2012年03月02日

「未来」2012年3月号

「未来」2012年3月号を読む。
全208ページというかなりの厚さで、内容も充実していて誌面に活力がある。
いくつかの結社誌に毎月目を通しているが、「未来」が一番刺激を受けるように思う。

大島史洋さんが「関芳雄のこと」という文章を書いている。
これが、とても面白い。

歌壇的には全く無名の歌人だが、かつて(昭和37年〜46年)「未来」に十年間にわたって在籍して、歌を発表していたらしい。この方の歌をもとに、その人生を掘り下げていくという内容。その中から、河野愛子さんや画家の関主悦(ちから)との関わりなども見えてくる。

こんなこと調べて何になるんだと思う人も、きっと多いだろう。
でも、私はそうは思わない。
どういう価値があるとはっきりは言えないけれど、大事なことだと感じる。

亡くなった人は、もう自分のことを語ることはできない。
遺された歌によって、誰かがその人のことを語らなければ消えてしまうのだ。

結社の良さは、こんなふうに亡くなった人のことを忘れないで、ずっと語り継いでいくことにあるのではないだろうか。そんなことを考えさせられる文章だった。

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2012年02月23日

「短歌研究」2012年3月号

カラーグラビア「現代の歌枕」は佐藤通雅さん。
「みちのく 東北」を取り上げて、その中で次のように書いている。
 ところで、みちのくが中央の〈植民地〉的存在であることは、過去のことではなかった。3・11によって図らずも〈植民地〉状態はさらけ出された。首都圏の電力は福島から送られていた。その福島が多大な被害をこうむり、なお継続中だ。「福島の復興なくして日本の復興なし」の掛け声があがるものの、首都圏もどこも、わが身を不利にしてまで救おうとはしない。みちのくは、こういう理不尽を何度でも体験してきた。

こうした根強い不信感が、佐藤さんの根底にはあるのだろう。

その気持ちはよくわかるのだが、一方でこうした図式の持つわかりやすさ、単純さといったものに対して、私は慎重でありたいと思う。

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2012年02月22日

「歌壇」2012年3月号(その4)

佐藤さんの文章を読んで、一つ気が付いたことがある。
些細なことだが、たぶん大事なことだ。
あそこで良かったってことはあると思うんですよ。
あそこでよかったってことはあると思うんですよ。

上が「短歌往来」の松村の発言の一部。下が今回の佐藤さんの引用。
「良かった」が「よかった」になっている。

これを偶然だとは思わない。

佐藤さんは「良かった」とは書きたくなくて「よかった」にしたのだと思う。たとえ、引用であっても、「良かった」と漢字では書きたくなかったのだろう。意味が強く出過ぎるからだ。

佐藤さんには、それだけ微妙な配慮があった。
そのことに対して、私は神妙な気持ちになる。

今回のできごとを通じて、私に突きつけられたのは、〈「あそこで良かった」という気持ちは、お前自身のものではないのか〉という問いに他ならない。

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2012年02月19日

「歌壇」2012年3月号(その3)

佐藤通雅さんとは何度かお会いしたこともあるし、悪意で他人の文章を引用する人でないことも知っている。評論集も何冊も出しているベテランで、引用のあり方など言われるまでもなくご存知のはずである。

それでは、なぜ今回のようなことが起きたのか。

佐藤さんの今回の評論「震災詠から見えてくるもの」に繰り返し出てくるのは、「当事者」という言葉であり、「被災圏」「圏内」「圏外」という言葉である。佐藤さん自身は仙台に住み、長年にわたって東北を拠点に活動を続けてこられた方だ。

そんな佐藤さんからすれば、私は当然「圏外」の人間であり、「当事者」意識の薄い人間にしか見えないのだろう。福島の原発に関して、「あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと」と私が言ってみたところで、「お前もそちら側の人間だろう」ということなのかもしれない。

それに対して、私は反論する言葉を持たない。

そうした分断状況を、3月11日の震災以降、私はずっと感じ続けてきたように思う。
(この項、つづく)

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2012年02月15日

「歌壇」2012年3月号(その2)

「短歌往来」1月号の該当部分は下記の通りである。
松村 そうですね。やっぱり難しいですね。特に原発の問題は、原発が福島の浜通りと呼ばれる地域に位置してること自体偶然ではなくて、選ばれてあそこにあるわけですね。東京じゃなくて福島にあるってことは非常に構造的な問題としてあって、今回二十キロメートルとか三十キロメートル圏内の人たちが避難しても、あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと、言葉は悪くて申し訳ないんだけどあそこで良かったってことはあると思うんですよ。東京にあったらそんな規模の避難じゃ済まないわけですし。都市と地方の過密過疎という、日本が抱えている構造的な問題が原子力発電所には特徴的に表われていると思うんですね。福島の問題であると同時に東京の問題でもあるし、日本の問題でもある。(以下略)

佐藤さんの文章と比べていただければすぐにわかるが、佐藤さんの引用では「あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと」という部分がすっぽりと省かれているのだ。それは、ちょっとフェアではないように思う。

特に、佐藤さんの評論を読んで、引用されている元の対談まで読み直す人はほとんどいないだろうから、「あそこで良かった」というのが私自身の気持ちということになってしまう。もちろん、全文引用できるはずもなく引用が部分的になるのは仕方がないのだが、これではどうもやり切れない。

そんなふうに、最初は思ったのだ。
(この項、つづく)

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2012年02月14日

「歌壇」2012年3月号(その1)

佐藤通雅さんの評論「震災詠からみえてくるもの」を読んだ。
その中に、次のような部分がある。少し長いが引用する。
 このような目線のおきかたによるずれは避けがたい。短歌総合誌には、震災詠をめぐる対談や座談が組まれたが、ほとんどが圏外のメンバーだった。だから私は、とんでもないずれた発言がもれるのではないかとヒヤヒヤしたが、やはり出た。
 (略)
 対談「大震災と詩歌を語る」(「短歌往来」平24・1)の参加者は松本健一・松村正直。松村は原発が福島の浜通りに設置されたことをとりあげて、「言葉は悪くて申し訳ないんだけれど」と低姿勢ながら、「あそこでよかったってことはあると思うんですよ。東京にあったらそんな規模の避難じゃ済まないわけですし。」と発言する。これも大臣なら、即刻辞任である。原爆の落ちたのは、東京でなくて広島や長崎でよかったと公言するに等しい。発言がまちがっているわけでなく、むしろ本当のことだ。しかし、圏内のものがいうか、圏外のものがいうかによって、受けとめ方がまるで異なる状況というものがある。もし、対談や座談に一人でも被災圏のメンバーがいれば、チェックできたはずだが、そうはならなかった。

初めにこの部分を読んだ時に、私はエッと驚いた。「あそこでよかった」なんて、自分が発言していることに、びっくりしたのである。これは、批判を受けても当然の言葉ではないか。

慌てて、当の「短歌往来」1月号を読み直してみた。

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2012年02月08日

「虹」 2012年冬号

上野春子さんが代表を務める同人誌「虹」の第2号が出た。

石田比呂志さんが亡くなった時の様子を記した連載「その日の石田さん」の2回目が載っている。電話がつながらないことを心配して、上野さんは石田宅を訪れ、意識不明の石田さんを発見する。以下、119番の電話でのやり取り。
「お幾つですか」やっと向こうが声を発した。「八十歳です」「御家族の方ですか」「いいえ家族はいません。一人暮らしです」「独居老人ですね」「はい」。はいと答えながら動揺した。(…)石田さんは特別な人だ、ただの年寄じゃない、そう言いたかった。でも独居老人ですかと聞かれると「はい」としか言いようがない。

この気持ち、よくわかる気がする。

ドッキョロージンというのは、確かに冷たい語感の言葉だ。普段はそれほど感じなかったであろう違和感を、119番の電話という緊迫した場面で感じたというところに、何とも言えないリアリティがある。

2012年1月25日、300円。

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2012年02月04日

「未来」2012年2月号

大島史洋さんの「選歌のあとに」に目が止まった。
「未来」十二月号の「続・物故歌人アンソロジー(4)」(さいとうなおこ・抄出)の樋口治子さんの名前を見て思い出したことがある。この人は土屋文明に「初々しく立ち居するハル子さんに会ひましたよ佐保の山べの未亡人寄宿舎」(『山下水』)とうたわれたその人である。「未来聴聞記」に登場してもらおうと思って打診したところ入院中とのことであり、しばらくして亡くなられたのであった。

この樋口治子さんについては、昨年、「「樋口作太郎に報ず」考(二)―ハル子さん」(「塔」2011年5月号)という文章の中で取り上げたことがある。樋口治子さんは、文明選歌欄の歌人樋口作太郎の息子勇作の妻にあたる人。亡くなる少し前に出た歌集『行雲』(1998年)には、文明のことを詠んだ次のような歌がある。
得難きを得難きと思わぬ貧しさか佐保の寄宿舎に訪い賜いにき
はる子さんとよみ給いし日のありてそこのみに照る吾の陽溜り

「未来」12月号には、さいとうなおこさんの抄出で8首の歌が引かれている。そのうちの3首をあげる。
樋口治子(札幌)  一九八七年入会 一九九八年十一月二〇日没
さらさらとダクトを流るる春の雪やさしき音の一つに数う
幼児の吾を遠くに遊ばせてふるさと今し雪降りしきる
茂吉眠る小さき墓の黒みかげに象眼のごとくあきつ動かぬ

亡くなった方のことを忘れないというのも、結社の大切な役割だろう。

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2012年02月02日

「波」2012年2月号

永田さんの連載「河野裕子と私」は第9回。

今月は、1998年の永田家の引越しと2008年の建て替えの話。私が京都に住み始めた2001年から、「塔」の再校・割付は永田家で行われるようになったので、建て替え前の家も今の家もよく知っている。

古い「塔」をパラパラ調べてみると、2001年5月号の編集後記に永田さんが次のように書いているのが見つかった。
□連休最後の日曜日、吉川、真中、松村三君が岩倉のわが家に集り、これからの編集実務体制について、相談をした。毎月、第一日曜日にわが家で割り付けと再校とを同時に行うことにする。

なんとも、懐かしい。

今回の連載で目を引いたのは次の部分。河野さんと母親の君江さんとの強い結びつきを述べた中に出てくるくだりである。
父親の河野如矢(ゆきや)との相性が悪く(本当は性格が似すぎているところがあったのだが)、幼児期より父親を徹底的に避けていた。

先週このブログで引いた
醜悪な老猿のごとく背を曲げて飯喰う父を今は憎まず
         産経新聞(大阪本社版)昭和40年3月3日

という歌も、そうした文脈においてみるとよくわかる気がする

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2012年01月28日

「青磁社通信」23号

巻頭エッセイに斎藤茂一さんが「茂吉の初孫として・・・」という文章を寄せている。
茂一さんは、斎藤茂吉の長男斎藤茂太の長男である。

茂吉の初孫溺愛ぶりにつては文章に紹介されているが、他にも忘れられないのが、
ぷらぷらになることありてわが孫の斎藤茂一路上をあるく
                『つきかげ』

という一首。昭和23年の歌なので、当時茂一さんは2歳くらい。
小さな子がとてとて歩いて行く感じがよく出ている。「路上を」という言い方が、さり気なくうまい。

2008年に永田さんが斎藤茂吉短歌文学賞を受賞した時のこと。授賞式で初めて茂一さんを見て、白髪まじりの姿にびっくりした。頭の中では、まだ小さな子のままだったのである。

茂一さんの波乱万丈な人生については、斎藤茂一著『S家の長男』(2007年、新講社)に詳しい。とても面白い本なので、興味のある方はぜひお読みください。

斎藤 茂一
新講社
発売日:2007-10


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2012年01月03日

「八雁」「石流」「虹」

「八雁」(選者阿木津英・島田幸典)、「石流」(発行人浜名理香)の創刊号(2012年1月号)が届いた。これに昨秋の「虹」(代表上野春子)の創刊号(2011年秋号)を含めると、「牙」の後継誌が出揃ったという感じだろう。

雑誌の創刊号というものは、たいてい「創刊の辞」などが載っていて、新鮮な気分に溢れている。読んでいて気持ちがいい。

それぞれの誌名の由来を引いておこう。
 「八雁」という語は、『古代歌謡集』(日本古典文学大系)の鳥名子舞歌、

 天(あめ)なるや 八雁(やかり)が中(なか)なるや 我(われ)人(ひと)の子(こ)
  さあれどもや 八雁(やかり)が中(なか)なるや 我(われ)人(ひと)の子(こ)

からとった。もと伊勢の風俗舞で、童男童女が歌いながら舞う神事歌謡だという。
「石流」の名は、「漱石枕流」に由来すると考えている。(…)
 この故事から、「漱石枕流」は「こじつけて言い逃れること」という意味で用いられるのだが、われらが「石流」は、「流れに枕して耳清らかに歌の調べを聞き、石で口を漱ぐように厳しく言葉を練磨する」と解釈したいのだ。
  とんねるを抜けてからっと冬の空こんなところに片足の虹
              石田 比呂志
(…)虹は希望であり夢である。日々の暮らしに追われ、疲れきった人がふと空を見上げた時虹がかかっていたら生きていることがそんなに悪いことばかりではないことに気付かされる。(…)虹は短歌でもあり文学でもある。
新しい出発をお祝いしたいと思う。

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2011年12月21日

「短歌研究」2011年12月号

「2011年歌壇展望座談会」の中で、河野裕子の「われ」やその後の世代の女性歌人(小島ゆかり、米川千嘉子など)についての話を受けて、穂村弘が次のように発言している。
穂村 その一人称がもうちょっと、永井陽子さんとか、紀野恵さんとか、水原紫苑さんとか、そういうバリエーションがあって価値が多様ならいいと思うんだけれども、どうも違いますね。やはりその人生に即した一人称で歌っている人のほうが主流という印象があって、永井陽子さんは死後評価されたと思いますけど、生前、十分評価されたという感じはしないし。
穂村さんの描く図式は下記のようなものであろう。

○人生に即した「われ」  河野裕子、小島ゆかり、米川千嘉子(主流)
○人生に即さない「われ」 永井陽子、紀野恵、水原紫苑(非主流)

発言の意味するところはよくわかるし、大筋では同意できるのだが、どうも違和感が残る。この二項対立の図式は、少し単純すぎるのではないだろうか?

例えば、河野さんの
お嬢さんの金魚よねと水槽のうへから言へりええと言つておよぐ  『歩く』
豆ごはんの中の豆たち三年生、こつちこつちと言ひて隠れる    『季の栞』
といった歌は、こうした図式からは抜け落ちてしまうだろう。
また、永井さんの
つくねんと日暮れの部屋に座りをり過去世のひとのごとき母親   『てまり唄』
マンションへ来てしまひたる鍋釜を網タワシにてみぢやみぢや磨く
                             『小さなヴァイオリンが欲しくて』
などの歌も、なかったことになってしまう。
そうすると、河野さんの歌も永井さんの歌も、魅力が半減してしまうような気がする。

現代短歌に対する穂村さんの分析はいつも鋭くて、座談会でもパネルディスカッションでも、穂村さんの提示した枠組みに沿って話が進んでいくことが多い。けれども、その枠組み自体を、本当にそうなのか疑ってみる必要があるだろう。

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2011年12月06日

角川「短歌年鑑」平成24年版

短歌に関する文章を書く場合、自分の思っていること、考えていることを、最後まではっきりと、遠慮せずに書くことが大切だと思っている。はっきりと書くことには、もちろんリスクが伴う。けれども、リスクを伴わないような発言や文章が力を持つはずもない。

そういう意味で、加藤治郎「想像力の回復を」、吉川宏志「当事者と少数者」の2編は、ともに印象に残る文章であった。それぞれ小池光の『ミドリツキノワ』評や岡井隆の「大震災後に一歌人の思ったこと」に対する異論を含んでいるのだが、きちんと自らの考えを表明して最後まで書き切っている。

立場や賛否は別にして、こうした文章は読んでいて気持ちが良い。そして、ここからさらに新たな議論へと発展していく可能性が開かれている。十分な覚悟をもって書いた文章だからこそ、次の議論へのステップになり得るのだ。

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2011年11月29日

「波」2011年12月号

永田さんの連載「河野裕子と私 歌と闘病の十年」の第7回。
今回もなかなか凄絶な内容。これでもか、これでもかという感じで話が続く。

2004年の永田さんの迢空賞授賞式の時には、僕も東京へ行った。その日の舞台裏が生々しく描かれている。知りたかったような、知りたくなかったような複雑な気持ちにさせられる。

明日は淳さん・紅さんと3人で、河野さんについての公開講座を行う予定。少し気持ちを立て直してから臨みたいと思う。

もう一つ。

巻末に新潮社の「12月の新刊」案内があるのだが、そこに岡井隆さんの『わが告白』が載っている。12月21日発売。これまた、読みたいような、読みたくないような・・・。

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2011年11月09日

「あまだむ」2011年11月号

ディスカッション「二十一世紀型の結社をもとめて」という座談会が面白い。
参加者は阿木津英(兼司会)、島田幸典、真野少、村山寿朗の4名。最初に阿木津さんが
「牙」が終刊しましたが、その有志とともに「あまだむ」も改組して、新結社として合流・再出発しようということになりました。これを機会に改めて根本的に結社というものを、日本の伝統詩形の特殊性を考え合わせながら、議論してみたいと思います。
と、座談会の主旨を述べている。その後、全25ページにわたって、結社の意味や歴史、選歌、添削の問題、師弟関係、批評のあり方など、結社の抱える様々な面について、ざっくばらんな意見交換が続く。もとより結論の出るような話ではないが、こうした議論の積み重ねは大事なことだと思う。

印象に残った発言をいくつか、引いておこう。
阿木津 「牙」なんかも復刊当時は、石田比呂志編集ノートを見ても初々しく主張してる。宗匠主義を廃するとか、権威主義を廃するとか。わたしは入った当時すごく共感した。やっぱり戦後生まれだから。でも、終るころには立派な「宗匠」になっていた(笑)
島田 だから俺が最初の方で言ったけど、雑誌というものにとらわれすぎたんじゃないかという、二十世紀結社に対するひとつの疑問はそこにある。雑誌編集、雑誌出版ってそれ自体、独自のメカニズムだし、かついちばんお金がかかるじゃない。そっちの方に気持がいきすぎちゃって、もともと何で集団作ったんだろう、ここに入ったんだろうって忘れちゃうんじゃないですかね。(…)
真野 (…)俺ね、石田さんを訪ねて行ったとき、石田比呂志が石田比呂志であるように俺は俺であり得てない、みたいなことが唐突に自分の口をついて出て、泣いちゃったんですよ。そういう、人のこころのいちばん弱いところを、一瞬につかんでそこに寄り添う能力、あれは卓抜したものだった。(…)

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2011年11月02日

「短歌」2011年11月号(その2)

角川短歌賞の次席作品は、藪内亮輔「海蛇と珊瑚」と相澤由紀子「地上の鮃」の2編。どちらも受賞作に匹敵するだけの力を感じる作品であった。
月の下に馬頭琴弾くひとの絵をめくりぬ空の部分にふれて
眼底に雪はさかさに降るといふ噂をひとつ抱きて眠りぬ
冬の浜に鯨の座礁せるといふニュースに部屋が照らされてゐる
「海蛇と珊瑚」は言葉の扱いがとてもうまい。「夜」や「冬」や「雪」や「死」といった、やや暗めのイメージで50首が統一されている。全体に静かではあるのだが、その中に感情や力が漲っている印象を受ける。
水汲みの帰りに見たる金柑のような朝日がただただ遠し
ガムテープを口に貼られて傾けるポストがほそき雨に濡れつつ
大津波きたりし後に浮かびたるトンカツ〈喜八〉の看板二文字
「地上の鮃」の作者は宮城県在住。東日本大震災を詠んだ一連である。途中で緩むことなく緊張感を保ったまま最後まで詠み切っているのがすごい。具体の効いている歌が多く、現場の様子や作者の思いがじわじわと伝わってくる。

選考座談会で気になったのは、藪内作品に対して島田修三氏が「男性ですか、女性ですか?」「小島さんは、この作者を女性だと思いますか」「こだわるけれども、これは男性ですか、女性ですか」と何度も発言していること。そんなこと選考に関係あるのだろうか。作者当てゲームをしているわけでもないのに、何とも無意味なことだと思う。

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2011年11月01日

「波」2011年11月号

永田さんの連載「河野裕子と私」は第6回。

今回もかなり読むのが辛い内容であった。手術後の河野さんの精神状態の悪化と攻撃性、そして一度だけあったという永田さんの激昂。その様子が詳細に記されている。

初めて知る話がいくつも出てくる。知って良かったような、知らない方が良かったような、でも知っておかなくてはいけないような、何とも複雑な気分にさせられる。

でも、もちろん読む人より書く人の方がはるかにしんどいに違いない。だから、この連載は最後まで目を背けずに読もうと思う。

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2011年10月30日

「りとむ」2011年11月号

「りとむ」の巻頭に「てんきりん」という欄がある。三枝昂之さんと今野寿美さんが毎号交替で一首評を書いているもの。今月は河野裕子さんの〈手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が〉を今野さんが取り上げている。その中に
(…)上の句は夫と子らに向けたのか、「あなた」と口にしながら夫を想ったのか、読者はそれぞれ自分なりの解釈で感じ入っている。それでいいと思う。でも、こうも思う。並列の言い方をしながらも一首としては〈あなた〉ひとりを想定していた。〈あなた〉ひとりに触れようとした。(…)
と書かれていて、ハッとした。「あなたとあなたに」をどのように解釈するかについて、作品発表後からいくつもの読みが出ているが、「あなた」をかぎ括弧に入れる読みは初めて目にしたのだ。

〈手を伸ばして「あなた」と声をかけながらあなたに触れたいと思うのに〉という感じだろう。この読みはかなり魅力的である。上句に声を想定すると、下句の「息が足りない」が一層切実に響いてくる。

この読みは、7月31日の山川登美子記念短歌大会の鼎談の中で披露されたものらしい。同じ号に載っている報告記(栗田明代)には次のように書かれている。
歌集の最後、この辞世の歌の呼びかけの相手は単数か複数かで大いに盛り上がった。当初、あなたにも、あなたにも、みんなに声を掛けたいのよ、と複数説が優勢だったらしいが、今野氏は単数にこだわる。
単数か複数かということで言えば、私も最初からこの歌は単数のイメージで読んでいた。目の前の「あなた」と存在としての「あなた」というような感じで理解していたのである。ただ、どうにもうまく説明ができずに困っていた。

今回の読みは、その点でかなり有力な読みになるような気がする。かぎ括弧の有無については、この歌が口述筆記されたことを考慮に入れてもいいだろう。実際に歌集『蝉声』の第2部(口述筆記など未発表作)には、かぎ括弧を用いた歌が一首もない。

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2011年10月29日

「短歌」2011年11月号(その1)

第57回角川短歌賞が発表されている。
受賞作は立花開「一人、教室」。
うすみどりの気配を髪にまといつつ風に押されて歩く。君まで
「特別」と言われた日から特別というものになりライラック咲く
子供らが描くような夜と月の空見上げる私はいま美しい
木のへらをがりりと噛んで染み出したミルクの味を吸う夏以前
やわらかく監禁されて降る雨に窓辺にもたれた一人、教室
作者は高校3年生。若々しい恋の歌であり、言葉をのびのびと使っている。2首目は恋の意識の始まりをあざやかに捉えた歌。大松達知さんの〈a pen が the pen になる瞬間に愛が生まれる さういふことさ〉を思い出した。5首目は「やわらかく監禁されて」に、教室という空間の持つ雰囲気や恋愛中の心理状況がうまく表現されている。

一連の終わり近くになって、恋の相手が先生であることが明らかにされる。そのあたりの歌をどう評価するか(通俗か、切実か)で選考委員の意見が分かれていたが、展開の仕方に限って言えばうまいと思う。

50首のうち約半数を体言止めが占めていることや、〈「夏行き」のチケット買って飛び乗った快速特急 座席は「青春」〉など明らかに水準以下の歌があることなど、難点を挙げればキリがない。でも全体として、新人賞にふさわしい作品だと思った。

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2011年10月11日

「短歌新聞」2011年10月号

一面の社説を読んで驚いた。
  小紙「短歌新聞」は二〇一一年十二月号を以て終刊することになった。
  それと同時に、僚誌「短歌現代」も同月号にて終刊。
  発行所としての短歌新聞社は、なお継続するが、残務の整理を経て、ほどなく解散ということになる。歴史の転換という問題が、大きな原因のひとつとしてあるだろう。
社長を務める石黒清介氏が95歳という高齢であることが理由として挙げられているが、もちろんそれだけではないだろう。毎月、総合誌や歌集がたくさん刊行されて、一見賑わいを見せている短歌の世界であるが、その内実は何とも脆いもののような気がする。

私のまわりを見ても、総合誌や歌集をお金を出して買っている人は、驚くほどに少ない。図書館で借りたり、友人と回し読みをするのも結構だが、それぞれが短歌というジャンルを支えているという意識も持つ必要があるのではないだろうか。

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2011年10月10日

「塔」2011年10月号

「塔」10月号の最初のページに次の一首が載っている。
つかのまの後先(あとさき)ありてと詠ひたる人の齢の思はれて 夏
                  永田和宏
この歌はもちろん、土屋文明の次の歌を元にしている。
終りなき時に入らむに束の間の後前(あとさき)ありや有りてかなしむ
                 土屋文明『青南後集』
昭和57年に文明の妻テル子が亡くなった時の歌である。テル子は93歳であった。同じ一連に〈ここのそぢ共に越え二つの姉なるを安らぎとして有り経しものを〉という歌もあるように、テル子は文明の2歳年上であり、文明はこの時91歳。

永遠の時間の流れのなかにあっては、先に死ぬのも後に死ぬのも大した違いはない。それでも、やはりその差がかなしいという歌である。

永田さんの歌に戻れば、妻を亡くしたと立場という点では文明と同じであるものの、亡くした時の年齢は63歳。河野さん64歳。早すぎる死と、その後につづく長い歳月のことを思うと、なおいっそう深い悲しみを覚えるのであろう。

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2011年10月06日

「開放区」第92号(2011年10月)

編集発行人の田島邦彦さんが、巻末に次のように書いている。
野一色容子さんは、本誌に八十四号から七回連載した「ナンジャモンジャの白い花―清原日出夫評伝」を二倍に加筆修正し、『ナンジャモンジャの花―歌人清原日出夫の生涯』(仮題)として、文芸社から十二月に刊行。二五〇頁のソフトカバーで定価一四〇〇円。
野一色さんの連載は毎号欠かさず読んでいたので、一冊にまとまるのが楽しみだ。文芸社からの出版というのが少し残念な気もするが。

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2011年10月02日

「波」2011年10月号

永田さんの連載「河野裕子と私」も第5回。

今回はかなり重たい。
読みながら息苦しくなってくるような内容で、途中何度か休憩(?)を挟みながら読んだ。
これは書く方も相当にしんどいだろうと思う。

知りたくなかったような話も出てくるが、とにかく読み続けるしかない。
どんな話が出てこようと、連載が終わるまで読み続けなければ。


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2011年10月01日

「歌壇」2011年10月号

大辻隆弘さんの「斎藤茂吉の作歌法―『ともしび』から『白桃』まで―」が抜群に面白い。9月号に前編、10月号に後編、あわせて35ページという分量。今年3月に行われた「斎藤茂吉を語る会」の講演に加筆したものである。

茂吉の「てにをは」の効果、実感の捏造、手帳と比較して見えてくる歌の作り方など、具体的な例歌に即して、一つ一つ丁寧にわかりやすく述べている。樺太の養狐場の狐の吠える歌についての分析など、推理小説さながらの鮮やかさである。

茂吉の歌の面白さを、このように言葉のレベルで解き明かしていく作業というのは、今後ますます必要になってくるだろう。茂吉が苦心を重ねて言語化した歌に対して、われわれ読む側も苦心してその読みを言語化していかなければばらないのだ。

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2011年08月31日

「りとむ」2011年9月号

隔月刊、88ページ。

里見佳保さんの時評「時間を読む時間」が良かった。
一首がひとつの出来事、一点の心の揺れをとらえたものだとしたらその並べ方、繋がりで空気や時間の流れを感じとることができる。一首のあらわす一点を読んだだけでは得られないそうした時間の流れを読むにはやはり読者も時間と手間をかける必要があるだろう。
「時間と手間をかける必要」というのは、当り前なようでいて、意外に疎かにされていることであり、こうした指摘は大事なことだと思う。

田村元さんの評論「短歌の価値―「叫びの交換」について」は、以前私がこのブログに書いた文章「短歌の価値」を引きつつ、土屋文明の「叫びの交換」へと話をつなげている。

「百舌と文鎮」では三枝さんが、パネルディスカッション「茂吉・文明に学ぶ」を取り上げて、その中で「文明の歌には時間の経過がそのまま刻み込まれており、周囲の人への関心の広がりもある」と書いている。

以上の3つはそれぞれ別の文章であるのだが、こうして並べてみると、そこに何か共通して見えてくるものがあるように感じる。ちょうど自分が文明についての文章を書いている最中だからだろうか。

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2011年08月09日

「塔」8月号(河野裕子追悼号)

「塔」8月号(河野裕子追悼号)が今週末に発売になります。追悼文(鶴見俊輔、辻井喬、宇多喜代子ほか)、追悼座談会、河野裕子論(米川千嘉子、吉川宏志、澤村斉美)、テーマ別アンソロジー、初期作品一覧(松村正直編)など、盛りだくさんの内容です。

ご購入のお申し込みは「塔」のホームページで受け付けております(定価2000円)。

また、東京のジュンク堂池袋本店、名古屋のちくさ正文館本店、京都の三月書房でも販売しております。どうぞご利用ください。

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2011年08月01日

「波」2011年8月号

新潮社のPR誌。

通巻500号記念ということで、歴代の表紙を飾ってきた作家たちの筆蹟のうち40点ほどがグラビアに載っている。川端康成、稲垣足穂、三島由紀夫、田辺聖子、三浦綾子、立原正秋、松本清張、白洲正子、司馬遼太郎、井上ひさしetc。なるほど「書は人なり」とはよく言ったもので、それぞれの書がその作品世界によく似た雰囲気を醸し出している。

永田さんの連載「河野裕子と私 歌と闘病の十年」は第三回。

今回は河野さんとは少し離れて、永田さんのサイエンスの師である市川康夫先生の話である。市川先生については『牧水賞の歌人たち 永田和宏』の中でも「三人の師」の一人として取り上げて、2ページの文章を書いていた。

また、2000年に市川先生が癌で亡くなった時の歌も「ふたつの癌」「辻」という連作となっている。第8歌集『風位』のクライマックスとも言うべき一連だ。
まこと些細なことなりしかど茶を飲ませ別れ来しことわれを救える
今回初めてその詳しい経緯について知ることになったのだが、死の前日にお見舞いに行った時の話には、やはり強く胸を打たれた。

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2011年07月28日

第1回塔短歌会賞

第1回塔短歌会賞は、梶原さい子さんの「舟虫」30首が受賞した。
潮鳴りのやまざる町に育ちたり梵字の墓の建ち並びゐて
漁撈長と機関長と禿げ上がる頭をみせて海に礼(ゐや)せり
皆誰か波に獲られてそれでもなほ離れられない 光れる海石(いくり)
腑を裂けば卵のあふるるあふれきてもうとどまらぬいのちの潮(うしほ)
対岸もほのぼの明けて家々の暮らしのかたち見えて来たりぬ
海沿いの土地の労働や暮らしの様子が、生き生きと力強く詠まれた一連である。作品の舞台は梶原さんのふるさと気仙沼市唐桑町。作品の募集は2月末締切なので、東日本大震災の前の歌である。

同じ7月号には、次のような梶原さんの月例作品も載っている。
高台よりの海美しき あの海をこの海と為し避難所はあり
ありがたいことだと言へりふるさとの浜に遺体のあがりしことを
これが「舟虫」に詠まれたのと同じ海であることを思うとき、あらためて津波の奪い去ったものの大きさに胸が痛くなる。

賞の選考は無記名で行われたので、震災のことは全く考慮に入っていないのだが、結果的に東北の海を詠んだ作品が受賞することになったことにも、何か運命的なものを感じる。

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2011年07月27日

第1回塔新人賞

「塔」7月号で発表になった第1回塔新人賞の作品から、いくつかご紹介を。
  清水良郎「農学校」【受賞作】
トラクターのフロントガラスを下敷きに出席表に○を書きゆく
水荒き演習林の夏川に四五本わたす赤杉の橋
教へ子がお辞儀をすればその背のギターネックも会釈するなり
交配の掛け算の式書き込みて、白き袋をかぶす稲の穂
養鱒の池をまはりて学生の列が大きな円となりたり
細かな観察力と描写力が光る一連。のびやかで牧歌的な農学校の雰囲気にも好感を持った。
  北辻千展「朝(あした)降る雪」【次席】
二週齢のマウスは人なら三歳か親のまわりでぴょんぴょん跳ねる
二週間に一度だけ会う夫婦かな冷たきシルクのパジャマを羽織る
われからの手紙のごとし妹がわれに似た字で近況語る
ポスドクの研究者の日常を詠んだ歌の中に、遠距離夫婦の妻や妹を詠んだ歌が入っているのが良い。
  相原かろ「枝豆拾遺」【次席】
新しい年になったが手のほうが去年の年を書いてしまった
そのむかし赤ペン先生なる人へ将来の夢告げしことあり
栞紐がふたりのすきまに降りてきて閉じようとする手までは見えた
言葉のセンスが良く、読んでいて抜群に面白い作品。軽めの詠いぶりのようでいて、ほのかな哀愁を感じさせる。

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2011年07月14日

「歌壇」2011年8月号

沢口芙美さんが「歌人の横顔」というコーナーに、清原日出夫について書いている文章が良かった。「その歌と変わらぬ誠実な人」という題の2ページの文章。若き日の清原の写真も載っている(初めて見る写真だ)。沢口さんが清原と会ったのは昭和35年と平成14年の二回だけであったが、「その温かさが今も忘れられない人である」と記している。

清原日出夫については以前から関心があって、あれこれ調べたりしたことがあるのだが、こうして新たなエピソードを知ることで、その人物像が自分の中でまた少し膨らんでいくような感じがする。

今年の「塔」の全国大会は、清原の住んでいた長野市で開かれる。初日のシンポジウムでは、池本さんへの公開インタビュー「池本一郎に聞く〜高安国世・信州・清原日出夫〜」(聞き手・松村正直)を行うことになっている。そこでも、何か清原についての新しい話が聞き出せればいいと思う。

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2011年06月29日

「波」2011年7月号

永田さんの連載「河野裕子と私 歌と闘病の十年」の第二回。
先月号が入手に苦労したので、7月号から定期購読にしている。

2000年10月11日の河野さんの乳癌の手術前後の話。

手術前後とは言っても、永田さんも河野さんもスケジュールがいっぱいに詰まっている。病院の待合室で選歌をする河野さん、そして手術当日の夕方には横浜へ出張に行く永田さん。そんな二人の忙しい生活が描かれている。

これまで、あまり公には語られてこなかった話もあって、永田さんがかなり本気でこの連載に取り組んでいることがわかる。今後が楽しみなような、辛いような、何とも言えない複雑な気分だ。

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2011年06月25日

角川「短歌」7月号

特集は「詩性を得るヒント―文学としての短歌」。
編集後記に若き石川編集長が書いている文章が印象に残った。
  さて、今号、第一特集で取り上げた短歌における詩性というのは、自分の中で最も大きなテーマの一つでした。読者ニーズではない、という意見もありましたが、詩性は、文学としての短歌をアピールするという小誌の新機軸の中核を成すものであると考えていたし、何より自分個人にとって切実なテーマでした。
  雑誌に限らずあらゆる商品の創造に必要とされるマーケティングというものを、個人的にはあまり信用していません。私は雑誌編集者であると同時に一介の読書人です。その立場から見て、マーケティングされたこぎれいなものはつまらないと感じます。一人の著者なり編集者のこだわり、信念が見えないものはやはり面白くない。小誌の読者もそう思う読書人ではないでしょうか。

青臭いと言ってもいい文章だと思うが、こういうのは読んでいて気持ちがいい。どんな分野においても、「質の良いもの」と「売れるもの」を両立させるのは難しいことだと思うが、そこに挑戦しようとする姿勢を応援したいと思う。

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2011年05月26日

「塔」1971年7月号

「他のジャンルから見た短歌」という特集に、河野さんの親友であったかわのさとこ(河野里子)さんが「反戦/愛についてのひとくさり」という詩を寄せている。
 あのね私、羊の頭数をかぞえていたの。もう幾ねんも幾ばんも。
 眠れないからじゃあなく私じしんを眠らせないために長い夜の列車に乗ったのだわ。
いつかの朝めざめると私の大切にしていたすべてが盗まれ、がらんどの日常に置き去りにされて泣いているの私。ひとりそんな夢をみてしまったから、つづきをみるのが怖くて。或いは先行する記憶を夢みてしまったから、夢から夢へはてしない旅をしていたの
そしたらね、ガラス戸に靠れてやっぱり同じよおに羊を数えている兵士に会ったわ。
それがおまえ だった

全部で2ページ半にわたる長い詩の、これが冒頭部分。この頃の河野里子さんについて、河野裕子さんはインタビューで次のように述べている。
 キューバにサトウキビ刈りにも行ってたんですよ。私が卒業して学校の先生をしていたときだ。急にサトウキビ刈りに行っちゃうんです。サフラボランティアとか言ったらしく、世界中の若い人が集まってサトウキビ刈りに。
 それでお金がないから、大阪の地下で自分のガリ版で刷った詩集を売ってお金集めをしたらしくて、そんなことを突拍子もなくやる人でしたね。
                    『牧水賞の歌人たちVol.7 河野裕子』

この当時、革命後のキューバを支援するための運動が、若者の間で広がっていたらしい。現在、中南米に関する著作を多く書いているジャーナリストの伊藤千尋も、学生時代にキューバでサトウキビ刈りのボランティアをしているので、時期的にちょうど同じ頃だろう。

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2011年05月23日

「塔」1972年2月号

 たとえば、こんな私。朝。目がさめぎわ、私はまだきのうの延長線上に立っている。一日じゅう、精一杯生きたと思う。なのになぜだか、たまらない。私という存在を、精一杯生きたとか、そういう感情で許してしまってよいとはどうしても考えられないのだ。

これも「現代短歌に何を求めるか」という特集に寄せられた文章。筆者は永井陽子。当時20歳。「短歌人」の歌人であった永井は、ゲストとしてこの特集に参加している。
文章と一緒に〈触れられて哀しむように鳴る音叉 風が明るいこの秋の野に〉以下20首の作品が載っている。第一句歌集『葦牙(あしかび)』時代である。
 私たちの言語で、私たちの心を歌うことだ。新しい抒情を築くことだ。こころ、屈折し、憎まれて、それでもなお美しくあろうとして、ぽたぽたしたたり落ちてくるしずく。私が現代短歌に求めるものは、そんな、醜くてしかも美しい抒情である。いつの日か、その抒情で私の足元についている紐をぷつんと切ることができたなら、私はその時、部屋のドアをいっぱいにあけて、住人たちを空に解き放ってやろうと思うのだ。

永井陽子が亡くなってから、もう11年が過ぎた。はたして彼女は、足元についている紐をぷつんと切ることはできたのだろうか。

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2011年05月19日

「塔」1971年4月号

古い「塔」を眺めていたら、高安さんの「雀と芥子」という文章を見つけた。「雀と芥子」と言っても、別に両者に関係はなく、雀の話と芥子の話とに分れている。

このうち芥子の話は、富永堅一という方の歌文集『木草の息』のなかに「芥子」という一文があることに触発されて書かれたもの。
(…)富永さんのお住まいの近く、昔の三島郡のあたりは、以前には阿片採収のための芥子畠が点在していたそうであるが、そう言えば昭和九、十年ごろ、私が芦屋から京大の文学部へ通っていたとき、梅雨どきの広い麦畑のあいだに、ところどころ白じろと日が当たっているような錯覚に、注意してみるとそれは白い芥子の花畑だった。
   雨ふれる野の幾ところしろじろと照ると思ふは芥子を植ゑたり
という歌を作ったのを思い出した。西洋ひなげしとちがって花弁が大きく、むせるような香りを発散する。何かの偶然で庭に生え出たのを私は知っているだけだが、富永さんの文章ではじめて阿片採収の方法などを知った。

長々と引用したのは、別に阿片に興味があるからではなくて、「塔」2009年4月号に真中さんの書いた評論「芥子を植ゑたり」を思い出したからである。まさに、高安のこの歌を皮切りに、ケシ栽培のあれこれを短歌と絡めて論じた文章であった。

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2011年05月17日

「塔」1972年4月号

  いったい、短歌がつまらないのは、短歌がものわかりのいい爺さんになってしまったせいでもある。新聞短歌、同人短歌、総合雑誌短歌、結社短歌、歌会短歌、みんなにたりよったりだ。ほんとにつまらない。全部読むにはよほどの忍耐がいる。自称、歌よみのはしくれの私でさえこうである。いわゆるシロウトさんにおいてや何をかいわんや、である。

何とも威勢の良い文章だが、これは河野裕子の書いたもの。「現代短歌に何を求めるか」という特集に寄せた「相聞歌について」の冒頭部分である。河野は当時「コスモス」の会員であったので、「塔」にとってはゲストということになる。
文章は、以下のように続く。
  短歌から挽歌と相聞を取ってしまったらなんにも残るはずがない。それだのに昨今の歌よみはそのなんにもない所に頭をつっこんで目の前のできごとをメモするしか能がないから日常べったら漬けになってしまうのである。短歌がつまらないのは、すぐれた挽歌と相聞を失ってしまったからだ。

「日常べったら漬け」なんて、おもしろい言い方をしている。「日常べったり」と「べったら漬け」がミックスしたのだろう。文体がとても若々しい。それもそのはず、当時、河野は25歳。

この後の相聞歌に関する主張は、同時期に書かれたと思われる「無瑕の相聞歌」(「短歌」1972年4月号)や『森のやうに獣のやうに』(1972年5月)のあとがきと内容的に重なっている。
  私たちは誰のために短歌を作るのか。何のために短歌を作るのか。自分のために作るのである。自分だけのために作るのである。誰のためでもあってはならない。相聞は恋人に与えるべくして作るものであってはならない。かって私も、恋人のためにただ一首の相聞を作ろうと思ったことがあるが、とうとうそれはできなかった。

若き日の河野さんの文章を読んでいると、不思議な気分になる。そこには、自分より年下の河野さんがいて、元気よく喋っている。

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2011年05月16日

「Revo律」創刊号

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「Revo律」創刊号(1970年5月)が日本の古本屋に出ていたので、購入した。1000円。
古い雑誌を読むのは面白い。今の雑誌を読むより面白いかもしれない。

内容は、三枝浩樹「杳きロゴス」15首、河野裕子「黒き麦」15首、評論「ラーゲルの平和な一日」(福島泰樹)、永田和宏「おれは燃えているか」5首、伊藤一彦「聖なる沖へ」5首、総括「革命的創造にむけて」(三枝昂之)、エッセイ「ニャロメとハチ」(深作光貞)など。いずれも1970年という時代を濃厚に感じさせる作品であり、文章である。

表紙には、こんな言葉が書いてある。
Revo律のRevoはRevolutionのRevo ― lutionがなくてはわからない。“いる”という者! “いる”として、いる(il)をつけたら il-lution になる “幻影”なんていらんや いやいるということになり、面倒くさいから“Revo律”を正式名にした!

なんとも回りくどい書き方だなあと呆れつつも、何だか楽しい。

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2011年05月13日

「井泉」39号

井泉」(編集発行人 竹村紀年子)は隔月刊の結社誌。春日井建が亡くなったあと、2005年に「中部短歌」から分れて創刊された。

この結社誌の特徴は散文に力を入れていることで、今号にも連載や評伝を含めて5編の文章が掲載されている。中でも「リレー評論」は「井泉」の目玉企画とも言えるもので、数号にわたって一つのテーマを設定し、結社外の歌人も招いて評論を書かせている。

これまでに「ほんとうっぽい歌とうそっぽい歌について」「短歌の私性について」「今日の家族の歌」といったテーマがあり、いずれも面白く読んできた。今回は前々号、前号に続いて〈短歌の「修辞レベルでの武装解除」を考える〉というテーマのもと、棚木恒寿「武装解除のゆくえ」、佐藤晶「「私」の範囲」の2本の評論が掲載されている。

それぞれの評論の中身にまでは立ち入らないが、一点だけ気になったことがある。それは二人がそれぞれ永井祐の同じ歌を引いているのだが、その表記が異なっていることだ。
あの青い電車にもしもぶつかればはねとばされたりするんだろうな
あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな

「はねとばされ」と「はね飛ばされ」、一体どちらが正しいのだろう。残念なことに、ともに出典が書かれていない。この歌はあちこちで引かれている有名な歌なので、そうした文章をいくつか見てみたが、不思議なことに誰も出典を明記していない。しかも、この二通りの表記が混在して、まかり通っている。

例えば山田富士郎「ユルタンカを超えて」(「短歌現代」2009年9月号)には、穂村弘の「棒立ちの歌」(「みぎわ」2004年8月号、『短歌の友人』にも収録)からの孫引きとして、この永井の歌が引かれている。しかし、その「棒立ちの歌」を見ても出典は書かれていない。

ああでもない、こうでもないと調べた末に、ようやくこの歌の初出が2002年の「短歌WAVE」創刊号であることがわかった。この号に第1回北溟短歌賞次席作品として、永井の「総力戦」100首が載っており、「あの青い・・・」の歌はその中に含まれている。結局、正しい表記は後者の「あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな」の方であった。

別に引用ミスについてとやかく言っているわけではない。どちらの表記が正しいのかさえ不明瞭なままに議論が続いていることに驚いたのだ。もう10年近くにもわたって、多くの人が孫引きに孫引きを重ね、直接原典に当たることをせずに、この歌についての議論を繰り返してきたということだろう。そう思うと、何ともむなしい気持ちになるのである。

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2011年04月18日

「短歌往来」2011年5月号

巻頭の渡辺松男「鶴」21首に注目した。

私は渡辺松男の歌、特に『泡宇宙の蛙』『歩く仏像』が大好きだが、ここ数年の歌は飛躍が大き過ぎて、どうにもついて行けないという思いだった。それが、今回の作品には再び強く惹きつけられた。
足のうら沙ばくにみえて茫たればそこあゆみつつすすまぬ軍馬
寒鯉のぢつとゐるその頭(づ)のなかに炎をあげてゐる本能寺

足の裏に広大な砂漠があって、その砂に脚を取られて進めなくなる軍馬。冬の冷たい池に動かずにいる鯉、その頭の中に激しく燃え上がる本能寺。どちらもシュールで鮮やかなイメージが読み手の脳裏に浮かび上がる。
ぎやくくわうにくもの糸ほそくかかやけどそれら払ひてゆくわれあらぬ
霧のあさ霧をめくればみえてくるものつまらなしスカイツリーも

一首目、目の前にあらわれる蜘蛛の巣だけがあって、それを手で払って先へ進む私がいない。ひらがな書きが効果的な歌で、これが「逆光に蜘蛛の糸細く輝けど」ではダメだろう。二首目は窓から見える景色を詠んだ歌。「霧をめくれば」という表現が、実体感のない二次元の絵のような不思議な感じを醸し出している。

これらの歌は、そのまま読んでも十分に良い歌である。その一方で、筋委縮性側索硬化症(「かりん」2010年11月号)という作者の病状を踏まえて読むこともできるだろう。
はか石は群れつつもきよりたもちゐてしんしんと雪にうもれてゆくも
などにひと年齢を問ふ彩雲のごとたはむれに生まれ消ゆるを

「群れつつもきよりたもちゐて」が、墓地に建つ墓石の姿をうまく捉えている。それは、単なる情景の描写にとどまらず、自ずから人間の死のあり方というものも感じさせる。二首目は絶唱と言っていいだろう。束の間の偶然によって生まれ、そして消えていく命。その運命の前では、年齢など何の意味も持たないのだ。

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2011年04月09日

「京大短歌」17号

学生10名+OB・OG16名の計26名の15首+エッセイを掲載。他に、評論2編、往復書簡、一首評など。全104ページというボリュームで、私が持っている「京大短歌」の中では一番厚い。

作品は全体的に少し凝り過ぎな気もするのだが、それも学生短歌の持ち味である。良いと思った歌が比較的シンプルなものになるのは、私の好みのせいだろう。
壮大な嘘をついたね おるがんにもたれている子の両手まっくろ /延 紀代子
西暦はあまねく人の没年と花瓶の細き影を見ており /大森静佳
護るため鉄条網は張らるるをその棘先に光る雨滴は /藪内亮輔
日記では二人称にて呼ぶひとを思えばどんな陸地も水辺 /笠木 拓
感情と言葉が一致しない日に百葉箱の白さを思う /矢頭由衣
洗濯機にたくさん入れる洗剤のさみしい人になりますように /吉田竜宇
退職を決めし同僚と向き合へりかもなんばんに鼻を温めて /澤村斉美
萩だろうようやく暮れ来し水に乗りすこし明るみながらゆくのは /中津昌子
遠空ゆふりくる雪は肉(ししむら)を持たねば夜の屋根に吸われつ /島田幸典
これからの春にて出会ふ木もふくめ桜のことはすべて思ひ出 /林 和清

大森静佳「大口玲子の〈起伏〉」、藪内亮輔「短歌の二重螺旋構造」は、ともに内容的にも分量の上でも本格的な評論。どちらも論理展開には異論を差し挟む余地があって、十分に論じ切れているとは言えないが、文章から書き手の「本気」が感じられて好ましく思った。これを手始めに、どんどん文章も書いていったらいいと思う。

往復書簡は、男女二人のメンバーが架空の物語という前提のもとで、手紙+短歌のやり取りをするというもの。ちょっと気恥ずかしい感じもする企画なのだが、これがけっこう良かった。「架空」とは言いながらも、どこかに「本当」の部分が透けて見えてくるように感じられた。
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2011年03月27日

「短歌研究」2011年4月号

川野里子さんの「疎開という文学空間の誕生」に注目した。

これは昨年11月に東京で行われた「今、読み直す戦後短歌」の三回目のシンポジウム(サブタイトルは「戦中からの視野」)の基調講演である。この中で川野さんは
文学者の年譜にいつどこへ疎開した、と出てくるんですけれども、疎開というものが、ことばに与えた影響は語られてこなかったんじゃないかという気がします。しかし、「戦中からの視野」で考えてみると、これは見逃すことのできないかなり大きな要素だろうということに気がついてきました。

と述べ、葛原妙子・斎藤史・斎藤茂吉という三人の歌人の疎開時の作品を取り上げている。そして、
三者三様の疎開体験ですけれども、疎開という空間、戦中の場が戦時中の文学にもたらしたものは少なくない。そしてたぶん、戦後文学の礎となっていった部分があったのではなかったろうかと思いました。

という結論を導き出すのである。とても重要な指摘だと思う。この三人以外でも、例えば群馬県の川戸に疎開した土屋文明の場合、『山下水』『自流泉』といった歌集を読めば、疎開生活が作品に与えた影響の大きさは明らかだろう。

さらに言えば、これは短歌に限った話ではない。先日読んだ有栖川有栖『作家の犯行現場』の中で、著者は横溝正史をめぐる旅に出るにあたって、次のように記している。
ミステリーファンなら、正史が疎開先だった岡山を舞台にした作品をたくさん遺していることをご存じだろう。彼はそこで昭和二十年春から終戦を挟んで二十三年夏まで過ごし、『本陣殺人事件』『蝶々殺人事件』『獄門島』という日本推理小説史に輝く傑作を書いた。

疎開という出来事がなければ、あるいはこうした横溝正史の傑作は生まれていなかったかもしれないのである。
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2011年03月14日

「塔」3月号

「塔」3月号を読み始めて、最初のページの栗木京子さんの歌に目が止まった。
亡き人との親交誇る歌並べど殉死しますといふ歌は無し
大らかな彼女であれば笑みてゐむ副葬品の歌なぞいらぬと

河野さんのことを詠んだ歌だろう。かなりキツイ内容の歌ではあるが、共感するものがある。河野さんへの挽歌が大量に載る「塔」の誌面に、これらの歌を発表するには大きな覚悟が必要だっただろう。その姿勢を潔いものだと思う。
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2011年02月24日

「短歌」2011年3月号

角川「短歌」3月号が届く。
巻頭は永田さんの作品「二人の時間」30首。その中に、こんな一首がある。
わたくしと竹箒とが壁に凭れ手持無沙汰に冬の陽を浴む

先日の旧月歌会にも、この歌が出ていた。その時に私が発言したのは〈「手持無沙汰」がいらない。私と竹箒が壁に凭れて冬の陽を浴びているというだけで、十分に手持無沙汰な感じは出ているので、「手持無沙汰」があるとダメ押しになってしまう〉ということであった。

その後、〈手持無沙汰なんて言ってないで、竹箒があるんだから自分で掃けばいい〉とか〈「手持無沙汰」はやっぱりこの歌には必要だ〉とか、いろいろな意見が出たのだが、その同じ一首を、妻を亡くしたかなしみを詠んだ一連の中で読むと、全く印象が違ってくる。手持無沙汰でしかあり得ない時間というもののさびしさが、ひしひしと伝わってくるのだ。

短歌というのは本当に不思議だと思う。

竹箒二本買ひ来て落葉らと戦ふやうに掃くうちに冬
                河野裕子『歩く』

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2011年02月04日

「未来」2月号

「未来」2月号を読む。
昨年夏の全国大会で行われた岡井隆さん、大島史洋さん、大辻隆弘さんの鼎談〈「アララギ」から「未来」へ〉が載っている。これが抜群に面白い。

戦中から戦後にかけての「アララギ」と昭和26年に創刊された「未来」をめぐる話である。話に出てくるのは土屋文明、五味保義、吉田正俊、柴生田稔、小暮政次、近藤芳美、高安国世、杉浦民平といった面々。彼らの作品や素顔、交流などが実に生き生きと語られていく。この時期のアララギは本当に面白い。テレビドラマ化しても群像劇として見応えがあるものになりそうだ。

高安国世についての言及も多く、参考になることがいろいろとあった。「塔」にいると高安さんを一人の歌人としてだけ考えてしまうことが多いけれど、やはり土屋文明や近藤芳美など他の歌人との関係のなかで考えることも大切だと思う。大島さんの「僕は高安さんが好きで、昔、進路に迷った時に、高安さんに相談をしましたらね、緑色の万年筆の字で長い返事をくださったことがあった」という発言が印象に残った。

昭和3年生まれの岡井さん、19年生まれの大島さん、35年生まれの大辻さんという30歳以上離れている三人が、それぞれの知識や体験を出し合いながら、このように同じテーマで深い話ができるというのは素晴らしいことだ。これが結社の力というものであろう。「未来」の中で、大辻さんよりさらに下の昭和50年生まれくらいの世代で、この話に入っていける人が出てくると、また面白いだろうと思う。

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2011年01月22日

「短歌往来」2月号

「短歌往来」2月号を読む。
喜多昭夫さんの評論「河野裕子の死生観―「死児」をめぐって」に感銘を受けた。

第一歌集『森のやうに獣のやうに』や第二歌集『ひるがほ』などに登場する死児の歌を中心に、河野さんの死生観について論じたものである。これまであまり正面から論じられてこなかった部分であるが、河野さんの歌を考える際に避けては通れないテーマだと思う。

私も「短歌往来」1月号に書いた「亡きひとのこゑ」という文章の中で、河野さんの亡くなった子の歌を引き、〈この「呼ばむ名」もなく死んだ子は、この後の歌集にも繰り返し登場するのであるが、今回は触れない〉と書いた。いつか論じなければならないと思いつつ、まだそれだけの覚悟ができていなかったのである。

こうしたテーマについて書こうとすると、どうしても単なる歌の話を超えて、作者のプライベートな部分にまで踏み込まざるを得ない場合が出てくる。そのあたりに関しては、当然ためらいもある。踏み込んでいいのかどうか迷うことも多い。

今回の喜多さんの文章は、そうしたデリケートな点にも配慮しつつ、けれども曖昧にするのではなく、必要な部分に関しては何歩も踏み込んで論じており、真剣さの伝わってくるものであった。今後もこうした真摯な評論によって、河野さんの新しい一面がどんどん見えてくると嬉しい。



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2010年12月25日

「短歌人」2011年1月号

「短歌人」の1月号が届く。

この号から編集人が小池光さんから藤原龍一郎さんに交代したことを知って、かなり驚いた。編集室雁信に小池さんは「体調を崩してしまった」と記している。

  わが妻のどこにもあらぬこれの世をただよふごとく自転車を漕ぐ / 小池光
  わがこころちりぢりになりてありしかばわがからだぼろぼろになりて寄り添ふ

作品5首も胸に沁みるものであった。

もう一つ驚いたこと。
2011年度の評論・エッセイ賞募集の案内が誌面に載っているのだが、その課題が「河野裕子の残したもの」なのである。こうして河野裕子という歌人が、結社を超えて広く語られていくのは嬉しいことだ。


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2010年12月15日

「アークレポート」3号

同人誌「アークレポート」3号を読んでいる。北海道の若手歌人が作る超結社「アークの会」の会報だ。メンバーは阿部久美、北辻千展、佐野書恵、樋口智子、真狩浪子、柳澤美晴、山田航。(「やなぎ」の正しい字が環境依存文字なので「柳」で代用してます)

見出しの付け方や字体などに工夫があり、読む気をそそる誌面になっている。全60ページにわたって目配りが行き届いていて、同人誌としてはかなりハイレベルであろう。ところどころ誤字に訂正の紙が貼ってあるのも、その手作業の労力などが思われて好ましく感じる。

メンバーの30首、15首の連作、歌会記、書評などのほかに「ゼロ年代を問い直す」という特集が組まれていて、これが非常に充実している。「ゼロ年代の自然の歌二十五首」や「ゼロ年代の第一歌集」などの選があり、また柳澤さんが「ゼロ年代短歌私史」という文章を書いている。これは2000年から2009年までの短歌界で起こった出来事を一年ごとにまとめたもので、この十年の短歌史が柳沢さんの目を通してよく見えてくる。

ちょうど先月京都でも「ゼロ年代を振り返る」というシンポジウムがあったところ。これからの短歌のあり方を考えるためにも、この十年の流れを整理しておくことは大切なことだろう。
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2010年06月25日

「短歌現代」7月号

歌壇時評に佐藤通雅さんが書いている「信仰と文学について」という文章が良かった。岩井謙一さんの川野里子『幻想の重量―葛原妙子の戦後短歌』批判をめぐって、ここしばらくいくつかの議論があったが、それらを踏まえてのものである。

議論の中身を偏りなく公平に捉え、しかもそれを自分の問題として深く考えた上で、実りのある議論へと導こうとする内容で、非常にすぐれた文章だと思った。

沖縄を痛めつけたる軍人の名を冠されてキャンプ・シュワブ在り
英雄といへどシュワブは二十四にて戦死したりき基地に名を残し
              栗木京子「英雄の名」

普天間基地の移設先として名前が挙がっている沖縄のキャンプ・シュワブ。この名前は沖縄戦で24歳で戦死したアルバート・E・シュワブ一等兵にちなんで付けられたもの。彼はこの戦いの功績により名誉勲章を受賞している。
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2010年06月11日

「Esそらみみ」第19号

同人誌「Es」が届く。「Es」は年に2回発行される同人誌で、メンバーは天草季紅・江田浩司・大津仁昭・加藤英彦・崔龍源・桜井健司・谷村はるか・松野志保・山田消児の十名。いずれも作品だけでなく評論も書く個性派揃いが集まっている。

「Es」は不思議な同人誌である。毎号「間氷期」とか「ナシマ」とか変った副題が付いている。もちろんそれだけではなく、誌面から書き手たちのエネルギーが強く感じられる。

今号はまず表紙裏の「そらみみ」についての谷村さんのエッセイが良かった。そして山田消児の評論「作者と作品をめぐる二つの考察―映画『妻の貌』を観て」が印象に残った。

この評論の中に「慟哭」という詩についての考察があるのだが、これは吉川宏志『風景と実感』、山田消児『短歌が人を騙すとき』と続く話の流れを受けてのものである。

ネットでいろいろ調べてみたところ、伝言ヒロシマ2002という新聞記事があった。作品と作者、そして読み手の関係というのは実に不思議なものだと思う。
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2010年06月05日

「現代詩手帖」6月号

「短詩型新時代」という特集が組まれている。座談会に岡井隆・穂村弘が出ているほか、野口あや子・松木秀・望月裕二郎・雪舟えまといった方々が文章を書いている。

「ゼロ年代の短歌100選」(黒瀬珂瀾編)「ゼロ年代の俳句100選」(高柳克弘編)というアンソロジーも載っている。この黒瀬・高柳の二名+詩人の城戸朱理が行った鼎談「いま短詩型であること」が面白かった。
つまりつくる技術、いかに俳句を仕立てるのかというレトリックを教える場というよりも、作品を読む技術を伝えていく場所として結社という場がなくてはならないだろうと私は思います

という高柳さんの発言は短歌にも当てはまることだろう。結社の問題以外にも、私性や口語やインターネットをめぐる様々なやり取りがあり、興味深い。

「ゼロ年代の短歌100選」はこの十年の間に話題になった作品がバランスよく取り上げられている。「新旧の価値観が渾然一体となっている場から選び、それぞれの価値観を並列させていった」と述べる黒瀬さんのスタンスがよく表れた選びだと思う。

「俳句100選」の方から印象に残ったものを少し。
亡き人の香水使ふたびに減る  岩田由美
水遊びする子に先生から手紙  田中裕明
帰りたし子猫のやうに咥へられ 照井 翠
実(じつ)のあるカツサンドなり冬の雲 小川軽舟
ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり 村上鞆彦

2010年6月1日、思潮社、1400円

posted by 松村正直 at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする