2016年03月31日

夷酋列像

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大阪の国立民族学博物館の特別展「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」を見に行ってきた。

「夷酋列像」は松前藩士の蠣崎波響(かきざきはきょう)が描いた12名のアイヌの肖像画。1789年に起きた「クナシリ・メナシの戦い」の鎮圧に際して松前藩に協力したアイヌの有力者を讃えるために描かれたものである。

今回はフランスのブザンソン美術考古博物館に収蔵されている原画をはじめ、日本各地に残されている数多くの模写や粉本(下書き)も展示されている。写本を系統立てて整理するように、模写がどのような流れで作成されていったかが見えてくるのが面白い。

また、絵に描かれた衣装や道具に類似した品々の展示もあり、アイヌ文化に対する理解を多角的に深めることができる。

特別展のサブタイトルは「蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」となっており、日本人(内地人)が蝦夷地やアイヌをどのように見ていたかが、大きなテーマとなっている。それは実際の蝦夷地やアイヌとは少し違って、誤解や政治的な意図を多分に含んだものであった。

クナシリ・メナシの戦いはコシャマインの戦い、シャクシャインの戦いに続く大規模なアイヌの武装蜂起であったが、最終的に鎮圧され、参加者のうち37名が処刑される結果に終わった。

松前藩に協力したとされる「夷酋列像」の12名にも、それぞれに苦しい立場や複雑な胸の内があったに違いない。マウタラケ、チョウサマ、ツキノエ、ションコ、イコトイ、シモチ、イニンカリ、ノチクサ、ポロヤ、イコリカヤニ、ニシコマケ、チキリアシカイ。美しく力強い12枚の絵を見ながら、そんなことを思った。

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2016年03月30日

松本博文著 『東大駒場寮物語』

著者 : 松本博文
KADOKAWA/角川書店
発売日 : 2015-12-09

かつて駒場寮の第132期寮委員長を務めた著者が、1993年の入寮当時の思い出や、戦前から続く自治寮としての歴史、さらには駒場寮の存続運動や最後の日々を綴ったノンフィクション。

単なる青春時代の回顧にとどまらず、一つの学生寮の歴史を通じて日本の社会や政治のあり方までも見えてくるところが面白い。いろいろと考えさせられる一冊だ。

九州出身の黒川や光内と、気づいたことが一つある。それは、東京は自分たちが暮らしていた西日本に比べて、朝が早くやってくる、という事実だった。

こうした何気ないディテールに、初めてふるさとを離れて暮らし始めた当時の実感がよく表れている。

一研の裏には、ロールプレイングゲームの隠し部屋のような、意外な位置に安い床屋があって、90年代にも営業を続けていた。

何とも懐かしい。学生時代、ここで何度も髪を切ってもらったことがある。

駒場寮は多くの有名人を輩出している。歴史を振り返る中で、小柴昌俊、畑正憲、亀井静香、柄谷行人、内田樹、野田秀樹、堀江貴文といった人の話やエピソードが次々と出てくる。

10年にわたった存続運動や裁判の末に、2001年に駒場寮は解体された。けれども寮にあった膨大な量の記録文書は奇跡的に残され、現在も無事に保存されているそうだ。

この本もその記録に基づいて書かれた部分が多いとのこと。記録や資料を残すことの大切さをあらためて感じさせられた。

2015年12月10日、株式会社KADOKAWA、1800円。

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2016年03月29日

映画 「無伴奏」

監督:矢崎仁司 原作:小池真理子
出演:成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜ほか

小池真理子の半自伝的小説の映画化。1969年から71年までの仙台を舞台に、学園闘争の時代に生きる高校3年生の主人公の恋愛や成長を描いている。タイトルの「無伴奏」は登場人物たちがよく訪れる名曲喫茶の名前。

「神童」「武士道シックスティーン」「書道ガールズ!!」「少女たちの羅針盤」など、成海璃子主演の映画はけっこうよく見ている。好きな女優の一人。

京都シネマ、132分。

posted by 松村正直 at 07:04| Comment(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

磯田道史著 『歴史の愉しみ方』


副題は「忍者・合戦・幕末史に学ぶ」。

『武士の家計簿』で知られる著者は、13歳の時に家に伝わる古文書を譲り受けて以来、数多くの古文書を読み続け、その成果や発見を一般の人向けに書き続けている。

著者の持ち味は、フットワークの軽さである。少しでも気になることがあると、そのままにはしておかない。

忍者はどれぐらい危険な仕事だったのか。ふとそんなことを思い調べることにした。
武士がちょんまげを結わないと、どうなるか。校則のきびしい学校のように頭髪検査があって叱られるのか。ふと、そんなことが気になった。
いま、津波避難タワーの建設がさけばれている。海岸ぞいで高台のない人口密集地ではまさに命綱だ。ふと考えた。江戸時代に津波避難タワーはなかったのか。

こうした疑問を持つと、著者は古文書を探し始める。古文書の速読ができ、「発見困難な古文書をみつける運がある」著者は、次々と新史料を発掘していく。本当に史料や歴史が大好きなことが、文章の端々から伝わってくる。

新幹線が天王山に一番接近するところから先が激戦地。右の車窓に日立物流の建物がみえるあたりが光秀軍の布陣地だ。古来、合戦は交通の要衝で起きる。古戦場は物流センターになっていることが多い。

「古来、合戦は交通の要衝で起きる」は歴史家なら誰でも言えることだろう。しかし、その次の「古戦場は物流センターになっていることが多い」は実際に現地を訪れた人にしか言えない言葉だ。ここに、著者の持ち味がある。

2012年10月25日、中公新書、740円。

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2016年03月27日

山田航歌集 『水に沈む羊』


短歌176首と長歌1首を収めた第2歌集。

花と舟と重なりあひてみづうみを同じ速度で流れゆく見ゆ
〈失はれた十年〉は過ぎしきしまのやまとに止まぬPHANTOM PAIN
白樺の姿勢ただしく終はりなき行軍のごとき防風林よ
大根は天衣のごとく干されゐて水路は朝のひかりへ潜る
スタッフロール流れ始めてゆふやみの窓のごとくに液晶が灯る
振り上げた鎌のかたちの半島の把手あたりにひかるまほろば
監獄と思ひをりしがシェルターであつたわが生(よ)のひと日ひと日は
彩帆なるうつくしき名を持つ少女/サイパンといふうつくしき島
改札をくぐるときのみ恋人はほぐれけり春の花びらのごと
食パンの耳の額縁そのなかに少し呆れた顔のモナ・リザ

1首目、舟に落ちた花びらが運ばれて行く。「ふ・ね」と「は・な」の音の響き合いがよく効いている。
2首目の「PHANTOM PAIN」は幻肢痛。切断してないはずの手足が痛む症状のこと。3句以下の音の響きがいい。
5首目、映画が終って、まだ暗い場内で観客が携帯電話の電源を入れ始めている。
6首目は下北半島のことだろう。下句は六ヶ所村の核燃料再処理施設と読む。
8首目、「あやほ」「さほ」という女性の名前と、戦前のサイパンの漢字表記「彩帆」の取り合わせ。
9首目、待ち合わせ場所でこちらに気づいた時の、はにかむような微笑み。
10首目の歌から始まる連作「ふたりぼっちの明日へ」は、不妊治療とその断念を詠んだ内容で、歌集の中で一番心に残った。

2016年2月28日、港の人、1200円。

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2016年03月26日

浅田次郎選 『うなぎ』


うなぎを題材にした文学作品10篇を収めたアンソロジー。

収録されているのは、内海隆一郎「鰻のたたき」、橋治「山頭火と鰻」、岡本綺堂「鰻に呪われた男」、井伏鱒二「うなぎ」、林芙美子「うなぎ」、吉行淳之介「出口」、吉村昭「闇にひらめく」、樹のぶ子「鰻」、浅田次郎「雪鰻」、そして最後は斎藤茂吉の短歌となっている。

鰻という題材はエロスと結び付きやすいようで、男と女の話が多い。そんな中にあって一番印象に残ったのは、戦時中を舞台にした浅田作品であった。

俺は参謀や副官たちのひとりひとりに向かって、挙手の敬礼をした。俺が選ばれた理由はわかっていた。つらい任務を果たしたからではなく、齢が若いからでもなかった。後方からの能天気な命令が届いたとき、たまたまそこに俺が居合わせなかったからだった。

というところなど、実によく人間心理が表されている。

無性に鰻が食べたくなってきた。

2016年1月10日、ちくま文庫、780円。

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2016年03月25日

高安国世三都物語ツアー(大阪編) その4

高安が詠んだ道修町の歌を、もう少し引いてみよう。

おびえ幼く憎みし商業のみの街旅人われの今日のやすけさ
つね病みて荷馬車馬蹄のひびきしか我さえに同じ我にあらねば
荷馬飼う土間より二階にのぼりたる友の家夢のごと幼くありき
生薬(きぐすり)と屑藁匂う町なりき今ひややけきビルの街筋
                 『虚像の鳩』

昭和40年の作品。
高安病院と高安の生家は昭和20年の空襲で焼失した。

1首目「おびえ幼く憎みし商業のみの街」という部分に、小学生時代の高安の道修町に対する思いが述べられている。4首目「今ひややけきビルの街筋」には、久しぶりに訪れた町の変貌ぶりが表れている。幼少期の自分を懐かしく思い出しているのだろう。

小学校時代の高安は、どんな少年だったのか。同級生の砂弌郎氏が「小学校の国世さん」という文章を書いている。(「塔」昭和60年7月号 高安国世追悼号)

(・・・)顧みれば大正九年、大阪の愛日小学校への就学時から、高安さんは素晴しく上品な紳士で、組中の者から注目された方でした。ご尊母様は有名な閨秀歌人で吃驚する程美しく、兄上は六年生で児童長だつたと思ひます。(・・・)私は不思議に高安君とはよく話もし、お住居(西欧童話に出てくる様な蔦にくるまれた瀟洒な三階建でした)へも二三度遊びに行き、彼もよく私の家へ来られました。

この「西欧童話に出てくる様な蔦にくるまれた瀟洒な三階建」の高安家については、住宅総合研究財団編『明治・大正の邸宅 清水組作成彩色図の世界』に、設計図や外観図が残されている。

廊下と二つの建物の間には「内庭」があり、壁泉が設けられている。こうした壁泉は、大正末から昭和初期にかけて流行するスパニッシュ様式の住宅に盛んに採用されており、流行を先取りしたものとして注目される。

通りに面した間口の狭さもあって敷地はそれほど広くないが、何ともオシャレな建物である。高安はそんな家の三男三女の病弱な末息子として育ったのである。

言い遺すごとく語りて飽かぬ姉あわあわと聞くわが父祖のこと
かかわりを避けつつ生きて来しかとも大阪の町古き家柄
ようやくに余裕をもちて聞く我か祖父母父母その兄弟のこと
                   『新樹』

昭和49年の作品。
姉から家族の歴史を聞いている場面である。以前は「かかわりを避け」ていた道修町や生家のことを受け入れて、「ようやくに余裕をもちて」聞くことができるようになった高安。そこには、ドイツ文学者・歌人としての自信が滲んでいると言っていい。

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2016年03月24日

高安国世三都物語ツアー(大阪編) その3

高安国世の生地は大阪の道修町だが、幼少期は身体が弱く喘息だったこともあって、芦屋の別荘で過ごした。そのため、幼稚園には通っていない。

生家の近くには愛珠幼稚園という日本で二番目に古い歴史を持つ幼稚園があり、高安の姉たちはここに通った。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139030.html

「病弱で幼稚園にも行かなかった私」(「芦屋の浜と楠」)という意識は、その後の高安の生き方に少なからぬ影響を与えている。

高安が大阪の家に住むようになったのは、愛日小学校に入学してからである。「回顧と出発」(『若き日のために』所収)という自伝には、次のように書かれている。

 小学校へ行くやうになると、私は急に郊外の家から町の中へ移された。薬問屋が軒並に並んでゐる道修町のこととて、木煉瓦の上を荷車がよく通つた、重たげに荷を積んで――。
 鈍い轍の音に混つて、カッチンカッチンと車軸のところの金具が鳴り、ひづめの音が過ぎて行つた。昼前の光のなかにルノアールかなんかの模写のかゝつてゐる明るい天井際をぼんやりと眺めながら私は寝床の中で、家全体がびりびりと微かに揺れるのを背中で感じた。さうして荷車がだんだん遠ざかつて、振動がかすかになつてゆくのをおぼえてゐる間に、私は無限のしづかさといつたやうなものの予感にふるへ、無為の愉しさがひそかに骨髄をとろかしはじめるのをおぼえた。

寝床の中で、通りを行き交う荷馬車の音や振動を聞いている場面である。「ルノアールかなんかの模写のかゝてゐる」というところに、ヨーロッパへの留学経験を持つ父のいる高安家の雰囲気が表れている。

道修町に対する高安の思いは複雑だ。そこには愛憎半ばするものがある。

道修町をはじめ大阪の船場という地域は、商人の町、実業の町である。小学校の同級生も快活な商人の子が多かった。その中にあって、高安は医者というインテリの子であり、病弱ということもあって、周りとは肌が合わなかったようだ。

四十過ぎて集う小学校の友らみな酔い行きてそれぞれに落付きを持つ
商人の言葉なめらかに言い交わす友らにも今は親しまんとす
理解されざることも気易しと今は思う三十年過ぎて相逢う友ら
             『砂の上の卓』

40歳を過ぎて小学校の同窓会に出席した時の歌である。「商人の言葉」を話す同級生に対して、高安は大学の助教授である。「今は親しまんとす」という言い方には、昔(小学生の頃)は親しめなかったけれど、というニュアンスが含まれているのだろう。

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2016年03月23日

高安国世三都物語ツアー(大阪編) その2


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田辺三菱製薬本社。
ここの2階に、昨年資料館がオープンした。1678年の創業以来の歴史が詳しく紹介されている。

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1688年に朝廷から授かった勅許の看板。初代田邊屋五兵衛の「たなべや薬」が評価されてのこと。

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高安病院跡。
道修町と丼池筋の交差する西北側で、現在は日本圧着端子製造株式会社となっている。道を挟んだ南側に高安の生家があった。

往時の高安病院については、大阪歴史博物館デジタルミュージアムで写真を見ることができる。http://wwwdb.mus-his.city.osaka.jp/html/882431222569/0013.html
病院と一緒に写っている「高安道成」は国世の父。

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高安国世の通った愛日(あいじつ)小学校跡。
1872年の創立と歴史が古く、1990年に統合により閉校となった。
現在は商業施設「淀屋橋odona」となっている。

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2016年03月22日

高安国世三都物語ツアー(大阪編) その1

今日は10:00に北浜駅に集合して、高安国世三都物語ツアーの第1回として、大阪の道修町を歩いた。

@ 北浜駅【集合】
A 少彦名神社(神農さん)
B くすりの道修町資料館
C 武田科学振興財団杏雨書屋
D 田辺三菱製薬史料館
E 高安病院跡・高安国世生家跡
F 「彩食館 門」【昼食】
G 愛日小学校跡記念碑
H 淀屋橋駅【解散】

という行程。歩行距離は約2キロ。

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薬の神様として有名な少彦名(すくなひこな)神社。

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くすりの道修町資料館。
江戸時代の薬種問屋に始まり、近代以降は製薬・薬品会社の町として発展した道修町の歴史をわかりやすく解説している。

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展示されている漢方薬の原料。
桂皮、大棗、芍薬など。

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武田科学振興財団杏雨書屋(きょううしょおく)。
武田薬品工業の資料館。この建物は昭和3年竣工のかつての本社ビルである。

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2016年03月21日

パソコンの買い替え

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8年ぶりくらいにノートパソコンを買い替えた。
NECの LaVie から東芝の dynabook へ。
WINDOWS VISTA から WINDOWS10 になった。

キーボードの間隔が微妙に違うので、まだ文字を打つのが慣れない。
でも、操作性はだいぶ良くなった気がする。

自分の原稿だけでなく「塔」の原稿も常時預かっているので、
パソコンが問題なく動いてくれるように気を遣う。

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2016年03月19日

びっくりドンキー

今日は10:00から「塔」の事務所で編集企画会議。
昼食を挟んで13:00から京都旧月歌会。
参加者は32名。

17:00に終ってお茶を飲んだ後、烏丸御池駅で息子と待ち合わせて「びっくりドンキー」河原町三条店へ行く。CMを見てハンバーグが食べたくなったそうだ。

「びっくりドンキー」へ行くのは実に20年ぶりのこと。
20年前、函館の「びっくりドンキー」海岸通り店で働いていて、その頃は毎日のようにここのハンバーグを食べていた。メニューは基本的に当時のままで、何とも懐かしい。

息子も来月から中学3年生になる。


posted by 松村正直 at 23:54| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

宮本常一著 『私の日本地図5 五島列島』


1968年に同友館から刊行された同名の本を、新たに「宮本常一著作集別集」として刊行したもの。「私の日本地図」全15巻のうちの1冊。

昭和27年、36年、37年、39年と計4回にわたって五島列島を旅した記録。宇久島、小値賀島、野崎島、六島、藪路木島、大島、宇々島、中通島、頭ヶ島、若松島、福江島、日ノ島、男女群島など、数多くの島を一つ一つ丁寧に歩き回って、人々の暮らしや風俗、地理、歴史について考察をしている。

五島は、東京や大阪からみれば西のはてのように思うけれども、海ひとつへだてればそこには朝鮮や中国がある。向う側から見れば入口なのである、決して国のはてではない。それを国のはてのように思わせるにいたったのは、中国や朝鮮との往来がむずかしくなってきたことからではなかったかと思う。

五島列島と言えば西の辺境というイメージが強いが、歴史的に見れば、ここは海外との交流の最先端の場所であったのだ。

宮本の視線は、常にその地に根差して暮らしている人々に向けられている。離島の暮らしをどのように豊かにしていくかは、彼の長年にわたる課題でもあった。

宇久島はレンコダイ釣の船の基地であったが、今はそのことも一〇年まえのように盛んではない。笛吹にはイワシ巾着網の船の影は見えなかった。生産があがって島が近代化したのではない。周囲の風潮と公共設備投資によって、はなやかになってきたまでであって、生産のともなわないことが、島民を島外へ押し出さざるを得ない状態になしつつあった。

こうした思いはさらに、国の施策に対する疑問や、戦後の風潮に対する反省へとつながっていく。

国を今日のようにまで発展させ、文化を高め得たものは土着の思想であったと思っている。その土を愛し、その土に人間の血をかよわせようとする努力が、この国を生き生きさせたのである。そのような愛情と努力は、すくなくとも戦前までは国の隅々にまで見られた。

かつては農業や漁業などの第一次産業を中心として、国土の隅々まで毛細血管が伸びるように人々の暮らしがあった。その後の高度経済成長、産業構造の転換、都市部への人口集中と地方の過疎化。そうした問題を、宮本はいち早く肌で感じていたのだろう。

半世紀近く前に書かれた本でありながら、今の私たちの生活や、日本の今後を考えるヒントが、ここにはたくさん詰まっている。いつ読んでも、宮本常一は圧倒的だ。

2015年7月30日、未來社、2400円。

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2016年03月17日

飯間浩明著 『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』


季刊誌「楽園」の2006年4月号〜2015年4月号までの連載に、大幅に加筆修正を行い、再編集したもの。

『三省堂国語辞典』編集委員を務め、「国語辞典編纂者」の肩書きを持つ著者が、コミュニケーションや分かりやすい表現などについて、言葉の面から記している。

ことばの中には、指すものの実態が変わっても、なおも使われ続けているものが少なくありません。靴を入れても「下駄箱」、ペンを入れても「筆箱」と言うのは、その典型的な例です。
従来の常用漢字表にあって、すでによく使っている漢字も、改めて見ると、活字のとおりに書くとおかしいものがあります。典型的なのは「人」です。誰だって、こんなとんがり屋根のような形には書きません。
一般に、形容詞を多用すると、感情や評価を含む主観的な表現になりがちです。一方、動詞を使うと、批判も称賛も含まない、客観的な言い方がしやすくなります。このことは、形容詞「汚い」と動詞「汚れる」を比較するとよく分かります。

最後の引用部分は、短歌にも関わる内容であろう。さらに、形容詞の中にも、「うれしい」「おそろしい」「恥ずかしい」などの感情形容詞と、「広い」「長い」「赤い」などの属性形容詞があることが別の個所で述べられている。

このあたり、少し前にブログに書いた「描写の言葉」と「心情の言葉」の話とも、深く関係してくる。

2015年5月1日、PHP新書、780円。

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2016年03月16日

天王寺動物園吟行

5月11日(水)にJEUGIAカルチャーセンター主催で、「新緑の天王寺動物園で短歌を詠む」という吟行をおこないます。

http://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_17-23431.html?PHPSESSID=cebb3ftboih2fpn46nsh4auq33

2時間ほど動物園を見てまわって歌を1首詠み、昼食後に歌の批評をするという内容です。

定員は20名、申込締切は5月1日。
どうぞ、ご参加下さい。

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2016年03月15日

黒田涼著 『大軍都・東京を歩く』


「江戸歩き案内人」として東京の歴史ガイドツアーを行っている著者が、東京に残る旧軍関連施設や戦争遺跡を訪ね歩いて記した案内書。

かつての東京は軍都中の軍都、大軍都でした。

とある通り、東京の至るところに、その痕跡が残されている。

本書は「千代田・丸の内など」「赤坂・青山など」「外苑前・代々木など」「水道橋・護国寺など」「市ヶ谷・早稲田など」「板橋・赤羽」「十条・王子」「池尻大橋・駒場・三軒茶屋など」と、全部で8つのコース(+おまけ)を紹介している。それぞれに地図も付いていて、実際に順路通りに歩くことができる内容となっている。

私が戦争遺跡に興味を持ち始めたのは、東京を離れて以降のことなので、東京の戦争遺跡はあまり見ていない。「駒場」コースの中に

東に進む道を行き、警視庁の駒場住宅が途切れたあたりからは近衛輜重兵大隊駐屯地で、今は駒場東邦中高、警視庁第三方面本部などがあります。この一角、学校や警察関係の宿舎、施設が非常に多いです。これは旧軍用地の特徴でもあります。

という記述がある。「駒場東邦中高」は私の母校で、6年間通った場所。毎日歩いていた道の近くに、いくつも記念碑があるらしい。今度ぜひ訪ねてみよう。

2014年12月30日、朝日新書、1000円。

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2016年03月14日

藤森照信×山口晃著 『探検!東京国立博物館』


『日本建築集中講義』の名コンビが、今度は「トーハク」こと東京国立博物館を見て回って書いた(描いた)案内書。二人の本音かつ時にとぼけたやり取りが面白い。

表慶館の屋根裏や五棟の茶室、館長室など、一般の人が入れない場所にも潜入して、その様子を伝えてくれる。

印象に残ったところを2つ挙げる。
1つは高橋由一筆「酢川にかかる常盤橋」について山口が

この人は「リアリズム」といっても本質を描くんじゃなくて、絵画性を一切打ち捨ててとにかく再現性に特化した人。描いたモノはわかるんですが、主題がまったく見えてこないのがおもしろいですね。

と書いているところ。
もう1つは、初代の本館がイスラム様式で建てられたことについて藤森が

「美術館」というシステム自体、西欧の概念で造られていて、機能としても西欧的。ただ、日本の伝統を意識する以上、ヨーロッパ建築をそのまま造るわけにはいかない。

と述べ、東洋と西洋の間を取ってイスラム様式を取り入れたと指摘しているところ。

どちらにも明治時代の日本の苦闘が滲み出ている。

2015年12月1日、淡交社、1700円。

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2016年03月13日

藤原為家のエピソード

新聞に載っていた京都の公立高校の国語の問題を見ていたら、最初の設問が古文で、和歌に関する話であった。

為家卿は俊成の孫、定家の子孫成りしが、壮年の頃数多歌よみ給ひしに・・・

出典は江戸時代の随筆『耳嚢』。

和歌の家に生まれた藤原為家は、いくつ歌を詠んでも父に褒められることがなく、自分でもうまく詠めた気がしないので、「歌は詠まじ」と心に決めたのだが、僧の慈円に励まされて考え直す。そして「寝食を忘れて此道を修行なし」「五日の内に千首」詠んで歌集にしたのだと言う。

結びには

物は精心に寄りて其業を成就なすと、人の語りぬ。

とある。何ともすごい話だ。

posted by 松村正直 at 14:38| Comment(2) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

甲斐崎圭著 『山人たちの賦』


副題は「山暮らしに人生を賭けた男たちのドラマ」。
1986年に山と溪谷社から刊行された単行本の文庫化。30年前の本ということになる。

「北の山の羆撃ち」「阿仁のマタギ」「白馬岳のボッカ」「イワナの養殖師」「修験者の宿坊守」「最後の木地師」など、北海道から岡山まで、全国各地の山に暮らす人の姿を追った13篇のルポルタージュを収録。

私が自分に枷(か)したのは、お茶を飲んだり酒を呑んだりして話を聞くだけでなく、必ず現場に同行させてもらうということだった。

強風の中を猟師とともに獲物を追い、絶壁にぶら下がって岩茸を採り、急斜面の細道をたどって山の中の仕事場へ行く。現場に同行することで初めて実感できることが多いのだ。

30年以上前の記録なので、今では状況も随分と変っている。文庫版付記として「行方のオヤジさんは二〇〇五年に逝去された」「松橋さんは二〇一一年一月、静かに逝去された」といった記載があり、歳月の経過を感じさせる。

最も興味を引かれたのは「京都修道院村」。あらゆるセクトを超えた修道院を目指して1972年から京都北山の奥深くに建てられた修道院。1980年の取材当時は、日向美則氏を中心として4人の修道士、2人の修道尼、そして2人の村人が住んでいた。ここも、現在は活動停止状態になっているらしい。

2015年12月23日、ヤマケイ文庫、880円。

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2016年03月10日

池田はるみ歌集 『正座』

青磁社
発売日 : 2016-01-21

2010年から2015年までの作品427首を収めた第6歌集。

箸立てに箸が咲いてるゆふまぐれ二本をぬいてうどん食ふひと
らつきようは瓶の中にて眠るひと小さいあたまを酢につけながら
ゆりの木のいちまいの葉は留まれば夕日のなかに散りてゆきたり
冬の日の寒いはずだよ我でさへこのごろ本はパソコンで買ふ
決めたがる男(を)を立てながら誘ひこむ昭和のをんな少なくなりぬ
日本の鰻はふつくらやはらかし靴をそろへて座敷に上がる
鰤(ぶり)炊けば蒼き男の臭ひせり海原ゆきしをとこの群の
ながい長いまつげの人が近づいて長いまつげを勧めてくれぬ
陽だまりのやうな時間があるといふ丸椅子の上がさうかもしれぬ
こんなにもすずめのゐない町となり朝に夕べにわれは寂しも

1首目、「咲いてる」がいい。無造作に広がるように立っている。
2首目、言われてみれば確かに「小さいあたま」という感じ。
4首目、「寒いはずだよ」から三句以降へのつながりが因果関係になっていないところがいい。
5首目、男性を立てつつ自分の思い通りの結論へと導いていた、かつての女性のしたたかさ。
6首目、上句と下句の時間が前後しているのが面白い。
8首目、まつげエクステの販売員だったのだろう。「長いまつげ」の繰り返し。
10首目、近年、雀が減っているというニュースがあった。シンプルに思いを述べた歌。

あとがきに「昔ひとりの息子を産みました。ひとりの息子から三人のあたらしい命をさずかりました」「孫が居ることによって知らなかった不可思議な世界が現れてきました」とあるように、孫を詠んだ歌が多くある。

連作としては「大鵬とその父」26首が印象に残った。これについては、雑誌に載った時にこのブログで取り上げたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139098.html

2016年1月21日、青磁社、2600円。

posted by 松村正直 at 10:06| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

安藤宏著 『「私」をつくる』


副題は「近代小説の試み」。

近代の小説において、「私」がどのように生み出され、小説の中でどのような役割を果たしてきたのか。著者は、二葉亭四迷、夏目漱石、志賀直哉、太宰治、泉鏡花、川端康成、牧野信一、芥川龍之介など数多くの例を引きながら、「私」の構造や本質に迫っていく。

扱っているのは小説の話なのだが、一人称や事実と虚構の問題など、短歌とも深い関わりがある。

実は一人称の「私」もまた、もう一人の「私」によってつくられ、演出されている「私」なのである。
一人称は非現実的な内容にリアリティを与えたり、ありきたりの日常を眺め変えてみたりするためにこそ有効な手立てでもある、ということになる。
「事実」の「報告」を前提に出発するからこそ、逆に作者は「いかにも事実に見えるウソ」を表現することができるわけで、そもそも虚構とは、こうしたダブルバインド(二重拘束状況)を仕掛けていく技術の謂(いい)にほかならない。
そこには作者を主人公に重ね合わせて読もうとする慣習を逆手にとって「事実」を攪乱していこうとする、したたかな戦略があるのではないだろうか。

こうした部分は、そのまま短歌の「私性」や「虚構」の話にも当て嵌まるだろう。「私」(短歌で言う「われ」)を用いることによって、表現の幅や可能性が格段に広がるというのが大事なところである。

近代歌人ももちろん、このことに気が付いていた。それを元にして数々の近代短歌の成果を生み出したわけである。近代の歌人たちが単に「ありのままの事実」を詠んでいたなどという、素朴な短歌観や近代短歌批判は、そろそろ終わりにしなければならない。

それは

「単なる私小説」などという“敵役”は、実際にはどこにも存在しないものだったかもしれないのである。

という私小説批判への疑問とも重なることなのだろう。

2015年11月20日、岩波新書、760円。

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2016年03月07日

対談 「日本美術放談会」

  20160306154756.jpg

昨日は14時から京都教育文化センターで開催された山下裕二さん(明治学院大学教授)と山口晃さん(画家)の対談「日本美術放談会」を聞きに行った。

360席のホールがほぼ満員。事前に申込み葉書の抽選をして、当選した人だけが参加できる会であった。

二人の本はよく読んでいるのだが、実際に目にするのは初めて。

・赤瀬川原平・山下裕二著 『日本美術観光団』
 http://matsutanka.seesaa.net/article/431542168.html
・山下裕二・橋本麻里著 『驚くべき日本美術』
 http://matsutanka.seesaa.net/article/431102160.html
・赤瀬川原平×山下裕二著 『日本美術応援団 オトナの社会科見学』
 http://matsutanka.seesaa.net/article/387138776.html
・藤森照信×山口晃著 『日本建築集中講義』
 http://matsutanka.seesaa.net/article/387139207.html
・山口晃著 『ヘンな日本美術史』
 http://matsutanka.seesaa.net/article/387138969.html
・山口晃展
 http://matsutanka.seesaa.net/article/387138965.html

今回は『日本美術全集』(小学館)全20巻の完結記念ということで、全集に収められた写真をスクリーンに映し出しながら、二人が喋るという内容であった。縄文土器から現代の村上隆や山口晃の作品まで、ユーモアをまじえて楽しい話をたっぷりと聞くことができた。

美術史家である山下さんが学問的・体系的な話をするのに対して、画家の山口さんは実作者として線の引き方や構図の取り方の話をする。そのバランスが絶妙だ。

短歌の世界でも、歌に詳しい「学者」「評論家」と実作者である「歌人」とが、こんなふうにざっくばらんに話ができる機会があれば良いのだけれど。

posted by 松村正直 at 08:25| Comment(2) | 演劇・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

省略とは

短歌において「省略」が大切なことは、しばしば言われることだ。

けれども、なぜ「省略」が大切かという話になると、「短歌は短いから」とか「31音にすべては入りきらないから」といった答を聞くことが多い。短くて入りきらないから言葉を省略すると考えているわけだ。

そうではない。

「省略」というのは、そんな消極的な理由で行うものではない。読み手の想像力を喚起するために、あえて「省略」するのである。

その本質をしっかり踏まえておかないと、効果的な「省略」は生まれない。

posted by 松村正直 at 09:12| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

描写の言葉と心情の言葉

短歌では「悲しい」「寂しい」など自分の心情を直接言葉にするよりも、具体的な物や動作を描写することによって心情を伝えた方がうまくいくことが多い。

けれども、ここにちょっとした落とし穴がある。

ページの端を丁寧に折る

先日、ある歌会でこういう下句があった。作者は「丁寧に」という言葉を描写の言葉のつもりで使っていたのだが、一人称の歌の場合、これはむしろ心情の言葉になってしまう。「(気持ちの上で)丁寧に」「心をこめて」「思いをこめて」といったニュアンスだ。

もし、これが三人称主体の歌であった場合は違う。「丁寧に」は「(外から見て)丁寧に」「端を揃えて」「ずれることなく」といった客観的な描写の言葉となる。

つまり、主体が一人称か三人称かによって、同じ言葉が心情の言葉にもなれば描写の言葉にもなるということだ。

椅子からゆっくり立ち上がる

という表現はどうだろう。これが一人称の場合、「ゆっくり」は「(意識的に)ゆっくり」「(気持ちを落ち着かせるために)ゆっくり」といったニュアンスをまとう。そのため、客観的な速さの話とは少し違った心情の言葉になる。

一方で三人称主体の場合は、「(立ち上がる速度が)ゆっくり」という客観的な描写の言葉になるだろう。

「悲しい」や「寂しい」が心情の言葉なのは誰にでもすぐにわかることだが、「丁寧に」や「ゆっくり」が心情の言葉になってしまう場合があるというのは、意外と気が付かないことなのかもしれない。

posted by 松村正直 at 09:06| Comment(3) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月03日

六花書林創業10.5周年記念フェア

六花書林さんの創業10.5周年記念フェアが開催されます。

これまでに刊行された書籍全点を展示、書籍を割引価格にて販売するとのことですので、お近くの方はぜひ。私の3冊の本(評伝『高安国世の手紙』、評論集『短歌は記憶する』、歌集『午前3時を過ぎて』)も販売されます。

期間:3月11日(金)〜4月10日(日)
場所:古書いろどり
   千代田区神田神保町3-2-9 塚本ビル3F
   (九段下駅下車徒歩3分。専修大学前の焦げ茶色のビルの3階)
   TEL&FAX:03-6272-8628
営業時間:月〜金:14:00-18:00 土日祝:12:00-18:00
休業日:完全不定休

posted by 松村正直 at 07:28| Comment(6) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする