2012年02月19日

「歌壇」2012年3月号(その3)

佐藤通雅さんとは何度かお会いしたこともあるし、悪意で他人の文章を引用する人でないことも知っている。評論集も何冊も出しているベテランで、引用のあり方など言われるまでもなくご存知のはずである。

それでは、なぜ今回のようなことが起きたのか。

佐藤さんの今回の評論「震災詠から見えてくるもの」に繰り返し出てくるのは、「当事者」という言葉であり、「被災圏」「圏内」「圏外」という言葉である。佐藤さん自身は仙台に住み、長年にわたって東北を拠点に活動を続けてこられた方だ。

そんな佐藤さんからすれば、私は当然「圏外」の人間であり、「当事者」意識の薄い人間にしか見えないのだろう。福島の原発に関して、「あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと」と私が言ってみたところで、「お前もそちら側の人間だろう」ということなのかもしれない。

それに対して、私は反論する言葉を持たない。

そうした分断状況を、3月11日の震災以降、私はずっと感じ続けてきたように思う。
(この項、つづく)

posted by 松村正直 at 23:37| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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