2015年11月01日

野一色容子著 『ナンジャモンジャの木』


副題は「歌人清原日出夫の高校時代 in Hokkaido」。
『ナンジャモンジャの白い花』(2011年)に続く清原日出夫の評伝第2弾。
この2冊は、現時点で清原に関する最も詳しい評伝と言っていいだろう。

今回はこれまで知られていなかった数多くの資料をもとに、清原の中学・高校時代を描いている。大きな成果としては、清原の歌にも詠まれている「武佐中学校事件」の詳細が記されていることと、北海道新聞根室版の「根室歌壇」への投稿歌を中心に高校時代の70首ほどの歌を見つけたことが挙げられる。

武佐中学校事件は、1952年に清原が通っていた標津村武佐中学校で、共産主義的な偏向教育を理由に教員が処分された事件である。この事件に関して清原の父が国会に証人として呼ばれた事実や、当時中学3年生だった清原が事件後に別の学校へ転校した事実などが、本書で明らかにされている。

根室歌壇への投稿歌は、例えば次のようなもの。

物の理に従ひ流るる川水に抗がふ流木に親しさ覚ゆ
サロンパスの香りは部屋に満ちてをり農事に疲れ母臥したまふ
馬がひく幌あるトロに開拓の意気に燃え立つ君乗り行きぬ

いずれも、高校3年生、18歳の時の作品である。素朴な歌であるが、後の大学時代以降の清原作品につながる雰囲気が既に感じられる。

このような地道な調査・研究が果たす役割は非常に大きいということを、あらためて感じさせる一冊であった。

2015年5月15日、文芸社、1400円。

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2015年10月30日

大口玲子歌集 『桜の木にのぼる人』


2012年から2014年までの作品を収めた第5歌集。

仙台から宮崎へ移っての息子との生活が詠まれているほか、キリスト教関連の歌がかなり増えている。「きみ」「ひと」「その人」といった言い方で出てくる司祭の存在も大きい。また、原発問題などの社会的な事件を詞書に用いて自らの日常と対比させた「この世界の片隅で」など、意欲的な連作もある。

「さくら」とはまだ言へぬ子が指差してササノ、ササノと鳴きしかの春
まつげパーマ勧められをり仙台より転送されてきたる葉書に
渡されしレモン五つを二瓶のジャムにして一つきみに返しぬ
思はざる箇所に下線が引かれたる他人(ひと)の聖書を書棚に戻す
朝市のおじぎ草 子はことごとくおじぎさせゆき一つも買はず
四時間の充電終へたる自転車の〈頼れる感じ〉をわれのみが知る
象のみどりはタイ語で指示を受けながら鼻で筆を持ち「へび」と書きたり
硝子器に桃と菜の花いけられてそれぞれ違ふ沈黙をせり
粗塩はオリーブオイルにとけながらフリルレタスの上(へ)を流れたり
われわれのシュプレヒコールも街宣車に叫ぶ右翼と似てゆくならむ

2首目、仙台に住んでいた頃に通っていた美容院からの葉書。仙台と宮崎の遠い距離を思うのだ。
3首目、二瓶を一つずつ分け合うところがいい。レモンが「五つ」と奇数なのも効いていて、ジャムにしたことで共有し合えるものになった感じが出ている。
5首目、小さな子の姿が見えてくる歌。歩きながら一つずつ触れていくのだろう。
7首目、巳年のパフォーマンス。「みどり」「へび」といった日本語と、音声としてのタイ語の差が印象的で、けなげさとかすかな哀れみを感じる。
8首目、花だから当然何も言わないのだが、沈黙の質がどこか違うのである。
10首目、反原発のデモの場面。こんなふうに自らの行為を相対化する視点を持っているところが、作者の歌の良さでもあり悲しさでもある。

2015年9月8日、短歌研究社、3000円。


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2015年10月29日

久々湊盈子インタビュー集 『歌の架橋2』

久々湊盈子さんが「合歓」に連載している歌人インタビュー28名分を収めた本。
今野寿美、尾崎左永子、石田比呂志、松平盟子、高野公彦、清水房雄といった方々とともに、僕のインタビュー(2014年10月)も載っています。

http://www.sunagoya.com/shop/products/detail.php?product_id=916

皆さん、どうぞお読みください。

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2015年10月26日

『思川の岸辺』のつづき

後半から。

みづからの臍をしみじみ見ることあり臍にあらはるる老いといふもの
きみがつかひし小さき茶碗に飯くへば梅干しなども恋しかりけり
シロップの中に幾とせねむりゐし桃の缶詰いま開けられつ
飛行船向きをかへたる空の下墓地分譲中ののぼりはためく
あぶらげを甘く煮てゐるひとときやお昼のきつねうどんのために
二歳半の孫が来たりておづおづと「猫さん」にさはる三度四度と
かばんの中にあるおにぎりを胃の中にふたつ移して昼の食をはる
食後飲む薬六錠歯のくすり目のくすりあはれこころのくすり
かぎりなく眠れる母の胸元へつけてやりたり紫綬褒章を
日だまりの中にたばこを吸ひてゐる十年のちのわれのごとくに

1首目、臍に老いが現れるというところに実感がある。顔や手などと違って他人からは見えないところ。
2首目、亡き妻の茶碗でご飯を食べているのだ。それが何とも悲しい。
3首目、「ねむりゐし」がいい。よく「擬人法は良くない」と言う人がいるが、ここが「ひたりゐし」だったらつまらない。要はその歌にとって良いかどうかだ。
6首目、孫は猫のことを「猫さん」と呼んでいるのだろう。ここが「猫にさはる」では全くダメになってしまう。
7首目、おにぎりを二つ食べたということも歌になる。簡素な昼食。
8首目、「こころのくすり」に胸が痛む。精神安定剤のようなものだろう。
9首目、2013年春に作者は紫綬褒章を受章した。100歳を過ぎてほぼ寝たきりとなっている母の胸に、その勲章を付けているのだ。

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2015年10月25日

小池光歌集 『思川の岸辺』


2010年から2013年までの作品542首を収めた第9歌集。

近年、ベテラン歌人は歌集の刊行頻度が高く、若手は第一歌集を出すのが早く、待望の歌集ということがあまりないのだが、小池光は私にとって数少ない「待ちに待った歌集」を出してくれる歌人である。

今回の歌集では、妻の死が大きなテーマとなっている。
普段は歌集を読んで泣くことなどないのだが、この歌集は途中で泣いてしまった。

まずは前半から。

トリニダード「三位一体」而(しこう)してトバゴは「たばこ」 夕陽が赤い
ウエディング・ドレスまとひて志野が来るこの現実をなんとおもはむ
四十九個の疣(いぼ)の一つをわれ押してはなれたところのテレビを消しつ
かなしみの原型としてゆたんぽはゆたんぽ自身を暖めてをり
屋根瓦屋根にならべてゆく仕事 ひとの仕事は楽しげに見ゆ
わが妻のどこにもあらぬこれの世をただよふごとく自転車を漕ぐ
短歌人編集人たりし二十五年ただ黙々ときみあればこそ
50mサランラップが唐突にをはりを迎へ心棒のこる
着物だつて持つてゐたのに着ることのなかりしきみの一生(ひとよ)をおもふ
原発事故は人災といふその「人」は誰かわれらみづからにあらずや

1首目、カリブ海にあるトリニダード・トバコ共和国の名前の由来。キリスト教の概念と煙草の落差がおもしろい。
2首目、癌を病む母のために結婚式を急いだ娘。かつて〈「座敷童子(わらし)はひとを食ふか」とかれ訊くに「くふ」と応ふればかなしむごとし〉〈大きくなつたら石鹼になるといふ志野のこころはわれは分らず〉と詠まれた志野である。この1首だけを読んでいるというよりは、読者の側のそういう思い入れも含めて読んでいることになるのだろう。
4首目、ゆたんぽの中のお湯は、まず、ゆたんぽ自身を暖めるのだ。
5首目、他人の仕事は楽しそうに見える。もちろん、当人にとっては楽しいことばかりではない。
6、7、9首目は、亡くなった妻への挽歌。こういう歌を読むと、短歌は究極のところ、人間の生老病死が詠めればそれで十分なのだという気さえする。
10首目、近年しばしば「人災」という言葉が他人事のように使われるが、その「人」には私たち自身も入っているのではないかという問い掛けが重い。

2015年9月25日、角川書店、3000円。

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2015年10月14日

武富純一歌集 『鯨の祖先』

著者 : 武富純一
ながらみ書房
発売日 : 2014-10-23

帰るなり自室に入る長男とまず居間へ寄る次男とがいる
人間が田んぼを突っ切らないように魚には魚の通り道あり
一枚のレモン浮かべて休日の午後の光は淡くなりけり
紀伊國屋書店に消えし女あり表紙となりて我を見上ぐる
磨り減りし龍あらわれて尾も四肢も溶け込んでいるスープ飲み干す
東京に体は着けどしばらくは心が着かぬままに歩めり
あかさたなはまやらわとは浜風に赤く咲きたるハマナスの花
水のなき溝に入りゆく白猫の立てる尻尾が流れて消える
道祖神のごとく寄り添い微笑みてパックに収まる白きエリンギ
土下座せし過去いう声のぽつぽつと我にもかつて一度いや二度

「心の花」に所属する作者の第一歌集。
のびのびとした明るさとユーモアが特徴的。

1首目、長男と次男の性格の違いを端的に表している。
2首目は釣りをしている場面。上句の比喩になるほどと納得させられる。
5首目、中華料理店でよく見かける丼のマーク。消えた部分はどこへ行ったのか考えると、ちょっとこわい。
6首目、新幹線で東京へ行くと、確かにこんな感じがする。
8首目、道端の側溝はしばしば猫の通り道になっている。尻尾だけ見えているのが面白い。
9首目、「エリンギ」を「道祖神」に喩えたのが秀逸。何となく微笑ましい姿である。

風号と名づくスリムな自転車はいくらしたかは妻には内緒

この歌は、歌集の解説を書いている伊藤一彦の

おぼれゐる月光見に来つ海号(うみがう)とひそかに名づけゐる自転車に
                    『海号の歌』

を踏まえたものだろう。

箸立てに十本あれば足りるのに十四五本はいつもありたり

という歌も、正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」を想起させる。

2014年10月23日、ながらみ書房、2500円。

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2015年10月12日

菅野匡夫著 『短歌で読む昭和感情史』


副題は「日本人は戦争をどう生きたのか」。

『昭和萬葉集』(講談社、20巻+別巻1)の編纂を担当した著者が、短歌を通じて昭和の戦前期に生きた人々の心の動きを読み解いた本。歌人だけでなく一般の人の歌が数多く引かれている。

この本の大きな特徴は、すべての歌にきちんと解釈が添えられていることだろう。その上で、状況や時代背景が詳しく説明されており、通常の歴史では描き切れない個人と社会の関わりが見事に描かれている。

印象に残った歌をいくつか引こう。
まずは空母「蒼龍」の乗組員として真珠湾攻撃に参加した佐藤完一の歌。

東経百八十度今宵過ぐてふ日暮時海霧(ガス)は立ち来る壁の如くに
防水区画今は全し我が部署に空気の通ふ孔(あな)二つだけ
攻撃機還りたるらし通風筒に耳あてて聞く遠き爆音
戦闘部署十三時間に及ぶこと耳鳴りを感じまた水を飲む

現場の人ならではの迫力と臨場感のある歌である。
こうした歌が残されていることの意義は決して小さくない。

続いて、戦時中の食糧増産のために作られた家庭菜園を詠んだ歌。

妻よ見よ蒔きたる小豆日を吸ひて芽立ちきそへり死なずともよし
               内藤濯

素朴な歌の中にあって「死なずともよし」が強く響く。
内藤濯が『星の王子さま』の翻訳で有名なフランス文学者であることを思うと、胸に迫るものがある。調べてみると、内藤は学生時代から短歌を詠んでいて、昭和46年には宮中歌会始の召人も務めている。

最後に、敗戦後の子どもたちの姿を詠んだ歌。

玉音に泣き伏しゐしが時ありて児らは東京へ帰る日を問ふ
               永山嘉之

学童疎開の子どもたちは、敗戦のショックも束の間のこと、早く東京の親元へ帰りたくてたまらないのだ。その切り替えの早さに、戦後へ向けた明るさを感じる。

こうした心の動きも、歴史の教科書には載っていないことだろう。

あとがきに「寿命が許せば、父母と私たちの時代「戦後」も書いてみたいと思っている」と記す著者の次作にも期待したい。

2011年12月15日、平凡社新書、800円。

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2015年09月25日

外塚喬歌集 『山鳩』

帰らうとうながすこゑにうながされ銀河を渡りゆく酔漢は
降りつづく雪の夜は明けししむらにともりてゐたる雪洞(ぼんぼり)も消ゆ
雲間より陽の照らすときにんげんに尾鰭のごとき影がしたがふ
たかが水なれどボトルに詰められてされど水となる天然の水
冬瓜(とうがん)のとろりとするを嘘つけば抜かれるといふ舌にころがす
透明な袋の中のかたまりの散(ばら)けたるとき泥鰌あらはる
見納めとなるかもしれぬ桜みて埴輪の馬はゆふべかへらず
便箋の透かしとなりてゐるランプ書き泥(なづ)む手を照らしてくれる
にぎる手をにぎりかへさむとする力なくて母ひとり枯野さまよふ
曲がり角ひとつ間違へわが夢に来られぬ母にともす灯(ともしび)

2005年から10年まで結社誌「朔日」に発表した作品610首を収めた第11歌集。歌の制作期間は前歌集『草隠れ』と重なっている。

2首目、雪の降る夜の身体感覚が「雪洞」という比喩で鮮やかに表現されている。
4首目、ボトルに詰められることで、ただの湧き水が商品になる。
5首目、冬瓜のとろけるような軟らかさと「嘘」の甘美さが響き合うようだ。
6首目は発見の歌。かたまりになっている時には何だかわからなかったものが、一匹ずつにほぐれて初めて泥鰌だとわかる。
8首目、透かしのランプが実際に光っているように感じられる面白さ。
9首目と10首目は母の死を詠んだ連作「昨日また今日」から。「枯野」や「灯」のイメージが歌に陰影を添えている。

2015年8月15日、柊書房、2600円。

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2015年09月22日

鈴木竹志歌集 『游渉』

花散りて葉の茂るころ木蓮は誰も気付かぬ庭木となれり
頼朝の書きたる書状国宝と示してあれば国宝として見る
函館市文学館閑散として愛知の夫婦の貸し切りとなる
ボンベイがムンバイとなる地図帳の表記はわれの思ひ出を消す
遠来の客待つごとく丘のうへに香月泰男の美術館立つ
二分間テープ回りて晩翠の生涯語るを立ちて聞きをり
買はぬまま本屋出づるはわが主義にあらずと今日も文庫本買ふ
採点をしつつ眠気の襲ひ来て○の代はりに三日月描く
肉声といふものが何なのかついうたがひて声を出してしまひぬ
大観の「柿紅葉」の絵見つむれば二羽の鶉が動きだしたり

2001年から12年までの作品431首を収めた第2歌集。

1首目、一年のうちで花の咲いている時期だけ注目を集めるのだ。
3首目、自分たちのことを「愛知の夫婦」と詠んでいる。はるばるやって来た場所で貸し切り状態。
5首目、「遠来の客待つごとく」という比喩が、シベリア抑留体験を描いた画家の孤高な姿を感じさせる。
6首目、人の一生がわずか「二分間」にまとまられてしまう。そのことに対して、批判というよりは複雑な思いを感じているのだろう。
7首目、「わが主義にあらず」という大袈裟な言い方にユーモアがある。
9首目、破調のリズムが内容とよく合っていて効果的。肉声についてあれこれ考えているうちに、自分で声を出すに到ったのだ。

2015年9月11日、六花書林、2500円。

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2015年09月20日

永田淳著 『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』


2010年に亡くなった河野裕子さんについて息子の立場から描いた評伝。

甲賀郡国語研究科編集「すずか」に掲載された中学時代の創作や、高校・大学時代の日記など、これまで公開されていなかった資料も使って、河野さんの生涯に迫っている。自分の母について書くというのは、距離感が難しいだろうと思うのだが、この本は客観的な記述と主観的な思い出や母に対する思いとのバランスが非常に良い。

冒頭の「あんたと結婚する人はかわいそうや、老後の楽しみがなんもあらへん」に始まって、河野さんの印象的なセリフがたくさん出てくる。

「五月ってかっこええやんか。だから私は絶対に、なにがなんでも五月に産んでやろ、と思ってたんよ」
「結婚して家を出たら女はひとりなんです。誰も味方はいません。だからなんとしても夫が味方についてあげなくちゃダメなの」
「あなた、同じ青魚でもこれは秋刀魚ですよ。鰯はもっと頭が丸くて、秋刀魚はほら口がとんがっているでしょ」
「来て、なんや知らんけどおもろかったなあ、楽しかったなあ、言うて帰ってもらったらそれでよろし」

どのセリフからも、生前の河野さんの姿が彷彿とする。

いくつかの新事実が含まれていて、今後の河野裕子研究にとっても欠かせない一冊となるだろう。『蟬声』の中の

旧校舎の窓辺に木苺咲きゐしがそれには触れず演台おりる

という一首と『桜森』にある

木いちごの緑葉照れる木造の階段教室に初めて逢ひき

との関連性を指摘したのも、おそらく初めてのことだと思う。

少し気になったのは、日記に出てくる同級生の名前はイニシャルや仮名でも良かったのではないかということ。あと、河野家の血縁関係が入り組んでいるので、家系図を載せても良かったかもしれない。

全体に読みやすい文章で、300ページを超える分量を一気に読ませるだけの力がある。河野さんに興味のある方は、ぜひお読みください。

2015年8月24日、白水社、2300円。

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2015年09月18日

横山未来子歌集 『午後の蝶』


ふらんす堂のホームページに2014年1月1日から12月31日まで連載された「短歌日記」365首をまとめた第5歌集。

以下、引用は歌のみ。

突きあたり向きをかへたる穂のふくむ墨すべらかに紙を走りつ
まふたつにされし蜜柑の断面の濡れをりいまだ小鳥来らず
ひのくれまでねむれるわれをゆりおこすわれをみてをりあけのねむりに
蜂蜜の壜かたむけてゆるやかにかたよるひかり眺めゐるなり
さやゑんどうの莢に透きたるかなしみの萌しのごとき丸みにふれつ
とほき世に眉をゑがきしをみならの映ることなき手鏡ぬぐふ
傘をうつ雨くぐもりてひびきをり電話のなかのこゑの向かうに
垂直の壁をのぼれるかたつむり遅れて殻をひきあぐるなり
ちぎれたる枝葉にまじりかなぶんの光沢ありぬ朝の舗道に
水たまりに桜紅葉のしづめるを覗かむとするわれの黒き影

1首目、書の練習をしている場面。「墨」「紙」が下句にあるのがいい。
3首目、全部ひらがな書きにして、どこまでが現実でどこからが夢なのかわからない眠りの感じをうまく出している。
4首目、「かたよるひかり」がうまい。
6首目、手鏡にまぼろしの女性の姿が「映る」という歌は時おり見かけるが、これは「映ることなき」と詠んでいる。でも、「映る」と詠む以上に映っている感じがする。
8首目、かたつむりの移動する姿が目に浮かぶ。
9首目、かなぶんは、もう死んでいるのだ。

今回この歌集を読んでみて、短歌と日付や散文との相性が非常に良いように感じた。横山さんの歌は生活感や肉体性が薄く固有名詞のほとんどない世界なのだが、日付や散文と組み合わされることで、詩情と現実生活とのバランスがうまく取れている。

印象に残ったのは「不在」と「ここではない場所」の描き方。

去年の秋にわが見し蝶のもうをらぬ公園にきて松の実を踏む
ゆふべまで大きかたつむりゐし場所に陽のあたりをり何もをらねば

今はもう目の前にいないものを詠んでいる。
けれども、むしろその印象は鮮やかだと言っていいだろう。

雷鳴のごとしとながく聞きゐたる花火はとほき川照らすらむ
雨音の荒きを傘のうちに聞きてきみゆくならむ朝(あした)の街を

家の中にいて花火大会が行われている川を想像する一首目。二首目は雨の日に出勤する人の姿を思い描いている。どちらも、自分はその場所にはいない。「らむ」「む」といった推量の助動詞を使った歌が、この歌集には実にたくさんある。

「不在」と「ここではない場所」。
どちらの歌からも、かすかな寂しさが伝わってくるように思う。

2015年9月9日、ふらんす堂、2000円。

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2015年09月12日

柏崎驍二歌集 『北窓集』


2010年から14年までの作品420首を収めた第7歌集。

作者の故郷は三陸町吉浜(大船渡市)で、現在は盛岡市に住む。東日本大震災を詠んだ痛切な歌が数多くあるほか、東北の暮らしや風土に関わる歌も多い。

上の家下の家ある坂のみち海のひかりが崖(きし)を照らせり
おのづからわれを離れて霧となる息嘯(おきそ)の息のごとく詠みたし
当初わが嫌ひたる名のひとめぼれ・あきたこまちに慣れていま食ふ
流されて家なき人も弔ひに来りて旧の住所を書けり
春寒き比叡の社の階(きざはし)にわが脱ぎし靴を人は直しつ
「鴻之舞金山跡」の碑に近くそれより大き慰霊の碑あり
負ぶはれて逃れたれども負ぶひくれし人を誰とも覚えずと言ひき
隣家のバケツが庭に飛ばされて来てをり梅の蕾ふくらむ
大根の膾に載りてひかるものはららご赤く年あらたまる
禿頭に手をおく人が描いてある南部盲暦(ゑごよみ)今日半夏の日

1首目、「上の家」「下の家」がいい。海沿いの傾斜地に立つ家。
2首目、第47回短歌研究賞を受賞した「息」20首(歌集では18首)のタイトルになった歌。ただし連作の中身は大幅に変っている。
4首目、避難所に住んでいるのだろう。「旧の住所」が悲しい。
6首目、北海道紋別市にあった金山。最盛期に13000人が住んだ場所は、現在無人となっている。
8首目、春一番のような強い風の様子を、「風」と言わずに詠んでいる。
10首目、文字の読めない人にもわかるように絵で書かれた暦。「禿頭」=「ハゲ」=「半夏」ということだろう。

葦群のなかゆくみちの湿り地の沈みがちなる今朝のものおもひ
軒下に凍るつららのつらつらに君を偲ぶも今日葬りの日

印象に残ったのは、このように序詞を用いた歌がいくつも見られること。1首目は上句の内容が「沈みがち」を導き、2首目は「つらら」から「つらつらに」と音でつなげている。こういう歌を読むと、序詞という技法は現代短歌においてもかなり使えそうな感じがする。

2015年9月8日、短歌研究社、2500円。

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2015年09月07日

黒瀬珂瀾歌集 『蓮喰ひ人の日記』



アイルランドとイギリスに滞在した13か月間に詠まれた歌をまとめた第3歌集。初出は「短歌研究」2011年1月号〜12年7月号。歌には日付と詞書きが付いている。

日本を離れて知る東日本大震災、街を燃やす暴動、そして娘の誕生など、慌ただしく過ぎて行く異国の暮らしの様子が歌に詠み留められている。また、滞在中に読み進めた『ユリシーズ』のことも、しばしばそこに重ね合わされているようだ。

以下、引用は歌のみで。

茶の濃さが恨みの濃さともし言はば、言はばバターの硬き食卓
安否を問ふは誰かの安否を問はぬこと寒風に舞ふ桜ひとひら
マグナ・カルタ手稿に波のごとき皺打ち寄せて王を呑み込みしかな
鱈つつむ衣の厚きゆふぐれをhibakushaといふ響きするどし
私たちは ロンドンにゐて よかつた と子を抱きて言ふ 抱き締めて言ふ
大家族眺めてねぶる腿の骨かつて否みき父となること
たつぷりと乳を詰めこみ児の腹はホタルイカかとつくづく思ふ
汗ばめる髪に苺の香りして児はわが胸をこころみに吸ふ
くらやみに潤ふごとく立つ妻の奥に火は燃ゆ正論の火は
うすやみに眠る命ゆ離れゆくひとよ噴きやまぬ乳をおさへて

5首目には

5/20 セント・パンクラスで、日本人母親の「なかよし会」。

という詞書きが付いている。福島の原発事故による放射能漏れを踏まえての歌である。福島(日本)から遠く離れた地にいることに安堵する母親たちの姿。それは同時に、福島やその近くに暮らす母子の姿をも浮かび上がらせる。句ごとに置かれた一字空けが、そうした複雑な心情をよく滲ませている。

ところどころ歌の後に散文が続く場合があるのだが、それが次の歌の方につながっているように見えてしまうのが、レイアウト的に気になった。例えば208ページの最初の「関東大震災・・・」という部分は、207ページの最後にあった方が良いのではないだろうか。

2015年8月30日、短歌研究社、2800円。

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2015年09月05日

内藤明歌集 『虚空の橋』

2012年から14年にかけて発表した連作11篇を収めた第5歌集。
そのうちの一つ「ブリッジ」30首で第50回短歌研究賞を受賞している。

そのこゑの身のうち深く遺れるを鎮めてひとり蕎麦を啜れり
抜かれたる奥歯のありし空間を舌に確かめ寝につかむとす
整然と鉄路に向きて午後五時の西日を浴ぶる自転車の列
型通り入れねば蓋の閉まらざる積木の箱はいづこにゆきし
夢にしてゆふべの川を渡りしが声に濡れたり現(うつ)つなるらし
駅員に遅延の文句をわめきゐるあの酔漢はわれにあらずや
灯の下にときどき顔を見合はせて風の音聞く猫と子どもと
囲はれし穴を視線はひとまはり古代の水の湧き出(で)しところ
ドアの向かうに人がゐますと書いてある貼り紙を読むドアのこちらに
命ひとつ宿せる人のかたはらに刺繍の薔薇は形成(な)しゆく

「短歌の死である武川忠一が亡くなり、その偲ぶ会の数日後に母が亡くなった。また、その約一年後に父が亡くなった」とあとがきにある。全体に落ち着いた雰囲気の歌が多い。

1首目、亡き人の声を思い出しつつ蕎麦を食べているところ。
3首目、「鉄路に向きて」がいい。どの自転車も同じ向きに並んでいる。
4首目、間違ったところに入れると、箱からはみ出してしまうのだ。
6首目、他人へ向けた視線が下句で自分へと反転する。
7首目、何とも可愛らしい光景。風が強いのだろう。
10首目、妊娠している人が少しずつ刺繍をしている場面。

2015年7月21日、砂子屋書房、3000円。

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2015年09月02日

川本千栄歌集『樹雨降る』

川本千栄の第3歌集『樹雨降る』(ながらみ書房)が7月に刊行されました。
2008年から2014年までの484首を収めています。定価2700円。

【自選5首】
右手だけぐうんと長く描かれて子は絵日記に兎撫でいる
葡萄(えび)色は鮮やかなまま 床にいて子規の描きたる盆栽の花
黄の色の口の尖れるチューリップ何かもう真っ直ぐにも疲れちゃって
桜には必ず終らす雨が降るわかっていたから言うのだ じゃあ、と
ラジコンカー有害ごみに廃棄して終われりわが子の子供時代は

http://www.ac.auone-net.jp/~masanao/sub1.html

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2015年08月30日

竹尾忠吉という歌人

竹尾忠吉の第4歌集『朝雨』(昭和22年)を読んでいる。
昭和17年、18年に樺太を訪れた時の歌が載っているのだ。

敷香を発(た)ち島横切らむ朝あけにフレップの実を摘みて噛み居り
密林の右に左にひらけくる山火(やまび)の跡は年経(ふ)りてをり
遥けくも来りてあはれ夏草の繁き樺太の旅も終りぬ

歌としては、どれもどうということもない。
平凡な歌と言っていいだろう。

竹尾忠吉(1897―1978)は島木赤彦に師事し、戦前は「アララギ」の選者も務めた歌人であるが、今ではほとんど名前を聞くことがない。ごくごく普通の歌人に過ぎない。でも、この「普通」というのが、意外に大切なのである。

新しき国興るさまをラヂオ伝ふ亡ぶるよりもあはれなるかな
             土屋文明『山谷集』
新しき国興りゐる奉天より語りくるこゑは夜ごとにきこゆ
             竹尾忠吉(「アララギ」昭和7年4月号)
遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし
             土岐善麿『六月』
遺棄したる死体数千といふ支那は戦死を如何に取扱ふならむ
             竹尾忠吉(「アララギ」昭和12年11月号)

土屋文明と土岐善麿の歌はどちらも有名な一首であるが、同じ時期に竹尾忠吉が詠んだ(平凡な)歌と比較すると、彼らの歌のすごさがよくわかる。時代を超えて今も残っている理由がはっきりする。

おそらく竹尾のような歌は当時無数に詠まれたのだろう。その中にあって、文明や善麿の歌は異色であったに違いない。それは、彼らの歌だけを見ていてもわからないことで、竹尾のような「普通」の歌人との比較を通じて、初めて見えてくることなのである。

(竹尾さん、失礼な書き方ですみません。)

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2015年08月26日

舳倉島

阿部静枝の歌集『冬季』(昭和31年)を読んでいたら、舳倉島を詠んだ一連があった。舳倉島は能登半島の北にある島で、海女が住む島として知られている。

島ぐるみしぶきに濡るれば土あつめ作る乏しき菜も塩はゆし
海女ら海へいでて無人の島の昼はまうどの伸び目に見ゆる如し
舟べりに女体ひらめき潜みたり水に吐く息泡なして立つ
潜水に飢ゑたる人の肺が吸ふ空気ひゆうひゆう気管に鳴れり
潜水後を耳遠き海女大声にさざめけり笑へば下腹ゆらぐ

この島には一度だけ行ったことがある。

あれは金沢に住んでいた時なので、1995年の夏、今からもう20年前のこと。
前日、輪島に泊まって、その日は朝市を見てから島に渡る船に乗った。乗客は釣り人が多く、観光客は誰もいないようだった。

島は歩いて回れるくらいの大きさで、中央付近に灯台と小学校があった。灯台の中に入れてもらって、灯台の上から島の全景を眺めたのが印象に残っている。

島を離れる時に、「またいつか来たいな」と思ったのだが、それ以後、訪れる機会がない。そんなふうにして、二度と訪れることのない場所が人生にはたくさんある。

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2015年08月16日

渡英子歌集 『龍を眠らす』


2008年から2014年にかけての歌を収めた第4歌集。

夫にはまだ母がゐる携帯電話(ケータイ)のこゑがおほきくなるから分かる
かずかぎりなき石川一動悸する心を持ちて汽車を待ちしか
新宿を包む夕立みづの香に追分宿の馬の香を嗅ぐ
夜行バスは遠つあふみを行くころか息子その他を眠らせながら
書物より盗み来しなり胸に抱くほのか熱もつコピー紙の束
緩斜面にも急斜面に桃植ゑて右左口は桃の花雲のなか
繊きほそき金の月の弧歌びとの死をもて畢る歌誌のいくつか
鵯をあまた眠らす夜の木もまぶた落してねむりゆくなり
川幅の遊歩道なり新年の光のなかを撓ひつつ伸ぶ
ハナニラの白きが星のやうに揺れ写生の子らは散らばつてゐる

東日本大震災、息子の結婚、孫の誕生といった出来事が詠まれているほか、北原白秋、木下杢太郎、斎藤茂吉、石川啄木といった近代歌人に思いを馳せる歌が多くある。これは『メロディアの笛―白秋とその時代』の執筆時期と重なっているためでもあろう。

1首目、「まだ」とあるので、自分にはもう母がいないことがわかる。
2首目、「石川一」は啄木の本名。夢と決意を抱いて地方から上京した明治の若者たち。
3首目、新宿はもともと甲州街道の宿場(内藤新宿)であった。突然の雨にビル街が霞み、昔の宿場のまぼろしが甦ったのだろう。
5首目、図書館などで大量に資料のコピーを取ったところ。「盗み来し」という感覚が鋭い。
6首目の「右左口」は山崎方代のふるさと。あちこちに桃の花が咲き乱れている。
9首目、かつての川が暗渠化されて遊歩道になっているのだろう。
10首目、ハナニラの花の感じが、絵を描く小学生くらいの子どもたちの姿とよく合っていて可愛らしい。

2015年7月7日、青磁社、2500円。

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2015年08月13日

河野美砂子歌集 『ゼクエンツ』

第2歌集。
2004年から2010年までの作品406首を収める。

遠き人と話す電話の切りぎはにまつげをふせるほどの間があり
卵四つひといきにつかふ料理にて黄金色の油さわだつ
ひややかにローションのびてなにかしらてのひらうすくめくれるここち
木管の一人にたのむ そこ切つてください、ロマン派ではないので
あしもとに眠れる犬の夢のなかわがねむりたり犬のあしもとに
ちりちりと炒られた花を落としゐるさるすべり まだ粗き日ざしに
午後ずつと歩いてゐたり音たてて耳の中をゆく水路に添ひて
人間の死が棒となり立つてゐるグラフありたり戦争ののち
魚に降る雪はるかなれふる塩のなかにゆめみる鱈という文字
最後までママと呼びゐしその人を母と書くたびゐなくなるママ

1首目、最後に名残りを惜しむようなわずかな間がある。「まつげをふせるほど」という比喩がいい。
3首目、「ローション」以外すべてひらがな。塗る時の感触を手の皮が「めくれるここち」と捉えたのが面白い。
4首目、三句以下に句跨りがあって韻律が楽しい。「そこ切つて/ください、ロマン/派ではないので」。
5首目、犬の見る夢の中で私が見る夢の・・・と、永遠に入れ子になっていくような歌。
6首目、「ちりちりと炒られた」が散った百日紅の様子をうまく描いている。
9首目、まな板の魚に振り塩をしているところ。「ふる」が「降る」と「振る」の両方の意味になっている。「鱈」という文字の中にある「雪」のイメージを思い浮かべながら。
10首目、亡くなった母の歌。挽歌の中に「母」と書くたびに、どこかよそよそしい感じがしてしまうのだろう。

2015年5月15日、砂子屋書房、2500円。

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2015年08月12日

斎藤亜加里著 『道歌から知る美しい生き方』



人生の教訓や道徳を5・7・5・7・7の形式で詠んだ「道歌(どうか)」を集めて解説を付けた本。平安時代から現代にいたる138首が収められており、聞いたことのある歌も多い。

語るなと人に語ればその人はまた語るなと語る世の中
稽古とは一より習い十を知り十より返るもともその一
人をのみ渡し渡しておのが身は岸に上がらぬ渡し守かな
急がずば濡れざらましを旅人のあとより晴るる野路の村雨
うち向かう鏡に親の懐かしきわが影ながら形見と思えば

「長い歴史のなかで培われた、軽妙洒脱で高尚な文化であり、日本の誇るべき財産」といった点が随所に強調されるのが少しわずらわしいのだが、文学という枠組みを超えた歌のあり方を考える上で参考になる一冊である。

2007年3月5日、KAWADE夢新書、720円。

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2015年07月26日

中津昌子歌集 『むかれなかった林檎のために』

そして秋、加速度つけて若者は離れゆくなりバラク・オバマを
父と一つの傘に入りつつゆく道に蓼倉橋(たでくらばし)はほそくかかりぬ
にんじん色のセーターに顎を埋めつつ一ページをまた戻るチェーホフ
わたしがいないあいだに落ちしはなびらを丸テーブルの上より拾う
はるさめがきらめくすじをひくまひる 長生きをせよと母に言わせる
ろうそくに火を近づけて分ける火のふたつになればふたつが揺れる
今日は眼鏡の奥に引っ込み出てこない人と思いぬ黒縁めがねの
ぼうぼうと八つ手の花が咲いているかたわらにあるみじかき石段
自転車のサドルの上にやわらかい崖をつくりて雪積もりおり
肉厚の波は大きくなだれ落ちわれの眼窩をふかく洗うも

第5歌集。
京都の鴨川あたりの風景、老いてゆく両親、自らの病気、そして時おり出てくる弓道の歌が印象に残った。

1首目、圧倒的な人気と期待を背負って就任したオバマ大統領も、今では見る影もない。
2首目、「蓼倉橋」という固有名詞がいい。
4首目、卓上に飾ってある花。誰もいない時間にひっそり落ちた花びらを思う。
5首目、病気をした時の歌だが、「言われる」ではなく「言わせる」がせつない。老いた親に心配をかけてしまったという思い。
6首目、蠟燭から蠟燭に火を移しているところ。「火」「ふたつ」の繰り返しが雰囲気を生み出している。
9首目、「やわらかい崖」が秀逸。「やわらかい」と「崖」、ふだんは結び付くことのない言葉の出会いが新鮮である。
10首目、荒海を眺めている場面。眼に映るものは、ただ波ばかり。

2015年6月28日、砂子屋書房、3000円。

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2015年07月25日

大辻隆弘著 『アララギの脊梁』


青磁社評論シリーズ2。
迢空について調べることがあって、再読。

1996年から2008年までに書かれた評論29編が収められている。
「アララギ」から「未来」へとつながる流れがよく見えてくる内容だ。

大辻さんの評論には、どれも必ず新鮮な発見がある。しかも、きちんとした論拠が示されているので、読者を納得させる力を持っている。

迢空は「古代人の感覚」という実証不可能なものを持ち出すことによって、島木赤彦や斎藤茂吉の万葉享受が、実は近代という時代が生み出したものに過ぎないことを示そうとしていたのではなかったか。
子規の「短歌革新」とは、つまるところ「和歌の俳句化」だったのである。
会津八一が、奇跡的に、あるいは偶然にみずからの歌のなかに保存していたのは、大正期のアララギがふるい落としていった豊かな「子規万葉」の世界であった。
山中智恵子の第三句は、私たちの韻律感を激しくゆさぶってくる。それは、歌に豊穣な時間を回復させるために、彼女が仕掛けた無邪気な無意識の巧詐だったのだ。

今年中には次の評論集も出るらしい。
今から楽しみだ。

2009年2月10日、青磁社、2667円。

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2015年07月19日

千葉聡歌集 『海、悲歌、夏の雫など』


「現代歌人シリーズ」の1冊目。

2014年4月から10月までの作品208首を収めた第5歌集。
横浜市立桜丘高校の国語教師、バスケ部顧問として奮闘する日々を、物語風な連作によって描いている。

なんでもあり、またなんでもない街、渋谷 人より人の影が多くて
フリースロー一本外し二本目は祈り(やその他)のぶん重くなる
車窓から海が見えると「わぁ」となりホテルが見えるとみな黙りこむ
Tに出す手紙「ご批評感謝します」きっとこの「ご」はきっと、痛い
三点を狙ってシュートを打ったてのひらは飛び立つ鳥の羽かも

こうして見ると、千葉さんの歌の持っている雰囲気は、初期の頃とほとんど変わらない。1998年に短歌研究新人賞を取った「フライング」や、2000年に出た第1歌集『微熱体』と、ほぼ同じ世界と言っていいだろう。

2015年4月19日、書肆侃侃房、1900円。

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2015年07月17日

釈迢空歌集 『春のことぶれ』

第2歌集。昭和5年1月10日、梓書房発行。
『現代短歌全集』(筑摩書房)第6巻収録。

萩は枯れ/つぎて、芙蓉も落ちむ/と 思ふ/庭土のうへを/掃かせけるかも
穂すゝきのみゝづく/呆(ホ)けて居たりけり。/日ごろ/けはしく 我が居りにけり
邇磨(ニマ)の海/磯に向ひて、/ひろき道。/をとめ一人を/おひこしにけり
家群(ヤムラ)なき/邇磨の磯べを 行きし子は、/このゆふべ/家に 到りつらむか
旅を来て/心 つゝまし。/秋の雛 買へ と乞ふ子の/顔を見にけり
村の子は、/大きとまとを かじり居り。/手に持ちあまる/青き その実を
燈のつきて、おちつく心/とび魚の さしみの味も、/わかり来にけり
さかりつゝ/昼となり来る 汽車のまど。/敦賀のすしの/とればくづるゝ
さ夜ふかく/月夜となりぬ。/山の湯に、めざめて聴けど、われ一人なる
見えわたる山々は/みな ひそまれり。/こだまかへしの なき/夜なりけり

「/」は改行。この歌集は一首が3〜5行の多行書き。
しかも、行頭も上げ下げがあり、実際の表記は歌集を見ていただくしかない。

1首目、秋が深まって寂しくなった庭。
2首目、詞書「雑司个谷」。名物の「すすきみみずく」である。
4首目、「邇磨」は島根県の地名。2005年の市町村合併までは、「邇摩郡仁摩町」があった。旅の途中で追い越した娘はもう家に帰り着いただろうかと案じている。
6首目、まだ青いトマトを齧る少年。こういう子も今はいない。斎藤茂吉の「いちめんの唐辛子あかき畑みち立てる童のまなこ小さし」(『赤光』)を思い出した。
7首目、旅先で食べるトビウオの刺身。薄暗い卓で食べるのは味気ないものだが、灯りが点いてホッとしている。
9首目、静まり返った月夜にひとり、宿の湯に浸かっている場面。特に何もないけれどこれで十分という感じのする歌だ。

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2015年07月13日

釈迢空歌集 『海やまのあひだ』

第1歌集。大正14年5月30日、改造社発行。
『現代短歌全集』(筑摩書房)第5巻収録。

わがあとに 歩みゆるべずつゞき来る子にもの言へば、恥ぢてこたへず
蜑の子や あかきそびらの盛り肉(ジヽ)の、もり膨れつゝ、舟漕ぎにけり
沢蟹をもてあそぶ子に 銭くれて、赤きたなそこを 我は見にけり
道に死ぬる馬は、仏となりにけり。行きとゞまらむ旅ならなくに
島の井に 水を戴くをとめのころも。その襟細き胸は濡れたり
人の住むところは見えず。荒浜に向きてすわれり。刳(ク)り舟二つ
八ヶ嶽の山うらに吸ふ朝の汁 さびしみにけり。魚のかをりを
猿曳きを宿によび入れて、年の朝 のどかに瞻(マモ)る。猿のをどりを
峰遠く 鳴きつゝわたる鳥の声。なぞへを登る影は、我がなり
馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ

民俗採集のために各地を旅した際に詠まれた歌が多く収められている。

1首目、もの珍しい旅人の後を付いてくる子。今ではこんな子はもういない。
2首目、力強い漁師の肉体を詠んで、エロスを感じさせる。
4首目、道端の馬頭観音を詠んだ歌。移動や運搬のために使われた馬が死んだ際に、供養のために建てられたのだろう。
5首目、島の井戸に水汲みをしている少女。大変な仕事だ。
8首目、「猿曳き」は猿回しのこと。正月に家々をまわって芸を見せ、お金をもらっているのだ。
9首目、一人で山道を登っていくところ。斜面を動いていくのは、自分の影である。

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2015年07月07日

『釋迢空ノート』のつづき

この本を読んであらためて感じたのは、迢空と大阪の関わりの深さである。
ノートは全10章から成っているが、ノート7には「大阪」という題が付いている。

迢空と天王寺中学で同級だった辰馬桂二の話のなかに、こんなくだりがある。

昭和初年、人望もあつく、地元同業者から推されて大阪府会議員となり、任期中、四十三歳で過労のため倒れた。臨終の脈をとったのは、演劇評論家高安吸江として高名であった主治医高安六郎で、父の代から親しかった。いわば、大阪の裕福な商家の、趣味のよい、教養あるダンナ衆のひとりだったわけである。

ここに出てくる「高安六郎(吸江)」とは、高安国世の叔父である。
高安国世の姉・石本美佐保の『メモワール・近くて遠い八〇年』の中では、次のように書かれている。

内科部長の六郎叔父さんは話がとても面白い人で、文筆家、演劇評論家としても知られ、いろいろ著書(「光悦の謡本」)もある。そういった関係で歌舞伎役者や文楽の連中も、病気の時は高安病院に入院していた。

釈迢空と高安国世、まったく接点がないように見える二人だが、実は生まれ育った環境など、いくつもの共通点があるようだ。

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2015年07月05日

富岡多惠子著 『釋迢空ノート』


2000年に岩波書店から刊行された本の文庫化。

釈迢空という筆名を最初の手掛かりに、その歌や小説を丹念に読みながら、作品の背後にある人生の謎に迫っていく評伝。

文献などによる実証的な部分だけでなく、推量によって描いたり暗示したりという部分も多いのだが、迢空のかなり深いところまで見えてくる内容となっている。

「連作だから、常に同じ境地に止つてゐなくてはならない訣ではなく、却て中心が移動して行く方が効果がある。其上もつと必要なことは、主題と殆関係のない描写をしてゐて、而も読者が、自然に二つを関連させる、と言つたやうな作物もまじつてゐることが、取り分け必要である」

随所に迢空の言葉が引かれているのだが、これなどは現在でも連作論として十分に通用するものだろう。

自伝的小説といっても、小説というのは現実のなかの、小説のために「使える」ところを使って書かれるのはいうまでもない。
これは、たとえば、歌舞伎の女形と、女優のちがいを思い起させる。女形は男の肉体の虚構としての「女」である。コトバが素材のままのナマであることで、舞台に上った時つまり「詩」作品になった時かえって素材感(リアリティ)がない。

詩人・小説家ならではの感性で、著者は迢空の作品を読み解いていく。富岡多惠子と釈迢空の「対決」と言ってもよく、また奇跡的な「出会い」と言ってもよい一冊である。

2006年7月14日第1刷発行、2011年6月15日第3刷発行、岩波現代文庫、1160円。

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2015年06月24日

土岐友浩歌集 『Bootleg ブートレッグ』


2009年から2015年までの作品206首を収めた第1歌集。

あしもとを濡らしてじっと立ち尽くす翼よりくちばしをください
本棚の上に鏡を立てかけてあり合わせからはじまる暮らし
発泡スチロールの箱をしずかにかたむけて魚屋が水を捨てるゆうぐれ
一台をふたりで使うようになるありふれたみずいろの自転車
いつまでも雨にならずに降る水の、謝らなくて正解だった
ぼんぼりがひと足先に吊るされてやがて桜の公園になる
習作のようにたなびく秋雲を見ているうすく色が注すまで

1首目、鷺になったようなイメージで詠まれている。「翼」と「くちばし」の対比がおもしろい。空を飛ぶもの(理想)と餌を獲るもの(現実)。
3首目は景のよく見える歌。一日の仕事を終えた魚屋の充実感が滲む。
4首目、結婚後の生活が自然体で詠まれている。「ありふれた」ものが特別なものになるのだ。
6首目、花が咲く前から桜まつりの準備が行われているのだろう。「ひと足先に」に発見がある。
7首目、「習作のように」という比喩が良い。サッと描いたデッサンのような感じ。

2015年6月15日、書肆侃侃房、1700円。

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2015年06月18日

真中朋久歌集 『火光』 (その4)

真中さんの歌集には、他の歌人の作品を踏まえて詠まれた歌がよく出てくる。現代的な本歌取りと言っていいだろう。いくつか気が付いたものを挙げてみる。

いまいましき小便の音はわが息子小便の音ここに聞こゆる
                 『火光』
朝食の卓にまでどうどうと聞こえ来て息子は尿(いばり)までいまいましけれ
              永田和宏 『響庭』
一冊をぬきたるのみにあなあやふなだれおつるを書物といへり
                 『火光』
背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり
              永田和宏 『メビウスの地平』
未使用ビット計算しつつ積みあげるバッファにふるき恐怖もろとも
                 『火光』
1001二人のふ10る0010い恐怖をかた101100り0
              加藤治郎 『マイ・ロマンサー』
とっぷりと水風呂につかることもなくてそそくさとシャワーを終えつ
                 『火光』
水風呂にみずみちたればとっぷりとくれてうたえるただ麦畑
              村木道彦 『天唇』
帰りてをゆかな炉の辺に灰寄せて火をいましむる人のかたへに
                 『火光』
旗は紅き小林(おばやし)なして移れども帰りてをゆかな病むものの
辺(へ)に         岡井隆 『土地よ、痛みを負え』
一村の失せるありさま一国の滅ぶありさまをまつぶさに見む
                 『火光』
おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ
              宮柊二 『山西省』
秋の野を打ちくだかれてゆくこともかの日と同じ 靴をよごして
                 『火光』
曼珠沙華のするどき象(かたち)夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき
              坪野哲久 『桜』
修行僧のやうなあなたと言はれつつ 道を説く こともせざりき
                 『火光』
やは肌のあつき血潮に触れも見でさびしからずや道を説く君
              与謝野晶子 『みだれ髪』
未生なる闇にわたしが蹴り殺す兄と思ひつ 今しゆきあふ
                 『火光』
逝かせし子と生まれ来る子と未生なる闇のいづくにすれちがひしか
              河野裕子 『ひるがほ』
メスのもとひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ
              中城ふみ子 『乳房喪失』

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2015年06月17日

真中朋久歌集 『火光』 (その3)

怒りつつ怒りしづめつつありし日の余燼に足をふみ入るるなかれ
死者のこと語りあひつつ互みには触れ得ざることもあるべし
死んだふりしてゐたる日々生きてゐるふりしてゐたる日々といづれ
生きなほすことはできぬをいくたびもひきもどされてゆくひとつ椅子
照りかげり夜には冷える岩壁のほろほろと風化してゆく速さ
とろとろとあふれてやまぬ走井(はしりゐ)にくちつけてをりきあつき走井
つきはなされおのづからながれにのるまでのひとときのことひとのひとよは
心からたのしむといふことあらず たのちまなかつたといふにもあらず
社宅跡に社宅は建たず発電用パネルならんで昼をはたらく
感情をおさへては駄目よ とめどなく沈みゆく感情であつても

2首目、同じ死者について語り合っていても誰とも共有できない部分がある。生者と死者の関わりは常に1対1のものなのだ。
4首目、自らの人生に思いを馳せるたびに、脳裏に浮かぶ原点のような場所。
5首目、激しい温度差によってぼろぼろと崩れていく岩壁は、記憶の風化をも表しているようだ。
6首目、8首目は性的なイメージを喚起する歌。
7首目、漢字で表記すれば「突き放され自ずから流れに乗るまでの一時のこと人の一生は」となろうか。命の大きな循環に乗るまで、あれこれもがくのが人生なのかもしれない。
9首目、かつては多くの社宅が立ち並んでいた場所。今はもう社宅の時代ではなく、太陽光発電の敷地として活用されている。

そう言えば、以前グンゼの企業城下町として栄えた綾部に行った時も、社宅が壊されたり、無人の寮が残っている光景を目にしたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/407813251.html

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2015年06月16日

真中朋久歌集 『火光』 (その2)

オロカなるをオロカなりといふオロカしさものいはぬことが賢にあらねど
東京にただよふごとくゐる父と思ひをらむか と思ひただよふ
遅くなつたり早くなつたりすることをくりかへしつつもうすぐ冬だ
谷あひに今しさし入る朝の陽のまぶしくて町の翳を深くす
杉山を越えて来たりし朝の陽は沼のおもての靄にふれたり
  大阪はほとんどがクマゼミ
大阪のあかときがたの蕭蕭と焼焼と やがてShoah、Shoahと思ひつ
アスファルト滲み流れたるごとき跡くろぐろとありバスが転回す
やがて殺すこころと思へばしばらくを明るませをり夜の水の辺
地下のつとめ地上のつとめこのさきも引き裂かれつつ生きてゆくべし
沖をゆくしろき船影この時間はほくれん丸か第二ほくれん丸か

2首目、家族の住む大阪と単身赴任の東京と半々の生活を送る作者。子どもたちの思い描く父親の姿を想像する。
3首目は日の長さのことだろうか。気が付けば冬が近づいている。
5首目は映像を見るような美しい歌。山の木々をかすめて伸びる光の線が、靄に当って乳白色に輝く。
6首目は東京と大阪の蝉の違いを詠んだ歌。「シャーシャー」という圧倒的な熊蝉の鳴き声から、音の連想を経て、ホロコーストの映画「Shoah」へと至る展開に驚かされる。
7首目、バスの終点にある転回場。目に浮かぶような描写である。
10首目、「ほくれん」は北海道の農業協同組合。歌集の別のところに「かの日々には沖に航路を離しゐし牛乳運搬船白き巨船(おほふね)」という歌がある。おそらく、それと同じ船なのだろう。原発事故の後しばらくは、陸地から離れた所を航行していたのだ。

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2015年06月15日

真中朋久歌集 『火光』 (その1)

著者 : 真中朋久
短歌研究社
発売日 : 2015

雪の日のみ屋根のしろさにそれと知れる山の中腹の寺か神社か
人間(じんかん)に生きてゆくほかあらざれば熊野熊吉酔ひて唄へる
慰留せしもされしもすでに退社してほとんど別の会社なり今は
娘(こ)と歩む春の林の数歩さきにがさがさと鳩は交接をしき
お忘れになりましたかと言ひながらうしろから肩にふれるてのひら
さんずいのかはとぞいひてまなうらにふなだまりある岸をゑがけり
旧街道ななめに入りふたたびを浅き角度にわかれゆきたり
子を連れて逢ひし夕ぐれ翳りたる表情は読まぬままにわかれき
望むままに行へとわれにいふ人よそのとほりすればこの世にゐない人よ
みづのなかをゆくここちして目をとぢる徐行にて過ぎる三河安城

2011年から2014年までに発表した516首を収めた第5歌集。
良い歌がたくさんあるので、何回かに分けて紹介を。

1首目、ふだんは目に付かない建物が、雪によって存在感をあらわにする。
2首目、「熊」という名前であっても、悲しい人間世界で生きていくしかないのだ。
5首目、誰かが忘れ物を拾ってくれた場面とも読めるし、「私のことを忘れたの?」という歌にも読める。
6首目、「河」という文字とともに記憶に浮かび上がってくる光景。
7首目、新しい道と旧道とがX字に交差しているのだろう。
9首目、最初「この世にゐない」は「この世に生まれてこなかった」と読んだのだが、そうではなくて「私に殺される」ということかもしれない。そう考えると怖い。
10首目、新幹線のおそらく「こだま」に乗っているところ。「みづ」「目を」「三河」のM音が心地良い。

2015年6月1日、短歌研究社、3000円。

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2015年06月11日

関川夏央著 『子規、最後の八年』


2011年に講談社から出た単行本の文庫化。
初出は「短歌研究」2007年1月号から2010年7月号。

35年の正岡子規の生涯の中から病床で過ごした8年間を取り上げて記した評伝。日清戦争への従軍からの帰りに船上で喀血した「明治二十八年」から始まり、一年ごとに章を区切って、子規の亡くなる「明治三十五年」までを描いている。

子規のことだけではなく、高浜虚子、河東碧梧桐、夏目漱石、伊藤左千夫、長塚節、秋山真之ら、子規と関わりの深かった人々についても詳しく記されており、明治という時代やそこに生きた人々の姿が浮き彫りにされている。

文庫で500ページを超える分量であるが、最後まで少しも飽きることがない。

散逸した蕪村句集を見つけるために子規が賞品を出した話の中で、著者は

杉田玄白の『蘭学事始』は明治初年、湯島の露店で叩き売られていたのを「発見」されたという「伝説」がある。

と書いている。そのように、明治になって新たに価値を見出されたものは、きっと多いのだろう。『梁塵秘抄』も明治の終わりに佐佐木信綱によって、古書店で「発見」されたのであった。

歌にも俳句の「座」を持ちこむ。会した面々が相互批評のうちに刺激を受けあい、その結果、歌のあらたなおもしろさが引出される、それが子規のもくろみであった。

これなどは、現在の歌会まで続いているものと言っていい。子規の残した功績をあらためて感じる一冊であった。

2015年4月15日、講談社文庫、950円。

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2015年06月01日

秋葉四郎編著 『茂吉幻の歌集『萬軍』』


副題は「戦争と斎藤茂吉」。

昭和20年に「決戦歌集」の一冊として八雲書店から刊行される予定だった斎藤茂吉の歌集『萬軍(ばんぐん)』。結局未完に終った『萬軍』の成立の経緯やその後を記すとともに、巻末に『萬軍』の茂吉自筆原稿の影印を収める。

『萬軍』は既に私家版と紅書房版(昭和63年)の2種類が世に流布している。著者は『萬軍』の全ての歌を検証し、自筆原稿とそれらの版との異動を明らかにしている。資料的にも価値の高い一冊と言っていいだろう。

『萬軍』と直接関係ないのだが、昭和17年2月号の「日の出」に掲載された「東條首相に捧ぐる歌」というものが載っている。8人の歌人が東條英樹に捧げた歌である。

東條首相にまうしていはく時宗のかのあら魂に豈おとらめや
                 斎藤茂吉
北の元(げん)撃ちしは北條驕米(けうべい)を東に屠る東條英機
                 逗子八郎
胆甕のごとき時宗か大日本背負ひて立てる東條英機
                 金子薫園

8人のうち実に3人が、東條英機を北条時宗になぞらえている。今から見ると奇異な印象を受けるのだが、おそらく当時は太平洋戦争と元寇を重ね合わせることが一般的に行われていたのだろう。

佐佐木信綱が太平洋戦争の開戦を詠んだ一首も、そういう文脈で読むと理解できる。

元寇の後(のち)六百六十年大いなる国難来る国難は来る
                 佐佐木信綱『黎明』

1281年の弘安の役から1941年の開戦まで660年という歌であるが、当時はこうした受け止め方に実感があったのだろう。

2012年8月28日、岩波書店、2100円。

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2015年05月19日

馬場あき子歌集 『記憶の森の時間』


2011年から2013年までの作品を収めた第25歌集。

萩の花咲きなだれをるところより家なれば入る低くくぐりて
ほつほつほつ北上川に雨の粒落ちてしづかに満ぱいとなる
竹輪の穴覗く遊びにみえるみえるといへば丹後の海までも見ゆ
忠一は婉曲にして鈍刀をよそほひて斬りしよ夜更けて痛し
予定なきひと日の晴れにうきうきとをりしが大根煮てをはりたり
赤うをの煮こぼれし目の白玉はさびしくもあるか口にふふみて
里山に蟹釣ることも忘れたる蟹釣草は穂孕みにけり
しら飯を二つの茶碗によそひつつ相対きて食ぶしら飯は愛
ははこ滝といふ名かすかに不幸の香ありて冷たき峡に落ちゆく
バーの隅でひとりで飲んでゐる吾れを憧れとしていまだ果さず

2首目、雨で水量の増えた北上川。「満ぱい」という表現がおもしろい。
4首目の「忠一」は武川忠一。懇親会などで言われた言葉が、その時は何とも思わなかったのに、家に帰ってきてから深く身に沁みたのだ。
5首目、「あれもやろう、これもやろう」と思っているうちに、いつしか終ってしまう一日。
7首目、かつて子どもたちはこの草を使ってサワガニを釣ったらしい。今ではそんな遊びをする子も少なくなってしまった。
9首目、「ははこ(母子)」に「不幸の香」を嗅ぎ取っているところが独特だ。早くに母を亡くした作者の思いが滲んでいる。

2015年3月25日、KADOKAWA、2400円。

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2015年05月10日

『明治短歌の河畔にて』の続き

明治期の和歌(短歌)否定論や改良論を読むと、歴史は繰り返すということがよくわかる。

甚だ無礼なる申分かは知らねども三十一文字や川柳等の如き鳴方にて能く鳴り尽すことの出来る思想は、線香烟花か流星(よばひぼし)位の思に過ぎざるべし、少しく連続したる思想、内にありて、鳴らんとするときは固より斯く簡短なる鳴方にて満足するものにあらず。
    『新体詩抄』(1882年)外山正一の序文

こうした論法は、戦後の第二芸術論においても見られたものであった。

三十一文字の短い抒情詩は、あまり社会の複雑な機構などを知らぬ、素朴な心が何か思いつめて歌い出るときに美しいが、年とともに世界を知ってくると、その複雑さをもこめての幅のあり、ひだのある、感動を歌うにはあまりに形が小さすぎ、何かを切りすてて歌わざるを得ない。
    桑原武夫「短歌の運命」(1947年)

また、荻野由之の和歌改良論の中には「有用」という言葉が出てくる。

サレバ今ノ事物二ヨリテ感動セシ情ハ、今ノ詞ニテ述ブベキ道理ナリ、此道理ヲ推考ヘテ、陋習ヲ破リ、新面目ヲ開クコトヲ勤ムベシ、サスレバ歌モ真ノ有用ノモノトナルナリ
    「小言」(1887年)

このあたり、文脈こそ多少違うが近藤芳美の文章を思い出さずにはいられない。

新しい歌とは何であろうか。それは今日有用の歌の事である。今日有用な歌とは何か。それは今日この現実に生きて居る人間自体を、そのままに打出し得る歌の事である。
    「新しき短歌の規定」(1947年)

歴史を知るということは、無味乾燥な過去を知るということではなく、常に今を知ることにつながっているわけだ。

霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに
さくら見に明日はつれてとちぎりおきて子はいねたるを雨ふりいでぬ
さわさわとわが釣りあげし小鱸(をすずき)のしろきあぎとに秋の風ふく

落合直文に良い歌が多くあることを知ったのも収穫であった。

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2015年05月09日

山田吉郎著 『明治短歌の河畔にて』

明治短歌の歴史を時代順に記述した本。歌誌「氷原」に2007年から2012年まで連載した文章が元になっている。

明治が四十五年という長い時間を包摂しているにもかかわらず、近代歌人の最初に取り上げられるのが落合直文や正岡子規、佐佐木信綱、与謝野鉄幹らであって、おおむね明治二十年代中頃以降に登場し活躍する歌人たちであることも気になった。

こうした問題意識を持つ著者は、八田知紀、近藤芳樹、黒田清綱、三条西季知、高崎正風、中島歌子、税所敦子ら旧派和歌の歌人や、開化新題和歌、『新体詩抄』、荻野由之の和歌改良論など、近代短歌が生まれるまでの流れを丁寧に見ていく。

これは非常に大事なことだ。こうした部分を省いてしまうと、明治の和歌(短歌)革新運動の本当の姿は見えてこない。

明治短歌の四十五年の歩みは近代的なモチーフと技法を確立する道程であったろうが、同時に和歌の伝統を常に確認しそこに立ちかえる指向をはらみつつ、展開していったとも言えるのではなかろうか。

明治の革新が常に伝統との関わりの中で進行した点を忘れてはならないのだろう。

2014年5月9日、短歌研究社、2500円。

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2015年05月02日

『斎藤茂吉言行』の続き

茂吉の発言からいくつか引く。
さすがに印象に残る名言をたくさん残している。

本は(著書)自分でみるのがいちばん愉快だね。ほめられようがけなされようが、それは第二義的で自分で気持がいいな。
芸術は枯淡のなんのといっても覇気がなくてはだめだよ。
歌を作るとそこ(首)がこるね。小芸術だなんていってもよほど力のいるものだな。
夕暮(前田氏)の門人の何とかいうのが、辞世を作るようじゃ死なないといったが、それはそうだ。死ぬようなときは辞世どころじゃないものね。
日記というのはあとで見るといいもんだね。兄貴が死んだ時のことなんか日記を見るとはっきり思い出す。もっとも僕らは歌が日記だが。
時が批判してくれるよ。時の批判というのは峻厳だからね。一世紀もたてばだいたいおちつくな。
歌は将棋のように勝負がはっきりしないが、それでも勝負がわかるもんだ。自分はとてもかなわないとおもったときに背すじに冷汗をながすようでなくてはならないもんだ。
歌は算術のようにきちんといってはつまらない。

まあ、この面白さは実際に読んでもらうしかないだろう。

『童馬山房随聞』(昭和5年〜16年)『斎藤茂吉言行』(昭和17年〜26年)の2冊は、『佐藤佐太郎集』(全8巻)では「茂吉随聞」という題でまとめられている。第7巻「茂吉随聞1」が昭和18年まで、第8巻「茂吉随聞2」が昭和19年以降という区切りになっているが、内容は同じものだ。

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2015年05月01日

佐藤佐太郎著 『斎藤茂吉言行』

佐藤佐太郎が師の斎藤茂吉の言動を書き留めたもの。昭和17年から26年までの記録で、『童馬山房随聞』の続きに当たる。

戦中から戦後にかけての茂吉の様々な苦労や、晩年の肉体的な衰えなどがよく伝わってきて、しんみりとした気分になる。

終わりの方にある昭和26年9月1日の記録。

私は新刊の「短歌入門ノオト」と「長塚節全歌集」とをさしあげた。先生は一冊ずつ手にとって開いたが、単に開いたというだけ。若夫人が飲物をもって来て、父は頭がぼんやりしているから何か要事があるなら私たちが聞くという。私には要事はなかった。

「私には要事はなかった」が何とも悲しい。もともと何の用事があるわけではないのだ。晩年は主に師の話相手になったり身体を揉んだりするために通っていたのである。

後記には

晩年になって、先生の健康が徐々におとろえ、頭脳が徐々におとろえてゆくのを見るのはいたいたしかった。(…)これ以上私などが先生を見てはならない。それは先生をけがすというものだ。そう思って昭和二十七年のある日をもって記録をうちきったのであった。

と記されている。

これは、後に秋葉四郎が『短歌清話 佐藤佐太郎随聞』の最後の記録(昭和61年12月28日)に

先生がじみじみと話すとき、言語があいまいになり、ほとんど理解できない。江畑氏が脳軟化症の特色だと後に言ったが、ひどくさびしい。病む先生をただ見守るのみの自身が殊更虚しい。もう私は歌人佐藤佐太郎の言行を記録してはならない。

と記して、記録を打ち切ったことへと遠くつながっている。
歴史は繰り返すと言うべきか、誰もが通る道と言うべきか。師弟関係の最も深い部分を見たような気がして、厳粛な気持ちになった。

1973年5月20日、角川書店、2400円。

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2015年04月30日

松村由利子歌集 『耳ふたひら』


石垣島へ移り住んでからの歌275首を収めた第4歌集。

パイナップル景気も遠い物語マンゴー農家が徐々に増えゆく
指笛を鳴らしつつ行く子どもあり豊年祭が近づいてくる
手土産のパウンドケーキ焼く午後の一回休みという幸もある
一度だけ雪が降ったという記憶島の古老の夢かもしれぬ
耳ふたひら海へ流しにゆく月夜 鯨のうたを聞かせんとして
カタツムリの殻を砕きて土に混ぜ器を焼きし頃の八重山
石は石を産むことあらず水底の沈思となりて冷えびえとあり
もっともっと産みたかったよ一年中花咲く島をずんずん歩く
落ちて来る最初の雨滴受けようと窪めるときの手のやわらかさ
集合写真に小さく円く穿たれた一人のような沖縄 今も

1首目、今はやりのマンゴーも、やがて「遠い物語」になってしまうのかもしれない。
3首目、「一回休み」という言葉をプラスの意味に転じたところがおもしろい。
4首目は美しい歌。実際にあったことなのか夢の話なのか、もはや確かめる術はない。
6首目、上句に生々しい手触りがあって印象に残る。
8首目、亜熱帯性気候の植物の繁茂する様子や、沖縄が都道府県別の出生率で一位であることなどを踏まえて読むといいのだろう。
10首目、基地問題などにおける沖縄の扱われ方。結句「今も」が、薩摩による侵攻、明治の琉球処分、戦後のアメリカによる統治といった歴史を思わせて、ずしりと重い。

沖縄の自然や暮らしを詠んだ歌が印象に残る一方で、社会問題を詠んだ歌にはやや深みが足りないように感じた。

2015年4月19日、書肆侃侃房「現代歌人シリーズ」、2000円。

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2015年04月21日

篠弘歌集 『日日炎炎』

2009年から2014年までの作品875首を収めた第9歌集。
1ページ4首組。

冬日さす珈琲カップの影のびて口閉ざしあふひとときもある
書棚より「論争史」抜きてまた戻す若書きの書がわれより生きむ
ペースメーカー賜りしより何か違ふどこか違ふと枇杷を剥きゐる
午後からの会のはじめに声出して己の声を確かめむとす
川ぞこの駐車場よりくちびるを舐めつつ冬の街に出できぬ
空きたりし壜を逆さに立て掛けて数滴を待つひとりの夜は
ワイパーの拭ひきれざるフロントの隈(くま)きしきしとわが手に磨く
もとめ得しものはなけれど古本に触れきたる手に珈琲をのむ
掠(かす)れくるボールペンの尖を火に炙(あぶ)り書き終へたりし冬の弔文
むらさきの満作の垣に片寄せてバックミラーに妻を待ちゐる

現代歌人協会理事長、日本文藝家協会理事長、詩歌文学館館長といった立場で詠まれた歌が多い。特に会議の場面を詠んだ歌の多さが特徴的だ。作者自身、あとがきで「会議社会に生きる自分が会議に重点をおくことは、むしろ現在では異例であろう」と記している。

2首目は古書店で自著『近代短歌論争史』を見ての感慨。20代から書き継いで、40代で刊行した著書である。自分の死後も、本の中で若き日の自分は生き続けるのだ。
3首目、ペースメーカーの調子が悪いわけではないのだが、どうも以前とは身体の感じが違うような気がするのだ。
5首目、地下駐車場から地上へ歩いて出てきたところ。「くちびるを舐めつつ」が冬の乾燥した空気を感じさせる。
8首目、神保町の古書店街を詠んだ歌も歌集には多い。満ち足りた気分が伝わってくる。
10首目、下句の簡潔な表現がいい。建物から出てくるのを待っているのだろう。

2014年11月30日、砂子屋書房、3000円。

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2015年04月14日

さいとうなおこ歌集 『キンポウゲ通信』

1984年に刊行された第一歌集の文庫化。
作者30代の作品297首が収められている。

子の指紋花びらのごと鏡面に乱るるを拭いて夜に対いぬ
言い負けて帰り来し子は弟にひどくやさしいものいいをする
凧の糸引きつつ駆ける少年は項(うなじ)に光るたてがみを持つ
夢の歌はもうつくるなと人言いき夢の中深くうなずきている
たんねんに定規使いて子が描く架空の町の駅の見取図
銀いろの煮干しとなりて身を曲げし魚は何れも小さき口開く
てのひらにきっかりかくれる顔を誰も持つと思いき泣きたるのちに
雨のなかワルツの楽におくれつつ移動図書館の来る水曜日
夜をこめてしずかに火山灰降れりあじさいの葉に山鳩の背に
春深く並木の葉かげ濃くなれり〈関硝子店〉の奥までみどり

1首目、子どもが鏡をべたべた触って遊んだのだろう。「花びらのごと」がいい。
2首目、兄と弟の心情や関わりがよく見えてくる歌。
5首目、「たんねんに定規使いて」に、真剣に取り組む姿が感じられる。
7首目は発想がおもしろい。掌の大きさ=顔の大きさ。
8首目、「楽におくれつつ」が、ゆっくりと進む車の感じをうまく表している。

あとがきの中に

近藤先生から何回か「夫や子供のことは捨てよ」と作歌上のご注意を受けたけれど、私はとうとう捨て切れずに今日まできてしまった。

とある。家族のことなど歌に詠むなということだろうか。その注意に従わなかったのが結果的に良かったのだと思う。近藤芳美という歌人の一面がよく窺える文章である。

2014年8月6日、現代短歌社第1歌集文庫、720円。

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2015年04月12日

阿木津英著 「妹・律の視点から―子規との葛藤が意味するもの」

同じく子規庵の販売所にて買い求めた冊子。
2002年の第一回「若葉の子規庵」での講演をまとめたものである。

『仰臥漫録』『病床六尺』に記されている子規の「女子教育」「家庭教育」論や、妹・律に対する不満などをもとに、当時の男女の扱われ方の違いや時代の変化を追っている。

ひとつの食卓を囲む家族のあり方が理想になるのは、今の挿絵で見ましたように、明治も終わりになってからのことで、当時「家庭の団欒」はたいへん新しい概念だったのです。

わたしには、子規と律の関係は、義経と弁慶という「同志」の関係にはまったく見えませんし、子規の罵り意味もたんなる当たり散らしには見えません。そこには、進歩的な「新しい男」子規に対する「古い女」律の抵抗、子規の家庭改革実践に対して笛吹けど踊らぬ律の抗いぶりが潜んでいると思われます。

わかりやすく、しかも興味深い内容で、当時の時代の姿がよく見えてくる。

2003年4月25日初版第一刷発行、2012年10月23日第四刷発行、500円、子規庵保存会。

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2015年04月11日

田井安曇著 「生きている子規―付香取秀眞という人」

2月に子規庵を訪れた際に買い求めた冊子。
2002年の「子規庵〈糸瓜忌〉」における講演を収めたものである。

若い頃に子規批判をしていたという著者が、やがて子規の面白さに目覚めていった経緯などが素直に語られている。

途中、根岸短歌会のメンバーであった香取秀眞に触れて

この頃出る本では香取秀眞という人は影がだんだん薄くなってきているんですが、これは僕らもそうなる可能性があるんで、今は一寸ずつ何かに書いてくれていますけれども三十年ぐらい経つと誰も何にも言ってくれなくて消えてしまうことがあるかも知れない。

と述べているのが印象に残る。この講演から十数年がたった今、香取秀眞の影はますます薄くなってきている。そして、昨年亡くなった田井さんとて、「三十年」というのはかなり希望的な観測だったのではないかという気がする。

講演の最後は

皆さんに最後の項の、
8 同時代人としての子規―現代短歌は子規を越えたか?
を宿題としてこれで終らせていただきます。

で終っている。時間切れというよりは、簡単には結論の出ない問題ということなのだろう。そして、この問いは今もなお有効であると思う。

2003年5月15日初版第一刷発行、2009年10月20日第二刷発行、500円、子規庵保存会。

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2015年04月09日

佐藤佐太郎著 『童馬山房随聞』

佐藤佐太郎が師の斎藤茂吉の言行を書き留めてまとめたもの。
昭和5年から16年までの記録となっている。

佐太郎の家に使いが来て茂吉宅に呼び出されたり、茂吉が佐太郎の勤め先の岩波書店に寄ったり、頻繁に子弟で行き来している。

茂吉の発言からいくつか。

芸術は何によらずひといろではおもしろくない。それだから意図をもって制作するということも否定できないが、これは不即不離で、ぜんぜんなければ平凡だし、出すぎてもいけない。
工夫するということが力量だからな。ポーズがあるの何のといっても、ポーズがないというのがひとつのポーズで、かえって臭気があるよ。
ぼっきしているときのような精神力がなくては芸術はだめですよ。
牧水の歌も晩年は力がなくなって、白湯を飲むようなもんだ。やはり中期がいい。年がとるほど良くなるとは限らないから歌はむずかしいんだな。
〈居れり〉というのはまちがいだよ。僕も使っているが、悪口をいわれても爆撃ができるか、それだけの用意がなければ使わない方がいい。
世の中の人というのは、論争を好まない人が多いけれども、ショウペンハウエルでもヘエゲルをやっつけた文章は炎を吐くようでいい。全集にあれがなければ精彩のないものだ。

「ぼっきしているときのような」「爆撃ができるか」「炎を吐くようでいい」といったあたり、いかにも茂吉という感じがする。とにかく読んでいて飽きない本だ。

1976年2月16日、岩波書店、1200円。

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2015年04月07日

大島史洋歌集 『ふくろう』

2009年から2014年までの作品約400首を収めた第12歌集。
「短歌研究」の連載(30首×8回)が中心になっている。

重箱の隅をつつくもさまざまにてその楽しさを吾は知りたる
顎出して目を閉じる猫 子ら三人(みたり)背を撫で尾を撫で頭を撫でる
藤野駅のホームの端に墓は見え幾人か供花(くげ)をたむけるところ
最後まで愛せし人ら集うなか身から出た錆と言う声はする
うつぶせにまたあおむけに寝てすごす掩体壕のごときわが部屋
昼寝する父と題して兄よりの写真がとどく夜半のメールに
語の意味を考え調べわからねば疲れ果ててぞ夢より覚めぬ
ふるさとに雪は降るとぞ死にそうで死ねない父を見舞いにゆかむ
橋行けば桜の花は足下に咲き満ちておりその奥の宴
江津湖へとそそぐ湧水ゆるやかな流れに黒き鯉をはぐくむ

2首目、一匹の猫を三人の子供が寄ってたかって撫でている。「顎出して」がうまい。
3首目は「塩尻まで」という連作のなかの歌。車窓から見た光景。
4首目は2009年に亡くなった歌人金井秋彦の葬儀の場面。「身から出た錆」に故人の人生を思う。
6首目、ふるさと中津川に住む父の介護をしている兄からのメール。「昼寝」と「夜半」とに、兄と弟の立場の違いが滲み出ているように感じる。
7首目、長らく辞典編纂の仕事をしてきた作者ならではの歌。退職した今も夢に出てくるのだろう。
9首目、「足元に咲き満ちて」が面白い。普段とは違う角度から見る桜。

2015年3月1日、短歌研究社、3000円。

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2015年04月03日

永田和宏著 『人生の節目で読んでほしい短歌』


「NHK短歌」のテキストに2年間にわたって「時の断面―あの日、あの時、あの一首」として連載された文章に書き下ろし原稿を加え、加筆修正してまとめたもの。

「恋の時間」「結婚」「出産」「退職」「介護の日々」「死をみつめて」など、人生の節目節目で詠まれた短歌200首以上を取り上げて、鑑賞をしている。

通勤の心かろがろ傷つかぬ合成皮革の鞄に詰めて
          松村由利子『薄荷色の朝に』

(…)この一首では第三句にある「傷つかぬ」がじつに微妙に、そして意味を危うく反転させるように上句と下句とを連結しています。読者は「通勤の心かろがろ傷つかぬ」と読み進みます。(…)ところが実は、第三句は四句以下を修飾する形容だったことが直後にわかるという構造をもっている。

なるほど、的確な読みだと思う。「傷つかぬ」のは「通勤の心」ではなく「合成皮革の鞄」だったと反転するところにポイントがあるのだ。

短歌の鑑賞だけにとどまらず、著者自身の人生についても随所で語られており、エッセイとしての面白さも味わうことができる。

2015年3月10日、NHK出版新書、820円。

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2015年03月30日

秋葉四郎著 『鑑賞・現代短歌四 佐藤佐太郎』


佐藤佐太郎の秀歌100首を選んで鑑賞文を付したもの。
あらためて良い歌が多いことに感じ入る。

山葵田(わさびだ)をやしなふ水は一谷(ひとたに)にさわがしきまで音ぞきこゆる
音たてて流るるみづに茂りたる山葵の葉群(はむら)やまず動きぬ
植ゑつけしばかりの山葵二株づつ石に敷かれて水になびかふ
山葵田のふる雨に人働きてわさびの香するところ過ぎゆく
白々と見ゆるわさびの長茎(ながくき)を背に負ひながら帰りゆく人

第3歌集『しろたへ』の「山葵田」15首より。

1首目の歌について、著者は

深閑と静まりかえった谷間の山葵田。そこには、山葵を養う清流が、「さわがしきまで」響くのだ。その音を言って、青々と茂った山葵田のいくつもをめぐる静寂と清澄な空気とを感じさせる。

と述べているが、まさにその通りだろう。
「やしなふ」という動詞の選びが良く、また「やしなふ水は」の「は」の使い方も絶妙だ。「山葵田をやしなふ水の音ぞきこゆる」とつながってしまってはダメなのだ。

著者が「山葵田」の一連を最初に読んだ時の感想として「こんなに清冽な世界が短歌によってかもし出されていることに感動した」と記しているのも、よくわかる。

1991年5月30日初版、2003年4月30日四刷、本阿弥書店、2000円。

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2015年03月24日

『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 下』の続き

印象に残った佐太郎の言葉をいくつか引く。

あなたたちの歌は皆上手いが、優等生の作文のようなところがあるんだな。何か一つ欠けているところがある。(…)それは何であるか。自分のことに裏打ちされた何かが一首一首の歌に入っていることが必要ですね。

あなた達も、私がやったように、自分で考えて自分で努力することが大事ですよ。自分で考えるという努力さえすれば、教えるという立場の側には不足はないんです。

私たちは事実を大切に思っているが、事実だからただ大事だと言って終わっていたらつまらんですよ。その中に何かがなくてはね。

斎藤茂吉はしきりに即席の歌会をした。時代も変わって、つまらないように思うかも知れないが、われわれは歌が好きなんだから、暇があったら、こういう歌会をした方がいい。

実際に、佐太郎はしばしば即席の歌会をしている。旅先での昼食後やバスでの移動の間など、少し時間があると何人かで歌会をしている。

世間ではよく老成といって年をとった方がだんだんよくなるように言うが、私はこの頃違うと思うようになった。あるところまでは伸びるが、それ以後はもう下り坂だ。

これに続いて「私なんかもう下り坂だ」と述べる佐太郎の姿は痛ましい。当時、佐太郎は74歳。常に向上を目指して努力してきた佐太郎の言葉であるだけに重く響く。

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2015年03月23日

秋葉四郎著 『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 下』


上下巻あわせて1050ページにのぼる本を読み終えてしまった。
もう佐太郎の声を聞くことができないと思うと寂しい限り。

下巻は昭和53年から昭和61年まで。

翌62年8月に佐太郎は亡くなるのだが、61年12月に入院中の佐太郎を見舞った際に「もう私は歌人佐藤佐太郎の言行を記録してはならない」と決断して、この随聞を終えている。

下巻のハイライトは、やはり昭和58年の連帯退会事件であろうか。この年、「歩道」の古い会員であった長澤一作、菅原峻、川島喜代詩、山内照夫、田中子之吉の5名が「歩道」を退会して新雑誌「運河」を創刊した。当初は「世間ではよくあること」と言って淡々と対応していた佐太郎であったが、やがて激怒することになる。

このあたりの経緯については、双方の言い分を聞いてみないと実際のところはわからない。著者も片方の当事者なので、すべて信用するわけにもいかないだろう。

ちょうど「現代短歌」4月号に「運河」の山谷英雄が長澤一作について書いている文章があったので、あわせて読んでみる。

長澤一作の短歌における最も大きな事件は、先ず師の佐藤佐太郎を得たことであり、また次にはその師と別れなければならなかったことである。

山谷はこのように記した上で、長澤が「終生師を敬い歌と歌論に学び続けた」と結論づけている。このあたり、自分なりにもう少し調べて考えてみたいところだ。

2009年9月27日、角川書店、2857円。

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