2017年06月10日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンターKYOTO 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2017年06月08日

早坂隆著 『兵隊万葉集』


日中戦争から太平洋戦争、そして終戦へ至る時期に詠まれた歌を紹介しつつ、戦況などの解説を加えた本。戦争を詠んだ短歌を「当時の人々の率直な思いが込められている貴重な戦史資料」として捉え、そこから歴史を学ぶという姿勢で書かれている。

支那兵の死に浮く水を汲み上げてせつなけれども呑まねば
ならず                  上原酉松
汝が父の遺骨迎ふるも知らずして汽車にゆるるを喜びをりぬ
                      伊藤さよ子
大方は米国製なる工作機の耐用期間をわが思ひ見つ
                      山本広治
吾が前に少年二人戦ひに死にゆくことを事もなげにいふ
                      寺田幸子
手垢つきし愛(かな)しき本はわが名書きて征かざる友にわか
ち与へぬ                 玉井清文

引用されている歌の選びが良い。ただし、句ごとに一字空けという形で引用されている点が気になる。

これは「幅広い読者を対象とする新書の性格に鑑み、読みやすさを優先して、基本的に五・七・五・七・七の五句体に区切って表記した」ということなので、仕方がないのだけれども。

2007年7月30日、幻冬舎新書、740円。

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2017年06月07日

ジェンダーと短歌

五味渕典嗣「和歌をめぐるジェンダー構成」というコラムが『帝国の和歌』に載っている。わずか2ページの文章だが、ジェンダーと短歌を考える際に非常に示唆に富む内容である。

そのことは、一般に“短歌革新”の担い手とされる二人の書き手が、一方は自身のマニフェストに「現代の非丈夫和歌を罵る」という副題を付け、もう一方は、『古今集』を尊んでいた過去の自分を悔やむ文脈で「あんな意気地のない女にばかされて」いた、と書き付けたのはなぜなのか、という問いとかかわっている。

ここで例に挙げられているのは、与謝野鉄幹の「亡国の音」(明治27年)と正岡子規「再び歌よみに与ふる書」(明治31年)である。

いずれも「和歌」=女性的というイメージで捉えられていることがわかる。それに対して、「短歌」=男性的というイメージが彼らの中にあったのも間違いないことだろう。

つまり、短歌はその最初の段階からジェンダーバイアスを既に孕んでいたのである。女性に対する抑圧的な状況という問題は、短歌の世界において相当に根深いものとして存在すると言っていい。
posted by 松村正直 at 18:21| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

浅田徹ほか編 『帝国の和歌』


シリーズ「和歌をひらく」の第五巻。
浅田徹・勝原晴希・鈴木健一・花部英雄・渡部泰明編集。

明治以降の西洋近代との接触により、伝統的な和歌がどのように短歌へ変わっていったのかという問題意識のもとに、10篇の論文と5つのコラムをまとめた一冊。

古典和歌と近現代短歌とが、どのように繋がり、また断たれているのかを観察することによって、和歌と短歌とを、そして江戸期以前と明治期以降とを、共通の地平で考えることができるような「場所」を探りたい。
            勝原晴希「和歌とは何か、短歌とは何か」

というのが、本書の一貫したテーマである。勤皇志士和歌、新題歌、和歌改良論、御製、樋口一葉、森鴎外、新体詩、短歌滅亡論、万葉集といった切り口で、和歌から短歌へ続く道筋が考察されている。

それは単純な進化論的な見方では決して捉え切れないものである。また、鉄幹と子規によって短歌革新が行われたといった狭い見方でも描き切れないものだ。

以下、印象に残った部分をいくつか引く。

感慨を述べるのに適した長さである和歌形式は共同の〈気分〉を醸し出す力が強いため、ナショナリズムと必然的に結びつくように感じられるかも知れないが、両者の結びつきはそのときどきの社会の構造を介した偶発的なものである。
              百川敬仁「勤皇志士和歌の史的位相」
新題歌は単にいわゆる旧派和歌なのではない。新・旧の接点に存在する和歌なのである。
              小林幸夫「新題歌のイデオロギー」
それは換言すれば、ドラマという意識の欠如ということでもあった。ドラマは基本的に円環構造の思考からは発生しない。矢田部一人に限ったことではない。そもそもそれは日本にはない発想であった。
          有光隆司「思想の時代―西洋の文学概念による短歌評価の問題」

明治期に起きた、社会、政治、文化、生活、思想など全般にわたる変革の中で、日本の伝統的な和歌も変容と再生を余儀なくされた。そこには当然、プラスの面もあればマイナスの側面もあった。そうした苦さを今もなお短歌は背負っているのだと思う。

2006年6月20日、岩波書店、3700円。
posted by 松村正直 at 11:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

廣野翔一個人誌 「浚渫」

「連作2篇」「日記」「エッセイ」の三部構成。
連作は「泥、そして花びら」30首と「春祭、post-truth」14首。

喉仏持たずやさしき春の鳩からくりのごと空へ弾けつ

「喉仏持たず」という把握が面白い。「からくりのごと」は最初鳩時計かと思ったが、手品師がハンカチから出す鳩の感じかもしれない。

溶接の面(おもて)に闇は広がりて蛍の火には触れず 触れたし

作業の現場の歌。溶接の火花を蛍の光に喩えているのだろう。結句の一字空けに力がある。

生活に仕事がやがて混ざりゆく鉄芯入りの靴で外へと

仕事で使う安全靴を履いて、休日などにちょっと外へ出掛けるところか。「鉄芯入りの靴」がいい。

聴力が先に捉えて振り返るヘリコプターに土踏まず見ゆ

ヘリコプターの脚(スキッド)を「土踏まず」と表現したのだろう。音が先に聞こえてくる感じもよくわかる。

移民の孫が移民を拒む寂しさの中でもうすぐ築かれる壁

移民の国アメリカで建設が進む国境の壁。トランプ大統領の当選後の時事的な話題を詠んだ歌だ。

歩きつつアップルパイを食べているpost-truthの時代の中で

上句の軽さと下句の不安感の取り合わせが現代的。初句・二句の「あ」の頭韻や、「プ」「パ」「po」の音の響かせ方がうまい。

2017年5月7日発行、500円。
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2017年06月03日

奥田亡羊歌集 『男歌男』

著者 : 奥田亡羊
短歌研究社
発売日 : 2017

「短歌研究」に8回にわたって連載された「男歌男」を中心に312首を収めた第2歌集。

流木の流れぬときも流木と呼ばれ半ばを埋もれてあり
森に行き人を殺して帰り来る子どもの話「ヘンゼルとグレーテル」
スタートを待つ一団に小さきが小さくなりて子の座りおり
月光をはじきてハクビシンとなる一瞬を見き動く気配の
ぶどうの皮をにゅっと出で来る挨拶のどこかで会った人なのだろう
月の夜を無蓋の貨車に運ばるる誰のいのちか桃の花盛り
大日本帝国連合艦隊司令長官搭乗機の展示されいるぐしゃぐしゃの翼
酔うほどに広くなりゆく卓上にしんと鋭き胡麻粒ひとつ
国をあげて造る古墳の葬列の二〇二〇年のこんにちは
赤い口あけて泣く子をあやしつつその子の父も赤い口ひらく

1首目、名前は流木であるがもう流れてはいない。
3首目、運動会の徒競走の場面。集団の中にいるわが子の小ささ。
4首目、一瞬照らし出されたハクビシンの姿が生き生きと捉えられている。
6首目、収容所へ送られるユダヤ人が思い浮かぶ。
8首目、酔った時の物の見え方はこんな感じ。遠近感が狂う。
9首目、東京オリンピックに対する痛烈な皮肉である。

連作を中心に構成された歌集なので、一首一首を単独で取り上げてもなかなか味わいが伝わらない。自らを「男歌男」と戯画的に詠む歌の中に、現代に生きる男性の苦しさや悲しみが深く滲んでいる。

2017年4月17日、短歌研究社、3000円。
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2017年06月02日

うたの泉

今日の河北新報「うたの泉」に歌を引いていただきました。

あなたとは遠くの場所を指す言葉 ゆうぐれ赤い鳥居を渡る
                     『駅へ』

当時は大分に住んでいました。アパートの近くにあった春日神社の境内を思い出します。

http://www.kahoku.co.jp/special/spe1174/20170602_01.html


posted by 松村正直 at 19:41| Comment(6) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

欠詠

あれはどの歌集に入っている歌だったかな、と思って探したら1冊目で見つかった。

欠詠の若きらをもはや頼まざり私にはもう時間がない
               河野裕子『家』

1996年の歌なので、当時河野さんは50歳。
欠詠する若者たちを、一体どんな思いで見ていたのだろう。

欠詠してはいけません。一回欠詠するとズルズルと休み癖がついてしまい、短歌引きこもりになるから御用心。一首でもいい。日本語が並んでさえいればいいと思って出詠してください。ええカッコして、褒めてもらおうと思うから歌ができなくなるのですよ。駄作、凡作がいつのまにか作歌の元肥やしになってくれます。諦めてはあきません。

『河野裕子読本』に収められた「河野裕子語録」より。
「塔」に入って20年になるけれど、一度も欠詠したことはない。
河野さんにこういう話を何度も聞かされていたからである。

「諦めてはあきません」、そう、大事なのは諦めないことだ。
posted by 松村正直 at 23:37| Comment(2) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

富山へ(その3)

歌会の前に参加者で昼食会。

富山は昆布巻きが名産で昆布の消費量が多いという話や、「スーパーで買ったホタルイカはホタルイカじゃない」(それだけ鮮度が大事)という話などを聞く。

歌会は富山、石川をはじめ、遠く埼玉から参加された方もいて、楽しかった。初めて一緒に歌会をするメンバーが多く、随分と刺激をいただいた。やはり、いつもと違う歌会に出てみることも大切である。

 
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夕食はせっかく富山に来たのだからと「麺家いろは」へ。
「富山ブラックネギ玉らーめん」980円。
甘味とコクのある黒醤油のスープが美味しい。

帰りの新幹線とサンダーバードではひたすら眠り続け、京都に帰ってきた。
posted by 松村正直 at 07:32| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

富山へ(その2)


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富山は環境問題への取り組みが進んでいるようで、市街地のあちこちに自転車市民共同利用システムの貸し出しステーションがある。
好きな場所で借りて、好きな場所に返せば良いらしい。


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歌会の会場は「高志の国 文学館」。

植樹祭で富山を訪れている天皇・皇后両陛下が翌日訪れる予定とのことで、警官や職員の人があちこち忙しそうに歩き回っていた。

時間があったので、大伴家持生誕1300年記念企画展「官人(つかさびと) 大伴家持 ―困難な時代を生きた良心」と常設展を見る。
越中の国守として赴任した家持の歌をあらためて読んだのだが、なかなか良い。

かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを
               (巻17−3959)
珠洲の海に朝開きして漕ぎ来れば長浜の浦に月照りにけり
               (巻17−4029)
朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人
               (巻19−4150)

声に出して読んでみると気持ちがいい。
こういう調べの豊かな歌を詠んでみたいという思いが湧いてくる。
posted by 松村正直 at 08:35| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

富山へ(その1)

「塔」の北陸歌会に参加するために、昨日は富山へ。

「塔」には選者派遣制度というのがあって、年に2回程度、各地の歌会へ行くことになっている。今年度は岡山と北陸、昨年度は東海と熊本、その前は浜松と三重に行った。

交通費と宿泊費(日帰りできない場合)は「塔」の会計から全額出る。
謝礼等はなし。でも、歌会は好きだし旅も好きなので楽しい。

特急サンダーバードで金沢まで行き、北陸新幹線に乗り換えて11時頃に富山駅に到着。20年くらい前に金沢に住んでいたことがあって、その頃、富山はよく訪れた。立山黒部アルペンルート、呉羽山、魚津埋没林博物館、砺波チューリップ公園、高岡大仏など、今でも印象に残っている。


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時間があったので、まずは富山城址公園へ。
日本庭園の池越しに見える城が美しい。


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建物は昭和29年に建てられた鉄筋コンクリート製の模擬天守。
現在は富山市郷土博物館となっている。


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博物館の外に忘れられたように置かれている二宮金次郎像。
苔が生えて、周囲の緑に溶け込みつつある。
posted by 松村正直 at 07:39| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

気になる言葉(つづき)

昨日書いたことでツイッター等を非常に騒がせてしまっているようですが、もしご意見や苦情、反論などがありましたら、ブログのコメントや松村にメールなどで直接言って来ていただければと思います。
masanao-m@m7.dion.ne.jp

どれも昨日初めて思い付いたことでも何でもなくて、普段から歌会等ではいつも言っていることです。SNSの拡散力というのはすごいものですね。ただ、僕のいない場でいろいろと書かれても返事のしようがありません。

「歌の前ではみんな平等」というのが、僕の基本的な考えです。参加者全員がざっくばらんに意見を述べ合えるのが一番大切なことです。僕なりの歌会の三原則というのがあって、

 ・遠慮しない (思ったことは何でも自由に言う)
 ・下を見ない (歌会中は顔を上げて発言者を見る)
 ・私語をしない (意見があるなら全員に向けて言う)

ということを大事にしています。

ベテランの人が威張るのが良くないのと同じで、初心者の人が必要以上に遠慮したり萎縮したりするのも感心しません。もちろん、慣れの問題もあります。誰だって歌会に行き始めたばかりの頃は、なかなか思い切った発言ができません。

でも、それ以上に大事なのは意識の持ち方です。「自分の読みは間違っているんじゃないか」「トンチンカンなことを言って恥をかくんじゃないか」「厳しいことを言って嫌がられたらどうしよう」などといった思いがあると、歌会は楽しめませんし、歌会の議論自体が空疎なものになってしまいます。

まあ、こうした机上の論だけを言っていても仕方がありませんね。

僕はふだん、「塔」の旧月歌会(第3土曜)、京都平日歌会(第4木曜)、フレンテ歌会(第1金曜)に参加しています。どんな歌会をしているのか見てみたいという方は、ぜひ一度ご参加下さい。どなたでも大歓迎です。

posted by 松村正直 at 21:38| Comment(5) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

気になる言葉

歌会の批評などを聞いていて、気になる言葉あれこれ。

・「お歌」
   歌で十分。

・「後で作者に聞いてみたい」
   それなら何のために歌会をやっているのだか。
   斎藤茂吉の歌についても本人に聞くの?

・「間違ってるかもしれませんが・・・」
   歌の読みに間違いも正解もない。
   自分はこう読んだという点においてどれも正しい。

・「皆さんのご意見をお聞きしたい」
   いや、その前にあなたの意見を言いなさいよ。

・「えっ、私ですか?」
   はい、あなたです。

・「私は短歌初心者で・・・」
   いつまでそれを言うつもり? 言い訳は不要。

・「ちょっと別のことを考えていて・・・」
   歌会中は常在戦場でお願いします。

【追記】
「気になる言葉(つづき)」も書きましたので、あわせてお読みください。
posted by 松村正直 at 12:48| Comment(4) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

フレンテ歌会

6月2日(金)13:00〜、西宮で歌会を行います。
結社に入っていない方を中心とした少人数の歌会です。
参加したい方は松村までご連絡ください。

場所はJR西宮駅南口すぐの「フレンテ西宮」5階の会議室です。
歌会に参加したことのない初心者の方も大歓迎です。
お気軽にどうぞ。

posted by 松村正直 at 23:22| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

『For Instance, Sweetheart』



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河野裕子・永田和宏著『たとへば君 四十年の恋歌』の英訳本。
翻訳はアメリア・フィールデンさん。

https://www.amazon.co.jp/Instance-Sweetheart-Forty-Years/dp/1760413070

5行書きで訳された短歌を眺めているだけで、けっこう面白い。

  for instance, sweetheart-
  won’t you sweep me off
  as if
  you are scooping up
  an armful of fallen leaves

たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
                      河野裕子

  her breasts seemed
  as distant as the cape…
  damn!
  if only
  I were older

あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年
                       永田和宏

  hitting you
  hitting the kids - oh,
  my hand's on fire...
  frantically loosening my hair
  I go off to bed

君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る
                       河野裕子

  I must not die,
  for when I die
  you will
  really
  be dead

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんとうに
死ぬ                     永田和宏

永田家に在庫があるそうで、送料込み2000円で販売するとのこと。
希望する方は葉書で永田和宏さん宛にお申込みください。
posted by 松村正直 at 19:48| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

樺太の絵カルタ


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今日は「KKRくに荘」で行われた全国樺太連盟近畿支部大会の第50回記念総会に招かれて、「樺太を訪れた歌人たち」と題する講話を行った。参加者は20名。

北原白秋、斎藤茂吉、北見志保子の短歌を引いて話をしたのだが、会員の方が作った樺太の絵カルタにも同じような風物や場面が描かれていて面白かった。

マントの黒き頭巾のふつかけ雨巡査は佇てり蕗の葉のかげ
                  北原白秋

  雨宿り/皆駆け込む/フキの下

麪包(ぱん)を売るロシア人等も漸くに小さき駅へ移りゆくとぞ
                  斎藤茂吉

  樺鉄の/ホームでパン売る/ロシア人

原住人が相寄りむつむとふオタスの杜(もり)いまのうつつに渡りゆかなむ
                  北見志保子

  ツンドラを/馴鹿(となかい)操る/先住民

皆さん私の親くらいの世代である。実際に樺太に住んでいた方々の話をいろいろと聞くことができて、楽しい一日であった。
posted by 松村正直 at 21:15| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

「塔」2017年5月号(その2)

なまじろき項(うなじ)あらはになりてをりなほ立ち上がる赤鬼
青鬼                    篠野 京

節分の追儺式の場面。本物(?)の鬼ではないから、赤や青のかぶり物の隙間から人間の白っぽい皮膚が覗いているのだ。

ささずとも濡れないほどの、でも傘に徐々に雨粒はりついてゆく
                      中田明子

二句で切って「、でも」とつなぐ文体が印象的。「ささずとも濡れないほどの雨なれど」みたいにすると、全然面白くなくなってしまう。

かりそめの家族だろうかお湯割りは怒りを溶かすこともできない
                      大橋春人

かりそめのものと思っていた方が家族関係は楽かもしれない。焼酎のお湯割りを飲んでも家族の誰かに対する怒りが消えないのだ。

改修の済みたるトイレはずかしくしばらく別のフロアを使う
                      山名聡美

最近のトイレはとても明るく清潔になって、でも何だか落ち着かない。改修前は少し薄暗いけれど居心地の良いトイレだったのだ。

言ひづらきことも言ひたるわれの影千日草の花に触れゆく
                      朝井一恵

帰り道に相手の反応を思い返したりしながら、やや俯いて歩いているのだろう。千日草の丸い花に触れることで少し自分を慰めている。

何となく入れたくなったと言い添えて夫がはじめて買うバスクリン
                      大森千里

長年連れ添ってきた夫婦の感じがよく出ている。きっと何かしんどいことがあったのだろう。でも夫はそれを言わないし妻も訊きはしない。

ローマ字ではNANKOKUとある「南国」の標識あをし海が近づく
                      岡部かずみ

高知県南国市。「なんごく」ではなく「なんこく」であることを知って驚いたのだ。旅行の途中だろうか。明るい海の感じも伝わってくる。

晩柑をともしびとして食卓に船をいざなふごとく待ちをり
                      有櫛由之

誰かの訪れを待っている場面だろう。「船をいざなふごとく」がいい。夜の灯台のように、黄色い晩柑が一つ食卓に載っているのだ。
posted by 松村正直 at 14:37| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

フロントランナー


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今朝の朝日新聞「be on Saturday」のフロントランナーという欄で、飴細工師の坂入尚文さんが紹介されている。坂入さんの著書『間道』については、以前ブログに書いたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/411392807.html

車1台が全財産という気楽さかな。見知らぬ土地で、のたれ死んでも構わないと思うときすらある。
ボクサーじゃないけど、最良の体調でないと飴細工は絶対にうまくできません。それほど繊細な仕事なのです。

ふだんはIT企業の社長の成功談などが載っていることの多い欄なのだけれど、今日は何とも嬉しい。

posted by 松村正直 at 07:37| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

「塔」2017年5月号(その1)

とかげのごと目蓋おしあげうたたねの母がときどきわたしを
さがす                     上條節子

「目蓋おしあげ」から高齢の母の様子がよく伝わってくる。作者の姿が近くに見えないと不安になるのだろう。

閑職に移されへこむわれでなし へこんだふりはせねばなら
ぬが                      森尻理恵

人事異動により閑職に回された作者。それくらいのことでは落ち込まない強さを持っているが、職場における駆け引きや戦いはまだ続く。

由比ヶ浜に唐船朽ちてゆくまでを実朝の聞きていし波の音
                        山下裕美

源実朝が宋に渡る計画を立て唐船を建造させた歴史を踏まえた歌。計画が失敗に終わって朽ちてゆく船をどんな思いで見ていたのか。

ゴールして抱へられゆく少女から冬枝のごとき腕(かひな)の
垂れる                     広瀬明子

マラソンを走り終えた女子選手の細い腕を「冬枝」に喩えているところが生々しい。鍛えられた肉体ではあるけれど、可哀そうにも感じる。

厨房で何かもめてる中華屋のアンニンドーフだけ聴き取れる
                        相原かろ

言い合いをする中国語が飛び交っているのだろう。杏仁豆腐という言葉だけが意味のあるものとして、かろうじて聞き取れるのだ。

清潔なロビーのようなこのひとの心に落とす夜のどんぐり
                        白水麻衣

少しよそよそしさもあって、相手の心に入り込めない感じがするのだろう。少しでもいいから自分の存在や思いを伝えたいのだ。

おまえも早く寝たほうがいいふりむけば遠赤外線ストーブの立つ
                        小川ちとせ

上句は誰かの台詞なのだろうが、まるでストーブが話し掛けたような感じがするのが面白い。離れた所から自分を見守ってくれている。

熾の上に灰のうつすら積る見ゆこの淋しさは人間のもの
                        高橋ひろ子

下句の思い切った断定がいい。暖炉や火鉢にある熾火に灰が白く積もっている場面。火の赤さは表からは見えずひっそりと静まっている。
posted by 松村正直 at 19:20| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

ぴたり


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コンビニで総菜や菓子など7点を買ってレジに行ったら、
消費税込みで、ぴったり1000円!

ちょっと感動した。
posted by 松村正直 at 21:49| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする