2015年05月26日

「短歌研究」2015年6月号

大島史洋さんの「田井安曇のこと」という追悼文に注目した。
こんなことまで書いてしまって大丈夫なのかと、他人事ながら心配になる。

例えば、こんなところ。

近藤芳美は、田井安曇が「未来」を継ぐほうが心安らかに晩年を送ることができたであろう。そうなったとき「未来」は百貨店のような今の雑誌にはなっていず、まったく違うものとなっていたはずである。

あるいは、こんなところも。

私と田井さんは「未来」の仕事を一緒にやり、仲が良かったけれど、どこか、隔てを置いているようなところがあった。石田比呂志もそうだった。これは私が常に相手をどこか警戒させるような、妙な態度をとるせいなのだと思ってきたが、もう一つ、田井さんは私の背後にいる岡井を気にして或る程度以上のことは言わなかったような気がする。

もっといろいろ書いてあるのだが、引用はこれくらいにしておこう。
正直と言えば正直な感想だが、ちょっとびっくりした。

田井安曇も近藤芳美も石田比呂志も、もうこの世にはいない。
あるいは大島さんにも、自分が書き残しておかないといけないといった覚悟があるのかもしれない。

どうなんだろう。

posted by 松村正直 at 10:44| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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