2017年10月03日

「鴨川短歌」


田島千捺、牛尾今日子、橋爪志保、濱田友郎、土岐友浩の5名による同人誌。連作10首×5名と合評「わたしの好きな一首」が載っている。

途切れつつながい工事の音がしてせつなく終わる昼過ぎにいた
                       田島千捺

断続的に聞こえていた工事の音が止んだ後の空虚感のようなもの。休日の自分の部屋で一人ぼうっとしているのだと思う。

駅までの長い夕陽を浴びながら歩かせている夏のからだを
                       牛尾今日子

「歩いている」ではなく「歩かせている」が面白い。身体と心が少し離れている感じ。「長い」は影の長さでもあり、道の長さでもある。

じょうろじゃなくてあれでカレーを出す店と、言いつつきみの形どるあれ
                       牛尾今日子

確かによく見かけるのに名前は知らない。調べてみるとカレーソースポットなどと呼ぶらしい。二人のやり取りが目に見えるようだ。

目を閉じてまぶたの裏に見とれてる 根が水を吸うように泣きたい
                       橋爪志保

目をつぶって涙を堪えているのか。下句の比喩が魅力的。切羽詰まった泣き方ではなく、健康的で自然な感じの泣き方ということだろう。

シャープ・ペンシルで描かれるほおづきの朝は美しさの庭だった
                       濱田友郎

三句の「ほおづきの」は「ほおづきのように」という意味で受け取った。輪郭のくっきりした感じがする朝の庭の美しさ。

回想の出町柳は寒すぎてあなたは白いティペットを巻く
                       土岐友浩

ティペットはふわっとした肩掛けのこと。その場面を思い出すたびに、あなたよりも「白いティペット」の印象が甦ってくるのだろう。

合評「わたしの好きな一首」は、それぞれが挙げた好きな歌について全員で話し合っている。Skypeのやり取りが元になっているので、同じ人の発言が何回も続くことがあって最初は戸惑ったが、慣れると大丈夫。

濱田: 韻律は、歌のインナーマッスルみたいな感じで、隠れて活躍している。みたいな感じでいてほしいですよね
牛尾: でもなんというか、最近はそこまでほむほむのパラダイムで歌評をしようという志向はみんな無さめですよね

五名の読みの深さとともに、互いに信頼して何でも話せる関係であることが伝わってくる。中でも濱田さんの発言は抜群に楽しくて、反射神経やネーミングのセンスの良さを感じる。こういう人が一人いると歌会は盛り上がるだろうな。

2017年9月18日、200円。

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2017年10月02日

釧路北陽高校の校歌


P1050938.JPG

北海道新聞で9月4日から26日まで12回にわたって、「『校歌』物語 釧路北陽高校」という連載があった。

釧路北陽高校の校歌は、あまり知られていないが元になった歌がある。かつて、樺太・敷香(しすか、ポロナイスク)にあった敷香高等女学校の校歌(土岐善麿作詞・乗松昭博作曲)だ。

以前、『樺太を訪れた歌人たち』に善麿が校歌の作詞をするに至った経緯を書いたことが縁で、北海道新聞社の椎名智宏さんの取材を受け、今回の連載記事も送っていただいた。

連載記事を読むと、土岐善麿や乗松昭博、さらに現在の校歌の作詞をした沖口三郎(釧路北陽高校の初代校長で俳人)について非常に詳しい話が出てくる。

何十年前の出来事であっても、手を尽くして調べれば実にいろいろなことがわかるものなのだ。プロの新聞記者の調査力・取材力に強い感銘を覚えた。

posted by 松村正直 at 12:42| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00
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2017年09月29日

「三十一番」「三十一回裏」


谷じゃこ編集・発行の同人誌を2冊、文フリ大阪で購入。

相撲と短歌のアンソロジー「三十一番」。
9名の相撲に関する短歌5〜7首とエッセイ、さらに「ご贔屓力士・一首」が載っている。

 立会いの瞬間息を吸う音がこんな後ろの椅子席にまで
                   谷じゃこ

テレビでは味わえない生観戦の醍醐味。溜席(砂かぶり)やマス席ではなく土俵から離れた椅子席まで、息の音が聞こえてくるとは!

 最後まで見届けてこそ大相撲 弓取り式はエンドロールだ
                   のにし

テレビ中継を見ていると弓取り式の途中でぞろぞろと帰り始める人が多い。なるほど、確かに映画館の光景とよく似ている。

 十両の取組をする年下の安美錦関を励ますこころ
                   生沼義朗

ベテラン安美錦は38歳。短歌の世界ならまだまだ若手と呼ばれる年齢だ。秋場所では優勝決定戦まで進み、来場所はまた幕内に帰ってくる。

野球と短歌のアンソロジー「三十一回裏」。
13名の野球に関する短歌5〜7首とエッセイ、さらに「オススメ野球本」が載っている。

 いっぺんにふたりが死んでいくところ観たいから野球につれてって
                   石畑由紀子

上句はぎょっとする言い回しだが、結句まで来て野球のことだとわかる。併殺(ダプルプレー)とか刺殺とか盗塁とか、野球用語はけっこう物騒だ。

 右中間を球はころがる耳寝かせ森に分け入るうさぎのように
                   小野田光

三句以下の比喩がおもしろい。まるで実際の白いうさぎが球場をぴょんぴょんと跳ね回っているような気分になる。

 しきしまの日本の夏の終わるころ各地に届く甲子園の砂
                   蓮

「甲子園の砂」の観点から詠んでいるのがおもしろい。夏の高校野球は各都道府県の代表が出場するので、全国各地に砂が運ばれるわけだ。

表紙やデザインも凝っていて、とてもオシャレ。
短歌を楽しんでいる雰囲気がよく伝わってくる。

2017年9月18日、各350円。

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2017年09月28日

歌の組み方


短歌雑誌を見ていて気になることがある。

例えば「角川短歌」10月号。
巻頭は春日真木子「夢見る力」31首。

最初のページにタイトル・氏名と2首、次のページは5首、その後は6首が4ページ続く。2+5+6×4=31首というわけだ。

ここで問題なのは、最初の2ページとその後の4ページで、歌の間隔が異なっていること。最初の見開きはゆったり組まれているのに対して、次の見開きでは少し狭くなっている。

測ってみると最初の見開きの歌と歌の間隔は約1.8センチ。それが次の見開きでは約1.4センチになっているのだ。大したことではないかもしれないが、読む時に微妙に速さが変ってしまう。できれば最初から最後まで同じ間隔で統一して欲しい。

この31首というのには何か理由があるのだろうか。短歌が31音だから?
むしろ2+5×5=27首にでもした方が、よほどすっきりすると思うのだが。

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2017年09月27日

松本典子歌集 『裸眼で触れる』



2010年から2017年までの作品338首を収めた第3歌集。

さくらふぶきに紛れてビラを差し出さるわが街に霊苑はいらぬと
われの眼をとぢれば逝きしひとの眼がひらきて仰ぐこのさくらばな
見まはせば生きかた無限にあるやうなハンコ屋にわが姓ひとつを選ぶ
遠からず奇貨と呼ばれて籃(かご)に揺れむ遺伝子組み換へではない子ども
みづみづと洗はれし萵苣(ちしや)の葉のやうな夏さみどりの傘を巻き閉づ
みかん畠見にゆき命落としたる曾祖父はそれを原爆と知らず
わたくし似いもうと似なる市松をならべて母のひとり居しづか
生み忘れゐし子のごとく梅雨葵ぬつと現る乳ぶさのまへに
雨の日に咲けば雨しか知らぬまま朝顔は青き傘すぼめたり
おもてに傷を受けつつ氷るみづうみの底ひにてなほ揺れやまぬみづ

1首目、霊苑建設に反対する運動のビラなのだろう。桜と墓地のイメージの取り合わせ。
2首目、桜というのはやはり命や死を感じさせる花だ。
3首目、数多くハンコは並んでいるけれども自分の姓は一つしかない。人生も同じ。
4首目、大豆やトウモロコシだけでなく人間もやがて「遺伝子組み換へ」で生まれる日が来るかもしれないという思い。
5首目、上句の比喩がおもしろい。傘の外周が少しひらひらしているのだろう。
6首目、原爆で亡くなった曾祖父。何が起きたのかを理解することもなく。
7首目、ひとり暮らしの母の寂しさが滲む。二体の市松人形。
8首目、「生み忘れゐし子」という表現に驚く。「生んで忘れていた子」ではなく「生むのを忘れていた子、生み損なった子」のことだろう。
9首目、一日花なのでその日の天気がすべて。「雨」から「傘」という見立てへ連想が働く。
10首目、湖の描写でありつつ人の心をイメージさせるところが巧い。

原発、日中関係、シリア内戦など社会問題を詠んだ歌も多い。「フィルターばかり増え、人も真実も見えにくい時代にあって、裸眼で触れることを心がけたいという思いから名づけた歌集である」とあとがきに書かれている。

2017年9月1日、短歌研究社、2000円。

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2017年09月25日

「塔」2017年9月号(その2)


恋人はわたしに恋をしてるかな梅雨のはじめに半袖を着た
                       安田 茜

上句の呟くような言い方がほのぼのしていて面白い。恋人だからもちろん恋をしているのだろうけれど、相手の心のなかは見えないから少し不安にもなる。

持ち運び可能な躰を持ち運ぶ会いたいというだけの理由で
                       鈴木晴香

「持ち運び可能な躰」という表現が独特。相手に会いたいという気持ちと何にも縛られない自由な感じ、そしてエロチックな雰囲気も滲んでいる。

三歳で死んだ弟まいまいに生まれかわって我が庭に棲む
                       佐藤涼子

庭でよく見かけるかたつむりを眺めながら、小さくして亡くなった弟のことを思っている。「生まれかわって」と推量ではなくはっきり断定しているのがいい。

やわらかく「白髪が増えたね」と夫の言う向かい合わせに昼餉をとれば
                       白井陽子

普通だったら言われて嬉しい台詞ではないが、「やわらかく」とあるので肯定的な感じ。長年一緒に暮らしてきた夫からのねぎらいや労りを感じたのだろう。

窓ほそく傾けながら夕暮れを時かけ朽ちてゆく百葉箱
                       福西直美

初二句の描写が百葉箱の姿をうまく捉えている。もう使われていない百葉箱なのだろうか。まるで時が止まってしまったかのようにひっそりと存在している。

あのときの桜だろうか置き傘を二ヶ月ぶりにひらけばはらり
                       椛沢知世

普通の傘と違って「置き傘」は使う機会がそれほど多くはない。前回使ったのは桜の散る季節だったのだろう。その時に、何か大切なことがあったのだ。

テトリスのピースみたいにくるくると身体を廻して乗る中央線
                       太代祐一

比喩が面白い。テトリスは様々な形のピースを組み合わせていくゲーム。身体を横にしたり傾けたりしながら、何とか満員電車に乗り込むのである。

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2017年09月24日

おさやことり・橋爪志保「はるなつ」


文学フリマ大阪で購入した同人誌。
発行・編集は吉岡太朗。

おさやことり「ゆきとけやなぎ」「とりわけしづか」、橋爪志保「階段」「夢中」と、7首の連作が計4篇載っている。

さきっぽのほうだけはながさいていてむしろゆきとけやなぎのような
                     おさやことり

おさやことりの歌は全部ひらがな。雪柳の咲き始めの光景だろう。満開ではないので雪が解けているように見えるのだ。

みかづきがまるさのなかにみえているないことにされたぶぶんのこくて
                     おさやことり

三日月の光っている部分ではなく、見えていない部分に着目したのが面白い。

花曇り きみのあたまはアルパカとスパゲッティをあわせた匂い
                     橋爪志保

きっと心地良い匂いなのだろう。音の並べ方のうまい作者で、「あたま」→「アルパカ」の「あ」、「アルパカ」→「スパゲッティ」の「パ」という感じに音が音を導いていく。

ピクルスをきみはパンから抜きとって花のまばらな川原へ放つ
                     橋爪志保

ハンバーガーなどに入っているピクルスが嫌いなのだろう。下句、「はな」「まばら」「かわら」「はなつ」とA音が続く。

まだひるのつづきのようなあかるさにそらはりとますしけんしをなし
                     おさやことり

夕方になって、青いリトマス試験紙が赤くなるように徐々に空の色合いが変化していく。

逃しても取れてもきっとはしゃいでるこの世は長い流しそうめん
                     橋爪志保

下句の妙な断定に惹かれる。「長い」「流し」の音の響きが効果的なのだろう。

「おさやことり」(OSAYAKOTORI)という名前は「吉岡太朗」(YOSIOKATARO)のアナグラムということか。

2017年9月18日発行。

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2017年09月23日

大崎善生編 『棋士という人生』



副題は「傑作将棋アンソロジー」。

ベストセラー「聖の青春」の作者大崎善生が、将棋に関する文章26篇を選んだアンソロジー。沢木耕太郎、内藤國雄、団鬼六、二上達也、村上春樹、森内俊之など、錚々たる書き手が登場する。

しかも26篇が単に漫然と並んでいるのではない。芹澤博文の「忘れ得ぬひと、思い出のひと」の後に芹澤の師である高柳敏夫の「愛弟子・芹澤博文の死」が載っていたり、人工頭脳と将棋の話を書いた小林秀雄「常識」に続いて渡辺明「ボナンザ戦を受けた理由」があったりと、全体が有機的に繋がるように配列・構成されているのだ。

実に見事である。
長年、将棋雑誌の編集に携わってきた編者ならではの腕の見せ所だ。

他にも、文中に登場する桐谷広人五段が後に株主優待生活で有名になる桐谷さん(今日も「月曜から夜更かしSP」に出演する)であったり、師の京須七段の46歳という早すぎる死を悼む文章を書いている山田道美が自身36歳で亡くなったことなどを思うと、人生や生死ということをしみじみと考えさせられる。

「勝ち」と「負け」しかない世界というのは、何と非情で、美しいものなのだろう。

2016年10月1日、新潮文庫、630円。

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2017年09月21日

「塔」2017年9月号(その1)


実家に置いてあるという認識の部屋にまだある息子のものが
                       石本照子

もう家を出てから相当な歳月が過ぎた息子さんだろう。「実家に置いてある」とは言っても、取りに来ることはないし、二度と使ったりはしないのだ。

往きて帰る鉄路五時間三千円たれも知らないけふのわたくし
                       鮫島浩子

一人で日帰りの旅にでも出かけたのか。「五時間三千円」という具体がいい。日常を離れた自分だけの時間。自分が今そこにいることは家族も知らない。

二巻より親しみていし漫画本一巻を買いしのち手放せり
                       山下裕美

謎解きのような不思議な味わいがある。欠けていた一巻が揃ったことで、漫画を読み終えてしまったのだ。読み終えたらもう手元に置いておく必要はない。

九十の郷土史家は指を折り今まだ疑問が九つあると
                       澁谷義人

九十歳という年齢にもかかわらず、まだまだ調べたい課題をたくさん持っている。調べ終わるということはないのだろう。その意欲と元気に圧倒される。

中古本『紅』購いて裕子さんの青きペン字の署名も得たり
                       向山文昭

『紅』は1991年刊行の河野裕子さんの第5歌集。「署名も得たり」がいい。本を開くと署名があって、思いがけぬプレゼントのように感じたのだろう。

心が今、皮を剥かれた枇杷のよう。涙が勝手に溢れてくるのだ
                       金田光世

上句の比喩がとても印象的な歌。まさに剥き出しといった感じの心が何とも痛々しい。枇杷の実の傷みやすさとも響き合って、作者の悲しみが伝わる。

「神水館」の湯に浸かるのがステータスとされし戦後の賑はひ偲ぶ
                       K田英雄

戦後の娯楽の少なかった頃には多くの人が憧れた格式のある宿。今ではあまり客も多くなく、ひっそりとしているのだ。そんな温泉にのんびり浸かる作者。

posted by 松村正直 at 18:35| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

「日本近代文学館」館報第279号


「日本近代文学館」の館報第279号が届いた。
http://www.bungakukan.or.jp/cat-whatsnew/9556/

「館蔵資料から=未発表資料紹介 佐佐木信綱宛書簡」を毎号楽しみにしているのだが、今号には北原白秋の信綱宛書簡が2点紹介されていた。

そのうち1点は昭和14年12月31日消印のもので、「啓上 御懇書ならびに筆墨忝く拝受かへつて恐縮に奉存候今は御祝のおしるしまでいささかのもの差出申候につき御笑納たまはり度存候 夢殿につき御厚情難有く御礼申上候」とある。

信綱からもらった手紙のお礼と、祝いの品を送ったこと、そして前月に白秋が刊行した歌集『夢殿』に対する信綱の好意へのお礼という内容だ。

白秋と信綱の関係については、昭和12年の「愛国行進曲」の歌詞の審査の場で喧嘩をして終生和解しなかったという伝説がある。

これについては、既に渡英子が「信綱と白秋―喧嘩顛末記」(「佐佐木信綱研究」第3號)で誤りを正している。また、マンガ「月に吠えらんねえ」の作者清家雪子のブログにも「白秋VS信綱〜解決編」(2016年11月24日)という詳しい記事が載っている。

今回の館報に載った昭和14年の白秋の書簡もまた、先の伝説の誤りを裏付ける証拠の一つと言って良いだろう。

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2017年09月19日

第20回「あなたを想う恋の歌」作品募集中!


現在、第20回「あなたを想う恋の歌」の作品を募集中です。
締切は10月31日(当日消印有効)
http://www.manyounosato.com/

最優秀賞(1首)は10万円、優秀賞(3首)は3万円、秀逸(10首)は1万円。
しかも、投稿料は無料!
ネットからも投稿できます。

皆さん、ぜひご応募ください。

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2017年09月18日

旅の写真


旅先で撮った写真を見ていると、自分がどんなモノや風景が
好きなのかよくわかる。


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  小さな隧道


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  壊れた石灯籠


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  二宮金次郎像


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  ローカル線の駅


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  空地に放置された軽トラック


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2017年09月17日

今後の予定


下記の歌会やイベントに参加します。
お近くの方は、どうぞお越しください。

・10月1日(日)  「塔」岡山歌会
・10月8日(日)  「塔」東海歌会(名古屋)
・10月21日(土) 堺短歌大会 講演「啄木の現代的な魅力」
・12月3日(日)  現代歌人集会秋季大会(京都)
・12月10日(日) 「塔」滋賀歌会

よろしくお願いします。
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2017年09月16日

山本夏子歌集 『空を鳴らして』


著者 : 山本夏子
現代短歌社
発売日 : 2017-08-31

昨年第4回現代短歌社賞を受賞した作者(「白珠」所属)の第1歌集。
2007年から2016年までの作品347首を収めている。

母と子は竿にもつれて父だけがのんびり風に乗るこいのぼり
こんなにもつばめはゆっくり飛べるのか子に飛び方を教えるときは
駅前に宮田書店は今もあり日に焼けている浦島太郎
群れをなす南の島の蝶に似て駐輪禁止の紙札なびく
上履きが片方道に落ちている木星みたいな裏側見せて
黒ずんだサトちゃん人形笑ってる足に鎖を巻きつけたまま
二時間を水に浸して棄てられる中止となった花火の玉は
苦しみを隠したままで死ぬことのできるうさぎが一度だけ鳴く
広場からうさぎを一羽選るように子が保育士に抱き上げられる
前髪を短く切ればおさなごにもっと幼い顔のあること

1首目、何のことかと思って読んでいくと結句で「こいのぼり」の話だとわかる。語順に工夫がある。
2首目、速く飛んでいるイメージしかない燕ならではの歌。
3首目、昔ながらの個人経営の書店。こうした店はどんどん減っている。
4首目、たくさんの自転車に札が貼られて、羽ばたいているみたいに見えるのだ。
5首目、「木星みたい」が大胆な比喩。ゴムの色合いや縞の感じが似ている。
6首目、薬局の前に置かれているゾウのキャラクター人形。盗難防止に鎖が付けられているのが痛々しい。
7首目、初二句の具体がいい。発火することがないように慎重に扱うのだ。
8首目、人間と違って言葉で苦しみを訴えることができない哀れさ。
9首目、上句の比喩が印象的。保育士から見れば、わが子もワンノブゼムでしかない。
10首目、どんなに幼い子でも、生まれた時に比べれば確かに歳を取っているのである。

後半は妊娠、出産、子育ての歌が多い。文体や表現に健やかな明るさが感じられるのが大きな特徴と言っていいだろう。

2017年8月31日、現代短歌社、2500円。

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2017年09月15日

いわて故郷文芸部ひっつみ「ひっつみ本」


岩手県出身者、在住者が参加する同人誌。
8名が参加して、それぞれ短歌7首(or詩1編)+随筆を発表している。

巻頭には「どなたもどうぞお入りください/決してご遠慮がありません」と、宮沢賢治の『注文の多い料理店』風な前書きがあり、岩手への愛を感じさせる。

ストーブの効いた部屋から雪を見る 出会う前他人だったのか僕らは
                         逢坂みずき

出会う前は当然他人だったはずなのだが、ずっと前からお互いに知っているような感じがするのだ。冬の部屋に相手と二人きりという場面だろう。

甘すぎるカルーアミルクが二つあり元は一つの愛だったよう
                         木下知子

下句の発想がおもしろい。一つの愛が二つに分かれてしまったのか。コーヒーリキュールに牛乳を混ぜるカクテルの色合いや甘さが、うまく合っている。

噛めるひかり啜れるひかり飲めるひかり祈りのように盛岡冷麺
                         工藤玲音

四句目までは何のことかわからずに読んでいって、結句でなるほどと思う。盛岡冷麺の強いコシやつやつやした光沢の感じが印象的に描かれた歌だ。

ポケットにビールの缶をねじこんで花のいかだで旅ができるね
                         佐々木萌

手ぶらでビールの缶だけを持って花見をしているのだろう。水面に浮かぶ花筏に乗ってどこまでも行けそうな楽しい気分になっている。

どれくらいのテレビか聞かれ箸を置き空中に書くわたしのテレビ
                         武田穂佳

一緒に食事をしている相手からテレビの大きさを聞かれたのだ。何インチといった数字ではなく、指で四角を書いているところに臨場感がある。

エッセイはどれも若々しさの感じられる内容で、読んでいて楽しかった。特に木下知子「標識」が印象に残った。

「ひっつみ」という会の名前は、岩手の郷土料理で、すいとんの一種のことらしい。

岩手に何か関係のある食べ物がいい、と思い、わんこそば、とか、じゃじゃ麺、とか考えたものの、ひっつみ、という言葉の耳たぶほふどのやわらかさ、あたたかさから、この名前に落ち着きました。

という説明がある。肝腎の「ひっつみ」がどんな料理かという説明がないところがいい。地元の人にとっては当り前のものだから、説明の必要を感じないのだろう。そんなところにも岩手への愛を感じる。

2017年6月11日、300円。

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2017年09月14日

日々のクオリア


砂子屋書房のホームページの一首鑑賞「日々のクオリア」で、
『風のおとうと』の歌を引いていただきました。
ありがとうございます。

https://sunagoya.com/tanka/?p=17441

posted by 松村正直 at 17:42| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勺禰子歌集 『月に射されたままのからだで』



「短歌人」所属の作者の第1歌集。420首。

嘆き死んだ遊女の墓のあるあたりから湧き出づる温泉ぬるし
落ちたての花びらを轢く感触のなまなまと車輪伝ひ登り来
はふり・ふはり・はふり・ふはり と転がせば屠(はふ)るとふ言の葉のやさしさ
両岸に茶屋ありしといふ二軒茶屋跡から暗峠(くらがりたうげ)を目指す
きちんと育てられたんやねと君は言ふ私の闇に触れてゐるのに
はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く
はげしさを身に溜めぬやう送り出すしぐさか 熱を帯びゆく扇
迷ひとは無縁の速度を保ちつつ燕抜けゆくちさき山門
片足の鳥居の脇のアパートの下着揺らめく205号
入浴剤の香りで少しつながれてあはきあはき家族といふもの

1首目、遊女の死にきれない思いが温泉になって溢れている感じ。「ぬるし」が何とも寂しい。
2首目、まだ柔らかい花びらを轢く感触が自転車を通じて身体に伝わるのだ。
3首目、単なる言葉遊びではなく「屠る」という語に対する肯定的な思いが表れている歌。
4首目、今は何もない「二軒茶屋跡」に立って昔の様子を思い描いている。
5首目、私の闇を受け入れてくれる相手なのだろう。
6首目、「からだを開く」がいい。壁が壊されて剥き出しになった家の中が夕日に照らされている。
7首目、盆踊りの様子。「はげしさを身に溜めぬやう」という捉え方に独自なものがある。
8首目、確かに燕の飛び方には迷いがない。
9首目、長崎の山王神社の被爆した鳥居。三句以下の生活感との取り合わせがいい。
10首目、ほのかに同じ匂いがする。そのくらいのつながりなのである。

歌集全体を通じて大阪や奈良の地名や固有名詞が数多く登場する。土地や歴史とのつながりを深く感じている作者なのだろう。近年は社会詠にも意欲的に取り組んでいる。

「ひつじ」7首は、12年前の出来事を絵画作品と重ね合わせて詠んだ一連で、とても強く印象に残った。作者の人生において忘れることのできない体験である。

2017年7月24日、六花書林、1900円。

posted by 松村正直 at 09:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

神山典士著 『成功する里山ビジネス』



副題は「ダウンシフトという選択」。

人口が減り経済成長もしなくなる「下り坂」の日本社会をどのように捉え、生きていけば良いのか。新しい考え方や生き方を模索し始めた地域や人々を取り上げて論じた一冊。

現在の日本は、環境の変化に対抗する下山用の「文化」を用意しようとしていない。人口増加の社会システムや思考のままに、人口減少時代を生きようとしている。そこが最大の問題だ。
下山の時代には、むしろその真逆の行動が求めれている。仕事は中央よりも課題山積みの地方にある。過疎化や経済的疲弊、文化や教育的課題が蔓延する地方=下り列車の行き先にこそ、働く舞台があり主人公がいる。

こうした文章に、作者の問題意識はよく表れている。

本書で取り上げられているのは、小布施町、一人出版社「文屋」、平田オリザ、豊岡市城崎町、新潟県岩室温泉、「津屋崎ブランチ」、山崎亮とstudio-L、瀬戸内国際芸術祭、小豆島町、バー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」、坂勝、隠岐郡海士町、岩本悠など。

これらは既に成功例として知られている(有名な)地域や人が多く、その点では物足りなさが残る。けれども全体にコンパクトにまとまっていて、今後の社会のあり方を考えるきっかけとなる内容だと思う。

2017年7月10日、角川新書、800円。

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2017年09月12日

「男」と「男性」


今日の朝日新聞(大阪本社版)夕刊に「住宅街で発砲 男性死亡」「殺人容疑 男が逃走」という見出しがあった。記事を読むと

車から降りた男性と男が口論した後、路上で撃たれたとみられるという。現場で目撃した人によると、男性が「撃ってみんかい」と言い、男が発砲して逃げたという。

亡くなった被害者も逃走した容疑者も、まだ氏名はわからない。そのため「男性」「男」という表記になるのだが、そこに規則性があることに気が付いた。

被害者は「男性」で、容疑者は「男」。どちらも意味は一緒だが、「男性」の方が丁寧な印象を与えるので、こういう使い分けがされているのだろう。


posted by 松村正直 at 23:32| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする