2019年04月09日

映画 「ソローキンの見た桜」


監督:井上雅貴
出演:阿部純子、ロデオン・ガリュチェンコ、六平直政、イッセー尾形ほか

日露戦争時に松山にあったロシア兵捕虜収容所を舞台に、日本人看護師とロシア軍少尉との恋を描いた作品。ラブストーリーとしては定番の内容だが、当時の時代状況や暮らしぶりが描かれているところが面白い。雑誌「明星」や晶子の「君死にたまふことなかれ」も出てきた。

111分、MOVIX京都。

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2019年04月08日

いとうせいこう・みうらじゅん著 『見仏記7』


2015年にKADOKAWAより刊行された単行本『見仏記メディアミックス篇』を改題して文庫化したもの。人気シリーズの7冊目。

副題に「仏像ロケ隊がゆく」とある通り、関西テレビで放映された「新TV見仏記」の収録の旅の様子も収めている。訪れた先は、滋賀(長浜)・兵庫(姫路)・広島(尾道)・奈良・京都。

軽妙な二人のやり取りは健在だが、今回はそれだけではない。

昔は何も感じていなかったが、私たちもこのコロリ≠ェ気になる年齢になってきていた。自分が老いた時に誰かに介護の苦労をかけたくないというのが、実にリアルな問題だった。
私は切れ目を探すため、老眼の目からパックを遠ざけた。その私の手元をみうらさんもまた顔を遠ざけて見ていた。
横で、かつての少年は膝をこすり出していた。痛むと聞いていた。一番それが昔と違った。人間は老いる。私にもその痛みはわかった。

1992年から始まった見仏記も四半世紀を超え、旅する二人も50歳代半ばとなった。そうした年齢的な意識が一つのテーマになっている。

2018年3月25日、角川文庫、640円。

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2019年04月07日

選挙


京都府議会・京都市議会議員選挙の投票日。
かつて息子が通っていた藤城小学校へ久しぶりに行く。

小学校周辺の桜は満開。
そして「入学おめでとう」と書かれた鉢植えがならび、
サクラソウが咲いている。明日がちょうど入学式だ。

家の近くの坂道では、ランドセルを背負った男の子が
楽しそうにお母さんと歩いていた。
ランドセルの練習だろうか。

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2019年04月05日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。
まったく初めての方も大歓迎です。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日 *奇数月を松村が担当しています。
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」 毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2019年04月04日

馬場昭徳歌集 『夏の水脈』

2013年から2018年までの作品400首を収めた第5歌集。

 十年前のわれと十年後のわれの中間のわれ微恙を脱す
 台風の余波なる風に運ばれて雲といへども忙しさうなり
 長崎の街にわざわざ来てくれし岩手ナンバーの横に駐車す
 長崎駅一番ホーム行きどころなくてレールは砂利に突つ込む
 昨日蕎麦この日は餅を椀に入るひと日ふた日と逝かしめながら
 わが店の自販機なれど百三十円入れて朝々コーヒーを買ふ
 行列を作りてまでもラーメンを食べたき人の五人目となる
 ガラスといふガラスが砕け散りしときなんと無防備な人間の皮膚
 もがれたる片腕抱きて死にてゐし人のことなど父は語りき
 悪口を言はれたること三日ほど恨み四日目けふも変らず

師の竹山広ふうなシニカルな視点を感じさせる歌が多い。

1首目、「微恙」は軽い病気。同じ十年でも老いの速度が違ってくる。
3首目、遠いところからわざわざ観光に来てくれてというユーモア。
5首目、「蕎麦」と「餅」から、大晦日と元日であることがわかる。
7首目、他者への皮肉かと思って読むと、作者もその一人なのが面白い。
8、9首目は原爆の歌。もげてしまった自分の腕を大事に抱えていたのが悲しい。

2019年3月30日、なんぷう堂、1000円。

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2019年04月03日

藻谷浩介著 『完本 しなやかな日本列島のつくり方』


2014年刊行の『しなやかな日本列島のつくりかた』と2016年刊行の『和の国富論』(ともに新潮社)を合わせて、文庫化した一冊。様々な現場で活躍する13名と著者との対話集。

道路や駐車場に何十億、下手したら一〇〇億円以上かけるということには誰も何も言わなくて、鉄道会社は一億、いや、一銭でも収支がマイナスであれば「赤字だ」と文句を言われる。
              宇都宮浄人(経済学者)
旅行する人はわかると思いますが、「あっ、良い街だな」と思うのは、いろいろな機能が混在している街です。オフィスもあれば住居もある。
              清水義次(都市・建築再生プロデューサー)
どちらも統合されれば、今までのように子どもの足では通えなくなります。(・・・)地域に学校がなくなれば、子育て世代を引き留めておくことは相当に難しくなるでしょう。
              山下祐介(社会学者)

日本社会の現状と今後の課題を明らかにするだけでなく、それを乗り越えるための実践的な方法が示されている。内容的には決して明るくないのだが、様々な取り組みを行っている人が全国各地にいることを思うと心強い。

2018年9月1日、新潮文庫、710円。

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2019年04月02日

現代歌人集会春季大会 in 鳥取


 kajin-shukai-spring 2019.png
  (クリックすると大きくなります)


6月23日(日)に鳥取で現代歌人集会春季大会を開催します。
大会テーマは「前川佐美雄と塚本邦雄〜鳥取からはじまった〜」。

 ・基調講演 林和清
 ・講演 三枝ミ之
 ・パネルディスカッション 荻原伸・道券はな・小谷奈央・楠誓英(司会)

という内容です。
参加費は2000円。

皆さん、ぜひお越しください。
鳥取でお会いしましょう!

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2019年04月01日

桜から桜へ


午前中、御所(京都御苑)にお花見へ。

地下鉄「今出川」駅で降りて今出川門から入り、南へと下りながら、近衛邸跡のシダレザクラや「出水のシダレザクラ」を見てまわる。


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他にも、ヤマザクラ、モモ、ハクモクレン、ユキヤナギ、ツバキなどがあちこちに咲いている。天気も何とか大丈夫で良かった。

その後、富小路口から出てランチを食べ、午後からは新京極三条のMOVIX京都へ。「ソローキンの見た桜」を見る。桜から桜への一日だった。

posted by 松村正直 at 21:19| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

高橋順子編著 『日本の現代詩101』


明治から戦後にいたる詩人101名のアンソロジー。
一人に付き1〜2篇が収録され、解説・鑑賞が付けられている。

収められているのは、北原白秋・石川啄木・萩原朔太郎・佐藤春夫・高橋新吉・金子みすゞ、山之口獏・中原中也・立原道造・石垣りん・田村隆一・谷川俊太郎など。近代以降の詩の流れをひと通り把握することができる。

 「近代詩」「現代詩」の呼称にmodernなヨーロッパが関わり合っていることになるわけだが、英語でいえば「現代」も「近代」も同じくmodernである。
 私は文語詩から口語詩への変化のほうが、ヨーロッパの変革思想の受容よりも大きなものではなかったかと思う。
少し前の時代はおろか現在只今であっても他者の詩は読まずに、新しい詩を書いている詩人もいるようだ。新しさは確かに詩の一つの価値である。しかし新しさが新しい貧しさでないことを祈るばかりである。
「塵溜(はきだめ)」というテーマなどは文語詩では考えられなかったものである。醜の観念に属するものは、美文調ではうたいにくい。文語から口語への移り行きは語尾変化の問題だけでなく、質的にも大きな転換が必要だったことが分かる。

こういった文語・口語や新しさに関する話は、短歌の問題を考える上でも参考になる部分だろう。

   春
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

安西冬衛のこの有名な詩が、初出時には「韃靼海峡」ではなく「間宮海峡」であったことを、本書を読んで初めて知った。「韃靼」という難しい漢字と「だったん」という音が、この詩には欠かせない。

2007年5月5日、新書館、1600円。

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2019年03月30日

現代短歌フェスティバル イン 京都


13:00から京都教育文化センターで行われるシンポジウムへ。
主催は現代歌人協会、テーマは「平成短歌を振り返る」。

三部構成で、最初は大島史洋(現代歌人協会理事長)と林和清(現代歌人集会理事長)の対談。司会は栗木京子。

続いて若手8名による五分提言。大森静佳・楠誓英・澤村斉美・嶋田さくらこ・勺禰子・土岐友浩・吉岡太朗・鳥居。

最後に、坂井修一・東直子・島田幸典によるパネルディスカッション。司会は吉川宏志。

それぞれ考えさせられる内容が多くて面白かったと思う。
「塔」の人やカルチャーの方にもたくさん会った。


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2019年03月29日

永田和宏歌集 『某月某日』

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第14歌集。
「歌壇」2015年1月号から12月号まで連載された作品をまとめた一冊。2014年10月から一年間、毎日一首以上の歌が詠まれ、日付や詞書を付けて発表されている。(引用は歌のみ)

教師の話を疑ふところから始めよと言へどそれをもノートに写す
麻酔より覚めつつあらむころかなと猫を思へりあかつきがたに
アンパンマンの鼻が袋をはみ出して幼なの去りし部屋は広しも
発電量ゼロが続ける数日をヤマネのごとく籠り過ごしぬ
冬芝の枯れ色のなかを歩みきてゴルファーは多く原色を着る
背広組制服組とふ分けかたの背広組こそ危険かもしれぬ
余りたる乳を絞りて朝顔に君がそそいでゐた裏の庭
七日分出しときませうそれにしてもギリシアいいですねえと処方箋
もう少しつきあへと言へばいいよと言ふぶつきら棒の棒のやさしさ
わが縁に来る三匹におのづから序列がありて餌皿(ゑざら)は二つ

1首目、大学生に向けての講演の場面。苦笑いするしかない。
2首目、飼い猫が入院・手術した際の歌。「猫」が下句で出てくるのがいい。
3首目、上句の描写に孫の去ったあとの寂しさが滲む。
4首目、樹洞にすっぽり収まっているヤマネの感じ。
5首目、カラフルなダウンベストなどが枯れ芝の中で目立つ。
6首目、かつて住んでいたアパート。妻が授乳していた頃の記憶。
7首目、自衛隊の文民統制についての思い。
8首目、初二句だけで医師の言葉だとわかるのが鮮やか。
9首目、息子と夜に飲んでいる場面。「ぶつきら棒」の良さ。
10首目、序列が三匹目の猫はしばらく食べられないのだろう。

2018年12月24日、本阿弥書店、2700円。

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2019年03月28日

歌集・歌書一覧


私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の8冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房) *在庫あり
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林) *在庫あり

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林) *在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林) *在庫あり
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房) *在庫あり
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院) *在庫あり

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
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また「在庫あり」のうち『やさしい鮫』以外の5点は、Amazonでも
お買い求めになれます。よろしくお願いします。

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2019年03月27日

映画 「この道」


監督:佐々部清
出演:大森南朋、AKIRA、貫地谷しほり、松本若菜、柳沢慎吾、松重豊、
   羽田美智子ほか

1918年の「赤い鳥」創刊を起点として、昨年で「童謡誕生100年」になることを記念して撮られた作品。詩人北原白秋の生涯を音楽家山田耕筰との交流を中心に描き出している。

ツッコミどころの多い内容なのだが、与謝野鉄幹、晶子、石川啄木、萩原朔太郎、室生犀星、高村光太郎、大手拓次らが登場するので、文学好きの人には面白いかもしれない。

京都シネマ、105分。

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2019年03月26日

「塔」2019年3月号(その2)


無防備に咳、伸び、くしゃみができなくなりて三十六のからだになりぬ
                         丸本ふみ

他人に対しての配慮という意味だけでなく、身体も若かった頃とは感覚が違ってきたのだ。「三十六のからだ」にその年齢ならではの実感がある。

 伊右衛門と和菓子の並ぶぬばたまの夜の会合みなさん静か
                         坂下俊郎

ペットボトルの「伊右衛門」と和菓子が一人に一セットずつ置かれている。その様子が結句「みなさん静か」とうまく呼応して、場の様子が目に浮かぶ。

 せせらぎのボタンを押せば細流(せせら)いでしまう夥しき懊悩が!
                         太代祐一

近年のトイレに付いている消音用の「せせらぎ」の音。「せせらぐ」と動詞化して使っているのがユニーク。装置の持つ欺瞞性が暴かれる感じがする。

すれちがうふとき一度だけ鳴らしあふ定期航路のあかしあ、はまなす
                         松原あけみ

船と船がすれ違う時にそれぞれ汽笛を鳴らし合うのだろう。「あかしあ」「はまなす」のひらがな表記の優しさも印象的で、船が生き物のように感じる。

 うまれたのと尋ねるわれに渡されし青き体のあたたかな肌
                         吉田 典

出産の場面を詠んだ歌。陣痛と出産の痛みに耐えるのに必死で、生まれたかどうか自分ではわからなかったのだ。「青き」が何とも言えず生々しい。

 あらひざらひ話して楽になるならば、なるならば冬の線香花火
                         永山凌平

すべて話したところで心が楽にならないことを知っているのだ。「なるならば」の繰り返しに悲しみが滲む。黙って線香花火を見つめるしかない。

 ただいまと言ひお帰りと言つてみるしづもる塵を起さぬやうに
                         足立信之

ひとり暮らしの家に帰ってきた場面と読んだ。自分で言った「ただいま」に対して自分で「お帰り」と言ってみたのだろう。下句に侘しさが感じられる。

 十余年通う歯科医に昼下り町で出会えば案外若い
                         宮脇 泉

長い間通ってよく見知ったはずの顔なのに、白衣やマスクではない私服姿だとずいぶん印象が違ったのだ。偶然の出会いの様子がよく伝わってくる。


posted by 松村正直 at 23:45| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

「塔」2019年3月号(その1)


 母ちがふ妹ふたりどちらにもわたくしがゐる違ふかたちに
                         落合けい子

二人いる妹のうち下の妹は異母妹で、同じ姉妹と言っても微妙に関係が異なるのだろう。でも、作者にとっては大事な妹であることに変わりはない。

 直線に弓を弾きつつ円やかに音を拡げるバイオリニスト
                         新川克之

弓を前後に動かすことで音が出るバイオリン。演奏者を中心に円形に音が広がっていく。「直線」と「円やか」という幾何学的な対比がおもしろい。

 「善」の字は消えて「光寺」の残りゐる蝋燭の火に線香ともす
                         干田智子

善光寺という文字が入っていた蝋燭の上部が溶けて「光寺」だけが残っている。その字を見るたびに善光寺に参った記憶が甦るのかもしれない。

 滝のごとガラスをながるる今日の雨 桜えび丼ほのほの紅し
                         東郷悦子

激しく降っている雨を眺めながら食べる桜えび丼。水のイメージと桜えびの紅さの取り合わせがいい。丼からは温かな湯気が立っている気がする。

 大量の洗濯物が帰国するごはんがまずかったと言いながら
                         荒井直子

子どもが外国旅行から帰って来たところだろう。子と言わず「洗濯物」と言ったのがいい。何日分も溜まった洗濯物をまずは洗わなくてはならない。

 階段を走っておりる若猫の背中の肉の動くを愛す
                         山名聡美

子猫でも老猫でもなく「若猫」。階段を降りる時は背中の筋肉の動きがよく見えるのだろう。座っている時とは違ってしなやかで獣らしい姿である。

 犬五匹五本のリードにつながれて肛門五つが並んで行けり
                         宗形 光

「五匹」「五本」「五つ」と数詞を並べた歌。上句はごくごく当り前なのだが、下句で「肛門」に焦点を当てたのがいい。光景がぱっと目に浮かぶ。

 順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
                         田宮智美

「順繰りに」ということは、いつ自分がその標的にされるかもしれないのだ。下句のような何気ない一言にも、作者の心はぴりぴりしてしまうのだろう。


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2019年03月23日

『日本プロレタリア文学集』

『日本プロレタリア文学集』(全40巻+別巻)は1984年から88年にかけて新日本出版社から刊行されたシリーズ。

その第40巻が『プロレタリア短歌・俳句・川柳』で、短詩型におけるプロレタリア文学を考える上で非常に便利な一冊となっている。

収録歌人を見ると、石川啄木、土岐哀果、柳田新太郎、山野井洋と、ここ数年、私がプロレタリア短歌という枠組みとは別にあれこれ調べた歌人たちが載っている。

同じシリーズの第39巻『プロレタリア詩集2』には、高安国世の友人であった榎南謙一も収録されており、このシリーズには何だか不思議な縁を感じる。

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2019年03月21日

竹内洋著 『立志・苦学・出世』


1991年に講談社現代新書より刊行された本の文庫化。
副題は「受験生の社会史」。

受験は今でも人生の進路を左右する大きな出来事であるが、それがいつの時代から始まり、どのように移り変わってきたかをまとめた本。受験の制度だけでなく、受験生の暮らしや心理を深く掘り下げているのが特徴だ。

昭和十七年に軍国主義のあおりで歐文社という社名は現在の旺文社に変更される
明治以降の勉強立身は学歴/上昇運動である。したがって勉強立身価値は、「階層」移動だけでなく上京という「地理的」移動を含むセンスである。

受験に関して、著者は歴史を三つに区分する。

・前受験の時代(明治30年代半ばまで)
・受験のモダン(〜昭和40年代まで)
・受験のポストモダン(昭和40年代〜)

この本を読んでよくわかったのだが、明治20年代と30年代では受験の様相が大きく異なる。「明治時代」を漠然と一括りに考えていたのだが、啄木の学歴について考える大きなヒントをもらった。

また、受験に関する限り、戦前と戦後という区分も実はあまり大きなものではない。この点も、私たちの漠然とした印象を覆すものであろう。

2015年9月10日、講談社学術文庫、800円。

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2019年03月19日

「塔」65周年記念全国大会 in 京都

今年の「塔」の全国大会は京都で行いますが、初日のシンポジウムは一般公開でどなたでも参加できます。ゲストに、高橋源一郎さん(小説家・評論家)と小島ゆかりさん(歌人)をお迎えします。

日時 8月24日(土) 13:00〜17:00
場所 グランドプリンスホテル京都

  講演 高橋源一郎 「日本文学盛衰史・平成後篇」
  対談 小島ゆかり×吉川宏志 「古典和歌の生命力」

お申し込み方法などについては、後日またお知らせします。
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2019年03月18日

竹山広の歌


このところ竹山広の歌を読み返している。
歌に詠まれた原爆体験の重みだけでなく、表現力にしばしば唸らされる。

 水のへに到り得し手をうち重ねいづれが先に死にし母と子
                   『とこしへの川』

四句目の「いづれが先に死にし」があることによって、過去の時間が生々しく再生される。〈母と子の死体〉の静止画ではなく、〈母と子が死んでゆくありさま〉を映した動画のような、凄みのある歌だ。

例えば四句目を変えて「水のへに到り得し手をうち重ね寄り添ふやうに死にし母と子」などとしてみれば、その違いがはっきりわかるだろう。

竹山広は人の好いおじさんなんかではない。
とても怖い人だと思う。

誰かがこの歌を読むたびに、この「母と子」はいったん歌の中で生き返り、そしてまた死んでゆく。歌に詠まれなければ永遠に死んだままだった二人が、歌の中では何度も生き返らされ、何度も殺されてゆくのだ。

実に怖い歌だと思う。
それは原爆の怖さであるとともに、竹山広の表現力の怖さでもある。

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2019年03月17日

週末


昨日は10:00から塔事務所で編集企画会議。
夏の全国大会のことや、今後の編集部の体制についての相談をする。

13:00からはハートピア京都で京都旧月歌会。
参加者27名。良い歌が多かった。

17:00に終って、近くの喫茶店でお茶。
以前よく使っていた店が2軒なくなってしまい、初めての店に入る。
昭和の雰囲気が漂う喫茶店だった。

今日は13:00から永田家で「塔」4月号の再校&5月号の割付作業。
4月号は65周年記念号でページ数が多いのだが、参加者が22名と多く、スムーズに進む。ありがたいことだ。

17:00終了。
雨上がりの庭が明るくてきれいだった。

posted by 松村正直 at 19:28| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする