2015年07月13日

釈迢空歌集 『海やまのあひだ』

第1歌集。大正14年5月30日、改造社発行。
『現代短歌全集』(筑摩書房)第5巻収録。

わがあとに 歩みゆるべずつゞき来る子にもの言へば、恥ぢてこたへず
蜑の子や あかきそびらの盛り肉(ジヽ)の、もり膨れつゝ、舟漕ぎにけり
沢蟹をもてあそぶ子に 銭くれて、赤きたなそこを 我は見にけり
道に死ぬる馬は、仏となりにけり。行きとゞまらむ旅ならなくに
島の井に 水を戴くをとめのころも。その襟細き胸は濡れたり
人の住むところは見えず。荒浜に向きてすわれり。刳(ク)り舟二つ
八ヶ嶽の山うらに吸ふ朝の汁 さびしみにけり。魚のかをりを
猿曳きを宿によび入れて、年の朝 のどかに瞻(マモ)る。猿のをどりを
峰遠く 鳴きつゝわたる鳥の声。なぞへを登る影は、我がなり
馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ

民俗採集のために各地を旅した際に詠まれた歌が多く収められている。

1首目、もの珍しい旅人の後を付いてくる子。今ではこんな子はもういない。
2首目、力強い漁師の肉体を詠んで、エロスを感じさせる。
4首目、道端の馬頭観音を詠んだ歌。移動や運搬のために使われた馬が死んだ際に、供養のために建てられたのだろう。
5首目、島の井戸に水汲みをしている少女。大変な仕事だ。
8首目、「猿曳き」は猿回しのこと。正月に家々をまわって芸を見せ、お金をもらっているのだ。
9首目、一人で山道を登っていくところ。斜面を動いていくのは、自分の影である。

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2015年07月07日

『釋迢空ノート』のつづき

この本を読んであらためて感じたのは、迢空と大阪の関わりの深さである。
ノートは全10章から成っているが、ノート7には「大阪」という題が付いている。

迢空と天王寺中学で同級だった辰馬桂二の話のなかに、こんなくだりがある。

昭和初年、人望もあつく、地元同業者から推されて大阪府会議員となり、任期中、四十三歳で過労のため倒れた。臨終の脈をとったのは、演劇評論家高安吸江として高名であった主治医高安六郎で、父の代から親しかった。いわば、大阪の裕福な商家の、趣味のよい、教養あるダンナ衆のひとりだったわけである。

ここに出てくる「高安六郎(吸江)」とは、高安国世の叔父である。
高安国世の姉・石本美佐保の『メモワール・近くて遠い八〇年』の中では、次のように書かれている。

内科部長の六郎叔父さんは話がとても面白い人で、文筆家、演劇評論家としても知られ、いろいろ著書(「光悦の謡本」)もある。そういった関係で歌舞伎役者や文楽の連中も、病気の時は高安病院に入院していた。

釈迢空と高安国世、まったく接点がないように見える二人だが、実は生まれ育った環境など、いくつもの共通点があるようだ。

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2015年07月05日

富岡多惠子著 『釋迢空ノート』


2000年に岩波書店から刊行された本の文庫化。

釈迢空という筆名を最初の手掛かりに、その歌や小説を丹念に読みながら、作品の背後にある人生の謎に迫っていく評伝。

文献などによる実証的な部分だけでなく、推量によって描いたり暗示したりという部分も多いのだが、迢空のかなり深いところまで見えてくる内容となっている。

「連作だから、常に同じ境地に止つてゐなくてはならない訣ではなく、却て中心が移動して行く方が効果がある。其上もつと必要なことは、主題と殆関係のない描写をしてゐて、而も読者が、自然に二つを関連させる、と言つたやうな作物もまじつてゐることが、取り分け必要である」

随所に迢空の言葉が引かれているのだが、これなどは現在でも連作論として十分に通用するものだろう。

自伝的小説といっても、小説というのは現実のなかの、小説のために「使える」ところを使って書かれるのはいうまでもない。
これは、たとえば、歌舞伎の女形と、女優のちがいを思い起させる。女形は男の肉体の虚構としての「女」である。コトバが素材のままのナマであることで、舞台に上った時つまり「詩」作品になった時かえって素材感(リアリティ)がない。

詩人・小説家ならではの感性で、著者は迢空の作品を読み解いていく。富岡多惠子と釈迢空の「対決」と言ってもよく、また奇跡的な「出会い」と言ってもよい一冊である。

2006年7月14日第1刷発行、2011年6月15日第3刷発行、岩波現代文庫、1160円。

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2015年06月24日

土岐友浩歌集 『Bootleg ブートレッグ』


2009年から2015年までの作品206首を収めた第1歌集。

あしもとを濡らしてじっと立ち尽くす翼よりくちばしをください
本棚の上に鏡を立てかけてあり合わせからはじまる暮らし
発泡スチロールの箱をしずかにかたむけて魚屋が水を捨てるゆうぐれ
一台をふたりで使うようになるありふれたみずいろの自転車
いつまでも雨にならずに降る水の、謝らなくて正解だった
ぼんぼりがひと足先に吊るされてやがて桜の公園になる
習作のようにたなびく秋雲を見ているうすく色が注すまで

1首目、鷺になったようなイメージで詠まれている。「翼」と「くちばし」の対比がおもしろい。空を飛ぶもの(理想)と餌を獲るもの(現実)。
3首目は景のよく見える歌。一日の仕事を終えた魚屋の充実感が滲む。
4首目、結婚後の生活が自然体で詠まれている。「ありふれた」ものが特別なものになるのだ。
6首目、花が咲く前から桜まつりの準備が行われているのだろう。「ひと足先に」に発見がある。
7首目、「習作のように」という比喩が良い。サッと描いたデッサンのような感じ。

2015年6月15日、書肆侃侃房、1700円。

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2015年06月18日

真中朋久歌集 『火光』 (その4)

真中さんの歌集には、他の歌人の作品を踏まえて詠まれた歌がよく出てくる。現代的な本歌取りと言っていいだろう。いくつか気が付いたものを挙げてみる。

いまいましき小便の音はわが息子小便の音ここに聞こゆる
                 『火光』
朝食の卓にまでどうどうと聞こえ来て息子は尿(いばり)までいまいましけれ
              永田和宏 『響庭』
一冊をぬきたるのみにあなあやふなだれおつるを書物といへり
                 『火光』
背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり
              永田和宏 『メビウスの地平』
未使用ビット計算しつつ積みあげるバッファにふるき恐怖もろとも
                 『火光』
1001二人のふ10る0010い恐怖をかた101100り0
              加藤治郎 『マイ・ロマンサー』
とっぷりと水風呂につかることもなくてそそくさとシャワーを終えつ
                 『火光』
水風呂にみずみちたればとっぷりとくれてうたえるただ麦畑
              村木道彦 『天唇』
帰りてをゆかな炉の辺に灰寄せて火をいましむる人のかたへに
                 『火光』
旗は紅き小林(おばやし)なして移れども帰りてをゆかな病むものの
辺(へ)に         岡井隆 『土地よ、痛みを負え』
一村の失せるありさま一国の滅ぶありさまをまつぶさに見む
                 『火光』
おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ
              宮柊二 『山西省』
秋の野を打ちくだかれてゆくこともかの日と同じ 靴をよごして
                 『火光』
曼珠沙華のするどき象(かたち)夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき
              坪野哲久 『桜』
修行僧のやうなあなたと言はれつつ 道を説く こともせざりき
                 『火光』
やは肌のあつき血潮に触れも見でさびしからずや道を説く君
              与謝野晶子 『みだれ髪』
未生なる闇にわたしが蹴り殺す兄と思ひつ 今しゆきあふ
                 『火光』
逝かせし子と生まれ来る子と未生なる闇のいづくにすれちがひしか
              河野裕子 『ひるがほ』
メスのもとひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ
              中城ふみ子 『乳房喪失』

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2015年06月17日

真中朋久歌集 『火光』 (その3)

怒りつつ怒りしづめつつありし日の余燼に足をふみ入るるなかれ
死者のこと語りあひつつ互みには触れ得ざることもあるべし
死んだふりしてゐたる日々生きてゐるふりしてゐたる日々といづれ
生きなほすことはできぬをいくたびもひきもどされてゆくひとつ椅子
照りかげり夜には冷える岩壁のほろほろと風化してゆく速さ
とろとろとあふれてやまぬ走井(はしりゐ)にくちつけてをりきあつき走井
つきはなされおのづからながれにのるまでのひとときのことひとのひとよは
心からたのしむといふことあらず たのちまなかつたといふにもあらず
社宅跡に社宅は建たず発電用パネルならんで昼をはたらく
感情をおさへては駄目よ とめどなく沈みゆく感情であつても

2首目、同じ死者について語り合っていても誰とも共有できない部分がある。生者と死者の関わりは常に1対1のものなのだ。
4首目、自らの人生に思いを馳せるたびに、脳裏に浮かぶ原点のような場所。
5首目、激しい温度差によってぼろぼろと崩れていく岩壁は、記憶の風化をも表しているようだ。
6首目、8首目は性的なイメージを喚起する歌。
7首目、漢字で表記すれば「突き放され自ずから流れに乗るまでの一時のこと人の一生は」となろうか。命の大きな循環に乗るまで、あれこれもがくのが人生なのかもしれない。
9首目、かつては多くの社宅が立ち並んでいた場所。今はもう社宅の時代ではなく、太陽光発電の敷地として活用されている。

そう言えば、以前グンゼの企業城下町として栄えた綾部に行った時も、社宅が壊されたり、無人の寮が残っている光景を目にしたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/407813251.html

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2015年06月16日

真中朋久歌集 『火光』 (その2)

オロカなるをオロカなりといふオロカしさものいはぬことが賢にあらねど
東京にただよふごとくゐる父と思ひをらむか と思ひただよふ
遅くなつたり早くなつたりすることをくりかへしつつもうすぐ冬だ
谷あひに今しさし入る朝の陽のまぶしくて町の翳を深くす
杉山を越えて来たりし朝の陽は沼のおもての靄にふれたり
  大阪はほとんどがクマゼミ
大阪のあかときがたの蕭蕭と焼焼と やがてShoah、Shoahと思ひつ
アスファルト滲み流れたるごとき跡くろぐろとありバスが転回す
やがて殺すこころと思へばしばらくを明るませをり夜の水の辺
地下のつとめ地上のつとめこのさきも引き裂かれつつ生きてゆくべし
沖をゆくしろき船影この時間はほくれん丸か第二ほくれん丸か

2首目、家族の住む大阪と単身赴任の東京と半々の生活を送る作者。子どもたちの思い描く父親の姿を想像する。
3首目は日の長さのことだろうか。気が付けば冬が近づいている。
5首目は映像を見るような美しい歌。山の木々をかすめて伸びる光の線が、靄に当って乳白色に輝く。
6首目は東京と大阪の蝉の違いを詠んだ歌。「シャーシャー」という圧倒的な熊蝉の鳴き声から、音の連想を経て、ホロコーストの映画「Shoah」へと至る展開に驚かされる。
7首目、バスの終点にある転回場。目に浮かぶような描写である。
10首目、「ほくれん」は北海道の農業協同組合。歌集の別のところに「かの日々には沖に航路を離しゐし牛乳運搬船白き巨船(おほふね)」という歌がある。おそらく、それと同じ船なのだろう。原発事故の後しばらくは、陸地から離れた所を航行していたのだ。

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2015年06月15日

真中朋久歌集 『火光』 (その1)

著者 : 真中朋久
短歌研究社
発売日 : 2015

雪の日のみ屋根のしろさにそれと知れる山の中腹の寺か神社か
人間(じんかん)に生きてゆくほかあらざれば熊野熊吉酔ひて唄へる
慰留せしもされしもすでに退社してほとんど別の会社なり今は
娘(こ)と歩む春の林の数歩さきにがさがさと鳩は交接をしき
お忘れになりましたかと言ひながらうしろから肩にふれるてのひら
さんずいのかはとぞいひてまなうらにふなだまりある岸をゑがけり
旧街道ななめに入りふたたびを浅き角度にわかれゆきたり
子を連れて逢ひし夕ぐれ翳りたる表情は読まぬままにわかれき
望むままに行へとわれにいふ人よそのとほりすればこの世にゐない人よ
みづのなかをゆくここちして目をとぢる徐行にて過ぎる三河安城

2011年から2014年までに発表した516首を収めた第5歌集。
良い歌がたくさんあるので、何回かに分けて紹介を。

1首目、ふだんは目に付かない建物が、雪によって存在感をあらわにする。
2首目、「熊」という名前であっても、悲しい人間世界で生きていくしかないのだ。
5首目、誰かが忘れ物を拾ってくれた場面とも読めるし、「私のことを忘れたの?」という歌にも読める。
6首目、「河」という文字とともに記憶に浮かび上がってくる光景。
7首目、新しい道と旧道とがX字に交差しているのだろう。
9首目、最初「この世にゐない」は「この世に生まれてこなかった」と読んだのだが、そうではなくて「私に殺される」ということかもしれない。そう考えると怖い。
10首目、新幹線のおそらく「こだま」に乗っているところ。「みづ」「目を」「三河」のM音が心地良い。

2015年6月1日、短歌研究社、3000円。

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2015年06月11日

関川夏央著 『子規、最後の八年』


2011年に講談社から出た単行本の文庫化。
初出は「短歌研究」2007年1月号から2010年7月号。

35年の正岡子規の生涯の中から病床で過ごした8年間を取り上げて記した評伝。日清戦争への従軍からの帰りに船上で喀血した「明治二十八年」から始まり、一年ごとに章を区切って、子規の亡くなる「明治三十五年」までを描いている。

子規のことだけではなく、高浜虚子、河東碧梧桐、夏目漱石、伊藤左千夫、長塚節、秋山真之ら、子規と関わりの深かった人々についても詳しく記されており、明治という時代やそこに生きた人々の姿が浮き彫りにされている。

文庫で500ページを超える分量であるが、最後まで少しも飽きることがない。

散逸した蕪村句集を見つけるために子規が賞品を出した話の中で、著者は

杉田玄白の『蘭学事始』は明治初年、湯島の露店で叩き売られていたのを「発見」されたという「伝説」がある。

と書いている。そのように、明治になって新たに価値を見出されたものは、きっと多いのだろう。『梁塵秘抄』も明治の終わりに佐佐木信綱によって、古書店で「発見」されたのであった。

歌にも俳句の「座」を持ちこむ。会した面々が相互批評のうちに刺激を受けあい、その結果、歌のあらたなおもしろさが引出される、それが子規のもくろみであった。

これなどは、現在の歌会まで続いているものと言っていい。子規の残した功績をあらためて感じる一冊であった。

2015年4月15日、講談社文庫、950円。

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2015年06月01日

秋葉四郎編著 『茂吉幻の歌集『萬軍』』


副題は「戦争と斎藤茂吉」。

昭和20年に「決戦歌集」の一冊として八雲書店から刊行される予定だった斎藤茂吉の歌集『萬軍(ばんぐん)』。結局未完に終った『萬軍』の成立の経緯やその後を記すとともに、巻末に『萬軍』の茂吉自筆原稿の影印を収める。

『萬軍』は既に私家版と紅書房版(昭和63年)の2種類が世に流布している。著者は『萬軍』の全ての歌を検証し、自筆原稿とそれらの版との異動を明らかにしている。資料的にも価値の高い一冊と言っていいだろう。

『萬軍』と直接関係ないのだが、昭和17年2月号の「日の出」に掲載された「東條首相に捧ぐる歌」というものが載っている。8人の歌人が東條英樹に捧げた歌である。

東條首相にまうしていはく時宗のかのあら魂に豈おとらめや
                 斎藤茂吉
北の元(げん)撃ちしは北條驕米(けうべい)を東に屠る東條英機
                 逗子八郎
胆甕のごとき時宗か大日本背負ひて立てる東條英機
                 金子薫園

8人のうち実に3人が、東條英機を北条時宗になぞらえている。今から見ると奇異な印象を受けるのだが、おそらく当時は太平洋戦争と元寇を重ね合わせることが一般的に行われていたのだろう。

佐佐木信綱が太平洋戦争の開戦を詠んだ一首も、そういう文脈で読むと理解できる。

元寇の後(のち)六百六十年大いなる国難来る国難は来る
                 佐佐木信綱『黎明』

1281年の弘安の役から1941年の開戦まで660年という歌であるが、当時はこうした受け止め方に実感があったのだろう。

2012年8月28日、岩波書店、2100円。

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2015年05月19日

馬場あき子歌集 『記憶の森の時間』


2011年から2013年までの作品を収めた第25歌集。

萩の花咲きなだれをるところより家なれば入る低くくぐりて
ほつほつほつ北上川に雨の粒落ちてしづかに満ぱいとなる
竹輪の穴覗く遊びにみえるみえるといへば丹後の海までも見ゆ
忠一は婉曲にして鈍刀をよそほひて斬りしよ夜更けて痛し
予定なきひと日の晴れにうきうきとをりしが大根煮てをはりたり
赤うをの煮こぼれし目の白玉はさびしくもあるか口にふふみて
里山に蟹釣ることも忘れたる蟹釣草は穂孕みにけり
しら飯を二つの茶碗によそひつつ相対きて食ぶしら飯は愛
ははこ滝といふ名かすかに不幸の香ありて冷たき峡に落ちゆく
バーの隅でひとりで飲んでゐる吾れを憧れとしていまだ果さず

2首目、雨で水量の増えた北上川。「満ぱい」という表現がおもしろい。
4首目の「忠一」は武川忠一。懇親会などで言われた言葉が、その時は何とも思わなかったのに、家に帰ってきてから深く身に沁みたのだ。
5首目、「あれもやろう、これもやろう」と思っているうちに、いつしか終ってしまう一日。
7首目、かつて子どもたちはこの草を使ってサワガニを釣ったらしい。今ではそんな遊びをする子も少なくなってしまった。
9首目、「ははこ(母子)」に「不幸の香」を嗅ぎ取っているところが独特だ。早くに母を亡くした作者の思いが滲んでいる。

2015年3月25日、KADOKAWA、2400円。

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2015年05月10日

『明治短歌の河畔にて』の続き

明治期の和歌(短歌)否定論や改良論を読むと、歴史は繰り返すということがよくわかる。

甚だ無礼なる申分かは知らねども三十一文字や川柳等の如き鳴方にて能く鳴り尽すことの出来る思想は、線香烟花か流星(よばひぼし)位の思に過ぎざるべし、少しく連続したる思想、内にありて、鳴らんとするときは固より斯く簡短なる鳴方にて満足するものにあらず。
    『新体詩抄』(1882年)外山正一の序文

こうした論法は、戦後の第二芸術論においても見られたものであった。

三十一文字の短い抒情詩は、あまり社会の複雑な機構などを知らぬ、素朴な心が何か思いつめて歌い出るときに美しいが、年とともに世界を知ってくると、その複雑さをもこめての幅のあり、ひだのある、感動を歌うにはあまりに形が小さすぎ、何かを切りすてて歌わざるを得ない。
    桑原武夫「短歌の運命」(1947年)

また、荻野由之の和歌改良論の中には「有用」という言葉が出てくる。

サレバ今ノ事物二ヨリテ感動セシ情ハ、今ノ詞ニテ述ブベキ道理ナリ、此道理ヲ推考ヘテ、陋習ヲ破リ、新面目ヲ開クコトヲ勤ムベシ、サスレバ歌モ真ノ有用ノモノトナルナリ
    「小言」(1887年)

このあたり、文脈こそ多少違うが近藤芳美の文章を思い出さずにはいられない。

新しい歌とは何であろうか。それは今日有用の歌の事である。今日有用な歌とは何か。それは今日この現実に生きて居る人間自体を、そのままに打出し得る歌の事である。
    「新しき短歌の規定」(1947年)

歴史を知るということは、無味乾燥な過去を知るということではなく、常に今を知ることにつながっているわけだ。

霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに
さくら見に明日はつれてとちぎりおきて子はいねたるを雨ふりいでぬ
さわさわとわが釣りあげし小鱸(をすずき)のしろきあぎとに秋の風ふく

落合直文に良い歌が多くあることを知ったのも収穫であった。

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2015年05月09日

山田吉郎著 『明治短歌の河畔にて』

明治短歌の歴史を時代順に記述した本。歌誌「氷原」に2007年から2012年まで連載した文章が元になっている。

明治が四十五年という長い時間を包摂しているにもかかわらず、近代歌人の最初に取り上げられるのが落合直文や正岡子規、佐佐木信綱、与謝野鉄幹らであって、おおむね明治二十年代中頃以降に登場し活躍する歌人たちであることも気になった。

こうした問題意識を持つ著者は、八田知紀、近藤芳樹、黒田清綱、三条西季知、高崎正風、中島歌子、税所敦子ら旧派和歌の歌人や、開化新題和歌、『新体詩抄』、荻野由之の和歌改良論など、近代短歌が生まれるまでの流れを丁寧に見ていく。

これは非常に大事なことだ。こうした部分を省いてしまうと、明治の和歌(短歌)革新運動の本当の姿は見えてこない。

明治短歌の四十五年の歩みは近代的なモチーフと技法を確立する道程であったろうが、同時に和歌の伝統を常に確認しそこに立ちかえる指向をはらみつつ、展開していったとも言えるのではなかろうか。

明治の革新が常に伝統との関わりの中で進行した点を忘れてはならないのだろう。

2014年5月9日、短歌研究社、2500円。

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2015年05月02日

『斎藤茂吉言行』の続き

茂吉の発言からいくつか引く。
さすがに印象に残る名言をたくさん残している。

本は(著書)自分でみるのがいちばん愉快だね。ほめられようがけなされようが、それは第二義的で自分で気持がいいな。
芸術は枯淡のなんのといっても覇気がなくてはだめだよ。
歌を作るとそこ(首)がこるね。小芸術だなんていってもよほど力のいるものだな。
夕暮(前田氏)の門人の何とかいうのが、辞世を作るようじゃ死なないといったが、それはそうだ。死ぬようなときは辞世どころじゃないものね。
日記というのはあとで見るといいもんだね。兄貴が死んだ時のことなんか日記を見るとはっきり思い出す。もっとも僕らは歌が日記だが。
時が批判してくれるよ。時の批判というのは峻厳だからね。一世紀もたてばだいたいおちつくな。
歌は将棋のように勝負がはっきりしないが、それでも勝負がわかるもんだ。自分はとてもかなわないとおもったときに背すじに冷汗をながすようでなくてはならないもんだ。
歌は算術のようにきちんといってはつまらない。

まあ、この面白さは実際に読んでもらうしかないだろう。

『童馬山房随聞』(昭和5年〜16年)『斎藤茂吉言行』(昭和17年〜26年)の2冊は、『佐藤佐太郎集』(全8巻)では「茂吉随聞」という題でまとめられている。第7巻「茂吉随聞1」が昭和18年まで、第8巻「茂吉随聞2」が昭和19年以降という区切りになっているが、内容は同じものだ。

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2015年05月01日

佐藤佐太郎著 『斎藤茂吉言行』

佐藤佐太郎が師の斎藤茂吉の言動を書き留めたもの。昭和17年から26年までの記録で、『童馬山房随聞』の続きに当たる。

戦中から戦後にかけての茂吉の様々な苦労や、晩年の肉体的な衰えなどがよく伝わってきて、しんみりとした気分になる。

終わりの方にある昭和26年9月1日の記録。

私は新刊の「短歌入門ノオト」と「長塚節全歌集」とをさしあげた。先生は一冊ずつ手にとって開いたが、単に開いたというだけ。若夫人が飲物をもって来て、父は頭がぼんやりしているから何か要事があるなら私たちが聞くという。私には要事はなかった。

「私には要事はなかった」が何とも悲しい。もともと何の用事があるわけではないのだ。晩年は主に師の話相手になったり身体を揉んだりするために通っていたのである。

後記には

晩年になって、先生の健康が徐々におとろえ、頭脳が徐々におとろえてゆくのを見るのはいたいたしかった。(…)これ以上私などが先生を見てはならない。それは先生をけがすというものだ。そう思って昭和二十七年のある日をもって記録をうちきったのであった。

と記されている。

これは、後に秋葉四郎が『短歌清話 佐藤佐太郎随聞』の最後の記録(昭和61年12月28日)に

先生がじみじみと話すとき、言語があいまいになり、ほとんど理解できない。江畑氏が脳軟化症の特色だと後に言ったが、ひどくさびしい。病む先生をただ見守るのみの自身が殊更虚しい。もう私は歌人佐藤佐太郎の言行を記録してはならない。

と記して、記録を打ち切ったことへと遠くつながっている。
歴史は繰り返すと言うべきか、誰もが通る道と言うべきか。師弟関係の最も深い部分を見たような気がして、厳粛な気持ちになった。

1973年5月20日、角川書店、2400円。

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2015年04月30日

松村由利子歌集 『耳ふたひら』


石垣島へ移り住んでからの歌275首を収めた第4歌集。

パイナップル景気も遠い物語マンゴー農家が徐々に増えゆく
指笛を鳴らしつつ行く子どもあり豊年祭が近づいてくる
手土産のパウンドケーキ焼く午後の一回休みという幸もある
一度だけ雪が降ったという記憶島の古老の夢かもしれぬ
耳ふたひら海へ流しにゆく月夜 鯨のうたを聞かせんとして
カタツムリの殻を砕きて土に混ぜ器を焼きし頃の八重山
石は石を産むことあらず水底の沈思となりて冷えびえとあり
もっともっと産みたかったよ一年中花咲く島をずんずん歩く
落ちて来る最初の雨滴受けようと窪めるときの手のやわらかさ
集合写真に小さく円く穿たれた一人のような沖縄 今も

1首目、今はやりのマンゴーも、やがて「遠い物語」になってしまうのかもしれない。
3首目、「一回休み」という言葉をプラスの意味に転じたところがおもしろい。
4首目は美しい歌。実際にあったことなのか夢の話なのか、もはや確かめる術はない。
6首目、上句に生々しい手触りがあって印象に残る。
8首目、亜熱帯性気候の植物の繁茂する様子や、沖縄が都道府県別の出生率で一位であることなどを踏まえて読むといいのだろう。
10首目、基地問題などにおける沖縄の扱われ方。結句「今も」が、薩摩による侵攻、明治の琉球処分、戦後のアメリカによる統治といった歴史を思わせて、ずしりと重い。

沖縄の自然や暮らしを詠んだ歌が印象に残る一方で、社会問題を詠んだ歌にはやや深みが足りないように感じた。

2015年4月19日、書肆侃侃房「現代歌人シリーズ」、2000円。

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2015年04月21日

篠弘歌集 『日日炎炎』

2009年から2014年までの作品875首を収めた第9歌集。
1ページ4首組。

冬日さす珈琲カップの影のびて口閉ざしあふひとときもある
書棚より「論争史」抜きてまた戻す若書きの書がわれより生きむ
ペースメーカー賜りしより何か違ふどこか違ふと枇杷を剥きゐる
午後からの会のはじめに声出して己の声を確かめむとす
川ぞこの駐車場よりくちびるを舐めつつ冬の街に出できぬ
空きたりし壜を逆さに立て掛けて数滴を待つひとりの夜は
ワイパーの拭ひきれざるフロントの隈(くま)きしきしとわが手に磨く
もとめ得しものはなけれど古本に触れきたる手に珈琲をのむ
掠(かす)れくるボールペンの尖を火に炙(あぶ)り書き終へたりし冬の弔文
むらさきの満作の垣に片寄せてバックミラーに妻を待ちゐる

現代歌人協会理事長、日本文藝家協会理事長、詩歌文学館館長といった立場で詠まれた歌が多い。特に会議の場面を詠んだ歌の多さが特徴的だ。作者自身、あとがきで「会議社会に生きる自分が会議に重点をおくことは、むしろ現在では異例であろう」と記している。

2首目は古書店で自著『近代短歌論争史』を見ての感慨。20代から書き継いで、40代で刊行した著書である。自分の死後も、本の中で若き日の自分は生き続けるのだ。
3首目、ペースメーカーの調子が悪いわけではないのだが、どうも以前とは身体の感じが違うような気がするのだ。
5首目、地下駐車場から地上へ歩いて出てきたところ。「くちびるを舐めつつ」が冬の乾燥した空気を感じさせる。
8首目、神保町の古書店街を詠んだ歌も歌集には多い。満ち足りた気分が伝わってくる。
10首目、下句の簡潔な表現がいい。建物から出てくるのを待っているのだろう。

2014年11月30日、砂子屋書房、3000円。

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2015年04月14日

さいとうなおこ歌集 『キンポウゲ通信』

1984年に刊行された第一歌集の文庫化。
作者30代の作品297首が収められている。

子の指紋花びらのごと鏡面に乱るるを拭いて夜に対いぬ
言い負けて帰り来し子は弟にひどくやさしいものいいをする
凧の糸引きつつ駆ける少年は項(うなじ)に光るたてがみを持つ
夢の歌はもうつくるなと人言いき夢の中深くうなずきている
たんねんに定規使いて子が描く架空の町の駅の見取図
銀いろの煮干しとなりて身を曲げし魚は何れも小さき口開く
てのひらにきっかりかくれる顔を誰も持つと思いき泣きたるのちに
雨のなかワルツの楽におくれつつ移動図書館の来る水曜日
夜をこめてしずかに火山灰降れりあじさいの葉に山鳩の背に
春深く並木の葉かげ濃くなれり〈関硝子店〉の奥までみどり

1首目、子どもが鏡をべたべた触って遊んだのだろう。「花びらのごと」がいい。
2首目、兄と弟の心情や関わりがよく見えてくる歌。
5首目、「たんねんに定規使いて」に、真剣に取り組む姿が感じられる。
7首目は発想がおもしろい。掌の大きさ=顔の大きさ。
8首目、「楽におくれつつ」が、ゆっくりと進む車の感じをうまく表している。

あとがきの中に

近藤先生から何回か「夫や子供のことは捨てよ」と作歌上のご注意を受けたけれど、私はとうとう捨て切れずに今日まできてしまった。

とある。家族のことなど歌に詠むなということだろうか。その注意に従わなかったのが結果的に良かったのだと思う。近藤芳美という歌人の一面がよく窺える文章である。

2014年8月6日、現代短歌社第1歌集文庫、720円。

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2015年04月12日

阿木津英著 「妹・律の視点から―子規との葛藤が意味するもの」

同じく子規庵の販売所にて買い求めた冊子。
2002年の第一回「若葉の子規庵」での講演をまとめたものである。

『仰臥漫録』『病床六尺』に記されている子規の「女子教育」「家庭教育」論や、妹・律に対する不満などをもとに、当時の男女の扱われ方の違いや時代の変化を追っている。

ひとつの食卓を囲む家族のあり方が理想になるのは、今の挿絵で見ましたように、明治も終わりになってからのことで、当時「家庭の団欒」はたいへん新しい概念だったのです。

わたしには、子規と律の関係は、義経と弁慶という「同志」の関係にはまったく見えませんし、子規の罵り意味もたんなる当たり散らしには見えません。そこには、進歩的な「新しい男」子規に対する「古い女」律の抵抗、子規の家庭改革実践に対して笛吹けど踊らぬ律の抗いぶりが潜んでいると思われます。

わかりやすく、しかも興味深い内容で、当時の時代の姿がよく見えてくる。

2003年4月25日初版第一刷発行、2012年10月23日第四刷発行、500円、子規庵保存会。

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2015年04月11日

田井安曇著 「生きている子規―付香取秀眞という人」

2月に子規庵を訪れた際に買い求めた冊子。
2002年の「子規庵〈糸瓜忌〉」における講演を収めたものである。

若い頃に子規批判をしていたという著者が、やがて子規の面白さに目覚めていった経緯などが素直に語られている。

途中、根岸短歌会のメンバーであった香取秀眞に触れて

この頃出る本では香取秀眞という人は影がだんだん薄くなってきているんですが、これは僕らもそうなる可能性があるんで、今は一寸ずつ何かに書いてくれていますけれども三十年ぐらい経つと誰も何にも言ってくれなくて消えてしまうことがあるかも知れない。

と述べているのが印象に残る。この講演から十数年がたった今、香取秀眞の影はますます薄くなってきている。そして、昨年亡くなった田井さんとて、「三十年」というのはかなり希望的な観測だったのではないかという気がする。

講演の最後は

皆さんに最後の項の、
8 同時代人としての子規―現代短歌は子規を越えたか?
を宿題としてこれで終らせていただきます。

で終っている。時間切れというよりは、簡単には結論の出ない問題ということなのだろう。そして、この問いは今もなお有効であると思う。

2003年5月15日初版第一刷発行、2009年10月20日第二刷発行、500円、子規庵保存会。

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2015年04月09日

佐藤佐太郎著 『童馬山房随聞』

佐藤佐太郎が師の斎藤茂吉の言行を書き留めてまとめたもの。
昭和5年から16年までの記録となっている。

佐太郎の家に使いが来て茂吉宅に呼び出されたり、茂吉が佐太郎の勤め先の岩波書店に寄ったり、頻繁に子弟で行き来している。

茂吉の発言からいくつか。

芸術は何によらずひといろではおもしろくない。それだから意図をもって制作するということも否定できないが、これは不即不離で、ぜんぜんなければ平凡だし、出すぎてもいけない。
工夫するということが力量だからな。ポーズがあるの何のといっても、ポーズがないというのがひとつのポーズで、かえって臭気があるよ。
ぼっきしているときのような精神力がなくては芸術はだめですよ。
牧水の歌も晩年は力がなくなって、白湯を飲むようなもんだ。やはり中期がいい。年がとるほど良くなるとは限らないから歌はむずかしいんだな。
〈居れり〉というのはまちがいだよ。僕も使っているが、悪口をいわれても爆撃ができるか、それだけの用意がなければ使わない方がいい。
世の中の人というのは、論争を好まない人が多いけれども、ショウペンハウエルでもヘエゲルをやっつけた文章は炎を吐くようでいい。全集にあれがなければ精彩のないものだ。

「ぼっきしているときのような」「爆撃ができるか」「炎を吐くようでいい」といったあたり、いかにも茂吉という感じがする。とにかく読んでいて飽きない本だ。

1976年2月16日、岩波書店、1200円。

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2015年04月07日

大島史洋歌集 『ふくろう』

2009年から2014年までの作品約400首を収めた第12歌集。
「短歌研究」の連載(30首×8回)が中心になっている。

重箱の隅をつつくもさまざまにてその楽しさを吾は知りたる
顎出して目を閉じる猫 子ら三人(みたり)背を撫で尾を撫で頭を撫でる
藤野駅のホームの端に墓は見え幾人か供花(くげ)をたむけるところ
最後まで愛せし人ら集うなか身から出た錆と言う声はする
うつぶせにまたあおむけに寝てすごす掩体壕のごときわが部屋
昼寝する父と題して兄よりの写真がとどく夜半のメールに
語の意味を考え調べわからねば疲れ果ててぞ夢より覚めぬ
ふるさとに雪は降るとぞ死にそうで死ねない父を見舞いにゆかむ
橋行けば桜の花は足下に咲き満ちておりその奥の宴
江津湖へとそそぐ湧水ゆるやかな流れに黒き鯉をはぐくむ

2首目、一匹の猫を三人の子供が寄ってたかって撫でている。「顎出して」がうまい。
3首目は「塩尻まで」という連作のなかの歌。車窓から見た光景。
4首目は2009年に亡くなった歌人金井秋彦の葬儀の場面。「身から出た錆」に故人の人生を思う。
6首目、ふるさと中津川に住む父の介護をしている兄からのメール。「昼寝」と「夜半」とに、兄と弟の立場の違いが滲み出ているように感じる。
7首目、長らく辞典編纂の仕事をしてきた作者ならではの歌。退職した今も夢に出てくるのだろう。
9首目、「足元に咲き満ちて」が面白い。普段とは違う角度から見る桜。

2015年3月1日、短歌研究社、3000円。

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2015年04月03日

永田和宏著 『人生の節目で読んでほしい短歌』


「NHK短歌」のテキストに2年間にわたって「時の断面―あの日、あの時、あの一首」として連載された文章に書き下ろし原稿を加え、加筆修正してまとめたもの。

「恋の時間」「結婚」「出産」「退職」「介護の日々」「死をみつめて」など、人生の節目節目で詠まれた短歌200首以上を取り上げて、鑑賞をしている。

通勤の心かろがろ傷つかぬ合成皮革の鞄に詰めて
          松村由利子『薄荷色の朝に』

(…)この一首では第三句にある「傷つかぬ」がじつに微妙に、そして意味を危うく反転させるように上句と下句とを連結しています。読者は「通勤の心かろがろ傷つかぬ」と読み進みます。(…)ところが実は、第三句は四句以下を修飾する形容だったことが直後にわかるという構造をもっている。

なるほど、的確な読みだと思う。「傷つかぬ」のは「通勤の心」ではなく「合成皮革の鞄」だったと反転するところにポイントがあるのだ。

短歌の鑑賞だけにとどまらず、著者自身の人生についても随所で語られており、エッセイとしての面白さも味わうことができる。

2015年3月10日、NHK出版新書、820円。

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2015年03月30日

秋葉四郎著 『鑑賞・現代短歌四 佐藤佐太郎』


佐藤佐太郎の秀歌100首を選んで鑑賞文を付したもの。
あらためて良い歌が多いことに感じ入る。

山葵田(わさびだ)をやしなふ水は一谷(ひとたに)にさわがしきまで音ぞきこゆる
音たてて流るるみづに茂りたる山葵の葉群(はむら)やまず動きぬ
植ゑつけしばかりの山葵二株づつ石に敷かれて水になびかふ
山葵田のふる雨に人働きてわさびの香するところ過ぎゆく
白々と見ゆるわさびの長茎(ながくき)を背に負ひながら帰りゆく人

第3歌集『しろたへ』の「山葵田」15首より。

1首目の歌について、著者は

深閑と静まりかえった谷間の山葵田。そこには、山葵を養う清流が、「さわがしきまで」響くのだ。その音を言って、青々と茂った山葵田のいくつもをめぐる静寂と清澄な空気とを感じさせる。

と述べているが、まさにその通りだろう。
「やしなふ」という動詞の選びが良く、また「やしなふ水は」の「は」の使い方も絶妙だ。「山葵田をやしなふ水の音ぞきこゆる」とつながってしまってはダメなのだ。

著者が「山葵田」の一連を最初に読んだ時の感想として「こんなに清冽な世界が短歌によってかもし出されていることに感動した」と記しているのも、よくわかる。

1991年5月30日初版、2003年4月30日四刷、本阿弥書店、2000円。

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2015年03月24日

『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 下』の続き

印象に残った佐太郎の言葉をいくつか引く。

あなたたちの歌は皆上手いが、優等生の作文のようなところがあるんだな。何か一つ欠けているところがある。(…)それは何であるか。自分のことに裏打ちされた何かが一首一首の歌に入っていることが必要ですね。

あなた達も、私がやったように、自分で考えて自分で努力することが大事ですよ。自分で考えるという努力さえすれば、教えるという立場の側には不足はないんです。

私たちは事実を大切に思っているが、事実だからただ大事だと言って終わっていたらつまらんですよ。その中に何かがなくてはね。

斎藤茂吉はしきりに即席の歌会をした。時代も変わって、つまらないように思うかも知れないが、われわれは歌が好きなんだから、暇があったら、こういう歌会をした方がいい。

実際に、佐太郎はしばしば即席の歌会をしている。旅先での昼食後やバスでの移動の間など、少し時間があると何人かで歌会をしている。

世間ではよく老成といって年をとった方がだんだんよくなるように言うが、私はこの頃違うと思うようになった。あるところまでは伸びるが、それ以後はもう下り坂だ。

これに続いて「私なんかもう下り坂だ」と述べる佐太郎の姿は痛ましい。当時、佐太郎は74歳。常に向上を目指して努力してきた佐太郎の言葉であるだけに重く響く。

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2015年03月23日

秋葉四郎著 『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 下』


上下巻あわせて1050ページにのぼる本を読み終えてしまった。
もう佐太郎の声を聞くことができないと思うと寂しい限り。

下巻は昭和53年から昭和61年まで。

翌62年8月に佐太郎は亡くなるのだが、61年12月に入院中の佐太郎を見舞った際に「もう私は歌人佐藤佐太郎の言行を記録してはならない」と決断して、この随聞を終えている。

下巻のハイライトは、やはり昭和58年の連帯退会事件であろうか。この年、「歩道」の古い会員であった長澤一作、菅原峻、川島喜代詩、山内照夫、田中子之吉の5名が「歩道」を退会して新雑誌「運河」を創刊した。当初は「世間ではよくあること」と言って淡々と対応していた佐太郎であったが、やがて激怒することになる。

このあたりの経緯については、双方の言い分を聞いてみないと実際のところはわからない。著者も片方の当事者なので、すべて信用するわけにもいかないだろう。

ちょうど「現代短歌」4月号に「運河」の山谷英雄が長澤一作について書いている文章があったので、あわせて読んでみる。

長澤一作の短歌における最も大きな事件は、先ず師の佐藤佐太郎を得たことであり、また次にはその師と別れなければならなかったことである。

山谷はこのように記した上で、長澤が「終生師を敬い歌と歌論に学び続けた」と結論づけている。このあたり、自分なりにもう少し調べて考えてみたいところだ。

2009年9月27日、角川書店、2857円。

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2015年03月18日

『噴水塔』の続き

いい日だぜ「ぜ」をあやつって若枝のわが二十代とおく輝く

これは、加藤治郎の第1歌集『サニー・サイド・アップ』に収められている

マガジンをまるめて歩くいい日だぜ ときおりぽんと股(もも)で鳴らして

を踏まえた一首。軽やかな口語を駆使して明るい歌を詠んでいた若き日を振り返っているのだ。この二首の間に約30年の歳月の隔たりがある。

歌集には他にも先行する作品を踏まえたと思われる歌がいくつかある。

青茄子の四、五本朽ちて居たりけりこの路を行く昭和の男
                   『噴水塔』
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程もなき歩みなりけり
                   斎藤茂吉
平凡にインフルエンザに罹りけりたのみのつなのタミフル十錠
                   『噴水塔』
歌人おおほかた虚空にあそぶ青葉どきたのみの綱の佐佐木幸綱
                   塚本邦雄
代々木野の五輪会場うす闇に馬のまなこはきらめきにけり
                   『噴水塔』
しんしんと雪ふるなかにたたずめる馬の眼はまたたきにけり
                   斎藤茂吉

こんなふうに連想しながら読んでいくのも愉しい。

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2015年03月17日

加藤治郎歌集 『噴水塔』

著者 : 加藤治郎
KADOKAWA/角川学芸出版
発売日 : 2015-02-28

第9歌集。2012年から14年までの作品350首を収める。

滝の水、音を離れて落ちにけり飛沫をあびるこの天地(あめつち)に
年齢差は縮まらないということをランプシェードの埃が落ちる
水仙のひややかにしてまよなかのひかりのなかにあなたはひらく
暗い緑の路面電車がやって来る寺山修司七十八歳
黒犬は舌をたらして居たりけり最終バスの発車のあとに
荒野には一本の道あらあらと3七銀は猟犬のごとし
濡れた髪きりきり絞るゆびさきの静かな冬よゆりかもめ飛ぶ
夜よりも朝は甘くてささやきの羽根はふたりの耳を行き交う
ゆるされてあなたの肌を舐めているときおり跳ねるあなたの肌を
腕時計つけて寝ていたちちのみの父の歳月ゆるやかに去る

2首目、上句の思いと下句の景の取り合わせに味がある。
3首目、「ひややか」「ひかり」「ひらく」の「ひ」の音、「ひややか」「まよなか」「なか」の「か」の音、「まよなか」「なか」「あなた」の「な」の音が響き合う。
6首目は将棋の矢倉3七銀戦法を踏まえた歌。
8首目は一夜をともにした男女の朝の様子で、「ささやきの羽根」が美しい。
10首目、父の挽歌の中の一首。「腕時計つけて寝ていた」に父の性格がよく表れている。

2015年1月28日、角川学芸出版、2500円。

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2015年03月13日

『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 上』の続き

本書の一番の読みどころは、やはり短歌に関して佐太郎が語っているところだろう。印象に残る言葉がたくさんある。

歌の批評には敬語を一切使わないのがいい。内容をずばずば批評し合うのがいいね、歌を批評し合う会なのだから。

道徳的でないことを仮にするとする。人間だからあり得る。その人がそういう歌を作っても、歌として良くさえあればいい。

よい歌が選ばれず、悪い歌が採られるようであれば結社の歌は駄目になる。

人生をいきてゆく間には実際、苦しいことも悲しいこともある。しかし、短歌を作ることによってそういう苦しみ、悲しみも一つの味わいとして受けとることができる。

歌は君、言い方だからね。どう言うかで決まる。見たところはみな同じなんだから。

一つ一つ、なるほどと頷きながら読んだ。

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2015年03月12日

秋葉四郎著 『短歌清話 佐藤佐太郎随聞 上』


秋葉四郎さんが、師の佐藤佐太郎の言行について日録風に記したもの。上巻は昭和45年から52年まで。

上下巻各500ページにも及ぶ分厚い本だが、すこぶる面白い。夢中になって読んでしまう。もっとも、佐太郎に興味がない人には少しも面白くないに違いない。

佐太郎が斎藤茂吉について『童馬山房随聞』を記したように、かつては弟子が師に付き随って、その言行を書き止めておくというスタイルがよく見られた。「随聞」という言葉を調べると、古くは鎌倉時代に懐奘が師の道元について記した『正法眼蔵随聞記』にまで行き着く。

そう言えば、「論語」にしても「聖書」にしても「コーラン」にしても、孔子やイエスやムハンマドが直接書いたわけではなく、弟子たちが師の言行を書き残したものだ。つまり、こうしたスタイルは時代を超えて普遍的な意味を持っているのだろう。

本書を読んで驚かされるのは、師弟の関わりの濃密さである。月に何度も佐太郎の家に通っては、部屋の整理や庭木の手入れ、車の運転、孫の勉強の相手など、様々な用事をしている。もちろん短歌の指導も受けているのだが、感覚としては「内弟子」に近い。

そうした関係は時代遅れだと思う一方で、その濃密さを羨ましく思ったりもする。

2009年9月27日、角川書店、2857円。

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2015年03月05日

『新・百人一首』の続き

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
               河野裕子『桜森』

について、解説で穂村弘は

「近江」とは琵琶湖を指す。

と記している。ここは解釈の割れるところで、河野自身は

この歌で私は、「近江」を、ひらがなで「あふみ」とは書きたくなかった。必ず「近江」でなければならなかった。「近江」を琵琶湖と読まれたくなかったからである。(『どこでもないところで』)

と述べている。「あふみ」と書くと「淡海=琵琶湖」をイメージさせてしまう。それを避けて、「真水」=琵琶湖、「昏き器」=近江(旧・滋賀県)という意図で詠んだということだ。近江という土地や風土に対する心寄せの歌である。

もちろん作者の自注に随う必要はない。『現代秀歌』の中で永田和宏は

文字通り読めば、近江という器が琵琶湖の水を抱えていると読むべきなのだろうが、イメージとして「昏き器」を琵琶湖と読んでしまうのもわからなくはない。作者自身は、先の読みにこだわっていたが、いまや器=琵琶湖の読みも許しておいていいような気がする。

と書く。たぶん、それで良いのだろう。

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2015年03月04日

岡井隆・馬場あき子・永田和宏・穂村弘選 『新・百人一首』


副題は「近現代短歌ベスト100」。

明治天皇、落合直文、伊藤左千夫から俵万智、穂村弘にいたるまで、近現代の歌人100名の歌が生年順に収められている。初出は「文藝春秋」2013年1月号。その時も読んだのだが、あらためて読む。

かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり
             高安国世『Vorfruhling』

について、解説で岡井隆は

作者は進学志望を医師から文科(ドイツ文学)へと変えた時の心理が背景にあるというが、それはこの一首にとってどうでもよい。

と書いている。「どうでもよい」と言い切るのはすごいなあ、と思って読む。この歌は歌集では長い詞書が付いているので作歌の背景は明確なのだが、そうした個別の事情を超えたところに普遍性を獲得しているということだろう。

2013年3月20日、文春新書、880円。

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2015年03月02日

『どこでもないところで』の続き

「この世のほか」という短い文章がある。

この世とあの世ということを年来考えている。数年前、松村正直に「あの世ってあるんやろうか」と振り向いて訊くと「あると思いたいんじゃないでしょうか」とまことに明快に答えた。その通りだとわたしも思う。あの世は無いと思う。

このやり取りのことはよく覚えている。
河野さんの癌の再発前の話だ。

「あの世は無いと思う」と本当に思っているならば、「あの世ってあるんやろうか」と訊くはずもない。あの時、もっと違う答え方はできなかったんだろうかと、時々考えることがある。

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2015年03月01日

河野裕子著 『どこでもないところで』


河野裕子エッセイ・コレクション3。

軽いエッセイのほかに、正岡子規、与謝野晶子、岡本かの子、馬場あき子、西行などを論じた評論も収められている。

印象に残るのは、河野さんの歌作りに関する話。

原稿依頼があった時、依頼された歌数の十倍の歌を作ることを自分に課している。
歌は理屈で作るものではなく、気合いで作るものだという一面があって、そういう時は、勢い、身体の方が先にことばをつかんでしまう。
歌を作りつづけているあいだに、自分のなかにあった、自分でも気がつかなかったものが現れてきて、驚くことがしばしばある。

河野さんの文章は、生身の河野さんの息遣いを強く感じさせる。

2014年10月25日、中央公論新社、1850円。

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2015年02月27日

坂野信彦歌集 『銀河系』

1982年刊行の第1歌集。
表紙には宇宙の写真とともに「THE VIA LACTEA」と書かれている。
VIA LACTEA はラテン語で銀河(天の川)のこと。

全体が1部と2部に分かれていて、各125首、計250首を収める。
小題などはなく、1ページ2首の歌がずっと続いている。

しだれ柳そのしたかげに蝶ひとつ入りゆきしのち時ながれたり
水底にくらくわがかげゆらぎをり蛙およぎのかたちのままに
くさはらの二ほんのレール月の夜はつきのひかりをはなつふたすぢ
しらじらと力士らの肉たゆたふをテレビはうつすひとなき部屋に
トンネルに入りゆくたびにひとのてのあぶらはしろく車窓にうかぶ
数億のわれの精子をはらみたる腹部にしろくつきあかりさす
あゆみよるある地点にてみづたまりふいに金属的にひかれり
まひるベンチにひとねむれるをしよくぶつのぎざぎざの影がをりをり襲ふ
ねしづまる深夜の都市を二分してものおともなく運河はくだる
もうろうとわれはねむりにおちてゆく足のみとほく街路をたどる
ジンに浮く氷のかけら小半時この世のひかりうつして溶けぬ
わが死後の月のぼれどもうしなひし意識はとはによみがへるなし

ひらがなを多用した表記が特徴的。
物や自分の存在を見つめるような歌が多い。

2首目、ゆらゆらと歪んで映っている影の形。
4首目、相撲中継を映しているテレビ。「肉たゆたふ」が巧い。
5首目は暗くなった車窓に映る手の脂。外が明るい時は見えない。
7首目、「ある地点」の一瞬の光景を詠んでいる。それより手前でも先でもこうはならない。
8首目、風に揺れる草木の影が人に被さってくる様子を「襲ふ」と表現した。
11首目、バーのカウンターを思い浮かべた。溶けてなくなった氷を詠んだ歌である。人間の一生もあるいはこんな感じなのかも・・・などと思う。

栞(北川豊)には

坂野信彦は正真正銘の一匹狼である。学生時代に「コスモス」で新人賞までとった彼が、どのようにして一匹狼となったのか、そのいきさつはつまびらかでない。しかしとにかく坂野は、目下どの結社にも属さず、作歌仲間ももたず、おまけに三十五歳で独身、なのだ。

とある。

その後の経歴もかなりユニークだ。歌人としては、第2歌集『かつて地球に』(1988年)、評論集『深層短歌宣言』(1990年)、第3歌集『まほら』(1991年)を出版しており、さらに、学者、大学教授、詩人、自然哲学者として幅広いジャンルにわたって活動を続けている。

1982年7月10日、雁書館、2000円。

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2015年02月22日

復本一郎著 『歌よみ人 正岡子規』


副題は「病ひに死なじ歌に死ぬとも」。

正岡子規の生涯を歌人としての側面に焦点を当てて描き出した評伝。先日子規庵を訪れたところなので、その流れで手に取った本である。

従来、あまりにも俳人子規に集中して子規が論じられる傾向にあったように思われる。そこで、本書では、「歌よみ人」子規に照準を合わせて述べてみた。

と、あとがきにある。俳人でもある著者にこう書かれてしまうのは、歌人の側からすると少し悔しい。

子規を論じる中で数多くの資料が引用されているのだが、興味深い内容のものがいくつもある。

歌よみに数派あり。真淵派といひ、景樹派といひ、なにの派といひ、くれの派といひ、各(おのおの)好むところを以て、相争ふがごとし。そは甚だいはれなき事といふべし。真淵翁の歌といへども、よきもあらむ。あしきもあらむ。また景樹翁の歌といへども、たくみなるもあらむ。つたなきもあらむ。よきはよく、あしきハあしく、巧みなるハたくみに、つたなきは拙きなり。

落合直文『新撰歌典』の文章。流派や歌人を問わず、良いものは良い、悪いものは悪いという明快な姿勢が気持ちいい。現代においても当て嵌まる内容だろう。

そこで自分は歌に就て教を受けたいのであるといふと、先生は暫く黙して居つたが、いくらでも作るがいゝのですといつて、また程経て、作つて居るうちに悪い方へ向つて居るとそれがいつか厭になつて来るのです、悪いことであつたら屹度厭になつて仕舞ふのです、といふやうなことを話された。

これは、長塚節が初めて子規庵を訪れた時のことを記したもの。歌作りの方向性について迷った時、良い指針になる言葉だと思う。

2014年2月18日、岩波現代全書、2300円。

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2015年02月17日

なだいなだ著 『江戸狂歌』


1986年に岩波書店から刊行された単行本の文庫化。
狂歌を通じて見た日本人論といった内容となっている。

登場するのは蜀山人(四方赤良)、唐衣橘州、朱楽菅江、元木網、智恵内子、節松嫁嫁、宿屋飯盛、鹿都部真顔といった作者。最初は小さな同人誌的なグループから始まった江戸狂歌が、天明期に出版業と結び付いて大流行を見せ、やがて政治的な圧力を受けるまでに至る経過が記されている。

ぼくは昔の文学作品が、すべて文語文で書かれていたと考えるのは、少しはやとちりであったことに気がついた。(…)同じ時代に詠まれたものであれ、短歌はより文語的であり、狂歌はより口語的だったのだ。

こうした指摘は、短歌史を考える上でも大事な点だろう。「短歌往来」3月号のアンケートでも安田純生が吉岡生夫著『狂歌逍遥』を取り上げて

狂歌(とりわけ近世上方の狂歌)は、従来、歌人たちに、あまり読まれて来なかったのではないか。あまり読まれずに、卑俗なものとして遠ざけられて来たようにも思える。しかし、近代短歌の成立を考えるとき、狂歌は無視できないのであって、その意味でも、こういった書物の刊行はありがたいことである。

と記している。「和歌から近代短歌」という流れのほかに、「狂歌から近代短歌」という流れがあったのだ。

ただし、安田や吉岡が再評価を目指しているのは上方の狂歌であって、「天明狂歌」と呼ばれる江戸狂歌ではない。現在では狂歌と言えば天明狂歌の滑稽・諧謔・風刺といったイメージばかりが強いので、近代短歌とのつながりが見えにくくなってしまっている。

1997年3月14日、岩波同時代ライブラリー、900円。

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2015年02月15日

花山周子歌集 『風とマルス』


2007年から2010年までの作品482首を収めた第2歌集。

鉛筆の味を知ってるわが舌が感じる黒い顔のデッサン
背中に広く空感じつつ渡りゆく橋なればわが歩幅は広し
ぶらさがり続ける力習得しオランウータンは森に帰還す
歯磨きはもう飽きたからやめようか、というふうにいかない人の営み
君に贈る青いビー玉ぼんやりと手に乗せしのちわがものとせり
夕空はひらたくなって嘘泣きの子供の声が節(ふし)おびていく
空間が減った気がする公園はジャングルジムが取り払われて
顔だけが出ている。顔が寒いなり。関東平野は北西の風
マンホールの蓋にたまった昨夜(きぞ)の雨カラスは黒い脚に飛び越す
小学校集合写真に誰よりもわれに似ている子のわれが居る

2首目、橋を渡る時の、普通の道を歩いている時とは違うちょっと特別な感じがうまく出ている。
3首目は親がいなくなったり怪我をしたりして保護されたオランウータンなのだろう。「習得」「帰還」という漢語を入れてくるところが個性的だ。
5首目は思わず笑ってしまう。君に贈るはずではなかったのか。
7首目、空間が広がったはずなのに「減った気がする」ところがいい。空間が何重にも積み重なったようなジャングルジムの立体感が彷彿とする。
10首目は当り前の話なのだが、不思議に心に残る。「子のわれ」との距離感がおもしろい。

2014年11月3日、青磁社、2500円。

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2015年02月02日

『「よむ」ことの近代』の続き

『「よむ」ことの近代』は現代と関わりのない時代のことを扱っているのではない。そこに取り上げられている内容は、現在の短歌のさまざまな問題と深くつながっている。いくつか例を挙げてみよう。

まずは第4章「「旧派」の行方」から。

各地方の歌会に出席して見るに大方は六七十歳以上の老人のみなり老人の歌よみ敢て排斥するにあらず大に歓迎する所なれど歌其物は社会と相対して離るべからざるものなれば老人百名寄つどふ席の半面には青年が三四百名位の割合に列すべきは最も意義ある歌の会なるべく

歌会参加者の高齢化を述べるこの文章は、旧派和歌の歌人が多く参加した大日本歌道奨励会の機関紙「わか竹」1922年7月号に載ったもの。現在の結社の高齢化の問題とも重なり合う話であろう。

続いて第10章「誰が「ヒロシマ」を詠みうるか?」から。

実際この歌集が私たちに与える感動は、身を以て原爆を体験することもなく、ただ遠く外から眺めて筆を走らせた作家たちの作品とは根本的に違って、つぶさに惨苦をなめ、更に九箇年の長きに亙って死生の間を生きながらえて来た広島市民の声といってよかろう。

これは、1954年刊行の合同歌集『広島』の序に記された長田新のコメントである。ここには東日本大震災の震災詠をめぐって問題になった「当事者かどうか」といった観点が既に表れている。

著者の松澤はこれに対して、

ここで『広島』の作品は、身をもって原爆を体験した人々の「声」として長田に認知され、収録作品の真正性にお墨付きが与えられている。しかし裏返せば、それは「遠く外から眺めて筆を走らせた作家」たち、つまり原爆を体験せず、それを詠うものに口をつぐませる言辞でもあった。

と記す。これは非常に鋭い指摘だと思う。
「口をつぐませる言辞」というものは、東日本大震災の時にもたびたび繰り返されたのである。

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2015年01月30日

松澤俊二著 『「よむ」ことの近代』


「越境する近代」シリーズの11冊目。
副題は「和歌・短歌の政治学」。

明治期の国民国家の形成に和歌や短歌がどのように関わり、天皇と人々をどのように政治的に結び付けていったのかというテーマのもと、序章+10章の論文が収められている。

天皇巡幸、御製、大日本歌道奨励会、心理学、題詠、和歌革新、自己表現、愛国百人一首、ヒロシマなど、取り上げている内容は幅広いが、大きな流れのもとにまとまっているので、著者の関心や主張はわかりやすい。

本書は「新」「旧」両派の断絶よりも、それらがネイション・ビルディングに果たした役割に注目し、その連続性に留意して記述している。

というスタンスは、私の興味ともつながっていて、教えられることがたくさんあった。特に御歌所長の高崎正風の果たした役割の大きさや旧派和歌のその後について知ることができたのは良かった。また、福沢諭吉『学問のすすめ』や坪内逍遥『小説神髄』に和歌・短歌否定論が含まれていることも、和歌革新の前提として踏まえておくべき事実であろう。

歌人と研究者との交流は現在あまり活発ではないが、今後深まっていく必要がある。そのためにも、多くの歌人にこの本を読んでほしいと思う。単に過去のことを論じている本ではない。まさに現在の短歌の問題に深く関わってくる内容なのである。

2014年12月26日、青弓社、3400円。

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2015年01月29日

日高堯子歌集 『振りむく人』

2009年から2014年5月までの490首を収めた第8歌集。

影絵のやうに老父母うごく晩秋の日ざししづけしわれも入りゆく
頭(づ)の中に少女の自分がゐるらしきふしぎな顔の今日の母なり
蝶は昼 草間の水をのみながらするどく光る尿を放てり
うす張りの夏の昼月しらじらと昼寝(ひるい)の父の眉毛はながし
屏風ヶ浦にならびて風をまはしゐる風車はさびし白鳥よりも
蜂蜜漬け胡桃の瓶にしづもれる万の翅音をふかぶかと舐む
水琴窟のやうなる音が胸たたくあなたなのかと問へばまた消ゆ
新米の炊きたてご飯のきらきらをむすべどむすべど昔はむかし
なつかしいものみな失せぬとわらふ母秋の日ことばあそびをすれば
わが貼りしバンドエイド腕につけしまま父はこの世を離(か)れゆきにけり

90歳になる母、100歳になる父を詠んだ歌が歌集の中心となっており、また2011年の東日本大震災も大きく扱われている。全体にゆったりとした時間が流れている歌集だ。

1首目、年老いた両親の静かでゆっくりとした動き。時間の流れる早さが家の外とは違う。
3首目は蝶の尿を詠んだ何とも繊細な歌。きらきら光っている。
5首目は牧水の「白鳥は哀しからずや」を踏まえるか。
6首目、蜂蜜に「万の翅音」を感じ取っているところが良い。
7首目、胸に澄んだ音を立てては消える音。そこに「あなた」の姿を思い浮かべている。
10首目、「バンドエイド」が寂しさでもあり、わずかな救いでもあるようだ。

2014年9月23日、砂子屋書房、3000円。

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2015年01月25日

佐佐木幸綱歌集 『ほろほろとろとろ』

2010年から2012年までの作品497首を収めた第16歌集。
全体が3章に分かれていて、さらに「欧羅巴一〇〇首」「欧羅巴五〇首」が入っている。

春の雨に一夜濡れたる石垣のほとりに「登ってはいけません」の札
バイオリンを弾く人ときに目を開けてまた目を閉じる水の中のように
息子とは見るものが違い朝雲のバックミラーを俺は動かす
掌(て)の上に川をながして小さなる筏の行方見ている目つき
釈放されVサインする中国人船長が映る肥えたる妻と
東京湾の底を流るる川のこと言いつつ握る旬の穴子を
二子玉川駅舎をするり低く飛び燕(つばくら)は人の貌を吊り上ぐ
スープ皿の韮のみどりの鮮しさ みどりは動く雷(らい)のひびきに
大いなる氷河をゆったりと抱く力 山のエロスが主語としてある
マルセイユの地下鉄駅の壁の絵の地下鉄 地下鉄が来ればみえない

1首目には「松山城にて」という詞書が付いている。古い石垣と現代的な注意書きの取り合わせ。
3首目は、息子さんと同じ車を運転しているのだろう。バックミラーの角度を調節し直しているところ。
4首目は「終点までケータイを押し・・・」という歌が次にあるので、おそらく携帯電話を詠んだ歌なのだろう。でも、それがわからなくても十分に味わいのある歌だ。
7首目は結句の「貌を吊り上ぐ」で歌が決まった。燕の動きに引っ張られるように視線を上げる人々。
9首目はモンブランの麓にある町「シャモニー」での歌。大柄な詠いぶりが魅力的だ。

あとがきに「この歌集ぐらいから、私の短歌には、自然体、あるがままの表現が多くなったように感じる」とある通り、あまり技巧を凝らさない素直な歌が多い。作者の代名詞でもあった「男歌」らしさも、随分と薄れたように思う。それは年齢のせいなのか、時代のせいなのか、あるいは何らかの短歌観の変化があったのか。そのあたりを知りたい。

2014年12月5日、砂子屋書房、3000円。

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2015年01月21日

沙羅みなみ歌集 『日時計』

ご紹介がすっかり遅くなってしまいましたが。

ほんとうはどちらが少し正しいの?羊の柩/柩の羊
月かげに蒼く照らされ横たわるわたしのいない私の体
銀色の一日に倦んだ貴婦人の巻き毛のようなパスタを茹でる
急速にかたむいてゆく傾きのかたむくままに傾かせつつ
揺らされているというより揺れている枝だと気づくゆりの木の下
話さないけど話してたでも今は話すけど何も話していない
本当はわたくしだったかもしれぬ子どもに出会うこども外来
ゆるやかに時間の影は延びゆきてゆりのき通りを西へと下る
断りの手紙を綴り終わりたり日の入りにまだ少し早くて
いつもいつも正しく帰りくる鳩に「迷っておいで」と耳打ちをせり

肯定と否定、右と左の間を詠むような心理詠が多く、非常に個性的な作風。逆説的な表現や箴言風の言い回しがしばしば用いられている。

語彙の面では、「消える」「忘れる」「失う」「なくす」「去る」といった動詞や「これ」「その」「そんな」「あの」「この」「そこ」「あちら」などの指示語が多い。巻頭と巻末の歌の対応が鮮やかであった。

2014年1月17日、青磁社、2500円。

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2015年01月07日

小高賢歌集 『秋の茱萸坂』

昨年2月に亡くなった作者の第9歌集。2010年から14年までの作品660首を収める。小高が生前に構成を終えていた4章484首に、その後の176首を加えて一冊としたもの。

咲くときは一緒になどと息ひそめ待っているらしさくらの姉妹
浜ちゃん顔と寅さん顔が並びあい日暮里すぎて浜ちゃん降りる
ショートケーキ慰問袋のようにもち「ご無沙汰」と子が居間に入り来る
気色ばむごとなくなりて唐紙をしずかに閉めてわれは出でゆく
ガス室にいもうと三人運ばれてカフカ一家の血はそこに絶ゆ
段ボール箱に入ればうれしくてたちまち眠るこの三歳児
こういう日は奈良にゆきたしひとすじに菊の香のぼる秋日和なり
さまざまな一生(ひとよ)のひとつガラス越しの永久保存という焉り方
清流のごとく日は入り乳飲み子はふと微笑みぬ秋の車内に
敵を置き味方をなげく二分法ながく戦後の脊梁として

1首目は冬の桜の可愛らしい蕾を詠んだ歌。
2首目は「釣りバカ日誌」の浜ちゃん(西田敏行)と「男はつらいよ」の寅さん(渥美清)。
5首目、カフカの三人の妹はナチスの強制収容所で亡くなっている。カフカも長生きしていれば同じ運命をたどったかもしれない。
6首目、狭い箱などに入る猫の話はよく聞くが、これは人間の三歳児。
8首目はレーニンや毛沢東の遺体のことだろう。保存処理が施されて今も残っている。
9首目、何でもないけれど好きな歌。「秋の」がよく効いている。

2014年11月10日、砂子屋書房、3000円。

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2015年01月04日

永田和宏著 『現代秀歌』


2013年に刊行された『近代秀歌』の姉妹篇。
「『近代秀歌』でとりあげた以降」の「一九七〇年までの生まれ」の100名の歌人の100首を取り上げて解説・鑑賞をしている。

全体が「青春」「新しい表現を求めて」「旅」「病と死」など10章に分かれているが、各章の歌のならびはランダムではなく、ゆるやかな流れに沿って読めるようになっている。例えば、

三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや
                    山中智恵子
まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ
                    水原紫苑
なべてものの生まるるときのなまぐささに月はのぼりくる麦畑のうへ
                    真鍋美恵子

といった感じである。読み物としても楽しめるように工夫された構成だ。
また、歌の鑑賞だけではなく、永田の短歌観や短歌論が随所に表れているのも本書の読みどころだろう。

ようやく梅内たちの世代になって、第二芸術論の呪縛から解き放たれ、歌を作っていることを堂々と言えるような風潮のなかで作歌が可能になったのかもしれない。
思い出は常に、日常の〈具体〉とリンクして顕ち現われる。
歌は意味が通っていることも大切だが、意味だけで終ってしまっては、詩としての味わいも、奥行きも、幅もすべて失われてしまうものだ。
歌を読むとはそういうことである。一首の歌を読むことによって、それまでとは違った自然との向かい合いが生まれるのである。

ただし、前著『近代秀歌』に比べると、文章はやや伸びやかさに欠けるような印象を受ける。『近代秀歌』が故人を対象としていたのに対して、『現代秀歌』は約半数が存命の歌人なので、好き放題に書くわけにもいかなかったのかもしれない。

2014年10月21日、岩波新書、840円。

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2014年12月27日

本田一弘歌集 『磐梯』

著者 : 本田一弘
青磁社
発売日 : 2014-12-11

平成22年から26年夏までの作品311首を収めた第三歌集。
文語定型を守りつつ、会津の風土を詠んだ歌柄の大きな作品が多い。
連作一つ一つの歌数も多く、骨太な印象になっている。

平成23年の東日本大震災と原発事故は福島の人々の暮らしに大きな被害と影響をもたらした。平成25年に亡くなった佐藤祐禎氏への挽歌をも含めて、震災と原発に関する歌がこの歌集の根幹と言っていい。歌数の311首も、3・11を意味しているのだと思う。

いづこにか雨にぬれたる猫がゐる闇やはらかく猫になりゆく
磐梯は磐のかけはし 澄みとほる秋の空気を吸ひにのぼらむ
避難所のおほいなる闇 百三十の寝息のひくくひくくみちたる
さくら花たたふる夜の黒髪をくしけづりゆくつくよみをとこ
福島を切り分くる線 幾十度いくそたび変へられてゆかむか
やはらかく前に後ろに揺られゆく秋のひかりをぶらんこといふ
のどけしな磐梯の田は田植機をあまた侍らせ昼寝をしたる
線量は毎時六・五マイクロシーベルト 防護服着て墓洗ふ人
木偏に冬、くさかんむりに冬と書く歌人ふたりの歌を思ひき
昨夜よりの雨止みにけりテニスコートに雀の貌を映す水あり

2首目は地元の会津磐梯山を詠んだ歌。活火山の荒々しさを秘め持つ山を歩いて、天へと登っていくような清々しさを感じさせる。
4首目は、満開の夜桜に射す月の光を男女の関係に喩えている。
6首目、揺れているのが「秋のひかり」なのだという目の付けどころがいい。
9首目は小泉苳三と宮柊二のこと。ともに日中戦争に従軍して『山西前線』『山西省』という歌集を残している。

2014年11月1日、青磁社、2500円。

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2014年12月01日

さらに『佐太郎秀歌私見』のつづき

難癖を付けるようで申し訳ないのだが、読んでいろいろと言いたくなるのは良い本の証だと思っているので、もう少しだけ。

いのちある物のあはれは限りなし光のごとき色をもつ魚

第7歌集『群丘』のこの歌について、尾崎は

「魚」の題で、「(下関水族館、江ノ島水族館)」の詞書が添えてあるが、この一首はおそらく江ノ島水族館であろう。

と記している。けれども、なぜ「おそらく江ノ島水族館であろう」と推定しているのか、その根拠は記されていない。

歌集の中では「魚(下関水族館、江ノ島水族館)」と題して5首が掲載されている。別々の水族館で詠んだ歌を「魚」という観点でまとめているところが、佐太郎ならではのユニークなところだ。

この歌については、実は佐太郎自身が随筆集『枇杷の花』の中で触れている。

昭和三十一年に下関の水族館を見、それから江ノ島の水族館を見た。両方の材料をもとにして「魚」の歌をいくつか作った。そのなかに「いのちある物のあはれは限りなし光のごとき色をもつ魚」という一首がある。これは下関で見た鯛が素因になって出来た歌である。

どちらの水族館であっても歌の鑑賞に影響はないのだが、一応、実証的な面から「下関」であることを指摘しておきたい。

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2014年11月30日

『佐太郎秀歌私見』のつづき

これは弟子が師について書く時の難しさだと思うのだが、この本にも少し佐太郎を賛美し過ぎのところがある。例えば、佐太郎の歌について述べている中で「天賦の才というべきである」「生来の感性というべきものであろう」「その天分は、天から授かったもの」などと書いては、結局何も言っていないのと同じことになってしまう。

連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音 『帰潮』

この歌について、尾崎は次のように書く。

一首目では、貨車が連結器で繋がれた時の、一種の鉄の響きのような短い音響を捉えているのだが、「連結」の語を重ねて使い、その音がどうだとか、自分がどう思ったかなどのことは、一切言わないのである。同じ語をくり返して使うことの難しさは、短詩型の技術を知る者にとっては自明のことだが、その上、「つぎつぎに伝はりてゆく」と平易に言っていながら、その重量のある音響が一瞬ではなく、ある幅を持って伝わってくるのを、如実に感じさせる。見事な技術である。

「連結」という語の繰り返しにこの歌の特徴があるのは確かだろう。「見事な技術」というのも同感である。でも、技術について言うならば、一番肝腎なのは助詞の使い方ではないだろうか。

連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音
連結を終りし貨車につぎつぎと伝はりてゆく連結の音 (改作)

試みに助詞を2つ変えて改作を施してみた。このように改作すると、非常にわかりやすく、そしてつまらない歌になる。それだけ、助詞の力が大きいということだ。

本来「貨車は・・・連結の音」という言葉運びには、ねじれがある。読んだ時に違和感が残る。けれども、それがこの歌の味わいを生んでいるわけだ。このねじれに言及しないことには、この歌の技術を解説したことにならないと思うのだが、どうだろうか。

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2014年11月29日

尾崎左永子著 『佐太郎秀歌私見』

KADOKAWA/角川学芸出版
発売日 : 2014-10-24

佐藤佐太郎に師事した著者が、佐太郎の歌や言葉について解説した本。「星座―歌とことば」「星座α」に連載された文章が元になっている。巻末には「佐太郎秀歌百首」を収録。

佐藤佐太郎の開拓してきた「純粋短歌」の精神と、そしてその作歌の「技術」を、後代に継いで行くべき義務がある、それは今である、と思っている。

と記す著者の思いが強く伝わってくる内容だ。
印象に残るのは、やはり佐太郎の言葉である。

「短歌とは、技術だよ、君」とは、佐藤先生に直接、また度々聴かされたことばである。
心理の表現には具体は要らない。また、「事実」と「真実」は異う。佐太郎からしばしば言われたことばである。
「真の新しさは見られる対象(素材)にあるのではなく、見る主体にある」
「主観語がなくても、またどういう形であっても、詠嘆はこもり得る、詠嘆とは作者のいぶきである」

こうした短歌に関する箴言は、佐太郎の得意技と言っていい。

他にも、昭和20年9月に佐太郎が上京した際の仮住所が「杉並区阿佐ヶ谷六ノ一八四 川村シゲジ方」であったことなど、年譜にない事実も記されており、佐太郎研究の貴重な資料となりそうだ。

2014年10月25日、KADOKAWA、2200円。

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2014年11月25日

齋藤芳生歌集 『湖水の南』

第2歌集。
2010年から2014年にかけての作品386首を収める。

製本屋は本を、製本屋の妻は睡蓮の大輪を咲かせる
夕暮れのホンシュウジカは細く啼きひとを呼ぶなり秋の図鑑に
いざべら、というひとが来る坂道を私は隠れて見ていた子ども
圧縮ファイルひらいたように春来たり木々の芽はさらに木々の芽を呼び
桃の花散るように我を忘れゆく祖母なれど桃の花をよろこぶ
ひとたびの雨にてかくもすさまじく草は満つ 我も砂漠であった
おおちちのものさしをもてよれよれになりしこころをぴしりと叩く
祖父よ眼を閉じてもよいか烈風に煽られて針のように雪来る
パーテーションごしに聞きおり来月よりチームのなくなる人が鼻かむ
ブルーシートの中蒸れている除染土の中蒸れている種子もあらんよ

巻頭に「祖父たちへ。祖母たちへ。」という献辞がある。
東日本大震災後のふるさと福島に寄せる思いが数多く詠まれている一冊。
編集プロダクションでの仕事の歌にも印象的なものが多い。

2首目は本物の鹿かと思って読むと、実際は図鑑の中の鹿であるという面白さ。
3首目は連作「いざべら」7首より。イザベラ・バードが見た東北の子どもたちの姿に自分を重ね合わせている。
4首目は初二句の比喩が現代的だ。
7首目、「叩く」だけを感じにした表記が効果的。真っ直ぐな、存在感のある竹のものさし。
8首目、猪苗代湖の南岸の集落で一生を終えた祖父。「針のように雪来る」に冬の厳しい風土性が滲む。
10首目は原発事故後の福島の苦難と再生への思いが感じられる。

2014年9月1日、本阿弥書店、2800円。

posted by 松村正直 at 15:40| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする