2016年11月30日

「ポドゾル」!

昨日は全国樺太連盟の本部へ。

最寄り駅は「六本木一丁目」。近くには外務省飯倉公館やロシア大使館などがあり、あちこちに警備の人や車を見かける。東京に住んでいた頃にも行ったことがないエリアだ。

今回は樺太連盟が保存している資料の中から、短歌関係のものをいろいろと見せていただいた。


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まずは「樺太短歌」。
昭和14年9月号、15年1月号、15年7月号。


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続いて「ポドゾル」。
昭和14年1月号、4月号、8月号。

5年くらい探し続けて実物を見たのはこれが初めて。
感激の初対面である。

posted by 松村正直 at 23:24| Comment(2) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

東京へ

今日は、東京で開かれる授賞式へ行く。

・第3回佐藤佐太郎短歌賞 大辻隆弘『近代短歌の範型』
・第4回現代短歌社賞 山本夏子「空を鳴らして」300首

おめでとうございます。

大辻さんの本のタイトルにある「範型」は広辞苑にも載っていない言葉だが、パラダイムの訳語である。パラダイムと言った方が、むしろわかりやすいかもしれない。

東京は22歳まで住んでいたのでよく知っている町のはずなのだが、この頃は気持ちが身構える感じになる。アウェイな感じがしてなかなか寛ぐことができない。

今日は授賞式の前に全国樺太連盟の本部に寄って、戦前の樺太で発行されていた「樺太短歌」や「ポドゾル」などの短歌雑誌を見せていただく予定。

東京には父や兄夫婦もいるのでたまには顔を出そうかとも思うけれど、なかなかそうも行かないのが人生である。

posted by 松村正直 at 08:26| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

名前

今朝の新聞に画家の島田章三氏の訃報が載っていた。

絵には詳しくないのだが、この名前は知っている。
歌人の島田修二の弟だ。

「修二」「章三」と名前があれば、当然、兄がいることもわかる。
島田修二の兄・陽一は海軍中尉で昭和19年に戦死している。

水漬きつつ死にたる兄よ死なざりし我は戦後の海に佇ちゐる
               『渚の日々』

死者の記憶を抱えつつ生きる戦後とは、どのようなものだったのだろうか。

posted by 松村正直 at 12:54| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

お知らせ

■砂子屋書房のHPの「日々のクオリア」で、佐藤弓生さんが『樺太を訪れた歌人たち』に触れて下さいました。ありがとうございます。

http://www.sunagoya.com/tanka/?p=15628

「ひとつのアプローチになることはわかりました」の「は」が重い問い掛けになっている。「ちょっとため息まじり」もその通りで、樺太について考える時には常に負の歴史の側面が伴う。

■中西亮太さんのブログ「和爾、ネコ、ウタ」で、「六花」VOL.1に私が書いた「ツンデレからデレデレへ」を取り上げていただきました。ありがとうございます。

http://crocodilecatuta.blog.fc2.com/blog-entry-325.html

「六花」は六花書林が刊行した雑誌。良い意味でバラエティ豊かな文章が集まっている。定価700円。http://rikkasyorin.com/syuppan.html
皆さん、どうぞお読みください。

posted by 松村正直 at 10:40| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

金原みわ著 『さいはて紀行』

京都の書店でよく行くのは「丸善京都本店」「ジュンク堂京都店」「大垣書店烏丸三条店」。近年、書店はどこも経営が大変なようで、文具やコミックの売場が広がるなど、私にとって魅力のある本屋が減っている。「ブックファースト京都店」「大垣書店四条店」なども、そういう意味で行かなくなってしまった。

そんな中にあって「ふたば書房京都マルイ店」は、売り場面積は小さいながらも品揃えがユニークで、しばしば足を運ぶ。本書もふたば書房の入口付近の一番良い場所に都築響一さん推薦といったポップ付きで平積みにされていたのであった。

この本の著者は全く知らなかったのだが、都築響一『珍日本紀行』を愛読している私は迷わずに買った。そして、実に良い本であった。こうした出会いは嬉しい。

内容は以下の通り。

・性のさいはて (芦ノ牧温泉)
・罪のさいはて (和歌山刑務所白百合美容室)
・水のさいはて (淀川河川敷、ピカソの家)
・異国のさいはて(タイのゴーゴーボーイズ)
・食のさいはて (団欒亭のゴキブリ食)
・宗教のさいはて(キリスト教看板総本部)
・夢のさいはて (熱海銀座劇場)
・人のさいはて (祖父の葬儀)

いわゆる珍スポット巡りなのだが、文章が抜群にいい。面白おかしく読んでいくと、最後にほろっとさせられたりする。著者自身の感情の動きや起伏がダイレクトに読者に伝わってくるような文体だ。

解説に都築響一が

若者の書く文章がダメなのではなくて、文字の多くがもう活字ではなくディスプレーで読まれる時代にあって、文章の書きかた自体がすでに往年の「名文」とは異なる次元に突入しつつあるのではないかと、ウェブ上で自分の文章を発表しながら、つくづく思う。

と書いている。これは、けっこう大事な問題であろう。

2016年5月10日、シカク出版、1000円。

posted by 松村正直 at 07:37| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

事務所フェスタ御礼

昨日は塔短歌会事務所開所5周年記念の「事務所フェスタ」へ。

朝8時半に事務所について、9時から11時まで「朝から歌会」(参加者18名)、11時から16時まで「京都御苑&御所吟行」(参加者22名)、その後、サテライト会場の「こどもみらい館」に行き、18時半からは事務所で飲み会。終了したのは22時過ぎ。

埼玉、千葉、福岡、金沢など遠方から来られた方、他結社の方や無所属の若い方も参加されて、賑やかで刺激の多い一日だった。

参加して下さった皆さま、スタッフの方々、ありがとうございました。

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2016年11月22日

「短歌往来」2016年12月号

あちこちで短歌に関する文章を書いているが、こちらの意図がうまく伝わらないことも多い。

「短歌往来」12月号の評論月評に田中教子さんが次のように書いている。

「角川短歌」二〇一六年十一月号には「創作における装飾」と題する特集が組まれている。この「装飾」は「虚構」と同義にとらえられ、事実(リアリズム)か虚構(反リアリズム)か、という方法論への問いかけとなっている。
先ずリアリズム肯定派は、松村正直氏と楠誓英氏である。

えっ、と読んでいてびっくりしてしまう。

「角川短歌」で私は、一番最初に「事実か虚構かの二分法」に疑問を呈し、

事実と虚構とはそんなに明確に分けられるものなのだろうか。

と書いた。「そもそも芸術というものは、すべて事実と虚構の微妙な境界の上に成り立っているものである」とも書いた。

それなのに、勝手に「リアリズム肯定派」に分類されてしまうのだ。そういう単純で図式的な分類こそ、私が一番排除したかったものであるのに。

こういう反応を読むと、文章を書くことが何だか虚しいことのような気がしてしまう。

posted by 松村正直 at 20:11| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

湯川秀樹著 『湯川秀樹歌文集』


日本人初のノーベル賞受賞者 湯川秀樹の随筆と歌集『深山木』(473首)を収めた本。文章にも歌にも味わいがあって、戦前育ちの人の教養の幅広さを感じさせられる。

一世代は本当に短かいものである。時は小川の水のように流れる。川の底に残るのはただ幾つかの小石である。美しい小石、人はこれを思い出と呼ぶ。
外形がはっきりしていて、心の奥は暗くてわからないのが普通であるのに、ここでは、明暗が逆になっている。この逆転によって、比類のない美しい世界を創造し得ることを、紫式部は千年の昔に発見したのである。
天の羽衣がきてなでるという幸運は滅多に来ない。一度もそういう幸運に恵まれずに一生を終わる人の方がずっと多いであろう。しかし、だからといって、そういう人の人生は無意味であったとは限らない。

他にも印象的な文章が多いのだが、中でも五人兄弟のうち一人だけ学者にならずに戦死した弟滋樹(ますき)を偲ぶ「大文字」という一篇は心に沁みる。

短歌は平明でわかりやすい歌が多い。

落ち暮れし田圃に立てば窓々の明るさのせて汽車はすぎゆく
湧き出でし煙動かずと見てあれば空にたなびき犬の首となる
バスはまた人なき里を行きてとまり女(をんな)降りけりそこは一つ家(や)
先生はいまだ帰らず春の日を松の木(こ)の間(ま)に少しある海
ひとりきてひとりたたずむ硝子戸の中の青磁の色のさびしさ
  (ナポリにて)
見あぐれば窓に人あり綱(つな)の先のざるをおろして物買はんとす
おじいちゃんしかしと二歳児はわれにいひてあとははははと楽しげに笑ふ

湯川秀樹は戦後、新村出、吉井勇、川田順、小杉放庵、中川一政らと「乗合船」という短歌同人誌を出していたらしい。そのあたり、一度調べてみようと思う。

2016年10月7日、講談社文芸文庫、1600円。

posted by 松村正直 at 19:00| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

京都御苑と御所

来週の事務所フェスタで京都御苑&御所の吟行をするので、下見に行ってきた。

塀に囲まれた旧皇居が「御所」、その周りに広がる公園が「京都御苑」なのだが、京都の人は全体を指して「御所」と言うことが多い。

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京都御苑の紅葉。

一面に真っ赤に染まった庭などよりも、こんなふうに緑や黄色やオレンジや赤など、いろいろな色がある方が個人的には好き。良い感じに色づいている。

昨年まで、御所は春と秋の決められた時期にだけ一般公開されていたのだが、今年の夏から通年公開となっている。

御所に入るの初めて。と言っても建物の中に入るわけではなくて、紫宸殿や清涼殿などを外側から見たり庭園を楽しんだりするのである。

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これは御所の中の紅葉。

思ったよりも歩く距離が長く見どころも多い。予定通りの時間で終るか少し心配だが、何とかなるだろう。23日も良い天気になりますように。

posted by 松村正直 at 07:13| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

「塔」2016年11月号(その2)

すべり台使わんとして登る娘の少し死者へと近づく高さ
                    鈴木四季

下句に驚かされる。地面に立っている時よりも少しだけ死者に近いという感覚。落ちたら危険ということも含めて、何となく納得させられる。

人生はあなたなしでも続くから盆の終わりに小さく泣くよ
                    大橋春人

どんなに掛け替えのない人の死であっても、残った人の人生はその後も続いていく。「泣く」ではなく「泣くよ」なのがいい。

輪郭のぱりりと軽い鯛焼きに口をあてては熱を食みゆく
                    小田桐夕

鯛焼きを食べているだけの歌だが、「輪郭のぱりりと軽い」「熱を食みゆく」という修辞が的確で、必要十分な歌に仕上がっている。

その死からもっとも遠き日の顔で叔母が笑えり写真のなかに
                    菊井直子

まだ元気で生き生きとしていた頃の写真が遺影となっているのだろう。反対に言えば、亡くなる前はそういう姿ではなかったということだ。

どちらかと言えば仕事の愚痴を聞く側で積まれる枝豆の鞘
                    山口 蓮

愚痴をこぼす方も大変だが、聞く方も大変である。作者は性格的にいつも聞く方になってしまうのだろう。「枝豆の鞘」の空虚感。

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2016年11月17日

「塔」2016年11月号(その1)

沈む陽は窓より深く射し入りて冷蔵庫の把手しばし耀ふ
                   田附昭二

夕方の陽ざしが家の奥まで射し込んで来て、金属の把手部分を美しく光らせている。その輝きはやがて消えてしまうものだ。

少女とわれの夏の時間はみじかくて西瓜の種をならんで飛ばす
                    石井夢津子

「少女」はお孫さんだろうか。ありふれた何気ない場面。でも、それが掛け替えのない時間であることを作者は知っている。

客二人乗務員一人ゴンドラは霧に見えざるロープを下る
                    久岡貴子

「客二人」は作者と連れの人なのだろう。唯一の頼りであるロープが見えないことの不安と楽しさ、そして浮遊感。

倒木の覆ふ流れを汲みて飲む木の香を帯ぶる冷たき水を
                    富樫榮太郎

「木の香を帯ぶる」がいい。山の中のきれいな流れなのだろう。歩き疲れた身体に鮮烈にしみてくる。

肢そろへ横腹見せて寝ねてをり殺されやすき姿で犬は
                    野 岬

よく見かける光景であるが、下句にハッとさせられる。確かに、横腹を見せるというのは、野生の動物とは違う無防備な姿なのだ。


posted by 松村正直 at 09:47| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

事務所フェスタ

11月23日(祝)の「事務所フェスタ」が近づいてまいりました。
全部で50名くらいの方が参加される予定です。

プログラムAとBは、まだ少し席がありますので、参加を希望する方は、松村まで連絡してください。メールアドレスはチラシの左下に載っています。

夜7時からの飲み会は、当日参加OKです。会費2000円で、どなたでも参加できますので、ぜひお越しください。

また、事務所から徒歩5分の「こどもみらい館」でも、午後1時から5時まで部屋を借りて、歌集や「塔」バックナンバー等の無料配布などを行います。こちらも当日参加OKですので、お気軽にお立ち寄りください。

 事務所フェスタ.png

(大きなチラシが見られます)
事務所フェスタ.pdf

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2016年11月15日

出井康博著 『ルポ ニッポン絶望工場』


実習生、留学生、日系人として日本で働く多くの外国人労働者。その暮らしを取材するとともに、日本の抱える問題点を鋭く分析した本。

コンビニ弁当の製造工場、宅配便の仕分け現場、新聞配達、ホタテの加工場、建設現場など、現代の様々な職場で外国人労働者なしでは成り立たない状況が生まれている。

以前、私が働いていた物流倉庫やプラスチック成型工場でも、中国人やベトナム人の実習生が働いていた。今年見た映画「牡蠣工場」でも中国人の実習生の姿があった。

その一方で、日本は単純労働を目的とした外国人の入国を認めていない。そのため、「国際貢献」「人材育成」を掲げた外国人技能実習制度による実習生や、「留学生30万人計画」により推進されている留学生という形で、実際には単純労働に従事する多くの外国人労働者を受け入れている。

その実態は、本書の見出しを拾えば「現代の奴隷」「蟹工船」「日本語学校によるボッタクリ」「違法就労と残業代未払い」「ピンハネのピラミッド構造」といったものだ。

本音と建前の大きな乖離と多くのごまかし。著者はそうした実態を明らかにしたうえで、次のように提言する

日本人の嫌がる職種で人が足りないのであれば、まずはそれを認めたうえで、外国人労働者の受け入れについて本音で議論すればよい。「実習」などでごまかさず、あくまで現場にとって何が最善なのかを優先して考える。

さらには、将来的な移民の受け入れという問題についても次のように述べる。

移民の受け入れとは、単に労働力を補充することではない。日本という国を構成するメンバーとして、生まれ育った環境や文化の違う人たちを迎え入れることなのだ。言語の習得、就職、さらには子弟の教育などへの支援を通じ、日本社会に適応してもらえるよう、私たちの努力も求められる。まるでモノでも輸入するかのような発想では、後にさまざまな問題が起きるに違いない。

現在の、そしてこれからの日本社会を考えるうえで、避けては通れない大事な問題だと思う。

2016年7月20日、講談社α新書、840円。

posted by 松村正直 at 19:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作」 毎月第3金曜日
   A組 11:00〜13:00
   B組 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンター千里セルシ― 06−6835−7400
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンターKYOTO 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2016年11月12日

「九大短歌」第四号

全32ページ、中綴じ。最近の学生短歌会の機関誌には立派な装丁のものも多いのだが、これは手作り感のある素朴な仕上がり。誌面を見る限り主に4名で活動しているようで、楽しそうな会の雰囲気が伝わってくる。

主なき千度の春に削られて飛べない梅に触れる霧雨
                 松本里佳子

太宰府吟行で詠まれた歌。千年の風雪に耐えてきた「飛梅」の姿が彷彿とする。

とろろわさび牛丼辛くて東京のすき家でこっそりたくさん泣いた
                 真崎愛

一人で牛丼を食べて涙を流す。「東京」で何かつらいことがあったのかもしれない。

教卓に潜ればふかく沈みゆく水兵リーベぼくたちの船
                 松本里佳子

かくれんぼでもしているところか。「潜れば」「沈み」「水兵」「船」と縁語のように言葉が続く。「ぼくの船」を「ぼくたちの船」に変えたところがいい。

青い実に並べる歯形どうしてもべつべつの地獄におちてゆく
                 松本里佳子

一緒の地獄に落ちることはできないということだろう。果実に付いた「歯形」と「地獄」の取り合わせがうまい。

平地より五度は低い、と説明をここでも聞いて風呂へくだりつ
                 山下翔

「温泉」50首から。雲仙の温泉宿での歌。雲仙は涼しいというのが謳い文句になっているのだろう。かぎ括弧がないのがいい。

正直に話さうとして説明がややこしくなるを湯に浮かべたり
                 山下翔

「きみ」と湯につかりながら、作者には何か話さなくてはならないことがあるようだ。でも、なかなか言い出せない。

この夏をいかに過ごしてゐるならむ花火のひとつでも見てれば
いいが              山下翔

母のことを詠んだ歌。しばらく会っていないようだ。なかなか会いに行けない事情があるのかもしれない。

「温泉」50首はかなり読ませる連作だと思う。「きみ」との関係や、家族の形、母に対する思いなど、作者の心の微妙な揺らぎが丁寧に詠まれている。具体的な事情ははっきりとはわからないけれど、それは別にわかる必要もない。どの家族にもそれぞれの事情があって、だからこそ哀しくも愛しいのだ。

2016年10月30日、300円。

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2016年11月11日

『樺太を訪れた歌人たち』 刊行!


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『樺太を訪れた歌人たち』(ながらみ書房)が刊行されました。

「短歌往来」に連載した「樺太を訪れた歌人たち」に、書き下ろしの
「樺太在住の歌人」と「サハリン紀行」を加えました。

目次は以下の通りです。


 第一章 樺太を訪れた歌人たち
   北見志保子とオタスの杜
   松村英一と国境線
   北原白秋・吉植庄亮と海豹島
   橋本徳壽と冬の樺太
   生田花世と木材パルプ
   石榑千亦と帝国水難救済会
   出口王仁三郎と山火事
   土岐善麿と樺太文化
   下村海南と恵須取
   斎藤茂吉と養狐場

 第二章 樺太在住の歌人
   石川澄水『宗谷海峡』
   皆藤きみ子『仏桑華』
   新田寛『蝦夷山家 新田寛全歌集』
   野口薫明『凍て海』
   山野井洋『創作短歌 わが亜寒帯』
   山本寛太『北緯四十九度』

 第三章 サハリン紀行


定価は2500円。
お申込みは、松村 masanao-m@m7.dion.ne.jp または版元の
ながらみ書房までお願いします。

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2016年11月10日

現代歌人集会秋季大会のお知らせ

12月4日(日)に京都で現代歌人集会秋季大会が開催されます。

大辻隆弘さんの基調講演、阿木津英さんの講演「芭蕉以後のうた〜玉城徹を考える」、第42回現代歌人集会賞授与式(虫武一俊歌集『羽虫群』)などが行われます。

皆さん、どうぞご参加ください。

(クリックすると大きくなります)
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 現代歌人集会秋季大会2016B.jpg
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2016年11月09日

佐太郎の言葉

思うところがあって古い「歩道」を読んでいる。
「歩道通信」に載っている佐藤佐太郎の文章を味わいながら読む。

蛇崩の道を往反し、途中喫茶店で一憩して即席の歌を考へたりする。さういふ毎日をくりかへしてゐる。かうして二日に一首、三日に一首といふ具合に作りためた歌を「歩道」に出す。(昭和53年7月号)
こんなに健康の具合が変つてゐては、たまに逢つた人は、挨拶にも困るだらうし、私も挨拶のしようがない。これから、私の健康について、訪問者はふれないやうにして貰ひたいし、私も話さない事にしようと思ふ。(昭和53年9月号)
そこにゆくと短歌はいい詩形だ。短歌ではこみいつた事は言へないし、また言ふ必要もないが、端的に思ふ事を言ふとしたら、これほど自分を表白し得る詩形はない。われわれは自信を以て短歌に傾倒していい。(昭和56年8月号)

どれもこれも、良い言葉だなと思う。
おそらく、短歌は一生をかけるに足るものだと70歳を超えた佐太郎は言っているのだ。

posted by 松村正直 at 22:49| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月08日

印象に残っている島

これまでに行ったことのある島で、印象に残っている島をいくつか挙げてみよう。

○天売島・焼尻島(北海道)
 貝や魚など食べきれない量の夕食が出た民宿。レンタサイクルで
 島を一周した。

○舳倉島(石川県)
 海女が漁をする島として有名。灯台の上に登らせてもらって、島を
 一望した。

○中ノ島(島根県)
 隠岐にある島。宿の風呂にカエルがいた。カラフルなヒオウギガイ
 のバーベキュー。

○男木島・女木島(香川)
 桃太郎伝説のある洞窟。魚やタコなど食べきれない量の夕食が
 出た民宿。

○大久野島(広島)
 島のいたるところにウサギがいる。毒ガス資料館と砲台跡は戦争
 遺跡として必見。

○黒島(大分県)
 大分に住んでいた時に、海水浴をするために渡った。島で泳ぐの
 は気持ちいい。

○端島(長崎県)
 通称、軍艦島。長崎港から船で行ったのだが、波が高くて上陸で
 きず。残念。

○新島(鹿児島県)
 佐藤佐太郎の歌に詠まれた島。現在は住む人もなく、分校跡は
 廃墟になっている。


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2016年11月07日

第4回古今伝授の里・現代短歌フォーラム

昨日は岐阜県郡上市の古今伝授の里フィールドミュージアムで行われた現代短歌フォーラムを聴きに行った。敷地の周辺は紅葉が始まったところ。

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第1部は「小瀬歌論の魅力を語る」。

後藤すみ子、鈴木竹志、平井弘の3名が、小瀬洋喜の歌論や人柄についての話をした。小瀬さんについては岡井隆さんとの私性をめぐる議論くらいしか知らなかったのだが、岐阜の歌壇にとって非常に重要な方だったことがよくわかった。

現在、和歌文学館では「小瀬洋喜の歌論―短歌的な世界からの脱出と回帰」と題した展示も行われており、同人誌「斧」「核」をはじめ多数の貴重な資料が公開されている。

第2部はパネルディスカッション「今、短歌評論家のなすべきこと」。

佐佐木幸綱、小塩卓哉、川本千栄、山田航、寺井龍哉、鈴木竹志(司会)という現代短歌評論賞受賞者を中心とした顔ぶれ。鈴木さんの巧みなさばきと佐佐木さんの適切なアドバイスもあって、短い時間にもかかわらず良い議論であった。

平井さん、山田さん、寺井さんとは初対面。
懇親会ではいろいろと話ができて楽しい一日だった。

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2016年11月06日

斎藤潤著 『ニッポン島遺産』

著者 : 斎藤潤
実業之日本社
発売日 : 2016-07-30

日本には6852の島があるらしい。その中から、礼文島、八丈島、小豆島、屋久島、西表島など40の島を取り上げて、祭や民俗、文化、産業、自然、名産品などを紹介した本。

島の様々な魅力を紹介するだけでなく、著者は新たな活用方法の提言もしている。

戦没者慰霊公園を整備して、明暗併せもつ硫黄島の歴史を学ぶ場にできないか。ジャンボ機が離発着できる巨大な空港もあるのだから、貴重な領土の利用をもっと考えてはどうだろう。(硫黄島)
閉山時にぼくが夢見たツアーが、現実のものとなったのだ。期日や人数に制限があるし、さすがに立坑を降りることもできないが、元炭鉱マンがガイドするということもあって、かつての炭鉱の様子を堪能できるだろう。(池島)

カラー写真がふんだんに使われていて楽しい。
眺めていると、あちこちの島に行きたくなってくる。

2016年8月10日、実業之日本社、1600円。

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2016年11月05日

馬場あき子著 『寂しさが歌の源だから』


副題は「穂村弘が聞く馬場あき子の波瀾万丈」。
角川「短歌」2013年10月号から2014年10月号にかけて連載された「馬場あき子自伝―表現との格闘」に加筆修正したもの。

穂村さんのインタビューに答える形で、生い立ちから戦時中の青春時代、短歌との出会い、「かりん」創刊、今後の短歌についてなど、かなり率直に語っている。

どの雑誌も創刊のころというのは元気で、楽しいものです。だから、いつも創刊号を出すつもりで編集すべきなんです。

良い言葉だなあと思う。マンネリにならないように、常にフレッシュな気持ちであり続けるということだろう。

六十過ぎたらもう自分自身との対話だけがたよりですよ。
歌人は歌を作る以外、ないのよ。それで、毎日、歌を作る。

シンプルな言葉が胸に響く。表現する人だけが持つ深い孤独が感じられる。

馬場さんの人生や作品の奥に潜むものが、十分に伝わってくるインタビューであった。聞き手の穂村さんの力も大きい。

2016年6月25日、角川書店、1800円。

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2016年11月04日

事務所フェスタ

11月23日(祝)に京都の塔短歌会事務所にて、「事務所フェスタ」というイベントを行います。どなたでも参加できますので、お気軽にお申込みください。

各プログラムともに、まだまだ席が空いております。参加を希望する方は、松村まで連絡して下さい。メールアドレスはチラシの左下に載っています。

 事務所フェスタ.png

(大きなチラシが見られます)
事務所フェスタ.pdf

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2016年11月03日

坂口裕彦著 『ルポ難民追跡』


副題は「バルカンルートを行く」。

シリアの内戦やアフガニスタン、イラクなどの治安の悪さから国を逃れ、ドイツなどヨーロッパの国々を目指す人々。その実態を描き出すために、あるアフガン一家に密着取材したルポルタージュである。

難民や移民という「記号」ではなく、「生身の人間」の予想がつかない行動や垣間見せる表情こそが、事態の核心を映し出すはずだ。

という考えのもと、著者はギリシアで出会ったアフガニスタン人の家族(夫婦と4歳の娘)に同行取材する。ギリシア、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニア、オーストリアを経てドイツへ。

その取材の中で見えてくるのは、これまでの「難民」のイメージとは少し違う風景である。

「新難民」「新移民」とでも、こちらが呼びたくなるほど、スマートフォンを巧みに操り、画一的な行動パターンを見せる人々は、まさにインターネットの申し子だ。

多くの難民がたどったバルカンルートはどのようにして生まれ、その後どのような変遷をたどったのか。難民排斥を訴えるハンガリーや、ユダヤ人の大量虐殺への反省から憲法で難民の庇護権を認めているドイツの歴史も取り上げながら、著者は考察を深めていく。

「生身の人間」の姿に迫ろうとした本書の一番の驚きは、あとがきの最後に書かれていることかもしれない。著者もまた当然のことながら一人の「生身の人間」であったのである。

2016年10月20日、岩波新書、840円。

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2016年11月01日

橋本喜典歌集 『行きて帰る』

2012年から2016年までの作品566首を収めた第10歌集。
老いの歌や人生の感慨の滲んだ歌、さらに戦争の記憶や近年の危うい社会状況なども積極的に詠んでいる。

点滴の四時間余り電子辞書に遊びてわれに知識増えたり
レントゲン技師の合図はこの今を働く声にてわれは従ふ
勇往邁進のごとき構へに歩み来る「健康のため」の老人怖し
理髪店の大き鏡の虚像より抜けきたるわれいづこへ行かむ
蝸牛のごときを耳に装着しあやしげに聞く万物の音
昨夜(よべ)の窓風を怺へてありしかど急げる雲を映せり今朝は
雪を積む土の中にて木草の芽音たててをりわが耳は聞く
早蕨を清らに濡らし夜の明けをわが精神の川は流るる
牛乳壜二度洗ひして乳色のうすきくもりは透き通りたり
この雨も聞えないのときかれたりざあざあ降つてゐるのかときく

2首目、「この今を働く声にて」がいい。仕事をしている人の声。
4首目、散髪の間ずっと鏡に映っていた私から、私が離れていく。
5首目、補聴器の歌。
7首目、実際の物音のことではないが、確かに聞こえるのだ。
8首目、何ともかっこいい。こういった表現ができるのも短歌の大きな魅力である。
10首目、耳の聞こえが悪いことも、素敵な歌になる。小雨なのか、ざあざあ降りなのか。

他にも、長歌「わが「歎異抄」体験」が凄味があって良かった。
「八十七歳書斎を建つるただ一度そして最後の贅沢として」という歌もあり、いくつになっても前向きな心を失わない作者である。

2016年11月11日、短歌研究社、3000円。

posted by 松村正直 at 08:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする