2015年06月07日

山内道雄・岩本悠・田中輝美著 『未来を変えた島の学校』


副題は「隠岐島前発ふるさと再興への挑戦」。

西ノ島(西ノ島町)、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)の3つの島、3つの町村からなる隠岐の島前(どうぜん)地域。高齢化や過疎化が進む現状を何とかしようと、唯一の高校である「隠岐島前高校」を核に奮闘する人々の姿を描いた本。

地元の人だけでなく、外部からも人を招き、行政・学校・住民の連携のもと、観光甲子園への出場、観光ツアー「ヒトツナギ」の開催、「隠岐國学習センター」の開設、「島留学支援制度」の創設など、次々と新たな取り組みを行っていく。

その根本には、時代の変化に伴う発想の転換がある。

これまで「小規模校」という弱みに捉えられがちだったことが、逆に全教員が全生徒の顔と名前や性格まで把握している「少人数教育」という、圧倒的な強みに転換できる。

一枚目は、高度成長社会で、欧米を先頭に、日本、そしてこの島が最後尾にある図。二枚目は、それが逆向きになり、小さなこの島を先頭に、日本、欧米と続いていた。「最後尾から最先端へ 持続可能な社会への曳船(タグボート)に」。

2010年に隠岐に旅行して以来、島前地域には関心を持っている。十年後、二十年後に、この本に書かれた試みがどのように実を結ぶか(あるいは結ばないか)、見続けていきたい。

・隠岐旅行
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138308.html
・山内道雄 『離島発 生き残るための10の戦略』
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138291.html

2015年3月24日、岩波書店、1500円。

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2015年05月29日

笹田昌宏著 『よみがえる鉄道文化財』


副題は「小さなアクションが守る大きな遺産」。

歴史的価値のある鉄道の車両や施設などを、どのように保存・活用していくか。長年、鉄道文化財を守るために尽力してきた著者が、全国各地さらには海外の事例を紹介しながら、今後に向けての提言をしている。

解体寸前に救い出されて立派な鉄道博物館へ収蔵された車両もあれば、公園に永久保存されていたはずが老朽化して廃棄されてしまったものもある。

鉄道文化財は一見頑強そうに見えて、実は案外脆いという側面も持っている。現役を退いて数年も風雨にさらされると、たちまち荒れ始めてしまう。現役時代は定期的に車体の塗り直しなどの手入れが行われていたから美しさを保てただけで、決してメンテナンスフリーなどではないのだ。

これは、家などの建築物にも同じことが言える。保存するのは簡単なことではない。常に手入れをし続けなくてはならないのだ。

著者と友人との合言葉は「物さえ残っていれば、あとは何とかなる」。歴史的に価値あるものと認められるまで待っていては遅いのだ。一度失われてしまった物は、もう元には戻らない。後で歴史的な価値に気が付いても、物自体が残っていなければどうしようもない。

鉄道文化財に寄せる著者の熱意と愛情が、ひしひしと伝わってくる一冊である。

2015年4月15日、交通新聞社新書、800円。

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2015年05月27日

上野誠 著 『はじめて楽しむ万葉集』


2002年にPHP研究所から刊行された単行本『みんなの万葉集 響きあう「こころ」と「ことば」』を改題して、文庫化したもの。

万葉集の歌の中から80首あまりを選んで鑑賞をしている。語り口が楽しく、また現代語訳も付いているので、気軽に読むことができる。

『万葉集』の時代には好きになった男性に女性が自分の着ている下着を贈ることは、一般的な行為であった。
この時代、眉が痒いと恋人がやって来るという俗信があった。そこで、恋人に会いたいと思う坂上郎女は痒くもないけれども、自分の描き眉を一生懸命掻いたのである。
男女が共寝をして別れる時には、彼女は彼氏の下着の紐を丁寧に結ぶという行為によって、好きなんですよという気持ちを表したのである。

といったあたり、「へぇ〜、そうなのか」と感心してしまった。
そういう背景を知って読むと、歌の味わいがぐんと増してくる。

2012年9月25日、角川ソフィア文庫、705円。

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2015年05月22日

小川靖彦著 『万葉集と日本人』


副題は「読み継がれる千二百年の歴史」。

8世紀末に成立した『万葉集』が、その後どのように読まれてきたのか。
菅原道真、紀貫之、紫式部、藤原定家、源実朝、仙覚、賀茂真淵、佐佐木信綱らを例に挙げながら、平安〜中世〜江戸〜近代という1200年にわたる歴史を順にたどって解説している。『万葉集』の受容史と言っていいだろう。

『万葉集』を「読む」ためには、「訓(よ)む」こと、つまり漢字本文を解読して日本語として読み下すことが必要です。そして、「訓む」ことは機械的に漢字本文を〈ことば〉に起こしてゆく作業ではなく、「解釈」を伴う創造的な行為なのです。
今日の目からすると、古点は漢字本文から離れてしまっているように見えます。しかし、漢字と和語との対応が比較的ゆるい平安時代の漢文訓読に習熟していた源順(みなもとしたごう)らは、自らの「訓読」を漢字本文に即していると考えていたと思います。

最近、ちょっとしたことをきっかけに、『万葉集』に興味が湧いてきた。
これから少しずつ『万葉集』関連の本を読んだり、学んだりしていきたい。

2014年4月25日発行、角川選書、1600円。

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2015年05月21日

木村元彦著 『オシムの言葉 増補改訂版』


2008年に集英社文庫から出た本に新章を加えた増補改訂版。
最初は2005年に集英社インターナショナルから単行本が刊行されている。

名著。
これは、すごい本だと思う。

元サッカー日本代表監督イビツァ・オシムについての本だが、単なるサッカーの話やスポーツの話ではない。政治や歴史や人生までも含んだノンフィクションである。

「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 要は準備が足らないのです」
「トレーニング方法で言えば、教師がこういうメニューがある、と黒板に書いた段階ですでに過去のものになっている」
「『しょうがない』という言葉は、ドイツ語にもないと思います。『どうにもできない』はあっても、『しょうがない』はありません。これは諦めるべきではない何かを諦めてしまう、非常に嫌な語感だと思います」

こうしたオシムの言葉を読むだけでも、もちろん十分におもしろい。

けれども、人をひきつけるオシムの優れた言葉は、彼の経歴と切り離せないものであったのだ。内戦前のユーゴスラビア代表の最後の監督を務め、サラエボ内戦によって2年半も妻や娘と離れ離れになり、後にボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会の正常化委員会の委員長として民族融和に尽力したオシム。

この本を読んで、自分がユーゴスラビアの内戦やその後の歴史について、あまりに何も知らなかったことに気づかされた。

オシムは、戦争による艱難辛苦によって何ごとにも動じない精神や他文化に対する許容力を得たのではないかという問いに対して

「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが……。ただ、言葉にする時は影響を受けていないと言ったほうがいいだろう」「そういうものから学べたとするならば、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」

と答えている。

言葉というのは、こんなにも強く、深いものであったのだ。

2014年1月10日、文春文庫、690円。

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2015年05月14日

黒岩幸子著 『千島はだれのものか』


副題は「先住民・日本人・ロシア人」。
ユーラシアブックレット186。

18世紀以降、ロシアと日本の間で領有をめぐる争いがあり、国境が移り変ってきた千島列島について、その歴史と現状を記したもの。

先住民である千島アイヌ、さらには北海道アイヌを含めて、国境線により分断された人々の苦難が浮き彫りにされる。

国境線がどこに引かれるにしても、ユーラシア大陸と日本を繋ぐ踏み石としての千島列島の姿や価値に変わりはない。そして千島の特異な環境に相応しい生活圏、文化圏、経済圏というものがある。過去の国境線は、そのような一体性を保つべき地域を分断して日ロが対峙する空間を生み出した。

「日本」「ロシア」という国家単位の枠組みからではなく、「千島列島」という枠組みで歴史や文化を捉え直す視点が、今後ますます必要になってくるのだろう。

2013年12月10日、東洋書店、800円。

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2015年05月12日

高桑信一著 『山の仕事、山の暮らし』


2002年に「つり人社」より刊行された単行本の文庫化。
元は月刊「つり人」別冊「渓流」1993年夏号〜2002年夏号に連載された「山に生きる」をまとめたもの。

「只見のゼンマイ採り」「檜枝岐の山椒魚採り」「会津奥山の蜂飼い」「岩手・浄法寺町の漆掻き」など、山で生きる19名の姿を記したドキュメンタリー。時代とともに失われつつある暮らしの様子が、生き生きと描き出されている。

この連載が書かれてから、既に十数年〜二十数年が経過した。現在この方たちはどうしているのだろう。

例えば、南会津の駒止峠の「峠の茶屋」で岩魚を焼いていた中村源治さんと奥さんの武子さん。1993年の取材当時「定年もないしねえ、まだ二十年ぐらいは頑張れるでしょ」と話していた。

けれども調べてみると、1999年に源治さんが亡くなり、「峠の茶屋」も2005年に廃業。現在は更地となっているそうだ。時の流れとはいえ、やはり寂しい。

2013年3月5日、ヤマケイ文庫、950円。

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2015年05月08日

徳田耕一著 『ガイド サハリンの旅』

副題は「未知の世界への初の案内」。

今年の夏にサハリンへ行くべ予定なのだが、サハリン関係のガイドブックは本当に少ない。手に入りやすいのは『地球の歩き方 シベリア鉄道とサハリン』であるが、サハリンについてはわずかな量の記述しかない。

そんなこともあって、1991年刊行の古いガイドブックを読んでいる。四半世紀以上も前のものなので、あまり役に立ちそうはないのだが、それでも読まないよりはマシだろう。

1989年、ソ連のペレストロイカ政策によって、外国人の立ち入りが禁止されていたサハリンが開放され、サハリン旅行ができるようになった。91年には戦前と同じコルサコフ(大泊)―稚内の航路が開かれ、95年からは定期航路となっている。この本には、その当時の観光への熱い期待が込められている。

サハリンは戦争による暗い痛手を持つ望郷の島から、新「北のリゾート」として新たな時代を迎えようとしている。
近くなったサハリン、幻から現実に一変した北の大地は、新しい観光スポットとして脚光を浴びて来た。

けれども、現在の状況を見てみると、こうした予測は外れたと言わざるを得ない。ソ連、ロシアとの関係改善は進まず、サハリン観光や交流は停滞している。コルサコフ―稚内の定期航路も今年9月で廃止になる見込みだ。
http://www.sankei.com/economy/news/140925/ecn1409250032-n1.html

せめてその前に、船でサハリンへ行ってこようと思う。

1991年9月15日、風媒社、1700円。

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2015年05月07日

小倉美惠子著 『オオカミの護符』


2011年に新潮社から刊行された本の文庫化。
おススメの一冊です。

実家の土蔵に貼られた一枚の「オイヌさま」の護符をきっかけに、著者はふるさと川崎市土橋の歴史や民俗に関心を持ち始め、やがて失われゆく暮らしの姿や山岳信仰の世界を映像で記録するようになる。

百姓の家に生まれた私もまた、家や村の歴史には無頓着だった。学校で習う「大きな歴史」と家や村の「小さな歴史」は、まったく交わることがなく、教科書に載らず、したがって試験に出るはずもない。「小さな歴史」を、むしろ軽んじていた。

というあたり、まさに同感である。この本を読むと、「小さな歴史」の大切さがよくわかる。一つ一つの「小さな歴史」を調べていくうちに、思いがけない「大きな歴史」が見えてくるのである。

「オイヌさま」の護符から、「御嶽講」、そして「オオカミ信仰」「山岳信仰」へと、話は広がりつつ深まっていく。見事なフィールドワークと言うべきだろう。

「宗教」、「信仰」は明治時代に生まれた翻訳言語である。だから厳密にいうなら、江戸時代までの日本には宗教も信仰も存在しなかったのであり、このような概念ではくくることのできない別の祈りだった。(…)しかしいまでは、私も「信仰」という言葉を用いなければ、何も語れなくなっている。

近代以降の日本人は、こうした矛盾を常に抱えつつ生きてきたのだろう。歴史を解き明かすことを通じて、今の私たちの姿もまた、よく見えてくるのである。

2014年12月1日、新潮文庫、490円。

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2015年05月03日

駒田牧子著 『根付』


「ジャパノロジー・コレクション」と題されたシリーズの一冊。

根付についての入門書。数多くの作品の写真を載せ、題材、作者、材料、歴史などについて解説している。写真を眺めているだけでも楽しい。

根付は見るだけでなく手に持ったり握ったりすることを前提とした「触覚の芸術」である。
根付は年月の経過や使用により美的価値が増していく「進行する美術」なのだ。

といったあたり、これまであまり意識していなかったので、ハッとさせられた。

作品タイトルの英訳も面白い。「浪人」は「Masterless samurai」、「松茸狩」は「Mashroom gathering」、「あっぷっぷ」は「You laugh first!」。なるほど。

2015年2月25日、角川ソフィア文庫、920円。

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2015年04月29日

『日本の民俗 暮らしと生業』の続き

他にも、印象に残った箇所をいくつか挙げておこう。

旧暦では、正月は冬から春へ移行する折り目にあたり、盆は夏から秋へ移行するときの折り目で、一年間の季節を二分している。

2015年で言えば、旧暦の正月(1月1日)は2月19日、お盆(7月13日〜15日)は8月26日〜28日となり、確かに季節の変わり目と一致する。

昭和二十五年(一九五〇)からは「年齢のとなえ方に関する法律」により、年は人それぞれの誕生日に満で数えるようになった。

戦前は「数え年」で数えていや年齢を、戦後になって「満年齢」で数えるようになったことは知っていたが、それが法律に定められているとは初耳であった。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO096.html
(年齢のとなえ方に関する法律)

著者は「あとがき」に次のように記す。

大正十年(一九二一)旧満州の大連市で、鉄道会社に勤めるサラリーマンの家庭に生まれた。我が家には神棚はなく、両親が盆行事をしていたおぼえもない。二〇世紀初めの植民地に暮らしていた日本人の核家族は、母国の習俗やしがらみに無関心だったのである。

こうした生い立ちが、後に著者が年中行事や郷土芸能に関心を抱く遠因になったようだ。私の生まれた家(1970年代の東京郊外のサラリーマン家庭)も同じ環境だったので、よくわかる気がする。

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2015年04月28日

芳賀日出男著 『日本の民俗 暮らしと生業』


2007年にクレオより刊行された本に加筆修正をして、文庫化したもの。

全国各地の暮らしに関わる民俗写真を解説付きで多数収めている。章立ては「正月」「盆行事」「稲作」「漁村の暮らし」「海女」「巫女」「人形まわし」「木地師」「さまざまな生業」「運ぶ」「市」「親族集団」「人生儀礼」。

主に昭和30年代から50年代にかけての写真が多く、今では見られなくなってしまった光景も多い。例えば「丸薬師」という仕事。写真の解説には次のようにある。

練薬をへらできざんで台の上にならべ、木ぶたをかぶせて軽く押してまわす。30秒たらずで700粒ができあがる手練の早技。

この仕事は、昭和51年に「医薬品の製造及び品質管理に関する基準」が定められたことによって廃絶になったとのこと。

これまで知らなかった風習や行事もあったので、いくつか引く。

豆占(まめうら) 正月14日の夜、いろりの灰の上に12個の大豆をならべて置く。
餓鬼棚 盆棚には先祖や家族の霊を祭る「本棚」と、無縁仏を祭る「餓鬼棚」がある。
水口祭り わが家の田圃の水口に菖蒲、小手毬などの花をかざり、饌米を供え、神酒をそそぐ。

2014年11月25日、角川ソフィア文庫、1280円。

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2015年04月27日

中国新聞取材班編 『猪変』

著者 :
本の雑誌社
発売日 : 2015-02-05

タイトルは「いへん」。
2002年12月から半年にわたって中国新聞に連載された企画報道をまとめたもの。終章に「「猪変」その後」を追加している。

瀬戸内海を泳ぐ猪の話から始まって、中国地方の農作物に大きな被害を与えている猪の実態へと迫っていくルポルタージュ。

そこから見えてくるのは、農山村の高齢化や人口減少によって手入れのされない里山や耕作放棄地が増えている現状である。また、駆除を中心とした猪対策が駆除自体を目的化してしまい、農作物の被害の減少につながってない問題も浮き彫りにされる。

いずれも、猪の問題というよりは人間側の問題である。地方の疲弊やコミュニティの崩壊といった問題が、猪問題にも深い影を落としている。

中国地方のことだけではなく、ポーランドやフランスにおける狩猟文化や北海道におけるエゾシカ対策のことなども取り上げている。新聞社の取材力が遺憾なく発揮された一冊と言っていいだろう。

2015年2月20日、本の雑誌社、1600円。

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2015年04月24日

『思索の源泉としての鉄道』のつづき

印象的だった部分をいくつか。

太平洋戦争開戦直前に当たる一九四一年春、柿生、鶴川界隈に「柿生離宮」を造営する計画が持ち上がったことがある。離宮というのは名目で、実際には皇居の移転が計画されていたのだ。

この話は初めて知った。私は生まれ育ったのが小田急線の玉川学園前なので、柿生や鶴川といった地名は懐かしい。

いつの日にか、対馬、宗谷、間宮の三海峡がトンネルでつながり、日本海を取り巻く壮大な循環線が開通する日が来ることを、私は夢見ている。必ずやそれは、東アジアの平和と安定に寄与すると考えられるからだ。

「日本―ロシア―中国―北朝鮮―韓国―日本」を循環する国際列車ということになろう。現時点では夢物語にしか思われないが、そうした可能性を考えるのは大事なことにちがいない。交通の変化は人々に意識の変化をもたらすからだ。

この夏、サハリンへ行く予定なのだが、日本―サハリンの交通事情は残念ながら年々悪くなっている。宗谷海峡を渡る稚内―コルサコフの船便も今年で廃止されてしまうらしい。札幌―ユジノサハリンスクの航空便は残っているものの、函館便は廃止されてしまったし、成田便も存続が際どい状況になっている。

宗谷海峡をもしトンネルで渡ることができたら、サハリンは今よりもはるかに身近な存在になることだろう。

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2015年04月23日

原武史著『思索の源泉としての鉄道』


2011年から2014年にかけて講談社のPR誌「本」に連載した「鉄道ひとつばなし」をまとめたもの。これまで新書でも『鉄道ひとつばなし』『同 2』『同 3』というタイトルであったが、今回は名前が違う。

もともと単に鉄道マニア的な話だけではなく、著者の専門である日本政治思想史を踏まえた話がしばしばあったのだが、今回は東日本大震災を受けてその傾向がより顕著になったように感じる。

震災後すぐに復旧に向けて動き始めた三陸鉄道と、東北新幹線以外の復旧には消極的なJR東日本とを比較して、人々がコミュニケーションをとる「公共圏」としての鉄道を論じるあたりに、その真骨頂が表われている。鉄道は単なる移動手段ではないのだ。

本書では新幹線とナショナリズムの関わりについても論じられている。リニア新幹線で時速603キロが出て世界最高速度を更新したというニュースに喜んではいられない。効率とスピード重視の鉄道から、乗ることそのものを楽しむ鉄道へという著者の主張が、いつか実現する日が来ると良いのだが。

2014年10月20日、講談社現代新書、800円。

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2015年04月20日

一志治夫著 『奇跡のレストラン アル・ケッチァーノ』


副題は「食と農の都・庄内パラディーゾ」。
2009年刊行の『庄内パラディーゾ』を改題、加筆修正して文庫化したもの。

山形県鶴岡市にレストラン「アル・ケッチァーノ」を構え、在来作物を使った料理の研究や地域の活性化に務める料理人・奥田政行と、彼の周囲の人々を追ったノンフィクション。

現在の農業が抱えている問題点や、地方と東京との格差など、料理を通じて日本の今後のあり方を問う内容になっている。

ちなみに「アル・ケッチァーノ」はイタリア語ではない。「そういえばあったわね」を庄内弁で言うと「あるけっちゃの」となり、それをイタリア語風にもじったのである。

こんなところにも、奥田の心構えがよく表れている。イタリアの物真似ではなく、庄内の素材を用いて、庄内の風土に合ったイタリアンを目指しているのだ。

カットしたサザエが8回で噛み終わるのであれば、合わせるウドもまた8回で噛み終わる固さに切って合わせる。昔はよくフレンチでも食材の大きさを整えろ、と言われたけれど、よく考えると、固いニンジンもあれば柔らかいタマネギもある。大きさではなく、噛む回数で合わせれば、口の中で違和感なく食べ終わるわけです。

こんな言葉を読むと、料理の世界の奥深さに驚かされる。そして、そこに一つの哲学があることを感じるのである。

2015年3月10日、文春文庫、680円。

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2015年04月17日

常見藤代著 『女ひとり、イスラム旅』


「チュニジア」「ヨルダン」「パキスタン」「モロッコ」「オマーン」「エジプト」「シリア」といったイスラム圏の国々を女性一人で訪ねた旅行記。

初めて会った人の家に招かれたり、一緒に食事をしたり、結婚式に参加したりと、和やかで楽しい話が多い。戦争やテロのニュースとはまったく別の姿が見えてくる。

男はやっぱり手作りの自然な味より、手っとり早く食べられるインスタント食品が好き。「手作りのナントカ」に夢中になるのは女性ばかり。
日本人はとかくイスラムの女性が一人旅ができないことを抑圧と見なしがちだが、こちらの女性は全くそうは思っていない。逆に一人旅の女性を「守ってくれる人がいないかわいそうな人」と見ているのだ。
イスラムの国の結婚システムは男性に厳しい。結婚時に男性が家を用意しなければならない。(…)イスラムは男性優位と思われているが、実は男性にこそ厳しい社会だ。

もちろん、イスラム圏と言っても東南アジアから中東、北アフリカまで広がっていて、国や地域ごとに歴史や文化、生活習慣もさまざまだ。やはり、実際に自分で行ってみるのが一番なのだろう。

2015年1月30日、朝日文庫、700円。

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2015年04月15日

古庄弘枝著 『沢田マンション物語』


副題は「2人で作った夢の城」。
2002年に情報センター出版局より刊行された本の文庫化。

設計から土木工事、内装に至るまでほぼ独力で、30年がかりで「沢田マンション」を築き上げた沢田嘉農・裕江夫妻についてのドキュメンタリー。抜群におもしろい。

小学5年生でアパート経営を決意し、12歳で製材の仕事を始めた嘉農さんと、13歳(!)で嘉農さんと結婚した裕江さんの人生は、とにかく破天荒で波乱万丈、それでいて夢の実現へと真っ直ぐに突き進んでいる。

60室あまりの部屋は一つとして同じ間取りのものはなく、1階から5階までスロープを通って車でのぼることができる、さらに、4階には池が、屋上には田んぼがあったりと、ひたすら自由で、手作り感満載だ。

「本はしょせん、他人が考えたものよ。わしは自分の頭で考える」と述べる嘉農さんの言葉が重い。

2009年9月20日、講談社+α文庫、819円。

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2015年04月06日

奥田政行×三好かやの著 『東北のすごい生産者に会いに行く』


山形県鶴岡市で地元食材を用いたイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」を開いている奥田シェフと、食材を中心に全国を取材しているライターの三好さんが、東北の生産者を訪ね歩くという内容。

名取市のセリ、郡山市の野菜、宮城県南三陸町の牡蠣、福島市の桃、岩手県洋野町の天然ワカメ・アワビ、仙台市の白菜、石巻市の焼ハゼなどが取り上げられている。

名取市で月に一度オープンファームを開いている三浦隆弘さんの「農家というのはただ食物を作る場所ではなく、人が暮らす場所なんです。衣食住、人間が生きるチカラを磨くための、知恵や工夫が詰まった博物館でもある」という言葉に、深く納得した。単に食料生産という観点だけでは捉えられないのだ。

2011年の東日本大震災や原発事故によって、東北の農業や漁業は大きな被害を受けた。

都市部には、故郷の両親や祖父母が送ってくれる野菜を頼りにしている人たちも多い。お年寄りが手塩にかけて育てた野菜を仲立ちに、つながっていた家族の絆。それが途絶えてしまう。原発事故の影響は、そんなところにも現われていた。

本書には、東北の料理人と生産者による「東北の『食』と『農』を語ろう」という座談会も収められており、震災後の炊き出しの様子などを知ることもできる。

2015年2月15日、柴田書店、1800円。

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2015年04月01日

白石良夫著 『古語と現代語のあいだ』


副題は「ミッシングリンクを紐解く」。
著者は長らく文部省で教科書検定に従事した国文学者。

「近代短歌」「擬古文」「仮名遣い」を取り上げて、古語と現代語とのつながりを論じた本。両者が地続きであることを述べるとともに、国文学者などが不自然につなげてしまった点を断ち切ることを目指している。

牧水の代表歌である「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」や「いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや」を読み解くなかで、

牧水の研究において、実証主義イコール学問という信仰が、作品理解をあらぬ方向にひっぱっている

と述べている部分など、なかなか刺激的である。

他にも、「をこ(痴)めく」が「おこめく」「おごめく」と書かれたことによって、「おごめく」という本来はなかった言葉が生み出され、「うごめく(蠢く)」と同じ意味で読まれている話など、興味深い例が数多く挙げられている。

ただ、全体に他の学者への批判や自説が受け入れられない恨み言が多いのが気になった。せっかく大事なことを書いているのだから、それを「わたしの答案が教科書検定の現場や教科書そのものの記述に採用されることは、ほとんどなかった」という文脈で語る必要はないだろう。

2013年6月10日、NHK出版、740円。

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2015年03月31日

『鑑賞・現代短歌四 佐藤佐太郎』の続き

著者の秋葉四郎は1966年に「歩道」入会。
佐藤佐太郎の中期以降の弟子ということになる。
そのため、100首選のバランスが後半に大きく偏っているのが、本書の特徴と言っていいだろう。

『軽風』   2首
『歩道』   6首
『しろたへ』 4首
『立房』   3首
『帰潮』   7首
『地表』   5首
『群丘』   8首
『冬木』   8首
『形影』  10首
『開冬』  10首
『天眼』  12首
『星宿』  14首
『黄月』  11首

これはまた、

佐太郎の作歌は「純粋短歌」の、覚醒から自覚、確立、進展、拡充、円熟、完成といった確実な軌跡を年輪と共に進んだのであった。

という捉え方の結果でもある。死ぬまで歌人として成長を続けていったという見方は、弟子の気持ちとしてはよくわかるのだが、当然異論も出る部分であろう。

もう一つ。

たまきはる内の涙をさそふまでこのみたま等の献げたるもの
            特別攻撃隊讃歌 『しろたへ』

この歌について著者は「太平洋戦争もいよいよ切実な状態になった昭和十七年の作で」と述べている。けれども、昭和十七年と言えばまだ戦争の初期の段階であり、「いよいよ切実な状態」という鑑賞には違和感がある。「特別攻撃隊」を昭和十九年以降の神風特別攻撃隊と混同しているのではないだろうか。

この歌は、同じ一連に〈真珠湾に敵を屠りてみづからもその轟のなかに終りき〉〈九つのみたまの永久(とは)のいさをしを心にもちて吾はしぬばむ〉といった歌があることからもわかるように、真珠湾攻撃における特殊潜航艇の攻撃と9名の戦死者(九軍神)を詠んだものである。

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2015年03月28日

西牟田靖著 『本で床は抜けるのか』


ウェブ・マガジン「マガジン航」に2012年4月から7月にかけて連載された文章を加筆・再構成したもの。

著者は『僕の見た「大日本帝国」』『ニッポンの穴紀行』などの書著があるノンフィクション作家。同じ年齢ということもあって親近感を持っている。

木造アパートの2階の部屋に大量の本を置いた著者が「床抜け」の不安を覚えるところから話は始まる。著者は実際に「床抜け」した人の話を聞きに行き、さらには蔵書を大量に処分した人や、蔵書を電子化した人、大きな書庫を建てた人など、蔵書をめぐる様々なドラマを追っていく。

本がどのぐらいあるか、玄関に本があるかどうかがひとつの基準となります。玄関が本で占拠され、中に入るのが困難な状況であれば、多いとみて間違いありません。

これは蔵書整理を手掛けている古書店主の発言。
これを読むと、わが家はまだ大丈夫だと安心する。

最初は本をめぐるドタバタを描いた軽い本だと思って読んでいたのだが、次第に話はシリアスになり、最後はじんとしてしまった。何とも身につまされる内容で、とても他人ごとではない。

2015年3月10日、本の雑誌社、1600円。

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2015年03月22日

内藤正典著 『イスラム戦争』


副題は「中東崩壊と欧米の敗北」。

現在の中東情勢を過去に遡って分析し、イスラム報道の問題点や欧米の確立した中東秩序の限界を論じた本。日本の集団的自衛権容認のはらむ問題にも踏み込んでいる。

そもそも、ムスリムに「原理主義」と言っても何のことだか理解できません。なぜなら「イスラム原理主義」というのはアメリカにおける造語だからです。

「カイダ」とは、ベース、拠点を意味します。「アル」は冠詞ですから、“The Base”という意味でしかありません。アラビア語では野球のことを「アルカイダのボール」と言います。

こんな小さなことを知るだけでも、中東問題の見方が少し違ってくる気がする。

また、本書は「イスラムの一夫多妻は野蛮か?」「イスラムは女子教育を否定しているのか?」「イスラム主義者は話が通じないか?」「奴隷制復活は不可避か?」「イスラムの刑罰は残虐か?」など、私たちがふだん疑問に感じていることにも丁寧に答えている。

グローバル化が叫ばれるなか、アメリカのスタンダードにすり寄ることが大事だと信じている人もいれば、ひたすら反米で世界を見ようとする人もいます。問題は、どっちに偏っても、戦争の犠牲になる人々を減らすには、まったく役に立たないということです。

自分の主義主張に合わせて世界を見ようとしないこと。「偏らない」ためにも、イスラムに対する理解を少しずつでも深めていく必要がある。

2015年1月21日、集英社新書、760円。

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2015年03月19日

光嶋裕介著 『みんなの家。』


副題は「建築家一年生の初仕事」。
著者の名前は「こうしま・ゆうすけ」。

ベルリンの建築設計事務所で4年弱働いて、日本で事務所を開いたばかりの著者が、内田樹の自宅兼道場「凱風館」を建てるまでの出来事を記した本。先月読んだ内田樹著『ぼくの住まい論』と対になるような内容で、巻末には井上雄彦(漫画家)×内田樹×著者の鼎談も載っている。

1979年生まれの著者は建築現場では最年少なのだが、施工者(工務店)、構造設計事務所、大工、左官、瓦職人、テキスタイル・デザイン・コーディネーター、画家といった人々と打合せを重ねつつ、全体を指揮していく。

その明るさを持った前向きな姿勢が清々しく気持ちいい。
建築に対する著者の志がひしひしと伝わってくる本である。

2012年7月20日、アルテスパブリッシング、1800円。

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2015年03月14日

本橋信宏著 『東京最後の異界 鶯谷』


鶯谷(東京都台東区根岸周辺)の歴史やそこに生きる人々の姿を追ったドキュメンタリー。

先月、子規庵を訪れた際にJR山手線の鶯谷駅で降りた。鶯谷駅は山手線の全29駅の中で、一日の乗降客数が最も少ない駅なのだそうだ。

鶯谷駅ホームに立つと、二つの異界が眺望できる。
山手線の外側―池袋方向から山手線外回り、時計方向に進行し下車して左手に広がるのは、乱立するラブホテル群である。
対してホームの反対側は、上野寛永寺の霊園が広がる。

まさに、この通りの景色が広がっていた。「明治期までは、風情ある鶯の鳴き声で満たされる田んぼと渓谷の土地柄」であった鶯谷は、現在ではラブホテルの林立する地区となっている。

そう言えば、花山多佳子さんにも子規庵を訪れた時の歌があった。

鶯谷の駅の通路に描かれてただにつたなき梅と鶯
「このへんはなぜラブホテルが多いの」夫が訊いてをり子規庵の人に
                花山多佳子『胡瓜草』

2015年2月19日、宝島SUGOI文庫、780円。

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2015年03月08日

中田考著 『イスラーム 生と死と聖戦』


イスラム法の専門家で、自身もムスリムである著者が、イスラーム法、死後の世界、イスラームの世界、カリフ制などについて論じている。

途中、神についての宗教的な内容や哲学的な問題も述べられていて多少難しいのだが、イスラームに関する理解を深めるには必要な部分なのだろう。

印象に残った箇所をいくつか引く。

イスラームとは政治にほかなりません。宗教としてのイスラームと、政治としてのイスラームは別のものではないのです。

自由という概念は、いまの私と五分後の私が同じ人間であるという前提があって初めて成り立つものです。

玄関を右足から出た世界と左足から出た世界とでは、ほんのわずかな違いではあっても違う世界です。

善も悪も選びうるからこそ、善を選ぶことに意味があるのです。

「カリフ制再興による領域国民国家システムの廃止」といった著者の主張は、現在の日本では夢想的な理想論としか思えない。けれども、その信念に嘘がないことはよくわかる。

人間による支配を否定して、国家の運営する「国民健康保険」にも入らないと述べる著者は、世間的に見ればかなりの変人であろう。でも、その話から学ぶことは多い。

2015年2月22日、集英社新書、760円。

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2015年03月06日

後藤惠之輔・坂本道徳著 『軍艦島の遺産』


副題は「風化する近代日本の象徴」。

長崎大学大学院教授で工学博士の後藤とNPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」理事長で元島民の坂元の共著。日本の石炭産業の歴史、端島(軍艦島)炭鉱の歴史、端島の生活、今後の保存活用などが記されている。

「緑なき島」と呼ばれた端島では、屋上に「青空農園」が作られていたそうだ。

キュウリ、トマト、ナス、大豆、サツマイモなどが植えられ、驚くことに水田も張られてコメ作りもなされた。

こうした端島の生活の細部が、今後さらに明らかになっていくといい。現在では無人の廃墟となっているが、かつてそこに5000人を超える人々の暮らしがあったことを忘れてはならない。

端島に住んでいた私たちにとって、この島は「軍艦島」ではない。私はいま「軍艦島を世界遺産にする会」を主宰しているが、これはあくまでも外側からこの島を見たときの表現である。

「軍艦島を世界遺産に」という思いは、内側、外側の視点をも考えてのことである。「端島」として眺めたときには気づかなかったものが、また逆に「軍艦島」として眺めたときには見えなかったものが見えてくるのである。

こうした二つの観点がうまく交差することによって、貴重な近代化遺産の保存や活用が図られるといいなと思う。7月には長崎に行く予定があるので、その時に軍艦島も訪れてみたい。

2005年4月12日、長崎新聞新書、952円。

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2015年02月26日

池内恵著 『イスラーム国の衝撃』


イスラーム政治思想史と中東の比較政治学や国際政治学という二つの面からイスラム国について論じた本。歴史的な縦軸と同時代的な横軸の両方からの分析と言ってもいいだろう。組織の変遷、「アラブの春」の影響、ジハード思想、メディア戦略など、さまざまな角度からイスラム国の実態に迫っている。

著者は独文学者・池内紀の子息。明晰な分析と切れ味の良い文章が印象的だ。イスラム国を含めた中東問題の根深さと、新しい秩序を確立することの難しさを改めて感じさせられる内容であった。

イスラム過激派を「逸脱した集団」や「犯罪集団」などと矮小化して捉えるのではなく、また「アメリカ中心のグローバリズム」への対抗勢力として過大評価するのでもなく、できるだけ客観性を重視した視点から描き出そうとしている。

その中にあって、奴隷制をめぐって書かれた下記の部分には、著者の主張が色濃く表れているように感じた。

イスラーム世界にも、宗教テキストの人間主義的な立場からの批判的検討を許し、諸宗教間の平等や、宗教規範の相対化といった観念を採り入れた、宗教改革が求められる時期なのではないだろうか。

2015年1月20日、文春新書、780円。

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2015年02月20日

田中淳夫著 『森と日本人の1500年』


日本の森が人々との関わりの中でどのように変化してきたかを論じた本。
古代の都の建設や養蚕業、鉄道の普及、林業、外国との木材貿易など時代ごとの様々な要因によって、森は大きく姿を変えてきた。

昔からあると信じていた森の景色も、実は近年に入ってつくられたケースが多い。

という一文に著者の主張はよく表れている。
そんな著者が現在の森づくりに必要だと考えているのは「美しいと感じる森をつくろう」という考え方である。

人が美しく感じるのは、五感で得る情報を無意識に解析して、草木が健全に育ち、生物多様性も高いと読み取った結果の感覚と思える。逆に不快感を抱く景観は、人間にとって危険な要素を含むのかもしれない。

こうした考えを科学的に実証するのは難しい。けれども、人間の美的感性に信頼を置くというのは、今後大事になってくるのではないか。森の変化に人間が大きく関わっている以上、そうした感性は無視できない要素と言えるだろう。

2014年10月15日、平凡社新書、780円。

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2015年02月14日

岩田鳴球のこと

子規庵の展示室に、「子規庵句会写生図」という絵があった。子規を中心に、多くの弟子たちが句会をしている場面を描いたもので、(高浜)虚子、(河東)碧梧桐、(内藤)鳴雪、(寒川)鼠骨、(五百木)瓢亭らが描かれている。

その中に「鳴球」という人物がいる。説明書きには

岩田鳴球(明治7〜昭和11) 石川県生。本名久太郎。俳人。三井物産台北支店勤務となり渡台。「相思樹」主宰。

と書かれている。

彼は、後に大本(教)に入信して幹部の一人として活躍した人物である。昭和3年の出口王仁三郎の樺太行きにも宣伝使として同行しており、王仁三郎の『東北日記』にしばしば登場する。彼の俳句も載っている。

坐礁船解かれ行く朝寒夜寒(真岡)
自動車に迫る山火や秋の風(豊真横断)

この旅から7年後の昭和10年、第二次大本事件が起きる。岩田は王仁三郎らとともに逮捕され、翌年獄中で亡くなっている。62歳であった。

元気なりし岩田は敢ゑなく身失せけり 無法の攻苦に逢ひたる果てを
               出口王仁三郎『朝嵐』


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2015年02月06日

内田樹著 『ぼくの住まい論』


2012年に新潮社から出た単行本の文庫化。

2011年に神戸に自宅兼道場である「凱風館」を建てた著者が、「土地を買う」「間取りを決める」「材木を得る」といった家作りのアレコレや、建築家・工務店・職人との関わり、さらに住まいや道場に対する思いを記したもの。

内田樹の得意とする逆説的な言い回しや問題の捉え直しは、この本でも随所に発揮されている。

「自分にはアジールがある」と思っている人ほど、アジールが要るような状況に陥らない。アジールというのは、そういう逆説的な制度なんです。
教師は自分がよく知らないことを教えることができる。生徒たちは教師が教えていないことを学ぶことができる。この不条理のうちに教育の卓越性は存します。

次の部分などは、おそらく短歌結社や歌会にも当てはまる内容だろう。

(…)できるだけ集団は均質化しない方がいい。性別も年齢も職業も地位も財力も文化資本もばらけている方がいい。メンバーが多様であればあるほど、システムは安定している。

解説はこの家の設計を担当した建築家の光嶋裕介。光嶋もこの凱風館について『みんなの家。〜建築家一年生の初仕事』という本を出している。そちらも読んでみようかな。

2015年1月1日、新潮文庫、670円。

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2015年02月04日

五木寛之著 『わが引揚港からニライカナイへ』


「隠された日本」シリーズの最終巻で、博多と沖縄を取り上げている。
2002年に講談社より刊行された『日本人のこころ5』の文庫化。

私は、数字やデータなどを集めた「歴史」には、もう飽き飽きしている。数字もデータも人間がつくるものだ。もっと生身の人間が持っている実感を大事にした「歴史」、“体温のある歴史”に触れたいし、読みたいと思う。

このように記す著者は、実際に現地を歩き、資料館を訪ね、そこに住む人々の話を聞くことによって、生々しい歴史の姿を甦らせようとする。

それまではずっと、帰ってくるまでが引き揚げだと思っていた。だが、そうではなく、帰った日から引き揚げが、あるいは引揚者の生活というものがはじまったのだった。

自らの朝鮮半島からの引き揚げ体験を振り返って著者はこのように述べる。「帰ってくるまで」ではなく「帰った日から」という言葉にハッとさせられた。樺太から引き揚げてきた40万人の人々にも、同じような苦労があったに違いない。

2014年8月10日、ちくま文庫、780円。


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2015年02月01日

鎌田慧著 『ひとり起つ』


副題は「私の会った反骨の人」。
2007年に平原社より刊行された本の文庫化。

国家や権力に屈することなく、自分の生き方を貫き通した22名の人物のルボルタージュ。家永三郎、本島等、上野英信、松下竜一、丸木俊、市川猿之助といった人々が取り上げられている。

財田川事件の無罪を確信して裁判官から弁護士に転じた矢野伊吉のことは全く知らなかったのだが、強く印象に残った。また名作『兎の眼』『太陽の子』の作者である灰谷健次郎の生き方にも驚かされた。

「現代技術というのは、非常にアクティブで、自然界に対してダイナミックな力をもって介入していくようなところがあります。いったんそれが破綻すれば大事故にもつながるし、戦争の道具にも使われるような強力さを持っています」(高木仁三郎)
「スーパーマンというのは、だいたい正義の味方でしょ。ところが、正義というのは簡単に逆転するわけですよ。イラクの問題にしても、中国やソ連の問題にしても、きのうの正義はきょうの正義じゃない」(やなせたかし)

人が死んだ後もこんなふうに言葉は残っていくのだ。
そう思うと心強い。

2014年11月14日、岩波現代文庫、1040円。

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2015年01月27日

加賀谷哲朗著 『沢田マンションの冒険』


副題は「驚嘆!セルフビルド建築」。

書店で何気なく新刊コーナーを眺めていたら、この表紙が目に飛び込んできた。その瞬間、「あの建物だ!」とすぐにわかった。都築響一著『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行 西日本編』に紹介されていた高知の自作マンションである。

いつか訪れてみたいなと思ってから十数年、すっかり忘れていたのだが、表紙の絵を見た瞬間に思い出した。それだけ強烈な印象を受けた建物だったのだ。

著者は大学の修士論文でこの沢田マンションについて書いて以来、毎年のように訪れているらしい。建築家の視点から、その特徴やユニークな点を分析し、さらにはセルフビルド建築や新しいコミュニティ作りの可能性へと話を進めている。

建物を突き抜けてスロープが通り、屋上には水田や自作クレーン、5階には庭園や製材所、4階には鯉の泳ぐ池まである沢田マンション。ぜひ、いつか訪れてみたい。

2015年1月10日、ちくま文庫、1100円。

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2015年01月23日

川本三郎著 『小説を、映画を、鉄道が走る』


初出は「すばる」2009年6月号〜2010年9月号。
「本を読んでも映画を見ても、そこに鉄道が出てくるとそれだけでわくわくしてしまう」という著者が、該博な知識と自らの体験を元に小説や映画、さらにはミステリ、エッセイ、マンガに登場する懐かしい鉄道風景を綴っている。

取り上げられている作品は、松本清張「張込み」、林芙美子「放浪記」、つげ義春「海辺の叙景」、島田荘司「奇想、天を動かす」、堀江敏幸「いつか王子駅で」、吉田秋生「海街diary」など、とにかく幅広い。

昭和三十年代のなかばごろまでの北海道は漁業、石炭、製紙、製鉄などが好調で活況を呈していた。本土に比べて戦争の被害が少なかったことも幸いした。札幌など空襲に遭っていない。

これなどは、戦後の北海道を考える上で外せない大切な観点だろう。
宮本百合子の随筆「田端の汽車そのほか」(1947年)には、こんな描写がある。

貨車ばかり黙って並んでいるところへガシャンといって汽罐車がつくと、その反動が頭の方から尻尾の方までガシャン、ガシャンとつたわってゆく面白さ。

おお、これなど、まさに佐藤佐太郎の〈連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音〉ではないか。当時は日常的に見られた光景だったのだろう。

2014年10月25日、集英社文庫、640円。

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2015年01月19日

三上延著 『ビブリア古書堂の事件手帖6』


副題は「栞子さんと巡るさだめ」。
人気シリーズの第6弾。完結するまで読み続けるしかない。

3章に分かれているが、全体が一つの長編のような構成になっている。
取り上げられている作品は、太宰治の『走れメロス』『駈込み訴へ』『晩年』。
太宰の本を読み返してみたくなった。

2014年12月25日、メディアワークス文庫、570円。

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2015年01月11日

内田樹・釈徹宗著 『日本霊性論』


全体が二部構成となっていて、第一部「なぜ霊性を呼び覚まさなければならないか」は内田樹の3回にわたる連続講義で、第二部「「日本的」霊性と現代のスピリチュアリティ」は釈徹宗の3回の講義となっている。

印象に残った箇所をいくつか。

自分が今していることの意味は今はわからない。(…)自分が今していることの意味は事後的に振り返った瞬間にわかる。 (内田)
教育の受益者は子供自身ではありません。子供たちを含む共同体全体です。 (内田)
五感も、アナログに広がっている脳内部位を恣意的に切り分けて「だいたい五感くらい」ということで分節しているだけの話で、そうしたければ、六感に切り分けても七感に切り分けてもいいわけです。 (内田)

いつもながら内田の論理展開は鮮やかで、マジックを見ているようでもある。

地に足を着けて田畑を耕したり、その地域にしがみつき苦悩しながら生き抜く、そこに霊性が育まれる。 (釈) 《鈴木大拙『日本的霊性』の要約》
初めて死生観という言葉を使ったのは、加藤咄堂という人です。一九〇四(明治三七)年に出した『死生観』という本が、最初の使用例だったようです。 (釈)

今ではごく普通に使われている「死生観」という言葉は、意外と新しいものであったのだ。その「最初の使用例」までわかっているとは。

300ページを超す分量だが、最後まで楽しく読める。

2014年8月10日、NHK出版新書、860円。

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2015年01月08日

小野田滋著 『関西鉄道遺産』


副題は「私鉄と国鉄が競った技術史」。

「駅と建築」「橋梁」「高架橋」「トンネル」の4つの分野から計27か所が取り上げられている。私の住む京都市伏見区にある「澱川橋梁」や「伏見第一・第二高架橋」も含め、全体の半数くらいは目にしたことのあるものであり、読んでいて親しみが湧く。

ランドマークは奇抜なデザインの構造物や巨大な構造物ばかりではなく、ごく平凡で見慣れた風景の中にもさりげなく存在している。そうした意味も含めて、本書では関西地方ならではの景観を演出している構造物を中心に紹介した。

という著者の姿勢にも共感する。

戦前の外地の鉄道橋に「ダブルワーレントラス」という頑丈な形式が用いられたのは、爆撃や爆破にあって「万一部材が損傷しても構造系を維持し、致命的な崩壊や落橋に至りにくい橋梁形式として選択された」という話など、実になまなましい。

鉄道とは関係のない部分でも教えられることの多い内容であった。

現在も京都駅の烏丸口に聳えている関西電力京都支店は、京都電燈本社として一九三七(昭和一二)年に関西建築界の大御所であった武田五一(一八七二〜一九三一)の設計により完成した近代建築の精華である。

以前から「関西電力京都支店」の建物としては立派すぎると思っていたのだが、そういう由来のある建物だったのだ。

2014年10月20日、講談社ブルーバックス、1000円。

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2015年01月06日

白輪剛史著 『動物の値段 満員御礼』


2010年にロコモーションパブリッシングより刊行された『動物の値段と売買の謎』を改題し、加筆・修正して文庫化したもの。

20年以上にわたって動物輸入卸商をしている著者が、さまざまな動物の売買に関する話を面白く書いている。前著『動物の値段』の続編に当るのだが、それを知らずに先に読んでしまった。それでも別に問題はない。

本書を読んで、生物学における「収斂」という概念を初めて知った。

地理的に大きく隔たった地域に生息する、まったく関係のない似た者同士のことを「収斂」という。

例えば、旧世界(ユーラシア、アフリカ)と新世界(北アメリカ、南アメリカ)で見ると、

 ヒョウ ⇔ ジャガー
 オナガザル科、類人猿 ⇔ オマキザル科、キヌザル科
 センザンコウ ⇔ アルマジロ、アリクイ
 ヤマアラシ科 ⇔ アメリカヤマアラシ科

といった対応になるのだそうだ。面白い。

ワシントン条約や自然保護に関する話も随所に出てきて、人間と野生動物との関わりについて考えさせられる。

2014年12月25日、角川文庫、600円。

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2014年12月28日

坂入尚文著 『間道』


副題は「見世物とテキヤの領域」。

著者は芸大の彫刻科を中退後、「秘密の蝋人形館」という見世物小屋に参加し、さらに農業を経て、現在は飴細工師をしている。その経歴に沿って本書も3部に分かれており、それぞれ「見世物小屋の旅」「百姓の旅」「テキヤ一人旅」と名付けられている。

そうした旅の多い人生を通じて出会ったテキヤ、極道、美術家、農家、飲み屋の主人といった人々が、この本の主人公と言っていいかもしれない。移りゆく時代の流れから取り残されるようにして生きている人々。その影を帯びた姿を著者は克明に描いていく。そこには自分もまたその一人だという思いがある。

見世物は底抜けの芸や見る人の胸ぐらを掴むような演出を見せて消えて行く。その人たちと会えたことは私のささやかな勝利だ。まっとうな世の中ではやってられない人たち、遥か彼方にいた異能者たちに会えた。

この本に出てくる人たちの表情や生き方は彫りが深く、人と人との関わりは濃い。それでいて常に乾いた寂しさが付きまとう。

ずっしりと手応えのある一冊である。

2006年6月15日、新宿書房、2400円。

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2014年12月26日

安藤啓一・上田泰正著 『狩猟始めました』


副題は「新しい自然派ハンターの世界へ」。
このところ、なぜか狩猟関係の本を読むことが多い。
人間と自然との関わりや、食と命の問題、過疎化と農作物への被害など、いろいろな問題に関係してくる。

狩猟と一口に言っても、「銃猟」と「罠猟」と「網猟」があり、銃猟にもグループで行う「巻狩り猟」、「流し猟」、「忍び猟」などがある。著者の行っているのは、単独で静かに身を隠しながら獲物に近づいて射止める「忍び猟」である。

狩猟とは緻密な動物観察なのだと思う。知識と経験による観察力、その結果を分析するセンス、わずかな情報から動物たちの暮らしを浮かび上がらせるイマジネーションといった能力を使いこなすクリエイティブな行為だ。
足跡はその場所に動物がいたという点の情報だ。それに獣道の情報が加わると移動という線になる。これを積み重ねて線から平面、さらに森を立体的に観察して動物の行動を推察できるようになるとようやく獲物に近づける。

こんな文章を読むと、狩猟というのは何て繊細で緻密な行為なのだろうかと思う。

2014年12月5日、ヤマケイ新書、800円。

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2014年12月20日

宇能鴻一郎著 『味な旅 舌の旅』


1968年に日本交通公社から刊行された本の文庫化。
現在では官能小説家として知られる著者の若き日の紀行エッセイ。

「松島・雪の牡蠣船」「水戸・烈女と酒を汲む」「山峡の宿場・恵那の川魚」「さざなみの志賀の鴨鍋」「薩摩半島・恐怖のヅクラ」など、全国各地を旅して、その土地の料理や酒を味わっている。

50年前の話なので、グルメガイドとしてはもう役に立たないだろうが、話はすこぶる面白く、料理に関する蘊蓄も心地良い。北海道の余市を訪れて

敷地の中央に、お伽噺の家のような、煙突をつけた、小さな社長室がある。ここの主は日本のウイスキイ製造の草分けで、七十数歳の今日までウイスキイ一筋にはげんでいたが、数年まえ英国生まれのリタ夫人をなくしてからは、東京のアパートにひきこもりがちであるという。

なんと「マッサン」のことではないか。
昭和9年に建てられたこの建物は、現在も「旧事務所」として保存されているようだ。

1980年8月10日初版、2010年10月25日改版、中公文庫、705円。

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2014年11月19日

石井光太著 『地を這う祈り』


2010年に徳間書店より刊行された本の文庫化。

アジア・中東・アフリカなど世界各国の底辺で生きる人々を取材したフォト・ルポルタージュ。登場する国は、インド、ネパール、バングラデシュ、スリランカ、パキスタン、ミャンマー、ラオス、ベトナム、フィリピン、インドネシア、シリア、イエメン、ウガンダ、ルワンダ、エチオピア、コンゴなど。

著者の取材対象は、物乞い、売春婦、路上生活者、薬物中毒者、ストリートチルドレン、元子供兵、ハンセン病患者、障害者など、社会的に差別されている人々や弱者とされる人々である。数多くの写真とともに伝えられるその実態は衝撃的だ。時おり目を背けたくなるほどの悲惨さがあり、一方で逞しさも感じる。

エチオピアのスラムで貯金箱を売る雑貨屋の主人の言葉。

「一ブルだけでもいいんだよ。貯金箱があるだけで嬉しいんだ。いつか、ここにぎっしりお金が貯まることを考えると、やる気が出てくる。うちの息子なんて、毎晩貯金箱を抱えながら眠っているよ」

著者の対象への目の向け方やルポの手法については、常に批判が付きまとう。けれども、この本を読まなければ知らなかった世界や現実があることも確かなわけで、それを伝える力を持った作品であることは間違いない。

私がしたいのは、答えを提示することではなく、物事を考えるきっかけをつくることです。そういう意味でいえば、どんどん批判してほしいと思うし、そこから「では、自分はどうするべきか」ということを考えてほしい。

2014年11月1日、新潮文庫、670円。

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2014年11月16日

石井光太著 『ニッポン異国紀行』


副題は「在日外国人のカネ・性愛・死」。
NHK出版WEBマガジンにて2010年8月から2011年5月まで連載されたものが元になっている。

日本で暮らす外国人が、何をして働き、何を信じ、病気になった場合どうして、死んだらどうなるのか。「外国人はこう葬られる」「性愛にみるグローバル化」「異人たちの小さな祈り」「肌の色の違う患者たち」という4つの章で、その実態に迫っている。

現在日本で死亡した外国人が祖国へ搬送される際は、葬儀社に所属するエンバーマーが腐敗防止処置を施す。

といった専門的な話から、

何も知らないパキスタン人やネパール人が「インド本場の味」をつくっているのが多いというのが現状なのだ。

といった小ネタに到るまで、知らなかった話がほとんどである。

著者は貧困や差別など、社会の周縁に生きる人々やマイノリティーを描き続けてきたノンフィクション作家。最初は自分が多数派の「普通の日本人」に属していることに安心して読み始めるのだが、やがて自分もそのような少数派であったかもしれない、あるいは、いつか自分もそうなるかもしれないという思いを抱くようになる。

ノンフィクションの力を感じさせる一冊。

2012年1月10日、NHK出版新書、860円。

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2014年11月14日

芥川仁・阿部直美著 『里の時間』


季刊新聞「リトルヘブン」(山田養蜂場発行)2007年秋号から2012年初夏号に掲載された記事・写真を再編集したもの。

全国各地の里を訪ねて、四季おりおりの風景や人々の暮らしの様子、その土地ならではの料理などを紹介している。カラー写真が多いので、見ているだけでも楽しい。

登場するのは、「福島県大沼郡会津美里町」「島根県仁多郡奥出雲町」「熊本県上益城郡山都町」「秋田県仙北郡美郷町」など、全20か所。

自分は都会にしか暮らせないと思いつつも、最近こういう農村での生活に憧れる気持ちが強くなっている。

2014年10月21日、岩波新書、980円。

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2014年11月11日

NHK取材班 『北方四島・千島列島紀行』


文/NHK取材班、写真/福田俊司、A・オメリヤネンコ。

1992年8月にNHKは、千島列島と北方四島の取材を行い、NHKスペシャル「初めて見る千島列島」、プライム10「北方領土〜ゆれる島民 国後・択捉からの報告」という番組を放映した。この本は、その取材の様子を描いたもの。

多数のカラー写真も交えて、普段はなかなか様子を知ることのできない土地の姿を描き出している。アトラソフ島、パラムシル島、シュムシュ島、シアシコタン島、ウシシル島、ウルップ島、国後島、択捉島といった島々が登場する。

うっそうと生い茂る雑草のなかに、建物の跡があった。キツネの養殖をしていた小屋の跡である。戦前、農林省は千島列島の島々で品質のよいキツネの毛皮をとるために養殖事業をしていた。

「短歌往来」の11月号、12月号に「斎藤茂吉と養狐場」と題して樺太の養狐場の話を書いたところなので、こういう部分に注目する。

島ごとに飼育されるキツネの種類が違っていた。たとえばウルップ島では、ジュウジギツネとギンギツネ。ハリムコタン島では、ベニギツネといった具合である。ここウシシル島では、アオギツネが飼育されていた。

いろいろな種類の狐を飼育してみて、養殖事業の可能性や適性を調べていたのだろう。

1993年6月24日、日本放送出版協会、1500円。

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2014年11月03日

『半農半Xという生き方 実践編』のつづき

この本には当然のことながら、綾部に関する話もたくさん出てくる。

合気道の創始者である植芝盛平翁(1883−1969)は和歌山県田辺市で生まれ、北海道に渡った後、一九一九年、縁あって、綾部で開教された大本教を訪ねている。出口王仁三郎との出会いもあり、植芝盛平は大本の本宮山麓で「武農一如」の生活を営み、さらに精神的修業を重ねた。

綾部というのは不思議な町だ。「グンゼ」「大本」「合気道」「世界連邦」から「半農半X」まで、何か一本の線でつながっているのを感じる。

グンゼの創業者の波多野鶴吉はクリスチャンで、キリスト教の理念に基づいた社内教育を行っていた。現在でも、「あいさつをする」「はきものをそろえる」「そうじをする」という「三つの躾」が徹底されている。

大本は「万教同根」の教えに基づき、戦前からエスペラントの普及に熱心であったし、戦後は平和運動に力を注いできた。綾部市が日本初の世界連邦平和都市宣言を行った背景には、この大本の力があったに違いない。

人類の究極の理念は「平和」だ。半農半Xの向かうところもおそらく「平和」なのだろう。

「半農半X」と「平和」の間には大きな飛躍があるのだが、綾部に流れる一本の線を思う時、そのつながりには根拠があるような気がしてくるのだ。


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2014年11月02日

塩見直紀著 『半農半Xという生き方 実践編』

著者 : 塩見直紀
半農半Xパブリッシング
発売日 : 2012-05-05

2006年にソニー・マガジンズから出た本の新装版。

綾部へ行った時に「あやべ特産館」に寄ったのだが、そこで地元の野菜や手作りパンなどとともにこの本が売られていた。著者が綾部に住む人だったのである。

なぜ、この本に目を止めたのかと言えば、つい先日、環境社会学をやっている兄の書いた文章に「半農半X」という言葉が紹介されていたからである。
http://nora-yokohama.org/satoyama/003/16_4.html

聞いたばかりの言葉にまた出会う。こういう偶然を私は信じるのが好きで、早速買ってみたのであった。

半農半Xとは、持続可能な農ある小さな暮らしをしつつ、天の才(個性や能力、特技)を社会のために活かし、天職(=X)を行う生き方、暮らし方だ。

この本では、こうした「半農半X」に関わる人々や、様々な事例が紹介されている。21世紀の新たな生き方を提案する内容である。

著者はこの「半農半X」をはじめ、新たなコンセプトや構想に言葉を与えること、名前を付けることが得意なようだ。他にも、「favolution」「天職観光」「使命多様性」など、数多くの言葉を生み出している。それは単なる言葉遊びではなく

新しい時代を招来するためには新しいことばがいる。新しいライフスタイルに名前をつける、何かの提唱者になる。これはとっても大事なことのようだ。

という著者の信念に基づくものだ。

自己啓発的な側面もある本なので、好き嫌いは分れるかもしれない。けれども、今後の私たちの生き方を考える上で、大事な内容を含んでいる一冊だと思う。

2012年5月5日、半農半Xパブリッシング、1000円。

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2014年10月31日

飯泉太子宗著 『壊れても仏像』


副題は「文化財修復のはなし」。
著者の名前は「いいずみ・としたか」。

仏像修理に関する話を、面白く、わかりやすく、そして真面目に語った本。「おさえておきたい仏像の基本」「仏像だって壊れる」「仏像のお医者さん」「文化財としての仏像」の4章×10編=40編の話が載っている。

仏像の修理という特殊な仕事の舞台裏を、写真やイラストも交えて丁寧に説明してくれる。著者の語り口も率直で楽しい。

誤解を恐れずにいうなら、プラモデルと仏像の制作技術はかなり似かよっているところがある。たぶん、仏師などに木彫りのガンダムを彫らせても、かなりうまく造るはずだ。

こんな話を読むと、海洋堂の可動する仏像「リボルテックタケヤ」シリーズを思い出す。 http://www.kaiyodo.co.jp/revoltech/takeya.html

薬師如来はその名の通り、その手に薬壺を持っているのだが、単にその薬壺をなくしただけでも、「実は俺、薬壺なくしちゃってさ、釈迦に間違われて困るよ」などという、グチもこぼれるわけである。

薬師如来と釈迦如来の区別って、その程度のものだったのか!などという発見もある。

お寺や博物館で仏像を見る時の楽しみが、随分と増えそうな一冊である。

2009年6月10日、白水社、1700円。

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2014年10月25日

有馬邦明著 『山のお肉のフルコース』


副題は「パッソ・ア・パッソのジビエ料理」。

東京の門前仲町でイタリア料理店「パッソ・ア・パッソ」を営む著者が、店で出すジビエ(野生鳥獣)料理を紹介しながら、食材や料理に寄せる思いを記した本。

紹介されているメニューは、「本日のレバーペースト(キジ、エゾシカ、アナグマ、イノシシ、マガモ)」「クマのコッパ・ディ・テスタ」「エゾシカのマリネ」「コジュケイとビーツ、黒キャベツのスープ」「ツキノワグマのリゾット」「アマグマのロートロ」「ツキノワグマの脂のアイスクリーム」など。

カラー写真を見て、料理の説明を読むと、どれも実に美味しそうだ。
著者の料理に対する姿勢に教えられることも多い。

まずソテーやグリルにできるやわらかい肉をとる、次に端肉や骨についた肉をこそげとって「なんでもミンチ」にする、さらに骨についた肉を煮てテリーヌにする、最後に骨でだしをとる。脂もとる。ここまでやってはじめてジビエを丸ごと使い切ったな、と思えます。

2014年10月25日、山と溪谷社、1400円。

posted by 松村正直 at 00:09| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする