2018年03月31日

草田照子歌集 『旅のかばん』


2009年から2017年までの作品392首を収めた第6歌集。

ビール少し昼も飲みたり旅の日は道草の子らのあそびのやうに
子はなくてもとよりなくてさびしさを知らざるわれをさびしむ人は
夜ふけて甲州街道行く車しづかになれり雨もやみしか
夫の部屋に旅行かばんあり長旅に何も持たずにいつてしまつて
アリの巣の新宿地下道にんげんはかたみに情報交換もせず
東急ハンズのスノードームに雪降らせつぎつぎ降らせ遊べるこころ
蝶か小鳥か落葉か知らず木々の間に絶えずひらひら舞ふ秋の日は
眠らむと羊を追へば深追ひになりていつしか雀のこゑす
マンションのただ一本の山ざくら咲かねばはじめて伐られしを知る
四千年ナイル西岸に墓残り雪のひとひらほどもなき生

2首目、子を持つ人と持たない人の意識のずれ。勝手に寂しいと決めつけないで欲しいのだ。
4首目、69歳で亡くなった夫。何度も繰り返し歌に詠まれている。
6首目、売場にならぶスノードームに雪を降らせて一人で見ているのだ。
7首目、秋という季節の感じがよく出ている歌。常に何かが舞っている。
9首目、花が咲く時期以外は注目することがなかったのである。

2017年9月30日、ながらみ書房、2500円。

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2018年03月30日

「塔」2018年3月号(その2)


 各々がムンクの叫びの顔に似て捩れていたりトロ箱の牡蠣
                      谷口美生

牡蠣の形や模様、襞の様子などをムンクの「叫び」に喩えたところが独特だ。トロ箱の中に無数の「叫び」がひしめき合っているようで怖い。

 身の程をわきまえてゐます、イングリッドバーグマンいふ昼の画面に
                      松原あけみ

映画の台詞が字幕に表示されているのだろう。「身の程をわきまえる」という少し古風な日本語と洋画の取り合わせに奇妙な味わいがある。

 予告編から鼾がずっと聞こえてくるオリエント急行列車で殺人です
                      鈴木晶子

昨年新たに公開された映画「オリエント急行殺人事件」。映画館で客がずっと寝ているうちに、映画の方はいよいよ山場を迎えているのだ。

 竹鼻町(たけはなちやう)狐穴(きつねあな)とふ交差点差しかかるとき赤の灯ともる
                      伊藤京子

地名の面白さが最大限に発揮されている歌。信号に表示されている交差点名によって、まるで狐に化かされているような味わいが生まれる。

 予約席九人分のスプーンとフォーク置きありまだ誰も来ず
                      森尾みづな

何かの会食が予定されている場面。九人来ればきっと賑やかだ。今は静かなテーブルに、スプーンやフォークが動き始める様子が想像される。

 チンアナゴの前にのりだす子どもらの細きうなじは左右にゆるる
                      栗栖優子

チンアナゴが砂地から頭を出して水中にゆらゆらしている生き物。それを見ている子どもたちの姿も、どことなくチンアナゴに似ている。

 手をつなぐふたりがたのむタピオカのミルクの底にまるいつぶつぶ
                      吉原 真

恋人同士なのだろう。二人の仲の良さそうな雰囲気がよく伝わってくる。「つ」や「た」の音の響きが効果的で、いかにも楽しそうな感じがする。

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2018年03月29日

「塔」2018年3月号(その1)


 黒猫と郵便局とエホバ来てしばしののちに初雪のふる
                      落合けい子

一日中家にいたのだろう。「黒猫」はヤマト運輸の配達、「エホバ」はエホバの証人の勧誘。下句の「初雪」が時間や余韻を感じさせるところが良い。

 「冷たい」は「爪痛し」が語源なり松の先より落つる玉水
                      石原安藝子

冬の寒い時期の松の葉から雨滴が垂れているところ。上句と下句は別々のことだが、「松の先」と「爪」がどちらも先端であるというつながりだろう。

 いいよいいよと言いても謝り来る人の暴力に似た眼差しを受く
                      金田光世

必要以上に謝られるのは、あまり気分の良いものではない。それを「暴力に似た」と捉えたところが鋭い。ある種の押し付けがましさを感じたのだ。

 あくびせる女人のかほの変形のきはまりてすぐ元に戻れり
                      佐藤陽介

「変形のきはまりて」が強烈な印象を残す。単にあくびをするのを見たというだけの歌なのだが、表情の変化を即物的に描き切ったところが面白い。

 化学株は化けると言はれ求めしも化けざる儘に二十年過ぐ
                      柳田主於美

「化ける」は大幅に値上がりする、儲かるという意味だろう。期待して買って二十年間持ち続けているのに、一向に値上がりしないままなのだ。

 おおかたは光に透けるレタス葉のように新聞人生相談
                      福西直美

「レタス葉のように」という比喩に意外性がある。深刻そうに見えてそれほどでもない相談内容や、当り障りのない識者の回答などをイメージした。

 ストーブの上の鍋からよそわれて蕎麦屋でいただく昆布の佃煮
                      吉田 典

ストーブの上で温められていた佃煮。蕎麦に付く小鉢、あるいはお店の人がサービスで付けてくれたのかもしれない。庶民的な雰囲気の店だ。

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2018年03月28日

酒井充子著 『台湾人生』



副題は「かつて日本人だった人たちを訪ねて」。
2010年に文藝春秋より刊行された単行本の文庫化。

映画「台湾人生」(2009年)の監督である著者が、台湾で戦前の日本語教育を受けた方々に話を聞いたドキュメンタリー。

戦前の日本の植民地政策、戦時中の徴兵や工場への動員、そして戦後の二二八事件や台湾の民主化など、台湾の近現代史が生々しく語られている。

わたしたちは日本に捨てられた孤児みたいなもの。日本人の先生がおるし日本人の友達がおるのに、どうして日本はわたしたち孤児をかわいがってくれないの?(陳清香)
悲しかったのは、帰ってから中国(中華民国)籍に入れられて。これはもうほんとに悲しかったですよ。あのときは、泣いたですよ。日本軍人として戦った相手の敵の国の籍に入れ替えられて、なんだろうとぼくは日本政府を恨んだですよ。(蕭錦文)
思い出があるのが、「新高の 山のふもとの 民草の 茂りまさると 聞くぞうれしき」という明治天皇の歌なんだよね。「新高の山のふもとの民草」というのは、台湾中央山脈、新高山の周りに住む住民たち、とくに原住民たち。(タリグ・プジャズヤン)

言語、民族、領土、国家といった問題が様々に浮かび上がってくる一冊であった。

2018年1月20日、光文社知恵の森文庫、740円。

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2018年03月27日

鹿児島あれこれ


宮崎から高速バスで鹿児島へ来て、何よりも観光客の多さに驚いた。
大河ドラマ「西郷どん」の効果なのだろう。


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あちこちに「西郷どん」の幟が立っている。
他にも明治維新150年の幟などもあって、鹿児島は今、賑やかだ。


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「維新ふるさと館」がある加治屋町は明治維新関連の人物を多数輩出した地として知られる。西郷隆盛、西郷従道、大久保利通、大山巌、東郷平八郎、山本権兵衛らの生誕地がごく狭い範囲に点在している。


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観光客の賑わいとは少し離れて立つ大久保利通の銅像。
台座がひたすら高い。


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日本ガス(日本瓦斯)本社ビル。
名前に「日本」と付いているが、鹿児島エリアの会社である。
昭和6年竣工。設計は関西ではお馴染みの渡辺節。


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窓枠に花が飾られているのが素敵だ。
この建物の魅力をうまく引き立てている。


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2018年03月26日

宮崎あれこれ


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787系の特急「にちりん」。
宮崎空港駅から宮崎駅までは特急券なしで乗車できる。
車輌のデザインは、もちろん水戸岡鋭治。


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一般的な網棚ではなく開閉式の荷物棚となっている。
読書灯も付いていて、まるで飛行機の客室のようだ。


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宮崎と言えば、ヤシの木。南国ムードを醸し出している。
宿泊した24日のブラタモリがちょうど「宮崎」の回で、宮崎が南国リゾートとして賑わった歴史を紹介していた。

近江アナ、卒業か…。


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宮崎から鹿児島へ移動する高速バスが休憩した霧島サービスエリア。
桜が満開である。

♪花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー 桜島〜♪


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2018年03月25日

鹿児島から


「塔」宮崎歌会、鹿児島歌会に参加して、
先ほど無事に帰ってきました。

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2018年03月24日

宮崎へ


「塔」宮崎歌会へ行ってきます。
一泊して明日は鹿児島歌会です。


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2018年03月23日

伊藤一彦歌集 『遠音よし遠見よし』


518首を収めた第14歌集。第33回詩歌文学館賞受賞。
旅の歌が多く、中でも牧水ゆかりの地を訪れた歌がたくさんある。

十五夜はすべての人が近くしてかつ遠きかな川面光れり
繊き道あまた広がり尽きてゐる掌(たなごころ)見ぬ夜寝るまへに
つぎつぎに寄せてくれども続く波もたぬ殿(しんがり)の波白くあり
ひとりゐるわれのうしろに誰かゐるいまだ知らざる人のごとくに
近寄らず眺めゐにけり月の夜の竹のはやしの光のうたげ
亡き夫が夢のみならずうつつにも訪るるといふ部屋の入口に
通り雨かがやきすぐるひとときを惜しみ立ちをり赤子抱(だ)く母と
鯔一つ飛んで続かぬ川の面を老人と二人ながめてゐたり
滲(し)み具合まことよろしき鰤大根 隣の人も注文したり
花びらも春風も子に摑まるるなきよわざわざ近づき来(き)たるに

2首目、上句が面白い。手の皺に自らの人生を見ているのだろう。
5首目、下句のリズムが軽快で楽しい歌。
7首目、雨宿りをしている場面。知らない人と一緒に過ごす短い時間である。
9首目、作者の食べている皿を見て隣の人も注文したのかもしれない。
10首目、風に舞う花びらを摑もうとしている小さな子の姿が見える。

2017年12月15日、現代短歌社、2700円。

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2018年03月22日

第20回「あなたを想う恋の歌」


第20回「万葉の里・あなたを想う恋の歌」(越前市)の入賞作品が発表になっています。
http://www.manyounosato.com/sakuhin/sakuhin20.html

 【最優秀賞】
窓越しの狐の嫁入り眺めてはあなたの嘘もコーヒーに溶く 松岡歩未
 【優秀賞】
待ち合わせダッフルコートの肩の雪はらった時に君が香った 杉本由宇
亡き夫の失くしし時計茶畑に錆びて在りしよ抱きて戻る 小野久子
みづうみと君が小さく書いたからノート開けば青がたゆたう 横井美穂

おめでとうございます。

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2018年03月21日

寺尾紗穂著 『あのころのパラオをさがして』



副題は「日本統治下の南洋を生きた人々」。

1922年から1945年の敗戦まで大日本帝国の委任統治下にあったパラオを訪ね、当時を知る人々に話を聞いたルポルタージュ。数々の証言を通じて南洋群島の歴史や戦前の暮らしが浮かび上がってくる。

パラオにあった熱帯生物研究所やパラオ放送局、あるいは日本語が交じったパラオの歌謡「デレベシエール」のことなど、知らない話がたくさんあって興味を惹かれる。

委任統治と言っても実質的には植民地である。南洋庁の役人や文化人をはじめ、日本からの開拓移民、沖縄や朝鮮から来た人々、現地のカロリニアンなど、パラオには様々な人が住み、そこには差別や格差もあった。

統治する側とされる側、上位に立つ者と下位に立つ者との間では上位の人間の価値観を下位の人間が内面化することが起こりやすい。
貧しい日本の暮らしを抜け出し、永住覚悟で入植した人々にとって、植民地はかけがえのない場所であった。だからこそ、植民の是非を判断することは難しい。ただ、それらの「生」がそこにあった。

著者は植民地の是非について性急に結論を出そうとはしない。一人一人の話を丁寧に聞くことを大事にしている。パラオに住む人だけでなく、戦後パラオから日本に引き揚げた人にも話を聞きに行く。

インターネトで全てがわかったような気分になってしまう時代にあっても、世の中には、(・・・)ネットには載っていないひそやかな物語がいくつも、過去の時間や今現在の中に埋もれているんだと、改めて肝に銘じることになった。

ネット全盛の世の中にあって、こうしたルポルタージュの価値はますます高くなっているのではないだろうか。パラオにもぜひ一度行ってみたい。

2017年8月10日、集英社、1700円。

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2018年03月20日

カルチャーセンター


大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2018年03月19日

タイトル


寺井龍哉さんの書く文章のタイトルには、いつも工夫がある。

2014年に第32回現代短歌評論賞を「うたと震災と私」で受賞した時に、平松愛理のヒット曲「部屋とYシャツと私」に似ているなと思ったのが、そもそもの始まり。これは偶然ではなかったようで、その後も、例えば昨年の「塔」11月号に載った栗木京子歌集『南の窓から』の書評のタイトルは「夢みる情緒じゃいられない」。これは相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」をもじったものだろう。

「現代短歌新聞」3月号の書評「明るさに包まれたなら」は荒井由実の「やさしさに包まれたなら」、「現代短歌」3月号の「この山を見よ」はニーチェの『この人を見よ』、同じく4月号の「雪の歌を聴け」は村上春樹の『風の歌を聴け』と、すべて何かのタイトルを踏まえたものとなっている。

文章の内容とは別に、次はどんなのタイトルで来るんだろうと気になって仕方がない。

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2018年03月18日

映画 「北の桜守」


監督:滝田洋二郎
舞台演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:吉永小百合、堺雅人、篠原涼子、岸部一徳ほか

旅行の最終日は雨まじりの天気だったので、母と映画を見た。
樺太の恵須取(えすとる)から北海道に引き揚げた家族の物語である。

母と息子の関わりなどが深く身につまされて、涙を堪えるが大変であった。
母と映画を見たのは、35年ぶりくらいかもしれない。

MOVIX清水、126分。

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2018年03月17日

三保松原(その2)


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遊覧船の後を付いてくるカモメ。
カモメの餌は一袋100円。


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シーチキンの缶詰で有名な「はごろもフーズ」。
本社が静岡県清水市にある。
三保松原の羽衣伝説にちなんだ名前であることに気づいたのが、今回の旅行の最大の(?)収穫。


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清水と言えば、清水の次郎長。
ここは次郎長が開いた船宿「末広」の跡。
明治26年に次郎長が亡くなった場所でもある。


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甲飛予科練之像。
戦時中、三保には清水海軍航空隊が置かれていた。


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東海大学自然史博物館にあるジオラマの鹿。
ここは恐竜の展示が充実している。
隣には東海大学海洋博物館もあり、そちらは本格的な水族館となっている。


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2018年03月16日

三保松原(その1)


山梨に住む母を誘って2泊3日で三保松原へ行ってきた。
JR清水駅で待ち合わせ。


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1912年に建てられた三保(清水)灯台。
日本初の鉄筋コンクリート製の灯台とのこと。
後ろに見えるのが宿泊した三保園ホテル。


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灯台付近から見える富士山。
天気が良くて抜群の眺めであった。


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三保松原と富士山と鳶。
海岸沿いに遊歩道が延びている。


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天女が羽衣を掛けたという「羽衣の松」。
これは3代目とのこと。
周辺には枝ぶりの立派な松がたくさん生えている。

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2018年03月12日

鹿、鹿、鹿


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奈良公園の鹿。


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宮島の鹿。


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神戸の異人館「ベンの家」の鹿。


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サハリン州郷土博物館の鹿、
・・・ではなくて、トナカイ。

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2018年03月10日

3月10日


3月10日は日露戦争の奉天会戦において日本軍が勝利した日。(1905年)

   明治三十八年三月十一日於奉天
 楡の老木末枯れ立てり枝ごとにやどるやどり木時得がほにて
 寄生木(やどりぎ)に榮(はえ)をゆづりて枯れぬべき老木に似たる國
 あらばいかに         森 鷗外『うた日記』

枯れてゆく「老木」(ロシア)に対して、日本を元気な寄生木に喩えている。
この戦いの勝利を記念して、翌年から3月10日は陸軍記念日となった。

そして、もちろん3月10日は東京大空襲の日でもある。(1945年)

 戦前の写真一葉もなき父に三月十日がまた訪れる
                藤島秀憲『二丁目通信』
 戦中を語らぬ父か語れざる父かまた来る三月十日
                小高 賢『長夜集』

「戦前の写真」が一枚もないのは、すべて空襲で焼けてしまったのだろう。
現在、3月10日は「東京都平和の日」になっている。(1990年〜)

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2018年03月09日

宮崎・鹿児島


3月24日(土)に「塔」の宮崎歌会、翌25日(日)は鹿児島歌会に
参加します。九州の皆さん、歌会でお会いしましょう。

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2018年03月07日

なみの亜子歌集 『「ロフ」と言うとき』


2012年から2016年までの作品413首を収めた第4歌集。

奈良県西吉野村に住んでいた作者。脊椎を損傷した夫との厳しい生活にあって、村の風景や四季の移り変わりを詠んだ歌が大きな魅力となっている。

虻たちの大きく育つ川べりに犬を引きゆく虻はらいつつ
葬儀場の送迎バスは畠山タイヤのまえに人集うを待つ
木の椅子の背より倒れて起きるなく春のあらしに四肢を吹かれぬ
麓に見る車は山にぶらさがる郵便屋は口を縦にあけたり
このごろは近くまで来る夜の鹿の小枝折るおと目つむりて聞く
線路なき五新鉄道谷またぐ谷より巻きあがる蔦を枯らして
垂直に夜をしたたり落ちながら水はまもれり管の凍るを
ぞっとするぞっとするわと自(し)が下肢の薄くなれるをひとは見るたび
虫除けのスプレー汗に流れつつまなこに入るをこらえつつ刈る
冬越せる落葉とともに生きのびしかめ虫はつかむ窓の網目を
雨粒の顔に痛しも雨樋をふさぐ葉を掻く雨合羽着て
月金はパンの入る日大玉の小銭にぎりて西林酒店へ
死のことを思うこの世に石蹴れば犬の二頭は追いて遊べる
峠までとんび三羽の連れだちて空の奥行きひきのばしゆく
冷えも凍ても感覚なれば感覚を失いしひとに厚着を命ず

1首目、「大きく育つ」が印象的。都会の虻とは違うのだ。
2首目、「畠山タイヤ」という固有名詞が効いている。村の暮らしの様子。
3首目、一度倒れたら倒れたままになっている哀れさ。
4首目、事故を起こした車。「口を縦にあけたり」がいい。
5首目、眠りながら小枝の折れる音だけを聴いている。
6首目、ついに開通することがなかった幻の鉄道。谷の深さを感じる。
7首目、水道が凍らないように少しだけ水を出しているのだ。
8首目、自分の足が痩せ細ったのを見る夫。「薄く」が何とも痛ましい。
9首目、手で拭うこともできない。「つつ」を二回使って感じを出している。
10首目、具体的な描写がいい。「かめ虫は窓の網目をつかむ」ではダメ。
11首目、大粒の雨がびしびし顔に当たるのだろう。山の暮らしならでは。
12首目、500円玉を持ってパンを買いに行くところ。
13首目、犬の無邪気な姿にきっと救われているのだ。
14首目、トンビの行方を目で追ううちに空間の見え方が違ってくるのだ。
15首目、下半身の感覚を失った夫。気を付けないと凍傷になってしまう。

「GANYMEDE」に発表された連作2篇(「五新鉄道2013」「ロフストランドクラッチ/陽にかわく草」)は、どちらも重いテーマを扱いつつ完成度が高い。作者の力量が十二分に発揮されている。

2017年12月20日、砂子屋書房、2800円。

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2018年03月06日

5月の公開講座


5月に下記の3つの公開講座を担当します。
ご参加、お待ちしております。

◎5月9日(水) 「ニフレルで短歌を詠む]
 10:00〜15:00 JEUGIA カルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘主催
 http://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_17-15703.html


◎5月23日(水) 「大阪が生んだ歌人、与謝野晶子」
 10:30〜12:00 毎日文化センター(大阪梅田)
 http://www.maibun.co.jp/wp/archives/course/35552

◎5月25日(金) 「生誕140周年 与謝野晶子の歌と人生」
 11:00〜12:30。 朝日カルチャーセンター芦屋教室
 https://www.asahiculture.jp/ashiya/


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2018年03月05日

「角川短歌」 2018年3月号


佐藤通雅さんの歌壇時評に『風のおとうと』のことを取り上げていただいた。タイトルは「肉と人の問題」。歌集に収めた「肉と人」9首、「肉と人、ふたたび」5首について論じたものである。

作品の出来はともかくとして、このテーマに私が強いこだわりを持っているのは確かだ。私は選歌で落とされた歌は基本的に歌集には入れないのだけれど、「肉と人」(「塔」2014年4月号初出)は例外で、落ちた歌も入れている。思い入れの強さゆえである。

実はこのテーマについてはその後も歌に詠んでいて、

 ・肉と人(「現代短歌」2015年1月号)13首
 ・肉について(「現代短歌」2015年10月号)20首

と続いていく。興味のある方は、あわせてお読みください。

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2018年03月04日

前田康子歌集 『窓の匂い』



2012年から2016年までの441首を収めた第5歌集。

混ざり合う音の流れに探し聴くもっとも低き子の弦の音
鳩のごと胸と胸とが触れてしまう正面から娘が抱きついてきて
芍薬は蜜にまみれてひらけない蕾もあると花師はいいたり
見られいることを知らずに盲目のひとはカップの耳をまさぐる
ポストから少し出ている夕刊と秋明菊が触れて午後四時
甲羅ころんところがるように仰向けに路地に置かるるランドセルはも
うどん啜るようにパスタを食べている父の昼餉の短く終わる
えのころの茎にはとまれずはばたけるままに雀は穂を啄ばみぬ
返事してくれるわけなく夕暮れを再び端から探す自転車
幼子はエアータオルの強風にとばされそうに目をつぶりたり
春巻きの三角のかど閉じてゆく手紙いくつも封するように
ヘアカットのついでのように美容師は鉢の小枝を音立てて刈る
わが腕を唐突に打つ野あざみの 激しさならばまだ胸にある
春の雲つめて作らむ砂時計「あと10分」がわからぬ母へ
どこの爪切るのと母は探したり靴下履いた足を不思議そうに

1首目、演奏会で娘の弾くコントラバスの音を聴き分けているところ。
2首目、娘の身体の変化を感じて少し戸惑うような気持ちだろう。
3首目、蕾の状態で蜜が出るのが芍薬の特徴。「蜜にまみれて」が生々しい。
4首目、一方的に見られるだけの存在であるという気づき。「目」の話から最後に「耳」が出てくるのも味わいがある。
5首目、全く関わりのない両者のかすかな触れ合いの美しさ。
6首目、初・二句の比喩がいい。内側は白くて言われてみれば甲羅みたいだ。
7首目、ある世代以上の男性の感じがうまく出ている。
8首目、えのころの茎は撓るので止まりにくいのだろう。
9首目、駐輪場で自分の自転車を探す場面。どれも似たような形ばかり。
10首目、下句に幼子の様子が彷彿とする。
11首目、これも比喩の素敵な歌だ。「春巻き」と「手紙」、本来は似ても似つかないものなのだが。
12首目、もちろん別の鋏を使っているのだろうが不思議な感じがする。
13首目、作者の歌の中では珍しく激しい文体。一瞬の思いの滾りを感じる。
14首目、手術後の母の様子を詠んだ歌。「あと10分」という概念が通じない。
15首目、靴下を履いているので爪が見当たらないのである。淡々と詠むことで悲しみの深さが伝わる。

2018年1月15日、青磁社、2800円。

posted by 松村正直 at 06:16| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

おかべたかし・文、山出高士・写真 『くらべる時代』



昭和と平成で変わったもの34点を取り上げて、写真付きで解説した本。
例えば、

 子どもの楽園が「昭和の屋上」
 都会のオアシスが「平成の屋上」
 卵でしっかり巻いたのが「昭和のオムライス」
 とろとろ卵を乗せたのが「平成のオムライス」
 板ガムが「昭和のガム」
 粒ガムが「平成のガム」
 白いのが「昭和の日傘」
 黒いのが「平成の日傘」
 籠を使ったのが「昭和のフルーツ盛り」
 箱を使ったのが「平成のフルーツ盛り」

など。見開きに2枚の写真を並べて見せてくれるので、非常にわかりやすい。

昭和と平成の変化のポイントとして「定番がなくなった」ことが挙げられていて、なるほどと思った。「昭和のラーメン」はある程度誰もがイメージできるのに対して、「平成のラーメン」は多種多様なのである。

この「くらべる」シリーズ、実におもしろい。

2017年3月1日、東京書籍、1300円。

posted by 松村正直 at 20:19| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

松村正直の歌集・歌書


下記の歌集・歌書は手元に在庫があります。
メールでご注文いただければ、郵便振替用紙を同封して送ります。
masanao-m@m7.dion.ne.jp
送料は無料、署名入りです。

・第2歌集『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房、2800円)
・第4歌集『風のおとうと』(2017年、六花書林、2500円)
・評論集『短歌は記憶する』(2010年、六花書林、2200円)
・評伝『高安国世の手紙』(2013年、六花書林、3000円)
・評論集『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房、2500円)

以上、よろしくお願いします。

posted by 松村正直 at 08:25| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

「塔」2018年2月号(その2)


 腰かけるつもりの石にとんぼ来ぬ も少し歩いてみるのもいいか
                         今井早苗

道の先に見えている石を目指して歩いていたら、とんぼが止まったのだ。手でとんぼを払ったりせず下句のように柔らかに受け止めているのがいい。

 自らを回遊魚といふ人とゐてけふは大きな海でありたし
                         安永 明

回遊魚を自称する相手に対して、作者は「大きな海」でありたいと思う。ゆったりと相手を受け止め、包み込むような存在ということだろう。「けふは」もいい。

 地下水を使ふ暮らしのこの家はみづの匂ひがそここことする
                         祐徳美惠子

水道水とは違う独特な匂いがするのだろう。けっして嫌な匂いではなく、むしろ好ましい匂い。水に関わる場所には、ほのかにその匂いがしている。

 また客に誉められてゐるハイビスカスいつまで咲いていいかわからぬ
                         高橋ひろ子

きれいだと誉められるので咲き終えることができないという発想がおもしろい。一日花なので、一つの花のことではなく花の時期の終わりということだろう。

 伯林をベルリンと読む りるりると鈴鳴るやうな銀杏並木だ
                         山尾春美

「伯林」をベルリンと読むことの視覚と聴覚のズレのような感じ。「林」と「並木」、「ベル」と「鈴」が響き合う構成になっている。「りるりる」もいい。

 大空に消えたらあきらめられるけど木に引っかかる赤い風船
                         太田愛葉

持っていた手から離れてしまった風船の行方。失われたという意味では同じなのだが、木に引っかかったままでは確かにやり切れない感じがする。

 鯨肉が名物なりし店とぢて抹香鯨の看板たかし
                         栗栖優子

営業していた時には特に感じなかったのだが、閉店後は看板だけが異様に目立っているのだ。結句の「たかし」がいい。看板の鯨も自由になった気がする。

 海風に長き尾鰭ゆらしつつ金魚ちょうちん駅舎におよぐ
                         山内恵子

「金魚ちょうちん」は山口県柳井市の名物らしい。長い尾鰭が揺れることで、いかにも泳いでいる感じがするのだろう。水の中の世界のようなイメージである。

posted by 松村正直 at 07:47| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする