンと子ども』に加筆修正し、新たな序文を収録したもの。昨年の「ポケモンGO」の大ヒットを受けて、20年前に出た本(単行本は1997年の刊行)が新装版になって登場したわけだ。

と言っても、単なる便乗商法というわけではない。本書には「ポケモンGO」の登場を予言するような内容も含まれているのである。

私がじっさいにこのゲームについて話をしてみた子どもの何人かは、『ポケモン』に夢中になりだしてからというもの、近所にあるちっぽけな藪や公園の草むらから、ふいに「ポケモン」みたいな変な生き物が飛びだしてきそうな気配を感じるようになって困った、と話をしてくれた。この子どもたちにとっては、ゲーム機の中でおこっていた「多神教的感覚」が、そのまま現実の町の中で働きだしてしまったのである!

ゲームの世界と現実の世界が融合する。ポケモンというゲーム自体が、もともとそうした可能性を秘めていたということなのだろう。

それにしても、レヴィ=ストロースの「野生の思考」など人類学や神話学の理論によって、ポケモンというゲームを分析するというのは魅力的な試みだ。学問は本棚に埃をかぶっているものではなく、今の社会や暮らしを生き生きと解き明かすものなのだ。

RPGの旅に出た主人公の心の構造と、道の途中でそれに襲いかかってくる敵対者とは、もともと同じ本質を持ったもので、ただあらわれ方がちがうというだけで、いっぽうはエロスと呼ばれ、もういっぽうがタナトスと呼ばれることになっている。
宇宙創造以前の力が、ことばによって物質性に執着をおこすと悪魔が生まれる。その反対に、ことばによって知性化を果たすと天使になる。悪魔と天使は、このようにもともとは同じ存在なのだ。
贈与される品物には、贈り主の人格の一部がかならず付着している。品物と人格が一体となって、じつは贈与品というものはできあがっているのである。

2016年10月20日、角川新書、800円。

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