2015年03月27日

角川「短歌」2015年4月号

島田幸典さんの評論「論じられた佐藤佐太郎(1)―戦後短歌史の鏡像として」が良かった。前衛短歌運動が盛り上がっていた昭和30年代に、佐太郎がどのように論じられてきたかをたどることで、戦後の短歌史を再検討しようというもの。

前衛短歌運動が主題・方法・私性の全面的「拡大」に革新の行方を見出そうとしていたとき、「純粋短歌論」はまさに対極的方向に活路を求めた。

佐太郎の立言は、一面において戦後の短歌が志向したものとの対照性を際立たせる。だが、同時に方法意識の鋭さ・強さという点で佐太郎は紛れもなく現代的であり(…)

時代・社会を詠えという強い圧力のもとで、純粋短歌論は孤独であった。

近代短歌が前衛短歌を経て現代短歌になったという従来の短歌史観では、佐太郎の歌業をうまく位置付けることができない。そういう意味でも、佐太郎に焦点を当てて戦後短歌史を捉え直そうというのは良い着眼点だと思う。この後どのように話が展開していくのか、次号が楽しみだ。

posted by 松村正直 at 07:13| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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