2015年11月24日

杉山正明著 『海の国の記憶 五島列島』


「歴史屋たわごと」シリーズの1冊目。
副題は「時空をこえた旅へ」。

モンゴル史、中央ユーラシア史の専門家である著者が、大陸との交流や世界史的な観点から五島列島の歴史について記した本。

遣隋使・遣唐使、モンゴル襲来、倭寇、キリスト教伝来、朝鮮出兵、鎖国から開国へといったトピックが取り上げられている。今では国土の西端の小さな島々といった印象が強い五島列島であるが、歴史的に見れば海外との交流の最前線であったのだ。

自らの学生時代の旅の思い出を交えつつ、「です・ます」調の柔らかな文体で述べる話のなかに、これまでの歴史の見方を覆すような指摘がいくつも出てくる。

例えば、中国の「北魏・東魏・西魏・北斉・北周・隋・唐」といった王朝については

国家としてのかたちや権力のあり方、その基幹勢力としての構成や顔触れなどは、北魏から隋・唐までほぼ一貫しており、いわば王家だけが交代したといってもいいすぎではないでしょう。

と述べる。
また、モンゴル襲来における対馬・壱岐の状況に関しては、

これまでともすれば両島とも制圧されたのち、島民たちは殺され、家々は焼かれ、残虐行為がおこなわれたとされがちですが、それをしるす確かな記録は実のところありません。

と指摘するのだ。
他にも

「大航海時代」をあえて英訳するならば「グレイト・マリタイム・エイジ」(the Great Maritime Age)といったところでしょうが、欧米ではそういってもまったく通じません。日本独自の造語というか、きわまて“内向き”の用語なのです。
江戸湾すなわち現・東京湾入口部分の海流はきつく、動力船でなかった当時は湾内に入るのは簡単ではありませんでした。
「鎖国」なる表現は、十九世紀の初年、長崎出身の天文学者でオランダ語通詞であった志筑忠雄が命名したいい方で、あくまでも江戸日本が孤立主義・閉鎖主義であったことの弊害をいわんがための、まさに十九世紀的な発想による造語であったというほかはありません。

など、なるほどと思う話が盛り沢山であった。
とにかく面白い。このシリーズは続けて読んでいきたい。

2015年1月15日、平凡社、1500円。

posted by 松村正直 at 22:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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