2016年02月07日

室井康成著 『首塚・胴塚・千人塚』


副題は「日本人は敗者とどう向きあってきたのか」。

日本各地に、戦いに死んだ者を弔うための「首塚」「胴塚」「千人塚」などが残されている。その数は著者の調査によれば、実に665か所にものぼる。

本書は645年の大化の改新の蘇我入鹿の首塚から1877年の西南戦争における西郷隆盛の埋葬地まで、歴史を順にたどりながら、それらにまつわる伝承や現在の姿を追っている。

取り上げられている塚は、大友皇子の自害峯、平将門の首塚、平忠度の腕塚、新田義貞の首塚、関ヶ原古戦場の東首塚・西首塚、井伊直弼の首塚、近藤勇の首塚など、日本史を一通りおさらいするかのように多彩である。

「壬申の乱」と「関ヶ原の合戦」、「一ノ谷合戦」と「湊川合戦」がほぼ同じ場所で戦われていることを指摘した上で「平場の少ない日本列島においては、合戦を行なうに適当な場所は限られていたのである」と述べるなど、歴史の本としてもすこぶる面白い。

けれども、歴史学の本ではなく、民俗学の本である。

本書は、戦死者の亡骸を埋葬したとされる塚の伝承を論じるものの、その真偽や形成過程を歴史的に明らかにすることを目的としていない。それは、私が柳田国男と同様、そうした伝承は「人が之を信じて居るといふこと」にこそ、その意義があると考えるからだ。

というのが著者の立場なのだ。

「塚に仮託されて語られる、人々の戦死者に対する想い」は、どのようなものであったのか。故郷を離れた土地で無残にも亡くなった人の霊魂をどのように処遇したら良いのか。「霊的処遇」と言うと言葉は硬いが、要は「慰霊」である。

それは、決して過ぎ去った昔の話ではない。靖国神社の問題や、天皇陛下のパラオやフィリピン訪問など、現在も続いている問題である。

丁寧なフィールドワークと文献調査を通じて、これまであまり手掛けられてこなかった歴史学と民俗学の隙間に果敢に踏み込んだ力作と言っていいだろう。

2015年11月19日、洋泉社、1800円。

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2016年02月02日

『食味往来』のつづき

島根県の江津(ごうつ)と広島県の福山のつながりの話も印象に残った。江津から江川(ごうのがわ)を遡ると、三次(みよし)、塩町を経由して上下まで行く。この上下から芦田川を下って行くと福山に出るのだ。

江川からのぼり、三次を通って福山へ行くには交通のきびしい時代でも、かなりたやすく往き来できたということである。

今でも、鉄道で言えば、江津から三次には三江線が、三次から福山には福塩線が通っている。しかし、どちらもかなりのローカル線で、利便性が良いとは言えない。

試しに、江津から福山まで最短で行こうと思えば

江津7:44―(スーパーおき)―新山口10:14
新山口10:21―(山陽新幹線)―福山11:16

というルートが最も速くてで3時間32分。
これに対して、三江線、福塩線を使うと

江津6:00―三次9:21
三次14:43―府中16:32
府中16:41―福山17:27

と、実に11時間27分もかかるのである。

江津と福山のつながりが現代では想像しにくくなっている理由は、このあたりにあるのかもしれない。

でも、例えば中村憲吉は1889年に三次(布野町)に生まれ、1934年に尾道で亡くなっている。尾道は福山に近い。なぜ終の住処が尾道だったのかを考える上でも、こうしたつながりを知っていることは役に立つのではないだろうか。

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2016年02月01日

河野友美著 『食味往来』


副題は「食べものの道」。
1987年に三嶺書房より刊行された本を改題、文庫化したもの。

北海道で採れるコンブがなぜ沖縄でよく食べられているのかという話を皮切りに、食べものがどのようなルートをたどって伝わり広まっていったのかを考察した本。

著者の幅広い知識と現地探訪によって綴られる話は、どれも非常に面白い。黒潮の流れ、海や川の舟運、街道、気象条件、中国大陸や朝鮮半島からの影響、集団移住など、様々な形の伝わり方がある。

房総半島は紀州、つまり和歌山県とのつながりが非常に深い。例えば、房総半島にある地名をみても、勝浦、白浜といった紀州で有名な地名がここにもある。
水(水上輸送)がどんなに便利であるかは、京都府の北側、日本海に面した丹後地方から有名な織物である丹後ちりめんや米が、船によって関門海峡を通り、瀬戸内から大阪を経て京都に運ばれていたことからもわかる。
山形が大阪や京都といった上方とつながっていた理由は、上方文化が日本海の舟運とともにはいってきたこと、さらに東側、つまり仙台側とは山に隔てられていて交通が不便であったことがあげられる。
信州でも、東信になる千曲川の流域から北信にかけては、東北地方と同様にサケがハレの日の魚になっている。これに対して、天竜川の流域や木曽川の流域など、南信から中信にかけてはブリが祝い魚として用いられてきた。

私たちの暮らしのあり方を考える上で、多くのヒントを与えてくれる一冊である。

1990年9月10日初版、2015年1月25日改版、中央公論新社、1000円。

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2016年01月30日

服部文祥著 『ツンドラ・サバイバル』


『サバイバル登山家』『狩猟サバイバル』に続くシリーズ(?)の3冊目。

サバイバル登山とは装備を最小限にして、食料を現地調達しながら長期間おこなう登山である。

鹿、岩魚、ヌメリスギタケモドキ(茸)、ヌメリイグチ(茸)、ヤマブドウ、エゾライチョウ、エゾ鹿、ブルーベリー、ハリウス(カワヒメマス)、カリブーなどを食べながら、著者は登山や縦走をしていく。

この本に収められているのは

 ・奥多摩、奥秩父、冬期サバイバル登山
 ・南アルプス、夏期サバイバル登山
 ・南会津、夏期サバイバル登山
 ・知床半島秋期サバイバル継続溯下降
 ・四国、剣山山系、冬期サバイバル登山

そして、ロシアの北東端、チュコト半島にあるエル・ギギトギン湖への旅である。

中でもチュクチ族のトナカイ遊牧民ミーシャとの出会いは、著者に大きな刺激を与えたようだ。

 ミーシャは本物だ。猟師として完成している。(…)生まれもった自然児としての才能。その上に、いったいどれだけの試行錯誤をくり返し、どれだけの経験を積み重ねて、ミーシャは今の深みに達したのだろう。
 いや、おそらくミーシャだけじゃない。私が知らないだけで世界中にそんな猟師がたくさんいる。(…)猟師だけにとどまらない。木こり、漁師、遊牧民、罠師、なんでもいい。世界中にミーシャがいる。

旅の記録と様々な思索が一体となって、著者の文章は深い味わいを醸し出す。「この世界に対してゲストではありたくない」という信条が、ぐいぐいと伝わってくる一冊だ。

2015年6月25日、みすず書房、2400円。

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2016年01月20日

岡本太郎著 『神秘日本』


1964年に中央公論社から出た単行本の文庫化。

日本にある神秘的なもの、芸術の根源となるものを探して、恐山のイタコ・川倉の地蔵堂(青森)、出羽三山(山形)、壬生の花田植(広島)、熊野(和歌山)、高野山(和歌山)、神護寺(京都)を訪ね歩いたエッセイ。

単なる物見遊山の記録ではなく、信仰とは何か、芸術とはどうあるべきか、といった考察が随所にあり、民俗学的な視点も含まれている。

イタコは神おろしの時にだけ、みんなが言うことを聞き、尊敬するけれども、ふだんは全然知らん顔して、むしろ軽蔑している。
信仰の素朴な根はいわゆる神社、お寺などの重たい形式・儀式で、厚くおおわれており、われわれは生れた時から、そういう出来上ったパッケージングしか見ないし、見せられていない。
受け入れられなければならない、と同時に絶対に受け入れさしてはいけないのだ。その矛盾した強力な意志が、それぞれの方向に働く。よく私が芸術は好かれてはいけない、と象徴的にいうのは、まったくその意味なのだ。

岡本の日本文化に寄せる情熱的な関心は、伝統重視やナショナリズムによるものではない。

はじめ、私は「日本人」であるよりも、「世界人」であればよいのではないかと考えた。青春の十年以上もパリに住み、世界のあらゆる文化圏に通ずる場所で、世界人になりきろうと努力し、実践した。

その上で彼は「日本人としての存在を徹底してつかまないかぎり、世界を正しく見わたすことはできない」と考えたのである。50年以上前に書かれた文章であるが、グローバリゼーションが叫ばれる現在にも十分に当て嵌まる問題であろう。

2015年7月25日、角川ソフィア文庫、1000円。

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2016年01月14日

吉田信行著 『金魚はすごい』


文政2(1819)年創業の「金魚の吉田」(東京都葛飾区)の社長で日本観賞魚振興事業協同組合会長でもある著者が、金魚の歴史や種類、魅力、飼い方などを書いた本。

組合認定の31品種を中心に様々な金魚を写真入りで紹介しているので楽しい。和金、琉金、ランチュウ、和蘭獅子頭(おらんだししがしら)、東錦、土佐金、キャリコ、出目金、朱文金、桜錦、コメット、竜眼、丹頂、頂天眼、ピンポンパールなど。

近年は「アートアクアリウム」に金魚が使われたり、東京スカイツリータウンの「すみだ水族館」で金魚が展示されたりと、新たな人気も呼んでいるらしい。

金魚が飼ってみたくなった。

2015年9月17日、講談社+α新書、840円。

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2016年01月12日

井上たかひこ著 『水中考古学』


副題は「クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで」。

テキサスA&M大学大学院文化人類学部で水中考古学の学位を取得し、現在は日本水中考古学調査会会長を務める著者が、日本ではまだあまり知られていない水中考古学についてわかりやすく記した一冊。

取り上げられている船は、ウル・ブルン船(トルコ)、メアリー・ローズ号(イギリス)、バーサ号(スウェーデン)、元寇船(佐賀)、アーヴォンド・ステレ号(スリランカ)、サン・フランシスコ号(千葉)、エルトゥールル号(和歌山)、タイタニック号(大西洋)、宋代海船(中国)、新安沖商船(韓国)、ハーマン号(千葉)など。

海の底からタイムマシンのように引き揚げられた遺物から、歴史の新たな事実が見つかることも多い。

ウル・ブルン船が発掘される以前は、もっぱら古文書やエジプトの壁画を頼りとして交易物資の内容が予想されていた。当時の交易品の主力のひとつが銅であったが、ウル・ブルン船はその交易の様子を伝えてくれる具体的事例となった。
バーサ号の発見によって、一七世紀の軍艦の構造をめぐる激しい論争が終わりをつげている。
(「てつはう」は)当初は元軍が撤退する時の目くらましとみられていたが、X線調査によると、内部に一辺が二〜三センチ、厚さ一センチほどの小さな鉄片が詰まったものが発見されており、殺傷能力の高い散弾式武器と判明し、これまでの定説をくつがえしている。

「世界の海にはまだ三〇〇万隻もの沈没船が眠っている」そうだ。島国日本にとって水中考古学は、今後の発展が楽しみな分野と言っていいだろう。

2015年10月25日、中公新書、800円。

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2016年01月09日

井上亮著 『忘れられた島々「南洋群島」の現代史』


西太平洋に点在するマリアナ諸島(グアムを除く)、カロリン諸島、マーシャル諸島など、ミクロネシアと呼ばれる地域は、ヴェルサイユ条約により日本の委任統治領となり、1945年の敗戦まで「南洋群島」と呼ばれる実質的な日本の領土であった。

昨年4月の天皇、皇后によるパラオ訪問により再び注目を集め始めているこれらの地域の歴史を、丁寧かつコンパクトにまとめた一冊。

戦前の南洋群島が日本にとって大きな意味を持っていたことが随所に述べられている。それは「陸軍、北進論、満州、南満州鉄道株式会社」に対する「海軍、南進論、南洋群島、南洋興発株式会社」という図式になるだろう。

著者は「沖縄戦が国内で住民を巻き込んだ唯一の地上戦」といった言い方に異を唱え、「住民を巻き込んだ最初の地上戦は一九四四(昭和一九)年六月からのサイパン戦」であると述べる。これは非常に重要な指摘だろう。

私たちは、つい現在の国境線で国内を捉えてしまいがちだ。けれども、それは戦前の実態とは違う。これは、戦後日本領ではなくなった樺太についても同じことが言える。

タラワ、マキン、ルオット、クェゼリン、サイパン、テニアン、ペリリュー、アンガウルと続く激しい戦闘や、サイパン、テニアンの飛行場から飛び立ったB29による空襲、原爆投下のあたりの記述は読むのが辛い。けれども、そうした歴史を忘れることなく、記憶に刻んでおくことが大事なのだろう。

なぜなら、こうした島々の地政学的、戦略的な価値は、昔も今も変わらないからである。例えば現在の沖縄の米軍基地問題を考える際にも、そうした視点は必要になるに違いない。

2015年8月11日、平凡社新書、760円。

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2016年01月07日

梯久美子著 『廃線紀行』


副題は「もうひとつの鉄道旅」。

2010年から2014年まで、読売新聞の土曜夕刊に連載された「梯久美子の廃線紀行」から50本を選んでまとめたもの。北は北海道の国鉄根北線(こんぽくせん)、南は鹿児島の鹿児島交通南薩線まで、全国各地の廃線跡を訪ね歩いている。

一か所につき4ページとコンパクトであるが、地図とカラー写真も入っているので、実際に廃線跡を訪ねる際のガイドブックとしても使える。また、随所に著者の鋭くも温かな考察が記されている点も見逃せない。

根北線は、大正時代からの誘致活動がやっと実って開通した路線だった。鉄道が、明るい将来の象徴だった時代が確かにあったのだ。(根北線)
いまではさびれてしまった御坊の町だが、古い商家や木材協同組合の建物などが残り、かつての賑わいをしのばせる。日高川の堤防に立って太平洋を眺めると、この海を越えて大都会とつながろうとした、昭和初期の人々の思いが伝わってくる気がした。(紀州鉄道)
鉄道には人や物を運ぶだけでなく駅を中心とした生活圏を作る役割がある。それがなくなることは、地域の暮らしの拠点が失われてしまうことなのだと気づかされた。(大分交通耶馬渓線)

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』などの著作で知られるノンフィクション作家と廃線探訪の取り合わせは少し意外な気もするが、歴史をたどるという点では共通するものがあるのだろう。

地面の上を水平方向に移動するのは地理的な旅であるが、廃線歩きにはこれに、過去に向かって垂直方向にさかのぼる歴史の旅が加わる。
土地は歴史を記憶する―(…)そこへ行き、自分の足で地面を踏みしめることで、過去への回路が開かれるのだ。

「おわりに」に書かれたこうした文章に、非常に共感を覚えた。

2015年7月25日、中公新書、1000円。

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2016年01月01日

籔内佐斗司著 『壊れた仏像の声を聴く』


副題は「文化財の保存と修復」。

平城遷都1300年祭の公式キャラクター「せんとくん」の生みの親である著者は、彫刻家であるとともに、東京藝術大学大学院の文化財保存学の教授でもある。

本書では、文化財保護に関する一般的な知識や日本の仏像彫刻の歴史、さらに実際の修復例の様子などが記されている。

芸術は、機械や科学技術のように一方向には進化しないことがわかります。芸術表現は、変容はしても、進化はしないのです。

というのが、著者の基本的な考え方である。仏像の修復は修復だけが目的ではなく、修復を通じて古典技法を研究・取得するという意義があるのだ。

「彫刻でも絵画でも、写真で大きく見えるものは傑作と相場がきまっています」という指摘や、平重衡による南都(奈良)焼き討ちが、結果的に「慶派というすばらしい仏師集団の活躍の場を提供し、わが国の彫刻ルネッサンスともいえる鎌倉彫刻の傑作が造り出された」という事実など、興味深い話がたくさんあった。

2015年7月25日、角川選書、1600円。

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2015年12月25日

岡本太郎著 『日本再発見』


副題は「芸術風土記」。
1958年に新潮社より刊行された『日本再発見 芸術風土記』の文庫化。

戦後十数年を経た日本の各地を訪れて、そのありのままの姿に触れながら、文化や芸術について考察をしている。訪れた場所は、秋田、長崎、京都、出雲、岩手、大阪、四国。

岡本太郎と言えば、万博公園の「太陽の塔」とCMの「芸術は爆発だ!」くらいのイメージしか持っていなかったのだが、この本を読んで反省した。単なる感性の人ではない。民俗学的な視点の鋭さがあり、文章にも力がある。

なるほど実際は泥のようなものかもしれない。しかしそのままズバリとむき出しにしたら、決してそれは泥くさくないのだ。(秋田)
戦争前まで、町のおかみさんでも上海あたりには下駄ばきで気軽に出かけて行き、かえって東京に出るのをこわがったという。(長崎)
民芸なんて枠をきめて、効果を前もってねらってる以上、民芸らしいものは出来ようが、芸術の凄みとか、豊かなふくらみというものは出て来ないのだ。(出雲)
人が見ている。――見られているという意識によってエキサイトし、逆に自分の中に没入し、我を忘れてしまう。見られるものは見るものであり、見るものは同時に見られるものだ。(四国)

18歳でフランスに渡り、ドイツ軍のパリ侵攻を機に日本に帰ってきた著者の目に、戦後の日本はどのように見えたのだろう。「今日の日本に対する執拗な愛情と憎しみで、身をひき裂かれるような思いがする」と記す著者の情熱が溢れる一冊である。

2015年7月25日、角川ソフィア文庫、1000円。

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2015年12月22日

赤瀬川原平・山下裕二著 『日本美術観光団』


「日本美術応援団」シリーズの1冊。2002年から03年にかけて朝日ビジュアルシリーズ「日本遺産」に連載された「オトナの修学旅行」を改題したもの。

美術史家の山下(応援団団長)と前衛美術家・作家の赤瀬川(団員1号)が、日本各地の名所旧跡を観光して回るという企画。訪れた場所は、三仏寺投入堂、犬山城、日光、原爆ドーム、中尊寺、日本民藝館、東大寺、皇居など。

2人の掛け合いがとにかく楽しい。みうらじゅん&いとうせいこうの「見仏記」シリーズのような感じだ。

2004年5月30日、朝日新聞社、1800円。

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2015年12月17日

高桑信一著 『古道巡礼』


副題は「山人が越えた径」。
2005年に東京新聞出版局より刊行された単行本の文庫化。

今では使われなくなってしまった径を訪ねて全国を旅した記録。「越後下田の砥石道」「足尾銅山の索道」「会津中街道」「松次郎ゼンマイ道」「鈴鹿 千草越え」など、14篇が収められている。

交易、鉱山、信仰、ゼンマイ採りなど、様々な目的によって拓かれた径は、国道の開通や地域の過疎化、生活様式の変化などによって人が通らなくなると、藪に埋もれ、やがて跡もわからなくなってしまう。

やがて時代は大転換を迎え、動脈は街道から鉄道へ劇的に移っていく。(…)主役の座を奪われた街道は、確実に衰退していった。峠の向こうへつづく最前線の集落は、いつのまにか最奥の集落へと変わっていく。

作者はそうした変遷を諾いつつも、それを「文化の遺産」として記録しておく必要性を述べている。それは鉈目(=はっきりした道がない森林で、山中生活者・登山者などが樹木の幹に鉈でつけた目印)についても同じである。

鉈目を自然のままの樹木を傷つける行為と非難するのは、山を知らない人たちの傲慢である。鉈目は山びとの文化の遺産なのだ。(…)鉈目を読むことによって、その年の山の状態や暮らしぶりが見えてくるのである。

鰤街道や鯖街道などの塩魚の道についての記述も忘れ難い。

山に暮らす人々は、長い冬の食物として長期の保存に耐える塩魚を喜んだが、もっとも必要としたのは塩そのものだった。

「魚」よりも「塩」の方が大事だったのだ。
山にもタンパク源になる獲物はいるが、塩は取れないからである。

2015年11月5日、ヤマケイ文庫、980円。

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2015年12月16日

高橋克彦著 『石の記憶』


高橋克彦の記憶シリーズ(『緋い記憶』『前世の記憶』『蒼い記憶』)のファンなので買ってみたのだが、どうも違うようだ。

オリジナル短編集にこれまで未収録の伝奇・ホラー9篇を集めた本ということで、その中の1篇が原題「日本繚乱」を改題して表題の「石の記憶」となっているだけ。記憶シリーズの第4作ではない。

どうも、そのあたり商売として納得できないものを感じるのだが、内容は面白い。「石の記憶」の舞台となった秋田県は父の出身地でもあり、一度また行ってみたいと思った。

2015年12月10日、文春文庫、710円。

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2015年12月13日

山下裕二・橋本麻里著 『驚くべき日本美術』


美術史家の山下裕二が、ライターの橋本麻里を聞き手に、日本美術の面白さや見方を語った本。山下自身の日本美術との出会いや人々との交流の話もあり、飽きることなく読むことができる。

とにかく、目から鱗の話がたくさん出てくる。

実物を見てわかることで、いちばん実感できるのはスケール感、大きさですね。そこで僕がよく例に出すのが、高松塚古墳の壁画。これはほぼ誰も実物を見たことがない絵で、人物像だから等身大くらいだと思っている人が多いんです。ところがあれはフィギュアサイズ。
非常に単純なことですが、江戸時代以前に天井からの照明は存在せず、下から照らすものだけです。(…)応挙はそうした光の状況を念頭に置いた上で描いているわけですから、同じ光で見なくては、その意図が理解できません。
利休のわびさびみたいなものは、一方で桃山の絢爛な世界があるからこそ成り立つんです。あれがあるからこそ引き立つ、コンセプチュアルアート。
「池辺群虫図」の中にアゲハチョウがほぼ真正面向きで描かれているんですが、その触角を若冲はクルン、と丸めているんですね。これは現実の蝶では絶対あり得ない。(…)それを丸めてしまうのは、やはり「生理的曲線」への志向がなせる業なんです。
物心がついたときに鉛筆を持たされた人間は、もう応挙や若冲のような線は引けないんです。本当に江戸時代以前のクオリティーに迫るような日本画を生み出そうと思うなら、徹底した幼児教育で、小さなころから筆を持たさない限り不可能です。

次の部分など、短歌の批評においても当て嵌まる話だろう。

僕が感じている雪舟に対する実感を完全に言葉で人に伝えられるかというと、はっきり言って、無理。本当は「すごい!」くらいしか言えない(笑)。でも、「言葉では絶対に伝えられない表現の核心部分がある」ということを、言葉で伝えることはできる。つまり美術について言葉で語るということは、核心の真空地帯みたいなものがあるということを伝えるために、言葉で外堀を埋めていくような作業なんです。

表現の核心部分を言葉で解き明かしているわけではなく、言葉では説明できない部分を浮き彫りにするために、言葉で説明しているのである。これは歌会などの場で忘れてしまいがちなことだ。

2015年10月31日、集英社インターナショナル、1600円。

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2015年12月05日

井上雄彦著 『円空を旅する』


雑誌「美術手帖」の企画で漫画家の井上雄彦が全国に残る円空仏を訪ねてまわったもの。文章はライターの手によるもので井上が書いたものではないが、全部で80点にものぼる井上のスケッチが収録されている。

円空物を訪ねる旅は「岐阜の旅」に始まって、「青森・北海道の旅」「岐阜・愛知・滋賀・三重の旅」(前編)(後編)と続く。円空についてほとんど何も知らなかった井上が、旅を重ねていく中で、「目に水がこみあげてくるのを抑える努力をしなければならなかった」「一体一体、拝みたくなるような何かがある」といった心境に達する流れが自然と伝わってくる。

清峰寺(岐阜県)の「千手観音菩薩立像」「龍頭観音菩薩立像」「聖観音菩薩立像」や上ノ国観音堂(北海道)の「十一面観音立像」、大平観音堂(滋賀県)の「十一面観音立像」など、印象に残る仏像がたくさん出てくる。

巻末には「円空Q&A」があり、

円空が美術史的な観点で注目されるようになったのは戦後です。

といったことなども記されている。

2015年10月1日、美術出版社、2200円。

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2015年12月02日

上原善広著 『異邦人』


副題は「世界の辺境を旅する」。
2012年に河出書房新社から出版された『異貌の人びと』の文庫化。

ガザ地区のパレスチナ人、バグダッドのロマ、スペインの被差別民カゴ、ネパール共産党毛沢東主義派、ネパールの不可触民、イタリアマフィア、コルシカ民族主義者、北方少数民族など、世界各地の紛争地や、虐げられ差別されている人々を描いたドキュメンタリー。

第六章「気の毒なウィルタ人」では、私が関心を持つ樺太に住む少数民族ニブフ、ウィルタが取り上げられている。『ゲンダーヌ ある北方少数民族のドラマ』の著者田中了やポロナイスク郷土博物館の館長への取材などもあり、たいへん貴重な内容である。

路地に生まれた私には、日本にいてもどこか異邦人だという感覚がある。だから二〇代の頃、海外はかえって居心地の良い場所だった。それほど海外に出なくなった今も、異邦人だという感覚はいつも抱いていくのだろう。

各地に残る差別の現状を描き出すことは、著者にとって単なる興味や好奇心ではなく、自らの出自の問題とあわせて避けて通ることのできなテーマなのだ。

2014年7月10日、文春文庫、640円。

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2015年11月24日

杉山正明著 『海の国の記憶 五島列島』


「歴史屋たわごと」シリーズの1冊目。
副題は「時空をこえた旅へ」。

モンゴル史、中央ユーラシア史の専門家である著者が、大陸との交流や世界史的な観点から五島列島の歴史について記した本。

遣隋使・遣唐使、モンゴル襲来、倭寇、キリスト教伝来、朝鮮出兵、鎖国から開国へといったトピックが取り上げられている。今では国土の西端の小さな島々といった印象が強い五島列島であるが、歴史的に見れば海外との交流の最前線であったのだ。

自らの学生時代の旅の思い出を交えつつ、「です・ます」調の柔らかな文体で述べる話のなかに、これまでの歴史の見方を覆すような指摘がいくつも出てくる。

例えば、中国の「北魏・東魏・西魏・北斉・北周・隋・唐」といった王朝については

国家としてのかたちや権力のあり方、その基幹勢力としての構成や顔触れなどは、北魏から隋・唐までほぼ一貫しており、いわば王家だけが交代したといってもいいすぎではないでしょう。

と述べる。
また、モンゴル襲来における対馬・壱岐の状況に関しては、

これまでともすれば両島とも制圧されたのち、島民たちは殺され、家々は焼かれ、残虐行為がおこなわれたとされがちですが、それをしるす確かな記録は実のところありません。

と指摘するのだ。
他にも

「大航海時代」をあえて英訳するならば「グレイト・マリタイム・エイジ」(the Great Maritime Age)といったところでしょうが、欧米ではそういってもまったく通じません。日本独自の造語というか、きわまて“内向き”の用語なのです。
江戸湾すなわち現・東京湾入口部分の海流はきつく、動力船でなかった当時は湾内に入るのは簡単ではありませんでした。
「鎖国」なる表現は、十九世紀の初年、長崎出身の天文学者でオランダ語通詞であった志筑忠雄が命名したいい方で、あくまでも江戸日本が孤立主義・閉鎖主義であったことの弊害をいわんがための、まさに十九世紀的な発想による造語であったというほかはありません。

など、なるほどと思う話が盛り沢山であった。
とにかく面白い。このシリーズは続けて読んでいきたい。

2015年1月15日、平凡社、1500円。

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2015年11月16日

畠山重篤著 『日本〈汽水〉紀行』


2003年に文藝春秋社より刊行された単行本の文庫。
初出は「諸君!」2001年7月号〜2003年6月号。

全国各地の「汽水」を旅したエッセイ。陸奥湾、有明海、屋久島、四万十川、富山湾、揚子江などが舞台となっている。

気仙沼で牡蠣の養殖を手掛ける著者は、「森は海の恋人」を合言葉に、各地で植樹や講演活動を行っている。「汽水」とは海の水に川の水が混ざっている水域のこと。

河川水が流れ込む海とそうでない海とでは植物プランクトンの発生量が約三十倍から百倍もちがう。これはそのまま魚介類の漁獲量のちがいだと思っていい。

著者はその例として、面積がほぼ等しい東京湾と鹿児島湾を比較する。多摩川、鶴見川、荒川、江戸川など16本の川が流れ込む東京湾に対して、鹿児島湾は火山の爆発でできた湾のため大きな川が流れ込まない。そのため、漁獲量は東京湾が鹿児島湾の約30倍にのぼるのだと言う。

国の中央に背骨のように位置している脊梁山脈の森から、日本海と太平洋の双方に約五万本の川が流れ落ち、沖積平野で稲穂が波打ち、汽水域で魚介類や海藻が育つ

森と川と海の深い関係がよくわかる文章だろう。海のことを考えるには、森や川のことも考える必要があるのだ。

本書には気仙沼の歌人、熊谷龍子の歌も随所に引用されている。

冬海の石蓴(あおさ)の森のそよぎ聴かむ 海苔の胞子の飛び交うなかの
寒鰤を育みしもの 杳(とお)い日の立山連峰に降りし雪のひとひら
胎内の記憶のごとき川の匂い忘れずに生く 鮭の一世は

2015年10月10日、文春文庫、700円。

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2015年11月07日

大林千茱萸著 『未来へつなぐ食のバトン』


副題は「映画『100年ごはん』が伝える農業のいま」。

子どもたちの給食を地元農産物でまかないたい。有機野菜に変えていこう。そのためにまず「土」をつくろう―。

という構想のもとに、現在、大分県臼杵市は有機農業の取り組みを推進している。それを記録した映画「100年ごはん」の監督である著者が、食と農の問題や取材で出会った人々、初めての映画作りのエピソードなどを記した本。

以前、大分に住んでいた時に、臼杵市や今は合併して臼杵市の一部になった旧野津町には何度も行ったことがあるので、懐かしい。

100年先というのはずいぶん未来の話のようですが、自分の子どもの、そのまた子どもの時代だと考えれば、そう遠くない時代の話です。100年先のことを考えるためには、人が変わってもちゃんと続いていくこと、つなげていくことが大切。

こうした長いスパンでものを考えるということが、現代の私たちにはなかなかできない。刻々と移り変る目先の出来ごとに追われてしまう。

120時間の映像を65分の作品に編集する作業は、一生終わりが来ないんじゃないかと思うほどでした。(…)パソコンに取り込んだ映像を並べたり並べ替えたりの繰り返しですが、映画には「これが正解」という着地点があるわけではありません。

どの映像を、どのくらいの長さで、どういう順番に並べるか。考えただけでも大変そうな作業だが、きっと面白いのだろうな。

2015年6月10日、ちくまプリマー新書、950円。

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2015年11月04日

山口直樹著 『日本妖怪ミイラ大全』

著者 : 山口直樹
学研パブリッシング
発売日 : 2014-08-19

全国各地の寺社や旧家、資料館などに残された「鬼」「河童」「人魚」「天狗」「龍・大蛇」「異形獣」のミイラや骨を紹介した本。長年にわたる取材をもとに、ミイラや資料のカラー写真240点以上を掲載し、詳細な解説を付けている。

その多くは、もちろん科学的に見れば作り物であるのだが、著者は作り物だから価値がないとは考えない。

幸い、近年日本でも、公的な博物館が妖怪のミイラや遺物を所蔵し、展示するようになった。作り物だからといって価値を下げず、われわれの祖先が妖怪に託した思いを具現化した遺物ととらえ、見てほしい。

これまでキワモノ扱いされてきたこれらの遺物が、ようやく民俗学的な資料として日の目を見るようになってきたということだろう。

本書には「興行師が所蔵する驚愕の珍宝」として、あぐらをかいて座る河童のミイラが紹介されている。入方興業が巡業で公開してきたものとのこと。

同社代表の入方勇さんは、かつては演劇を志し、テント小屋芝居を目指していた。その勉強のため、見世物小屋の「大寅興業」に弟子入りを志願。(…)その際、先輩興行師から特別に譲られたのが河童のミイラだった。

このミイラの取材は、少し前のことなのだろう。入方興業が一世を風靡した後、2010年に入方さんの突然の自殺によって幕を閉じたことを知っているだけに、懐かしいような悲しいような、何とも複雑な気持ちになった。

2014年9月2日、学研パブリッシング、2500円。

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2015年10月31日

COMMUNITY TRAVEL GUIDE VOL.1 『海士人』


副題は「隠岐の島・海士町 人々に出会う旅」。

総勢138名の海士町の人を取り上げた観光ガイドブック。「COMMUNITY TRAVEL GUIDE」というシリーズの1冊で、人に焦点を当てたユニークな内容となっている。他にも「福井人」「三陸人」「大野人」「銚子人」などが刊行されているようだ。

5年前に隠岐の中ノ島(海士町)に旅行して以来、この町について書かれた本を見つけると読むようにしている。

島のあちこちで見かける、この町のスローガンは「ないものはない」。
この言葉には2つの意味が込められています。
一つは、「ないものはない、なくてよい」という意味。(…)
もう一つは、「ないものはない、大事なことはすべてがここにある」という意味。

こうした発想の転換が、町起こしには不可欠なのだろう。無いものねだりをするのではなく、その土地にあるものを大事にするのである。

2012年6月1日発行、英治出版、800円。

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2015年10月28日

上原善広著 『被差別のグルメ』


路地(被差別部落)の「アブラカス」、アイヌの「キトピロ」、ニブフ(北方少数民族)の「モース」、沖縄の「イラブー」、在日韓国・朝鮮人の「焼肉」など、差別されてきた人々のソウルフードでもある食べ物について描いたノンフィクション。

著者は実際に現地を訪ね歩き、さまざまな料理を食べている。その中には、アレンジを加えて一般社会に広まったものもあれば、今も地域の中で細々と食べられているものや既に食べられなくなってしまったものもある。そうした食べ物を通じて、著者は差別・被差別、民族といった問題を考えていく。

この本にはウィルタ・ニブフなど北方少数民族のことも取り上げられている。

北海道といえばアイヌが有名だが、実はさらに少数のウィルタ・ニブフという民も住んでいたことはほとんど知られていない。ウィルタとは、かつて「オロッコ」と呼ばれていた北方少数民族で、主に樺太、今のサハリン南部に住んでいた。

彼らの食を探し求めて、著者はサハリンも訪れている。そうした地道な姿勢を私は信頼する。

ノンフィクションを読む時に、こうした「著者に対する信頼感」というのはけっこう大事なものだ。短歌はノンフィクションではないけれど、やはり「作者に対する信頼感」が大事な点では共通しているように思う。

2015年10月20日、新潮新書、740円。

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2015年10月24日

大久保潤・篠原章著 『沖縄の不都合な真実』


帯には「政治家、建設会社、知識人、公務員、地元とメディア……利権とタブーを炙り出す」と大きく書かれている。基地問題の背景にある沖縄の支配階級の利権や振興予算の問題点を指摘した本。

辺野古移設問題を「善良な県民の総意を無視して強引に移設を進める政府の悪行」といったシンプルな勧善懲悪の視点から捉えるのを好むジャーナリズムが、ほとんど触れてこなかったことばかりです。

という内容である。タイトルや帯文が週刊誌のように煽情的だし、ところどころデータの扱い方も恣意的で、「米国で勤務経験がある保健師さんは・・・」「先の労組幹部は・・・」「沖縄のある大学教授は・・・」といった匿名の発言の引用が多かったりと、気になる点もある。その一方で、なるほどと納得する部分も多かった。

「日本vs.沖縄」「悪vs.善」「加害者vs.被害者」といった見方で解くことができるのであれば、問題はとうの昔に決着していたでしょう。

これは、まさにその通りという気がする。そんなに単純な話ではないからこそ、解決に長い時間がかかっているのだ。

10月21日の新聞に「沖縄振興強化で一致 島尻沖縄相、翁長知事と会談 辺野古触れず」という記事が載っていた。基地問題で激しく対立していることを思えば、政府と沖縄知事とが和やかに会談しているのが不思議な気もする。けれども、

二〇一四年一一月に初当選した翁長雄志知事は、那覇市長時代に「振興策なんかいらない」と言ったことがあります。これを知事としても言い続けることができるかどうか。県民ならずとも注視していくべきでしょう。

という本書の「あとがき」は、1年前に既にそうした事態を予言していたと言っていいだろう。

2015年1月20日、新潮新書、740円。


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2015年10月23日

松島泰勝著 『琉球独立宣言』


文庫書き下ろし。

辺野古移設問題で揺れる沖縄の独立に向けた道筋を示した本。1609年の島津藩の侵攻に始まり、1879年の琉球処分、沖縄戦、アメリカによる統治、そして現在も残る多くの米軍基地といった歴史を踏まえ、沖縄に対する差別を解消するために、「琉球人の琉球人による琉球人のための独立」を説く。

著者の視点は沖縄だけでなく、スコットランドの独立運動や島嶼国パラオの政治、あるいは国際法にも及び、独立のための具体的な方策を探っていく。

琉球は日本固有の領土ではありません。琉球はかつて国であり、琉球併合は国際法上でも違法なのです。

これは、明治期に日本が台湾や朝鮮を植民地化していった流れの発端に琉球併合があるとの見方である。その根拠として、琉米修好条約(1854年)、琉仏修好条約(1855年)、琉蘭修好条約(1859年)の締結という事実が挙げられており、その主張には合理性がある。

独立に向けた著者の意気込みはよくわかるし、共感する部分もあるのだが、全体にやや精神論に傾き過ぎている点が気になった。同じ主張の繰り返しも多い。

日本政府がこのまま辺野古新基地建設を進めていくと、琉球は「独立」というカードを切って自らの道を進もうとするでしょう。

「独立」が交渉におけるカードとして捉えられている限り、それはまだ現実的な話ではないと言えるのかもしれない。

2015年9月15日、講談社文庫、690円。

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2015年10月17日

木山捷平著 『新編 日本の旅あちこち』


昭和42年に永田書房から刊行された『日本の旅あちこち』に、その後の作品などを加え再編集し、文庫化したもの。紀行文27篇と詩2篇を収録。

昭和30年代後半から、43年に亡くなる少し前まで、ノサップ岬、秋田、粟島、伊豆、伊良湖岬、城崎、天理、長門湯本温泉、佐世保など、全国各地を旅して味わいのある文章を残している。

「それはタラバガニです。北海道では大体カニが三種類とれますが、タラバは人妻の味、ケガニは女房の味、ハナサキガニは生娘の味ということになっております」

これは、根室の人に教わった少々きわどい話を書き留めたもの。

再び自動車の人となって、三里(約十二キロ)の道をぶっとばして渥美町折立の杉浦明平氏宅の前に車を止めた。

伊良湖岬へ行った際には、杉浦明平の家を訪れている。

私の郷里地方で、最も大衆的に発達しているのは、マゼメシである。マゼメシはつまりマゼズシ、標準語的にいえば、五目ずしのことである。

ふるさと岡山の料理について述べた文章である。ここに出てくる「マゼメシ」というのは、今で言う「ばら寿司」のことだろう。

この晩は鹿児島泊まりで、夜は城山のてっぺんにある観光ホテルで、県知事と市長の歓迎レセプションがあった。

これは今年の夏に行った城山観光ホテルではないか。調べてみると、ホテルの開業は昭和38年。木山が訪れたのは昭和42年のことなので、まだ出来たばかりという感じの頃である。

2015年4月10日発行、講談社文芸文庫、1600円。

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2015年10月16日

岡本信明・川田洋之助著 『金魚』


日本の伝統文化を伝える「ジャパノロジー・コレクション」シリーズの1冊。
先日、大和郡山へ行って金魚田や金魚資料館を見て来たので、その関連で。

豊富なカラー写真を載せ、「金魚物語」「金魚の基礎知識」「金魚の粋」「金魚水族館」「金魚と暮らす」の5章にわたって、金魚の魅力を多面的に描き出している。

「朱文金」「コメット」「三色琉金」「東錦」「らんちゅう」「頂天眼」など、様々な品種があり、眺めているだけでも楽しい。長年にわたって品種改良とその維持を続けてきた人々の努力に感嘆するとともに、自然界では生きられそうもない畸形を生み出し珍重することに対するちょっとした怖さも感じた。

2015年7月25日、角川ソフィア文庫、920円。

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2015年10月13日

益岡隆志著 『24週日本語文法ツアー』


全24回にわたって、「補足語」「ヴォイス」「テンスとアスペクト」「ムード」「主題」「副文」「品詞」など、日本語文法の見どころと面白さを記した本。『基礎日本語文法―改訂版―』とあわせて読むと良い。

紹介の場面を文で表現しようとすれば、どのような言い方になるでしょうか。文の中心は、「紹介する」という動詞ですね。(…)「紹介した。」と言うだけで、「誰かが誰かを誰かに紹介した。」といった内容の文であることが了解されるはずです。

日本語文法においては、文の構造を「主語―述語」とは見なさない。文の中心は「述語」であって、それが「補足語」を伴うという考え方である。例えば「紹介する」という述語は「ガ格」「ヲ格」「ニ格」を必要とする。そこでは、従来主語と呼ばれていた部分(「ガ格」)は「ヲ格」や「ニ格」と同じ補足語に過ぎない。

テンスは、過去・現在・未来という時間の流れに関係すると言いましたが、日本語の述語の表現は、基本形とタ形という2つの形を区別するだけです。時間そのものには過去・現在・未来という3つの区別が考えられても、述語の表現は2つの区別しかないわけです。

「テンス」(「今」を基準として出来事の時を位置づける述語の形式)と「アスペクト」(動きの時間的展開の段階を表す形式)の話も大切だ。口語短歌や文語短歌の「時制」の話をする時も、「テンス」と「アスペクト」をきちんと区別して考える必要があるだろう。

その他、「限定的(制限的)な修飾」と「非限定的(非制限的)な修飾」の違いや、「連用形並列」と「テ形並列」の違いなど、短歌を読んだり作ったりする上で示唆に富む話がいくつも出てくる。

短歌を読んだり作ったりする上で文語文法を学ぶことは大切だが、現代の日本語文法を知ることも、それに劣らず大事なことであるに違いない。

1993年10月31日 第1刷、2014年5月8日 第13刷。
くろしお出版、2200円。

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2015年10月02日

『京都ぎらい』のつづき

筆者が繰り返し述べるのは、嵯峨や宇治は「京都」ではないということだ。

嵯峨でそだち宇治にくらす私のことを、洛中の人なら、まず京都人とはみなすまい。だが、東京をはじめとする他地方の人々は、ちがう。私の経歴を聞いたうえで、それでも私のことを京都人よばわりする人が、ずいぶんいる。こまった人たちだなと思う。

「京都」と一口に言っても、「洛中」と「京都市」、さらに「京都府」では、全然ニュアンスが違うのである。

私は今、京都市伏見区に住んでいるのだが、そこはどんな位置付けかと言うと、

伏見区は、京都市にくみこまれている。行政的には京都市内の一区をなしていると、そう言わざるをえない区域である。しかし、洛中の京都人たちは、伏見区を京都の一部だと考えない。彼らは、あのあたりを洛南、つまり洛外にあたるところとして位置づける。だから、京都人をよそおう伏見の人がいれば、それを思いあがっているとうけとめる。

ということになる。

まあ、「京都」と言われて一般にイメージされる碁盤目の通りも、神社仏閣も、比叡山も鴨川も、私の住む周囲にはないので、京都という感じがほとんどしないのは確かだ。

こうした居心地の悪さ(?)は、私が自分の出身地を答える時にも感じる。私は「東京出身」であるが、「東京」と言って一般にイメージされる高層ビルや人混みや繁華街とは無縁の場所で育った。だから、必ず、「東京と言っても、町田市と言って神奈川県との県境のところで・・・」と慌てて言い訳のように付け足すことになるのである。

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2015年10月01日

井上章一著 『京都ぎらい』


京都郊外の嵯峨に生まれ、現在は宇治に住む著者が、京都人(洛中に住む人)の洛外に対する差別意識や、外からは見えない京都の裏話を記した本。

「まえがき」から京都あるあるネタの続出で、何度も笑ってしまった。京都について辛辣に書いていて相当に毒のある内容なのだが、その底には京都愛が滲んでいる。きっと、この本は京都の人がむしろ好んで読むのだろう。

別にお笑い目的の本ではなく、京都の歴史や文化に関する深い考察が随所にある。あまり知られていない事実も多く、京都の見方が変わりそうだ。

ちなみに、世間ではうやまわれる回峰行も、比叡山ではそれほど重んじられていない。立派だと思われてはいるが、ある種体育会系的な業績としても、位置づけられている。
くりかえすが、室町時代の京都では、武将たちの一行をうけいれる寺が、ふえだした。人目をよろこばせる庭が、寺でいとなまれるようになったのは、そのせいだろう。
いずれにせよ、江戸時代の堂塔や庭園は、京都の主だった観光資源になっている。多くの観光客が見ているのは、江戸幕府がささえた京都の姿にほかならない。

杉本秀太郎(フランス文学者、エッセイスト)や梅棹忠夫(民族学者、国立民族学博物館名誉教授)といった京都人のエピソードも実名で紹介されている。いやはや、おそるべし、京都人。

2015年9月30日、朝日新書、760円。

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2015年09月27日

大山顕×佐藤大×速水健朗著 『団地団』


副題は「ベランダから見渡す映画論」。

写真家の大山顕、脚本家の佐藤大、編集者の速水健朗の3名が、新宿の「ロフトプラスワン」で4回にわたって行ったトークライブ「団地団夜」をもとに、加筆・再構成してまとめた本。

「ウルトラマン」「耳をすませば」「しとやかな獣」「団地妻 昼下りの情事」「デジモンアドベンチャー」「ピカ☆ンチ」など、様々な映像作品に登場する団地について、かなりディープに語り合っている。

映像やシナリオや団地について、興味深い話が次から次へと出てくる。

アニメでは「ないもの」を描くことが一番難しい。でも、ここでは手紙が落ちていくことによって生まれた、風と空気と重力が見事に描かれている。
天才を説明する立場としての、受け手側の代表となるキャラクターが、物語には必要である。例えば、主人公が自分のことを天才と語るより、周囲の人間から天才だと説明してもらうことで、嫌味なく自然に観客へと伝えられる。
畳って、四畳半とか六畳をひとつの基本ユニットとして配置していくための規格であって、さらに言うとモジュール化なんですよね。この畳の規格に沿っていろんなもののサイズが決められます。

本のはじめには、「団地団、団地へ行く」と題して、狭山団地、大蔵住宅、多摩川住宅、高島平団地、都営西台アパートの5か所の団地を訪れた様子が、カラー写真入りで紹介されている。

2012年2月10日、キネマ旬報社、1900円。

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2015年09月23日

今野真二著 『盗作の言語学』


副題は「表現のオリジナリティーを考える」。

小説、俳句、短歌、辞書など、数多くの実例を引きながら、「盗作」と呼ばれる現象を日本語学的に分析し、さらには表現におけるオリジナリティーとは何かを考察した本。

最近話題になったオリンピックのエンブレム問題とも関わる話だろう。ただし、刺激的なタイトルが付いているものの、「盗作」の事件性や話題性について書かれているわけではない。あくまで言語表現自体についての話である。

木俣修や北原白秋の添削指導、寺山修司「チェホフ祭」、白秋の同一テーマによる短歌と詩など、短歌作品も多く取り上げられている。

言語は始まりがあって終わりがあるという「線状性(linearity)」を備えている。だから、情報がどのような順序で提示されるかということは重要である。
和歌や俳句をかたちづくる言語は、語そのものはいわゆる「散文」と同じであっても、働き方は「散文」とまったく異なると考える。
俳句のような短詩型文学では、説明はしない方がいい。というより、説明しないのが短詩型文学であろう。
誰も使ったことのない単語というものをつくりだして使うということは通常はできないし、言語に関しては、複合語として新しいとか、語句(=単語の組み合わせ)として新しいとか、さらに大きな言語単位として新しいとか、そうした「新しさ」以外は考えられない。

このあたり、どれも短歌の実作の手引と言っても良い内容だろう。
それにしても、近年、著者の今野真二さんの本が続々と刊行されている。おそろしいほどの仕事量だ。

2015年5月20日、集英社新書、720円。

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2015年09月21日

原武史著 『団地の空間政治学』


著者の専門である政治思想史の観点から、主に高度経済成長期の団地という空間を捉えた本。40年以上団地に住み続けた著者ならではのユニークで鋭い考察が光る。

当時団地で発行されていた新聞や自治会報などの資料も駆使しながら、大阪の香里団地、東京の多摩平団地、ひばりヶ丘団地、千葉の常盤平団地、高根台団地などを例に、そこに住む人々の政治意識や行動を詳しく分析している。

団地は戦後の近代的な生活システムを目指したという点においてはアメリカ的な存在であったが、その内実はソ連を中心とした社会主義的な側面を強く持っていた。

集団生活という居住形態や自治会での活動が、平等や公平といった価値を重視する社会主義に対する共感を生み出す一因となっているのは容易に想像できよう。

具体的に言えば、当時の団地は選挙において革新政党の強力な地盤となっていたのである。

私が生まれ育った東京の町田市の話も出てくる。

東京都町田市では、都営、公社住宅を合わせた団地の面積が七〇年五月に六〇三ヘクタール、団地人口は総人口の四四.五%に達した。

私が住んでいた1970年から90年まで、町田市は大下勝正(社会党)市長の率いる革新自治体であった。今から思えば、それも団地が多いことと深く関係していたのである。

2012年9月30日、NHKブックス、1200円。

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2015年09月10日

千松信也著 『けもの道の歩き方』


『ぼくは猟師になった』の著者のエッセイ20篇を収めた本。副題は「猟師が見つめる日本の自然」。「日本農業新聞」2012年12月から13年3月まで連載された「森からの頂き物」に加筆、再構成したもの。

京都に住んで普段は運送会社で働きながら、猟期にはくくり罠でイノシシやシカを捕獲する著者が、猟師ならではの視点から山の自然や動物、そして自らの暮らしについて記している。

よく「野生動物の肉は硬い」と言われるが、〇歳や一歳の若い個体の肉は軟らかいし、歳をとった個体の肉は硬い。家畜の豚も生後半年で出荷されるから軟らかいだけで、何年も飼育した老豚の肉は硬くなる。
利用されなくなってしまった現在の巨木が林立する里山林を、この現状のまま維持するのは無理がある。放置され続けてきたところに起きたナラ枯れは防ぐべきものなのだろうか?
白色レグホンはメスしか必要とされないので、オスはヒヨコのうちに殺され、産業廃棄物となるのがほとんどだ。また、メスも大規模な養鶏場では、産卵効率が落ちて生後二年を待たずに廃鶏にされるのは前述の通りだ。

近年、農作物への獣害が深刻となっていることもあり、狩猟がにわかに注目を集めている。けれども、著者はそうしたブームを歓迎しつつも、「狩猟の素晴らしさばかりが強調される昨今の風潮はちょっと気持ちが悪い」と冷静に見ている。

そこには「自分で食べる肉は自分で責任をもって調達したい」という思いのもと14年にわたって猟師を続けてきた著者の矜持がにじむ。

2015年9月16日、リトルモア、1600円。

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2015年09月08日

森見登美彦著 『新釈走れメロス 他四篇』


中島敦「山月記」、芥川龍之介「藪の中」、太宰治「走れメロス」、坂口安吾「桜の森の満開の下」、森鴎外「百物語」という近代文学の名作5篇を、現代の京都を舞台にした作品へと仕立て直したパロディ小説集。

読み始めてすぐに、「あれっ?どっかで読んだことあるな」と思ったのだが、2007年に祥伝社から出た単行本を読んでいたのだった。中村佑介のイラストを使った表紙が、以前読んだものと全く違っていたので気づかなかった。

それにしても、わずか8年前のことを忘れてしまうなんて・・・。

京都が舞台ということで、祇園祭、大文字山、叡山電鉄、鴨川デルタ、蹴上インクラインなど、京都に住んでいる人には馴染みの行事や場所がたくさん出てくる。それで、ついつい読んでしまうんだろうな。

2015年8月25日、角川文庫、520円。

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2015年09月04日

『戦争画とニッポン』のつづき

『戦争画とニッポン』に会田誠が出ているのは、彼が「戦争画RETURNS」というシリーズを制作したことが大きな理由であろう。

シリーズの一つである「紐育空爆之図」も、最初の方に見開きで掲載されている。1996年の作品だ。
http://mizuma-art.co.jp/artist/popup.php?uid=0010&imgID=10

この作品については、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを詠んだ

紐育空爆之図の壮快よ、われらかく長くながく待ちゐき
             大辻隆弘『デプス』

の歌と関連付けて、以前、論じたことがある。(「サブカルチャーと時代精神」2003年、『短歌は記憶する』所収)

今回初めて知ったのは、この作品の元ネタ(実際には違うのだが)と噂されている戦争画があるということだ。1943年刊行の『大東亜戦争海軍美術』に掲載されている古城江観の「紐育制圧図」で、ニューヨークのマンハッタン島を日本軍が爆撃する様子が描かれている。

ニューヨークというのは、昔も今も、やはり象徴的な場所なのだ。

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2015年09月03日

椹木野衣×会田誠著 『戦争画とニッポン』


美術批評家の椹木野衣と現代美術家の会田誠が、戦争画をめぐって行った対談をまとめたもの。藤田嗣治「○○部隊の死闘―ニューギニア戦線」、宮本三郎「萬朶隊比島沖に奮戦す」、小川原脩「アッツ島爆撃」、小磯良平「カンパル攻略(倉田中尉の奮戦)」、さらには会田の「紐育空爆之図」など30点近い戦争画を掲載している。

この本を読んで驚いたのは、茅葺き屋根の古民家の絵で有名な向井潤吉に、多くの戦争画があるということ。そうした過去は戦後、封印されてしまったのだろう。

戦争画は戦意高揚や軍部の宣伝といった文脈で語られることが多い。あるいは反対に、藤田の玉砕画に反戦の意図が込められていると賞賛されることもある。けれども、そのどちらも一面的な見方に過ぎるだろう。戦争画は何よりもまず「戦争記録画」であった点を忘れてはならない。

単に「戦争協力の是非」という話なら、今たいていの芸術家は「非」と答えるでしょう。けれど当時の日本の戦争画を見ていると、ことはそう単純でないことがわかります。「全体と個」という永遠にややこしい問題がそこにはあります。

「あとがき」に記された会田の言葉は、戦争画の奥にあるより大きな問題を浮き彫りにしている。それは、現代の短歌にとっても避けられない問題であろう。

2015年6月22日、講談社、2000円。

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2015年09月01日

荒川洋平著『日本語という外国語』


日本語教師になりたい人向けの入門書であるが、そうでない人が読んでも十分におもしろい。国文法(いわゆる学校文法)とは違う日本語文法についても、概略が記されており、知らなかったことがいっぱい出てくる。

国文法における動詞の終止形と連体形は同じ形ですが、日本語教育ではこれを「辞書形」として、一つにまとめ上げています。

国文法においては文語(古文)との継続性を重視して、口語の動詞の活用でも「終止形」「連体形」を区別しているが、確かに口語だけに限って考えれば区別する必要はないわけだ。

学校で勉強した英文法では「十二時制」と呼んで、時制を現在進行形や過去完了形などに分類していますが、これは「テンス」と、後で述べる「アスペクト」を一緒にしたものです。

この「テンス」と「アスペクト」の区別というのが、けっこう大事なのだろう。学校では国文法でも英文法でも、そのあたりは習わなかった気がする。

実は日本語の動詞には(…)前のことを示す「過去形」と、そうではない「非過去形」しかありません。
動作を示す動詞が、現在のことを示すためには、「いま食べている」のように、「食べる」をテ形「食べて」に変え、それにプラスして「いる」の助けを借りなければなりません。

こうした日本語文法の基本的な知識は、例えば角川「短歌」9月号に大辻隆弘さんが書いている「口語の時間表現について」という問題を考える際にも、大いに役に立つのではないかと思う。

2009年8月20日、講談社現代新書、800円。

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2015年08月27日

高野秀行著 『イスラム飲酒紀行』


2011年に扶桑社より刊行された単行本の文庫化。

「私は酒飲みである。休肝日はまだない」という著者が、原則として飲酒が禁じられているイスラムの国々で酒を求めて奮闘する旅行記。訪れた国は、カタール、パキスタン、アフガニスタン、チュニジア、イラン、マレーシア、トルコ、シリア、ソマリランド(ソマリア北部)、バングラデシュ。

多くのイスラムの国を訪れて、著者が感じたのは

イスラム圏にも地域性が歴然として存在し、それがイスラム自体を多様で豊かなものにしているのだ。
一口に「イスラム国家」と言っても、国民が百パーセント、ムスリムという国は存在しない。

という、よく考えてみれば実に当り前のこと。けれども、現地を訪れてみないと、こうしたことさえ実感としてはなかなかわからない。

イラン旅行の話の中に

彼らは英語をまったく話さず、私もペルシア語の単語は何ひとつ知らない。私は『旅の指さし会話帳 イラン』を取り出して、「酒」という単語を黙って指差した。

という場面が出てくる。
おお、「旅の指さし会話帳」!

先月のサハリン旅行に、この『旅の指さし会話帳』を持って行ったところ、かなり役に立った。現地の方とコミュニケーションが取れるというのは、やはり楽しい。



2014年7月15日、講談社文庫、770円。
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2015年08月20日

『「昭和」という国家』のつづき

この人(富永仲基・松村注)を明治二十年代で発見したのが内藤湖南です。そのほかたくさんの人を発見しています。埋もれた江戸時代の無名の知識人を、われわれに教えてくれたのは内藤湖南です。
江戸時代の不思議な思想家として、山片蟠桃がおります。この人も高砂の出身です。職業的には一生番頭さんだったものですから、蟠桃と、ユーモラスな号をつけた。無神論を展開し、彼も内藤湖南に発見されています。
今は安藤昌益の全集もありますから、それを見ればよいのですが、この人は狩野享吉が発見するまで、ほとんど無名でした。

今では日本史の教科書にも載っている山片蟠桃や安藤昌益も、誰かがその存在を発見するまでは無名の存在であったのだ。司馬遼太郎もまた、歴史に埋もれた人物を発見すべく、歴史小説を書き続けたのかもしれない。

他人の書いたものや他人の評価に乗っかるのではなく、自分の眼で見出す努力。これは、短歌の世界においてもますます大事になっていくにちがいない。

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2015年08月18日

森達也著 『たったひとつの「真実」なんてない』


副題は「メディアは何を伝えているのか?」。
書き下ろし。

かつてテレビ・ディレクターの仕事をしていた著者が、テレビを含めたメディアをどのように批評的に読み解き、主体的に活用していけば良いかを述べたもの。大学でメディア・リテラシーの講義もしている著者は、自分の体験や数々の例を挙げながら、説得力のある話を展開している。

でも人は、集団になったとき、時おりとんでもない過ちを犯してしまう。集団に自分の意思を預けてしまう。これも歴史的事実。そして人が持つそんな負の属性が駆動するとき、つまり集団が暴走するとき、メディアはこれ以上ないほどの潤滑油となる。
世界は複雑だ。事象や現象は単純ではないし、一面だけでもない。でもテレビ・ニュースに代表されるメディアは、その複雑さを再構成して簡略化する。
メディアは視聴者や読者を信頼させてはいけない。なぜならメディアは信頼すべきものではない。あくまでもひとつの視点なのだ。受け取る側も絶対に信じてはいけない。これはひとつの視点なのだと意識しながら受け取るべきだ。

近年は映画監督・作家として、言論の分野においても存在感を発揮している著者の丁寧な語り口が印象に残る一冊であった。

2014年11月10日、ちくまプリマー新書、820円。

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2015年08月17日

司馬遼太郎著 『「昭和」という国家』


1986年から87年にかけてNHK教育テレビで計12回にわたって放映された「雑談『昭和』への道」をまとめたもの。

戦争を体験した著者が、昭和(元年から敗戦まで)の日本はなぜあのような道を進んでしまったのかを考察している。

と言っても、明快な答が示されているというわけではない。江戸時代の多様性を評価し、「私は明治日本のファンです」と述べ、日露戦争を「祖国防衛戦争だった」と肯定的に捉える著者にとって、昭和の歴史は何とも扱いにくいものだったのだろう。

日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいたのではないでしょうか。その森全体を魔法の森にしてしまった。発想された政策、戦略、あるいは国内の締めつけ、これらは全部変な、いびつなものでした。

このように著者は記して、その魔法を解くカギとして「参謀本部」や「統帥権」といった問題を持ち出す。けれども、それで何かがわかったという感じもしない。

これは何も司馬個人の責任ではなく、今もなお私たちが明治維新から敗戦までの歴史をうまく位置付けられていないことによるのだろう。それは、先日の戦後70年の安倍談話の曖昧さにもつながっている問題なのだと思う。

1999年3月30日第1刷発行、2003年12月5日第10刷発行、NHKブックス、1160円。

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2015年08月14日

原沢伊都夫著 『日本人のための日本語文法入門』


東郷雄二さんや中西亮太さんとの議論の中で、「ル形」という用語が出てきた。どうも日本語文法と呼ばれるものは、学校で習った文法とは随分と違うらしい。そんな興味から読んだ一冊。

現在、日本語文法というとき、日本人のための国語文法(本書では学校文法と呼ぶことにします)と外国人に教えるための日本語文法があり、両者には共通する用語も多くありますが、基本的な文の構造に対する考え方はまったく異なっているのです。

読んでみると実におもしろい。今の文法はこんなことになっていたのか!とワクワクすることばかり。「ル形」「タ形」「テイル形」「テアル形」「ガ格」「ヲ格」「イ形容詞」「ナ形容詞」「子音動詞」「母音動詞」といった用語も初めて理解した。

「主題と解説」「自動詞と他動詞」「ボイス」「アスペクト」「テンス」「ムード」といった基本的な事項を、具体例をいくつも挙げながら丁寧に説明してくれる。また、横書きというスタイルや「〜なんですね」「〜わけではないんですよ」といった語りかける口調の文章など、読みやすいようによく工夫されている。

これはざっくりとした印象なのだが、文語短歌を読むには古典との継続性を重視した学校文法の知識で良いが、口語短歌について考える時には日本語文法の知識が求められるのではないか。

このテーマはしばらく追ってみたい。

2012年9月20日、講談社現代新書、740円。

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2015年08月10日

司馬遼太郎著 『ロシアについて』



副題は「北方の原形」。
1986年に文藝春秋社から刊行された単行本の文庫化。

ロシアという巨大な隣国をどのように理解すれば良いのかという観点から書かれた歴史エッセイ。それほど長くないエッセイ集であるが、歴史というものの醍醐味を十二分に感じさせる内容となっている。

体制がどうであれ、その国が、固有の国土と民族と歴史的連続性をもっているかぎり、原形というものは変わりようがない、と私は思っている。逆にいえば、体制の如何をとわず、不変なものをとりだすものが、原形に触れるという作業でもある。

この本で司馬が一貫して追求するのは、ロシアの原形とは何かということである。そのために広い視野に立って歴史をたどっていく。

ヨーロッパを真にヨーロッパたらしめたルネサンスの二百年という間、ロシアはひとり「タタールのくびき」によって、その動き、影響から遮断されつづけたのです。
火器の普及によって、騎馬軍の優位の時代はおわり、これがために遊牧国家は農業地帯の征服といううまみをうしなったのである。
欧露というみじかい右腕をまわして長大な左腕のシベリアの痒みを掻こうとする場合、右腕の寸法が足りず、たえずむりな体形をとったり、不自然な運動をせざるをえなくなった。

この本が書かれたのは、まだソ連が崩壊する前のことで、もう30年近い歳月が経っている。けれども、ここに描かれたロシアの原形はおそらく今も変らない。昨今のクリミア半島の問題や、日本とロシアの関係を考える際にも、有効であり続けている。

ソ連には、シベリアがある。そのそばに、日本の島々が弧をえがいている。日本が引越しすることができないかぎり、この隣人とうまくつきあってゆくしかない。

1989年6月10日第1刷、2012年2月15日第27刷、文春文庫、505円。

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2015年07月28日

三田英彬著 『忘却の島サハリン』

副題は「北方異民族の「いま」を紀行する」。
20年以上前に出た本である。

1990年の秋に、外国人に開放されたばかりのサハリン(当時、ソ連領)を2週間にわたって取材した内容をまとめたもの。主に、かつては日本人でありながら、戦後サハリンに取り残されたアジア系少数民族の人々の話が中心となっている。

戦後、サハリンからの引き揚げは日本人に限られ、朝鮮半島出身者はサハリンに留まらざるを得なかった。こうした人々は、サハリン残留韓国人(朝鮮人)と呼ばれ、数万人(本書では43000人)にのぼると言われる。

また、その他のサハリン先住少数民族(ウィルタ、ニブヒなど)についても、本書はいくつもの貴重な証言を記録している。これまでに読んだ本とつながる話も多かった。

ポロナイスク近郊に住む金正子さん(ニブヒ名はマヤック・ニフ、戦前の名は加藤正子)の話の中に

「イノクロフっていえば、オタスの王様みたいな人でしたよ。ヤコッタの人でしょ。トナカイは何千頭って持ってたし、大きな屋敷を構えてたんです」

とあるのは、N・ヴィシネフスキー著『トナカイ王』に出てくるヤクート人のドミートリー・ヴィノクーロフのことだ。

また、ウィルタの小川初子さんに関して

最初は同族の北川源太郎さんと結婚するはずであった。ところが一九四五年になって源太郎さんはソ連軍に逮捕されシベリアに抑留されたまま帰ってこなくなった。

とあるのは、田中了著『ゲンダーヌ』の主人公ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ(日本名は北川源太郎)のことである。

日本とソ連という国家の狭間に置き去りにされた人々。国と国との戦争が終ったのちも、その人生は長きにわたって翻弄され続けてきたのである。

1994年5月20日、山手書房新社、1600円。

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2015年07月16日

『折口信夫 魂の古代学』の続き

国文学者、民俗学者である著者が、学問について書いている部分も心に残る。

国文学は国文学で、民俗学は民俗学で、それはそれとして純粋な科学として成り立つ学問である。しかしながら、それらの学問は日本人が日本を語る日本人の「応援歌」という側面をも持っている。
今日においては、研究者と創作者がともに語り合う場すらもない。対して、折口は最後まで創作の世界を捨てようとしなかった。
近代の学問は、「分けること」からはじまって、細分化することで緻密になり、専門性を高めていった。今日の眼から見れば折口が取り組んだ学問領域はおそろしく広いが、江戸期の国学者はもっと広い。

この本の面白さは、学問や折口に対する著者の愛情とでも呼ぶべき思いがひしひしと伝わってくるところにあるのだろう。

折口信夫のようにジャンルを跨いで活動した人の全体像を掴むのは容易ではない。ウィキペディアを見ても

日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空と号した詩人・歌人でもあった。

と書かれている。けれども、折口自身にとっては、そうした活動はバラバラのものではなく、すべて同じ一つのものであったのだと思う。

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2015年07月12日

上野誠著 『折口信夫 魂の古代学』


2008年に新潮社より刊行された『魂の古代学―問いつづける折口信夫』を改題して文庫化したもの。

折口信夫の遺影の飾られた研究室で学び、三十代では「折口を蛇蝎のごどくに嫌っていた」著者が、四十代に入って「折口を肯定的にとらえることができるように」なり、折口の人生や考え方の総体を一つのイメージとして示したいと考えて記した本。

第5章の「芸能を裏側から視る」は、2012年に行われた現代歌人集会秋季大会の講演「折口信夫の挑戦」(とても面白かった!)と重なる内容で、講演の口調を思い出しながら読んだ。

本書でも強調されているのは、折口と大阪の結び付きの深さである。

関西の人びとは、歴代の天皇の御陵のなかで暮らしているので、きわめて天皇というものを近しく感じている。(…)大阪人である折口も、そういう文化的風土のなかで暮らしていたのである。
ことに都会的文化の中でも、「芋、蛸、南京・芝居」という言葉に象徴されるような女の文化にとっぷりと漬かって折口は育ったのであった。折口の芸能史は、マレビト論を核とする文学発生論から派生した史論なのだが、その背後には自ら生活を楽しむ享楽的な大阪の女の家の文化があったのである。

東京や地方の都市と比べた時のこうした違いは、折口信夫を考える上でやはり欠かせないものだという気がする。

2014年9月25日、角川ソフィア文庫、920円。

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2015年07月04日

金水敏著 『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』


「もっと知りたい!日本語」シリーズの一冊。

「そうじゃ、わしが博士じゃ」という博士に会ったことがありますか?「ごめん遊ばせ、よろしくってよ」としゃべるお嬢様に会ったことがありますか?

といった疑問を出発点として、特定のキャラクターと結びついた特徴ある言葉づかいを「役割語」と名づけ、その起源や意義などを考察した本。非常におもしろく、刺激的な一冊だ。

著者は、江戸時代以降の文章や小説、童謡、マンガなど様々な資料を用いて、役割語の起源を追求し、その変遷を描き出す。

結局、〈老人語〉の起源は、一八世紀から一九世紀にかけての江戸における言語の状況にさかのぼるということがわかった。当時の江戸において、江戸の人たちの中でも、年輩の人の多くは上方風の言葉づかいをしていたのであろう。

さらには、物語の中で「標準語」と非「標準語」を話す人物が登場する場合、読者は「標準語」を話す人物に感情移入する点を指摘する。その上で、中国人を描く際に使われる〈アルヨことば〉などを踏まえて、

異人たちを印象づける役割語は、(…)〈標準語〉の話し手=読者の自己同一化の対象からの異化として機能し、容易に偏見と結びつけられてしまう

といった問題点に言及するのである。

「役割語」という見方・捉え方をすることによって、言葉をめぐる実に多くの可能性や問題点が浮き彫りにされてくる。

この本はもう10年以上前のものだが、著者はその後も『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』(岩波書店、2014年)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014年)といった本を出している。引き続き読んでいきたい。

2003年1月28日 第1刷発行、2014年11月14日 第13刷発行、岩波書店、1700円。

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2015年07月02日

宇田智子著 『本屋になりたい』


副題は「この島の本を売る」。
絵:高野文子。

ジュンク堂書店池袋本店で働いていた著者は、那覇店の開店に伴って沖縄に移り、その後、退職して「市場の古本屋ウララ」を開いた。その経緯については、『那覇の市場で古本屋』(ボーダーインク)に詳しい。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139340.html

本書は「本を仕入れる」「本を売る」「古本屋のバックヤード」「店番中のひとりごと」「町の本を町で売る」の5章に分かれていて、古本屋の仕事や地域の人々との関わりなどが、わかりやすく記されている。

那覇の観光スポットにもなっている第一牧志公設市場の向かいにある店は、わずかに三畳。路上にはみ出た分を含めても六畳だ。そこで、沖縄に関する本を中心に扱っている。

大変なことももちろん多いのだろうが、自分で決めた人生を歩んでいる著者は楽しそうだ。

私も毎日の売上に一喜一憂しながら暮らしています。自分で店をやっている限り、これで安泰ということはないのでしょう。時間とお金をどう使うか。楽しければ赤字でもいいのか、何のために仕事をしているのか、いつも考えています。

このあたり、実際に一日/一か月の売上がいくらで、支出がいくらかといった現実的な話があっても良かったかもしれない。

2015年6月10日、ちくまプリマー新書、820円。

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2015年07月01日

『ひとびとの跫音』のつづき

この本が書かれたのは昭和56年、今から30年以上前のことだ。
当時と今とで、いくつか状況の変っていることがある。

どの子規研究書にも律のその後については書かれていない。

子規の死後、妹の律がどのような生涯を送ったか、今では詳しくわかっている。けれども、当時はそうではなかったようだ。

軒下に、ここが子規の旧居であると識した東京都の表示が出ているものの、いまは他の人がすんでいるために入りにくく、私もついぞ入ったことがない。

現在、子規庵として一般に公開されている建物も、当時は公開されていなかったのである。

他に、印象に残った話を2つほど。

もともと大原姓であった拓川が明治十二年、ながく廃家になっていた加藤氏を継いだのは、一家の当主や長男は鎮台兵にとられずに済むという徴兵のがれのためで、こういう忌避法はこの時代の常識になっていた。

江戸期の武家の家の躾のひとつは、走らぬことであった。にわか雨などに遭って走りだすというのは中間や小者のすることであり、武士のすることではないとされ、そういう風儀が明治期にもうけつがれた。

こんな話も読むのも歴史を知る楽しさであろう。

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