2019年05月19日

服部真里子歌集 『遠くの敵や硝子を』


現代歌人シリーズ24。
2014年から2018年までの作品291首を収めた第2歌集。

肺を病む父のまひるに届けたり西瓜の水の深き眠りを
あかときの雨を見ている窓際にしずおかコーラの瓶をならべて
海面に降るとき雪は見るだろうみずからのほの暗い横顔
白木蓮(はくれん)に紙飛行機のたましいがゆっくり帰ってくる夕まぐれ
ビスケット無限に増えてゆくような桜並木の下の口づけ
いのちあるかぎり言葉はひるがえり時おり浜昼顔にもふれる
死者たちの額に死の捺す蔵書印ひとたび金にかがやきて消ゆ
水を飲むとき水に向かって開かれるキリンの脚のしずけき角度
月の夜のすてきなペーパードライバー 八重歯きらきらさせて笑って
神を信じずましてあなたを信じずにいくらでも雪を殺せる右手

1首目、入院中の父への見舞い。西瓜の中には水が眠っている。
3首目、海面に映る自身の姿を見ながら雪は落ちてゆくのだ。
5首目、童謡「ふしぎなポケット」を思い出す楽しい歌。
6首目、「あるかぎり」→「ひるがえり」→「昼顔」と音が連鎖する。
7首目、美しくも怖いイメージ。もう死の所有物になってしまう。
8首目、前脚をハの字に開いて水たまりや川の水を飲むキリンの姿。

2018年10月17日、書肆侃侃房、2100円。

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2019年05月12日

吉田恭大歌集 『光と私語』

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1989年生まれの作者の第1歌集。

 あれが山、あの光るのはたぶん川、地図はひらいたまま眠ろうか
 バス停がバスを迎えているような春の水辺に次、止まります
 朝刊が濡れないように包まれて届く世界の明日までが雨
 管つけて眠る祖母から汽水湖の水が流れて一族しじみ
 知り合いの勝手に動く掃除機を持っていそうな暮らしをおもう
 少年の、季節は問わず公園でしてはいけない球技と花火
 京都から来た人のくれる八つ橋と京都へ行った人の八つ橋
 アマゾンで腐葉土買えばしばらくは腐葉土の広告のある日々

1首目、高村光太郎『智恵子抄』の「あれが阿多多羅山(あたたらやま)、/あの光るのが阿武隈川。」という一節を想起させる。
2首目、結句で「次、止まります」というアナウンスに替わるのがいい。
3首目、ビニール袋や天気予報にあらかじめ守られている現代の暮らし。
4首目、汽水湖やしじみは作者のふるさと鳥取の記憶にあるのだろう。
5首目、「勝手に動く掃除機」(=ルンバなど)という言い方がユニーク。
6首目、初句「少年の、」からのつなぎ方に不思議な味わいがある。
7首目、地元の人が持って来るのと土産に買ったのとでは気分が違う。
8首目、購買履歴などをもとにネットに表示される広告。現代的な光景だ。

2019年3月19日、いぬのせなか座、2300円。

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2019年05月09日

川野里子歌集 『歓待』

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第6歌集。

巻頭に「フィルムを巻き戻すように時間を遡り、ひとつの、命に出会いたいのだ。」という一文があり、母の死を詠んだ連作「Place to be」から始まって逆編年の構成となっている。

 母死なすことを決めたるわがあたま気づけば母が撫でてゐるなり
 なんにもないところですよと言ふ人と青銅のやうな太平洋見る
 那智の滝シャッターに捉ふそののちを少しゆらぎて滝立ち直る
 駅前の楠木切られ忽然と深井となりし夏空ひらく
 黒いタクシー白いタクシー集ひてはつぎつぎ動くオセロのやうに
 駅前の裸婦像は子供産みしことある体なり雨に濡れつつ
 包帯を巻かるるやうに丁寧に和紙に覆はれねぷた暴るる
 いはゆる、一人の、老人のやうに杖をつき謝るやうに母は歩み来
 ひとりふたり手紙返せぬままの人こころに延泊してもらひつつ
 酸素マスクの中に歌はれ知床の岬は深き霧の中なり

1首目、母の延命処置を断った後の歌。「死なす」が重い。
2首目、「青銅のやうな」という比喩が印象的。
3首目、シャッターを押す瞬間動きを止めた滝が再び動き始める。
4首目、木の無くなった後の空間を井戸に見立てている。
5首目、駅前の乗り場で客待ちをするタクシーの列。
6首目、同じ裸婦像でも体型は様々だ。
7首目、勇壮なイメージのねぷただが、木と針金と和紙でできている
8首目、いかにも老人という感じになった母の姿。
9首目、返事を書こう書こうと思いつつ書けないのだ。「延泊」がいい。
10首目、病床の母が歌う「知床旅情」。酸素マスクが曇るのだろう。

2019年4月10日、砂子屋書房、3000円。

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2019年05月06日

吉岡太朗著 『世界樹の素描』


現代歌人シリーズ25。
237首を収めた第2歌集。

 水面のどこに着地をしようともみずにはりつき流れゆく葉は
 クレーンは夜更けんなるとあらわれてゆうたら町のみる夢やろう
 対岸の陽にねこじゃらし向こうへと渡ればここがむこうになること
 中指のあらん限りを立てている松のさびしき武装蜂起は
 紙切れもにんげんさまも磔にされるときには四肢を留められ
 くちびるの動きを視野のひろがりに見ながらすくう次の一匙
 ねどこへと沈むからだの側臥位は二時間ほどをしずみつづけて
 肩と膝ささえて体位を変えるとき天球がそのひとのまわりを回る
 洞窟でひやしたビール飲む暮れの川には一輪挿しの白鷺
 近づけば水面の家は散りぢりのひかりとなりぬ流れの綾に

1首目、川に落ちた葉が沈まずに流れていく。「はりつき」がいい。
2首目、昼間は街の喧騒に紛れて目立たなかったのだろう。
4首目、松の雌花を、中指を立てるジェスチャーに喩えている。
6首目、食事介助の場面。匙を口に運ぶタイミングが大切だ。
8首目、褥瘡ができないように二時間ごとに体位変換をする。
9首目、「一輪挿しの白鷺」が絶妙。一羽ぽつんと川に立っている。

6〜8首目のような介護の仕事の歌が特に印象的だった。

巻末の「夜を終わらせる」と題する文章は、〈あとがき〉というよりも、冒頭の連作「春になると妖精は」と対になっているのだろう。目次もそのようなレイアウトになっている。

2019年2月20日、書肆侃侃房、1900円。

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2019年05月03日

吉川宏志歌集 『石蓮花』 (その2)


髪垂れてむすめの眠る部屋に入りスティック糊をちょっと借ります
早春の道に小さく足縮め花より先に死にし蜜蜂
児洗(こあらい)というバス停の過ぎゆけり百済伝説残りいる道
舟二つすれちがうほどの川にしてすれちがうなら木の軋む音
病むひとは遠くに粥を食べており少し残すと朝(あした)の雨に
二(ふた)しずくずつ減ってゆく目薬のわずかとなりぬ夜の机に
幼な子が顔を出したり見つめれば座席の裏にひゅっと沈みぬ
窓に付くしずくしずくに灯の入りて山裾の町にバスは下りゆく
命なき母のからだに下がりたる尿袋(にょうたい)へ朝の光はとどく
死ののちに少し残りし医療用麻薬(フェンタニル) 秋のひかりのなか返却す

1首目、口語の「ちょっと借ります」がいい。娘に話し掛けている感じ。
2首目、「足縮め」という描写や「花より先に」という把握が決まっている。
3首目、「バス停を」ではなく「バス停の」。車窓を過ぎてゆくバス停。
4首目、川幅の表現が独特。すれ違う舟の動きが見えてきそうな歌だ。
5首目、「遠く」は心理的な遠さだろう。食欲がなくて全部は食べられない。
6首目、わずか二滴ずつではあるが、それでも確実に減っていく。
7首目、電車の前の席に座る子ども。「ひゅっと」に動きが見える。
8首目、車窓に付いた雨粒の一つ一つが町の灯を映しているのだ。
9首目、母の亡くなった朝の光景。生きていた証のように尿袋がある。
10首目、もう使うことのない痛み止めの麻薬。それを返却する寂しさ。

2019年3月21日、書肆侃侃房、2000円。

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2019年05月02日

吉川宏志歌集 『石蓮花』 (その1)


現代歌人シリーズ26。
2015年から2018年までの作品を収めた第8歌集。

パスワード******と映りいてその花の名は我のみが知る
赤青の蛇口をまわし冬の夜の湯をつくりおり古きホテルに
みずからに餌を与える心地して牛丼屋の幅に牛丼を食ぶ
初めのほうは見ていなかった船影が海の奥へと吸いこまれゆく
その命うしなうときに青鷺の脚はそのまま骨となるらむ
かまぼこの工場裏を歩みおり風やみしとき魚臭ただよう
遠くから見る方がよい絵の前に人のあらざる空間生まる
水に揺れる紅葉見ており濃緑(こみどり)のときも映っていたはずなのに
海の場面に変わる映画のひかりにて腕の時計の針を読みおり
金網は海辺に立てり少しだけ基地の中へと指を入れたり

1首目、記号を使った歌。アスタリスクの形を花に見立てたと読む。
2首目、赤がお湯で青が水。うまく調整しないと良い湯加減にならない。
3首目、「幅に」がポイント。カウンター席一人分の幅。
4首目、上句がいい。どこから来たのか、気付いたら既に見えていた船。
5首目、肉がなく骨が剝き出しになった脚であるという発見。
6首目、かまぼこの原料は魚。風が吹いている時にはあまり臭わない。
7首目、絵の前がぽっかり空いている光景が面白い。
8首目、青々と葉が茂っている時期には川に映っていることに気付かない。
9首目、スクリーンが明るくなって腕時計の針が見えるのだ。
10首目、沖縄の米軍基地の金網。指が基地へと侵入している。

2019年3月21日、書肆侃侃房、2000円。

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2019年04月20日

『小見山輝歌集』


現代短歌文庫120。

第1歌集『春傷歌』(1979年)全篇と自撰歌集『空蟬』、「柿本人麻呂覚書」「抒情から現実へ―服部忠志小論」、対談「満蒙開拓青少年義勇軍の記憶」などを収めている。

男装となりてにほへる女医なりき「四平」にて別れその後を知らず
昼を眩しく花より出づる蜂ありてあゆめども何処へ行くあてもなし
巨石に心ひかれて寄りゆくは齢四十のわがひくき影
朝霧の動くともなき河原に現れては消ゆる黒き石ひとつ
野に転ぶ目鼻つたなき石仏をおほひて春のにがよもぎ萌ゆ
岩窪に竹の落葉をつもらせて水澄めり水に水馬(まひまひ)あそぶ
西日つよき畳の上の一本の抜毛を見れば動きつつあり
抱きあふ人もひとりの我もきくこの夜石垣に寄る波の音
冬の陽のやがて斜めに及ぶ頃蜜柑は熟れて木にゆるるかな
人気なき家群(やむら)をぬきて一本の道あれば通ふ郵便屋なども

すべて『春傷歌』から。

1首目、「四平」は満州の交通の要衝。敗戦後に見た光景。
3首目、巨石に惹かれるのも、もう若くない「四十」という年齢ゆえか。
4首目、霧の濃淡の表現が巧みで、黒い石の存在感が際立つ。
6首目、四句の句切れのリズムがいい。静から動への切り替わり。
7首目、まるで一本の毛が生きているかのような生々しさを感じる。
10首目、道があるということはその先に住んでいる人がいるのだ。

2013年10月13日、砂子屋書房、1500円。

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2019年04月10日

外塚喬歌集 『散録』


2011年から2016年までの作品を収めた第12歌集。

客待ちの一台が出てつぎつぎと車の明かり広場に動く
吹きさらす風の向き急に変はるとき野ずゑの草のかがやきを増す
くもり日の空気濃くなり飛ぶ虫の地(つち)の面(おもて)をすれすれにゆく
忘れやすくなるはお互ひさまなれどお互ひを忘れるまでにいたらず
ひかりにも音があるかと思ふまでむかひのビルのガラスきらめく
母の日は母のなき日と意識する日となりて五年クレマチス咲く
髭剃りを終へてつるんとしたる顎 負けさうなときは丹念に剃る
遠目にも見えて水路のかがやくは水の面(おもて)に風のあるらし
同窓会名簿に見るにわれの名は「故」と「故」の間にはさまれてゐる
夜ふかき街ゆけば角を曲がるたびひとり消えふたり消えてなくなる

1首目、駅前広場にならぶタクシーのヘッドライトの列。
2首目、草が一斉に裏返るような感じだろう。
3首目、天候によって虫の飛び方は違う。
4首目、老いへの不安をユーモアに包んで詠んでいる。
5首目、佐太郎の「菊の花」の歌を思い出す一首。
6首目、母が亡くなって五年になるということだ。
7首目、下句がいい。気分がよく伝わってくる。
8首目、シンプルな内容だけに丁寧な描写が光る。
9首目、同世代に死者が増えていることを意識する年齢。
10首目、宴会の帰り道だろう。最後には一人になるのだ。

2017年10月20日、短歌研究社、2800円。

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2019年04月04日

馬場昭徳歌集 『夏の水脈』

2013年から2018年までの作品400首を収めた第5歌集。

 十年前のわれと十年後のわれの中間のわれ微恙を脱す
 台風の余波なる風に運ばれて雲といへども忙しさうなり
 長崎の街にわざわざ来てくれし岩手ナンバーの横に駐車す
 長崎駅一番ホーム行きどころなくてレールは砂利に突つ込む
 昨日蕎麦この日は餅を椀に入るひと日ふた日と逝かしめながら
 わが店の自販機なれど百三十円入れて朝々コーヒーを買ふ
 行列を作りてまでもラーメンを食べたき人の五人目となる
 ガラスといふガラスが砕け散りしときなんと無防備な人間の皮膚
 もがれたる片腕抱きて死にてゐし人のことなど父は語りき
 悪口を言はれたること三日ほど恨み四日目けふも変らず

師の竹山広ふうなシニカルな視点を感じさせる歌が多い。

1首目、「微恙」は軽い病気。同じ十年でも老いの速度が違ってくる。
3首目、遠いところからわざわざ観光に来てくれてというユーモア。
5首目、「蕎麦」と「餅」から、大晦日と元日であることがわかる。
7首目、他者への皮肉かと思って読むと、作者もその一人なのが面白い。
8、9首目は原爆の歌。もげてしまった自分の腕を大事に抱えていたのが悲しい。

2019年3月30日、なんぷう堂、1000円。

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2019年03月29日

永田和宏歌集 『某月某日』

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第14歌集。
「歌壇」2015年1月号から12月号まで連載された作品をまとめた一冊。2014年10月から一年間、毎日一首以上の歌が詠まれ、日付や詞書を付けて発表されている。(引用は歌のみ)

教師の話を疑ふところから始めよと言へどそれをもノートに写す
麻酔より覚めつつあらむころかなと猫を思へりあかつきがたに
アンパンマンの鼻が袋をはみ出して幼なの去りし部屋は広しも
発電量ゼロが続ける数日をヤマネのごとく籠り過ごしぬ
冬芝の枯れ色のなかを歩みきてゴルファーは多く原色を着る
背広組制服組とふ分けかたの背広組こそ危険かもしれぬ
余りたる乳を絞りて朝顔に君がそそいでゐた裏の庭
七日分出しときませうそれにしてもギリシアいいですねえと処方箋
もう少しつきあへと言へばいいよと言ふぶつきら棒の棒のやさしさ
わが縁に来る三匹におのづから序列がありて餌皿(ゑざら)は二つ

1首目、大学生に向けての講演の場面。苦笑いするしかない。
2首目、飼い猫が入院・手術した際の歌。「猫」が下句で出てくるのがいい。
3首目、上句の描写に孫の去ったあとの寂しさが滲む。
4首目、樹洞にすっぽり収まっているヤマネの感じ。
5首目、カラフルなダウンベストなどが枯れ芝の中で目立つ。
6首目、かつて住んでいたアパート。妻が授乳していた頃の記憶。
7首目、自衛隊の文民統制についての思い。
8首目、初二句だけで医師の言葉だとわかるのが鮮やか。
9首目、息子と夜に飲んでいる場面。「ぶつきら棒」の良さ。
10首目、序列が三匹目の猫はしばらく食べられないのだろう。

2018年12月24日、本阿弥書店、2700円。

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2019年03月11日

松澤俊二著 『プロレタリア短歌』


コレクション日本歌人選79。

1920年代後半から30年代にかけて興隆したプロレタリア短歌50首を取り上げて、一首につき2ページで解説・鑑賞した本。見出しの歌以外にも関連する歌が多く挙げられ、プロレタリア短歌の概要を摑むことができる。

 遅れ霜に葉はみな枯れた桑畑に春蚕(はるご)をみんな父とう
 づめた                      中村孝助
 猿の手だか人の手だかわからない手が一斉に粥を啜つてゐる
 冬の夜だ。                   井上義雄
 お袋よ、そんな淋しい顔をしないでどうしてこんなに苦しいのか
 それを考へて下さい              小澤介士

50首の歌はどれも初めて読むものばかり。短歌史におけるプロレタリア短歌の位置付けは知っていても、作品自体についてはほとんど何も知らなかったことに気づかされた。

作者の略歴を見ると、実に18名が「詳細不明」となっている。プロレタリア短歌の活動期が短かったことや、弾圧に備えておそらく筆名を使っていたことなどが背景にあるのだろう。そこに、プロレタリア短歌のたどった苦難の歴史が垣間見える。

 オリムピック!オリムピックと書きたて生活の問題忘れさせよう
 とする                     山埜草平
 むつと涌(わ)く怒りをこらへてゐる事務室。秋空に奉祝の花火
 があがる。                   会田 毅

前者は1936年のベルリンオリンピックの歌で、後者は1928年の昭和天皇の即位の大礼の歌。どちらも、今の歌と言っても通用しそうな内容だ。

プロレタリア短歌は、読者を「過去」にアクセスさせる媒介になりうるのだ。そこから私たちは、未来を拓くための知識や社会の見方を新たに獲得し、何らかの教訓を得ることもあるに違いない。

解説の最後に記された言葉が、ずしんと胸に残る。

2019年1月25日、笠間書院、1300円。

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2019年03月03日

高野公彦著 『北原白秋の百首』


「歌人入門」シリーズの一冊。

北原白秋(多磨)―宮柊二(コスモス)の系譜を継ぐ著者が、白秋の短歌100首を取り上げて鑑賞・解説した本。

一首につき250字と短い分量ながら、歌の魅力や特徴を的確に解き明かすだけでなく、時代背景や白秋の人生も要領よく描き出している。

「な鳴きそ鳴きそ」は江戸期の端唄(はうた)から採ったフレーズで、「鳴くな鳴くな」の意。
一首の中に隠れている「シ、ス、ス、サ、サ、ソ、シ」という七個のサ行音の響きが、歌に清新さを付与している。

それぞれ「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕べ」「ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日」の鑑賞の一部だが、大事な指摘と言っていいだろう。

白秋短歌のエッセンスが詰まった一冊である。

2018年5月25日、ふらんす堂、1700円。

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2019年02月24日

島内景二著 『竹山広』


コレクション日本歌人選の一冊。
副題は「生涯歌い続けた長崎原爆への怒り」。

長崎県生まれの著者が「短歌を愛する国文学者として、竹山広を日本文学史に正当に位置づけたい」という意図をもって、竹山の短歌50首を鑑賞・解説している。

身を薙ぎて一瞬過ぎし光あり叫ばむとしてうち倒れゐき
水のへに到り得し手をうち重ねいづれが先に死にし母と子
夜に思ふこと愚かにて絶命ののちいつまでも垂りし鶏の血
おそろしきことぞ思ほゆ原爆ののちなほわれに戦意ありにき
医者にかかりし覚えがなしといふ人の後ろにも死は近づきをらむ

「記憶のリアリティ」を目指す竹山短歌は、「アララギ」の写実とも反写実の前衛短歌とも違う第三の道である、というのが本書の骨子である。

古典や啄木、佐太郎との関わりなど、著者の豊富な知識と調査が生かされた一冊であるが、やや情熱が空回りしている部分も散見される。

2018年11月9日、笠間書院、1300円。

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2019年02月14日

藪内亮輔歌集 『海蛇と珊瑚』


2012年に角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。
光沢のある黒のメタリックな表紙が美しい。

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく
春のあめ底にとどかず田に降るを田螺はちさく闇を巻きをり
電車から駅へとわたる一瞬にうすきひかりとして雨は降る
墓地に立つ断面あまたそのひとつにましろき蝶の翅がとまりつ
鉛筆を取り換へてまた書き出だす文字のほそさや冬に入りゆく
川の面(も)に雪は降りつつ或る雪はたまゆら水のうへをながるる
冬の浜に鯨の座礁せるといふニュースに部屋が照らされてゐる
草に降るひかりと水の上(へ)のひかり異なりながら蜻蛉(あきつ)を照らす
感情を折り合ひながら君とゐるそれはときどき飛行機になる
絵の湖(うみ)に雨降りやまず一艘の小舟のうへに傘をさしをり

1首目、傘を差す時に誰もが行う何気ないしぐさの描写がいい。
2首目、春の雨の柔らかさと田の底にいる田螺の対比。
3首目、車両とホームの間のすき間にぱらぱらと降る雨。
4首目、「断面」という語の選びにハッとさせられる。
5首目、四句目までの描写が結句の季節感を巧みに導いている。
6首目、わずかな時間だけ溶けずに川面を流れていく雪片。
7首目、暗い部屋にテレビだけが点いているのだろう。
8首目、草の上を飛ぶときと水の上を飛ぶときの光の違い。
9首目、折り合いを付けようと努力しつつも逃避願望が兆すのだ。
10首目、結句で作者が絵の中に入ってしまったような面白さ。

全体が三部構成になっていて、第二部以降には「同音による意味のずらし」や「露悪的な言い回し」が多用される。

第二部の終わりにある「私のレッスン」は意欲作で、ルビや括弧を使って何層にも言葉を重ねた歌物語風の連作となっている。全7ページの作品だが、この方法で一冊200ページ続けてみたら、すごい歌集が生まれるのではないだろうか。

2018年12月25日、角川書店、2200円。

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2019年02月04日

大辻隆弘著 『佐藤佐太郎』


コレクション日本歌人選71。

佐藤佐太郎の全13歌集から50首を選び、鑑賞・解説を記した本。見開き2ページで一首の歌を取り上げるという読みやすい形になっている。

鑑賞は単なる一首評とは違ってしばしば佐太郎短歌の本質に迫る記述を含んでおり、全体として佐藤佐太郎論になっていると言っていい。

この浮遊する「は」は佐太郎の歌に多く現れてくる。(・・・)言わば佐太郎生来のあてどない心の動性に深く関わる「は」なのである。
佐太郎は抽象的な名詞に動詞「す」を接続して動詞化することが多い。この「影す」のほかにも「音す」といった動詞は佐太郎の愛用する動詞である。
あえて文脈上の「捻じれ」を用いる。それによってあてどない主体の心の動きを描写する。そこに技巧がある。

文中には繰り返し「茫漠とした意識」「あてどない感覚」「空漠とした作者の心情」といった言葉が登場する。そうした意識の空白や、意識と無意識のあわいを詠むところに佐太郎の真髄があるのだろう。

佐太郎短歌の入門書として、また短歌の本質や技法を考える手掛かりとして、中身の濃い一冊である。

2018年12月10日、笠間書院、1300円。

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2019年01月21日

松村正直著 『戦争の歌』


「コレクション日本歌人選」の一冊として、先月刊行しました。

日清・日露戦争からアジア・太平洋戦争までの51首を取り上げて、鑑賞・批評・解説をした本です。「戦争の歌」を通じて日本の近代を振り返るとともに、私たちの今後を考えることができればと思って執筆しました。

分量は多くないですが、歌の選びや時代背景の考察など、かなり時間をかけて書いた本ですので、多くの方にお読みいただければ幸いです。

・岩尾淳子さん「眠らない島」
https://blogs.yahoo.co.jp/picojunkomist/16630784.html
・恒成美代子さん「暦日夕焼け通信」
http://rekijitsu.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-84bc.html
・大橋春人さん「うたぐらし」
http://blog.livedoor.jp/utagurashi/archives/54750970.html

ブログ等でご批評をいただいた皆さん、ありがとうございます。

2018年12月10日、笠間書院、1300円。

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2019年01月14日

小林幸子歌集 『六本辻』

著者 : 小林幸子
ながらみ書房
発売日 : 2018-11-04

2012年から2017年までの作品534首を収めた第8歌集。
国内外のさまざまな場所を訪れて、歴史や死者に遠く思いを馳せている。

孔のある石がたくさん落ちてをり二百三十年前から
パンケーキふつくら焼けてアカシアの蜂蜜の蓋まだ開けられず
死なざりし紋白蝶がつぎの春黄色い蝶に変はるといへり
おまへにもみせてやるよとかまくらに子供が猫をおしこんでゐる
おとうとの灰ひとつぶも残さずに集めし刷毛使ひまた思ひいづ
この真上六百メートル上空に炸裂 スカイツリーより低く
還りこむその父のため遺されし少女の皮膚といちまいの爪
みなつきのひぐれのバスに過ぎゆける馬取(まとり)、杉瓜(すぎうり)さびしきところ
墓域への近道をして若草のなかの細溝けふも跳びたり
だれかを捜してますかと学生が声かけくれぬ ええおとうとを

1首目、浅間山の噴火で落ちた石。下句がおもしろい。
2首目、今すぐ食べたいのに蓋が固くて開かないのだ。
3首目、そんなわけないのだが、思わず信じてしまいそうになる。
4首目、猫にとってはいい迷惑でしかないのだけれど。
5首目、焼き場の係の人の丁寧な仕種に気持ちが救われたのだろう。
6首目、広島の原爆を詠んだ歌。スカイツリーとの比較が生々しい。
7首目、原爆資料館に展示されている皮膚と爪。戦地から戻ってきた父はどんな思いでそれを見たのか。
8首目、「馬取」「杉瓜」という地名の醸し出す味わい。
9首目、墓参りの時はいつもそこを跳び越えるのである。
10首目、亡くなった弟の面影を尋ねてオランダの大学を訪れた時の歌。

2018年11月4日、ながらみ書房、2500円。


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2019年01月13日

倉阪鬼一郎著 『怖い短歌』


「怖い短歌」136首(収録数は570首)を集めたアンソロジー。

「怖ろしい風景」「猟奇歌とその系譜」「向こうから来るもの」「死の影」「内なる反逆者」「負の情念」「変容する世界」「奇想の恐怖」「日常に潜むもの」の9章に分類している。

 人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室
                       与謝野晶子
 誰か一人
 殺してみたいと思ふ時
 君一人かい…………
 …………と友達が来る         夢野久作
 白髪を梳きながらふと振り向けば小面をつけてゐるかも知れぬ
                       稲葉京子
 閉所恐怖で死んだ人なしとおもふとき閉所恐怖のくるしみは増す
                       小池 光
 ひら仮名は凄まじきかなはははははははははははは母死んだ
                       仙波龍英
 ひややけき彫刻台にかけのぼりまなこまで石化してゐたる犬
                       杉原一司
 こんな人ゐたつけと思ふクラス写真その人にしんと見られつつ閉づ
                       川野里子

「怖い」というのは主観的な捉え方なので、誰が見ても怖い歌もあれば、このアンソロジーに入っていなかったら怖いと思わなかった歌もある。そのあたりの幅の広さも読んでいて楽しい。

2018年11月30日、幻冬新書、780円。


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2019年01月08日

嵯峨直樹歌集 『みずからの火』


一頁一首組で163首を収めた第3歌集。

不安定な温(ぬく)い血のなかちょこれいと暗くつやめく小雨の夜に
枝ふとく春夜をはしる絶叫をあやうく封じ込めて静寂
池に降る三月の雨、穏やかな水紋としてかつていた人
暗闇の結び目として球体の林檎数個がほどけずにある
夕ぐれの緋(あか)い粒子に浸されたバスの車内の影は盛りたつ
五指の間に五指をうずめる 薄らかな光ちらばる夜の市街地
うす紅の空の底部を擦りつつ車のひかり街をつらぬく

1首目、「ちょこれいと」のひらがな表記が印象的。
3首目、池の面の水紋を見て去った人を思い出している。
5首目、夕焼けの赤さと陰影だけになった車内の光景。
7首目、垂れ込める空へとのびる車のヘッドライトか。

2018年5月25日、角川書店、2600円。


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2019年01月05日

石床隆文歌集 『琥珀の時間』


2017年に59歳で亡くなった作者の遺歌集。
「音」所属。441首。

陽だまりをゆく紋白蝶(もんしろ)に空深し硝子のごとき秋の奈落は
足音は個性を持てり梅雨の夜の巡回に来るを聞きて眠りぬ
手鏡のわが視野にくる野良猫が砂を浴びつつ消えてゆくなり
静かなる午後のひととき卓上に置かれしメロンねむれるごとし
靴下を穿かせてくれる君の手よ朝のひかりにしなやかに見ゆ
絵画展に介護されつつ今日を来ぬガラスの額に汝が瞳見ゆ
刻々と硝子戸の傷の顕れて青天の日の翳は移ろう
徘徊の友は括られ十字架のイエスのごとく冬夜を眠る
菜の花の咲くひと隅は隔離舎の跡ぞ石碑の傾き立つを
秋祭り獅子と太鼓の来て過ぎる五分の時を一年は待つ

1首目、明るさと暗さ、天と地が反転するような一首。
3首目、病気で寝たきりの作者にとって「手鏡」は目の代わりだった。
5首目、施設の女性職員に対するほのかな恋心。
6首目、絵ではなくガラスに映った背後の職員の瞳を見続けている。
8首目、「十字架のイエスのごとく」という比喩が持つ痛ましさ。
10首目、来年の祭の日が非常に遠いものに感じられるのだろう。

2018年1月26日、本阿弥書店、2700円。


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2018年12月13日

馬場あき子歌集 『あさげゆふげ』


2015年から2018年までの作品を収めた第27歌集。

死に近き俊成が食べんといひし雪しろがねの椀(まり)にふはと盛られぬ
救急車二度来てそれぞれ老人をつれ去りぬ夏の深さは無限
どくだみを刈りたるからだ毒の香を吸ひ込みて夏の王者のごとし
午後みれば大三角形は完成し蜘蛛は確信に満ちて働く
御器嚙(ごきかぶ)りといふ名もてのどかに宥しゐしいにしへびとの朝餉(あさがれひ)ゆかし
蜂の酒飲まねど瓶(びん)に沈みゐる蜂の貌みる時々のある
ふたりゐてその一人ふと死にたれば検死の現場となるわが部屋は
夫(つま)のきみ死にてゐし風呂に今宵入る六十年を越えて夫婦たりにし
ねずみ駆除の臭ひ激しく浸(ひた)し来てわれも苦しむわれはねずみか
『君たちはどう生きるか』を読みしころ日本は徐州を攻略したり

2首目、救急車のサイレンが一晩に二度通る。他人事ではない。
3首目、下句の「夏の王者のごとし」が面白い。むしろ元気になった感じ。
5首目、「御器嚙」はごきぶりのこと。殺虫剤もごきぶりホイホイもなかった時代。
6首目、蜂を見るのではなく「蜂の貌」を見るところが生々しい。
7・8首目は夫の岩田正さんが亡くなった時の歌。風呂場で倒れて亡くなった夫を思いつつ、でも、その風呂に入るしかない。
10首目、今年大ブレイクした『君たちはどう生きるか』は1937年の小説。作者は当時9歳であった。

雀、蜘蛛、ごきぶり、鼠など身近な生き物を連作で読んだり、ただごと歌的な詠みぶりの歌があったりと、これまでとは雰囲気がずいぶん違ってきたように感じる。志賀直哉の『城の崎にて』を思い出したりした。

2018年11月3日、砂子屋書房、3000円。


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2018年11月29日

永田紅歌集 『春の顕微鏡』


2006年から2011年までの作品676首を収めた第4歌集。
3首組で300ページと、かなりのボリュームである。

記憶力あわきあなたは忘れゆく鎌倉駅の黒ぶちの子猫
裏門は厩舎の横にありけるを君が開きて我が閉じたり
歯を磨きながら会話を思うとき聞き違えられし言葉に気づく
アムールの真水が塩を薄めつつ海の凍りてゆくさまを聞く
道草を食っているのは馬だから人はその辺に立ちて待ちたり
ちょっとここで待っていてねと日溜まりが老婆をおきてどこかへゆけり
フラスコの首つかまえて二本ずつ運べば鳥を提げたるごとし
やがていろんな猫が入ってくるようになって芝生はトムを忘れる
すずかけの日射しは過去でしかないが私は捨ても否定もしない
遺体みな磁針のように北向きに寝かされて長き日本列島

1首目、デートで見かけた子猫のことを相手はいつか忘れてしまう。
2首目、いつも相手の後に続いて門を通り抜けたのだ。
3首目、何時間も前の会話の食い違いの理由にようやく気付く。
4首目、オホーツク海に流氷ができる仕組みの話。
5首目、「道草を食う」という慣用句を、本当の意味で使っている。
6首目、老婆が休んでいる間に日が移ってしまったのだ。
7首目、カモなどを手に提げているイメージだろう。
8首目、飼い猫のトムが死んだ後の庭。「芝生は」という主語が面白い。
9首目、自らの過去に対する向き合い方。
10首目、「磁針のように」という比喩と結句の飛躍が印象的な歌。

 「らりるれろ」言わせて遊ぶ電話には山手線の放送聞こゆ

東京で働いている夫と電話している場面。かつては酔った父に電話で言わせていた言葉である。

 らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう
                    永田和宏『饗庭』

2018年9月25日、青磁社、3000円。

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2018年11月10日

米川千嘉子歌集 『牡丹の伯母』

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2015年から2018年までの作品440首を収めた第9歌集。
タイトルの読みは「ぼうたんのをば」。

岡本かの子の恋人の墓訪ひゆけば守りびと老いて墓移りぬと
つやつやの茄子の深色(ふかいろ)いただきぬ人間(ひと)ならどんな感情ならむ
ひとは誰かに出会はぬままに生きてゐる誰かに出会つたよりあかあかと
中古品となりし歌集を買ひもどす互ひにすこし年をとりたり
吉永小百合のほほゑみコンコースにつづき何かの罪のごとく老いざる
首すぢから腰から濡れて螺旋描(か)くやうに濃くなる菖蒲を見たり
転勤をかさねるうちにわが息子段ボール箱の一つにならむ
蠟梅のうすく磨いた花びらにそよと巻きつくひよどりの舌
リハビリ棟の窓に映れる二重奏若き腕(かひな)と老いたる腕(うで)と
最後の晩餐おもへば夫も子もをらずただしんしんと粥食べるわれ

1首目、かの子の恋人はたくさんいるが、これは早稲田の学生だった堀切茂雄のこと。若くして結核で亡くなった。
4首目、自分も歌集も同じだけの歳月を経て再会したのだ。
5首目、コンコースの柱などにポスターや映像があるのだろう。「何かの罪のごとく」が印象的。
8首目、「うすく磨いた」に蠟梅の花の質感がうまく出ていて、ほのかなエロスも感じる。
9首目、リハビリする人と介助する人。「腕」だけで表現しているのがいい。

2018年9月8日、砂子屋書房、3000円。


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2018年11月05日

飯田彩乃歌集 『リヴァーサイド』

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2010年から2017年の作品328首を収めた第1歌集。
「未来」所属。2016年、第27回「歌壇賞」受賞。

写真いちまい端から燃えてゆくやうに萎れてしまふガーベラの赤
木香薔薇の配線は入り組みながらすべての花を灯してゐたり
覗きこめばあなたは祖母の貌をして水の底よりわたくしを見る
雨音は性欲に似てカーテンをひらく右手を摑む左手
ベッドから遥かに望むつま先はなんと儚い岬だらうか
喫茶店の床にごろりと寝転んだ犬のかたちに呼吸(いき)はふくらむ
雨音ももう届かない川底にいまも開いてゐる傘がある
そこだけが雪原の夢 プロジェクタの前にあかるく埃は舞つて
腕は錨 ベッドのふちに垂らしては眠りの岸をたゆたつてゐる
釣り針を口にふくみてたゆたひぬ基礎体温のうねりの中に

2首目、木の枝を「配線」に喩えたのが鮮やか。木香薔薇ならではの感じ。
3首目、入院している祖母を見舞った歌。「祖母の貌をして」が悲しい。
6首目、犬の身体全体が膨らむ感じ。
7首目、傘が「開いてゐる」ところに哀れを感じる。
10首目、口に咥えた基礎体温計を「釣り針」に喩えているのが印象的。

比喩を使って日常を異化するのが得意な作者だが、歌集の最後の方の妊娠・出産を詠んだ歌については、この手法はあまり効果を上げていないように感じた。

2018年9月9日、本阿弥書店、2200円。


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2018年11月03日

佐伯裕子歌集 『感傷生活』

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2011年から2017年までの作品397首を収めた第8歌集。

 ともに戦後を長く生ききて愛らしく小さくなりぬ東京タワー
 回すとき鍵というもの不安めき開けば黒々と海もりあがる
 誰とても親の裸は見たくなく襖のようにそろりとひらく
 桜は、そう散りかけがいいと囁かるわたしのような声の誰かに
 長方形の風を受けんと北の窓南の窓を開け放ちたり
 飛来するトンネルの穴つぎつぎに生きているまま吸いこまれたり
 どの人の仰向く顔も花に映えこの世ならざる輝きに充つ
 川よりも雲ゆく速度のはやき見て持ち重りする身体ひとつ
 右へ流れて列車の窓が去りしのち動きだしたりこちらの窓は
 天草はタコでしょと蛸の姿煮の大皿さしだすおばさんの力

1首目、作者は昭和22年生まれ。東京タワーは昭和33年竣工。
2首目、誰もいない家に帰って来て扉を開けるところだろう。
3首目、親の介護に関わる場面。上句のストレートな表現が痛切。
4首目、花見をしていて聞こえて来た言葉。下句がおもしろい。
5首目、長方形の窓の形のままに風が抜けていく感じ。
6首目、「飛来する」がすごい。「生きているまま」もすごい。
7首目、花見をしている人の顔を詠んでいて、少しこわい歌。
8首目、年齢を重ねてだんだん心の自由が効かなくなっていく。
9首目、駅で電車が行き違うところ。初句の入り方がいい。
10首目、旅先の食堂だろうか。おばさんの豪快な感じが楽しい。

2018年9月13日、砂子屋書房、3000円。


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2018年11月02日

玉井清弘歌集 『谿泉』




2014年から2016年までの作品465首を収めた第9歌集。

ショーケースに手をさし出(いだ)す観音に届くことなしこの世の落花
風呂敷に包まれている菓子の箱まむすびのうえに春の陽とどく
殺虫剤あびて逃れしすずめ蜂きのうの雨にうたれ死にけん
逆さまにプラスチックの烏二羽ぶら下げられぬ柿の上枝(ほつえ)に
歩きだすまでの同行二人なる杖は電車に置きどころなし
山脈を越えて土佐路となりたれば太平洋のかがよいあふる
倒木を撤去中なるアナウンス停車のむこう白波しぶく
でんぼやは生姜糖売る店なれど市立てる日の今日も閉店
朝一の一番釜のうどんへと並ぶ讃岐の男ら寡黙
古民家の管理のために火を焚くと今日もきたれる翁つつまし

2首目、「まむすび」は風呂敷の結び方。この一語で歌になった。
3首目、すずめ蜂の死に際の姿を想像して、憐れんでいる。
5首目、遍路に欠かせない杖だが、車中では何の役にも立たない。
6首目、四国山脈を越えて太平洋側に出た時の開放感。
9首目、「一番釜」という言葉を初めて知った。うどん好きな人々。
10首目、囲炉裏の火を焚かないと家が傷んでしまうのだ。

2018年9月14日、角川文化振興財団、2600円。


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2018年10月14日

石川美南歌集 『架空線』

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2011年から2016年までの作品392首を収めた第4歌集。

 警備艇の名は〈みやこどり〉朗らかに都はここよここよと揺れて
 祖母の口は暗渠ならねど土地の名のとめどなく溢れかけて見えざり
 飛び石はどこへ飛ぶ石 つかのまの疑問のごとく暗がりに浮く
 カフェはしづかな生き物にしてもこもこと形の違ふ椅子増殖す
 呼ばれたらすぐ振り返るけど 本棚に擬態してゐる書店員たち
 指先の震へで双子を見分けたわ戦地へ行つた方行かぬ方
 見えぬ水をひとりへ注ぎ、軽くなる一方の水差しだわたしは
 着く前に雨は上がつて得意ではない得意先きらきらとある
 寝不足の頭の上をひらひらと雲中供養菩薩飛び交ふ
 テトラポッドの太もも絡みあふ間(あひ)をしづかに行き来する
 稚魚の群れ

1首目、古典を踏まえて名付けられた隅田川の警備艇。「ここよ」がオノマトペにもなっている。
2首目、高齢の祖母の記憶の中にある地名。
3首目、飛び石は飛び飛びに置かれた石だが、「飛ぶ石」として捉えた。
4首目、「形の違ふ椅子」が昨今のしゃれたカフェの感じ。
5首目、本棚に向いて黙々と作業している店員の姿。
6首目、戦地へ行った方は後遺症で指が震えるという意味だろう。
7首目、相手に対する愛情や気遣いが一方通行なのがかなしい。
8首目、「得意ではない得意先」が面白い。そういうこともしばしばある。
9首目、平等院鳳凰堂を訪れた時の歌。「寝不足」と「雲中供養菩薩」が響き合う。
10首目、「太もも」がいい。確かにあの形は言われてみれば太腿だ。

2018年8月1日、本阿弥書店、2000円。

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2018年10月04日

小島ゆかり歌集 『六六魚』

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2015年から2018年までの作品448首を収めた第14歌集。タイトルは「りくりくぎょ」と読み、鯉のこと。

山の青葉むくむくとしてうつしみの扁桃腺は腫れ上がりたり
猫たちに虫をいぢむる恍惚のときありて虹いろの両眼(りやうがん)
二日目のみどりごをガラス越しに見てしばらく立てり白い渚に
見つめ合ふうち入れ替はることあるをふたりのみ知り猫と暮らせる
もの思ふ秋もへちまもありません泣きぢから凄き赤ん坊ゐて
だつこひものママさんたちはぷりぷりの海老のやうなり車中に四人
合唱のひとびとに似てあたらしき墓石群たつ霊園の丘
若き日は見えざりしこの風のいろ身に沁むいろの風の秋なる
来よと言ひ早く帰れと言ふ母よいくたびもわれを鳥影よぎる
思ふたびこちら向きなる鹿のかほ絶対音感の耳立てながら

1首目、自然の移ろいと身体の変化がリンクしているような面白さ。
2首目、「虹いろ」がいい。猫は虫や小動物をいたぶるのが好き。
3首目、新生児室を廊下から見ているところ。産着やベッドの白さ。
4首目、猫にはどことなく人間っぽいところがある。
5首目、「泣きぢから」という言葉がいい。生命力の表れである。
6首目、比喩が印象的な歌。健康的な明るさを感じる。
7首目、真っ直ぐに等間隔に並んで立っている墓石。
8首目、秋風が身に沁みる年齢になったということなのだろう。
9首目、年老いた母の見舞いに行った際の歌。母の寂しさが滲む。
10首目、常に耳を立ててこちらをじっと警戒して見ている鹿の姿。

2018年9月1日、本阿弥書店、2600円。


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2018年10月01日

辻聡之歌集 『あしたの孵化』

著者 : 辻聡之
短歌研究社
発売日 : 2018-09-26

「かりん」所属の作者の第1歌集。

川のように声はうねって流れくる商店街は春のお祭り
励ますという愉悦あり果実酒のグラスが濡らす紙のコースター
春の日のシーラカンスの展示室だれの言葉も遠く聞こえる
母を捨てる、いつか、と言えばしろがねの百合の蕊よりこぼるる火の粉
くらぐらと夜に雪ふれば雪の声つかまえており父の補聴器
青から黄、赤へとうつる信号機おまえはわかりやすくていいね
菜の花にあなたの遠くまぶしがるしぐさばかりが揺れやまざりき
いつか死ぬ身を包みたる検査着のパステルグリーン 薄羽蜉蝣
囁くという字に口よりも耳多くありて呼吸をひそやかにする
春寒の工事現場に谺する All right, all right(オーライオーライ) そうだよね、きっと

2首目、励ましに含まれる優越感。励ますだけなら責任もない。
3首目、下句がいい。まるで深海に一人でいるような気分。
5首目、補聴器はかすかな音でも拡大して捉えてしまう。
8首目、検査着を着ている時の心身の心細さ。「薄羽蜉蝣」がいい。
10首目、工事車両の誘導の声だが、自分に「大丈夫」と言い聞かせているのだ。

2018年8月30日、短歌研究社、2000円。


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2018年09月30日

西村曜歌集 『コンビニに生まれかわってしまっても』


新鋭短歌シリーズ41。
「未来」所属の作者の第1歌集。

ポケットティッシュ受け取り礼を言われてるこの世がますますわからなくなる
暴動のニュースを消せば暴動は消える僕らの手のひらのうえ
持ってません温めません付けません要りませんいえ泣いていません
バラ園にバラ石鹼の香の満ちて世界はなんて深い浴槽
だったんだだったんだと行く鈍行で俺はあなたがすきだったんだ
玉入れの〈入れ〉を支えてくれたひと背なにあたまに玉を浴びつつ
「一ポンデあげる」ときみがちぎってるポン・デ・リングのたまの一つぶ
コンビニが逆に売り出す塩むすび僕はふつうに選ばなかった
マトリョーシカ、リョーシカ、リョシカ。だんだんと内緒話のように小さく
「欠席」を丸で囲むと消えていく明日のわたしの小さな椅子は

2首目、スマホの画面で見ている外国のニュース。
3首目、コンビニのレジの店員とのやり取り。「ポイントカードはお持ちですか?」「お弁当は温めますか?」「お箸はお付けしますか?」など。
5首目、「だったんだ」を電車の音のオノマトペとして使っている。
7首目、全部で8つの玉がある。「ポンデ」を単位のように扱う面白さ。
10首目、出欠の返信を出す場面。自分の存在が消えていくような寂しさ。

2018年8月11日、書肆侃侃房、1700円。

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2018年09月05日

生田亜々子歌集『戻れない旅』

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第5回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。
2009年から2018年までの作品363首が収められている。

 つなぎたい手とつなぐはずだった手と静かな雨に包まれる夕
 塗り分ける色が多くて少しずつ夏の野原じゃなくなってゆく
 雉鳩と雀の声が交差する連休終わりから二番目の昼
 初蟬が鳴き始めれば流れ出す編年体の夏の記憶よ
 言われるがままに着替えて横たわる検査室から外は見えない
 夕暮れのガラスに映るこんな目をして人混みをやって来たのか
 生きていることを確認するようにボタンを押してコーヒーを買う
 Amazonがわらびを買えと言ってきて寒い 言葉は人を殺せる
 住む場所を何度変えても変わらない地図記号なら果樹園が好き
 ポテト食べているのかケチャップ食べているのかどちらにしても
 満たされぬ夜

4首目、蟬の鳴き声を聞くと、これまでの夏の思い出が甦ってくる。
6首目、ガラス窓にたまたま映った自分の生気のない表情に驚く。
8首目、アマゾンのおすすめに、なぜか表示されている「わらび」。
9首目、唐突な下句がいい。子どもの頃から好きだったのだろう。
10首目、ケチャップをたっぷり付けたフライドポテトを食べる夜。

2018年8月27日、現代短歌社、2500円。


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2018年09月01日

橋本喜典歌集 『聖木立』


2015年から2018年の歌475首を収めた第11歌集。

「緑内障の進行がいちじるしく、なんとか読み書きのできるうちに自分の手で歌集稿を作りたいというのが、刊行を急いだ最大の理由だった」とあとがきにある。

 いつよりかわが傘なくて覚えなき傘が立ちをり傘立ての中
 昨日死にし教へ子は今日を知らぬなり生きゐる者の胸に生きゐて
 転落死の人に添ひゐし盲導犬いづこにいかに引き取られしや
 かすむ眼に一時間だけ見るテレビ十五日間はけふで終りぬ
 蜻蛉にも重さのありて徒長枝をとびたつたびに尖端ふるふ
 山茶花のかがやき咲ける下に立ち思はぬ冷えがからだをのぼる
 小松菜とバナナのジュース注ぎたるコップを倒すかすみたる眼は
 きこえぬは人を真顔にするものか写真のわれに笑顔のあらず
 柚子一個黄のかがやきを置きたれば仏壇不意に奥を深くす
 幾十年ここに聖なる桜ありき清めのごとく雪降りしきる

1首目、間違えて他人の傘を持って帰ってきてしまったのだ。
2首目、死とは「今日を知らぬ」ことだという気づき。「教へ子」が痛切。
3首目、亡くなった人ではなく付き添っていた盲導犬に思いを馳せている。
4首目、「十五日間」だけで大相撲のことだと読ませる歌。
5首目、蜻蛉の重さを詠むことで、そこに命を感じ取っている。
6首目、「からだをのぼる」に実感がある。寒さが足元から伝わってくる。
7首目、手作りの「小松菜とバナナのジュース」だから一層かなしい。
8首目、周りの人たちが笑っている中に、自分だけ真顔でいる寂しさ。
9首目、仏壇に灯りが点ったようになり、その奥に死者の世界が広がる。
10首目、伐られてしまった桜の木への鎮魂の思いがこもった歌。

こうして見てくると、命や死を詠んだ歌が多いことをあらためて感じる。
あとがきの最後は、「「まひる野」よ、ありがとう」という感謝の言葉で締めくくられている。

2018年8月1日、角川書店、3000円。


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2018年08月16日

山下翔歌集 『温泉』

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357首を収めた第1歌集。

店灯りのやうに色づく枇杷の実の、ここも誰かのふるさとである
みりん甘くて泣きたくなった銀鱈の皮をゆつくり嚙む夏の夜
墓石にかけようと買つてきた水の、ペットボトルに口つけて飲む
水の色、にはあらざれどみづいろのとんぼ過(よぎ)りつ池のほとりを
新郎と呼ぶとき君は新郎のやうだよきみが結婚をする
円卓をまはせばここに戻りくる あと一人分の酢豚をさらふ
衣ばかりの海老天のごときわが生を年越しそばにおよがせてゐる
母の通ひ詰めたるパチンコ店三つひとつもあらずふるさと日暮れ
ただいまと君が言ふ家の暗がりをこんにちはと明るく言ひて通りぬ
この夏をいかに過ごしてゐるならむ花火のひとつでも見てればいいが
ほむら立つ山に出湯のあることのあたりまへにはあらず家族は
二枚目は焼き方あさきトーストをきみの母から受け取つてゐる
おそるおそる立ちて待ちをり皆知らぬ人ばかりなる立ち食ひうどん
力の限りあなたをおもふぎゆつと眼をとぢても潰れない二つの目玉
筋肉のいづれ動かせばこの顔が笑顔になるかとおもひて動かす

1首目、巻頭歌。上句から下句へのつなぎ方に味わいがある。
2首目、銀鱈のみりん漬けを食べているところ。皮の食感が伝わる。
3首目、墓石にかける水も飲む水も同じ水であるということ。
4首目、美しい歌。「水の色」「みづいろ」の表記が効いている。
5首目、同性の「きみ」への思いはこの歌集の表には出ないモチーフだ。
6首目、全員が取り終わって残った分がまた回ってきたのだ。
7首目、細い海老がまとう大きな衣が汁の中にふやけていく。
8首目、個性の強い母への愛憎半ばする思いは繰り返し歌に出てくる。
9首目、同性の「君」の実家を訪ねた場面。「暗がり」「明るく」の対比。
10首目、会わずにいる母を詠んだ歌。「花火のひとつでも」が哀しい。
11首目、序詞的なつなぎ方。家族はいつでもバラバラになり得る。
12首目、用意されていた一枚目と、食べ終えてから焼く二枚目の違い。
13首目、確かに立ち食いうどんの店は「皆知らぬ人ばかり」感が強い。
14首目、「潰れない二つの目玉」に、ぎゅっと閉じる感じが強く出ている。
15首目、鏡に向かって表情を作っているところ。字余りの粘りのある調べ。

かなりクラシックな文語から今どきの口語まで幅広い言葉が使われているのが特徴。ざらりとした手彫りのような感触を持った文体である。ふるさと、母、食べ物に関する歌が多い。

状況の説明は少なく、歌の背後に何か隠れている気配が濃厚に感じられる。その簡単には言えない何かが、この歌集の大きな魅力にもなっている。

2018年8月8日、現代短歌社、2500円。


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2018年08月12日

栗木京子歌集 『ランプの精』

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2013年から2017年までの作品466首を収めた第10歌集。

十階の劇場までを函に乗り凍れる魚となりて運ばる
雨の日の花舗の奥には岬から丘へとつづく径(みち)あるごとし
キャロライン・ケネディを乗せ馬車は行くただ紅葉の美(は)しき日本を
この悔しさ友には告げず味方してくるればさらにかなしきゆゑに
日の射さぬ工場のなか六十年働く心臓ありてわが生く
泉質の変はるがごとくをみな老ゆ産みたる者も産まざる者も
濯がれし繃帯あまたゆふかぜになびきてゐしや敗戦の夏
夢のなかで誰とはぐれしわれならむはぐれたること少しうれしく
スペアキイできあがるまで散歩せり川面(かはも)にあはく影を映して
渓流に触れし右手を左手はうらやみてをり秋の甲斐路に
眼圧を測らむと機器覗くとき見知らぬ丘に立つ心地せり
身のうちに十字架秘めてゐるならむ空ゆく鳶の大きく見ゆる
東京を時速二百キロで離りゆくわが人生よシウマイ食べつつ
女子トイレの多さは少女(をとめ)のあきらめし夢の数なり大劇場の午後
オバマ氏と日本に来たる「黒いカバン」新大統領のパレードにも見ゆ

1首目、エレベーターに乗っている時は誰もがじっとしている。
3首目、オープンカーに乗って暗殺されたケネディ大統領の姿が重なる。
4首目、味方してもらったら嬉しいのではない。かえってみじめになるのだ。
6首目、女性の老いに関する歌が目に付く。初二句の比喩が印象に残る。
8首目、はぐれて心細かったり悲しかったりしたのではない。
9首目、「スペア」と「影」がかすかに対応している。
12首目、真下から見ると鳶がきれいな十字の形になっていたのだ。
13首目、東京から新幹線に乗って崎陽軒のシウマイ弁当を食べている。
14首目、「女子トイレ」から「あきらめた夢」への展開に胸をつかれる。
15首目、核ミサイルの発射ボタン。常に大統領の傍にある。

直喩の「ごとし」や見立てなどの比喩表現、ものの内部を透視する視線や幻想・空想的な発想に特徴がある。いずれも言葉の力によって現実とは少し違う世界を歌の中に出現させている。

2018年7月24日、現代短歌社、2700円。

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2018年08月06日

野岬歌集 『海に鳴る骨』

「塔」所属の作者の第1歌集。
昨年、第7回塔新人賞を受賞されている。

 対岸の街のガラスの一枚が今のぼりたる朝の日に燃ゆ
 小指ほどの鰯じやらりと溢れ出づ鰹の腹に出刃を当つれば
 休みなく煙吐きゐる男らの林立に会ふビルの裏手に
 山荘の二階の小窓押し開けて去年の夏と今日を繋ぎぬ
 古本の頁のあひだの黒髪を春の列車の窓から放つ
 人に会へばその分ひとりの時が要りこの夜もまた灯を消さずゐる
 均一になるまで混ぜて食べてゐる 長男として育つて来たひと
 常にゐし犬の存在うしなひて私達はもう喧嘩をしない
 漕ぎ出だす人の力が自転車と調和してゆくまでを見てゐつ
 陽の当たる段をくだりぬ吾と違ふ祈り捧ぐる君を残して

夫婦ふたりの海辺の暮らし。
夫は絵を描く人らしい。作者は古墳めぐりが趣味のようで古墳の歌が何度か出てくる。

1首目、湾を挟んで西側にある街の建物に反射する朝日。
2首目、鰹を一匹買ってきて捌いているところ。臨場感がある。
3首目、喫煙スペースに大勢で群がっている。「林立」がいい。
4首目、止まっていた山荘の時間が一年ぶりにまた動き始める。
5首目、おそらく以前の所有者の髪。見知らぬ人の姿を思う。
6首目、自分自身を取り戻す時間が必要になるのだ。
7首目、納豆か卵掛けご飯か。そこに長男らしい几帳面さを見る。
8首目、犬が夫婦の関係を取り持ってくれていたことに気が付く。
9首目、いったん調和した後はそれほど力を入れなくても進む。
10首目、神社で長く祈っている夫。一人と一人だと感じる場面だ。

タイトルは〈犬のねむる海がこの夜鳴り止まずベランダに出て「おやすみ」と言ふ〉から取られている。亡くなった犬の骨を海に撒いたのだろう。

2018年5月25日、角川書店、2600円。


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2018年08月03日

田口綾子歌集 『かざぐるま』


2008年に第51回短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
「まひる野」所属。

燃えやすきたばこと思ふそのひとが吸ふこともなくしづかに泣けば
炊飯器 抱くにちやうど良きかたち、あたたかさもて米を炊きたり
落ち葉のやうに切符を溜めて改札のひとつひとつに森ふかくあり
非常勤なれば異動といふことば使はぬままに別れを言へり
会ふたびに左手の傷に触るるひとうすくちひさき痕となりても
冷蔵庫の出口に近きたまごから順に食はれて最後のひとつ
ぶらんこで遊ぶひとなし ゆふやみにまなこ閉づればぶらんこもなし
雪の予報の出てゐる朝(あした) 収集車はごみに積もれる雪も運ばむ
すきなひとがいつでも怖い どの角を曲がってもチキンライスのにおい
ドーナツを半分にまた半分に方向音痴なひとの朝食

1首目、灰皿に置かれた煙草が黙々と燃えているところ。
3首目、切符回収の箱のなかに一枚一枚と溜まっていく。
4首目、契約期間が終われば退職となる不安定な身分。
7首目、何とも不思議な感じの歌。残像だけがまぶたに残る。
10首目、ドーナツの円形が方位や方向をイメージさせる。

空欄(しろ)に×(あか)、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれ
はうたがふ           『かざぐるま』
雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ
                 小池光『バルサの翼』
答案が憎いよ月夜 鍵穴にさしつぱなしの鍵つめたくて
                 『かざぐるま』
ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて
                 永田紅『日輪』

こうした本歌取りが何首かあるのだが、残念ながらどれも出来の悪いパロディとしか思えなかった。

2018年6月15日、短歌研究社、2000円。


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2018年07月25日

小佐野彈歌集 『メタリック』

著者 : 小佐野彈
短歌研究社
発売日 : 2018-05-21

昨年、第60回短歌研究賞を受賞した作者の370首を収めた第1歌集。「かばん」所属。

 家族つてかういふものか ふるさとの桃や葡萄はみんなまあるい
 凍てついた滝のごとくにビルならび色とりどりの裸身を映す
 簡単に土下座できるといふ君の鶏冠のごとき髪を撫でたし
 それでもなほ海が好きだと言ふひとのくちびるだから荒く合はせる
 君といふ果実をひとつ運ぶためハンドル握る北部海岸
 ソドミーの罪の残れる街をゆく鞭打つごとき陽に灼かれつつ
 無地、それもモノクロームのTシャツを湿らせながら坂駆けてくる
 網戸とは夜の虫籠 一匹の蠅ゆくりなく囚はれてゐる
 なにもかも打ち明けられてしんしんと母の瞳は雨を数へる
 窮鼠われ猫を嚙まずに生きてきてふたり仲良くお茶飲んでゐる

1首目、「家族」という制度や無言の圧力に対する違和感。
2首目、初・二句の比喩が印象的。ガラス張りの高層ビル。
3首目、君の経てきた人生が想像され、痛々しさを覚える歌。
4首目、初句「それでもなほ」という入り方が面白い。
5首目、「君=果実」を大事に思っているのだろう。
6首目、マレーシアでは同性間の姓行為は犯罪で、鞭打ち刑が科される。
7首目、女性ではなく男性の恋人の姿。
8首目、網戸とガラス窓の間に閉じ込められているのだろう。
9首目、ゲイであることを打ち明けた時の母の様子。
10首目、追い詰められても我慢してきた歳月を感じさせる。

ゲイであることを公表している作者ならではの歌も多く、LGBTに対する理解を深める一助にもなる歌集だろう。なぜか二人の解説が載っているが、これは一人で十分だったように思う。

2018年5月21日、短歌研究社、2000円。

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2018年07月19日

伊藤一彦歌集 『光の庭』

著者 : 伊藤一彦
ふらんす堂
発売日 : 2018-06-12

副題は「短歌日記2017」。
ふらんす堂のHPで一日一首発表した連載をまとめた第15歌集。

この「短歌日記」は遅くとも前日までに原稿を編集部に原則としてメールで届けることになっており、その点は苦労した。当日に見聞したことを短歌に詠むのではなく、計画や予定で前もって短歌を詠み、文章を書かざるを得なかったからである。

と、あとがきで舞台裏が明かされている。こういうところ、伊藤さんは正直だなあと思う。

短歌に添えられた文章も「今日は午後の飛行機で名古屋空港に。そのあと中津川まで行く」「座談会を行うことになっている。楽しい会になりそうだ」など、予定として書かれているものが散見する。

背の薪燃えてゐるとはつゆ知らぬ雑踏の中にわれもその一人
目薬をさしてしばしを目つむれるあひだ心神(しんしん)深くのうみつ
イハレビコ去りにけるのり残りたる芋幹木刀(いもがらぼくたう)と日向南瓜(ひうがかぼちや)よし
合ふはずと思へば合ひぬ宮崎のワインと根室の天然帆立貝
辞書見れば「ふち」には淵(ふち)と縁(ふち)とありあやふき「ふち」に行く人は行く
文華堂、大山成文館、田中書店 一軒も今は無くさびしきよ
刺し違ふるごとく間近を走りあふ電車のはらわたの中にゐる
食事中に箸おいてふと黙りこみ「時間」旅してをりし母の眼
老いるほど肌(はだへ)つやつやしてくるは人間ならず檳榔(びらう)樹の話
山のみづと海のみづとが恋しあひひとつになれる耳川河口

3首目、昔九州旅行に行った時にバスガイドさんから教わった民謡を思い出した。♪もろたもろたよいもがらぼくと日向かぼちゃのよか嫁女〜
6首目、全国各地の書店が次々となくなっている現状。
7首目、電車同士が高速ですれ違うことができるのは線路が敷かれているため。車だったら大変だ。
10首目、耳川の河口は美々津の町。若山牧水が初めて海を見たのもここである。

2018年6月9日、ふらんす堂、2000円。

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2018年07月15日

『文庫版 塚本邦雄全歌集 第一巻』 (その2)


鞦韆(しうせん)に搖れをり今宵少年のなににめざめし重たきからだ
イエスは三十四にて果てにき乾葡萄嚙みつつ苦くおもふその年齒(とし)
獸園に父ら競ひて子に見しむうすKき創あまたある象
死者なれば君等は若くいつの日も重装の汗したたる兵士
湖水あふるるごとき音して隣室の年が春夜髪あらひゐる

第2歌集『装飾樂句(カデンツア)』より。
2首目、イエスの死んだ年齢を過ぎてしまったという感慨である。

昇降機下(お)りゆくなかにきくらげのごとうごかざる人間の耳
憂鬱なる母のたのしみ屑苺ひと日血の泡のごとく煮つめて
熱の中にわれはただよひ沖遠く素裸で螢烏賊獲る漁夫ら
處刑さるるごとき姿に髪あらふ少女、明らかにつづく戰後は
殺意ひめて生きつつ今日は從順に胸部寫眞を撮らるる梟首(けうしゆ)

第3歌集『日本人靈歌』より。
5首目、胸部X線撮影の姿勢を「梟首」(さらし首)に喩えたのが印象的。

2018年2月3日、短歌研究社、2200円。


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2018年07月14日

『文庫版 塚本邦雄全歌集 第一巻』 (その1)


貴族らは夕日を 火夫はひるがほを 少女はひとでを戀へり。海にて
戰争のたびに砂鐵をしたたらす暗き乳房のために禱るも
肉を買ふ金てのひらにわたる夜の運河にひらきKき花・花
銃身のやうな女に夜の明けるまで液状の火薬塡(つ)めゐき
みなとには雪ふりゆきのしたに住む少女が夕べ賣るあかき魚
少年の戀、かさねあふてのひらに光る忘れな草の種子など
密會のみちかへりくる少女らは夜を扇のやうに身につけ
遠方にあふれゐる湖(うみ)、むずかゆくひろがりてゆく背の薔薇疹
渇水期ちかづく湖(うみ)のほとりにて乳房重たくなる少女たち
てのひらの迷路の渦をさまよへるてんたう蟲の背の赤とK

第1歌集『水葬物語』より。

性的な歌が思ったよりたくさんあるように感じる。3首目の「肉」も食べる肉のことではないだろうし、4首目などかなり直接的に性愛のイメージを詠んでいる。

一つのまとまった世界を構築しているという点においては、第2、第3歌集よりも勝っていると言えるかもしれない。

2018年2月3日、短歌研究社、2200円。

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2018年07月12日

福士りか歌集 『サント・ネージュ』


2010年から2017年までの作品430首を収めた第4歌集。
作者は青森県で中高一貫校の教員をされている。

水を恋ひ水を見に行く田植ゑまで少し間のある大潟村へ
蟹(キャンサー)のゐなくなりたる潮だまり月の夜にはさざ波が立つ
火のかたち見えねば寒いといふ祖母の部屋に置きたり朱のシクラメン
長靴のなかで脱げたる靴下のほにやらほにやらに耐へて雪掻く
一ファンとなりて生徒の名を叫ぶ九回の裏二死走者なし
聞こえくる雪解けの音新入生三十人が辞書を繰るとき
中骨をはづせば湯気のたちのぼる露寒(つゆさむ)の夜に焼くシマホッケ
一〇〇歳の祝賀に集ふ親族の笑みつつ生前葬の寂しさ
連結する列車のごとくキクキクと車が進む朝の雪道
東通(ひがしどほり)村を抜ければ六ヶ所村 産院・斎場並べるごとし

1首目、秋田県の大潟村は、もともと八郎潟を干拓してできた村。一面の水張田が湖のように見えているのだろう。
2首目、穏やかな浜辺の光景のように詠まれているが、「キャンサー(=癌)」とあるので手術の歌である。歌集の中で一番印象に残った。
3首目、暖房が炎であった時代に生きてきた祖母。赤い色が欲しいのだ。
4首目、雪深い土地ならではの歌。気持ち悪くてもそのまま作業を続けるしかない。
5首目、勤務先の高校が甲子園に出場した際の歌。敗色濃厚なこの歌で一連は終わる。
6首目、「雪解けの音」に喩えているところがいい。春の気分が滲んでいる。
7首目、箸を付けて食べ始める様子に臨場感があり、何とも美味しそうだ。
8首目、めでたい場であるはずなのに、どこか寂しさを感じてしまう。
9首目、徐行しながら慎重に進む車の列。初・二句の比喩が良い。
10首目、東通村には原発が、六ケ所村には放射性廃棄物埋設センターがある。

2018年5月12日、青磁社、2500円。


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2018年06月23日

穂村弘歌集 『水中翼船炎上中』


17年ぶりに刊行された第4歌集。328首収録。

ふたまたに割れたおしっこの片方が戒厳令の夜に煌めく
水筒の蓋の磁石がくるくると回ってみんな菜の花になる
先生がいずみいずみになっちゃってなんだかわからない新学期
それぞれの夜の終わりにセロファンを肛門に貼る少年少女
2号車より3号車より美しい僕ら1号車のガイドさん
先生が眠ってしまった教室の黒板消しにとまってる蝶
夜の低い位置にぽたぽたぽたぽたとわかものたちが落ちている町
胡桃割り人形同士すれちがう胡桃割り尽くされたる世界
今日は息子に「ひかげ」と「ひなた」を教えたというツイートが流れる夜は
からっととへくとぱすかる愛し合う朝の渚の眩しさに立つ

1首目、確かにたまに「ふたまた」になる。戒厳令下の立ちションの美しさ。
2首目、すっかり忘れていた記憶が甦ってきて懐かしい。
   https://suzurandou.ocnk.net/product/14324
3首目、結婚して姓が「泉」になったのだろう。
4首目、朝一番に行う蟯虫検査用のセロファン、あの独特な感触。
5首目、自分たちの乗るバスのガイドさんが美人だと嬉しかったものだ。
6首目、幻想的な味わいのある歌。(こういう歌がもっとあればいいのに。)
7首目、溜り場でしゃがみ込んでいる若者たち。
8首目、下句の句跨りのためにあるような一首。割るべき胡桃を探して人形たちは町をさまよい続ける。
9首目、抒情的な味わいのある歌。(こういう歌がもっとあればいいのに。)
10首目、なぜかデ・キリコの「ヘクトルとアンドロマケ」を思い出した。
   https://www.musey.net/5328

読み終えて、何とも言えない寂しさで胸がいっぱいになる。
キラキラしていた夢の抜け殻、思い出の標本箱。

2018年5月21日、講談社、2300円。

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2018年06月22日

内藤明歌集 『薄明の窓』


2008年から2015年の作品544首を収めた第6歌集。
「現代三十六歌仙」シリーズ31。

奇つ怪な形のままにふくらみて紙のマスクがベンチにわらふ
やり直しきかぬ齢と知る時に空也の脛を思はざらめや
玻璃のそと渡り廊下を行く人は両手に髪を押さへつつゆく
ゆつくりとカッターの刃を押し出してまた押し込める灯(ともしび)の下
もう少しゆけばかならず楽になる楽になるとぞ歩み来たれる
馬偏に主(あるじ)と書きてとどめ置く車ならざるまぼろしの馬
明日のため残し置かむと短編の半ばを過ぎてあかりを消しぬ
海を背に建つ良寛堂宝暦八年山本栄蔵生れしところ
菊姫で口を浄めてのどぐろのねめる刺身を舌に載せたり
指先は手術の痕に触れてをり一筋細く盛り上がる皮膚

1首目、使い終わったマスクが捨てられているところ。妙になまなましい。
2首目、有名な六波羅蜜寺の空也上人立像を思い浮かべているのだ。
3首目、建物と建物の間の渡り廊下を風が吹き抜けている。
4首目、目的があるわけではなく、何か考えごとをしているのだろう。
5首目、こう思いつつ最後まで「楽になる」ことがないのが人生か。
6首目、「駐」という字に「馬」がいることからの発想。
7首目、読み終えてしまうのがもったいないくらいの本だったのだ。
8首目、「山本栄蔵」は良寛の俗名。生まれた時はまだ「良寛」ではない。
9首目、日本酒と刺身の歌であるが、官能的な言葉選びになっている。
10首目、無意識に触ってしまって、手術のことを思い出すのである。

2018年5月10日、砂子屋書房、3000円。

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2018年06月05日

大森静佳歌集 『カミーユ』 (その2)

続いて後半から。

皆殺しの〈皆〉に女はふくまれず生かされてまた紫陽花となる
草原に火を芯として建つ包(パオ)のひとつひとつが乳房のかたち
そこだけは無毛の羊の腹のあたり切り裂きぬ前脚を摑みて
冬の虹途切れたままにきらめいて、きみの家族がわたしだけになる
何があったか全部言って、と迫るうちに蔓草の野となってしまった
紫陽花の重さを知っているひとだ 心のほかは何も見せない
ひとがひとに溺れることの、息継ぎのたびに海星(ひとで)を握り潰してしまう

1首目、戦いに負けて「皆殺し」にされるのは男たちで、女は戦利品として扱われることがしばしばあった。女性としての痛みを強く感じる歌。
2首目、モンゴルの旅行詠。パオの中央には炉があり、天井に明かり取りと煙出しの穴がある。「火を芯として」「乳房のかたち」という表現がいい。
3首目、羊を解体して内臓を取り出す場面か。生々しい臨場感がある。まるでそこから切るためのように「そこだけは無毛」であるのが痛ましい。
4首目、きみの父が亡くなった一連の歌。儚さを思わせる虹が、しかも「途切れたまま」架かっている。この世に二人だけ取り残されたように。
5首目、何か男女の修羅場を感じさせる歌だ。相手を強く問い詰め、追い詰めていった先に、寒々とした、荒涼とした心の風景が表れる。
6首目、下句、「心の奥は見せない」といった表現よりもっとどうすることもできない隔たり。作者も紫陽花の重さを知っているのかもしれない。
7首目、相手に対して身も心も溺れてゆくことの陶酔感と苦しさ。結句10音の字あまりと読むが、握り潰された海星の感触が生々しく伝わってくる。

歌集全体を読むと、よく使われる単語があることに気が付く。「火」「彫る」「狂う」「紫陽花」「虹」「喉仏」「手」「汗」「感情」「きれい」など。

原初的な感覚もありながら、それが相手や世界を包み込む大らかさには向かわず、剥き出しの切迫感と勢いを感じさせるところに作者の歌の特徴があるように思う。

2018年5月15日、書肆侃侃房、2000円。

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2018年06月04日

大森静佳歌集 『カミーユ』 (その1)


現代歌人シリーズ22。
2013年から2017年までの233首を収めた第2歌集。

まずは前半から。

あなたはわたしの墓なのだから うつくしい釦をとめてよく眠ってね
ビニール傘の雨つぶに触れきみに触れ生涯をひるがえるてのひら
見たこともないのに思い出せそうなきみの泣き顔 躑躅の道に
だって五月は鏡のように深いから母さんがまたわたしを孕む
早送りのように逢う日々蒼ざめた皿にオリーブオイルたらして
ふる雪は声なき鎖わたくしを遠のくひとの髪にもからむ
頭蓋骨にうつくしき罅うまれよと胸にあなたを抱いていたり
手をあててきみの鼓動を聴いてからてのひらだけがずっとみずうみ

1首目、初二句にまず驚かされる。行き着く場所、安らぐ場所といった意味か。優しい口調の中に究極の愛の形としての死のイメージが表れる。
2首目、雨に濡れた傘を畳んで部屋に入りきみに触れる。下句の「ひる/がえる」の句跨りにてのひらの動きを感じる。「生涯を」という把握も独特。
3首目、「想像できそうな」なら普通だが、ここでは「思い出せそうな」。燃えるように咲く躑躅の光景に、きみの泣き顔が重なって浮かび上がる。
4首目、「だって」という唐突な入り方がおもしろい。毎年5月が来ると、新しい自分が生まれるような、自分が更新されるような感じがするのだろう。
5首目、何度も立て続けに相手と会う日々が続く。下句は料理を食べているところか。映像の「早送り」とオイルの垂れる感じがかすかに響き合う。
6首目、降る雪の軌跡が鎖のように見えるのだ。雪は相手の髪に降りかかり、まるで意志を持っているかのように相手を捕えて離さない。
7首目、頭蓋骨に刻まれた罅は外からは見えないが永遠に消えることはない。力強く胸に抱きしめながら、自らの愛を相手の身体に刻印する。
8首目、鼓動とは命のリズムである。きみと離れた後もずっとてのひらに鼓動が脈打ち続けているのだろう。湖の清らかさと波立ちを感じる。

口語・文語をまじえた多様な文体と新鮮な表現によって、感情の深い部分を言葉に乗せている。一首一首の完成度に加えて連作の構成も良く、非常に密度の濃い一冊となっている。

2018年5月15日、書肆侃侃房、2000円。

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2018年05月24日

今野寿美著『24のキーワードで読む与謝野晶子』


2002年4月から2004年9月まで30回にわたって「歌壇」に連載した文章をまとめた一冊。「春」「われ」「百合」「神」「星」「桜」など24のキーワードを設定して、与謝野晶子の歌の世界を読み解いている。

このキーワードという手法は、かなり効果的だ。晶子について論じる際にはどうしても鉄幹や同世代の歌人たちとの人間ドラマに話が傾いてしまいがちだが、キーワードを中心に据えることによって、言葉や歌の問題に力点が置かれることになる。

おそらく歌のなかに「はつなつ」を詠み入れた歌人は、以上の経緯で考えると、晶子ということになる。
晶子が特徴的に使った「の」の用法もひととおりではない(…)この類の措辞を、晶子は『みだれ髪』よりのちは後退させており、現代短歌にもそのなごりはないといえるだろう。

旧派和歌から新派和歌への変化や晶子の歌の特徴が言葉のレベルで丁寧に分析されており、読み応えのある内容となっている。

2005年4月30日、本阿弥書店、2600円。

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2018年05月14日

尾崎左永子著 『「明星」初期事情 晶子と鉄幹』


青磁社評論シリーズ3。

著者が書き継いできた初期の「明星」や与謝野晶子を中心とした女性歌人についての評論に対談と講演録を加えて、全13篇を収めた評論集。

「明星」は明治33年4月に創刊され、明治41年11月の100号まで続いたが、著者が特に注目するのは明治34年末の第18号までである。西暦で言えばちょうど1900年から、21世紀の始まりの1901年に当たる時期ということになる。

中でも、「明星」に使われている一条成美のカットがミュシャの絵の模写であることを突き止めた文章など、30年前に発表されたものだが今読んでも新鮮である。

山川登美子についての文章も多く収められているが、時に厳しい指摘も見られる。

恋する者が、相手に好ましい人間であろうとして自らを変えて行くのと同じように、登美子は自らの作品を、鉄幹の好むタイプの鋳型へ流し込んで行ったのではあるまいか。「恋ごろも事件」に際して、学校当局の鋳型にはめられることに批判的であった登美子も、所詮は、愛する男性の鋳型には、自ら進んではまり込んで行ったのである。

このあたり、やや筆が滑っている感じがあるのだが、尾崎さんの理想とする女性像がうかがえて、読む方としては注目する。登美子に関しては晩年の歌を高く評価しているようだ。

胸たたき死ねと苛(さいな)む嘴(はし)ぶとの鉛の鳥ぞ空掩ひ来る
わが柩まもる人なく行く野辺のさびしさ見えつ霞たなびく

2018年1月28日、青磁社、2800円。

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2018年05月10日

与謝野晶子著 『私の生ひ立ち』


雑誌「新少女」に9回にわたって連載された「私の生ひ立ち」に、「私の見た少女」4篇を加えて一冊にまとめたもの。与謝野晶子の幼少期の姿や堺の町の雰囲気がよく感じられる内容となっている。

例えば、「火事」という話はこんなふうに始まる。

 ある夏の晩に、私は兄弟や従兄等と一所に、大屋根の上の火の見台で涼んで居ました。
「お月様とお星様が近くにある晩には火事がある。」
 十歳ばかりの私よりは余程大きい誰かの口から、こんなことが云はれました。そのうち一人降り二人降りして、火の見台には私と弟の二人だけが残されました。
「籌さん、あのお星様はお月様に近いのね。そら、あるでせう一つ。」
「さうやなあ、火事があるやら知られまへんなあ、面白い。」
「私は恐い。火事だつたら。」
「弱虫やなあ。」

幼い姉弟の仲の良い様子や会話がありありと甦ってくる。ここに出てくる「籌さん」(籌三郎)が、「君死にたまふことなかれ」に詠まれた「君」である。

1985年5月10日、刊行社。

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2018年05月06日

『与謝野晶子歌集』


与謝野晶子が自選した2963首に、遺歌集『白桜集』から100首(馬場あき子選)を追加したアンソロジー。

第1歌集『乱れ髪』からわずか14首しか選んでいないことからもわかるように、晶子の自選は初期の歌に相当厳しい。晶子自身あとがきに次のように書いている。

後年の私を「嘘から出た真実」であると思って居るのであるから、この嘘の時代の作を今日も人からとやかくいわれがちなのは迷惑至極である。教科書などに、後年の作の三十分の一もなく、また質の甚しく粗悪でしかない初期のものの中から採られた歌の多いことを私は常に悲しんで居る。

昭和13年、晶子60歳の心境である。
三年前の昭和10年には夫鉄幹を亡くしており、晶子自身も昭和17年に亡くなる。

 春雨やわがおち髪を巣に編みてそだちし雛の鶯の鳴く
                   『舞姫』
 うすぐらき鉄格子より熊の子が桃いろの足いだす雪の日
                   『佐保姫』
 八月やセエヌの河岸(かし)の花市の上ひややかに朝風ぞ吹く
                   『太陽と薔薇』
 難破船二人の中にながめつつ君も救はずわれも救はず
                   『草の夢』
 人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室
                   『心の遠景』
 海の気に亭の床几のうるほへば恋し昨日の朝もむかしも
                   『深林の香』
 夕かぜは指を集めてひらかざる白木蓮のたかき枝ふく
                   『緑階春雨』
 麻雀の牌の象牙の厚さほど山のつばきの葉につもる雪
                   『冬柏亭集』
 高きより潮の落ちくるここちして阿蘇の波野の草鳴りわたる
                   『草と月光』
 初めより命と云へる悩ましきものを持たざる霧の消え行く
                   『白桜集』

さすがに良い歌がたくさんある。
生涯に5万首を詠んだ晶子のエネルギーの一端に触れた思いがする。

2017年5月15日第71刷、岩波文庫、850円。

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2018年04月27日

ユキノ進歌集 『冒険者たち』


新鋭短歌シリーズ38。
337首を収めた第1歌集。

八階のコピー機の裏で客死するコガネムシその旅の終わりに
ランチへゆくエレベーターで宙を見る七分の三は非正規雇用
割箸がじょうずに割れる別の世で春の城門がしずかに開く
飛ぶ力を失いながら遠くなる水切りの石を見ればくるしい
次々に「知ってました」と口を割る鍋でぐつぐつ浅蜊を煮れば
改札の外で人みな空を見て羽撃くように開く雨傘
ひさびさに光を浴びて末っ子のマトリョーシカの深呼吸かな
岬に立ついまは無人の灯台にいつも閉まっている窓がある
とんかつのキャベツの盛りが高くなり今年も春が来たことを知る
ストラップの色で身分が分けられて中本さんは派遣のみどり

1首目、「客死」という語の選びがいい。
3首目、三句以下はファンタジーやゲームの世界のイメージ。
6首目、確かに翼を広げるような感じである。
7首目、普段は一番内側に閉じ込められている一番小さな人形。
8首目、人がいなければ窓も必要がないのだ。

発想がユニークで、特に職場詠、仕事詠に良い歌が多い。その一方で、全体に「いかにも」といった感じのわかりやすさに仕上げられているのが惜しい気がする。

2018年4月16日、書肆侃侃房、1700円。


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