2015年04月10日

「うた新聞」2015年4月号

秋葉四郎と田村元の対談「酒と詩(うた)を友として」がとても面白い。
6面と11面の2ページにわたって続いている。

神田の鮟鱇料理の老舗「いせ源」で、二人は茂吉や佐太郎の歌を引きながら、そこに出てくる店や酒について語る。中でも、佐太郎の歌で有名な「酒店加六」がどこにあったのか、資料や地図をもとに突き止めた田村の話がすごい。

秋葉と田村は師弟の関係ではないが、佐太郎の書いた『茂吉随聞』、秋葉の書いた『短歌清話 佐藤佐太郎随聞』の系譜を受け継ぐような内容と言っていいだろう。

印象に残った発言を引く。

秋葉 (…)ひらめいたものは、あまりいじらない、推敲しない。若いときは推敲しないと駄目だよ。作歌を始めて五十年になると、あまり上手く作ろうという発想ではなくなってくる。

田村 もちろん「作品が第一」ということもあるんですが、作品の向こうにある作者の素顔みたいなもの、そういったものを伝えていきたいです。

昭和12年生まれの秋葉と昭和52年生まれの田村。40歳差の二人の息がぴったり合って、実に楽しい対談であった。

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2015年03月27日

角川「短歌」2015年4月号

島田幸典さんの評論「論じられた佐藤佐太郎(1)―戦後短歌史の鏡像として」が良かった。前衛短歌運動が盛り上がっていた昭和30年代に、佐太郎がどのように論じられてきたかをたどることで、戦後の短歌史を再検討しようというもの。

前衛短歌運動が主題・方法・私性の全面的「拡大」に革新の行方を見出そうとしていたとき、「純粋短歌論」はまさに対極的方向に活路を求めた。

佐太郎の立言は、一面において戦後の短歌が志向したものとの対照性を際立たせる。だが、同時に方法意識の鋭さ・強さという点で佐太郎は紛れもなく現代的であり(…)

時代・社会を詠えという強い圧力のもとで、純粋短歌論は孤独であった。

近代短歌が前衛短歌を経て現代短歌になったという従来の短歌史観では、佐太郎の歌業をうまく位置付けることができない。そういう意味でも、佐太郎に焦点を当てて戦後短歌史を捉え直そうというのは良い着眼点だと思う。この後どのように話が展開していくのか、次号が楽しみだ。

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2015年03月11日

「佐佐木信綱研究」第3號

第2号の「校歌・軍歌特集」に続いて、第3号は「新体詩特集」。
信綱の幅広いジャンルにわたる活動を視野に収めようという意図がよく伝わってくる内容だ。

座談会「新体詩とは何か?」の中で研究者の勝原晴希氏がいくつも興味深い論点を提示している。

(新体詩は)黙って読むと退屈なんだけれども、歌うと、あるいは歌っているのを聞くと、そんなに退屈でもない。

歌人たちは和歌を革新したというよりは、長歌を革新した。別の言い方をすると、歌人たちの和歌革新は、長歌の革新(改良)から始まったのではないでしょうか。

だいたい近代詩は藤村からというのが普通ですね。ただ現代詩になると、朔太郎からだと言う人と、昭和のモダニズムからだと言う人とちがってくるんです。現代詩の出発はどこからかというのは、まだはっきりとしてないですね。

誌面には明治26年の「國民之友」に発表された信綱の新体詩「長柄川」が掲載されている。五七調で385句も続く長い詩で、この年の8月に長良川の洪水により多数の死者が出た出来事を詠んでいる。声に出して読んでみると、なかなかいい。

編集後記には「和歌と短歌、短歌と歌、江戸と明治をつなぐ物として、新体詩の姿が浮かび上がってきた」とある。和歌と短歌、江戸と明治を「切断」ではなく「連続」として見る観点は、今後ますます大事になってくるに違いない。

2014年12月2日、佐佐木信綱研究会、1500円。

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2015年02月03日

「龍」2015年2月号

岡山の小見山輝さんを主宰とする龍短歌会の結社誌。
今月はなんと「九十代特集」が組まれている。
しかも20名もの参加があるのがすごい。

人形に服着せるごとゆつくりと腰かけて吾は着替へしてをり
               出井義子
店の客は日当り良きを褒めくれどわたしは店先ばかりに居れず
               武内重子
作りたる順に並べし干支の馬が貰はれて行くも順位崩さず
               長岡すみえ
夫の背骨つなぎてをりしこのボルト焼けずに残りて四年を経たり
               土屋智子
映されし航空写真に吾が家あり庭に出でヘリコプターに手を振りし
               福原千重

1首目、「人形に服着せるごと」という比喩に実感がある。身体がなかなか思い通りに動かず、時間がかかるのだ。
4首目は亡くなった夫の形見となったボルト。もとは単なる金属であったものが、今では夫の面影を感じさせる大切なものになっている。

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2015年01月20日

「合歓」第67号

「合歓」第67号(2015年1月)に、インタビュー「松村正直さんに聞く―短歌と時代、過去から現在へ」が掲載されました。聞き手は久々湊盈子さんです。

お読みになりたい方は、松村までご連絡ください。
コピーをお送りします。

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2015年01月18日

「中東短歌3」

中東をテーマに掲げた同人誌の第3号で、終刊号。
コンパクトなサイズの冊子ながら、短歌、評論、アラブ小説、対談、エッセイ、書評と盛り沢山な内容になっている。

サハラとは砂漠の意味とこの子には教えるだろう遠い春の日
                    柴田 瞳
偶然と故意のあいだの暗がりに水牛がいる、白く息吐き
                    千種創一

1首目、「この子」は妊娠中のわが子のこと。やがて生まれてくる子との会話を想像している。
2首目、抽象的な歌であるが、「水牛」になまなましい存在感がある。偶然とも故意ともはっきりしない出来事に対する疑いのような思い。

イブラヒーム・サムーイールの小説「このとき」(町川匙訳)は、サキの短編小説のような味わいがある。この作者と齋藤芳生の対談も面白かった。

サム (…)読書の味覚というのは、訓練なのです。良い作品を読めば、味覚もまた良くなるのです。そして「弱い」作品を大量に読むと、味覚も「弱く」なります。

中東情勢がますます混迷を深めていくなか、この同人誌がこれで終ってしまうのが残念でならない。

2014年10月10日、700円。

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2015年01月15日

「八雁」「未来」2014年1月号

「八雁」1月号で島田幸典さんが、「塔」60周年記念号掲載の座談会「編集部、この十年」に触れて下さった。結社の歌会について論じる中で

 松村 「選歌から学べ」とも言いますけど、普段まったく歌会に出ていないと、何をどう学べばいいのか、自分一人ではなかなか難しいですしね。

という発言も引用していただいた。
「未来」1月号では、黒瀬珂瀾さんの歌にこんな一首があった。

  「やさしい鮫」と「こわい鮫」とに区別して子の言うやさしい鮫とはイルカ 松村正直
 「やさしいバイクきた」と指さす土手をゆくカブが明日へと児をいざなへり

子どもの発想や言葉遣いは本当に自由だ。
島田さん、黒瀬さん、ありがとうございました。

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2014年12月29日

「外大短歌」第五号

幻影の花かざるべく花瓶より花抜き取りて生ごみに出す
                  上條素山
湯の中でジャスミンの葉がゆるく開き、謝るまでは許されていた
                  永山 源
かりかりに油まわして鶏を焼く よりよく生きる誓いのように
                  黒井いづみ
朝六時過ぎの着信 i phoneが震へた瞬間理解してゐた
                  藤松健介

上條作品、本物の花ではなく「幻影の花」を飾るという発想がいい。花瓶の上に残像が浮かんでくるようだ。藤松作品は祖父の死を詠んだ一連の1首目。これだけで誰かの訃報であることが読み手にも伝わってくる。

評論では山城周「ジェンダーを持つ短歌」が良かった。服部恵典「「歌人」という男―新人賞選考座談会批判」(「本郷短歌」第3号)に続いて、歌人のジェンダー観を問うこうした指摘が若手歌人から出るのは頼もしい限りだ。

座談会「短歌と私、私たち」の中では、北海道の屯田兵の家系に生まれたという永山源さんの発言が印象に残った。

「屯田魂」っていう言葉が本当にあって、あの、フロンティアスピリットなんですね、要するに。(…)すべてにおいてその心を忘れちゃいけないなって思うことによって、屯田兵の子孫なんだからっていう、なんだろう、誇りじゃないんですけどそういう自負?みたいなものを抱いているんで、切り開いていくっていう……そういう感じですね。

こうした気持ちをいつまでも持ち続けてほしいと思う。

2014年11月1日発行、500円。

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2014年12月25日

角川「短歌」2015年1月号

「歌壇時評」がないことに驚く。
編集後記等でも何も触れていないので、詳細はわからない。
今月号だけ無いのか、今後ずっと無いのか。

そもそも2012年までの「歌壇時評」は2頁×1名だった。
それが2013年から4頁×1名となり、2014年7月号からは6頁×2名となった。

そして今回のゼロである。
12頁からゼロへ。
迷走しているとしか言いようがない。

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2014年12月24日

「穀物」創刊号(その2)

後半の歌から。

やめてしまふことの容易き生活の、ごらん青海苔まみれの箸を
読みさしの詩集のやうに街があり橋をわたると改行される
                濱松哲朗

濱松作品2首目、静かな人通りの少ない街を一人で歩いている感じ。「橋をわたると改行される」という発想がおもしろい。橋を渡って風景が切り替わる感じが、「改行」のイメージと重なり合い、まるで本の中に入り込んでしまったような不思議な雰囲気がただよう。

冬の朝また冷ややかに始まりて薄い光に眼を馴染ませぬ
雪がまた雪を濡らしてゆく道を行くんだ傘を前に傾げて
                廣野翔一
街灯にくくられてゐる自転車を4桁の数字で解き放つ
手羽先にやはり両手があることを骨にしながら濡れていく指
                山階 基

山階作品2首目、鶏の手羽先を食べながら、そこに右と左の二種類があることに気が付いたのだろう。考えてみれば当然のことであるが、こうして言われてみると生々しい。下句は脂にまみれていく自分の指を詠んでいるのだが、「手羽先」→「両手」→「指」という流れにあることで、まるで自分で自分の手を食べているような怖さを感じる。

一首評では、小林朗人さんが平岡直子作品の「悲しいだった」という言い方の分析をしているのがとても良かった。確かに「悲しかった」と「悲しいだった」では、読み手の感じるニュアンスはだいぶ違ってくる。

2014年11月24日、400円。

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2014年12月23日

「穀物」創刊号(その1)

同人8名の各20首と「二人称をよむ」「時間をよむ」というテーマの一首評が載っている。以下、前半の印象に残った歌から。

感ぜざるふるへに水が震へゐる卓上にこの夜を更かしたり
窓鎖して朴の花より位置高く眠れり都市に月わたる夜を
時計草散りゆくさまを知らざればその実在をすこしうたがふ
特急の窓に凭るるまどろみはやがて筋(すぢ)なす雨に倚りゐき
                小原奈実

小原作品2首目、背の高い朴の木に上を向いて咲く朴の花。マンションの部屋からその花がよく見下ろせるのだろう。月明かりの照らす空間に浮遊して寝ているような感覚がおもしろい。小原作品はどの歌を引こうか迷うほど良い歌の多い20首であった。

電話越しに怒鳴られている現実が電車の風に薄まっていく
                狩野悠佳子
たれかいまオルゴールの蓋閉ぢなむとしてゐる われに来(きた)るねむたさ
エル・ドラド、アヴァロン、エデン、シャングリラ 楽園の名がいだく濁音
                川野芽生

川野作品2首目、エル・ドラド(アンデス奥地の黄金郷)、アヴァロン(イギリスの伝説上の島)、エデン(旧約聖書の楽園)、シャングリラ(チベットの理想郷)のいずれにも濁音が入っている点に注目した歌。下句にも「が」「だ」「だ」と濁音があり、「いだく」「だくおん」という音の響き合いも良い。

憎むなら燃えて光っているうちに。看取るなら花の象(かたち)のうちに
                小林朗人


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2014年12月22日

「羽根と根」2号

「あなたの好きな歌集」という企画が面白い。
他のメンバーから薦められた歌集を読んで、評論を書くというもの。それだけでなく、その評論を読んで、さらに薦めた人がその評を書いている。

こういう機会がなかったら絶対に読まなかったというような歌集との出会いがあり、また評論評も単に同意したり褒めたりするだけでなく、「虫武の書き方はややミスリーディングなのではないかと感じた」(七戸雅人)、「この章はもう少しひとつひとつを詳細に追ってもよかったと思う」(虫武一俊)といった意見もあって、相互のやり取りによる深みを感じさせる。

以下、印象に残った作品を引く。

肩までをお湯に浸してこれまでとこれからのゆるいつなぎ目に今日
                佐伯 紺
そしてまたあなたはしろい足首をさらして春の鞦韆に立つ
                坂井ユリ
火縄銃渡来せしとき屋久島のいかなる耳はそばだちにけむ
                七戸雅人
公園に白いつつじがつつましくひらく力のなかを会いにいく
(そういうのはじめてだからもうちょっと待って。)外には樹を濡らす雨
スーパーの青果売り場にアボカドがきらめいていてぼくは手に取る
                阿波野巧也
「parents」エスが消えた日 伸びきった絆創膏が身体に溶ける
母親が父親もして母親もしているきっと花を枯らして
                上本彩加

佐伯作品は初二句の景と三句以下の心情との照応がうまい。
坂井作品は初句「そしてまた」がおもしろく「足首をさらして」の描写も良い。

七戸作品は、種子島に火縄銃が渡来した時に、隣りの屋久島の人(あるいは猿や鹿や樹木かもしれない)はどんなふうにその銃声を聞いただろうかという想像の歌。屋久島自体が耳をそばだてて聞いているような面白さがある。

阿波野作品は瑞々しい相聞歌。一首目、「つつじ」「つつましく」の音の響きが良く、結句の字余りに力がある。二首目、ちょっと読むのが照れくさいほどの初々しさ。三首目は「きらめいていて」→「ぼくは」のかすかなねじれに面白さがある。

上本作品は両親の離婚を読んだ歌に惹かれた。一首目は上句が鮮やかにその事実を伝えている。二首目の「きっと花を枯らして」は自分の夢や望みを犠牲にしてといったニュアンスだろう。僕の両親も別れているので、この寂しさは胸にしみる。

2014年11月24日発行、500円。

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2014年12月19日

「立命短歌」第二号(その3)

濱松哲朗の編集後記にも、小泉苳三の話が出てくる。

そんな小泉の残した蔵書「白楊荘文庫」から、第二次立命短歌会の合同歌集『火焔木』(一九四三年)を発見し、昨年の九月に、宮崎哲生と二人ですべて書き写しました。

おそらく複写が許されていないので書き写したのであろう。こういう努力が大切なのである。

それにしても、「白楊荘文庫」はもう少し外部に開かれても良いのではないでしょうか。近代短歌の歴史的資料として、研究者だけでなく歌人にとっても極めて有益なものであるはずなのに、閲覧できるのは学内関係者のみで、しかも担当教授のサインが必要です。

本当にその通りだと思う。せっかくの資料も死蔵されていては仕方がない。活用されてこその資料であろう。

以前、中西亮太さんのブログ「和爾、ネコ、ウタ」に、この白楊荘文庫のことが出てきた。白楊荘文庫で新芸術派の短歌誌「エスプリ」を見つけたという内容である。
(→http://crocodilecatuta.blog.fc2.com/blog-entry-107.html

白楊荘文庫には、まだまだたくさんのお宝が眠っていそうだ。

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2014年12月18日

「立命短歌」第二号(その2)

「立命短歌」第二号には、「立命短歌会OB競詠」として昭和32年から49年に卒業したOB8名の各10首とエッセイが載っている。このような過去(短歌史)への向き合い方が「立命短歌」の特徴だと言っていいだろう。

その中で、井並敏光さんの「立命短歌会の預かりもの」というエッセイが心に残った。

一年先輩の西尾純一(西王燦)君が私の下宿に置いて行った立命短歌会の資料などが詰まった段ボール一箱は、私が第四次立命短歌会の最後の一人であるという事実を指し示すエビデンスとして四十余年私の書庫にあった。
今回、第五次立命短歌会の発足に際し、宮崎哲生君に引き継ぎが出来て喜んでいる次第である。

学生は4年で順々に卒業していってしまう。その「最後の一人」になってしまった心細さ。40年余り持ち続けていた資料は、第5次立命短歌会が発足しなければ永遠に日の目を見ることはなかったかもしれないのだ。

立命短歌会の歴史に関するものが、もう一つある。濱松哲朗の評論「立命短歌会史外伝―小泉苳三と立命館の「戦後」」である。これは、今号で最も注目すべき作品と言っていい。

濱松は、戦後「侵略主義宣伝に寄与した」との理由で立命館大学を追われた小泉苳三の歌を取り上げる。そして、戦前戦後の立命館大学の思想的な変化と、小泉が味わった苦汁を明らかにするのである。

丹念に資料に当っているだけでなく、文章が読みやすいので、小泉苳三について特に興味や知識がなくても十分に面白い。「立命短歌」のレベルの高さを感じさせる内容であった。

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2014年12月17日

「立命短歌」第二号(その1)

全122頁と、創刊号に続いて充実した内容である。
まずは印象に残った作品から。

墜落機を見にゆくような、わるいことしているつもりのふたりだったね
               安田 茜
もうずっと目蓋に夏が居座ってまぶしい 小鍋にチャイを煮出して
               稲本友香
べろべろに酒を飲みつつ何らかの方眼である部屋を見つめる
               村松昌吉
ひそやかな森に似ている理科室で蝶の時間を永遠にする
               北なづ菜
バス停がいくつも生えてくるような雨だねきつと海へ向かふね
               濱松哲朗
さういへば白い桔梗が咲いてゐた花といふには現実的な
               柳 文仁

安田作品は比喩がおもしろく、相手に語りかけるような文体に味がある。
稲本作品は「目蓋に夏が居座って」に実感があり上句と下句の取り合せもいい。
村松作品は酔った目に映る四角い部屋。前川佐美雄風である。
北作品は蝶の標本を作っているところか。静けさを感じる。
濱松作品は雨が降ってバス停が生えるという発想が楽しい。
柳作品は「現実的」という言葉が桔梗の雰囲気をよく表している。

濱松哲朗の評論「抽象性と自意識―小野茂樹の「整流器」と「私」に関する試論」は、小野茂樹が自らの作風について述べた「整流器」という言葉を手掛かりに、小野の歌の作り方や歌集のまとめ方を分析したもの。その分析を通じて、人物と作者と作中主体の関係や小野作品の「私」のあり方を考察している。

作者は自らの作品の読者となった時に初めて、おのれの作風を自覚するのであって、その逆ではない。
作品は解釈を誘発することはできるが、解釈を限定することはできないのである。

こうした箴言風の言い切りが、読んでいて心地よい。

2014年11月24日発行、500円。

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2014年12月08日

角川「短歌」2014年12月号

小池光の巻頭作品「球根」31首が良かった。

カーテンより朝光(あさかげ)の射す床上に猫のいのちはをはりてゐたり
なきがらの猫の首よりはづしたり金の鈴つきし赤き首輪を
すぎこしをおもへばあはれむすめ二人の婚礼があり妻の死があり
猫の骨壺妻の遺影とならびをり秋のつめたき雨は降りつつ
死のきはの猫が噛みたる指の傷四十日経てあはれなほりぬ

最初は「猫が死んだくらいで、なんて大袈裟な」と思ったのだが、読み進めていくうちに15年という歳月や奥さんの死のことが重なってきて、じわじわと胸に沁みた。

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2014年11月28日

「短歌人」2014年12月号

夏季集会における坪内稔典さんの講演「短歌的と俳句的」が掲載されている。その中にある次の部分に注目した。

例えば、〈たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ〉というのがありまして、これなんか、あちこちでよく引かれたりします。「たんぽぽのぽぽ」という言い方は、江戸時代の俳句にもしょっちゅう出て来る言い方で、(…)ある意味で、「たんぽぽのぽぽ」までは、今までの表現そのまま。ぼくがしたのは何かといえば、最後の「火事ですよ」と言っただけなんです。

この俳句については、河野裕子の「たんぽぽのぽぽのあたりをそっと撫で入り日は小さきひかりを収(しま)ふ」(『歳月』)の本歌取りだと思っていたので、「江戸時代の俳句にしょっちゅう出て来る言い方」というのに驚いた。

肝腎のその江戸時代の俳句というのが挙げられていないので、はっきりわからないのだが、「たんぽぽのぽぽのあたり」という言い方もあるのだろうか。少し調べてみたい話である。

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2014年11月24日

現代歌人集会秋季大会

12月7日に京都で現代歌人集会の秋季大会が開催されます。
皆さん、どうぞご参加下さい。

日時 平成26年12月7日(日) 午後1時開会(開場12時)
場所 アークホテル京都(TEL075−812−1111)

司会 松村正直理事

プログラム
 基調講演 大辻隆弘理事長

 公開インタビュー「桜は本当に美しいのか」
  ゲスト 水原紫苑氏
  聞き手 林和清副理事長

 第40回現代歌人集会賞授与式
  ・『青昏抄』楠誓英氏
  ・『日時計』沙羅みなみ氏
  選考経過報告 真中朋久理事

 総会 午後3時45分〜
  事業報告 永田淳理事
  会計報告 前田康子理事
  新入会員承認 島田幸典理事
  閉会の辞 中津昌子理事

 懇親会 午後4時30分〜6時30分
  (11月30日までにお申込み、キャンセル不可)

参加費 講演会1500円、懇親会6000円(当日お支払い下さい)

お申込 〒603-8045 京都市北区上賀茂豊田町40-1 Fax075-705-2839
    E-mail : seijisya@osk3.3web.ne.jp 永田淳まで

詳しくは→現代歌人集会秋季大会チラシ

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2014年11月17日

「現代短歌」2014年12月号

第1回佐藤佐太郎短歌賞が発表されている。
選考委員のコメント、『午前3時を過ぎて』(六花書林)の30首抄、私の受賞の言葉や略歴などが載っているので、どうぞお読みください。

第2回現代短歌社賞(300首)は、森垣岳「遺伝子の舟」が受賞。

両賞の授賞式は、12月3日(水)午後6時より、中野サンプラザにて行われます。会費8000円。参加のお申込みは現代短歌社(TEL 03−5804−7100)、または松村までお知らせ下さい。11月20日締切です。


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2014年11月05日

「八雁」2014年11月号

阿木津英さんの連載「続 欅の木の下で」(8)が心に沁みた。

「牙」の古い会員の方々の思い出を綴った文章で、そこには楽しい思い出もあれば、確執とも言うべき苦い思い出もあるのだが、そうしたすべてが歳月とともに赦されて、今では懐かしく温かな記憶として残っている。

わたしが、歌というものの良さを知ったのは、渡辺民恵さんや井上みつゑさん、そしていま名前の出た幸米二さん、こういった言うならば〈無名の歌人〉たちの、混じりけのないひたすらな歌への情熱が統べていたあの頃の「牙」においてである。

渡辺さんも井上さんも幸さんも、歌壇的に名の知られた歌人ではない。けれども、こうした人々を抜きに「結社」を語ることはできないのだ。そうした視点が、最近の結社を論じる文章には欠けているのではないだろうか。

「牙」出詠の毎月十首のみならず、数十首を石田のもとに持参しては、批評を乞う。出来の良い日もあっただろうが、出来の悪い日には遠慮会釈のない厳しい批評がとぶ。やおら渡辺さんは坐っていた座布団を滑り降り、それを両手で石田比呂志の頭の上に振りかぶって、「くやしぃーーっ」と打ちかかった話など、「牙」伝説の一つである。

いいなあ、と思う。場面がありありと目に浮かぶ。こんな光景が羨ましい。本当に歌が好きで好きで、本当に歌がうまくなりたいからこそ、「悔しい」という感情がほとばしり出るのだ。

総合誌に載っている「八雁」の広告には「地方性と無名性を尊重する」というコピーが付いている。その意味するところが、よくわかる気がした。

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2014年10月28日

「短歌人」2014年11月号

「父を歌う、父が詠う」という特集が組まれている。
「短歌人」の特集はいつも目の付けどころが良く、しかも内容も深い。
今回の特集も、評論8篇+競詠「父を詠う」+秀歌セレクションの計25ページという本格的なものになっている。

私の歌集からも、たくさん歌を引いていただいた。
そう言えば、第1歌集の頃から自分の父のことを詠んできたし、子どもが生まれてからは、父として自分の子のことも詠んできた。そんなことを振り返りながら、しばらく読み耽った。

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2014年10月21日

「棧橋」120号

1985年に創刊された同人誌「棧橋」の創刊30周年記念号&終刊号。
年4回の発行を30年間にわたって続けてきたわけで、同人誌としては前例のない長さであろう。

「「棧橋」終刊にあたって」という座談会が掲載されている。
出席者は、高野公彦、小島ゆかり、影山一男、桑原正紀、大松達知。
印象的な発言をいくつか引く。

「「棧橋」がなかったら「コスモス」をやめていたかもしれません。「コスモス」どころか、歌も続けてなかったかもしれません」 (大松)
「各自自由にやるということは、思い切った作品を作るということなんだけど、あんまり全員がそうはしてないなあ」 (高野)
「「棧橋」の作品をファックスで送って、受け取りましたというファックスを高野さんからいただいたりして、(…)そんな中で日本とも繋がっているし、歌とも繋がっていることで、自分が存在していいんだよって思えるそんな気持ちがありました」 (小島)
「やはりこういうものがないとなかなか持続しないし、持続しても短歌に燃えるという気概のようなものは出てこないですね」 (桑原)
「できればこれからは若い人たちが地域的にでもいいから集って、そのうち第二次「棧橋」が生まれたらいいし、何かのお手伝いくらいできたらいいと思います」 (影山)

「棧橋」が長年にわたって、人と人、人と短歌をつないできたことがよくわかる。
たいていの同人誌が数年で自然消滅していく中で、この持続力はまさに驚異的と言っていい。

お疲れさまでした。

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2014年10月14日

「現代短歌」2014年11月号

大井学さんが歌壇時評に「『結社』にのこされるもの」という文章を書いている。

大井は、結社の活動を「結社誌の発行」「歌会の運営」「大会等記念行事の企画運営」の三種類に大別し、さらにそのうちの「結社誌の発行」については「名簿管理システム」「費用管理システム」「出入稿管理システム」の三つに集約できると述べる。その上で、

おそらく、こうした結社の運営に必要な「業務」を考えた場合、代行サービスにアウトソーシングできないものはほとんど無いと言えるでしょう。
そこに発生している膨大な(ほぼ無賃の)労働は、やはり何等かの合理的な整理の対象としたほうが良いようにも思われます。

と記している。基本的な考え方や問題認識については同意する部分も多いのだが、自分が結社誌の編集長として10年間やってきたことが「アウトソーシング」できるものであり、「合理的な整理の対象」であると言われるのは、やはり寂しい。

私自身の結社に対する考えは、「塔」60周年記念号(2014年4月号)の「編集ノート」や座談会「編集部、この十年」、「現代短歌」2014年8月号の「高齢社会と結社」で述べてきたので、ここでは繰り返さない。

ただ、大井の考えに対しては、「そこまで言うのなら、歌作りもアウトソーシングすれば?」とか、「そもそも短歌なんてやらないのが一番合理的なのでは?」とか、そんな皮肉を言ってみたくなる。

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2014年09月24日

「短歌」2014年9月号

中部短歌会の結社誌「短歌」9月号に、井澤洋子さんの「佐々木実之氏のてがみ」という文章が載っている。1991年に井澤さんは「末の子の縁で知った」京大短歌会に入会依頼の手紙を送ったところ、佐々木氏から返事があったのだそうだ。

若い者と一緒に学ばれるという事にひっかかる。我々は我々を若いとおっしゃる方々に刺激を与える自信・実力はあります。しかしその刺激を求めて入会された方々は次に同様の刺激を求めて入ってくる方々に対して刺激たりえましょうか。
京大短歌には一応名の通った者がおりますがそういう意味の実力とかの話ではなく現代短歌の新しいページに何をつけ加えるかという熱意のない方はお断りしています。
我々は別に他人に刺激を与えるために集まっているのではない。しかし他人に刺激を与えられる位でなくては困るとも言えます。

本気の文章だなと思う。
若さゆえの傲慢と無礼はあるのだけれど、短歌に対する真っ直ぐな、偽りのない気持ちがひしひしと伝わってくる。今、こんな文章を書く人は誰もいないかもしれない。

手紙は最後に「本気で来ていただけるなら次会は・・・」という案内で終っている。そして、井澤さんはその手紙を23年間持ち続け、「ギブアップしそうになる度に己への叱責となった手紙」「かけがえのない宝」と呼んでいるのである。

真っ直ぐな、本気の言葉だけが人の胸には届くのだということを、あらためて教えられた気がする。

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2014年09月19日

「短歌研究」2014年10月号

作品季評に『午前3時を過ぎて』を取り上げていただいた。
評者は、小池光、さいとうなおこ、森本平の3名。
歌集の良い点や問題点、疑問点などを率直に指摘していただき、たいへん有難い内容であった。

歌集の小タイトルが「普通のタイトル」と「ギリシャ数字」に分れているのは、連作として発表した作品と、特に連作ではない折々の歌という分け方だったのだが、確かにわかりにくかったかもしれない。

他には、加藤治郎の特別寄稿「虚構の議論へ」が印象に残った。
選考委員としての本音がよく出ている文章である。

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2014年08月21日

「短歌研究」9月号

短歌研究新人賞が発表になっている。

原爆は公園に堕ちてよかつたと子の声に児の聲は応へぬ
              佐藤伊佐雄

という佳作(5首掲載)の一首が印象に残った。

広島の平和記念公園に来ている子が、「家がある所ではなく広い公園の上に落ちたので良かった」と言ったのだろう。もちろん、現在公園になっている場所にかつては家が建ち並んでいたことは、平和記念資料館の模型を見ればわかる。また最近ではCGによる復元作業なども行われていて、当時の様子を知ることができる。

公園に原爆が落ちたのではなく、原爆で何もなくなった場所が公園になったのだ。

でも、昨年広島に行った時に、うちの息子も全く同じようなことを言ったのであった。確かに今の風景だけを見るとそうとしか思えないのだろう。だからこそ、そこにかつては多くの家があり、多くの人々の暮らしがあったことを記録として残していく必要があるのだ。田邉雅章著『原爆が消した廣島』もそういう一冊である。

「児の聲」は原爆で亡くなった子供の声だと思う。「聲」という旧字を使うことによって、今の子供ではないことを表している。「応へぬ」の「ぬ」は完了ではなく、「応へず」という打消の意味として読んだ。戦後69年の歳月の経過とそれに伴う記憶の風化に対する危機感がよく伝わってくる一首である。

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2014年08月16日

「佐佐木信綱研究」第2號

佐佐木信綱研究会が年に2回発行する雑誌の3冊目(第0號からスタート)。
今回は「校歌・軍歌特集号」。

これまで歌人の側からはあまり取り上げられてこなかった信綱の校歌と軍歌について、詳細な調査や研究を行っている。校歌・軍歌の作詞の方法や、校歌・軍歌に対する信綱の考え方がよくわかる内容となっており、大きな成果と言っていいだろう。最後まで引き込まれて読み耽ってしまった。毎月の例会の充実ぶりがうかがえる。

次号では唱歌と新体詩を取り上げる予定とのこと。
この雑誌からはしばらく目が離せない。


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2014年08月14日

「台湾歌壇」第21集

IMG_3751.JPG

台湾の陳淑媛さん(「塔」会員)から、今年7月に刊行された「台湾歌壇」第21集を送っていただいた。出詠73名、214ページの堂々たる内容である。

「台湾歌壇」の前身である「台北歌壇」は、1968年に呉建堂(孤蓬萬里)氏により創設された。その死後、2003年に「台湾歌壇」と改称して再出発し、現在は蔡焜燦氏が代表を務めている。毎月、台北と台南で歌会を開いているほか、今号には「ハワイ短歌会」との交流の様子も記されている。

油桐花の白き花咲く杣の里五月の吹雪ひらひら散りゆく
水張田の何処まで続く花東平野灌漑豊かなる我がフォルモッサ
何時の日に国とふ名のある台湾よその日の来るまで我が生きたしも
                      陳淑媛

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2014年07月18日

「短歌往来」2014年8月号

藤島秀憲の作品月評がおもしろい。

総合誌のこうした欄は、たいてい作品を褒めることに終始することが多いのだが、藤島は作品の問題点もきちんと指摘している。

7月号では小高賢を詠んだ挽歌について、「今詠み、発表する必要が、どれだけあるのか?」という問題を提起していたが、8月号でも、例えば永田和宏の作品に出てくる「あなた」について、はっきりと疑問を呈している。

こんなふうに正々堂々と誌面で自分の意見を述べるのは、実は意外にできないものなのだ。意見に対する賛否は別にして、その姿勢に深く共感する。


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2014年06月16日

「黒日傘」第3号

高島裕の個人誌。
今号の特集は「斎藤茂吉」。ゲストは内山晶太。

  斎藤茂吉記念館。
「極楽」を妻に見せむと来たりけり「極楽」を見て妻はよろこぶ /高島裕
雨晴れて夕日は差せり、硝子戸の向かうの庭に虫は耀(かがよ)ふ
まんまんと夕かがやきの最上川行くをし見つつ立ち去り難き

高島の「柿色の国」30首は、山形県の斎藤茂吉記念館や茂吉のふるさと金瓶、疎開先の大石田を訪れた一連。1首目の「極楽」は小便用のバケツのこと。2、3首目のような生命力のある自然詠は、最近では詠む人が少なく、高島ならではという感じがする。

また、30首のうち9首に「妻」が詠まれていることにも注目した。もう一つの連作「さざなみ」30首も8首に「妻」が出てくる。茂吉や靖国神社といった表のテーマに対して、裏のテーマとなっていると言っていいだろう。

  火炎のような言葉
焼き魚、焼かれながらに火を吐くとちいさき魚の胸あふれたり /内山晶太
  パイレートという煙草を買って、その中の美人の絵だけを
  とって中身をこの堀の水に棄てた
体操服棄てられてある用水路におとろえて冬の日のみずの色

内山晶太の「点をつなぐ」30首は、すべてに詞書が付いている。説明はどこにもないのだが、どれも茂吉の散文である。2首目の「パイレート・・・」は「三筋町界隈」の一文。茂吉の散文に触発されて歌を詠む、ある種の競演とも言うべき試みである。

2014年6月3日、TOY、600円。

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2014年06月09日

「ノーザン・ラッシュ」vol.1

石川美南と服部真里子による同人誌。
A6判、16ページ。

第1号のテーマは何と「爬虫類」。
二人の作品各20首と、服部さんの精巧なイラスト、石川さんの「爬虫類カフェに行く」というエッセイで構成されている。

日の光、月の光と順に浴び亀はひと日を動かずにいた/服部真里子
シダの葉の進化を語る店員の唇のはし乾いていたり

皮脱ぐとまた皮のある哀しみの関東平野なかほどの夏/石川美南
てらてらと光りてやまずわたしより先に脱皮をした友だちが

編集後記に服部さんが、爬虫類カフェにいたヤシヤモリが「水槽から逃げてしまい、今は店内のどこかにいるはず」という話を書いている。以前読んだ小林朋道さんの本にも、ヤモリが実験中に逃げ出して、3日目の夜にようやく捕まえる話があった。

2014年5月5日、500円。

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2014年06月01日

「現代短歌新聞」6月号

今日の京都は35.3℃まで気温が上がったそうだ。
どうりで暑いわけである。

恩田英明さんが「歌壇時評」の中で、私が角川「短歌」3月号で恩田さんの文章を批判したことに対して、反論を書かれている。私の疑問についても丁寧にお答えいただき、有難いことであった。

作者と作中主体の関係が、今回のやり取りにも関係している。
もう少し考えていきたい。


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2014年05月09日

「本郷短歌」第三号

東京大学本郷短歌会の発行する短歌誌。98ページ、500円。

折々に沈黙(しじま)へ櫂をさし入れて舟漕ぐやうな会話と思ふ
               安田百合絵
風みえて欅散りをり木版のごとくかするる西日のうちを
               小原奈実
水馬(あめんぼ)に馭せられ見いるみずたまりなべて記憶は上澄みを汲む
               千葉崇弘
朝焼けにうっすら染まった猫が来てひとつずつ消していく常夜灯
               鳥居 萌

7首連作×6名、12首連作×7名、20首連作×2名が載っている。
作品だけでなく評論が充実している点が大きな特徴だろう。
特に「短歌 ジェンダー ―身体・こころ・言葉―」という特集は読み応えがある。

・開かれた「私」 現代短歌における作者の位置(吉田瑞季)
・〈母性〉の圧力とその表現―大口玲子『トリサンナイタ』について、俵万智『プーさんの鼻』に触れつつ(宝珠山陽太)
・「歌人」という男―新人賞選考座談会批判(服部恵典)

3篇ともに文章がしっかりしていて、作者と作中主体の関係や短歌におけるジェンダーの問題を深く考えさせる内容となっている。

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2014年05月05日

「現代詩手帖」2014年5月号

先月号の吉田隼人さんの連載「短歌なんか嫌いです」の問題点を指摘した件
4月9日のブログ)についてであるが、今月の連載の末尾に、

*前号で「某誌の歌壇時評」としたのは「短歌」(角川学芸出版)二月号の松村正直さんの時評でした。

という注が付けられていた。

こういうふうに引用元さえ明らかにしていただければ、何の問題もない。
迅速な対応に感謝したい。


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2014年05月03日

「白珠」2014年5月号

安田純生さんが「しづもる・うつしゑ」という評論を書いている。

「しづもる」については、以前、増井元著『辞書の仕事』を読んだ時に、ブログの記事でも取り上げたことがある。安田さんは広辞苑に書かれている「明治時代に造られた歌語」という解説に対して、具体的な例を挙げて疑問を呈している。

こうした言葉に関する論証は安田さんの得意とするところで、非常に説得力がある。ぜひ多くの方に読んでほしい内容だ。


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2014年04月27日

「りとむ」2014年5月号

滝本賢太郎さんが時評で、「短歌」2月号の私の時評「内向きな批評を脱して」に触れている。はっきりと言いたいこと、書きたいことを十分に書いていて良い時評だと思う。

そこで述べられているのは、歌や時代の変化に伴って、新しい批評の方法が生まれるべきだという主張である。

実際、松村が求める「批評」は、せいぜいが歌の丁寧な解説であり、世代は超えても歌壇の内を離れられない別の内向きを孕んでいる。

というのは、大事な指摘だろう(「せいぜい」で片付けられるほど、簡単ではないと思うが)。では、それに代わる新しい批評とは何か。

(…)意識的であれ無意識的であれ、若手の「内向き」な批評が、新しい批評の試みなのかもしれないと思いたくもなる。

(…)この世代の「ストイックさ」が新しさを触れ当てるのは時間の問題である。批評はそのとき、クレーの天使のような面持ちで到来する、そんな期待を抱きたくなる。

滝本が「新しい批評」や「新しさ」を待望する気持ちには私も共感する。これまでと全く違う新しい批評が生まれてもいいのだし、その可能性は常にある。けれども、それが言うほど簡単ではないことは、「思いたくもなる」「期待を抱きたくなる」という滝本自身の慎重な言い回しからも、よく感じられるのではないだろうか。

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2014年04月17日

「塔」2014年4月号

「塔」の創刊60周年記念号(4月号)が発行されました。全400ページ。
そのうち、前半220ページが記念号部分となっています。

・巻頭言(永田和宏)
・寄稿エッセイ(清水房雄、岡野弘彦、馬場あき子、ほか)
・座談会「老年という時を見すえて」(小高賢、小池光、永田和宏)
・塔創刊60周年記念評論賞
・会員エッセイ「わたしの親」「わたしの旅」「わたしの好きな本」
・座談会「編集部、この十年」
・特集「河野裕子の歌を読む」
・塔21世紀叢書アンソロジー

座談会「編集部、この十年」には、僕も参加しています。
あまり前向きな話にはなりませんでしたが、どうぞお読みください。

東京の「ジュンク堂池袋本店」、名古屋の「ちくさ正文館本店」、京都の「三月書房」で一般にも販売しています。また、webmail@toutankakai.com でも注文を受け付けております。定価は2000円です。

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2014年04月09日

「現代詩手帖」2014年4月号

吉田隼人さんの連載「短歌なんか嫌いです」を読んで、何とも残念な気持ちになった。

「良し悪しの先の「批評」を」と題して、五島諭歌集『緑の祠』について書いている文章である。五島さんの歌を二首引いて、細かくその分析をしており、「なるほど」と思ったり、「そうかな?」と思ったりしながら読んだ。内容については、実物をお読みいただければと思う。

この文章は、おそらく私が角川「短歌」2月号に書いた歌壇時評「内向きな批評を脱して」を受けて、書かれたものだと思われる。「おそらく」と言うのは、それがどこにも記されていないからだ。

某誌の歌壇時評で、五島諭さんの歌集『緑の祠』から「良い歌」と「悪い歌」がそれぞれ挙げられていました。その評者の見識にここでわざわざ反論する意図はまったくないのですが、(…)

文章はこのように始まっていて、どこにも「角川短歌」とも「松村正直」とも書かれてない。私が書いた文章の一部が、名前も明示されずに引かれているのを見るのは、何とも落ち着かない。そうした書き方をすることに対して、非常に残念に思う。

ツイッターでは相手を明示しないで反応する「エアリプ」がしばしば行われるが、雑誌の文章においても、そうしたことがまかり通るようになってしまったのか。これでは、オープンな議論など期待できるはずもない。

「現代詩手帖」の読者のうち一体どれくらいの人が、吉田さんの文章を読んで、私の文章にアクセスできるだろうか。筆者名も掲載誌も掲載月もわからない文章を、どうやって探し出せばいいのだろう。出典を示さずに引用するのはアンフェアだと思わざるを得ない。

この件については「現代詩手帖」に連絡して、読者に元の文章の出典がわかるようにしてほしいとお願いした。担当者の方がどう判断されるかわからないが、今後のためにも曖昧にしておきたくはないと思う。

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2014年03月23日

「レ・パピエ・シアン2」2014年3月号

特集は「ソチ五輪を詠む」。
こうした特集をタイムリーに組んでいく企画力や行動力が、通巻183号という同人誌としては驚異的な継続につながっているのだろう。

大辻隆弘さんの「戦後アララギを読む」は「高安国世から見た近藤芳美」の4回目。講演に大幅に加筆したもので、「ちょっとマニアックですが」と自分でも書いている通りの細部へのこだわりが光る。

問題は、近藤が戦後、京都の高安宅を訪れたのがいつであったか、ということ。
大辻はまず近藤の『歌い来しかた』に記されている「昭和二十四年初頭」が勘違いであることを述べる。

この本は、困ったことに、年月日の記述が実に不正確でいい加減です。近藤は、自分の既刊歌集を見ながら、詳しく調べることなく適当に年月日を想像して、思い出を書き綴っていったものと見えます。

ちょっと厳しい書き方ではあるが、これは『歌い来しかた』を資料として使う場合に、気を付けておかねばならない点だろう。この本は1985年に雑誌「世界」に連載されて1986年に岩波新書から刊行されたもの。30年以上前の出来事の記述が不正確になるのも、ある意味で止むを得ないことではある。

大辻はその後「ぎしぎし」23号(昭和23年11月28日発行)の後記から、近藤が高安宅を訪れたのが昭和23年11月14日であることを明らかにする。

その上で、その「14日」が「15日」の間違いではないかという話へ進んでいくのだ。京都市のその日の最低気温を調べたりと、まあ、本当にマニアックではあるのだが、こうした努力や姿勢は大事なことだと思う。

この件については面白そうなので、何か他に資料がないか調べてみたい。

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2014年03月15日

「まひる野」2014年3月号

この年の最後の読書『高安国世』七十歳の死を思ひて閉ぢぬ
              橋本喜典

高安国世が亡くなったのは1984年のこと。
今年は没後30年にあたる。

高安が亡くなったのは、「塔」の創刊30周年の時であった。
今年は創刊60周年。
ちょうど倍の時間が流れたことになる。

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2014年02月22日

「現代短歌」2014年3月号

小高賢さんの作品「よきものの」13首が載っている。
亡くなったことを知っているためか、「不審死という最期あり引き出しを改めらるる焉りはかなし」など、死を詠んだ歌が多いのが印象に残る。

よきものの七十歳(ななじゅう)代という歌をにわかに信ぜず信じたくもあり

この一首は

よきものぞ七十代はといひし師のこころ諾(うべ)なふ今にいたりて
                窪田空穂『丘陵地』

を踏まえている。昭和29年の歌で、当時空穂は77歳。
69歳で亡くなった小高さんには、ついに「七十歳代」は来なかったことを思うと、何とも悲しい。
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2014年02月20日

「歌壇」2014年3月号

黒瀬珂瀾の特別評論「精神科医 斎藤茂吉の歌語」がおもしろい。

茂吉の『赤光』に使われている「狂・癲」といった言葉(狂者、狂人、狂院、瘋癲院、瘋癲学など)について、多くの資料に当りながら詳細に考察している。この「やさしい鮫日記」にも言及していただいた。

黒瀬はまず、茂吉の精神病学における師であった呉秀三が、精神病のイメージの改善に取り組み、「狂・癲」といった言葉を除こうと努力したことや、茂吉も精神病医として当然そうした状況を知っていたことを明らかにする。それにも関わらず茂吉は歌の中でそれらの言葉を用いた。その理由について黒瀬は
これを≪茂吉の性格、個性≫と片づけるのは容易い。だが、一つ推測しておきたいのは、茂吉は一般社会での表現と、歌の表現は別個のものという意識がどこかにあったのではないか、という点である。そうだとすると、やはり茂吉には「狂・癲」の語を意識して用いたという側面はあるかもしれない。

と指摘する。このあたり、茂吉の作歌意識に触れてくる部分で、非常に興味深い。さらに掘り下げていくと、いろいろと新しいことが見えてくる気がする。
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2014年02月01日

「歌壇」2月号、「短歌往来」2月号

「歌壇」に連載中の篠弘「戦争と歌人」は、2月号で折口春洋を取り上げている。
昭和6年の入隊から始まり、昭和16年の召集、さらに18年の再召集から19年の硫黄島行きという流れを踏まえつつ、それぞれの時期の歌を引いている。

中でも硫黄島で読まれた歌は、印象深い。
ぬかづけば さびしかりけり。たこのかげ、筵の下に 亡骸を据う
明礬の洞窟に臥して十日をすぎわが体臭をいとふなりけり
壕を出でゝむかふ空深しわが空中爆雷の煙雲しづけし
師走八日昼なほあつき島の上黍の葉枯れに蝗いで居り

映画「硫黄島からの手紙」の風景などを思い出す。

「短歌往来」2月号には、西勝洋一の評論「齋藤瀏、史の旭川時代」が掲載されている。
旭川に住む西勝が齋藤親子の旭川での足跡と、地元歌人たちとの交流について記したもの。

内容的には、昨年刊行された石山宗晏・西勝洋一著『道北を巡った歌人たち』と重なる部分が多いのだが、こうした〈郷土短歌史〉は今後大事になってくるように思う。

例えば、今回の評論に出てくる酒井廣治は、一般的な短歌史ではあまり取り上げられない歌人であるが、旭川歌壇においてはかなり重要な役割を果たしている。

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2014年01月20日

「現代短歌」2014年2月号

大島史洋さんの「河野裕子論」は2回目。
歌集『桜森』を取り上げているのだが、気になる箇所があった。
河野は、昭和五十二年の七月に高校時代からの親友であった河野里子が自死するという出来事に会う。

この「高校時代から」というのは間違いだと思う。
二人が出会ったのは京都女子大学でのことだ。
四十一年に京都女子大に入りました。先日ダンボールの中から、女子大の入学関係書類が出てきてびっくりしました。受験番号が一二四八七番。そして、河野里子さんに会ったんです。   「歌壇」2007年9月号
(京都女子大の)旧校舎のときは階段教室だったんですよ。下のほうに教授がいて。すり鉢の底で教授が講義をいたしますでしょう。窓の外にキイチゴの花が咲いたりして。その階段教室でとにかく一番はじめに見たときから、この人が好き、と思ったんです。     『シリーズ牧水賞の歌人たち 河野裕子』

こうした河野さん自身の発言からも、初めての出会いが大学に入ってからだったことは明らかだろう。

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2014年01月05日

「開放区」第98号

野一色容子さんの連載「ナンジャモンジャの木―清原日出夫評伝拾遺―」は4回目。
前回に続いて、高校3年生の清原が地元の北海道新聞「根室歌壇」に投稿した作品58首について取り上げている。

「清原清人」「山川四郎」のペンネームで投稿されたこれらの歌のことは、多分これまでどこにも書かれていない。清原日出夫について考える上で貴重な資料である。

現代歌人文庫『清原日出夫歌集』の中で、清原は
次に〈短歌〉と付き合うようになったのは、高校生になってからである。ここでの付き合いを経て、本当の意味で現代短歌に出会ったのは、(…)高安国世の〈砂の上の卓〉によってである。昭和三十三年のことだ。

と記している。
この高校生時代の短歌との「付き合い」というのが、新聞歌壇への投稿を指しているのだろう。

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2014年01月02日

「レ・パピエ・シアン2」2013年12月号

紹介が遅れて年を越してしまった。

大辻隆弘さんの連載「戦後アララギを読む」は58回目。
「高安国世から見た近藤芳美」という講演録の1回目が掲載されている。

この講演は、12月1日の現代歌人集会秋季大会で、理事長の大辻さんが行ったものである。12月1日に行った講演の内容が12月15日発行の誌面にもう載っているわけだ。何よりもそのスピードに驚く。

高安と近藤という昨年ともに生誕100年を迎えた二人の歌人の関わりが非常によくわかる講演なので、どうぞ皆さんお読みください。

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2013年12月22日

短歌往来」2014年1月号

今月から新しい連載が2つ始まった。
一つは島内景二「短歌の近代」。
古代文学と現代短歌の両極から光を当てることで、近代短歌の志と限界をあぶりだす。
現代短歌が、真の開花と結実の季節に向かうためには、近代短歌が乗り越えたと思い込んでいる「和歌文化」の長所と短所を、今一度、再確認しておく必要があると思う。

このあたり、私がちょうど興味を持っているところでもあるので、今後の連載が楽しみである。

もう一つは及川隆彦「編集者の短歌史」。
ながらみ書房の社長であり、「心の花」の歌人でもある及川さんが、自らの40年近い編集者人生を記す内容。これは貴重な記録になりそうだ。

私の連載「樺太を訪れた歌人たち」も2年目に入った。
今回は「石榑千亦と帝国水難救済会(1)」。
地味な連載ですが、どうぞお読みください。

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2013年11月29日

「短歌人」2013年12月号

花鳥佰さんの評論「茂吉の見た近代の風景」がおもしろい。
10月号に「その一」が載って、12月号が「その二」。ひとまず、この2回で終わりのようだ。

明治15年(1882)に生まれて昭和28年(1953)に亡くなった斎藤茂吉。その作品の中から、「郊外」「百貨店」「飛行機」「心中」「洋行」「精神病院」「別荘」「トマト」「映画」「疎開」といった風景を取り出し、時代背景もまじえて論じている。

それも単なる歴史の回顧ではなく、近代から現代を照射するという視点を持ち合わせているところに特徴がある。現在の私たちにつながる問題として近代を捉えているのである。これは、大事なことだと思う。

気になった点も指摘しておきたい。
瘋癲院とは精神病院のことで、茂吉はしばしばこのややグロテスクな用語を使った。

という一文がある。「瘋癲院」という呼び方は、確かに現在の眼から見ると「グロテスク」であるが、茂吉が歌に詠んだ大正時代にはどうだったのだろう。茂吉だけが好んで(?)この言葉を使ったのだろうか。

以前、このブログにも書いたことがあるが、
(精神病院の歌 http://blogs.dion.ne.jp/matsutanka/archives/11363327.html )
大正2年に前田夕暮は「狂病院」、古泉千樫は「瘋癲院」という言葉を歌に詠んでいる。

また、北原白秋「邪宗門」(明治42年)、夏目漱石「彼岸過迄」(明治45年)、宮沢賢治「ビジテリアン大祭」などにも「瘋癲院」「瘋癲病院」という言葉は出てくる。

そうした点を踏まえると、「瘋癲院」は当時かなり一般的な言い方であったことがわかる。茂吉にしても、特に「グロテスク」という意識は持っていなかったのではないだろうか。

posted by 松村正直 at 01:09| Comment(2) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月24日

「未来」2013年11月号

生野俊子さんの「近藤とし子夫人の思い出」という2ページの文章が印象に残った。

生野さんは、昭和29年に「未来」に入会してから、長年にわたって、近藤夫妻のもとで会計や発送、宛名印刷、袋詰めなどの仕事をされてきた。その文章からは、生前の近藤夫妻の姿や性格が実によく見えてくる。
近藤さんは愛妻家と言われていたが、旧いタイプの愛妻家であった。いや、彼の理想が「旧いタイプ」であった、というべきだろうか。彼は奥さまをその理想の中で愛していた。そして、奥さまがまた、すすんでその理想の中に自分をはめこむことによって彼の愛に答えた。

深みのある文章だと思う。単純な礼讃でも批判でもなく、ひっそりとした哀しみが感じられる書き方だ。近藤芳美の歌を考える上でも、参考になる内容だろう。

結社について語る時に、しばしば選歌や雑誌発行などのシステムや、結社に所属する利点・欠点といった面だけが取り上げられるが、本当はこういう生野さんのような方の存在を抜きに、結社について語ることはできないのだと思う。

posted by 松村正直 at 05:59| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

ジャンルを超える

用があって今年の短歌総合誌を読み返している。
「短歌研究」の対談が、どれも刺激的でおもしろい。
1月号 佐佐木幸綱×鷲田清一(哲学者)「身体と言葉」
8月号 伊藤一彦×池内紀(ドイツ文学者)「牧水の自然と恋の歌」
10月号 吉川宏志×綾辻行人(ミステリ作家)「ミステリと短歌」

昨年8月号の篠弘×梯久美子(ノンフィクション作家)「戦争を短歌はどのようにうけとめたのか」も含めて、単に珍しいゲストを呼んできたという感じではなく、どれも議論の中身が充実している。事前にかなりの準備をして対談に臨んでいるのだろう。話がよく噛み合っており、歌人同士では出て来ない視点や論点が提示されている。

これこそまさに、ジャンルを超えた交流と言っていいだろう。以前、ある人が、短歌の世界で「ジャンルを超える」と言うと、俳句や現代詩の話しか出て来なくて物足りないと言っていたが、同感である。絵画にしろ音楽にしろ、他のジャンルというのはもっと広くいっぱいあるではないか。

加藤治郎の評論集『TKO』(1995年)には、コンテンポラリー・アートの柳幸典の作品の話が出てくる。私は短歌を始めたばかりの頃にこの本を読んだのだが、他のジャンルの最先端と拮抗するものとして現代短歌を捉えていることに、とても興奮したことを憶えている。

posted by 松村正直 at 07:01| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする