2015年06月30日

掲載情報

短歌誌の7月号、その他に掲載されたものです。
どうぞ、お読みください。

・「舟のゆくえ」7首(「短歌往来」7月号)
・短歌月評「心理詠の魅力」(「毎日新聞」6月22日朝刊)
・歌壇時評「口語短歌の課題」(「現代短歌新聞」7月号)
・短歌の時評を考える「塔」(「短歌研究」7月号)
・『きなげつの魚』評「深い祈りの書」(角川「短歌」7月号)

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2015年06月29日

司馬遼太郎著 『ひとびとの跫音(あしおと)』(上)(下)



1981年に中央公論社より刊行された単行本の文庫化。

歴史小説のような、ドキュメンタリーのような、評伝のような、エッセイのような、何とも不思議な本である。著者の言葉を借りれば

人間がうまれて死んでゆくということの情趣のようなものをそこはかとなく書きつらねている。

ということになる。確かに、その通りという気がする。

主人公と言うべき人物は、正岡忠三郎(正岡子規の妹・律の養子)と西沢隆二(詩人・社会運動家、ぬやまひろし)の二人。この二人は司馬とともに1975年から78年にかけて刊行された『子規全集』(全22巻+別巻3巻)の監修に名前を連ねている。

その他、正岡子規、正岡律、正岡あや子(忠三郎の妻)、西沢麻耶子(隆二の妻)、西沢吉治(隆二の父)、富永太郎(詩人)、加藤拓川(子規の叔父、忠三郎の実父)、ユスティチア(忠三郎の妹)といった人々が登場する。

現在と過去を行き来しつつ、時おり「以上は、余談である」といった脱線もしながら、著者の筆はこれらの人々の姿を浮き彫りにしていく。その手腕は見事と言うほかない。

上巻:1983年9月10日初版、2010年1月30日改版13刷、667円、中公文庫。
下巻:1983年10月10日初版、2010年1月30日改版11刷、552円、中公文庫。

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2015年06月28日

映画 「海街diary」

原作:吉田秋生
監督・脚本:是枝裕和
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、他

人気コミックの実写映画化。

内容はほぼ原作通り。舞台となる町の風景や古い家の様子など、細かな点に至るまでよく描かれているのだが、原作があるだけに少し不自由な印象も受ける。

「誰も知らない」「そして父になる」と同じく、家族のあり方、家族とは何かという問題をじんわりと考えさせられた。

Tジョイ京都、126分。

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2015年06月26日

歌会について(その1)

歌会というものに初めて参加したのは、1998年11月のことである。

私は1996年に短歌を始めて、97年11月に「塔」に入会した。当時は福島に住んでいたのだが、近くに「塔」の歌会はなかった。今でこそ福島歌会や仙台歌会をはじめ、全国に40もの歌会があるが、その頃は東京、東海、大垣、入善、滋賀、舞鶴、京都、京都旧月、青葉の会(京都)、大阪、芦屋、姫路、鳥取と全国に13の歌会しかなかった。北海道、東北、四国、九州は歌会空白地だったのである。

ぜひ一度歌会に参加してみたいと思って、思い切って東京歌会に参加したのが98年11月のこと。28歳であった。「塔」1999年1月号掲載の歌会記を見ると、参加者は11名だったらしい。今から考えると随分少ない。「郡山(正しくは福島)から松村正直君が初参加した」と書いてある。

花山多佳子さん、小林幸子さん、進藤多紀さん、辻井昌彦さん、佐藤南壬子さんといった方々と、この時、初めてお会いした。私が出した2首のうち1首が歌会記に載っている。

一列になって子供の渡りゆく橋の長さも夕暮れていく

批評では、「ゆく」と「いく」の重なりを指摘され、「橋」ではなく「橋の長さ」とした点を褒められたと記憶している。

歌会が終ってから、みんなで食事に行った。壁がレンガでできている洋風居酒屋のようなところだったと思う。1993年に角川短歌賞を受賞した岸本由紀さんもいて、短歌や結社のことをいろいろと教えてくれた。岸本さんが同じ年齢だと聞いて、自分ももっと頑張らなくてはと決意したのだった。

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2015年06月24日

土岐友浩歌集 『Bootleg ブートレッグ』


2009年から2015年までの作品206首を収めた第1歌集。

あしもとを濡らしてじっと立ち尽くす翼よりくちばしをください
本棚の上に鏡を立てかけてあり合わせからはじまる暮らし
発泡スチロールの箱をしずかにかたむけて魚屋が水を捨てるゆうぐれ
一台をふたりで使うようになるありふれたみずいろの自転車
いつまでも雨にならずに降る水の、謝らなくて正解だった
ぼんぼりがひと足先に吊るされてやがて桜の公園になる
習作のようにたなびく秋雲を見ているうすく色が注すまで

1首目、鷺になったようなイメージで詠まれている。「翼」と「くちばし」の対比がおもしろい。空を飛ぶもの(理想)と餌を獲るもの(現実)。
3首目は景のよく見える歌。一日の仕事を終えた魚屋の充実感が滲む。
4首目、結婚後の生活が自然体で詠まれている。「ありふれた」ものが特別なものになるのだ。
6首目、花が咲く前から桜まつりの準備が行われているのだろう。「ひと足先に」に発見がある。
7首目、「習作のように」という比喩が良い。サッと描いたデッサンのような感じ。

2015年6月15日、書肆侃侃房、1700円。

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2015年06月22日

現代歌人集会春季大会 in 長崎

7月20日(祝)に長崎で、現代歌人集会春季大会を開催します。
九州各県の皆さんはじめ、お近くの方はぜひご参加下さい。

日時 2015年7月20日(祝)午後1時〜5時
場所 長崎新聞文化ホール

大会テーマ 竹山広―戦後七十年

総合司会 松村 正直
開会の辞 上川原 緑(長崎歌人会会長)

基調講演 大辻 隆弘

講演  大口 玲子

パネルディスカッション
  馬場 昭徳・前田 康子・島田 幸典・真中 朋久


閉会の辞  林 和清

参加費 2000円

  kajin-shukai-2015-spring.jpg

チラシはクリックすると大きくなります。

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2015年06月21日

肉食研究会著 『うまい肉の科学』


監修:成瀬宇平。
副題は「牛・豚・鶏・羊・猪・鹿・馬まで肉好きなら読まずにはいられない!」。

牛肉、豚肉、鶏肉の品種や部位、調理法などを写真入りで詳しく解説した本。他にも、羊、馬、猪、鹿、ガチョウ、ハト、カモなどの肉についての記述もある。

最近、肉というものに興味を持っているのだが、知れば知るほど奥深い世界である。この本で知った雑学的なことをいくつか。

(肉の格付けは歩留級数ABCと肉質等級54321の組み合わせになっていて)歩留級数は肉の質には直接的な関係がない。
日本では「ビフテキ」ともいうが、これはフランス語の「bifteck」(ビフティック)からきている。
大型にしたものをロースター(roaster:蒸し焼き)、中型のものをフライヤー(fryer:揚げ)、小型のものをブロイラー(broiler:炙り焼き)と、それぞれ調理に適した分類で分けていた。

他にも、フランクフルトソーセージは豚ひき肉を「豚の腸」に詰めるのに対して、ウインナーソーセージは「羊の腸」に詰めることとか、なるほど!という話が満載であった。

2012年9月25日、サイエンス・アイ新書、952円。

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2015年06月20日

武田砂鉄著 『紋切型社会』


副題は「言葉で固まる現代を解きほぐす」。

1982年生まれの若きライター・批評家が、「決まりきった言葉が、風邪薬の箱に明記されている効能・効果のように、あちこちで使われすぎている」という問題意識のもと、世の中の様々な紋切型を取り上げて批評した本。

「育ててくれてありがとう」「国益を損なうことになる」「誤解を恐れずに言えば」「逆にこちらが励まされました」など20の言葉を引いて、それらがどのような意識のもとに使われ、またどのような意識を生み出しているか考察している。

あらかじめストックされている言葉をサラダバー的に調合して、ベルトコンベアに流すように自分だけの花嫁の手紙は量産されていく。花嫁の手紙がいたって平凡なのは、サンプルがいたって平凡なのに、その平凡さを特別なものとして享受したつもりになるからなのだろう。
「うちの会社」というフレーズを冷静に解くと、それは「私の会社」という意味ではない。あくまでも「私が勤めている会社」ということ。ここには明らかなる距離がある。
外国人ミュージシャンのインタビューが常時「今回のアルバムは最高さ、日本のファンも気に入ってくれると思うぜ。一緒にロックしようぜ」と無暗にトゥゲザーしたがるのは、彼の真意を丁寧に日本語に落し込んだというよりも、こちらが彼のテンションを推し量って勝手な語尾を付着してきたからだろう。

どれも鋭い分析だと思う。指摘されてあらためて気が付くことも多い。

文章のテンポがとにかく速くて、追い付くのがなかなか大変だ。それにところどころ毒がある。好き嫌いの分かれそうな文章ではあるけれど、魅力のある書き手だと思う。

2015年4月25日、朝日出版社、1700円。

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2015年06月19日

石川文洋著 『フォトストーリー 沖縄の70年』


沖縄で生まれ4歳の時に本土に移住した著者が、「在日沖縄人」という立場から、戦中戦後の沖縄の歴史を綴った本。著者の撮影したものを中心に約200点の写真が掲載されている。

沖縄戦、アメリカによる統治、ベトナム戦争、本土復帰、現在も残る米軍基地と、1945年から2015年に至る70年の沖縄の歴史には、様々な苦難があった。

一九六九年一月、「いのちを守る県民共闘会議」は二月四日にゼネストで一〇万人を動員して基地の機能をマヒさせる方針を決めた。(…)この沖縄の動きに対して佐藤政権はゼネスト阻止の構えを見せた。(…)一月二九日、東京で佐藤首相と会見した屋良主席は、改めてゼネストの回避を要請された。
このこと(1987年にビザ発給に際してベトナム人の沖縄訪問が認められなかったこと)は当時、『琉球新報』『沖縄タイムス』両紙で大きく扱われ、読者からも様々な反響が寄せられた。しかし、本土の三大紙は一行も扱わなかった。

こうした部分を読むと、現在の沖縄をめぐる問題の構図が、戦後ずっと同じように存在し続けてきたことがわかる。著者の願う「基地のない平和な島・沖縄」の実現は、いつのことになるのだろうか。

2015年4月21日、岩波新書、1020円。

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2015年06月18日

真中朋久歌集 『火光』 (その4)

真中さんの歌集には、他の歌人の作品を踏まえて詠まれた歌がよく出てくる。現代的な本歌取りと言っていいだろう。いくつか気が付いたものを挙げてみる。

いまいましき小便の音はわが息子小便の音ここに聞こゆる
                 『火光』
朝食の卓にまでどうどうと聞こえ来て息子は尿(いばり)までいまいましけれ
              永田和宏 『響庭』
一冊をぬきたるのみにあなあやふなだれおつるを書物といへり
                 『火光』
背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり
              永田和宏 『メビウスの地平』
未使用ビット計算しつつ積みあげるバッファにふるき恐怖もろとも
                 『火光』
1001二人のふ10る0010い恐怖をかた101100り0
              加藤治郎 『マイ・ロマンサー』
とっぷりと水風呂につかることもなくてそそくさとシャワーを終えつ
                 『火光』
水風呂にみずみちたればとっぷりとくれてうたえるただ麦畑
              村木道彦 『天唇』
帰りてをゆかな炉の辺に灰寄せて火をいましむる人のかたへに
                 『火光』
旗は紅き小林(おばやし)なして移れども帰りてをゆかな病むものの
辺(へ)に         岡井隆 『土地よ、痛みを負え』
一村の失せるありさま一国の滅ぶありさまをまつぶさに見む
                 『火光』
おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ
              宮柊二 『山西省』
秋の野を打ちくだかれてゆくこともかの日と同じ 靴をよごして
                 『火光』
曼珠沙華のするどき象(かたち)夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき
              坪野哲久 『桜』
修行僧のやうなあなたと言はれつつ 道を説く こともせざりき
                 『火光』
やは肌のあつき血潮に触れも見でさびしからずや道を説く君
              与謝野晶子 『みだれ髪』
未生なる闇にわたしが蹴り殺す兄と思ひつ 今しゆきあふ
                 『火光』
逝かせし子と生まれ来る子と未生なる闇のいづくにすれちがひしか
              河野裕子 『ひるがほ』
メスのもとひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ
              中城ふみ子 『乳房喪失』

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2015年06月17日

真中朋久歌集 『火光』 (その3)

怒りつつ怒りしづめつつありし日の余燼に足をふみ入るるなかれ
死者のこと語りあひつつ互みには触れ得ざることもあるべし
死んだふりしてゐたる日々生きてゐるふりしてゐたる日々といづれ
生きなほすことはできぬをいくたびもひきもどされてゆくひとつ椅子
照りかげり夜には冷える岩壁のほろほろと風化してゆく速さ
とろとろとあふれてやまぬ走井(はしりゐ)にくちつけてをりきあつき走井
つきはなされおのづからながれにのるまでのひとときのことひとのひとよは
心からたのしむといふことあらず たのちまなかつたといふにもあらず
社宅跡に社宅は建たず発電用パネルならんで昼をはたらく
感情をおさへては駄目よ とめどなく沈みゆく感情であつても

2首目、同じ死者について語り合っていても誰とも共有できない部分がある。生者と死者の関わりは常に1対1のものなのだ。
4首目、自らの人生に思いを馳せるたびに、脳裏に浮かぶ原点のような場所。
5首目、激しい温度差によってぼろぼろと崩れていく岩壁は、記憶の風化をも表しているようだ。
6首目、8首目は性的なイメージを喚起する歌。
7首目、漢字で表記すれば「突き放され自ずから流れに乗るまでの一時のこと人の一生は」となろうか。命の大きな循環に乗るまで、あれこれもがくのが人生なのかもしれない。
9首目、かつては多くの社宅が立ち並んでいた場所。今はもう社宅の時代ではなく、太陽光発電の敷地として活用されている。

そう言えば、以前グンゼの企業城下町として栄えた綾部に行った時も、社宅が壊されたり、無人の寮が残っている光景を目にしたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/407813251.html

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2015年06月16日

真中朋久歌集 『火光』 (その2)

オロカなるをオロカなりといふオロカしさものいはぬことが賢にあらねど
東京にただよふごとくゐる父と思ひをらむか と思ひただよふ
遅くなつたり早くなつたりすることをくりかへしつつもうすぐ冬だ
谷あひに今しさし入る朝の陽のまぶしくて町の翳を深くす
杉山を越えて来たりし朝の陽は沼のおもての靄にふれたり
  大阪はほとんどがクマゼミ
大阪のあかときがたの蕭蕭と焼焼と やがてShoah、Shoahと思ひつ
アスファルト滲み流れたるごとき跡くろぐろとありバスが転回す
やがて殺すこころと思へばしばらくを明るませをり夜の水の辺
地下のつとめ地上のつとめこのさきも引き裂かれつつ生きてゆくべし
沖をゆくしろき船影この時間はほくれん丸か第二ほくれん丸か

2首目、家族の住む大阪と単身赴任の東京と半々の生活を送る作者。子どもたちの思い描く父親の姿を想像する。
3首目は日の長さのことだろうか。気が付けば冬が近づいている。
5首目は映像を見るような美しい歌。山の木々をかすめて伸びる光の線が、靄に当って乳白色に輝く。
6首目は東京と大阪の蝉の違いを詠んだ歌。「シャーシャー」という圧倒的な熊蝉の鳴き声から、音の連想を経て、ホロコーストの映画「Shoah」へと至る展開に驚かされる。
7首目、バスの終点にある転回場。目に浮かぶような描写である。
10首目、「ほくれん」は北海道の農業協同組合。歌集の別のところに「かの日々には沖に航路を離しゐし牛乳運搬船白き巨船(おほふね)」という歌がある。おそらく、それと同じ船なのだろう。原発事故の後しばらくは、陸地から離れた所を航行していたのだ。

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2015年06月15日

真中朋久歌集 『火光』 (その1)

著者 : 真中朋久
短歌研究社
発売日 : 2015

雪の日のみ屋根のしろさにそれと知れる山の中腹の寺か神社か
人間(じんかん)に生きてゆくほかあらざれば熊野熊吉酔ひて唄へる
慰留せしもされしもすでに退社してほとんど別の会社なり今は
娘(こ)と歩む春の林の数歩さきにがさがさと鳩は交接をしき
お忘れになりましたかと言ひながらうしろから肩にふれるてのひら
さんずいのかはとぞいひてまなうらにふなだまりある岸をゑがけり
旧街道ななめに入りふたたびを浅き角度にわかれゆきたり
子を連れて逢ひし夕ぐれ翳りたる表情は読まぬままにわかれき
望むままに行へとわれにいふ人よそのとほりすればこの世にゐない人よ
みづのなかをゆくここちして目をとぢる徐行にて過ぎる三河安城

2011年から2014年までに発表した516首を収めた第5歌集。
良い歌がたくさんあるので、何回かに分けて紹介を。

1首目、ふだんは目に付かない建物が、雪によって存在感をあらわにする。
2首目、「熊」という名前であっても、悲しい人間世界で生きていくしかないのだ。
5首目、誰かが忘れ物を拾ってくれた場面とも読めるし、「私のことを忘れたの?」という歌にも読める。
6首目、「河」という文字とともに記憶に浮かび上がってくる光景。
7首目、新しい道と旧道とがX字に交差しているのだろう。
9首目、最初「この世にゐない」は「この世に生まれてこなかった」と読んだのだが、そうではなくて「私に殺される」ということかもしれない。そう考えると怖い。
10首目、新幹線のおそらく「こだま」に乗っているところ。「みづ」「目を」「三河」のM音が心地良い。

2015年6月1日、短歌研究社、3000円。

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2015年06月14日

渡邊杉菜著 『スギナの島留学日記』


兵庫県に生まれ、隠岐島前高校に「島留学」している著者が、3年間の高校生活や島前地域の暮らしについて記した。他に、島での親代わりを務める「島親」の濱田哲男・佳子夫妻、担任の山田伸太郎、卒業生の西澤一希、隠岐國学習センター長の豊田庄吾、海士町長の山内道雄が文章を寄せている。

ジュニア新書ということもあって活字が大きく、内容的にはやや物足りない面もあるので、先日の『島の学校が未来を変える―隠岐・島前高校の奇跡』とあわせて読むと良いだろう。

山内町長が良いことを言っている。

教育は、投資したものがどんな形になって返ってくるか、目に見えない。それでも、人を育てることは目に見えない大きな財産になると思う。県立高校だけれど、いま建設中の新しい寮も町でつくっている。財政は厳しいけれど、教育の予算は減らしていない。

以前、家族で海士町を訪れた時に、タクシーの運転手さんが「息子さんも高校生になったら、ぜひ島の高校へ」と言っていたのを思い出す。町ぐるみで隠岐島前高校を応援しているのだろう。

2014年12月19日、岩波ジュニア新書、800円。

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2015年06月13日

天田愚庵の柿

『子規、最後の八年』を読んでいて気になった箇所が一つ。

明治三十年十月十日、旧知の京都の禅僧天田愚庵(あまたぐあん)が人を介して、桃山に結んだ庵の庭になった大きな柿を十五個ばかり届けてきた。釣鐘という名のその大きな柿を子規は大いに喜んだ。

天田愚庵が伏見桃山に移り住んだのは明治33年のこと。だから、この時の柿は「桃山に結んだ庵の庭」のものではない。以前の記事「天田愚庵(その1)」(2011年4月10日)に書いたように、京都清水寺近くの産寧坂に住んでいた時のものである。

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2015年06月12日

永田和宏著『現代秀歌』を読む会

今年1月から毎回1章ずつ、永田和宏著『現代秀歌』(岩波新書)を読み進めています。会の内容は、参加者が順番に声を出して読み、全員で感想や意見を語り合うというものです。

事前の申し込みの必要はありません。1回だけの参加でも大丈夫です。「塔」会員以外の方も参加できますので、どうぞお気軽にご参加下さい。今後の日程は下記の通りです。

日時 毎月第4火曜日 午後1時〜4時

  6月23日(火)第六章 社会・文化
  7月28日(火)第七章 旅
  8月25日(火)第八章 四季・自然
 10月27日(火)第九章 孤の思い
 11月24日(火)第十章 病と死

場所 塔短歌会事務所(地下鉄丸太町駅から徒歩7分)
      〒604-0973 京都市中京区柳馬場通竹屋町下る五丁目228
                「碇ビル」2階西側
参加費 一回500円

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2015年06月11日

関川夏央著 『子規、最後の八年』


2011年に講談社から出た単行本の文庫化。
初出は「短歌研究」2007年1月号から2010年7月号。

35年の正岡子規の生涯の中から病床で過ごした8年間を取り上げて記した評伝。日清戦争への従軍からの帰りに船上で喀血した「明治二十八年」から始まり、一年ごとに章を区切って、子規の亡くなる「明治三十五年」までを描いている。

子規のことだけではなく、高浜虚子、河東碧梧桐、夏目漱石、伊藤左千夫、長塚節、秋山真之ら、子規と関わりの深かった人々についても詳しく記されており、明治という時代やそこに生きた人々の姿が浮き彫りにされている。

文庫で500ページを超える分量であるが、最後まで少しも飽きることがない。

散逸した蕪村句集を見つけるために子規が賞品を出した話の中で、著者は

杉田玄白の『蘭学事始』は明治初年、湯島の露店で叩き売られていたのを「発見」されたという「伝説」がある。

と書いている。そのように、明治になって新たに価値を見出されたものは、きっと多いのだろう。『梁塵秘抄』も明治の終わりに佐佐木信綱によって、古書店で「発見」されたのであった。

歌にも俳句の「座」を持ちこむ。会した面々が相互批評のうちに刺激を受けあい、その結果、歌のあらたなおもしろさが引出される、それが子規のもくろみであった。

これなどは、現在の歌会まで続いているものと言っていい。子規の残した功績をあらためて感じる一冊であった。

2015年4月15日、講談社文庫、950円。

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2015年06月10日

映画 「百日紅〜Miss HOKUSAI〜」

原作:杉浦日向子
監督:原恵一
声の出演:杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、ほか

葛飾北斎の娘・お栄(葛飾応為)を主人公に、江戸の町やそこに生きる人々の姿を描いたアニメ。原作は読んでいないのだが、一つ一つ繰り広げられるエピソードが面白かった。

映画のお栄の顎のラインは、声を担当している杏によく似ている。
別に顔を似せる必要はないのだが、声は骨格に由来しているから、顔が似ていた方が声にもリアリティが生じるのかもしれないと思ったりする。

TOHO二条、90分。

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2015年06月09日

相原秀起著 『知られざる日露国境を歩く』


副題は「樺太・択捉・北千島に刻まれた歴史」。
ユーラシア・ブックレットNo.200。

戦前から戦後にかけて日本とロシア(ソ連)の国境となった「樺太の北緯50度線」「北方領土の択捉島」「北千島の占守島」の三か所を訪ねた記録。著者は北海道新聞社の根室支局やユジノサハリンスク支局勤務を経て、現在は報道センター編集委員を務めている。

樺太50度線に設置されていた4基の国境標石のうち、第2号は現在「根室市歴史と自然の資料館」に収められているが、それが著者たちの尽力によるものだということを、本書の記述によって初めて知った。

また、現在行方不明とされている4号標石が或るロシア人に所蔵されていることや、サハリン州郷土博物館に展示されている3号標石が戦前の日本時代に作られたレプリカであることなども記されている。

過去を知ることは未来を考えることでもある。歴史は未来の羅針盤だと思う。

過去の出来事をなかったことにしたり、忘れたりするのではなく、様々な問題も含めてきちんと検証しておくことが大切だ。そういう意味でも、これは非常に価値のある一冊だと思う。

2015年2月25日、東洋書店、800円。

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2015年06月08日

昨日は「塔」の三重歌会へ行ってきた。
少し早く着いたので、駅の西口にある津偕楽公園へ。
公園の近くにD51が保存されている。

20150607112736.jpg

D51型499号。

昭和16年の製造で昭和48年まで関西線や参宮線を走った車両とのこと。計算してみると、現役で走っていた期間(32年間)よりも、もうここで保存されている期間(42年間)の方がずっと長いのだ。D51は全部で1184両が製造され、現在も全国で170両以上が保存されているらしい。

津は鰻が有名だと聞いたので、お昼は鰻丼をいただく。
鰻を食べるのはいつ以来だろうか。

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2015年06月07日

山内道雄・岩本悠・田中輝美著 『未来を変えた島の学校』


副題は「隠岐島前発ふるさと再興への挑戦」。

西ノ島(西ノ島町)、中ノ島(海士町)、知夫里島(知夫村)の3つの島、3つの町村からなる隠岐の島前(どうぜん)地域。高齢化や過疎化が進む現状を何とかしようと、唯一の高校である「隠岐島前高校」を核に奮闘する人々の姿を描いた本。

地元の人だけでなく、外部からも人を招き、行政・学校・住民の連携のもと、観光甲子園への出場、観光ツアー「ヒトツナギ」の開催、「隠岐國学習センター」の開設、「島留学支援制度」の創設など、次々と新たな取り組みを行っていく。

その根本には、時代の変化に伴う発想の転換がある。

これまで「小規模校」という弱みに捉えられがちだったことが、逆に全教員が全生徒の顔と名前や性格まで把握している「少人数教育」という、圧倒的な強みに転換できる。

一枚目は、高度成長社会で、欧米を先頭に、日本、そしてこの島が最後尾にある図。二枚目は、それが逆向きになり、小さなこの島を先頭に、日本、欧米と続いていた。「最後尾から最先端へ 持続可能な社会への曳船(タグボート)に」。

2010年に隠岐に旅行して以来、島前地域には関心を持っている。十年後、二十年後に、この本に書かれた試みがどのように実を結ぶか(あるいは結ばないか)、見続けていきたい。

・隠岐旅行
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138308.html
・山内道雄 『離島発 生き残るための10の戦略』
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138291.html

2015年3月24日、岩波書店、1500円。

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2015年06月06日

占領軍による接収住宅(その3)

高安国世には「サンドール夫人」の名前を詠み込んだ歌が3首ある。また、

我はユダヤ人なりと静かに夫人言ひたれば図らず心ゆらぎたり 『真実』
先の事は考へられぬといふ言葉今日はきくアメリカ士官の美しき妻に

といった歌も、サンドール夫人を詠んだものと見ていいだろう。
さらに、第3歌集『年輪』の巻頭にある「光沁む雲」の一連にも、このサンドール夫人は関わっているのではないかと私は考えている。

サンドール夫人とは一体誰なのか?
高安とどのような関係であったのか?

以前、『高安国世の手紙』を書いた際にいろいろ調べたのだが、結局はっきりしたことはわからなかった。進駐軍の下級将校の妻でユダヤ人であるという手掛かりしかないのだ。

けれども今回、接収住宅の話を聴いて、サンドール夫人が北白川小倉町近辺の接収住宅に住んでいた可能性が高いことに気が付いた。それを新たな手掛かりとして、サンドール夫人の正体がつかめるかもしれない。

実際に、栗原邸を接収して住んだ軍人も、ジェームズ・アップルワイト中尉とその家族であったことが判明している。京都府立総合資料館には当時の資料が数多く残されているらしい。

一度、調べに行こう。

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2015年06月05日

占領軍による接収住宅(その2)

引き続き、玉田浩之氏の「占領軍による接収住宅と接収施設地図の建築史的分析」より。

たとえば、北白川小倉町周辺は日本土地商事株式会社が大正15年に分譲を開始した宅地で、京大人文科学研究所に隣接し、大学教職員が多数住まいを構えたことで知られる。

高安国世は昭和17年に第三高等学校の教授となり、兵庫県西宮市からこの京都市左京区北白川小倉町に転居した。その後、亡くなるまでこの地で過ごしている。

高安の家は占領軍による接収は受けていないが、この地域に接収住宅が多かったという事実は、高安の次のような作品を読み解く手掛かりになるだろう。

汚れたる服にためらひ立ちたればグッドイーヴニングと言ひて来るサンドール夫妻                         『真実』
ボタン取れ胸汚れたる子を恥ぢて立止まるああサンドール夫人が来る
憂持つサンドール夫人の顔自動車の窓に見しより暫しの空想

昭和23年の作品である。

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2015年06月04日

占領軍による接収住宅(その1)

栗原邸のギャラリートークで玉田浩之氏(大手前大学准教授)が占領軍による接収住宅の話をしたのは、この栗原邸が戦後に接収を受けたからである。接収に際しては浴室がタイル張りの洋式にされたほか、部屋の壁が黄色や水色のペンキで塗られるといった改修を受けた。

建物の保存・修復にあたっては、ペンキをカッターで剥がすなどして、戦後の改修部分をできるだけ建築当初の状態に戻すことも行われている。

当日配布された資料「占領軍による接収住宅と接収施設地図の建築史的分析」には、京都で接収住宅の多かった地域が記されている。

そのほかの集積している地区としては、北白川小倉町(9戸)、下鴨地区(13戸)が挙げられる。また、東山区の今熊野北日吉町(10戸)や山科安珠(6戸)にも集中している。いずれも大正期から昭和初期にかけて土地会社や土地区画整理組合施行によって開発された分譲住宅地である。

「北白川小倉町」と言えば、高安国世の家があった場所だ。


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2015年06月03日

栗原邸

この前の日曜日、京都市山科区にある栗原邸(旧鶴巻邸)が一般公開されるというので、見学に行ってきた。場所は地下鉄「御陵」駅から北へ歩いて10分ほど。近くには琵琶湖疎水が流れている。

栗原邸は本野精吾(もとの・せいご)が設計し、昭和4年に竣工したモダニズム建築。数年前から修復を続けていて、今年は4日間限定の公開であった。

  P1040530.JPG

玄関部分。丸い柱が何ともオシャレである。

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階段部分。建物は3階建で、全部で10室くらいある。

 P1040525.JPG

玄関の上にあるサンルーム。ガラス窓の外の緑が美しい。

 P1040536.JPG

北側から見た建物の全景。

建物を一通り見た後で、ギャラリートーク(約1時間)を聴いた。笠原一人氏は建築家・本野精吾についての話、玉田浩之氏は占領軍による接収住宅と栗原邸の修復作業の話。

二人とも多くの資料を示しながら、私たちにもわかりやすく話してくださり、とても充実した時間であった。

posted by 松村正直 at 17:12| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

言われないと気づかないこと

先日の「まいまい京都」のツアーで、ガイドさんの話を聞いてハッとしたことがある。それは「空路の無かった戦前は、シベリア鉄道に乗るのがヨーロッパへの最速ルートだった」という話。

林芙美子や与謝野晶子がシベリア鉄道経由でヨーロッパに渡ったことは知っていたが、何となく「随分時間をかけて行ったものだな……」と思っていたのだ。

実際はそうではなかったのだ。当時はそれが最速だったのである。こういうことは言われてみれば当り前の話なのだが、言われないとなかなか気づかない。

posted by 松村正直 at 20:26| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

秋葉四郎編著 『茂吉幻の歌集『萬軍』』


副題は「戦争と斎藤茂吉」。

昭和20年に「決戦歌集」の一冊として八雲書店から刊行される予定だった斎藤茂吉の歌集『萬軍(ばんぐん)』。結局未完に終った『萬軍』の成立の経緯やその後を記すとともに、巻末に『萬軍』の茂吉自筆原稿の影印を収める。

『萬軍』は既に私家版と紅書房版(昭和63年)の2種類が世に流布している。著者は『萬軍』の全ての歌を検証し、自筆原稿とそれらの版との異動を明らかにしている。資料的にも価値の高い一冊と言っていいだろう。

『萬軍』と直接関係ないのだが、昭和17年2月号の「日の出」に掲載された「東條首相に捧ぐる歌」というものが載っている。8人の歌人が東條英樹に捧げた歌である。

東條首相にまうしていはく時宗のかのあら魂に豈おとらめや
                 斎藤茂吉
北の元(げん)撃ちしは北條驕米(けうべい)を東に屠る東條英機
                 逗子八郎
胆甕のごとき時宗か大日本背負ひて立てる東條英機
                 金子薫園

8人のうち実に3人が、東條英機を北条時宗になぞらえている。今から見ると奇異な印象を受けるのだが、おそらく当時は太平洋戦争と元寇を重ね合わせることが一般的に行われていたのだろう。

佐佐木信綱が太平洋戦争の開戦を詠んだ一首も、そういう文脈で読むと理解できる。

元寇の後(のち)六百六十年大いなる国難来る国難は来る
                 佐佐木信綱『黎明』

1281年の弘安の役から1941年の開戦まで660年という歌であるが、当時はこうした受け止め方に実感があったのだろう。

2012年8月28日、岩波書店、2100円。

posted by 松村正直 at 22:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする