2018年01月02日

「塔」2017年12月号(その1)


 いつしんに母のぬりゑの続きをり音なくすべる秒針の下
                         干田智子

施設に入っている母が塗り絵をしている姿。「音なくすべる秒針」がいい。外界とは別の時間が流れ、母と自分はもう別の世界にいるという寂しさを感じる。

 前の席にノースリーブの腕が出てブラインドおろす特急かもめ
                         寺田裕子

「ノースリーブの腕」だけが一瞬見えたのだ。それまでは座席に隠れてどんな人が座っているかわからなかったのだが、きっと若い女性だったのだろう。

 帰宅せぬ父の里芋をラップにて包めば滴で見えなくなりぬ
                         北辻千展

おそらく仕事などで遅くなる父の夕食にラップを掛けているところ。「滴で見えなくなりぬ」という描写がいい。まだ温かいので、内側に湯気がこもるのだ。

 旧姓に呼ばるることはどちらかと言へば苦しきことと知りたり
                         吉澤ゆう子

学生時代の友人など独身の頃からの親しい相手との関係。「どちらかと言へば苦しき」に、嬉しさよりもわずかに苦しさが上回る複雑な胸のうちが滲む。

 かき氷に白味噌かけて食べし日の祖父母の家の畳広かりき
                         山下裕美

色鮮やかなシロップでなく白味噌をかけるというのが珍しい。祖父母の家ならではの食べ方だったのだろう。家の様子とともに懐かしく思い出している。

 「お若いわ」と言われる程に年齢(とし)重ね 無人駅にくずの花匂う
                         古林保子

確かに実際に若い人に向かっては言わない言葉だ。年齢より若く見られることを喜びつつも、もう若くない自分を感じている。下句との取り合わせもいい。

 それぞれにこころは遠くありながらひとつしかない夕餉の卓は
                         澄田広枝

一緒に夕食を食べながらも心では別々のことを考えている家族。食卓がかろうじて家族を一つに繋ぎ止めているようでもある。ひらがなの多用が効果的。

posted by 松村正直 at 08:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

謹賀新年


新年明けましておめでとうございます。

2010年に始めたこのブログも、今年で9年目になります。
引き続き、よろしくお願いします。


 P1060013.JPG

posted by 松村正直 at 07:19| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

啄木と龍之介


 誰か知らぬまに殺してくれぬであらうか! 寝てる間に!
              石川啄木「明治四十一年日誌」 6月27日

 誰か僕の眠つてゐるうちにそつと絞め殺してくれるものはないか?
                芥川龍之介『歯車』(1927年)

posted by 松村正直 at 21:39| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松平修文歌集 『トゥオネラ』


著者 : 松平修文
ながらみ書房
発売日 : 2017-06-23

2007年から2016年までの作品485首を収めた第5歌集。
作者は今年11月23日に亡くなった。

尻穴からあぶく出しをり、数知れぬ卵が混じるあぶく出しをり
同じやうな歌ひ手が、同じやうな歌を、同じやうな声でうたふ 同じやうに振付けられて
コンテナに収納されて運ばれてゆくものは、象牙でも珊瑚でもなく僕の高く売れない古本ですよ
鍵の束を提げて老女が明けがたに湖底への石階(きざはし)を下(お)りゆく
眠りに堕ちてゆき たどりつく湖底美術館の、壁面は静寂を展示す
図鑑にきみが出てゐたよ、と捕虫網からその蝶を取り出すときに言ふ
髪に手に霧はざらつき丘の上につづく薄荷の畑のぼりゆく
彼は彼女を知らない 彼女は彼を知らない 同じ都市(まち)の住人だが、擦れ違ふ事さへもない
病者、老者、貧者を救ふ法案を審議してゐる 子供議会は
霧を固めて作つた菓子のひと切れをすすめられをり 深更(よは)の茶房に
灰色の飯に灰色の湯をかけて食ふ くたくたになり帰つた僕は
犯人が来て去り、刑事らが来て去り、少女が来て去り、ゆふぐれて、雑貨店閉づ

一読して、何かとんでもないものを読んでしまったという感じのする歌集だ。美しさと不気味さ、そして死の影が交錯する。

沼のイメージ、物語的な場面設定、リフレインの多用、大幅な字余りや破調など、分析すればいろいろとあるのだが、そんな批評は到底及ばない世界。作者渾身の、一回限りの歌集と言っていいだろう。

2017年6月23日、ながらみ書房、2600円。

posted by 松村正直 at 08:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

山梨へ(その2)


車に乗って観光も少し。

 IMG_20171227_140302.jpg

明治9年に建てられた「𣇃米(つきよね)学校」。

後に増穂尋常小学校(明治21年〜)、増穂村役場(大正9年〜)、増穂町民俗資料館(昭和49年〜)となり、現在は富士川町民俗資料館(平成22年〜)となっている。

館内には昔の教室の様子が復元された部屋や、教科書や遊び道具が展示された部屋などがある。


 IMG_20171227_142506.jpg

太鼓堂と呼ばれる三階の望楼部分へ続く螺旋階段。
係の方が一つ一つ丁寧に説明しながら案内して下さった。

太鼓堂は六角形をしていて六面に窓がある。窓からの眺めは素晴らしく、周囲の町や山なみが一望できる。ここに置かれた太鼓を打って昔は時刻を知らせていたのだと言う。もっと新しい建物なら時計台になっていたのだろう。


 IMG_20171227_140356.jpg

建物の入口わきに立つ二宮金次郎像。
台座には「勤勉力行」と刻まれている。


posted by 松村正直 at 09:21| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

山梨へ(その1)


二泊三日で山梨の母の家へ行ってきた。
わが家の3人と兄夫婦と母の計6人が久しぶりに全員揃う。

IMG_20171227_102846.jpg

身延線の特急「ふじかわ」から撮った富士山。
三日間とも良い天気に恵まれた。

全員でポーカー、大富豪、ブロックス(ボードゲーム)、麻雀、たほいや(広辞苑を使った遊び)などをして過ごす。母も思ったより元気そうでひと安心。

posted by 松村正直 at 22:56| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

宇田川寛之歌集 『そらみみ』



2000年から2015年までの作品415首を収めた第1歌集。

春の花交互にあげる遊びせむクリーニング屋へゆく道すがら
馬のにほひの漂ふごときゆふやみを宅配ピザのバイクはゆくも
トリミングしたき記憶のいちまいを取り出す合歓の花ひらくころ
転居通知を投函せしが〈転居先不明〉と戻りきたるいちまい
返信を投函せぬまま終はりたる会ありて会のにぎはひおもふ
歌をやめてしまひし人と酌む酒よ戻つて来いとわれは言はずも
口論と議論の差異をおもふ日の百葉箱に雪は積もりぬ
公園に夜のしほさゐを聞きたれば赤き浴衣の子の手をひきぬ
てのひらのうへに落ちたるはなびらを見つめるひとが風景となる
少年のわれは煙草を売りたりき背伸びをせずにただ淡々と

1首目、恋人といる時の明るく健康的な気分が満ちている。
2首目、「馬」と「宅配ピザのバイク」の取り合わせがおもしろい。
3首目、合歓の花の時期になると思い出してしまう記憶なのだろう。
4首目、相手は転居したのに知らせてくれなかったわけだ。
5首目、「返信を投函せぬまま」に何らかの屈折した感情が滲んでいる。
6首目、短歌を続ける人生とやめる人生、どちらが幸せかはわからない。
7首目、上句の情と下句の景がうまく合っている。百葉箱の白と雪の白。
8首目、急に子がいなくなってしまうような不安を感じたのだろう。「しほさゐ」は幻の音かもしれない。
9首目、花びらを一心に見ている姿が、どこか遠い人のように思われる。
10首目、作者の実家は煙草屋。下句の大人ぶらない感じがいい。

作者と私は同じ1970年生まれ。会社を辞めて自分で出版社(六花書林)を立ち上げて十数年になる。仕事の苦労や中年男性の哀感の滲む歌が多く、身に沁みた。

アコースティックギター爪弾く街角の少女は髪に六花(りくくわ)をまとひ

「六花」(りっか)とは雪のこと。美しい光景であると同時に六花書林へのエールでもある一首だろう。

2017年12月15日、いりの舎、2500円。

posted by 松村正直 at 08:00| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

毎日新聞校閲グループ著 『校閲記者の目』



副題は「あらゆるミスを見逃さないプロの技術」。

「舟を編む」が映画になったり「校閲ガール」がテレビドラマになったりと、最近言葉に関する興味が高まっているように感じる。

本書は毎日新聞の校閲グループのメンバーがWEB「毎日ことば」Twitterで発信した内容を書籍化したもの。よく売れているようで3か月で5刷となっている。

最初にダミー紙面を使った練習問題があるのだが、これが難しい。半分も見つけられなかった。間違い探しのクイズと違って、間違いが何か所あるかもわからない世界。

たとえ、99カ所直すことができても、一生懸命調べて大きな誤りを直したとしても、たった1カ所見逃して、たった1カ所誤りかおかしな表現が紙面化され、それが読者の目に触れることになれば……それは99点ではなく、0点です。

例として挙がっている誤りは

×建国記念日→〇建国記念の日
×2017年のえと「酉」の置物→〇2017年のえと「酉」にちなんだ置物
×万歩計→〇歩数計

などなど。

最後に「現役校閲記者の短歌」として、澤村斉美さんの歌集『galley(ガレー)』の歌が紹介されている。

遺は死より若干の人らしさありといふ意見がありて「遺体」と記す
人の死を伝へる記事に朱を入れる仕事 くるくるペンを回して
死者の数を知りて死体を知らぬ日々ガラスの内で校正つづく

校閲記者の仕事の大変さとやりがいが、よく伝わってくる一冊であった。

2017年9月5日第1刷、2017年12月10日第5刷。
毎日新聞出版、1400円。

posted by 松村正直 at 08:22| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

川野里子歌集 『硝子の島』



2010年から2016年までの作品を収めた第5歌集。

太平洋といふ海ぬつとあらはれぬ嘉永六年黒船の背後
老い老いて次第に軽くなる母が一反木綿となりて覆ひ来
あの一機いまに飛ぶべし拍動のおほきくなりゆく飛行機があり
滑り台、ぶらんこ、砂場 一日(ひとひ)かけ老人見てをり形見のやうに
ブロンズ像にされし河童は不安なり細き手足をつぶさに晒し
コンビニの光につよく照らされて殺菌処理され夫出でて来ぬ
露草の青失せやすく空の色抜けながら女たたずむ浮世絵
湯治場に兎飼はれてをりしこと癒やしのやうに行き止まりのやうに
入居者様「様」をもらひて母がゆくリノリウムの照りながき廊下を
家族なりし時間よりながき時かけてひとつの家族ほろびゆくなり

1首目、ペリー来航によって初めて意識された太平洋という海。
2首目、ゆらゆらと空を飛ぶ妖怪。身体は軽いが気持ちの上では重い。
3首目、エンジンの唸りが次第に高くなってゆくのを擬人化して詠んだ歌。
4首目、「形見のやうに」は、見納めのようにという感じだろう。
5首目、普段は水中に潜んでいる生き物なので、全身をさらしていると落ち着かないのだ。
6首目、「殺菌処理」がおもしろい。コンビニの明るさがうまく描かれている。
7首目、春信の浮世絵には露草から取られた青色が使われていた。
8首目、元気になって復帰する人もいれば、もう治らず終点となる人もいる。
9首目、施設に入居した母の後ろ姿を見送っているところ。
10首目、家族であった時間は20年くらい。その後の時間の方が長い。

川野の歌は日常身辺のことにとどまらず、社会や世界に向かっていくところに特徴がある。でも、読んで心ひかれるのは年老いた母を詠んだ歌が多い。

2017年11月10日、短歌研究社、2800円。

posted by 松村正直 at 21:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

落花生と息子


夕食後に殻付きの落花生を食べていると、横から息子が覗き込んで「一つ、ちょうだい」と言う。殻を割ったのをあげると、パクっと食べて「けっこうウマいな」と言う。


 息子「柿ピーのピーみたいだな」
 私 「ピーナッツのこと?」
 息子「そう、これピーナッツに似てるわ」
 私 「似てるって、落花生だもん。ピーナッツだよ」
 息子「えっ?」
 私 「えっ?」
 息子「落花生ってピーナッツなの?」
 私 「当り前じゃん」
 息子「マジ?」
 私 「マジ」
 息子「落花生ってピーナッツだったの!」
 私 「知らなかったの?」
 息子「うわー、ありえねえー」
 私 「何が?」
 息子「落花生がピーナッツって、猫が犬がみたいなもんじゃん」
 私 「??」
 息子「猫ってのは犬の小さな時期の呼び方だよって言われた気分」


高校1年の息子との会話は、いつもスリリングだ。

posted by 松村正直 at 19:24| Comment(4) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プレ大掃除


週末を利用したプレ大掃除として、本の部屋の短歌雑誌を整理する。総合誌を5誌(角川短歌、短歌研究、歌壇、短歌往来、現代短歌)定期購読しているので、あっと言う間に本棚から溢れてしまう。

とりあえず、前回整理して以降の9年分、約500冊をダンボール箱に詰めて、妻の実家へ運ぶことにする。箱詰めだけでも大変だが、それを車に載せて、運搬して、車から降ろして二階へ持って上がるという作業になるので、ほぼ一日がかりである。

あわせて、「塔」のダブっている分(夫婦で会員なので)約50冊、お歳暮でもらったビール、借りていたタッパーなども運ぶ。

今日は天気が良くて何より。

posted by 松村正直 at 12:13| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

佐藤雅彦著 『新しい分かり方』


著者 : 佐藤雅彦
中央公論新社
発売日 : 2017-09-20

NHK教育テレビの「ピタゴラスイッチ」を息子と見ていてすっかり好きになって以来、佐藤雅彦の活動に注目してきた。今回の本は

この書籍には、「こんなことが自分には分かるんだ」とか「人間はこんな分かり方をしてしまうのか」というようなことを分かるための機会をたくさん入れようと構想しました。

というもので、全部で60の作品と6篇のエッセイが収められている。

ものごとの理解の仕方や伝え方、コミュニケーションのあり方など、様々なことを考えさせられる内容で、実に刺激的な一冊である。この本自体が、「分かること」「伝えること」の格好の実例になっていると言ってもいいかもしれない。

「わかる歌」「わからない歌」といった議論が繰り返される短歌の世界にとっても、ヒントになることがたくさん書いてあると思う。

2017年9月25日、中央公論新社、1900円。

posted by 松村正直 at 22:29| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月21日

歌会行脚


京都の歌会以外に、「塔」のあちこちの歌会に参加することがよくある。
試しに今年4月から来年3月までの一年間を見てみると

 4月 横浜
 5月 北陸(富山)
 6月 北海道
 8月 郡山(全国大会)
 9月 岡山
10月 東海(名古屋)
12月 滋賀
 1月 和歌山
 2月 横浜
 3月 宮崎、鹿児島

となっていて、北海道から九州まで、全国各地の歌会に参加している。

普段参加している歌会も楽しいが、初めて参加する歌会や久しぶりに参加する歌会も、緊張感や刺激があって楽しい。

posted by 松村正直 at 21:01| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

山田富士郎歌集 『商品とゆめ』


11171401_5a0e6d26bb7ff.jpg

第2歌集『羚羊譚』以来、実に17年ぶりの第3歌集。

たちまちに雨は湖面をわたりきてわれわれはただ一度だけ死ぬ
一族の写真のなかに農耕馬うつり鼻面なでられてをり
渡り鳥のごとく消えたりホテルセブン・エイトの老いたるフロントマンは
荒波のよせたる芥にひろひたる胡桃いづくの谷にか落ちし
桜咲きひゆるゆふべの窓ちかく小鳥のこゑは銀貨をちらす
円いポストの底にしやがんでゐる子供子供のころは空想せりき
山かげの火薬庫あとにであひたるかもしかわかくおそれをしらず
伝良寛筆の書わがいへに伝はれり正しくはわが家にもつたはる
飲みのこす珈琲ぱさと河にすて似顔絵書きは絵筆とりたり
桐の樹のかたへに立てる十分はあたたかし朴との十分よりも

1首目、上句の光景と下句の感慨の取り合わせ。誰にでも一度きりの死がやって来る。
2首目、古い写真を見ているのだろう。馬も家族の一員なのだ。
3首目、場末の古びたホテルをイメージして読んだ。映画の一場面のよう。
4首目、山→谷→川→海→浜という長い旅路に思いを馳せている。
5首目、花冷えの時期の小鳥の美しいさえずり。「銀貨をちらす」がいい。
6首目、ちょうどそれくらいの大きさということか。面白い空想。
7首目、下句のひらがな表記が印象的。恐れを知らない若さは人間も同じか。
8首目、良寛の書と言われるものが無数にあるのだ。もちろん本物はほんの一握り。
9首目、お客さんが来たので仕事に取り掛かるところか。「ぱさと」がいい。
10首目、桐と朴の雰囲気の違い。河野裕子さんの〈傍に居て 男のからだは暖かい見た目よりはずつと桐の木〉を思い出した。

作者は新潟県新発田市在住。新発田は作者の故郷かと思っていたのだが、そうではなかった。あとがきに

三十年前にUターンして住みついたのは郷里の新潟市ではなく、東へ三十キロほどの新発田市である。近いといえば近いが、二つの町はいろいろと違う。

とある。自らの住む土地に対する愛憎半ばする思いは、この歌集の大事なテーマと言っていい。

2017年11月15日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 20:56| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月19日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

posted by 松村正直 at 22:52| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月18日

ジブリの立体建造物展


あべのハルカス美術館で開催中の「ジブリの立体建造物展」へ。

「風の谷のナウシカ」から「思い出のマーニー」まで約20作品の制作資料約450点が展示されている。中でも、「魔女の宅急便」のグーチョキパン店や「千と千尋の神隠し」の油屋、「となりのトトロ」のサツキとメイの家、「天空の城ラピュタ」のスラッグ渓谷の鉱山などの立体模型は見応えがある。

美術館に行って初めて知ったのだが、この展覧会は藤森照信氏が監修をしていて、建築史的観点から詳しい解説を加えている。ジブリ好きで藤森ファンでもある私にとっては非常に嬉しい内容であった。

アニメは二次元の世界であるが、三次元の立体になっても齟齬を来たすことがないように、細かな点にまで隠れた配慮が行き届いている。そのことに改めて感心した。

 アニメの世界は“虚構”の世界だが、その中心にあるのは“リアリズム”であらねばならないと私は思っている。 /宮崎駿
 刺激的な演出ではなく人々の日常の暮らしの中にこそ、発見に値するものがある。 /高畑勲

posted by 松村正直 at 21:39| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

「六花」vol.2 の続き


大松達知さんが「見せ消ちの光―『風のおとうと』を例に」という文章を書いている。短歌に出てくる否定表現をもとに『風のおとうと』を分析したもので、短歌全般に通じるすぐれた内容となっている。

歌集を読むことには、点滅する幻の光をつぎつぎに追うような感覚がある。現実の生活とは異なる定型のリズムに一瞬入り込み、すぐに出る。そしてまた次の歌のリズムに入り、すぐに出てゆく。その繰り返し。直前の光の残像はありながら、一瞬一瞬、消えてまた灯る光を見つづけるのが歌集の読み方だろう。

短歌における否定表現については、永田さんの見せ消ち理論(?)のほかに、真中さんの歌からもだいぶ学んだように思う。

前号に続いて僕も文章を書いている。タイトルは「狂歌から短歌へ」。

短歌史を考える際には、「和歌から短歌」という一本の流れだけでなく、「狂歌から短歌」というもう一つの流れを視野に入れておく必要がある。

というのが結論。文中にも引いているが、これは安田純生さんと吉岡生夫さんの文章や講演から学んだ部分が多い。特に口語短歌の歴史を考える際に、狂歌は無視できない存在だろうと思っている。

posted by 松村正直 at 09:00| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月14日

「六花」vol.2


著者 :
六花書林
発売日 : 2017-11-21

「とっておきの詩歌」というテーマで歌人・俳人20名が文章を寄せている。いずれも書き手の熱意が伝わってくる文章ばかりで、読み応えがある。時流に全く乗っていない感じがまたいい。

取り上げられている詩歌をいくつかご紹介しよう。

 いづくにか潜みてゐたるわれの泡からだ沈むるときに離れ来
                          二宮冬鳥
 雪原と柱時計が暮れはじむ        松村禎三
   白に就て
 松林の中には魚の骨が落ちてゐる
 (私はそれを三度も見たことがある)
                          尾形亀之助
 ふれあえば消えてしまうと思うほどつがいの蝶のもつれて淡し
                          筒井富栄

編集後記によれば、六花書林は創業十二周年を迎えて十三年目に入ったと言う。「創業の直前に生まれた子が来春には小学校を卒業する」とあって、しみじみとした気分になった。

2017年12月5日、六花書林、700円。

posted by 松村正直 at 20:55| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉田勝次著 『素晴らしき洞窟探検の世界』



洞窟探検家として国内外1000以上の洞窟に入ってきた著者が、洞窟探検の方法や魅力について記した本。

岐阜県の霧穴、沖永良部島の銀水洞、ハワイのカズムラ洞窟、イランの3N洞窟、オーストリアのアイスコーゲル洞窟、メキシコのゴロンドリナス洞窟、ヴェトナムのソンドン洞窟、中国の万丈坑など、形も種類も大きさも様々な洞窟が紹介されている。

怖がりで高い所も狭い所も苦手と言う著者であるが、まだ誰も足を踏み入れたことのない世界を見たいという一心で洞窟探検にのめり込む。探検は冒険とは違う。慎重に準備をして、訓練や装備にも万全を期す。それでも予期せぬ危険や絶体絶命のピンチに遭遇することがしばしばあり、それが本書の読みどころともなっている。

「洞窟探検を、死ぬまでずっと続けたい」という言葉を読むと、人生には本当に好きなことが一つあれば十分なのだということがよくわかる。

2017年10月10日、ちくま新書、920円。

posted by 松村正直 at 00:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

松村正直歌集『風のおとうと』を読む会


(前回のご案内の際に申込先のメールアドレスに不備があり、送信エラーになるとのご指摘をいただきました。すみません。修正しました。)

==============================

松村正直の第4歌集『風のおとうと』(六花書林)を読む会を、来年2月3日(土)に東京で行います。

15年前に第1歌集『駅へ』の批評会を真中朋久さんの『雨裂』と合同で開いて以来、歌集の批評会などは行ってきませんでしたが、今回思うところあって自分で開催することにしました。『風のおとうと』について話したい、聴きたい、語り合いたいという方は、ぜひご参加下さい。

パネラーは立てず、数名の方に15分程度のレポートを行っていただき、その後は全員で自由にディスカッションという流れを予定しています。会場の玉川学園は私が20歳まで暮らした故郷の町です。どなたでもお気軽にお越し下さい。

日時 2018年2月3日(土)13:30〜17:00(13時開場)
場所 玉川学園コミュニティセンター 第2・第3会議室
    *小田急線「玉川学園前」駅から徒歩2分
会費 500円(レポーターを担当して下さる方は無料)
申込み 松村正直まで メール masanao-m@m7.dion.ne.jp

定員(約30名)に達しましたら、申込みを締め切らせていただきます。レポーターも募集しておりますので、参加申込みの際にお知らせ下さい。

皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

posted by 松村正直 at 19:20| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする