2019年05月18日

窪薗晴夫著 『通じない日本語』


副題は「世代差・地域差からみる言葉の不思議」。
世代や地域によって異なる言葉を数多く例に挙げて、日本語の仕組みについて解説した本。

関西ではニク=牛肉であり、豚肉はブタ、鷄肉はカシワ(もしくはトリ)と呼ぶのが普通です。
(外来語の)促音はもともと英語に入っているものではなく、日本語話者が英語の発音を聞いて感じるものです。
どの言語の赤ちゃんも[s]より[t]を先に獲得すると言われています。(・・・)いずれの言語でも[s]をまだ発音できない子供は、その音を[t]で代用しようとします。

他にも、「五七五」の「ご」が「ごー」と伸ばして発音される理由や「チャック」が「巾着」から作られた略語であること、バ行音に対応する無声の音はハ行音ではなくパ行音であることなど、雑学的な知識も豊富で楽しい。

2017年12月15日、平凡社新書、780円。

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2019年05月10日

伊藤洋志×pha著 『フルサトをつくる』


副題は「帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方」。

和歌山県の熊野の民家を自分たちで改修してシェアハウスにした2人が、都会と田舎の二拠点居住の良さやこれからの時代の生き方について記した本。「フルサト」は自分の生まれ故郷のことではなく、ふるさと的な安らぎが得られる場所といった意味で使われている。

全体が7章に分かれていて、

 第1章 フルサトの見つけかた(pha)
 第2章 「住む」をつくる(伊藤)
 第3章 「つながり」をつくる(pha)
 第4章 「仕事」をつくる(伊藤)
 第5章 「文化」をつくる(pha)
 第6章 「楽しい」をつくる(伊藤)
 第7章 フルサトの良さ(pha)

という構成になっている。真面目な感じの伊藤と緩い感じのphaと、考え方が同じわけではないが、基本的な方向性は一致している。

高齢化したエリアでは、草刈りができる人がいるだけでも貴重である。なんなら日本全国高齢化していくこの時代においては、生きているということだけでどこでも特技になる。(伊藤)
現代人は「で、年収いくら?」みたいな話に注目しがちだが、「で、あなたの自給力はどんぐらい?」と聞く人はいない。ここは今ノーマークである。(伊藤)
現代社会が何かとお金がかかるのは、サービスの交換に中間の人が増えすぎたのが一因だが、直接交換ができればだいぶ交換コストが下がる。(伊藤)
その時自分がいる場所によって思考の内容が変わるということをよく考える。東京にいるときは東京で起きていることが日本の全てのような気がするけど、熊野にいるときは東京のニュースを聞いても「なんか遠くでいろいろやってるらしいな、こっちには関係ないけど」って感じになる(・・・)(pha)

2人の柔軟な思考と自由な姿勢にとても励まされる一冊であった。
(いや、まあ、僕も十分に自由なんですが)

2018年7月10日、ちくま文庫、740円。

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2019年05月07日

森達也著 『すべての戦争は自衛から始まる』


2015年にダイヤモンド社から刊行された単行本に加筆修正して文庫化したもの。初出は2007年から2015年までダイヤモンド社のPR誌「経」に連載された「リアル共同幻想論」。

全部で20篇の文章が載っているが、著者が繰り返し語るのはタイトルにもある通り「自衛」が「戦争」につながるという認識である。

戦争とは戦争を憎むことだけでは回避できない。戦争を起こしたいと本気で思う指導者や国家など存在しない。ところが戦争は続いてきた。なぜなら人は不安や恐怖に弱い。集団化して正義や大義に酔いやすい。歴史上ほとんどの戦争は自衛への熱狂から始まっており、平和を願う心が戦争を誘引する。

戦争が起きる仕組みをきちんと理解することが、戦争を起さないためには必要なのだ。近年、北朝鮮や中国、あるいはテロの脅威が盛んに言われ続けている。そんな時こそ「集団化」や「熱狂」から距離を置くことが大事になるのだと思う。

2019年1月16日、講談社文庫、720円。

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2019年05月05日

永田和宏ほか著 『続・僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』


京都産業大学の企画「マイ・チャレンジ」の第5回から第8回(最終回)までの講演・対談を収めた本。前著『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』の続篇で、登場するのは、池田理代子・平田オリザ・彬子女王・大隅良典の4名。

このうち、平田オリザさんの出た第6回は聴きに行った。
http://matsutanka.seesaa.net/article/449424237.html

(池田)女の幸せというものもなければ、男の幸せというものもない。あるのは「自分の幸せ」だけ、幸せというのは絶対的な主観だと信じていましたね。
(平田)ファストフードのマニュアルは、多民族国家におけるコミュニケーション手段の結晶のようなものです。
(彬子)ある時議論をしていた友人に「自分はこう思っているけれど、アキコの意見も面白かったよ」と言われたことがあります。その時、反対意見を述べるのは私の意見を否定しているのではなく、会話をするための手段のひとつなんだと理解することができました。
(大隅)「知る」と「わかる」は別物です。素朴に「あれ?」と思う心を持つと、いろいろなことが実に楽しく見えてくるのではないかと思っています。

それぞれの講演も興味深いし、永田さんとの対談も面白い。十代・二十代の人には特にお薦めです。

2018年2月20日、文春新書、730円。

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2019年04月30日

高橋秀次著 『文学者たちの大逆事件と韓国併合』


1910(明治43)年の大逆事件と韓国併合を中心とした近代以降の日本の歴史が、文学者の作品や人生にどのような影響を与えてきたのかを詳しく分析した一冊。

登場するのは、佐藤春夫、与謝野鉄幹、夏目漱石、永井荷風、谷崎潤一郎、小林勝、井上光晴、中上健次、有島武郎、金時鐘、梁石日、金石範、開高健、小松左京、三島由紀夫、村上春樹、大江健三郎など。

柳田国男の『遠野物語』の刊行が、一九一〇年という日本近代史上記憶されるべき年と重なっていたことを想起しよう。周知のように柳田は、自身の民俗学的思考を、「新たなる国学」という自覚のもとに整備していった。
金胤奎(キムインキュウ)を本名とする立原正秋は、両親とも純粋な朝鮮人であることを隠してきた「来歴否認者」であったが、それは文学者には必ずしも珍しいタイプではない。
漱石のテキストでも、同性愛的接触は御法度になっている。その代償行為として、『それから』では「親友の妹」との結婚というテーマが浮上する。それは、男同士の緊密な関係性を担保するための「女性の交換」である。

この「親友の妹」との結婚というテーマは、例えば石川啄木と宮崎郁雨の関係を想起させる。郁雨は啄木の妹の光子との結婚を望んだものの断わられ、啄木の妻節子の妹ふき子と結婚したのであった。

全体に分析が鋭くて面白いのだが、やや図式化し過ぎな点が気になった。また、文章もわかりやすいとは言えない。

三島由紀夫から村上春樹への、文学的パラダイムの移行のポイントには、「在日」性の文学の去就にはおよそ無縁な、戦後社会におけるサブカルチャー的な文化現象、とりわけその「純文学」世界への浸透という問題があった。

こうした一文を理解しようとするだけでも、相当な時間がかかる気がする。

2010年11月15日、平凡社新書、760円。

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2019年04月29日

服部文祥著 『サバイバル登山入門』


「サバイバル登山」=「できるだけ自分の力で山に登ろうとする試み」を続ける著者の書いた実践的な入門書。

全体が「計画を立てる」「装備を調える」「歩く」「火をおこす」「食べる」「眠る」の六章から成り、それぞれ豊富な写真や図解を用いて具体的なやり方を記している。

ヘッドライトやラジオなどの電気製品は持っていかない。携帯電話、GPSはいわずもがな。時計もテントもストーブ(コンロ)も持たず、食料は米と調味料だけ。

夏はイワナを釣り、冬は鹿を撃ち、他には山菜やキノコなどを採って食料とする。そうした過酷とも思える登山を行う根本に「山だけではなく、自分自身を深く体験する」という著者の哲学がある。

登山の自由には道に迷う自由も含まれているのである。
「食べる」とは、自分以外の生物(植物も含む)の一部もしくは全部を身体に入れることである。消化してエネルギーにしたり、肉体にしたりする。ある意味、完全な融合だ。そこにリスクがあるのはあたりまえ。
狩猟行為は大きく三つのことから成り立っている。「出会う、仕留める、解体する」の三つである。なかでも「出会う」までが不確定要素にあふれた狩猟の中心をなす部分であり、時間も労力もほとんどがそこに注がれる。
「なんとなくやばい気がする」とか「なんとなくいい感じ」なんていうときの「なんとなく」は大事にしたほうがいい。

僕自身は山登りも狩猟もしないし、今後もたぶんしないと思うけれど、こういう著者の考え方や姿勢には深く惹かれるものがある。

2014年12月5日、デコ、2900円。

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2019年04月23日

今野真二著 『北原白秋』


副題は「言葉の魔術師」。
白秋の生涯をたどりつつ、その多彩な作品を用語に注目して読み解いた一冊。

読書には流れというものがあって、しばらく前から積んだままになっていた本書を読むタイミングが来た。樺太を調べていても啄木を調べていても、白秋は避けて通ることができない。

我々の心持ちには、単に言葉で云ひ現はすことの出来ない、いろいろ複雑に入組んだ心持ちがある。それを、只、悲しいとか、苦しいとか、愁(つら)いとか、簡単な、慣習的な言葉で言ひ現はして了はずに、その複雑に入組んだ心持ちをその儘(まゝ)、作品全体に漲(みな)ぎる気分の上に現はして、読者の胸に伝へることだ。
洗練に洗練を経るほど、磨けば磨くほど私は厳粛になつた。一字一句の瑕疵も見逃(のが)せなかつた。或時は百首の内九十九首を棄て、十首の内九首を棄てた。或時はたつた一句のために七日七夜も坐つた。ある歌のある一字は三年目の今日に到つて、やつと的確な発見ができた。それは初めから的確にその字で無ければならなかつたのだ。

明治43年の「新しき詩を書かんとする人々に」と大正10年刊行の歌集『雀の卵』の序文からの引用である。どちらも今でも十分に通用する内容と言って良い。

白秋が大正14年に樺太、昭和4年には満蒙、昭和9年には台湾、昭和10年には朝鮮を訪れたことに触れて著者は、

つまり白秋は樺太、満蒙、台湾、朝鮮と、日本がこの時期に拡大していった版図をいわばもれなく訪れている。白秋は自身の感覚によって、「大日本帝国」の版図をとらえていた可能性がある。

と述べている。これは、国家や戦争と白秋との関わりを考える上で大事な指摘かもしれない。

あとがきで著者は自分の父や母の思い出について書いている。そこには、国語学者の山田孝雄を祖父に持つ矜持と微妙な鬱屈とが滲んでいるように感じた。

2017年2月21日、岩波新書、880円。

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2019年04月18日

橋本倫史著 『ドライブイン探訪』


全国各地のドライブインを訪ねて、その店の歴史や経営する家族の物語を描いたノンフィクション。ドライブインの移り変わりを通じて、日本の戦後という時代が鮮やかに浮かび上がってくる。

ドライブインが急増した背景には車の普及がある。自家用車の世帯普及率がわずか二・八パーセントに過ぎなかった一九六一年、『マイ・カー よい車わるい車を見破る法』という本がベストセラーとなる。その五年後には自家用車の世帯普及率は一〇パーセントを超え、一気に日本全土に普及してゆく。
ドライブインが担っていた役割というのは、かつて宿場町が担っていた役割に近いのではないか。

登場するのは、「直別・ミッキーハウスドライブイン」「阿蘇・城山ドライブイン」「本部町・ドライブインレストランハワイ」「能登・ロードパーク女の浦」「千葉・なぎさドライブイン」「岩手・レストハウスうしお」など20店あまり。店ごとに気候風土や立地条件なども違う。

料理が運ばれてくると、運転手はコミックを脇に置いて食事を始めた。ごはんを頰張る音がする。ごはんを頰張ることにも音があるのだなと思う。
「雪は迷惑以外の何物でもないですよ。(・・・)ただ、雪が降らないと降らないで困ることもある。雪が降れば除雪車が出動して、それでお金が入る人もいるんです。それで財布が潤って、うちでお金を使ってくれる。」

著者は2011年にドライブイン巡りを始めて200軒近い店に行き、取材対象の店は少なくとも三回は訪れている。しかも、2017年には自ら「月刊ドライブイン」というリトルプレスを創刊し、そこに連載した文章が今回一冊の本となったのだ。その熱意に圧倒される。

ノンフィクションには、こうした「熱意」が欠かせないと思う。

2019年1月30日、筑摩書房、1700円。

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2019年04月15日

アレックス・カー&清野由美著 『観光亡国論』


訪日外国人旅行者数が3000万人を突破して、観光地や商店が賑わいを見せる一方で、混雑や交通渋滞、住民とのトラブルといった問題も起きている。そうした現状を踏まえて、今後どのようにすれば良いのかを論じた本。

タイトルには「観光亡国」という刺激的な文句が使われているが、決して観光を否定的に捉えているわけではない。適切なマネージメントとコントロールを行ったうえで観光立国を目指そうというのが論旨である。

「お客さんにとって便利なように」という言葉には要注意です。(・・・)むしろお客さんを「不便」にさせて、本来歩いてほしい道をたどる工夫を施すことです。参道を歩いてこそ、神社を訪問する本来の意味を取り戻せますし、参道の商店とも共存できるのです。
地域観光にとって一番大切な資源とは、素朴で美しい風景です。その風景の中に、やみくもに道路を通し、さらにその工事に伴って山と川にコンクリートを敷き詰めることは、やはり観光公害にほかなりません。

日本各地の様々な実例が挙げられているのだが、その中には京都に関する話も多い。

「観光」を謳う京都のいちばんの資産は、社寺・名刹とともに、人々が暮らしを紡ぐ町並みです。皮肉にも京都は、観光産業における自身の最大の資産を犠牲にしながら、観光を振興しようと一所懸命に旗を振っているのです。
たとえば20年前には、京都駅の南側に観光客はそれほど流れていませんでした。伏見稲荷大社も、境内は閑散としていたものです。しかし今は、インスタ映えする赤い鳥居の下に、人がびっしり並ぶ眺めが常態化しています。

伏見稲荷の近くに住んでいるので、こうした話は日々身をもって実感している。私が京都に住み始めたのは2001年のことだが、その時と今とでは劇的に変化したと言っていい。

2019年3月10日、中公新書ラクレ、820円。

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2019年04月08日

いとうせいこう・みうらじゅん著 『見仏記7』


2015年にKADOKAWAより刊行された単行本『見仏記メディアミックス篇』を改題して文庫化したもの。人気シリーズの7冊目。

副題に「仏像ロケ隊がゆく」とある通り、関西テレビで放映された「新TV見仏記」の収録の旅の様子も収めている。訪れた先は、滋賀(長浜)・兵庫(姫路)・広島(尾道)・奈良・京都。

軽妙な二人のやり取りは健在だが、今回はそれだけではない。

昔は何も感じていなかったが、私たちもこのコロリ≠ェ気になる年齢になってきていた。自分が老いた時に誰かに介護の苦労をかけたくないというのが、実にリアルな問題だった。
私は切れ目を探すため、老眼の目からパックを遠ざけた。その私の手元をみうらさんもまた顔を遠ざけて見ていた。
横で、かつての少年は膝をこすり出していた。痛むと聞いていた。一番それが昔と違った。人間は老いる。私にもその痛みはわかった。

1992年から始まった見仏記も四半世紀を超え、旅する二人も50歳代半ばとなった。そうした年齢的な意識が一つのテーマになっている。

2018年3月25日、角川文庫、640円。

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2019年04月03日

藻谷浩介著 『完本 しなやかな日本列島のつくり方』


2014年刊行の『しなやかな日本列島のつくりかた』と2016年刊行の『和の国富論』(ともに新潮社)を合わせて、文庫化した一冊。様々な現場で活躍する13名と著者との対話集。

道路や駐車場に何十億、下手したら一〇〇億円以上かけるということには誰も何も言わなくて、鉄道会社は一億、いや、一銭でも収支がマイナスであれば「赤字だ」と文句を言われる。
              宇都宮浄人(経済学者)
旅行する人はわかると思いますが、「あっ、良い街だな」と思うのは、いろいろな機能が混在している街です。オフィスもあれば住居もある。
              清水義次(都市・建築再生プロデューサー)
どちらも統合されれば、今までのように子どもの足では通えなくなります。(・・・)地域に学校がなくなれば、子育て世代を引き留めておくことは相当に難しくなるでしょう。
              山下祐介(社会学者)

日本社会の現状と今後の課題を明らかにするだけでなく、それを乗り越えるための実践的な方法が示されている。内容的には決して明るくないのだが、様々な取り組みを行っている人が全国各地にいることを思うと心強い。

2018年9月1日、新潮文庫、710円。

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2019年03月31日

高橋順子編著 『日本の現代詩101』


明治から戦後にいたる詩人101名のアンソロジー。
一人に付き1〜2篇が収録され、解説・鑑賞が付けられている。

収められているのは、北原白秋・石川啄木・萩原朔太郎・佐藤春夫・高橋新吉・金子みすゞ、山之口獏・中原中也・立原道造・石垣りん・田村隆一・谷川俊太郎など。近代以降の詩の流れをひと通り把握することができる。

 「近代詩」「現代詩」の呼称にmodernなヨーロッパが関わり合っていることになるわけだが、英語でいえば「現代」も「近代」も同じくmodernである。
 私は文語詩から口語詩への変化のほうが、ヨーロッパの変革思想の受容よりも大きなものではなかったかと思う。
少し前の時代はおろか現在只今であっても他者の詩は読まずに、新しい詩を書いている詩人もいるようだ。新しさは確かに詩の一つの価値である。しかし新しさが新しい貧しさでないことを祈るばかりである。
「塵溜(はきだめ)」というテーマなどは文語詩では考えられなかったものである。醜の観念に属するものは、美文調ではうたいにくい。文語から口語への移り行きは語尾変化の問題だけでなく、質的にも大きな転換が必要だったことが分かる。

こういった文語・口語や新しさに関する話は、短歌の問題を考える上でも参考になる部分だろう。

   春
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

安西冬衛のこの有名な詩が、初出時には「韃靼海峡」ではなく「間宮海峡」であったことを、本書を読んで初めて知った。「韃靼」という難しい漢字と「だったん」という音が、この詩には欠かせない。

2007年5月5日、新書館、1600円。

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2019年03月23日

『日本プロレタリア文学集』

『日本プロレタリア文学集』(全40巻+別巻)は1984年から88年にかけて新日本出版社から刊行されたシリーズ。

その第40巻が『プロレタリア短歌・俳句・川柳』で、短詩型におけるプロレタリア文学を考える上で非常に便利な一冊となっている。

収録歌人を見ると、石川啄木、土岐哀果、柳田新太郎、山野井洋と、ここ数年、私がプロレタリア短歌という枠組みとは別にあれこれ調べた歌人たちが載っている。

同じシリーズの第39巻『プロレタリア詩集2』には、高安国世の友人であった榎南謙一も収録されており、このシリーズには何だか不思議な縁を感じる。

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2019年03月21日

竹内洋著 『立志・苦学・出世』


1991年に講談社現代新書より刊行された本の文庫化。
副題は「受験生の社会史」。

受験は今でも人生の進路を左右する大きな出来事であるが、それがいつの時代から始まり、どのように移り変わってきたかをまとめた本。受験の制度だけでなく、受験生の暮らしや心理を深く掘り下げているのが特徴だ。

昭和十七年に軍国主義のあおりで歐文社という社名は現在の旺文社に変更される
明治以降の勉強立身は学歴/上昇運動である。したがって勉強立身価値は、「階層」移動だけでなく上京という「地理的」移動を含むセンスである。

受験に関して、著者は歴史を三つに区分する。

・前受験の時代(明治30年代半ばまで)
・受験のモダン(〜昭和40年代まで)
・受験のポストモダン(昭和40年代〜)

この本を読んでよくわかったのだが、明治20年代と30年代では受験の様相が大きく異なる。「明治時代」を漠然と一括りに考えていたのだが、啄木の学歴について考える大きなヒントをもらった。

また、受験に関する限り、戦前と戦後という区分も実はあまり大きなものではない。この点も、私たちの漠然とした印象を覆すものであろう。

2015年9月10日、講談社学術文庫、800円。

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2019年03月08日

松沢裕作著 『生きづらい明治社会』


副題は「不安と競争の時代」。

明治時代の日本社会を「景気の悪化」「都市下層社会の誕生」「不十分な貧困者対策」「自己責任論と通俗道徳」「立身出世主義」「女性の弱い立場」「都市民衆騒擾の発生」といった観点から分析した本。ジュニア新書ということもあって、非常に読みやすい文章で書かれており、論点がすっきりと伝わってくる。

「生きづらさ」は昨今のニュースや短歌においても大きなテーマになっているが、同じような状況が明治時代にもあったことを、この本は教えてくれる。明治維新や日清・日露戦争の勝利といった「明るい明治」のイメージが語られることも多いが、実際の人々の暮らしはそうでもなかったようだ。

明治時代の社会と現在を比較して、はっきりしていることは、不安がうずまく社会、とくに資本主義経済の仕組みのもとで不安が増してゆく社会のなかでは、人びとは、一人ひとりが必死でがんばるしかない状況に追い込まれてゆくだろうということです。

著者の狙いは、明治時代の分析を通じて現在の社会が抱える問題点を解き明かすことにある。それはまた、私たち一人一人の今後のあり方を考えることにもつながる話であろう。

2018年9月20日、岩波ジュニア新書、800円。

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2019年03月06日

澁川祐子著 『オムライスの秘密 メロンパンの謎』


副題は「人気メニュー誕生ものがたり」。
2013年に彩流社より刊行された単行本『ニッポン定番メニュー事始め』に加筆修正・改題して文庫化したもの。

「カレー」「餃子」「牛丼」「コロッケ」「ショートケーキ」など、私たちの食卓に欠かすことのできないメニュー28品を取り上げて、そのルーツや来歴を解き明かしている。

日本におけるカレーの普及において、イギリスというワンクッションが果たした功績は大きい。歴史に「もし」はないというが、もしカレーが「カレー&ナン」の形でインドから直輸入されていたら、日本でこれほど定番メニューになったかどうか。
今ではパスタの茹で方といえば、芯が少し残るくらいの茹で立ての「アルデンテ」が当たり前。しかし、この言葉が普及したのは、セモリナ粉100%のパスタが普通に手に入るようになった1980年前後と、つい最近のことだ。
鷄肉が日本で広く流通するようになったのは、戦後である。肉用若鶏のブロイラーの生産が始まったのは、1953(昭和28)年になってからだ。

明治以降、肉食を始めとした西洋料理を日本風にアレンジした「洋食」が次々と生み出されてきた。それが1980年代くらいからだろうか、イタリアンやフレンチなどの店が増え、「本場」の「本格的」な味が手軽に楽しめるようになった。

それに伴って、「洋食」が実は日本にしかない料理であることに私たちは気づかされることになった。それは、私にとってはちょうど子供から大人への成長の時期にも重なる。その哀しさと懐かしさのような記憶が、昭和という時代とともに、この本を読んで鮮やかに甦ってきた。

2017年2月1日、新潮文庫、590円。

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2019年02月23日

畑村洋太郎著 『技術の街道をゆく』


失敗学の提唱者として知られる著者が日本各地の技術の現場を訪ね歩き、日本の製造業が抱える問題点や今後の課題を示した本。タイトルは司馬遼太郎の『街道をゆく』を踏まえている。

技術は経営と切り離しては成り立たない。「良い技術」というだけで生き残れるほど、技術の世界は甘くない。
一見まったく別物に見える技術も、ミクロメカニズムの視点から見ると、ほとんど同じというケースはよくある。古来の焼き物の技術が、現代の最先端技術と深いつながりをもつのは、その良い例であると思う。
いま目の前にあるものを見て時間軸を逆にたどり、「どのように作られたのか」「どんなことが起きたのか」と考えていくと、今という時点での静止画的な断面図から創造や推察を駆使して、生きいきと動く立体図を作ることができる。

他にも「技術は伝えようとしても伝わらない」という指摘など、興味深い話が多かった。

2018年1月19日、岩波新書、760円。

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2019年02月18日

宇田智子著 『市場のことば、本の声』


大手書店を退職して2011年に那覇で古本屋を開業した著者のエッセイ集。著者の本はこれまでに2冊紹介したことがある。

『那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139340.html
『本屋になりたい―この島の本を売る』
http://matsutanka.seesaa.net/article/421633314.html

初出は「BOOK5」「フリースタイル」「本」などの雑誌。古本屋店主として働きながら様々な執筆活動も行っているようだ。

私の店には時計はなくても、カレンダーはある。(・・・)そして必ず旧暦が併記されたカレンダーを使っている。旧正月や旧盆だけでなく、毎月の拝みや季節の祭りなど、沖縄では旧暦にしたがってなずべき行事がとても多いらしい。
美容室ではなぜ言葉が通じないのか、ずっと悩んできた。こうしてくださいと伝えて、そのとおりになったためしがない。
もしも入力に手だけでなく足のペダルも必要だったら、文章はどう変わるだろう。ピアニストのような全身のうねり、自転車をこぐときの軽やかさなどが表せるだろうか。いま書きながら足を動かしてみたけれど、よくわからなかった。

沖縄のことや市場のことや本をめぐる話など、読んでいて楽しい。と同時に、小さな店から眺める風景の中に、現代社会の様々な問題が浮かび上がってくる。

2018年6月10日、晶文社、1600円。

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2019年01月30日

渡辺明著 『増補 頭脳勝負』


副題は「将棋の世界」。2007年にちくま新書から刊行された『頭脳勝負―将棋の世界』に加筆・修正して文庫化したもの。

今年度、公式戦15連勝を含む29勝8敗と絶好調の著者が、将棋とはどんなゲームで棋士が何を考えどんな生活をしているのかなどを記した本。タイトル戦の自戦記も収められ、将棋の魅力がよく伝わる内容になっている。

ミスをした時にどう切り換えるか。これはどの競技でもそうですが、将棋でも重要なことです。(・・・)将棋の場合、ミスは多くしたほうが負けるのではなくて最後にミスしたほうが負けることが多いからです。
(スポーツの場合)コーチのポジションには、引退した選手が就くことが多いですね。ここがポイントです。スポーツでは「頭ではわかっているけども、体がついていかない」ということがあるのに対して、将棋は頭そのものが競技者の能力ですから五〇歳、六〇歳になっても現役は当り前。引退して指導者に回る年齢が遅いのです。

近年、ネットで対局の中継が見られるようになり、将棋を見て楽しむファン(「観る将」)が急増している。藤井聡太七段の活躍もあって今後がますます楽しみだ。

2018年9月10日、ちくま文庫、780円。

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2019年01月26日

安西巧著 『広島はすごい』


日本経済新聞社広島支局長である著者が、広島の魅力と活力について考察した本。「広島カープ」「村上水軍」「アンデルセン」「カルビー」「戦艦大和」「マツダ」「ダイソー」など、広島の歴史・文化・産業など様々なジャンルのことが取り上げられている。

なぜ広島に原爆が落とされたのか。この答えも「軍都」と切り離せない。
広島電鉄は市外に延びる宮島線を含む7つの路線で路面電車を運行しており、路線延長(35.1キロ)と輸送人員(1億122万人キロ)はともに日本一。
「カルビー」の由来はカルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」。
山口の人に幕末の長州人の話題を振る時は気をつけた方がいい。(・・・)毛利はもともと安芸国吉田の領主であり、大内氏の家臣だったにすぎない。
「100円ショップ ダイソー」が典型なのだが、広島でいわゆるニッチ(すき間)市場のガリバー企業が目立つのは、鷄口となるも牛後となるなかれ≠地で行く経営者が多いからだろう。

広島人気質や県民性といった話がどれだけ科学的かはわからないが、読み物としては面白かった。

2016年6月20日、新潮新書、740円。

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2019年01月10日

山岡淳一郎著 『木下サーカス四代記』


副題は「年間120万人を魅了する百年企業の光芒」。

1902(明治35)年創業の老舗で年間観客動員数で世界一、二を争う木下サーカスの四代(祖父・父・兄・弟)にわたる歴史を描いたノンフィクション。ちょうど今、大阪で公演を行っているところだ。

ビジネス書としての一面もあり、「一場所(公演地の選定)、二根(営業の根気)、三ネタ(演目)」を掲げて努力を続ける同族企業の秘訣がいろいろと明らかにされている。

創業者一族が経営を担うファミリービジネスは、時代遅れのようにとらえられがちだが、日本の法人企業約二五〇万社の九七%は同族会社である。
候補都市が決まったら、光三はタクシーでその街の一番高いところに上る。軍師が地形を読むように起伏や水系、道路や駅の配置を見て公演場所を見極めた。

私はサーカスが好きで、毎年のように公演を見に行っている。

木下大サーカス(2009.12.29)
キグレサーカス(2010.10.21)

1990年に現在の四代目が社長を継いだ時、サーカスは既に斜陽産業で負債が10億円にものぼっていた。そこから復活を果たし今も公演を続ける木下サーカス。これからも長く応援していきたいと思う。

2019年1月3日、東洋経済新報社、2000円。


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2019年01月06日

みうらじゅん著 『「ない仕事」の作り方』


自分が好きなこと、興味を持ったことを、どのように仕事にしていくか。それまで世の中に存在しなかった仕事を、どのように成り立たせるのか。「マイブーム」「ゆるキャラ」などの新語を作り数々の「ない仕事」を生み出してきた著者が、自らの持つノウハウを詳しく明かしている。

大きな力となるのは「言葉」である。

まず、名称もジャンルもないものを見つける。そしてそれが気になったら、そこに名称とジャンルを与えるのです。

「ゆるキャラ」という名前を付けることで、そうしたジャンルが人々の意識の上に形作られる。これは、「セクハラ」という言葉が生まれたことで、(それまでも存在はしていた)セクハラ問題が顕在化したことと似ているだろう。

また、自分が取り組んでいることに対して「つまらないかもな」「観客は喜んでいるのか?」といった不安が兆した時にどうするか。

そんなとき、私が必ず唱える呪文があります。
「そこがいいんじゃない!」

この言葉一つで、マイナスがプラスに、不安が自信へと反転するのである。

他にも「自分を洗脳する」「趣味は突き詰める」「重い言葉をポップにする」「母親に向けて仕事する」などの具体的な方法が、多くの実例を挙げて紹介されている。軽そうな見た目の本だけれど、中身は深い。

2018年10月10日、文春文庫、660円。


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2019年01月04日

都市研究会編 『地図と地形で楽しむ 大阪淀川歴史散歩』


淀川を中心に、地形・地名・鉄道・道路・歴史など様々な観点から大阪の各所を紹介した本。私の住む伏見にも関わりの深い話が出てくる。

近世までの川は、現代でいえば鉄道網のようなもの。

まず大切なのはこの観点だろう。水運が盛んだった時代には、川は一番の交通路であったのだ。人間と川との関わりも今とは比べものにならないくらいに密接であった。

大阪の歴史とは、そのまま「淀川治水」の歴史だといっても過言ではない。

かつて「暴れ川」と呼ばれた淀川の氾濫を防ぐために、仁徳天皇の時代から現代に至るまで数多くの試みが行われてきた。堤防を築き、川と川を切り離し、川の流れを変え、ようやく今の形ができあがったのである。

大阪へ出掛けるのがこれまで以上に楽しくなりそうだ。

2018年10月19日、洋泉社歴史新書、950円。

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2018年12月29日

吉田友和著 『京阪神発 半日旅』


昨年『東京発 半日旅』がヒットした著者の第2弾。
関西を起点に宿泊なしで気軽に行ける50か所を紹介している。

僕も旅行好きなので、行ったことがある場所がけっこうある。

「美山かやぶきの里」「生駒山」「赤目四十八滝」「鳴門の渦潮」「福知山線廃線敷」「船岡温泉」「大和郡山」「伏見の酒蔵巡り」「かつめし」「貴船神社・鞍馬寺」「生石神社」「海洋堂フィギュアミュージアム」「京都国際マンガミュージアム」「佐川美術館」「百舌鳥・古市古墳群」「亀山城」「生野銀山」「篠山城大書院」

数えてみると18か所。
反対に言えば、行ったことのない場所が32か所もあるわけだ。

著者はこの本を書くために、東京から半年以上にわたって京都にプチ移住したらしい。その情熱がすごいと思う。

念のために触れておくと、今回もすべてのスポットを自分の足で訪問したうえで原稿に書いている。写真も全部自分が撮ったものだ。

当り前のことのようにも思うけれど、そうではない原稿や本が世の中には数多くあるということなのだろう。

2018年9月25日、ワニブックスPLUS新書、1000円。


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2018年12月23日

「日本世界偉人画伝」

昭和3年に文藝春秋社より「小学生全集」の第27巻として刊行された冊子。古今東西124名の偉人のエピソードが絵入りで紹介されている。

取り上げられているのは、豊臣秀吉、リンコルン(リンカーン)、シーザー、小林一茶、聖徳太子といった定番の人から、ムッソリニ、乃木勝典、楠木正行など時代を感じさせる人、さらには、グルントウィーク、細井平洲、野津道貫、瓜生岩子など「どなたでしたっけ?」という人まで、実に様々である。

何しろ90年前の冊子なので、書かれている内容には時代的な制約があり、読んでいてツッコミを入れたくなる箇所がたくさんある。

   コロンブス
 イタリーの人、コロンブスは、地球が円いものだといふ事を、一番先にしようこだてた偉い人であります。それはアメリカを発見したためであります。この人がアメリカのある島に船で流れ着いた時、島の土人共が、コロンブスたちを殺さうとしました。しかし、コロンブスは少しも騒がずに、
「そんなことをすれば、神様にお願ひしてお前たちに罰を当てさしてやる。」
と、いつてお祈りをとなへました。すると、見る見るお日様が真暗になりました。土人共は非常に驚きおそれて、コロンブスを神様だと思つてあやまりました。その日は恰度日蝕でありましたので、それで早速土人共をだましたのでありました。

「土人共をだましたのでありました」って!
おいおい、偉人伝がそれでいいのかよ(笑)

でも、私たちが今普通に読んでいる本も、90年経てば同じようにツッコまれるのかもしれない。そう考えると複雑な気分になる。

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2018年12月12日

野村進著 『千年、働いてきました』


副題は「老舗企業大国ニッポン」。
2006年に角川oneテーマ21新書で刊行された本の文庫化。

創業100年以上の19社を取り上げて、老舗企業が現代まで続く理由に迫ったノンフィクション。著者が見つけた老舗の共通項は「適応力」「許容力」「本業力」の3つである。

老舗のモノづくりの技術が最新の携帯電話にも数多く使われている事実など、知らない話がたくさん出てきて面白い。諸外国との比較の話になるとやや日本万歳という調子になるのが気になるのだけれど。

ケータイの“ゴミの山”一トンあたりには、およそ二百八十グラムの金が含まれている。日本で採掘される最も品質の高い金鉱でも、一トンから六十グラム程度の金しかとれないのだから、ケータイの方が四、五倍も金を含有していることになる。
農林業関係者に蛇蝎のごとく嫌われている「カイガラムシ」という虫がいる。たしかに質(たち)の悪い害虫ではあるのだが、中国では古くから漢方薬に用いられてきた。おまけに、この虫が分泌するロウは、まっ白な色から「雪ロウ」と呼ばれ、光沢があり、科学的にもきわめて安定している。
日本の老舗にはたしかに一族経営が多いのだが、細かく見てゆくと、長男がいるにもかかわらず、養子に迎えた娘婿のほうが経営者として優秀なら、そちらを後継に選んだりしている例が珍しくない。

2006年に刊行された本なので、その後に状況が変ってしまった老舗企業もある。1883年創業で岡山市に本社があるバイオメーカーの「林原」は、本書で「同族経営・非上場の強み」の例として紹介されているのだが、2011年に会社更生法適用を申請して倒産した。

その経緯については「文庫版あとがき」にも記されているのだが、粉飾決算や同族経営の歪みが倒産の原因と言われており、何ごとにも表と裏があることを図らずも示す結果となっている。

2018年8月1日、新潮文庫、520円。

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2018年12月09日

近刊『戦争の歌』

著者 :
笠間書院
発売日 : 2018-12-14

12月14日に、『戦争の歌』という本を刊行します。

笠間書院の「コレクション日本歌人選」の1冊で、日清・日露戦争から太平洋戦争までの代表的な短歌51首の鑑賞を書きました。
取り上げた歌人は、以下の通り。

落合直文、下谷老人、佐佐木信綱、渡辺重綱、弾琴緒、与謝野鉄幹、正岡子規、樋口一葉、明治天皇、伊藤左千夫、高崎正風、昭憲皇太后、石上露子、与謝野晶子、斎藤瀏、森鷗外、平福百穂、斎藤茂吉、宇都野研、釈迢空、前川佐美雄、前田夕暮、北原白秋、園瀬真砂詩、久保田不二子、穂積忠、渡辺順三、筏井嘉一、山口茂吉、加藤将之、渡辺直己、山本友一、川野弘之、小泉苳三、西村陽吉、土岐善麿、吉植庄亮、木俣修、八木沼丈夫、宮柊二、佐藤完一、松田常憲、佐藤佐太郎、斎藤史、土屋文明、半田良平、近藤芳美、折口春洋、正田篠枝、竹山広、窪田空穂

自費出版ではなく企画出版なので、手元に在庫はありません。
お買い求め・ご注文は書店やアマゾンでお願いします。

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2018年12月03日

山本昌仁著 『近江商人の哲学』


副題は「「たねや」に学ぶ商いの基本」。著者は和菓子製造販売の「たねや」や洋菓子製造販売の「クラブハリエ」を展開する「たねやグループ」のCEO。

以前、私の好きな建築家・建築史家の藤森照信が設計した「ラ コリーナ近江八幡」に行ったことがある。とても素敵な店であり空間なのだが、ここが「たねやグループ」の中心地で、今では年間300万人近くを集める場所となっている。

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本書は創業家の十代目として生まれ、2011年に「たねや」を継承した著者が、自らの理念や商売の方法を記したもの。

世の中には「手作り信仰」というか、手作業のほうがおいしいという思い込みがある気がします。とんでもない。実は、和菓子は人間の手が加われば加わるほどダメになっていきます。
菓子屋は「主人の舌」がすべてです。主人がOKを出したものしか店頭に並ばない。
無菌状態で作る水羊羹に「本生水羊羹」とネーミングしたのは、紫色のあんここそ本物なのだ、という思いがあるからです。世の中の人は黒っぽい茶色があんこの色だと思い込んでいますが、それは本物じゃない、と訴えたかった。
自分たちで作ったものを、最後まで自分たちで商う。これが、たねやの哲学です。誰かに頼んで売ってもらうと、お客様との関係が切れてしまう。
伝統を守るとは、変えることなのです。ただし、変えたことがお客様にわかるようでは、話になりません。大きく変えているのに「昔から変わらん味やなあ」と言っていただいてはじめてプロなのです。

現在の「たねや」の成功の舞台裏がわかるとともに、自然との共生や地域への貢献など、これからの社会のあり方を考える上でも役立ちそうな一冊である。

2018年8月20日、講談社現代新書、860円。


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2018年11月30日

竹田津実著 『獣医師の森への訪問者たち』


北海道で獣医師として働きながらキタキツネの生態調査やナショナルトラスト運動などに尽力した著者。1991年に退職してからは執筆家・写真家として活躍している。

表紙の写真が何とも素敵だ。「治療中に脱走したユキウサギを追う看護婦長・・・カミサンを撮ったもの」と説明がある。

以前、函館に住んでいた時に北海道関連の本をいくつも読んだのだが、その中にこの著者の『北海道動物記』『北海道野鳥記』(平凡社ライブラリー)があった。2冊とも非常に印象的でいっぺんに好きになった。

本書は主に1970年代の出来事や様々な人々との交流の思い出を記した18篇を収めている。「青春と読書」2016年10月号〜2018年5月号に連載した文章をまとめたものだ。

北海道と樺太の深いつながりを示す一篇もある。

Sさんは近くの養狐場に勤めていた。(・・・)日魯漁業(現・マルハニチロ)のもつ日魯毛皮(現・ニチロ毛皮)の網走飼育場の飼育員である。歴史は長い。終戦時は樺太、現サハリンにいた。その時も毛皮場の飼育員でそのままシベリアへ抑留され、そこでも同じことをやっていた。

樺太から引き揚げてきた人が北海道には多く住んでいる事実を、あらためて教えられる記述であった。

2018年11月25日、集英社文庫、740円。

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2018年11月17日

NHK取材班著 『外国人労働者をどう受け入れるか』


副題は「「安い労働力」から「戦力」へ」。

2016年に、日本で働く外国人労働者は100万人を超えた。その中には、「留学生」や「技能実習生」などの名目で働いている人も多い。以前、私が働いていた物流倉庫には中国人の実習生がいたし、プラスチック成型の工場ではベトナム人の実習生が働いていた。

今、ちょうど外国人労働者の受け入れ拡大のための「出入国管理法改正案」が国会で審議されているところ。外国人労働者を企業の論理で使い捨てにするのではなく、共存共栄していくためにはどうすれば良いのか。

これからの日本社会を考える上で、非常に大事な問題だと思う。

2017年8月10日、NHK出版新書、780円。

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2018年11月11日

三上延著 『ビブリア古書堂の事件手帖』



副題は「扉子と不思議な客人たち」。

「ビブリア古書堂」の話は7冊で終ったと思っていたのだが、新しい本が出た。最初のシリーズから7年が経ち、栞子と大輔は結婚して娘の扉子(6歳)が生まれている。

四つの話がテンポよく展開して面白かった。
あとがきに「いずれまた登場するかもしれません」とある。
番外編というよりも新シリーズの始まりということなのだろう。

2018年9月22日、メディアワークス文庫、610円。

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2018年11月09日

久住邦晴著 『奇跡の本屋をつくりたい』



副題は「くすみ書房のオヤジが残したもの」。

「なぜだ!?売れない文庫フェア」「中学生はこれを読め!」などの企画や、併設するカフェの運営など、札幌でユニークな書店として知られた「くすみ書房」店主の書いた原稿をまとめた本。店は2015年に閉まり、著者は2017年に亡くなった。

多くのファンが支援する心温まるストーリーとしても読める一冊だが、それ以上に、書店の現状の厳しさが伝わってくる内容だ。様々な営業努力にもかかわらず売り上げは減り店は傾いていく。時代の流れと言えばその通りだが、その残酷な現実に胸が痛む。

本屋で本を買うことの大切さをあらためて感じた。

2018年8月28日、ミシマ社、1500円。

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2018年11月07日

北村薫著 『中野のお父さん』


2015年9月に文藝春秋から刊行された単行本の文庫化。

円紫さんシリーズ、覆面作家シリーズ、ベッキーさんシリーズなどを書いてきた作者の新たな「日常の謎」シリーズ。

文芸編集者の娘と国語教師の父が主人公ということもあって、本に関する話が多い。幸田露伴と斎藤茂吉の対談も出てくる。短歌は出てこないが、俳句の話は出てくる。

――《は》と《に》。わずかに一字の違いだ。しかし、おかげで解釈が揺らがなくなる。一句の意味が、堅固な城となる。

全体にやや軽めの内容で、次作が出たとしても読むかどうかは微妙。

2018年9月10日、文春文庫、650円。

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2018年09月03日

井出明著 『ダークツーリズム』


副題は「悲しみの記憶を巡る旅」。

第一章「ダークツーリズムとは何か」から始まり、第二章から第九章は具体的な旅の記録(小樽、オホーツク、西表島、熊本、長野、栃木・群馬、インドネシア、韓国・ベトナム)、そして最後の第十章は「ダークツーリズムのこれから」という構成になっている。

ダークツーリズムとは、戦争や災害をはじめとする人類の悲しみの記憶を巡る旅である。

という定義のもとに、著者は国内外各地に残る戦争、監獄、公害、ハンセン病、炭鉱、津波などに関わる場所を訪れる。そこで繰り返し述べられるのが「記憶の承継」ということだ。

記憶の承継こそがダークツーリズムが担うべき本質的役割なのである。
東日本大震災に関する遺構の保存の是非が問われているが、この三井三池炭鉱の跡を訪れると、心の拠り所となる建物があることで、悲しい記憶が承継されやすい状況が見て取れる。
(光州事件関連の施設について)これは、地域が必死になって悲しみの記憶を残さなければ、負の記憶は権力者によってすぐに消し去られてしまいかねないという問題点を如実に表している。

記憶を受け継ぐのは簡単なことではない。歴史や過去に学ぼうとする人々の姿勢だけでなく、遺構が残っていることが大きな意味を持つ。広島の原爆ドームも戦後の一時期には取り壊しが議論されていたことを思うと、「記憶の承継」に遺構が果たす役割の大きさがよくわかる。

2018年7月30日、幻冬舎新書、820円。


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2018年08月26日

荻野慎諧著 『古生物学者、妖怪を掘る』


副題は「鵺の正体、鬼の真実」。

著者の提唱する妖怪古生物学とは、「古生物学的視点で、古い文献に記載されている不思議な生物や怪異の記載を読み解く」というもの。妖怪を単なるフィクションとして捉えるのではなく、それが生まれた理由や根拠を古生物学の知見を基に解き明かしていくのだ。

そうした手法によって本書では、ヤマタノオロチ、鵺(ぬえ)、一つ目の妖怪、竜骨、雷獣、一つ目一本足の妖怪などの正体に迫っている。

また、本書は西洋科学が導入される近代以前の、江戸時代の日本における本草学(博物学)の水準や足跡を記したものともなっている。

「妖怪」(異獣・異類)は、生類の枠に当てはまる「ヒト」や「畜生」の中において、よくわからない、正体不明のものをすべて放りこんでおく「ゴミ箱分類群」としての役割が非常に大きかったと考える。

他にも「肉食する生き物でツノ付きはいない」とか「前歯と奥歯が異なっていたり、牙があったりするのは、基本的に哺乳類のみ」など、言われてみればなるほどといった豆知識も数多く記されていて楽しい。

2018年7月10日、NHK出版、780円。


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2018年08月15日

永田和宏著 『知の体力』


2014年4月から半年間、京都新聞に連載した「一歩先のあなたへ」をもとに、大幅に加筆してまとめた一冊。

現代の大学教育や教育制度のあり方、学生・若者の気質、社会的な問題、言葉や会話・コミュニケーションなど、様々な実例を挙げながら、人が生きていく上で大切な「知」とは何かを論じている。

高校までの問題にはかならず一つ、正解があったのに対し、これからの社会においては、そもそも正解というものがないのだということを、大学における「学問」の基本要件としてまず学生に知らせたいと思うのである。
実は子どもがひ弱でも、親離れができないのでもなく、親の子離れができないことこそが、最大の問題なのかもしれない。
失敗の芽をあらかじめ摘んでしまうことは、成功への道を閉ざす以外のなにものでもない。失敗体験こそが、次に同様の問題に直面したときに成功へと導く必須の布石なのである。
心から愛することのできる人を得ることは、すなわち自分のもっともいい部分を発見することなのである。

この本の根底にあるのは、社会の現状に対する永田さんの苛立ちや不満である。「気に食わない」「胡散臭さを感じる」「危機的状況」「違和感を持たざるを得ない」「怖いことである」「なんともハヤと言うしかない」「やれやれである」「じれったい」「嫌いでもある」といった強い言い回しが(ユーモアも交えつつではあるが)頻出する。

近年の永田さんの政治に対する積極的な発言も、こうした流れの延長線上にあると言っていいだろう。

全体に文章もわかりやすく、言いたいことが真っ直ぐに伝わってくる良書だと思う。ただ、もちろん「親父の小言」的な側面はあるので、十代二十代の人たちに素直な気持ちで読んでもらえるかどうかは、ちょっとわからない。

2018年5月20日、新潮新書、760円。

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2018年08月11日

牧野成一著 『日本語を翻訳するということ』


副題は「失われるもの、残るもの」。

翻訳のノウハウについての本ではなく、翻訳とは何かといった本質論、あるいは翻訳を通じて見えてくる日本語の特徴について論じた本である。

言葉というのは話者が世界をどのように見ているかという認知に深く関わっている。そのことが翻訳によって浮き彫りになるということだろう。

対象と距離を置いて客観的な事実を表現する際には口蓋破裂音を含む語が選ばれ、主観的な気持ちを表現するときは鼻音を使った語が選ばれているのではないかという仮説です。
比喩のない言語はないのですから、比喩は人間共通の「認知作用」に基づいているのではないか、という仮説が出てきます。
換喩は、一見、隣接要素の省略のように見えますが、実は省略ではありません。
受動文というのは、しばしば、主語の人間がコントロールできないような事態を表す主語の声、あるいは、それを言わせているナレーターの声なのです。
日本文学には受動の声がたくさん出てきますが、英語に翻訳する英語人は受動の声を原則として回避します。

金子みすゞの詩、芭蕉や蕪村の俳句、俵万智の短歌、夏目漱石や村上春樹の小説など、実例が豊富に挙げられていてわかりやすい。歌づくりのヒントにもなりそうな一冊だ。

2018年6月25日、中公新書、780円。


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2018年08月07日

岡啓輔・萱原正嗣著 『バベる』



副題は「自力でビルを建てる男」。

岡啓輔は東京都港区三田に、地下一階、地上四階の鉄筋コンクリート造のビルを自力で建てている。その名も「蟻鱒鳶ル」(ありますとんびル)。

本書には岡の生い立ちや建築に対する考え方、そして蟻鱒鳶ルに込めた思いなどが記されている。テンポの良い文章で書かれているが、おそらくこれはフリーライターの萱原正嗣(構成)の手によるものだろう。

岡は「自力で」ビルを建てているだけではない。それは「二百年もつ」頑丈なビルであり、「即興の建築」なのだ。「建築を、踊るようにつくれないものだろうか……」などと考えるかなりの変人である。

建築の世界でも、思考と表現を交錯させれば、もっとおもしろい建築が生まれてくるのではないだろうか――。踊りを学び続けるうち、次第にそう考えるようになってきた。
形ができあがった悦びをエネルギーに変え、それをイメージの源泉に、建築の次なる部分をつくり上げる。ひとつの床や壁をつくった悦びを土台に、その上に建築を即興的に積み重ねていく。
「蟻」と「鱒」と「鳶」は、それぞれ陸・海・空を生きる動物だ。ということは、「蟻鱒鳶ル」には、陸と海と空のすべてが宿る。僕は「蟻鱒鳶ル」をつくることで、「世界」を表現することができるのではないか――。

突拍子もないふざけたことを言っているようでいて、いたって真面目な情熱家だ。2005年に着工したビルは現在、「三階の壁が半分ぐらい」までできたところ。完成を迎える日はいつになるのだろうか。

2018年4月24日、筑摩書房、2200円。


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2018年06月25日

長江貴士著 『書店員X』



副題は「「常識」に殺されない生き方」。

著者は盛岡の「さわや書店」で働きながら、2016年に「文庫X」という手書きカバーを付けた本(清水潔著『殺人犯はそこにいる』)を大ヒットさせた書店員である。

まずは「文庫X」という企画が生まれた経緯や、現在の書店の置かれている状況についての話がある。

そういう仕掛けを生み出そうとする時には、お客さんが求めているものをリサーチして、それに応えようとするやり方は、良い成果を生まないだろう。(・・・)良い企画とは、お客さん自身ですら自覚していない潜在的な欲求を満たすものだと僕は考えているからだ。
どう街と関わっていくのか、というスタンスを常に持ち続けているという土台が、さわや書店という本屋の、そして盛岡という街の背景になっている。そのことは、「文庫X」という企画の根っこを支える環境として指摘しておくべきことなのかもしれないと思う。

さらには、著者の生い立ちや考え方、生き方についての話も載っている。

生きていれば、様々な状況に置かれることになる。なんでこんなことに、という受け入れがたい状況もあるだろう。しかし、それらは自分の目の前にある時点で既に正解であって、認める認めないの問題ではなく、まず受け入れなければ話が進んでいかない。
「共感」というのは多くの場合、「今の自分」の判断でしかない。つまり、「共感」を求めれば求めるほど、「今の自分」を超えたものに出合う機会が狭まる、ということでもあるのだ。
どんな集団であれ、様々な考え方を持つ人間がいることが、その集団全体の「自由」を生み出しているのだな、ということです。多様な考え方に触れる環境は、まさに「未知のもの」と出合える環境でもあります。

本書を貫くキーワードは「常識」「先入観」「普通」「共感」「孤独」「自由」。
「文庫X」の話にとどまらず、現在の、そして今後の社会を生きていく上で著者が大切だと考えることが繰り返し述べられている。

僕はかつて1年間だけ短歌をやっていた時期がある。五七五七七の、あの短歌だ。ちゃんと数えたことはないから適当だが、1年間で500〜1000首ほどは作っただろう。

なんと、短歌を作っていたとは!
ぜひ、また短歌にも取り組んで欲しいなあ。

2017年7月10日、中公新書ラクレ、840円。


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2018年06月14日

田口久美子著 『増補 書店不屈宣言』


2014年に筑摩書房より刊行された単行本に改訂、削除、追記をほどこして文庫化したもの。

リブロやジュンク堂で40年以上にわたって書店勤務を続けてきた著者が、日本の書店や出版業界の現状を現場の書店員へのインタビューを通じて描き出した一冊。

日本における出版物の総売上高や書店数は90年代後半のピーク時に比べて約6割にまで落ち込んでいる。もう20年近く右肩下がりの状態が続いていて歯止めが利かない。

日本の雑誌はとにかくあらゆるジャンルごとに発行されているのだ、もうそれは世界に類のないことではないかと思う。
児童書には「書店営業の伝統」がまだ生きている、と思ってしまうのは、最近の出版不況から出版社は人件費のどこを削るか、それは営業でしょう、ということになっているようだから。つまり出版社は効率を考えて、これぞという新刊発売時以外は書店回りをしなくなったのだ。
私たちはこういう大切な「マニア・学問の人」、つまり日常的に本が周辺にあるひと、を新興ネット書店・アマゾンに奪われているわけだ。だが、そのお客さんにとってはまことに便利な時代になったのだろう、書店員として認めるのは悲しいけれど。

何か有効な対策があるわけではない。精神論でどうにかなるような状況でもない。書店や本が必要とされない時代が、もう現実に近づいているのだ。

2017年12月10日、ちくま文庫、780円。


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2018年05月04日

カベルナリア吉田著 『狙われた島』


副題は「数奇な運命に弄ばれた19の島」。

タイトルや副題がおどろおどろしいが、内容は真面目(?)な紀行文。各地の様々な歴史や背景を持つ島を訪ねた記録である。

取り上げられているのは、奥尻島、佐渡島、伊豆大島、豊島、直島、長島(岡山県)、大島(香川県)、金輪島、大久野島、似島、江田島、大津島、久賀島、生月島、池島、伊王島、隠岐島後、津堅島、江島(宮城県)。

いずれも戦争、災害、産業廃棄物、ハンセン病、キリシタン迫害などの舞台になった島である。

日本の多くの島々が、数奇な歴史と運命に翻弄された。その背景には必ず「力ある者」の身勝手な思惑があった。
日本の中心から遠く離れた辺境の島々を歩き、あえて東京を、都会を、日本の中央を俯瞰する旅。それによって、都会にいてはわからない日本の側面が見えてくる。

こうした思いが色濃く滲んだ一冊で、にわか仕立ての観光ブームとは距離を置く著者の姿勢が随所に表れている。ちょっと気難しいオッサンだけど、そこがいいのだろう。

2018年2月1日、アルファベータブックス、1800円。


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2018年04月29日

田中輝美著 『ローカル鉄道という希望』


副題は「新しい地域再生、はじまる」。

ローカルジャーナリストとして地域のニュースを記録、発信している著者が、全国のローカル鉄道の問題点や取り組みを紹介しつつ、鉄道と地域の関わりについて論じた本。

取り上げられているのは、銚子電鉄、北条鉄道、肥薩おれんじ鉄道、一畑電車、いすみ鉄道、えちぜん鉄道、熊本電鉄、ひたちなか海浜鉄道、京都丹後鉄道、若桜鉄道、天竜浜名湖鉄道、わたらせ渓谷鐡道、高松琴平電気鉄道。

ローカル線を活かす方法や地域再生の手掛かりがいくつも記されている。

最大の顧客であり支え手である地元の住民とのかかわりを増やすことで、ローカル鉄道が自分ごとになり、当事者意識が芽生える。そうすれば、結果として、主体的にかかわってくれ、乗ってくれるようになる。
ローカル鉄道の価値をはかる指標が、採算性しかない。利益も大切だが、地域にどれだけ貢献しているか、住民が満足しているか、都会での知名度がどこまであがったか、こうした鉄道がもたらす価値を可視化する新しい仕組みをつくり、考え方を変えなければ、将来は暗い。
いくつかのローカル鉄道のトップに、鉄道とバスの違いを聞いたときに「鉄道は地図に載るという強みは大きい」と共通して答えていたことは興味深く感じられた。

人口減少や過疎化の流れの中で存廃問題に揺れるローカル線も多い。けれども、むしろローカル線を使って地域を活性化する方法や可能性があることを、本書は示している。「鉄道がなくなって栄えたまちはない」という言葉が重い。

2016年8月30日、河出書房新社、1500円。


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2018年04月08日

長岡義幸著 『「本を売る」という仕事』


副題は「書店を歩く」。

「街の本屋が廃れつつあり、逆境にある書店を応援できないか」と考える著者が、全国を訪ね歩いて書店の現状と今後について記した本。

近年、出版や書店を取り巻く状況が厳しくなっているという話は聞いていたが、正直これほどとは思っていなかった。

アルメディアの調査では二〇一七年五月一日現在、全国の書店数は一万二五二六店だった。一九九九年に二万二二九六店あった書店が一七年間で四三パーセント以上も減少していた。単純計算で毎年五〇〇〜六〇〇店ずつ書店がなくなっていたことになる。
ピーク時の一九九六年、トータルで二兆六五六四億円の推定販売額を誇っていた書籍・雑誌の市場は、二〇一六年には三分の二以下の一兆四七〇九億円に縮小した。

書店の減少や出版不況に関して様々な要因が言われている。ネット書店、新古書店、図書館などの影響が取り沙汰されることも多い。しかしこうした数字を見る限り、問題はそうした表面的なことではなく、もっと深刻なのだろう。

この本で取り上げられている書店は、丸山書房(東京)、郎月堂書店(甲府)、長崎書店(熊本)、英進堂(新潟)、いわた書店(北海道)、隆祥館書店(大阪)、七五書店(名古屋)、ブックスキューブリック(福岡)、桑畑書店(釜石)、ヤマニ書房(いわき)など、いわゆる「街の本屋」が多い。

私は最寄り型書店と呼べるような、地域の人々にとってより身近な、現にある需要を満たすために奮闘する街の本屋に心惹かれる。近隣の住民の読書環境を保証する、いわば生活基盤(インフラ)的な存在だと思うからだ。

私の住む町でも、昨年、駅前の商店街にあった本屋が店を閉じた。京都駅八条口のアバンティブックセンターも、先日行ったら売り場が縮小していた。三月書房も今年から定休日を増やし営業時間を短くしている。

書店は今後どうなっていくのだろう。

2018年1月20日、潮出版社、1600円。

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2018年04月06日

『消えゆく太平洋戦争の戦跡』




海外23地域と硫黄島・沖縄など日本国内に残る太平洋戦争の戦争遺跡を400点に及ぶ写真とともに紹介・解説した本。海外も含めてこれだけ網羅的に扱った本は初めてではないだろうか。

戦争当時のことだけでなく、戦後の経緯や現状など、知らないことがたくさんあった。

「ラバウル航空隊」がその名を馳せた日本軍の要衝は、戦後もニューブリテン島最大の都市として栄えていたが、平成に入ってから度々火山の噴火に見舞われた。そのため、都市機能も一旦放棄され、現在は回復半ばである。
ブーゲンビル島は、現在パプアニューギニアの自治州となっている。(・・・)戦後、大規模な内戦が起こり治安が不安定なため、戦没者の慰霊に訪れることも難しい地域が多い。
日本軍守備隊と連合軍の間で激しい市街戦が起こった首都マニラは第2次世界大戦でワルシャワに次いで徹底的に破壊された都市といわれ、(・・・)

巻頭の「太平洋戦争の戦場」という地図を見ると、太平洋の島々、東南アジア、中国、満州と実に広い範囲にわたって戦争が繰り広げられたことがよくわかる。

そう遠くない将来、戦争体験者たちはいなくなるだろう。(・・・)そう考えると、戦争の実態を伝える遺構や遺跡の価値は高まってゆくことが分かるだろう。
沖縄の米軍基地問題から分かる通り、昭和二〇年に終わった戦争は現代の日本をも規定している。戦争抜きに日本の近現代史は理解できないのだ。

帯には「戦争遺跡のレッドデータブック」という文言もある。年々失われていく戦争遺跡をどのように保存、活用していくべきか。今後の課題は多い。

2017年7月10日、山川出版社、1800円。

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2018年04月05日

『新潮日本文学アルバム24 与謝野晶子』




懐かしい「新潮日本文学アルバム」シリーズの一冊。
数多くの写真をまじえつつ、64年の晶子の人生を5つの時期に分けてたどっている。

 ・鉄幹との出会い(明治11年〜明治32年)
 ・『みだれ髪』(明治33年〜明治36年)
 ・「君死にたまふことなかれ」(明治37年〜明治44年)
 ・欧州旅行と『源氏物語』(明治45年〜昭和元年)
 ・「明星」終刊後(昭和2年〜昭和17年)

与謝野晶子の写真は代表的な数枚しか知らなかったのだが、この本には何十枚も載っていて晶子の印象がだいぶ変わった。他にも原稿やノート、書簡なども多数あって、晶子の姿を身近に感じることができた。

1985年11月25日、新潮社、980円。


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2018年03月28日

酒井充子著 『台湾人生』



副題は「かつて日本人だった人たちを訪ねて」。
2010年に文藝春秋より刊行された単行本の文庫化。

映画「台湾人生」(2009年)の監督である著者が、台湾で戦前の日本語教育を受けた方々に話を聞いたドキュメンタリー。

戦前の日本の植民地政策、戦時中の徴兵や工場への動員、そして戦後の二二八事件や台湾の民主化など、台湾の近現代史が生々しく語られている。

わたしたちは日本に捨てられた孤児みたいなもの。日本人の先生がおるし日本人の友達がおるのに、どうして日本はわたしたち孤児をかわいがってくれないの?(陳清香)
悲しかったのは、帰ってから中国(中華民国)籍に入れられて。これはもうほんとに悲しかったですよ。あのときは、泣いたですよ。日本軍人として戦った相手の敵の国の籍に入れ替えられて、なんだろうとぼくは日本政府を恨んだですよ。(蕭錦文)
思い出があるのが、「新高の 山のふもとの 民草の 茂りまさると 聞くぞうれしき」という明治天皇の歌なんだよね。「新高の山のふもとの民草」というのは、台湾中央山脈、新高山の周りに住む住民たち、とくに原住民たち。(タリグ・プジャズヤン)

言語、民族、領土、国家といった問題が様々に浮かび上がってくる一冊であった。

2018年1月20日、光文社知恵の森文庫、740円。

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2018年03月21日

寺尾紗穂著 『あのころのパラオをさがして』



副題は「日本統治下の南洋を生きた人々」。

1922年から1945年の敗戦まで大日本帝国の委任統治下にあったパラオを訪ね、当時を知る人々に話を聞いたルポルタージュ。数々の証言を通じて南洋群島の歴史や戦前の暮らしが浮かび上がってくる。

パラオにあった熱帯生物研究所やパラオ放送局、あるいは日本語が交じったパラオの歌謡「デレベシエール」のことなど、知らない話がたくさんあって興味を惹かれる。

委任統治と言っても実質的には植民地である。南洋庁の役人や文化人をはじめ、日本からの開拓移民、沖縄や朝鮮から来た人々、現地のカロリニアンなど、パラオには様々な人が住み、そこには差別や格差もあった。

統治する側とされる側、上位に立つ者と下位に立つ者との間では上位の人間の価値観を下位の人間が内面化することが起こりやすい。
貧しい日本の暮らしを抜け出し、永住覚悟で入植した人々にとって、植民地はかけがえのない場所であった。だからこそ、植民の是非を判断することは難しい。ただ、それらの「生」がそこにあった。

著者は植民地の是非について性急に結論を出そうとはしない。一人一人の話を丁寧に聞くことを大事にしている。パラオに住む人だけでなく、戦後パラオから日本に引き揚げた人にも話を聞きに行く。

インターネトで全てがわかったような気分になってしまう時代にあっても、世の中には、(・・・)ネットには載っていないひそやかな物語がいくつも、過去の時間や今現在の中に埋もれているんだと、改めて肝に銘じることになった。

ネット全盛の世の中にあって、こうしたルポルタージュの価値はますます高くなっているのではないだろうか。パラオにもぜひ一度行ってみたい。

2017年8月10日、集英社、1700円。

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2018年03月03日

おかべたかし・文、山出高士・写真 『くらべる時代』



昭和と平成で変わったもの34点を取り上げて、写真付きで解説した本。
例えば、

 子どもの楽園が「昭和の屋上」
 都会のオアシスが「平成の屋上」
 卵でしっかり巻いたのが「昭和のオムライス」
 とろとろ卵を乗せたのが「平成のオムライス」
 板ガムが「昭和のガム」
 粒ガムが「平成のガム」
 白いのが「昭和の日傘」
 黒いのが「平成の日傘」
 籠を使ったのが「昭和のフルーツ盛り」
 箱を使ったのが「平成のフルーツ盛り」

など。見開きに2枚の写真を並べて見せてくれるので、非常にわかりやすい。

昭和と平成の変化のポイントとして「定番がなくなった」ことが挙げられていて、なるほどと思った。「昭和のラーメン」はある程度誰もがイメージできるのに対して、「平成のラーメン」は多種多様なのである。

この「くらべる」シリーズ、実におもしろい。

2017年3月1日、東京書籍、1300円。

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2018年02月26日

田中康弘著 『ニッポンの肉食』



副題は「マタギから食肉処理施設まで」。
著者の本を読むのはこれが5冊目。

『マタギとは山の恵みをいただく者なり』
『女猟師』
『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』
『猟師食堂』

「日本人と肉食」「日本人はこんな肉を食べてきた」「動物が肉になるまで」の三章から成っていて、肉食の歴史、畜産肉と狩猟肉の種類、食肉処理の方法など、肉食に関することが一通りわかる内容となっている。

では肉とは動物の体のどの部分か、わかりますか? それは筋肉です。私たちが食べている肉とは動物の筋肉のことにほかならないのです。
基本的に肉食獣の肉はさほど美味しいものではありません。あえて順位を付けると「果実などを食べる動物>草食動物>雑食動物>肉食動物」となるのではないでしょうか。
以前街中ではウシ、ブタの肉を売る店とは別に鶏肉屋さんがありました。これは流通が異なることによって販売も分かれていた証拠です。
野生動物は住む地域や季節の差によって食べる物が異なり自ずと個体差が生じます。その結果、肉も非常に個性的で美味いものと不味いものの振れ幅が極端に大きくなります。

肉を食べるというのはどういうことなのか、考えさせられる。
一度、食肉処理施設を見学してみたい。

2017年12月10日、ちくまプリマ―新書、780円。

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2018年02月14日

金丸弘美著 『田舎力』



副題は「ヒト・夢・カネが集まる5つの法則」。

全国各地の元気な町の事例を挙げて地域活性化のヒントを述べた本。取り上げられているのは、小値賀島(長崎)、大山農協(大分)、馬路村農協(高知)、モクモク手づくりファーム(三重)、常陸太田市(茨城)、豊岡市(兵庫)など。

「普通のもの」を観光資源として再発見するには、「外の視点」に切り替えて地元を見つめ直すということが不可欠である。
いま思えば、「田舎がかっこ悪い」という時代は、1980年代に終わっていた。しかし、当の田舎のほうでは、21世紀に入ってもなかなか意識が変わらなかったのではないか。
イベントの有料化というのが重要である。地方ではボランティアになってしまうことが少なくないからだ。また行政関係が主催するイベントでは補助事業ですべてが無料でまかなわれ、その後に継続しないという例がいくつもある。

こうした指摘はこれまでもよく言われてきたことだが、やはり大事だと思う。

また、著者は流通用に改良されたF1品種の野菜が幅を利かせている現状にも警鐘を鳴らす。

大根とにんじんとしいたけの煮物といっても、昔その地域にあった伝統の素材とはまったく別物。これに添加物入りの醤油や、白砂糖や、みりん風調味料が使われると、料理は都心のチェーン店と変わらないものとなってしまうのである。

問題の根深さが非常によくわかる話だ。

NHK出版 生活人新書、700円。
2009年8月10日第1刷、2015年1月20日第14刷。

posted by 松村正直 at 13:10| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする