2016年05月07日

結社について考える (その4)

その後、小池は2010年まで「短歌人」の編集人を務め、永田は2014年まで「塔」の編集発行人(主宰)を務めた。

短歌人編集人たりし二十五年ただ黙々ときみあればこそ
            小池光『思川の岸辺』
よくやつたとほんとに思ふわたくしを出さず抑へて来し三〇年
こんなにも力を注ぎ来しことを見てゐてくれしは妻なりし人
  永田和宏「三〇年に三〇年」(角川「短歌」2014年6月号)

二人が「二十五年」「三〇年」という歳月を振り返りつつ、そこに妻の存在を詠み込んでいることが印象深い。それだけ結社のトップというのは孤独なものなのだろう。誰にもわかってもらえない苦労があり、でも妻だけはわかってくれているという思いが、かろうじて心の支えとなっているのである。

「塔」の30周年記念号の編集ノートに永田は

一世代、二世代……と数えてゆくときの、一世代という時間は三十年に当たるのだそうだ。「塔」が創刊されてから三十年、丁度一世代分の時間が流れたことになる。
「塔」ばかりではない。この数年、多くの短歌雑誌で三十周年の記念号が編まれた。多くは、いわゆる〈戦後派〉と呼ばれた歌人たちによって戦後のある時期、競うようにして創刊された結社である。それらいわば同級生、同期生に当たる結社が、ともに三十年という時間を生きてきて、いまいっせいに世代交代の時期にさしかかったのだと、私たちは考えたい。

と記している。自らが結社を「三〇年」率いることになるという現実を、永田の言葉は既に先取りしていたかのようでもある。

posted by 松村正直 at 07:04| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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