2018年01月03日

「塔」2017年12月号(その2)


 この道を行きも帰りも低き陽に右の半身を灼かれつつゆく
                         益田克行

南北に通っている道で、南側に自宅、北側に駅などがあるのだろう。地図を見るような構図が面白い。出勤時は東からの朝日を浴び、帰りは西日を浴びる。

 テトリスが形をそろえ消えていく愛しているのでいつかそうなる
                         中村ユキ

テトリスはブロックの凹凸を合わせるゲーム。男女の性愛のイメージとして読んだ。でも、気持ちが満たされるというよりは、むしろ寂しさが伝わってくる。

 一分は百秒じゃないのと八歳は身体ぐねぐねさせ尋ねくる
                         矢澤麻子

八歳と言えば小学校2年生くらい。「身体ぐねぐねさせ」がいい。気恥ずかしい様子で聞いてきたのだろう。そんなことも知らなかったのかという驚き。

 気にしつつ足の向かざる義姉(あね)のもとに白ゆり送る兄の新盆
                         柳田主於美

独り暮らしとなった義姉を案じつつも、わざわざ訪ねたりするのは気が重い。「兄の新盆」を契機にまたつながりが持てたことにほっとしているのだろう。

 素麺を茹でる速さで夏は過ぎ少し老いたるわたしが残る
                         田宮智美

上句の比喩が面白い。夏の食べ物の定番である素麺は、茹で上がるのも早い。気が付けば夏も終わって、また少しだけ年を取った自分の人生を思う。

 一歳になるまで二年かかればいい妻がつぶやく小さき手をとり
                         内海誠二

まだ一歳にならない赤子を育てている夫婦。可愛くて仕方がないのだろう。一度大きくなってしまえば元には戻らないので、今を十分に味わいたいのだ。

 死にたるを知らず目瞑りいる君よ「二時二分です」声がして去る
                         みぎて左手

君の死に立ち会った場面。その場にいる人の中で君だけが自分の死を知ることがない。臨終の時刻を告げる医師の声が、死を確認するかのように響く。

posted by 松村正直 at 08:54| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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