2016年05月31日

土岐善麿著 『啄木追懐』

このところ啄木関係の本を少しずつ読んでいる。
いろいろと知らなかったことがわかって面白い。

例えば、この本には大正8年から9年に新潮社から刊行された『啄木全集』全3巻に、善麿が書いた凡例が収められている。その中に

一、故人の日記は多年に亘りて堆(うづたか)く、記述細大を洩さず、頗る価値多き資料なりしも、その歿後、夫人節子また病を獲(え)、遂に日記の全部を焼却して今影を止めず。その一部をもこの全集に収むる能はざるを遺憾とす。

とある。ドナルド・キーンが啄木作品の中で最も高く評価する「日記」は、この時点では焼却されたものと思われていたのだ。

もともと啄木は、日記は焼却するようにとの遺言を残していた。それが様々な経緯を経て残され、公開されるに至ったのである。そこには多くの関係者の尽力や争いがあったらしい。
http://www.shahyo.com/mokuroku/culture/bungei/ISBN978-4-7845-1910-1.php

啄木関連の本は、非常に数が多い。
自分が関心を持っている部分を中心に少しづつ読んでいこうと思う。

1932年4月10日、改造社、1円80銭。

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2016年05月30日

想田和弘著 『演劇vs.映画』


副題は「ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか」。

平田オリザと青年団の活動を取材した映画「演劇1」「演劇2」について、監督である著者が記した本。平田や青年団の俳優との対談、座談会なども収録されており、平田の現代口語演劇の理論や、想田の観察映画の方法論がよくわかる内容となっている。

以前、この映画を観た時に買って長らく「積ん読」状態になっていたのを、新作「牡蠣工場」を観たのをきっかけに思い出して、本棚の奥から発掘して読んだのである。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138986.html

ドキュメンタリーとは何か、演技とは何か、リアルとは何か、といった問題について実に多くの示唆を与えてくれる内容となっている。著者自身、撮影や編集をする中で何度も自問自答を繰り返しつつ、ようやく作品を完成させている。

「ありのまま」を映画にする作業は、容易ではない。被写体を漫然と撮って編集したのでは「ありのまま」は映らない。「ありのまま」の再現には、綿密な計算や操作、技術や鍛錬が必要なのだ。
「作り手が出会い、体験した世界を描く」ということは、「作り手が出会わなかった、体験しなかった世界は描かない」ということでもある。それは「あれも、これも」ではなく「あれか、これか」を選択する態度であり、引き算の思想なのだ。
構成がうまくいき始めると、ひとつのシーンが映画の中で単一の役割ではなく複数の役割を果たし始める。それが起こり始めたら、その構成は正しい。

最後の文章など、例えば短歌の連作をどのように並べるかといった問題にも通じる話だろう。

それにしても、当初「90分〜120分」を予定していた映画が、実際には「演劇1」2時間52分+「演劇2」2時間50分の計5時間42分になるのだから、相当な入れ込みようである。

しかも、実際に撮影した時間は何と約307時間。全撮影時間のうち映画になったのは、わずかに1.8%なのだ。でも、その残り98.2%の部分が陰で映画の質を支えているのだろう。

2012年10月19日、岩波書店、1900円。

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2016年05月29日

筈(はず)

昨日の永田さんの講演の最初に

二人ゐて楽しい筈の人生の筈がわたしを置いて去りにき

という自作(今年の歌会始の詠進歌)の話が出た。
この歌は、河野裕子さんの

これからが楽しい筈の人生の筈につかまりとにかく今日の一日
              『蟬声』

の本歌取りになっている。
「〇〇の筈」は「道理」「当然」といった意味で使われる言葉だが、もとは弓矢に関係する言葉である。

『広辞苑』には

・弓の両端の弦をかける所
・弓に矢をつがえる時、弦からはずれないために、矢の末端につけるもの。やはず。

とある。学生時代にアーチェリーをやっていたので、こういうのは懐かしい。二つ目の「矢筈」はアーチェリーでは「ノック」と言っていた。

調べてみると、相撲の「はず押し」もこの筈に由来するらしい。手の形を矢筈のように「凹」にして相手の腋などを押すことから「はず押し」というのだそうだ。

弓矢から相撲へ。
言葉もよく飛ぶものだな。

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2016年05月28日

東京へ

1泊2日で東京へ。

昨日は18:00より一ツ橋の如水会館で、第21回寺山修司短歌賞と第12回葛原妙子賞の贈呈式。受賞作は島田幸典『駅程』と河野美砂子『ぜクエンツ』で、お二人とも京都在住の方の受賞であった。

今日は13:00より、明治神宮参集殿で行われた日本歌人クラブ定期総会に参加。

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最初に事業報告や会計報告があり、その後、日本歌人クラブ各賞の贈呈式、そして永田和宏さんの講演というプログラム。講演のタイトルは「歌を引き受け、引き継ぐ―歌枕、本歌取りを例として」で、時おり河野さんの思い出なども交えて、じっくりと聞かせる内容であった。


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2016年05月26日

角川「短歌」2016年6月号

第50回迢空賞が発表になっている。
受賞作は大島史洋さんの歌集『ふくろう』。
http://matsutanka.seesaa.net/article/416896116.html

この歌集は兄の大島一洋さんの著書『介護はつらいよ』(小学館)とあわせて読むと、さらに味わいが深まるように思う。父・兄・弟という男3人の関係が浮かび上がってくる。

今回驚いたのは、高野公彦さん(選考委員)の選評だ。

「五冊の候補歌集の中で、私は水原紫苑の『光儀』にいちばん魅力を感じた という一文から始まって、最後まで水原作品についてだけ書いている。『ふくろう』には一切触れていない。これはなかなかスゴイことである。

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2016年05月25日

ドナルド・キーン著 『石川啄木』


今年生誕130年を迎えた石川啄木の評伝。
全375ページ。角地幸男訳。
初出は「新潮」2014年6月号〜12月号、2015年2月号〜10月号。

特に新しい事実が示されているわけではないが、啄木の生涯を丁寧に描き出している。啄木の専門家とは違う視野の広さも魅力の一つだろう。

子規と違って、啄木は明らかに現代歌人だった。何が歌人を現代的にするかを定義することは難しい。しかし啄木の書いた作品のどれ一つを取ってみても、子規やそれ以前の日本の歌人とは違う世界に啄木が属していたことを明らかにしている。
啄木の成熟を示す見事な短歌を称賛する人々は、「ロマンティック」時代の優雅な装飾が施された啄木の詩には、ほとんど目をくれようともしない。
短歌は啄木に初期の文学的興味を蘇らせ、ついには散文より遥かに大きな名声をもたらすことになる。しかし、啄木に幸福をもたらしたわけではなかった。

そして、著者が啄木作品のなかで最も評価するのは、詩でも短歌でも小説でもなく、意外なことに「日記」である。

啄木は、千年に及ぶ日本の日記文学の伝統を受け継いだ。日記を単に天候を書き留めたり日々の出来事を記録するものとしてでなく、自分の知的かつ感情的生活の「自伝」として使ったのだった。

こうした見方は、日本文学研究者である著者ならではのものかもしれない。新鮮な指摘であった。

2016年2月25日、新潮社、2200円。

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2016年05月24日

高安国世三都物語ツアー(京都編)

高安は第三高等学校教授となった昭和17年に、当時「学者村」と呼ばれた京都市左京区北白川に転居し、終生そこに暮らした。

今回のツアーのコースは次の通り。

@ 叡電茶山駅【集合】
A 銀月アパートメント
B 駒井家住宅(昭和2年、ヴォーリズ建築)
C 高安国世邸
D 東アジア人文情報学研究センター(昭和5年)
E 京都大学百周年時計台記念館歴史展示室
F 京都大学吉田南4号館(旧・E号館)
G カフェテリア・ルネ【昼食】
H バス停「京大正門前」→バス停「船岡山」
I 来光寺、高安国世のお墓【解散】


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東アジア人文情報学研究センター。
外壁に日時計があるのがオシャレである。


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京都から滋賀に抜ける「志賀越え道」にある子安観音。


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同じく大日如来。
地元の方々に大切にされているようだ。


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京都大学の時計台。
改修されて一階には歴史展示室が設けられている。


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京都大学旧E号館そばの吉田寮。
築100年を経た木造の学生寮である。
庭にはにわとりが飼われていて、しきりに啼いていた。

 私の研究室は京都大学教養部構内の最南端の建物にあって、南に知恩院、将軍塚あたりの丘を望み、やや右はるかには京都の市街の大部分が見渡され、駅近くの京都タワーも白いろうそくのように見えている。晴れた日、曇った日、雨の日、それぞれに趣がある。
 もともと高い所から町を見るのが好きな私は、この研究室があてがわれて大変感謝している。近くの吉田から聖護院にかけての町なみは古いカワラ屋根を敷きつめたように見え、二方を山にかこまれ、平和な日だまりのように見える。だが、おいおい四角い近代風の建築が調和を破るようになり、こういう平和が続くのもいつまでかというかすかな不安が、心をかすめることも多くなってきたこのごろである。
   高安国世「四階の窓」(「毎日新聞」昭和43年1月28日)

これで全3回のツアーも無事に終了。
参加して下さった皆さん、ありがとうございました。

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2016年05月23日

啄木とタイタニック

ちなみに

啄木が亡くなったのは1912(明治45)年4月13日
タイタニック号が沈んだのが1912(明治45)年4月15日

2日違い。

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公開講座「現代に生きる啄木」

7月29日(金)に朝日カルチャーセンター芦屋教室で、「現代に生きる啄木」という公開講座を行います。生誕130年を迎える今年、あらためて啄木の作品や人生を読み直してみようという内容です。

啄木に興味や関心のある方、ぜひご参加ください。

時間は13:00〜15:00。
場所はJR芦屋駅北口の「ラポルテ本館」4階です。

詳しくは、下記のページをご覧ください。
https://www.asahiculture.jp/ashiya/course/684e359f-fd15-c770-dec7-5726ee7b7b8b

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2016年05月21日

岩下明裕著 『入門 国境学』


副題は「領土、主権、イデオロギー」。

タイトルには「国境学」とあるが、実際は本の中で何度も使われる「ボーダースタディーズ」という言葉の方が相応しい内容である。国境を含めた様々なボーダー(境界)がどのように生まれ、人々の暮らしにどのように影響を与えるかを述べ、さらには机上の論にとどまらず、実際の国境問題等に関する政策的な提言も行っている。

国境というものは人間が生み出したものである。それは時代とともに変化することがある。ソ連・東欧の社会主義圏の崩壊やEUの拡大などを踏まえて、著者は

国家のスクラップ・アンド・ビルドは、境界の喪失=「脱境界化」(de-bordering)と境界の誕生=「再境界化」(re-bordering)、そして「越境化」(trans-bordering)という三つの現象を同時に生じさせるものとなった。

と述べる。境界であった場所が境界でなくなるとともに、別の新たな境界が生まれる。さらに、境界を超えた人や物の移動によって境界は絶えず揺さぶりを受ける。境界や国境というものは決して固定したものではなく、常に組み替えられ、流動するものだというわけだ。

本書で具体的に取り上げられているのは、ベルリンの壁、ベルファストのピースライン、イスラエルのグリーンライン、板門店、アメリカとメキシコの国境、中露国境、竹島、北方領土、尖閣諸島、稚内、根室、対馬といった場所である。

領土問題、移民問題、安全保障、地域振興といった様々な問題を含んだ「ボーダースタディーズ」は、今後大きな可能性を秘めているように感じる。

2016年3月25日、中公新書、860円。

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2016年05月20日

前川佐美雄賞

「短歌往来」6月号に第14回前川佐美雄賞の選考結果が載っている。
受賞は黒瀬珂瀾の『蓮喰ひ人の日記』。

今回驚いたのは山田航編著のアンソロジー『桜前線開架宣言』が候補になっていたこと。昨年『塔事典』が候補になった時も驚いたが、こうした本がノミネートされるのは、前川佐美雄賞ならではだろう。

「前川佐美雄賞のコンセプトはもっともスリリングな一冊、無差別級」(三枝昂之)、「当初より〈無差別級〉の短歌文学賞であることを標榜してきた」(加藤治郎)という賞の特徴がよく発揮されている。実際に、過去には牧水研究会編『牧水研究』第8号が受賞したこともある(第9回)。

来年以降もどんな本が候補になるのか楽しみだ。

posted by 松村正直 at 21:18| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

伴野準一著 『イルカ漁は残酷か』


和歌山県の太地町で行われているイルカの追い込み漁は、近年、国際的な批判にさらされている。関係者へのインタビューや資料に基づいて、この問題をどのように考えれば良いのかを示したノンフィクション。

こうした問題に関して公平・中立な立場を取るのは難しいし、そのような立場が存在するかもわからない。それでも著者が努めて冷静に客観的に記述しようと心掛けていることはよく伝わってくる。好著と言っていいだろう。

和歌山県が最も多くイルカやゴンドウを捕っているわけでもない。小型鯨類の捕獲頭数を県別にみると一位は常に岩手県で、(・・・)和歌山は捕獲頭数では大きく水をあけられた万年二位の県である。

といった事実や、太地町のイルカ追い込み漁が伝統的なものではなく1972年頃に新しく始まった漁法であること、「ザ・コーブ」に主演した活動家リック・オバリーがかつてイルカの調教師であったことなど、私の知らなかったことが多く記されている。

また、バンドウイルカに関して言えば、食肉としての利用(1頭1万円程度)よりも水族館への販売(1頭40万〜70万円)が目的となっていることなども明らかにする。

そのうえで、著者は漁師へのヘイトスピーチや違法行為を繰り返すシーシェパードなどに対して厳しく非難するとともに、私たち自身の問題についても問いかけるのだ。

傲慢不遜な彼らに対する反発から、私たちのなかからイルカ漁について虚心坦懐に考えようとする気運が失われてしまったことも事実である。

文化と伝統、漁業の衰退、地域振興、環境保護、動物福祉など、多くの問題を考えさせる一冊であった。

2015年8月11日、平凡社新書、840円。

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2016年05月18日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作」 毎月第3金曜日
   A組 11:00〜13:00
   B組 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンター千里セルシ― 06−6835−7400
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンターKYOTO 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00
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2016年05月17日

現代歌人集会春季大会 in 松江

7月18日(月・祝)に松江で、現代歌人集会春季大会が開催されます。
大会テーマは「あたらしきリアル」。

お近くの方も遠くの方も、ぜひご参加ください。

(チラシはクリックすると大きくなります)
kajin-shukai 2016 spring.png

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2016年05月16日

映画 「牡蠣工場」

監督・制作・撮影:想田和弘
想田監督の「観察映画」第6弾。
http://www.kaki-kouba.com/

舞台は「日本のエーゲ海」の愛称で知られる岡山県牛窓。そこにある牡蠣工場(こうば)では、瀬戸内海で養殖した牡蠣の身を一つ一つ手作業で剥いて出荷している。

黙々と牡蠣を剥き続ける打ち子たち、東日本大震災の影響で南三陸町から移り住んだ家族、父親の工場を継ぐつもりはない息子、働き手不足のために受け入れている中国人労働者など、工場をめぐる様々な人々が登場する。

中国人の受け入れをめぐって、2013年に広島の牡蠣工場で起きた殺傷事件の話も出てくる。中国人実習生が工場経営者や従業員など8名を殺傷した事件である。

地方都市の過疎化や少子高齢化、第一次産業の衰退といった現状を静かに浮き彫りにする作品であった。

京都シネマ、145分。

posted by 松村正直 at 20:21| Comment(4) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月15日

大手

わが家の近くにはJR奈良線と京阪電車が通っている。
とある京阪の駅で聞いた女子中学生2人の会話。

A 「京阪と違って、JRってしょっちゅう遅れるよな」
B 「ほんっと。こないだも遅れて大変だった」
A 「何が違うんやろな?」
B 「遅れてもええと思ってるんちゃう」
A 「JRが?」
B 「だってJRって大手やろ。東京に行った時もあったし」
A 「そやな」

聞いていて、何とも新鮮に感じた。
1987年に国鉄が分割民営化されてから29年。
今ではJRは普通の大手鉄道会社だと思われているのだ。

関西で「大手私鉄」と言えば、一般には阪急、阪神、京阪、南海、近鉄の5社を指すのだが、彼女たちにそういう感覚はない。京阪は小さい会社で、JRこそ「大手」なのである。

それもそうだろう。
「国鉄」という言葉がなくなった現在、本当は「私鉄」という言葉も意味を成さないのだ。

「今どきの若い子たちはJRが昔、国鉄だったことも知らない」などと嘆くことはない。「JRって大手やろ」という言葉の方がむしろ正しいのである。


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2016年05月14日

船場の小学校

昨日の朝日新聞(大阪本社版)夕刊に、船場で唯一の小学校である大阪市立開平小学校の児童数が増えているという話が載っていた。

開平小は1990年春、明治時代からの歴史を積み重ねてきた愛日(あいじつ)小と集英小が統合されて開校した。背景には児童数の減少があり、開校時にいた117人の児童も98年度には77人までに減った。

それがマンションの建設などによって2011年度から増加傾向となり、今年度は176人まで増えているのだそうだ。

1990年に統合された愛日小学校は、高安国世の通った学校である。先日、その跡を見てきたばかり。

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船場も時代とともにどんどん移り変わっている。

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2016年05月13日

平田オリザ著 『地図を創る旅』


副題は「青年団と私の履歴書」。
2004年に白水社より刊行された単行本を新書化したもの。

大学1年で初めて戯曲を書いた1982年からの10年間、著者の二十歳代の出来事が記されている。当時発表された文章や公演のパンフレットからの引用も多く、時代の雰囲気と現代口語演劇が完成するまでの軌跡がよくわかる。

私は劇団員に戯曲を渡すと、まず初期の段階で、「首を動かすこと」「手を動かすこと」「セリフに間を入れること」の三点を禁止する。   /「AIジャーナル」12(1987年12月)
悲しいという感情は、悲しいという言葉では表現されない。悲しさを表わす比喩も、無前提を条件とするならば、よほど高度で、緊張感の伴ったものでないかぎり、押し付けに終わってしまうのが大抵である。 /同上
ディテイルにこだわること。会話と意識のディテイルにこだわって、逆に大事なことは全て省略し、物語の展開は、観客の想像力に完全に委ねてしまうこと。 /1991年「ソウル市民」再演のチラシ

こうした理論的な裏付けに基づいて、平田オリザの「静かな演劇」は生まれたのである。

帰国後、猛烈な勢いで、私は『ソウル市民』を書き上げた。
この作品を書き上げて、もうその瞬間に、私は日本演劇史に名を残したと思った。不遜な言い方になるが、事実そう思ったのだから仕方がない。

この自信の強さに、目を見張る思いがする。
これくらいの矜持や気概がなければ、何かを成し遂げることはできないに違いない。

その一方で、「ソウル市民」に対する最初の劇評には「やはり結果はまったく退屈でした。まして、俳優の基礎訓練ができていない。主張は結構ですが、方法は明らかに誤りでしょう」などと、散々に書かれる。けれども著者は、そんな無理解に対してめげはしない。

いまも、この号の『悲劇喜劇』は、私の机のいちばん目立つところに置いてある。そして、私は、この雑誌をときどき手にとって、この劇評の部分を眺め、少しだけ勇気づけられる。

誉められた評ではなく貶された評を置いているのだ。それをエネルギーに変えているのである。この姿勢は見習いたいと思う。

2013年8月25日、白水Uブックス、1200円。

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2016年05月12日

君死にたまふことなかれ

シンポジウム記録集『時代の危機と向き合う短歌』の中で、今野寿美さんが与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を取り上げている。資料には、

なぜか「君死にたまふことなかれ」には反戦、天皇批判(→天皇制批判)のレッテルが貼られ、定着してしまった。その結果、太平洋戦争敗戦までは危険思想史され、敗戦後は一転して晶子の不屈の精神、反戦思想(→平和主義)をもてはやすような読み方をされ、今日に至っている。

とあり、発言の中で

いまからでも遅くはないから、曲解されて、悪用もされてしまった、その結果として自主規制まで施されてしまった文学作品の正しい読みを、ぜひここで取り戻したいという気持ちです。

と述べている。

この指摘に、私は共感する。
というのも、一昨日の朝日新聞(大阪本社版)夕刊の連載「「反骨」の記録」にも、この詩が取り上げられていて、その要約に違和感を覚えたからだ。

君死にたまふことなかれ
すめらみことは戦ひに
おほみづからは出でまさね
かたみに人の血を流し
獣(けもの)の道に死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ

の部分を引いて、記者は

天皇は戦いに行かない。そのお心が深ければ、獣のように死ねと命じ、戦死を名誉とは思われないのではないか――。そんな意味なのだろうが、(・・・)

と書いている。
本当に「そんな意味」なのか。

疑問点の一つは「出でまさね」。ここは「出でまさず」という終止形ではなく、已然形の「ね」で止めているので、逆接として読むべきところだろう。つまり「戦いに行かない。」ではなくて、「戦いにお出でになることはないけれども、」ということだ。

もう一つは「深ければ」。これは口語の「深ければ」、つまり仮定の意味の「もし深いならば」ではなく、文語の「深ければ」である。已然形+「ば」の確定条件、すなわち「お心が深いので」という意味になる。

「天皇は戦いに行かない。そのお心が深ければ・・・」と「天皇は戦いにお出でになることはないけれども、そのお心は深いので・・・」

細かな違いのようだけれども、意味やニュアンスは大きく違ってくる。

大切なのは、自分の主義主張や都合に合わせて歌を読もうとしないことだろう。晶子に対する戦前の批判も戦後の礼賛も、その点に関してはどちらも同じ過ちを犯しているのである。

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2016年05月11日

まいまい京都ツアー(その2)

続いてウェスティン都ホテル京都へ。
蹴上浄水場と都ホテルは、実は敷地が隣り合わせになっているのですね。


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1960年竣工の新本館(村野藤吾設計)からの素晴らしい眺め。
この眺めを味わうために建てられたホテルと言っていいだろう。


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外からは見えないような屋根の部分にも凝った意匠が施されている。


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新本館の外壁に埋め込まれたガラスモザイクの鳳凰。
何かの記念に作られたものだろうか。

数寄屋造の名建築「佳水園」は今回は入口から覗くだけだったので、一度機会があれば泊りに行ってみたい。高いだろうなあ。


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2016年05月10日

まいまい京都ツアー(その1)

先週の土曜日に、まいまい京都主催のツアー「建築史研究家と、ウェスティン都ホテルと蹴上浄水場を探検しよう〜戦後モダニズム建築・西の二大巨匠、村野藤吾と増田友也の世界〜」に参加してきた。

まずは蹴上浄水場へ。
ここはツツジが有名で、ゴールデンウィークの間は一般公開されている。

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昭和37竣工の本館。
増田友也設計の鉄筋コンクリート造3階建。
南北の長さは約120メートルもある。


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こちらは明治45年建設当時の外観を残す第1高区配水池の煉瓦建築。
ヨーロッパの古い城のような姿をしている。
現代の日本なら、ロールプレイングゲームの世界とでも言ったらいいか。


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赤黒い煉瓦の隙間から草が生えていて、色彩のコントラストが美しい。
天空の城ラピュタの世界。


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実はこの配水池は現在大規模な改良工事を行っている。
それに伴って、この建物も曳家工法によって20メートルほど移動させてある。地上から浮いた(?)状態で仮置きされているわけだ。

工事が終ったら、また元の場所に戻すらしい。
建築物を保存するというのは、実に大変なことなのだと感じた。

50年前、100年前の建物がそれぞれ残っているというのは、それが建築的に優れているだけでなく、人々から愛され、大切に使われてきた証なのだろう。芸術品とは違って建築は、建てられた時がゴールではなく、そこがスタートなのだ。

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2016年05月09日

サラーム海上著 『イスタンブルで朝食を』


副題は「オリエントグルメ旅」。

音楽評論家で料理研究家でもある著者が、トルコ、レバノン、モロッコ、イスラエルなどを訪れて、現地で食べた料理や教わった料理をレポートしたもの。初出は双葉社文芸WEBマガジン「カラフル」2013年7月〜16年2月配信。

中東の旅行記でもあり、中東料理の紹介でもあり、また中東料理の作り方の本でもある。巻頭にはカラー写真が多数載っていて、鮮やかな色彩や見たことのない料理に想像が膨らむ。

長年、トルコ料理と日本料理を食べ比べてきたが、日本のほうがはるかに量が多いものを初めて見つけた。(・・・)かき氷だけは日本のほうが何倍も大盛りだ。なぜなんだろう?

現地の人とのやり取りも面白い。普段は当り前に思っている日本の食生活が、実は当り前ではないことに気づかされるのだ。

「野菜は必ず手にとって、状態を調べてから買うようにして下さいね。えっ、日本では野菜は全部袋に入ってるんですか?」
「羊肉はできるだけ新鮮なものを使ってね。えっ、日本では新鮮な羊肉を手に入れるのが難しいのですか?それは残念ですね」

食の話を通じて、国境や民族、宗教についても考えさせられる話が出てくる。

現在の世界地図だけ見ていると、タジキスタンから(イスラエルに)来た彼女たちが、ウズベキスタンの都市であるブハラの料理を作る理由がわからないかもしれない。
トルコ人が知らずにいるイスラエルとトルコの共通性を、好事家のポーランド人や日本人が知っているというのもおかしな話だが、外の人間だからこそ見えてくるものもあるのだろう。

料理や音楽は国境を越える。
それを経験し自らも実践している著者は、なんとも楽しそうだ。

2016年3月13日、双葉文庫、833円。

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2016年05月08日

三枝昂之歌集 『それぞれの桜』

270首を収めた第11歌集。
第1部は「現代短歌」の20首×8回の連載、第2部は「りとむ」に発表した作品がもとになっている。

まだ細き白樺の木が立っている創刊号の表紙の野辺に
雨音を聴きながら食むどら焼きは三時に半ときほどを遅れて
耳だけが酔いの遠くで聞いている夕べの秘密はどんな秘密か
切株となりて学びを支えたる大欅あり故郷の庭に
メールにてわれを去りたる一人あり静かな静かな過ぎゆきである
妻のあるおのこ夫のあるおみな青梅ふとる皐月闇なり
違うところへ行ってしまった 雪のようにわれをさいなむ遠き声あり
「労働者・学生・市民を結集し」まず定型から抜け出よ言葉
アカシヤの蜜をすくいて含みたり妻と二人のあしたの卓に
遠き日のブリュッケという同人誌二年はもたぬ若さであった

「清春白樺美術館」(山梨)、「摩文仁の丘」(沖縄)、「干潟よか公園」(佐賀)、「ホキ美術館」(千葉)、「無言館」(長野)、「茂吉の里」(山形)、「大隈講堂」(東京)、「山梨美術館」(山梨)、「石下」(茨城県)など、旅行や用事で出かけた場所に材を取った歌が多い。

1首目、1910(明治43)年の「白樺」創刊号。上句が最初は実景のように感じられる語順がおもしろい。雑誌を創刊した人々の志は今も生き続けているというニュアンスもある。
2首目、おやつと言えば一般的には三時であるが、この歌では三時半。その遅れと雨の日の気分とが合っている。
5首目、「メールにて」が何とも寂しい。最後に会うこともなければ、手紙で伝えられたのでもないのだ。
6首目、二人の関係をあれこれ想像できるが、特に深読みしなくても雰囲気だけで十分に味わえる歌だ。
8首目、アジ演説やビラなどでよく使われる言い回し。こうした言葉は、1960年代や70年代ならともかく、今ではもう人々の心に届かない。
10首目、「ブリュッケ」はドイツ語で「橋」。同人誌がたいてい短命に終わるのは、それが若さそのものだからなのだろう。

2016年4月15日、現代短歌社、2500円。

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2016年05月07日

結社について考える (その4)

その後、小池は2010年まで「短歌人」の編集人を務め、永田は2014年まで「塔」の編集発行人(主宰)を務めた。

短歌人編集人たりし二十五年ただ黙々ときみあればこそ
            小池光『思川の岸辺』
よくやつたとほんとに思ふわたくしを出さず抑へて来し三〇年
こんなにも力を注ぎ来しことを見てゐてくれしは妻なりし人
  永田和宏「三〇年に三〇年」(角川「短歌」2014年6月号)

二人が「二十五年」「三〇年」という歳月を振り返りつつ、そこに妻の存在を詠み込んでいることが印象深い。それだけ結社のトップというのは孤独なものなのだろう。誰にもわかってもらえない苦労があり、でも妻だけはわかってくれているという思いが、かろうじて心の支えとなっているのである。

「塔」の30周年記念号の編集ノートに永田は

一世代、二世代……と数えてゆくときの、一世代という時間は三十年に当たるのだそうだ。「塔」が創刊されてから三十年、丁度一世代分の時間が流れたことになる。
「塔」ばかりではない。この数年、多くの短歌雑誌で三十周年の記念号が編まれた。多くは、いわゆる〈戦後派〉と呼ばれた歌人たちによって戦後のある時期、競うようにして創刊された結社である。それらいわば同級生、同期生に当たる結社が、ともに三十年という時間を生きてきて、いまいっせいに世代交代の時期にさしかかったのだと、私たちは考えたい。

と記している。自らが結社を「三〇年」率いることになるという現実を、永田の言葉は既に先取りしていたかのようでもある。

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2016年05月06日

結社について考える (その3)

小池の文章の中に、次のような個所がある。

過日「短歌人」で座談会を企画し、永田和宏にも出席してもらった。話が結社のことに及び、永田和宏はしきりと現状を憂えた。今のような物わかりのよい、ひらかれた、民主主義的結社でなく、かつてのような巨大なカリスマが君臨し、断固としたヒエラルヒーが確立して、そこに反抗のエネルギーを醸成してくれるような結社へのアコガレを語った。ぼくは、うるわしいゆめのように、それを聴いた。

小池光と永田和宏は、ともに昭和22年生まれ。
「塔」30周年記念号が出たときは、ともに37歳になる少し前である。

永田は君臨される側からだけ結社をみている。君臨する側から発想してない。佐太郎が「歩道」を始めたのが三十七才、芳美の「未来」は三十八才、年齢的には君臨する側に立ってもちっとも不思議でないのである。しかし永田には(むろんぼくにも)それはゼッタイに不可能である。個人の資質の問題でなし、時代の流れがそうさせる。自ら大きな父親になることの不可能性を知りつつ、大きな父親のいる「家」にアコガれる、うるわしくもまたうらがなしい夢でなくてなんであろうか。

奇しくも、この記念号が出て3か月後の1984年7月に高安国世が亡くなる。永田はアメリカから帰国した1986年より「塔」の編集責任者となった(発行人は高安和子)。

一方の小池も、1985年に「短歌人」の編集発行人であった高瀬一誌が「短歌現代」の編集長になるため退任したのを受けて、「短歌人」の編集人となった(発行人は蒔田さくら子)。

まだ30歳代だった二人は、相次いで結社を率いる立場に立たされたのである。

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2016年05月05日

結社について考える (その2)

小池は「結社のあるべき姿」について、次のように書く。

その答えはかんたんである。
そんなものは、ぼくには「ない」のである。
つまりぼくは結社というシステムを利用してきたのであって、それは結社の将来がどう変貌しようと変りない。変れば変ったなりに別の利用の仕方を考えるだけで、したがって、あるべき姿のようなものは「ない」。考える必然性がないのである。
こういう態度は無責任だろうか。無責任だろう。しかし、責任とは何か。ぼくは結社のため、伝統詩型の明日のため、書いているのじゃない。そんなものは全然どうでもよろしい。利用ということであれば、ぼくはたぶん、この詩型すら利用しているのである。

「この詩型(短歌)すら利用している」というのは、なかなか含蓄のある言葉だと思う。

文章の最後は、次のように締めくくられている。

とまれ、太宰治曰く、子供より親が大事。
然り、結社の明日よりわが歌の今日が大事。

当り前の話ではあるが、結社のために歌人や短歌があるのではなく、歌人や短歌のために結社がある。その前提を踏まえたうえで、さらに話を続けていきたい。


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2016年05月04日

結社について考える (その1)

近年、結社に関する特集が短歌雑誌で組まれることが多い。結社の先行きに不安を覚え、今後どうなるのか心配する人が多いのだろう。

もっとも、そうした話題は何も今に始まったことではない。例えば「塔」1984年4月号(30周年記念号)を見ると、「現代短歌の問題」の一つとして「結社とは何か」が挙げられ、小池光さんが文章を書いている。

結社ということばは、なにやらあやしげである。ぼくが「短歌人」に入ったとき、母は「抜けられなくなるんじゃないか―応援団みたいにさ」と心配した。

という一文から始まる6ページの文章(「塔」のみな様こんにちは)はユーモアに満ちていて面白い。そして面白いだけでなく、30年以上前に書かれたとは思えないほど、現在の状況を鋭く見通している。

流派とか「文学」とかの結社を本然的に結社たらしめた大義名分は、今日ほぼかいめつしたと言ってよいのである。それでは何がちがうのか。「塔」と「短歌人」のちがいは何か。しみじみ考えてみるに、それは専らふんいきの違いであり、ふんいきの差異でしかない。

「かいめつ」「ふんいき」はひらがな書きで傍点が振ってある。
その上で、結社の未来像については、

結社もますます都市型に、ふんいき中心になる。ますます大学のゼミ的に、明るくニコヤカのびのびの快適なマンション生活みたいなイメージのものになろう。つまり、外見的には同人誌を量的に拡大しなおかつシステム効率を上げたようなものになる。

と記している。現在の大きな結社のあり方は、まさにこの通りと言っていいと思う。


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2016年05月03日

映画 「ビハインド・ザ・コーヴ」

副題は「捕鯨問題の謎に迫る」。
撮影・監督・編集:八木景子。
http://behindthecove.com/

2009年に公開されアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「ザ・コーブ」。そこに描かれた和歌山県太地町を訪れて、町の人々やシーシェパードの活動家に取材し、さらに水産庁の役人や学者などの意見もまじえて、捕鯨問題とは何かに迫っていく。

この映画を観て一番感じたのは「公平」や「中立」に立つのがいかに難しいかということ。そもそも、そんな立場など存在しないのだろう。この映画は、両者の意見を聞きつつも、基本的には反「コーヴ」の立場から撮られていると言っていい。

結局、よくわかったのは、捕鯨問題が単なるクジラの問題を離れて、自然保護団体や各国の政治的な思惑の中でもはや身動きの取れない状況にあるということである。

捕鯨問題をナショナリズムと絡めることなく理性的に論ずるにはどうすれば良いのか。そこが問われているのではないかと思う。「アメリカもかつては捕鯨をしていた」とか、「オーストラリアでは牛や羊を食べている」とか、「アングロサクソンは自分たちが偉いと思っている」といった反論は、残念ながらほとんど意味をなさない。

上映終了後、観客席からは拍手が起きた。「よくぞ言ってくれた!」という気持ちはわかるのだけれど、私には何とも重い気分が残った。

京都みなみ会館。107分。

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2016年05月02日

角川「短歌」2016年5月号

対談「31文字の扉―詩歌句の未来を語る」は、小池光(歌人)と大木あまり(俳人)。

最近の小池さんの発言や文章は、何でもはっきり言っていて面白い。

私の印象だと、フィクションの短歌ってやっぱり作った世界だから弱くなる。現実って強いからね。有無を言わせぬ力で運べるので。ほとんどありのままにしか今は作ろうと思わない。
短歌っていうのはね、最後まで私が出るんだよ。(・・・)我って書いてなくても我が出て、その我が何をしたか、何を思ったか、こうなったかという構造を、どうしても。俺に言わせれば。前衛短歌だって、大きな構造は同じなんだな。みんな、私がこうしました、こうしましたって作っている。
(人のものを)読まなくてはいけない。それを、今の若手に強く言いたい。ちゃんと歌を読めるような、リーディングね。読む力というか、読む常識を持つ。(・・・)歌会に行って若者がいてどういう批評をするかと聞いていると、全然分かっていない。そういう批評に度々遭遇するね。

かなり思い切ったことを言ってるなという気がする。
ここまで言い切っていいのかなという気もする。

でも、遠慮した言い方やバランスをとった発言よりも、こんなふうに自分の考えをはっきり言うことが大切なのだろう。異論・反論のある人は、またそれを自分で言えばいいのだから。


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2016年05月01日

杉村孝雄著 『樺太・遠景と近景』

副題は「歴史のはざまと暮らしの素顔」。

昭和4年に樺太の恵須取町で生まれ、昭和22年の引き揚げまで樺太で暮らした著者が、樺太に関する様々な出来事を調査してまとめた一冊。

日中戦争拡大の余波を受けて、国民学校と改称された小学校の修学旅行が中止に追い込まれ、幼い心に深い傷跡を残した出来事は、未だに脳裏を去ることはない。

と記す著者は、還暦を過ぎてからその空白を埋めようとするかのように、樺太について詳しく調べ始める。「樺太日日新聞」の記事を手掛かりに、興味を持った出来事を追究していくのである。

その対象は「エリクソン電話機」「リヨナイ山」「露国式カンジキ」「捕鯨船オルガ号」「カラフトマリモ」「ばれいしょ日の丸一号」など、かなりマニアックなものばかり。歴史の教科書や研究者の本には出て来ないような話が盛りだくさんである。

絵葉書や新聞の記事などの図版も数多く載っていて、当時の樺太の暮らしの様子がよく伝わってくる。372ページという厚さの本であるが、著者が楽しみながら書いているので、読んでいて飽きることがない。

2000年には続編も出ているとのことで、早速購入した。
また読むのが楽しみである。

1995年、私家版、2000円。

posted by 松村正直 at 09:05| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする