2019年03月31日

高橋順子編著 『日本の現代詩101』


明治から戦後にいたる詩人101名のアンソロジー。
一人に付き1〜2篇が収録され、解説・鑑賞が付けられている。

収められているのは、北原白秋・石川啄木・萩原朔太郎・佐藤春夫・高橋新吉・金子みすゞ、山之口獏・中原中也・立原道造・石垣りん・田村隆一・谷川俊太郎など。近代以降の詩の流れをひと通り把握することができる。

 「近代詩」「現代詩」の呼称にmodernなヨーロッパが関わり合っていることになるわけだが、英語でいえば「現代」も「近代」も同じくmodernである。
 私は文語詩から口語詩への変化のほうが、ヨーロッパの変革思想の受容よりも大きなものではなかったかと思う。
少し前の時代はおろか現在只今であっても他者の詩は読まずに、新しい詩を書いている詩人もいるようだ。新しさは確かに詩の一つの価値である。しかし新しさが新しい貧しさでないことを祈るばかりである。
「塵溜(はきだめ)」というテーマなどは文語詩では考えられなかったものである。醜の観念に属するものは、美文調ではうたいにくい。文語から口語への移り行きは語尾変化の問題だけでなく、質的にも大きな転換が必要だったことが分かる。

こういった文語・口語や新しさに関する話は、短歌の問題を考える上でも参考になる部分だろう。

   春
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。

安西冬衛のこの有名な詩が、初出時には「韃靼海峡」ではなく「間宮海峡」であったことを、本書を読んで初めて知った。「韃靼」という難しい漢字と「だったん」という音が、この詩には欠かせない。

2007年5月5日、新書館、1600円。

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2019年03月30日

現代短歌フェスティバル イン 京都


13:00から京都教育文化センターで行われるシンポジウムへ。
主催は現代歌人協会、テーマは「平成短歌を振り返る」。

三部構成で、最初は大島史洋(現代歌人協会理事長)と林和清(現代歌人集会理事長)の対談。司会は栗木京子。

続いて若手8名による五分提言。大森静佳・楠誓英・澤村斉美・嶋田さくらこ・勺禰子・土岐友浩・吉岡太朗・鳥居。

最後に、坂井修一・東直子・島田幸典によるパネルディスカッション。司会は吉川宏志。

それぞれ考えさせられる内容が多くて面白かったと思う。
「塔」の人やカルチャーの方にもたくさん会った。


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2019年03月29日

永田和宏歌集 『某月某日』

 bougetsu.jpg

第14歌集。
「歌壇」2015年1月号から12月号まで連載された作品をまとめた一冊。2014年10月から一年間、毎日一首以上の歌が詠まれ、日付や詞書を付けて発表されている。(引用は歌のみ)

教師の話を疑ふところから始めよと言へどそれをもノートに写す
麻酔より覚めつつあらむころかなと猫を思へりあかつきがたに
アンパンマンの鼻が袋をはみ出して幼なの去りし部屋は広しも
発電量ゼロが続ける数日をヤマネのごとく籠り過ごしぬ
冬芝の枯れ色のなかを歩みきてゴルファーは多く原色を着る
背広組制服組とふ分けかたの背広組こそ危険かもしれぬ
余りたる乳を絞りて朝顔に君がそそいでゐた裏の庭
七日分出しときませうそれにしてもギリシアいいですねえと処方箋
もう少しつきあへと言へばいいよと言ふぶつきら棒の棒のやさしさ
わが縁に来る三匹におのづから序列がありて餌皿(ゑざら)は二つ

1首目、大学生に向けての講演の場面。苦笑いするしかない。
2首目、飼い猫が入院・手術した際の歌。「猫」が下句で出てくるのがいい。
3首目、上句の描写に孫の去ったあとの寂しさが滲む。
4首目、樹洞にすっぽり収まっているヤマネの感じ。
5首目、カラフルなダウンベストなどが枯れ芝の中で目立つ。
6首目、かつて住んでいたアパート。妻が授乳していた頃の記憶。
7首目、自衛隊の文民統制についての思い。
8首目、初二句だけで医師の言葉だとわかるのが鮮やか。
9首目、息子と夜に飲んでいる場面。「ぶつきら棒」の良さ。
10首目、序列が三匹目の猫はしばらく食べられないのだろう。

2018年12月24日、本阿弥書店、2700円。

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2019年03月28日

歌集・歌書一覧


私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の8冊です。

【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房) *在庫あり
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林) *在庫あり

【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林) *在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林) *在庫あり
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房) *在庫あり
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院) *在庫あり

「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(☆を@に変えて下さい)

また「在庫あり」のうち『やさしい鮫』以外の5点は、Amazonでも
お買い求めになれます。よろしくお願いします。

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2019年03月27日

映画 「この道」


監督:佐々部清
出演:大森南朋、AKIRA、貫地谷しほり、松本若菜、柳沢慎吾、松重豊、
   羽田美智子ほか

1918年の「赤い鳥」創刊を起点として、昨年で「童謡誕生100年」になることを記念して撮られた作品。詩人北原白秋の生涯を音楽家山田耕筰との交流を中心に描き出している。

ツッコミどころの多い内容なのだが、与謝野鉄幹、晶子、石川啄木、萩原朔太郎、室生犀星、高村光太郎、大手拓次らが登場するので、文学好きの人には面白いかもしれない。

京都シネマ、105分。

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2019年03月26日

「塔」2019年3月号(その2)


無防備に咳、伸び、くしゃみができなくなりて三十六のからだになりぬ
                         丸本ふみ

他人に対しての配慮という意味だけでなく、身体も若かった頃とは感覚が違ってきたのだ。「三十六のからだ」にその年齢ならではの実感がある。

 伊右衛門と和菓子の並ぶぬばたまの夜の会合みなさん静か
                         坂下俊郎

ペットボトルの「伊右衛門」と和菓子が一人に一セットずつ置かれている。その様子が結句「みなさん静か」とうまく呼応して、場の様子が目に浮かぶ。

 せせらぎのボタンを押せば細流(せせら)いでしまう夥しき懊悩が!
                         太代祐一

近年のトイレに付いている消音用の「せせらぎ」の音。「せせらぐ」と動詞化して使っているのがユニーク。装置の持つ欺瞞性が暴かれる感じがする。

すれちがうふとき一度だけ鳴らしあふ定期航路のあかしあ、はまなす
                         松原あけみ

船と船がすれ違う時にそれぞれ汽笛を鳴らし合うのだろう。「あかしあ」「はまなす」のひらがな表記の優しさも印象的で、船が生き物のように感じる。

 うまれたのと尋ねるわれに渡されし青き体のあたたかな肌
                         吉田 典

出産の場面を詠んだ歌。陣痛と出産の痛みに耐えるのに必死で、生まれたかどうか自分ではわからなかったのだ。「青き」が何とも言えず生々しい。

 あらひざらひ話して楽になるならば、なるならば冬の線香花火
                         永山凌平

すべて話したところで心が楽にならないことを知っているのだ。「なるならば」の繰り返しに悲しみが滲む。黙って線香花火を見つめるしかない。

 ただいまと言ひお帰りと言つてみるしづもる塵を起さぬやうに
                         足立信之

ひとり暮らしの家に帰ってきた場面と読んだ。自分で言った「ただいま」に対して自分で「お帰り」と言ってみたのだろう。下句に侘しさが感じられる。

 十余年通う歯科医に昼下り町で出会えば案外若い
                         宮脇 泉

長い間通ってよく見知ったはずの顔なのに、白衣やマスクではない私服姿だとずいぶん印象が違ったのだ。偶然の出会いの様子がよく伝わってくる。


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2019年03月25日

「塔」2019年3月号(その1)


 母ちがふ妹ふたりどちらにもわたくしがゐる違ふかたちに
                         落合けい子

二人いる妹のうち下の妹は異母妹で、同じ姉妹と言っても微妙に関係が異なるのだろう。でも、作者にとっては大事な妹であることに変わりはない。

 直線に弓を弾きつつ円やかに音を拡げるバイオリニスト
                         新川克之

弓を前後に動かすことで音が出るバイオリン。演奏者を中心に円形に音が広がっていく。「直線」と「円やか」という幾何学的な対比がおもしろい。

 「善」の字は消えて「光寺」の残りゐる蝋燭の火に線香ともす
                         干田智子

善光寺という文字が入っていた蝋燭の上部が溶けて「光寺」だけが残っている。その字を見るたびに善光寺に参った記憶が甦るのかもしれない。

 滝のごとガラスをながるる今日の雨 桜えび丼ほのほの紅し
                         東郷悦子

激しく降っている雨を眺めながら食べる桜えび丼。水のイメージと桜えびの紅さの取り合わせがいい。丼からは温かな湯気が立っている気がする。

 大量の洗濯物が帰国するごはんがまずかったと言いながら
                         荒井直子

子どもが外国旅行から帰って来たところだろう。子と言わず「洗濯物」と言ったのがいい。何日分も溜まった洗濯物をまずは洗わなくてはならない。

 階段を走っておりる若猫の背中の肉の動くを愛す
                         山名聡美

子猫でも老猫でもなく「若猫」。階段を降りる時は背中の筋肉の動きがよく見えるのだろう。座っている時とは違ってしなやかで獣らしい姿である。

 犬五匹五本のリードにつながれて肛門五つが並んで行けり
                         宗形 光

「五匹」「五本」「五つ」と数詞を並べた歌。上句はごくごく当り前なのだが、下句で「肛門」に焦点を当てたのがいい。光景がぱっと目に浮かぶ。

 順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
                         田宮智美

「順繰りに」ということは、いつ自分がその標的にされるかもしれないのだ。下句のような何気ない一言にも、作者の心はぴりぴりしてしまうのだろう。


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2019年03月23日

『日本プロレタリア文学集』

『日本プロレタリア文学集』(全40巻+別巻)は1984年から88年にかけて新日本出版社から刊行されたシリーズ。

その第40巻が『プロレタリア短歌・俳句・川柳』で、短詩型におけるプロレタリア文学を考える上で非常に便利な一冊となっている。

収録歌人を見ると、石川啄木、土岐哀果、柳田新太郎、山野井洋と、ここ数年、私がプロレタリア短歌という枠組みとは別にあれこれ調べた歌人たちが載っている。

同じシリーズの第39巻『プロレタリア詩集2』には、高安国世の友人であった榎南謙一も収録されており、このシリーズには何だか不思議な縁を感じる。

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2019年03月21日

竹内洋著 『立志・苦学・出世』


1991年に講談社現代新書より刊行された本の文庫化。
副題は「受験生の社会史」。

受験は今でも人生の進路を左右する大きな出来事であるが、それがいつの時代から始まり、どのように移り変わってきたかをまとめた本。受験の制度だけでなく、受験生の暮らしや心理を深く掘り下げているのが特徴だ。

昭和十七年に軍国主義のあおりで歐文社という社名は現在の旺文社に変更される
明治以降の勉強立身は学歴/上昇運動である。したがって勉強立身価値は、「階層」移動だけでなく上京という「地理的」移動を含むセンスである。

受験に関して、著者は歴史を三つに区分する。

・前受験の時代(明治30年代半ばまで)
・受験のモダン(〜昭和40年代まで)
・受験のポストモダン(昭和40年代〜)

この本を読んでよくわかったのだが、明治20年代と30年代では受験の様相が大きく異なる。「明治時代」を漠然と一括りに考えていたのだが、啄木の学歴について考える大きなヒントをもらった。

また、受験に関する限り、戦前と戦後という区分も実はあまり大きなものではない。この点も、私たちの漠然とした印象を覆すものであろう。

2015年9月10日、講談社学術文庫、800円。

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2019年03月19日

「塔」65周年記念全国大会 in 京都

今年の「塔」の全国大会は京都で行いますが、初日のシンポジウムは一般公開でどなたでも参加できます。ゲストに、高橋源一郎さん(小説家・評論家)と小島ゆかりさん(歌人)をお迎えします。

日時 8月24日(土) 13:00〜17:00
場所 グランドプリンスホテル京都

  講演 高橋源一郎 「日本文学盛衰史・平成後篇」
  対談 小島ゆかり×吉川宏志 「古典和歌の生命力」

お申し込み方法などについては、後日またお知らせします。
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2019年03月18日

竹山広の歌


このところ竹山広の歌を読み返している。
歌に詠まれた原爆体験の重みだけでなく、表現力にしばしば唸らされる。

 水のへに到り得し手をうち重ねいづれが先に死にし母と子
                   『とこしへの川』

四句目の「いづれが先に死にし」があることによって、過去の時間が生々しく再生される。〈母と子の死体〉の静止画ではなく、〈母と子が死んでゆくありさま〉を映した動画のような、凄みのある歌だ。

例えば四句目を変えて「水のへに到り得し手をうち重ね寄り添ふやうに死にし母と子」などとしてみれば、その違いがはっきりわかるだろう。

竹山広は人の好いおじさんなんかではない。
とても怖い人だと思う。

誰かがこの歌を読むたびに、この「母と子」はいったん歌の中で生き返り、そしてまた死んでゆく。歌に詠まれなければ永遠に死んだままだった二人が、歌の中では何度も生き返らされ、何度も殺されてゆくのだ。

実に怖い歌だと思う。
それは原爆の怖さであるとともに、竹山広の表現力の怖さでもある。

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2019年03月17日

週末


昨日は10:00から塔事務所で編集企画会議。
夏の全国大会のことや、今後の編集部の体制についての相談をする。

13:00からはハートピア京都で京都旧月歌会。
参加者27名。良い歌が多かった。

17:00に終って、近くの喫茶店でお茶。
以前よく使っていた店が2軒なくなってしまい、初めての店に入る。
昭和の雰囲気が漂う喫茶店だった。

今日は13:00から永田家で「塔」4月号の再校&5月号の割付作業。
4月号は65周年記念号でページ数が多いのだが、参加者が22名と多く、スムーズに進む。ありがたいことだ。

17:00終了。
雨上がりの庭が明るくてきれいだった。

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2019年03月15日

母の料理


静岡駅から甲府駅へと向かう身延線は、富士山が間近に見える路線だ。
母の家に行く時は、これが楽しみの一つ。


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母は昔から料理の得意な人だったけれど、連れ合いを亡くして一人暮らしになったことや病気の影響もあって、最近はほとんど料理らしい料理をしていないらしい。ご近所の人がずいぶん心配していた。

でも、今回は息子が来たというので、張り切っていろいろ作ってくれた。


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初日の夕食。


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二日目の朝食。

食べてくれる人さえいれば、今でもけっこう料理はできるようだ。
それだけでもだいぶ安心する。

母の短期記憶はかなり衰えてしまっているので、僕が昨日母の家にいたことや母の料理を食べたことは、もう覚えていないかもしれない。だから、ここに写真を載せておくね。

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2019年03月13日

山梨へ


今日から1泊2日で山梨へ行ってきます。
母が大学病院を受診するので、その付き添いに。

両親が離婚してからは母子家庭だったこともあって、
母との関係だけは今でもちょっと特別な感じがある。

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2019年03月11日

松澤俊二著 『プロレタリア短歌』


コレクション日本歌人選79。

1920年代後半から30年代にかけて興隆したプロレタリア短歌50首を取り上げて、一首につき2ページで解説・鑑賞した本。見出しの歌以外にも関連する歌が多く挙げられ、プロレタリア短歌の概要を摑むことができる。

 遅れ霜に葉はみな枯れた桑畑に春蚕(はるご)をみんな父とう
 づめた                      中村孝助
 猿の手だか人の手だかわからない手が一斉に粥を啜つてゐる
 冬の夜だ。                   井上義雄
 お袋よ、そんな淋しい顔をしないでどうしてこんなに苦しいのか
 それを考へて下さい              小澤介士

50首の歌はどれも初めて読むものばかり。短歌史におけるプロレタリア短歌の位置付けは知っていても、作品自体についてはほとんど何も知らなかったことに気づかされた。

作者の略歴を見ると、実に18名が「詳細不明」となっている。プロレタリア短歌の活動期が短かったことや、弾圧に備えておそらく筆名を使っていたことなどが背景にあるのだろう。そこに、プロレタリア短歌のたどった苦難の歴史が垣間見える。

 オリムピック!オリムピックと書きたて生活の問題忘れさせよう
 とする                     山埜草平
 むつと涌(わ)く怒りをこらへてゐる事務室。秋空に奉祝の花火
 があがる。                   会田 毅

前者は1936年のベルリンオリンピックの歌で、後者は1928年の昭和天皇の即位の大礼の歌。どちらも、今の歌と言っても通用しそうな内容だ。

プロレタリア短歌は、読者を「過去」にアクセスさせる媒介になりうるのだ。そこから私たちは、未来を拓くための知識や社会の見方を新たに獲得し、何らかの教訓を得ることもあるに違いない。

解説の最後に記された言葉が、ずしんと胸に残る。

2019年1月25日、笠間書院、1300円。

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2019年03月10日

仙台歌会


今日は「塔」仙台歌会へ。
朝7:00に家を出て、京都から新幹線に乗り11:30仙台着。
良い天気で暑いくらい。

昼ご飯を食べて、13:00から17:00まで歌会。


P1070129.JPG

会場は仙台市シルバーセンター。
参加者18名と賑やかで、初めて会う若い人も多かった。

その後、近くの店で懇親会。
19:30の新幹線に乗って、23:50帰宅。
京都は大雨であった。

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2019年03月09日

現代短歌フェスティバル イン 京都


3月30日(土)に京都で「現代短歌フェスティバル イン 京都」(現代歌人協会主催)が開催されます。中身の濃いシンポジウムになりそうですので、お時間のある方はぜひご参加ください。

http://toutankakai.com/event/9124/?instance_id=1610


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2019年03月08日

松沢裕作著 『生きづらい明治社会』


副題は「不安と競争の時代」。

明治時代の日本社会を「景気の悪化」「都市下層社会の誕生」「不十分な貧困者対策」「自己責任論と通俗道徳」「立身出世主義」「女性の弱い立場」「都市民衆騒擾の発生」といった観点から分析した本。ジュニア新書ということもあって、非常に読みやすい文章で書かれており、論点がすっきりと伝わってくる。

「生きづらさ」は昨今のニュースや短歌においても大きなテーマになっているが、同じような状況が明治時代にもあったことを、この本は教えてくれる。明治維新や日清・日露戦争の勝利といった「明るい明治」のイメージが語られることも多いが、実際の人々の暮らしはそうでもなかったようだ。

明治時代の社会と現在を比較して、はっきりしていることは、不安がうずまく社会、とくに資本主義経済の仕組みのもとで不安が増してゆく社会のなかでは、人びとは、一人ひとりが必死でがんばるしかない状況に追い込まれてゆくだろうということです。

著者の狙いは、明治時代の分析を通じて現在の社会が抱える問題点を解き明かすことにある。それはまた、私たち一人一人の今後のあり方を考えることにもつながる話であろう。

2018年9月20日、岩波ジュニア新書、800円。

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2019年03月06日

澁川祐子著 『オムライスの秘密 メロンパンの謎』


副題は「人気メニュー誕生ものがたり」。
2013年に彩流社より刊行された単行本『ニッポン定番メニュー事始め』に加筆修正・改題して文庫化したもの。

「カレー」「餃子」「牛丼」「コロッケ」「ショートケーキ」など、私たちの食卓に欠かすことのできないメニュー28品を取り上げて、そのルーツや来歴を解き明かしている。

日本におけるカレーの普及において、イギリスというワンクッションが果たした功績は大きい。歴史に「もし」はないというが、もしカレーが「カレー&ナン」の形でインドから直輸入されていたら、日本でこれほど定番メニューになったかどうか。
今ではパスタの茹で方といえば、芯が少し残るくらいの茹で立ての「アルデンテ」が当たり前。しかし、この言葉が普及したのは、セモリナ粉100%のパスタが普通に手に入るようになった1980年前後と、つい最近のことだ。
鷄肉が日本で広く流通するようになったのは、戦後である。肉用若鶏のブロイラーの生産が始まったのは、1953(昭和28)年になってからだ。

明治以降、肉食を始めとした西洋料理を日本風にアレンジした「洋食」が次々と生み出されてきた。それが1980年代くらいからだろうか、イタリアンやフレンチなどの店が増え、「本場」の「本格的」な味が手軽に楽しめるようになった。

それに伴って、「洋食」が実は日本にしかない料理であることに私たちは気づかされることになった。それは、私にとってはちょうど子供から大人への成長の時期にも重なる。その哀しさと懐かしさのような記憶が、昭和という時代とともに、この本を読んで鮮やかに甦ってきた。

2017年2月1日、新潮文庫、590円。

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2019年03月05日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。
まったく初めての方も大歓迎です。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日 *奇数月を松村が担当しています。
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」 毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00


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2019年03月04日

亡霊

15年ぶりくらいに、またニューウェーブの話で盛り上がっている・・・

〇松村正直・川本千栄編「ニューウェーブ世代の歌人たちを検証する〜俵万智・加藤治郎・荻原裕幸・水原紫苑・穂村弘〜」(2001年11月)
〇松村正直「もうニューウェーブはいらない」(「角川短歌」2002年12月号)
座談会「つながりと信頼」(小林信也・松村正直・真中朋久・吉川宏志、「塔」2003年2月号)

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2019年03月03日

高野公彦著 『北原白秋の百首』


「歌人入門」シリーズの一冊。

北原白秋(多磨)―宮柊二(コスモス)の系譜を継ぐ著者が、白秋の短歌100首を取り上げて鑑賞・解説した本。

一首につき250字と短い分量ながら、歌の魅力や特徴を的確に解き明かすだけでなく、時代背景や白秋の人生も要領よく描き出している。

「な鳴きそ鳴きそ」は江戸期の端唄(はうた)から採ったフレーズで、「鳴くな鳴くな」の意。
一首の中に隠れている「シ、ス、ス、サ、サ、ソ、シ」という七個のサ行音の響きが、歌に清新さを付与している。

それぞれ「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕べ」「ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日」の鑑賞の一部だが、大事な指摘と言っていいだろう。

白秋短歌のエッセンスが詰まった一冊である。

2018年5月25日、ふらんす堂、1700円。

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2019年03月02日

「塔」2019年2月号(その2)

 夢をみて目覚めぬままにゆくこともあるやも知れずあるを願えり
                         西村清子

「ゆく」は「逝く」の意味。眠りながら夢を見ながら死ぬことができたら、確かに何の苦しみもなくて幸せなことだろう。でも、自分では決められない。

 〈ここまでのあらすじ〉彼は結婚し家と職場を行き来してゐた
                         益田克行

連載小説などでよく見かける「ここまでのあらすじ」という言葉を取り込んだのが面白い。三句以下はおそらく作者自身のこれまでの人生のこと。

 落ちている手袋が道に指四本広げて鳥の地上絵のよう
                         川上まなみ

結句の比喩が面白い。ナスカの地上絵という全く大きさの違うものを持ってきたことで、日常の一こまが不思議な広がりを感じさせる歌になった。

 猫が水を飲む音 深い就寝の底には青い花野があって
                         田村穂隆

ベッドで眠りながら、かすかな意識のなかで猫が器の水を飲む音を聞いているところ。三句以下、現実と夢とが交錯するような美しさを感じる。

 犯人は画家だと確信得たる時かをりを立てて紅茶が届く
                         近藤真啓

喫茶店などで推理小説を読んでいる場面。本のなかの世界に没頭していると、注文した紅茶が運ばれてきて一瞬現実の世界に引き戻されたのだ。

 あったあったと生落花生を手に入れて塩茹でにしてふるさとにいる
                         真間梅子

落花生は炒って食べるのが一般的だが、地域によっては茹でて食べるところもある。塩茹での落花生を食べると故郷に帰って来たと感じるのだ。

 前の席にすわる女の眼鏡ごし雨降る車窓の景色ながれる
                         水野直美

視点の面白い歌。バスの前の座席の人の眼鏡越しに見える風景を詠んでいる。眼鏡と窓と雨を通して見える歪んだ景色に、生々しい臨場感がある。

 秋の日差しに影しっかりと僕はある いたいと決めてここにいること
                         長谷川麟

「影しっかりと」という表現が印象的な歌。地面に映るくっきりとした影を見て、自分自身の存在や決断をあらためて再確認しているところであろう。

 ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ
                         近江 瞬

「風にも色を付けつつ」がいい。黒板消しに付いたチョークのピンクや黄色の粉が、風に舞って流れていく様子。君に寄せる恋心も滲んでいるようだ。

 行列の人数分の弁当は社務所の方に運ばれて行く
                         宮脇 泉

神社の祭の行列に参加している人が食べるための弁当。華やかで非日常的な祭の裏で、人数分の弁当の手配という現実的なことが行われている。

posted by 松村正直 at 21:30| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする