2017年12月31日

2017年の活動記録

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作品
 ・「記憶について」20首(「現代短歌」1月号)
 ・「おとうと」30首(「短歌研究」1月号)
 ・題詠「惑う」5首(角川「短歌」2月号)
 ・「地中にふかく」8首(「弦」第38号)
 ・「動物について」20首(「現代短歌」4月号)
 ・「海と飛行機」30首(「短歌研究」4月号)
 ・「紫のひと」33首(「短歌往来」5月号)
 ・「眠りについて」20首(「現代短歌」7月号)
 ・「桜のからだ」30首(「短歌研究」7月号)
 ・「正解」7首(「現代短歌」8月号)
 ・「布引の滝」30首(「短歌研究」10月号)
 ・「花火大会」7首(「星座―歌とことば」83号)
 ・「パターソン」7首(「うた新聞」10月号)
 ・「多島海」10首(「角川短歌」12月号)

時評
 ・歌壇時評「方言、共同体、死者の声」(角川「短歌」1月号)
 ・歌壇時評「日本語文法と短歌」(角川「短歌」2月号)
 ・歌壇時評「歴史から今を見る視点」(角川「短歌」3月号)
 ・歌壇時評「短歌の読みを考える」(角川「短歌」4月号)
 ・歌壇時評「「ね」とレチサンス」(角川「短歌」5月号)
 ・歌壇時評「歳月を抱える歌」(角川「短歌」6月号)
 ・短歌月評「様々な顔の沖縄」(「毎日新聞」1月30日朝刊)
 ・短歌月評「新たな一歩」(「毎日新聞」2月27日朝刊)
 ・短歌月評「自他合一の精神」(「毎日新聞」3月27日朝刊)
 ・短歌月評「老いの中の若さ」(「毎日新聞」4月24日朝刊)
 ・短歌月評「真っ直ぐな子規」(「毎日新聞」5月22日朝刊)
 ・短歌月評「同人誌・個人誌」(「毎日新聞」6月26日朝刊)
 ・短歌月評「『サラダ記念日』30年」(「毎日新聞」7月24日朝刊)
 ・短歌月評「ミサイル問題」(「毎日新聞」8月28日朝刊)
 ・短歌時評「デビューのかたち」(「毎日新聞」9月25日朝刊)
 ・短歌月評「女性であること」(「毎日新聞」10月22日朝刊)
 ・短歌月評「誰のために詠むのか」(「毎日新聞」11月27日朝刊)
 ・年間時評「分断を超えて」(「歌壇」12月号)

評論
 ・常識・過去・重層性・多義性(「歌壇」9月号)
 ・十首でわかる短歌史 見果てぬ夢(「現代短歌」9月号)
 ・狂歌から短歌へ(「六花」VOL.2)

書評
 ・櫟原聰著『一語一会』評(「短歌往来」1月号)
 ・染野太朗歌集『人魚』評(「現代短歌新聞」3月号)
 ・細溝洋子歌集『花片』評(「うた新聞」3月号)
 ・斎藤諒一歌集『春暁』評(「現代短歌」6月号)
 ・畑谷隆子歌集『シュレーディンガーの猫』評(「好日」7月号)
 ・井上孝太郎歌集『サバンナを恋ふ』評(「短歌人」9月号)
 ・香川哲三著『佐藤佐太郎 純粋短歌の世界』評(「現代短歌新聞」10月号)
 ・松村英一歌集『河社』鑑賞(「国民文学」11月号)
 ・永田和宏歌集『黄金分割』レビュー(「角川短歌」12月号)

その他
 ・講演ファイル「佐藤佐太郎の火山の歌」(「現代短歌新聞」1月号)
 ・全国結社歌誌動向「塔」(角川「短歌」2月号)
 ・特集「わたしの気になる《沖ななも》」(「北冬」17号)
 ・「読者歌壇」選者(「現代短歌新聞」4月号〜9月号)
 ・座談会「バブルが短歌に与えたもの」(角川「短歌」5月号)
 ・講演「樺太を訪れた歌人たち」要旨(「樺連情報」第807号)
 ・「戦争に賛成し熱狂するだろう私たち」(角川「短歌」8月号別冊付録)
 ・「短歌の骨法―石田比呂志の歌の魅力」(第六回琅玕忌だより)
 ・鑑賞「時代を変えた近代秀歌七十首」(角川「短歌」10月号)
 ・全国歌人伝「清原日出夫 北海道、京都、長野」
                          (「現代短歌新聞」11月号)
 ・「短歌歳時記 十二月のうた」(「現代短歌」12月号)
 ・平成歌壇10大ニュース「このゆるやかな曲がり角の先に」
                        (「角川短歌年鑑」平成30年版)

出演
 ・「樺太の暮らしを“解凍”」(「京都新聞」1月25日朝刊)
 ・講演「短歌の骨法―石田比呂志の歌の魅力」(2月18日、第六回琅玕忌)
 ・講演「樺太を訪れた歌人たち」(5月16日、全国樺太連盟ワークショップ)
 ・講演「啄木の現代的な魅力」(10月21日、堺短歌大会)
 ・第10回クロストーク短歌「絵画と短歌」(12月2日、吉川宏志さんと)
 ・鼎談「佐藤佐太郎の歌の魅力」
  (12月3日、現代歌人集会秋季大会、尾崎左永子さん、大森静佳さんと)

posted by 松村正直 at 23:59| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

作品発表の数


今年は短歌総合誌からの原稿依頼が多く、作品257首、時評19本、書評9本、評論3篇などを発表した。他にも「塔」や歌会に出した歌もあるので、1年で360首くらい発表したことになる。

これまでの作品発表の数(総合誌等からの依頼分)を見てみると

 2009年  19首
 2010年  67首
 2011年  25首
 2012年  10首
 2013年  30首
 2014年  55首
 2015年 135首
 2016年 127首
 2017年 257首

となっている。文章の依頼ばかりで作品の依頼がほとんど来なかった時期が長く、2012年などわずかに連作一つを発表しただけである。その頃に詠んでいた歌は『風のおとうと』に入っているが、特にレベルが低かったわけではないと思う。たまたま(?)原稿依頼が来なかっただけのことだ。

だから、他人から認められようが認められまいが、諦めず、腐らず、こつこつと詠み続けていくしかない。短歌を始めて20年になるが、そのことを一番強く感じている。

posted by 松村正直 at 22:44| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

鶴田伊津歌集 『夜のボート』



2007年から2017年までの作品366首を収めた第2歌集。
2歳から12歳へと成長していく子を詠んだ歌が多い。

渡されし安全ピンの安全をはかりつつ子の胸にとめたり
一通り叱りし後も止められず怒りは昨日の子にまで及ぶ
子のなかにちいさな鈴が鳴りているわたしが叱るたびに鳴りたり
子を叱りきみに怒りてまだ足りず鰯の頭とん、と落とせり
七年を過ごしし部屋を去らんとす床の二箇所の傷を埋めて
些細なる嘘ほど人を苛立たすこと知らぬがに重ぬるひとは
福砂屋のカステラ届くしっとりと刃を受け止めるカステラ届く
旅人算ノートに途中まで解かれ地球のどこかが凍えておりぬ
思いやりその「やり」にある鈍感をくだいてくだいてトイレに流す
ゆびさきのよろこびゆびはくりかえし味わうポン・デ・リングちぎりて

1首目、子の胸に名札を付けているのだろう。服に刺す時はけっこう気を遣う。
2首目、前日の出来事にも怒りの矛先が向かう。「昨日の子にまで」がいい。
3首目、子を叱る時の親の痛み。叱りつけた後にはいつも後悔するのだろう。
4首目、下句に怒りの余韻が漂っていて、何とも怖い。
5首目、「七年」「二箇所」という具体の良さ。荷物を運び出した部屋から、生活の痕跡が消えていく。
6首目、些細な嘘は罪がないと思うのは嘘をつく方の理屈であって、聞く方はそうではないのだ。
7首目、カステラの名店「福砂屋」。「カステラ届く」の繰り返しに高級感がある。
8首目、問題の中の旅人は、きっとどこかに行方不明になっているのだろう。
9首目、「思いやり」という言葉に、他人事のような感じや上から目線な態度を感じ取ったのだと思う。
10首目、8つの玉がつながったような形状をしているドーナツ。それをちぎりながら食べる楽しさ。

2017年12月15日、六花書林、2400円。

posted by 松村正直 at 19:24| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

松村正直歌集 『風のおとうと』 を読む会


松村正直の第4歌集『風のおとうと』(六花書林)を読む会を、来年2月3日(土)に東京で行います。

15年前に第1歌集『駅へ』の批評会を真中朋久さんの『雨裂』と合同で開いて以来、歌集の批評会などは行ってきませんでしたが、今回思うところあって自分で開催することにしました。『風のおとうと』について話したい、聴きたい、語り合いたいという方は、ぜひご参加下さい。

パネラーは立てず、数名の方に15分程度のレポートを行っていただき、その後は全員で自由にディスカッションという流れを予定しています。会場の玉川学園は私が20歳まで暮らした故郷の町です。どなたでもお気軽にお越し下さい。

日時 2018年2月3日(土)13:30〜17:00(13時開場)
場所 玉川学園コミュニティセンター 第2・第3会議室
    *小田急線「玉川学園前」駅から徒歩2分
会費 500円(レポーターを担当して下さる方は無料)
申込み 松村正直まで メール masanao-m@m7.dion.ne.jp

定員(約30名)に達しましたら、申込みを締め切らせていただきます。レポーターも募集しておりますので、参加申込みの際にお知らせ下さい。

皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

posted by 松村正直 at 16:16| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

「黒日傘」第8号


高島裕さんの個人誌。
特集は「父」、ゲストは岡井隆。
毎回テーマとゲストの選びがいい。

 小さきひとの足持ち上げて尻を拭く。この喜びはいづくより湧く
 哺乳瓶の剛(つよ)さを深く信じつつ熱湯注ぎ氷に浸ける
                      高島裕「百日の空」

「この春に長女が生まれた」という作者の子育ての歌。第1歌集『旧制度(アンシャン・レジーム』(1999年)から読み続けているので、読者としても感慨深いものがある。1首目はおむつを替えているところ。「小さきひと」がいい。2首目は粉ミルクを作りながら哺乳瓶の耐久性に注目しているのが面白い。

 茂吉歌集に父が書き入れし言(こと)の葉(は)をさむき雨降る夕ぐれに
 読む
 傷がないのに痛いつてことがある。父は居ないのに日向(ひなた)だけ
 ある                   岡井隆「父、三十首」

1首目、岡井の父は斎藤茂吉門下の歌人であった。その父の書いた文字を読みながらもの思いに耽っている。2首目、亡くなった後も父の存在感がどこかに残り続けているのだ。

 昭和六十二年製造の天ぷら粉、母の冷蔵庫の隅にひそみゐき
 川のやうになりて危険さへ覚ゆるに古書研究会のアナウンス長閑
 (のどか)                高島裕「甲午拾遺」

1首目、施設に入った母の家で見つけた天ぷら粉。「昭和六十二年」と言えば今から30年も前だ。2首目は大雨となった京都の古本まつりの光景。何となく古書店ならではという感じがする。

2017年11月30日、TOY、600円。

posted by 松村正直 at 20:00| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

「柊と南天」第0号


「塔」の昭和48年〜49年生まれの会員5名による同人誌。

 でもたぶんぽかんと明るいこの窓が失うことにもっとも近い
 山里に蛙の声をききながら夜の広さを確かめている
                       乙部真実

1首目、明るさと喪失感はどこか通じ合うものがある。「でも」という入り方と平仮名の多さが印象的。2首目、あちこちから聞こえる蛙の鳴き声に空間の広がりを感じている。

 くさむらに足踏みいればぬかるみはきのうの雨をあふれさせたり
                       中田明子

「きのうの雨」という表現がいい。ぬかるみから滲み出る水は、作者の心にある何かの感情のようでもある。

 芽キャベツのひとつひとつを湯に落としつつさよならを受け入れてゆく
                       池田行謙

芽キャベツを茎からもいで湯がいているところ。「落とし/つつ」の句跨りに、自分を納得させるまでの逡巡が滲む。

 画のなかの森の小道の明るさよ秋になりても実をつけぬ森
 画のなかの風を感じて吾が身体(からだ)粗き点描にほどけてゆけり
                       加茂直樹

絵の中の世界と現実の世界が交錯する歌。1首目、「実をつけぬ」と言うことによって、反対に実を付けるイメージが立ち上がる。2首目、絵を見ているうちに私が絵の一部になっていくような感覚。

 健闘と呼ばるる勝ちはなしひたひたと蛇口を落つる水滴の冴ゆ
                       永田 淳

「健闘」は、負けたけどよく頑張ったという時に使う言葉。でも、負けは負けなので素直には喜べない複雑な感じがするのだろう。

淳さんが「創刊の辞」に

 一九七〇年生まれの塔会員、つまり松村正直、荻原伸、梶原さい子、芦田美香がやたらと仲良しイメージを演出していることに対抗したかった

と書いている。
いえいえ、そんなことはないですって。(笑)

posted by 松村正直 at 13:33| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

映画「探偵はBARにいる3」


監督:吉田照幸、原作:東直己、脚本:古沢良太。
出演:大泉洋、松田龍平、北川景子、リリー・フランキー、前田敦子ほか。

札幌の歓楽街ススキノを舞台にしたシリーズの3作目。
探偵と相棒の軽妙なやり取りや追手との乱闘シーン、北海道の雪景色など、前2作に続いて楽しめる内容であった。

2011年、2013年、2017年と続いたこのシリーズ。
4作目も作られるのだろうか。期待したい。

Tジョイ京都、122分。

posted by 松村正直 at 19:45| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

補足情報


一昨日のクロストーク「絵画と短歌」では絵画を詠んだ自作の歌についても話をしたのだが、僕が絵を詠んだ歌が他にもあるのを参加者の方が見つけて下さった。

 手の指にも足の指にも表情があること、しろく横たわる裸婦
 その画家のそばにはいつも猫がいて気が向けば入る絵の中にまで
                 「塔」2016年11月号

兵庫県立美術館で「藤田嗣治展 東と西を結ぶ絵画」を見に行った時の歌である。
http://matsutanka.seesaa.net/article/440777913.html

また、昨日の鼎談「佐藤佐太郎の歌の魅力」の中で、尾崎左永子さんが

 箱根なる強羅公園にみとめたる菊科の花いはば無害先端技術(昭60)
                    佐藤佐太郎『黄月』

を引いて「茂吉の歌を踏まえている」とおっしゃっていたのだが、今日それを見つけた。

 大石のうへに草生ふるころとなり菊科の花が一つにほへる
                    斎藤茂吉『つきかげ』

昭和24年、茂吉67歳の歌である。
この歌は佐太郎の『茂吉秀歌 下巻』にも取り上げられている。

これも箱根の作。強羅公園などで大きな石を見ているのだろう。石のひだのようなところに土がたまり、そこに草が生え、夏も末になって花が咲きはじめたところである。状景が簡素であり、歌も簡素である。花は野菊などだろうと思うが、それを「菊科の花が一つにほへる」といったのがいい。(以下略)

なるほど、「菊科の花」という言い方はここから取られているのだ。
佐太郎の歌は昭和60年、75歳の時のもの。

茂吉は死の4年前、佐太郎は死の2年前。
いずれも最晩年の作である。

posted by 松村正直 at 20:50| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

御礼


昨日は大阪で吉川宏志さんとクロストーク「絵画と短歌」、今日は京都で尾崎左永子さんを招いて現代歌人集会秋季大会でした。

ご来場くださった皆さん、ありがとうございました。
多くの方とお話しできて楽しい二日間でした。

posted by 松村正直 at 23:23| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

現代歌人集会秋季大会


12月3日(日)に京都で現代歌人集会秋季大会を開催します。

尾崎左永子さんを招いて佐藤佐太郎についてのお話を伺うほか、大辻隆弘理事長の基調講演、現代歌人集会賞の授与式(大室ゆらぎ歌集『夏野』)などがあります。

参加費は1500円(当日払い)。
どなたでも参加できますので、皆さんどうぞお越しください。

   (↓クリックすると大きくなります)
  kajin-shukai-autumn1 2017.png

posted by 松村正直 at 23:14| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする