2015年11月19日

大辻隆弘著 『近代短歌の範型』

主に近代短歌に関する論考24編を収めた第3評論集。
「範型」は耳慣れない言葉だが、「パラダイム」の訳語である。

近代短歌を読むときに感じる肉厚で彫りの深い重厚な作者像。それを齎すものは一体何なのか。私たちがそれを感じるとき、私たちはどのような「読み」のパラダイムの中で作品を読んでいるのか。

ということが本書の大きなテーマになっている。
結論に当たる部分だけを引用すれば

作者の視点を「今」という時間的定点と「ここ」という空間的定点に固定し、助詞・助動詞を駆使して、作者の意識に生起したわずかな時間の流れを表現する。そのような文体の獲得によって近代短歌は「今ここ」にありながら、過去を想起し未来を想像する「主体」の像を歌のなかに彫り深く刻みこむことを可能にしていった。

ということになる。
さらに著者は、近代短歌においては「作中主体」=「作者像」=「作者」という定式があったことを指摘した上で、

近代短歌の「読み」のなかでは、そのような読者と作者の信頼関係が成り立っていた。その意味で、近代短歌の「読み」の枠組は、三十一音という短い短歌のなかに、肉厚で彫り野深い人物像の造形をもたらした効率的な叙述システムだったと言うことができる。

と述べる。
近代短歌のパラダイムは、まさにこれで言い尽されていると言って良いだろう。

現代短歌(あるいは現代の短歌)を論じようと思えば、まずは近代短歌がどういうものであったかを十分に知らなくては始まらない。近代短歌について考え、検討することは、私たちが今後どのような歌を詠んでいくかという問題と深くつながっているのである。

2015年11月13日、六花書林、2700円。

posted by 松村正直 at 08:15| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます。本当は、あんまりはっきりとした枠組があったわけではなく、そのつど、それぞれの歌人について考えたものを集めた本でした。このように書いていただいて、ありがたいです。
Posted by 大辻隆弘 at 2015年11月19日 23:26
最初に枠組みや結論ありきではなく、一冊の本にまとめた時に、結果的にそうした問題意識が浮び上ってきたということなのでしょうね。それが大事なことのような気がします。

感想をもう1回分書きました。
またお読みください。

Posted by 松村正直 at 2015年11月20日 07:11
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