2014年04月30日

永井隆著 『如己堂随筆』


永井隆が死の直前に編んだ随筆集の文庫版。
先日、奥出雲の永井隆記念館を訪れた際に購入した一冊。

熱が続いて、食べ物がまずい。何かおいしい物はあるまいか?……と、あれこれ考えていると、おのずから頭の中に浮かんできたのが、子どものころ、母が食べさせてくれた、ヤブカンゾウのおひたし……。あれは出雲の国の山奥、斐伊川(ひいかわ)に沿った村でした。

幼少期を過ごした奥出雲の記憶は晩年になっても鮮明であったようだ。「食卓に出されたヤブカンゾウのおひたしは、長い冬ごもりをした私たちの目に、天地の春を一皿に集めて盛ったように見えました」とある。

また、永井は「アララギ」で短歌を作っていたこともある。

(…)その杉山の向こうの谷は六枚板という地区で、火傷によく効く冷泉が湧いた。斎藤茂吉先生が歌集「あらたま」を編集なさったのは、その湯の宿であった。

ここで斎藤茂吉に対して「先生」という敬称を用いているのは、そういう経歴ゆえなのだろう。永井の短歌は、『新しき朝』という遺歌集にまとめられている。

全体にカトリックの信仰や神についての話が多いので、信者でない人には読みにくい部分もあるかもしれない。けれども、子育てや原爆に関する話など、今に通じる話も多い。

ところが人間というものは、はじめはびっくりしたことでも、だんだん慣れてくると、そうたいしたことではなかったかのように思うようになりがちであります。

これは原爆のことを言っているのだが、3・11の原発事故にも当て嵌まることのように感じる。

1996年1月30日発行、2010年6月15日5刷、サンパウロ、680円。



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2014年04月28日

玉井清弘歌集 『屋嶋』

第8歌集。

海越えてきたるを網にとらえたりあさぎまだらのまんだらの羽根
人住まぬ村となりたる三年に孟宗竹は甍を破る
動きいる海老の鬚根に触れて見つ鞆の浦なる朝市に来て
さえぎれるものなき視野の岩礁にくろきしぶきはとどろき降れり
観音菩薩(かんのん)を埴輪のようにめぐらせて近江の湖(うみ)の残照ながし
食い尽す葉先に芋虫止まりいてこの世の先を見渡しており
刻みたる大根に振る粗塩に春の大地の水は寄り来る
あにさんの仕事は何かと問われたりわが指先を目守(まも)れる老いに
光りいる鱗いちまい拾いあぐ誰との会話のときこぼしたる
戸を少し閉め忘れたりあの世との境にほそく月光の洩る

第29回詩歌文学館賞と第48回迢空賞を受賞。

歌集名の「屋嶋」は、白村江の戦いに敗れた大和朝廷が、唐・新羅の侵攻に備えて各地に築いた山城の一つ「屋嶋城」(香川県高松市屋島)から採られている。作者は「屋島を望見する地に居を構えて三十年余り」で「この何年か週二、三回自宅から屋島山上への散歩を続けている」(あとがき)とのこと。

現在住む香川県のほか、ふるさと愛媛県など、四国に関わる歌が多い。

1首目は長距離を移動ですることで知られているアサギマダラの歌。「あさぎまだらのまんだらの」という音のつながりが気持ち良い。
4首目はスケールの大きな歌。「くろき」「しぶき」「とどろき」の「き」の音がよく響く。
5首目は琵琶湖周辺に観音像が多いことを詠んだ歌。「埴輪のように」という比喩がうまい。
8首目は電車の中の場面。元教員である作者の指は、農作業をする人の指とは違ったのだろう。
10首目は「あの世との境」と捉えたところが印象的。上田三四二の「夜あかりに積みゆく雪を戸にのぞく死後の世界をのぞくごとくに」とも通じる。

細かいことだが、「鰯雲一面にでて帰るべきふるさとのなし祭の太鼓」という同じ歌が二か所(79ページと156ページ)に載っているのが気になった。

2013年9月25日、角川書店、2571円。



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2014年04月27日

「りとむ」2014年5月号

滝本賢太郎さんが時評で、「短歌」2月号の私の時評「内向きな批評を脱して」に触れている。はっきりと言いたいこと、書きたいことを十分に書いていて良い時評だと思う。

そこで述べられているのは、歌や時代の変化に伴って、新しい批評の方法が生まれるべきだという主張である。

実際、松村が求める「批評」は、せいぜいが歌の丁寧な解説であり、世代は超えても歌壇の内を離れられない別の内向きを孕んでいる。

というのは、大事な指摘だろう(「せいぜい」で片付けられるほど、簡単ではないと思うが)。では、それに代わる新しい批評とは何か。

(…)意識的であれ無意識的であれ、若手の「内向き」な批評が、新しい批評の試みなのかもしれないと思いたくもなる。

(…)この世代の「ストイックさ」が新しさを触れ当てるのは時間の問題である。批評はそのとき、クレーの天使のような面持ちで到来する、そんな期待を抱きたくなる。

滝本が「新しい批評」や「新しさ」を待望する気持ちには私も共感する。これまでと全く違う新しい批評が生まれてもいいのだし、その可能性は常にある。けれども、それが言うほど簡単ではないことは、「思いたくもなる」「期待を抱きたくなる」という滝本自身の慎重な言い回しからも、よく感じられるのではないだろうか。

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2014年04月26日

現代歌人集会春季大会

西日本を中心とした歌人団体「現代歌人集会」では、毎年春と秋の2回大会を開き、短歌関係の講演やパネルディスカッションを行っています。

今年の春季大会の内容は下記の通りです。一般の方も参加できますので、皆さんぜひお越しください。当日参加も受け付けております。

日 時 7月19日(土) 午後1時〜5時 (開場12時)
場 所 神戸市教育会館
   ・JR・阪神「元町」駅(東口)より徒歩10分
   ・市営地下鉄「県庁前」駅(東1番出口)より徒歩5分
   ・阪急「三宮」駅(西口)より徒歩15分

大会テーマ「俳句―近くて遠い詩型」

基調講演 大辻隆弘
講 演 高橋睦郎
パネルディスカッション 塩見恵介、大森静佳、荻原裕幸、魚村晋太郎

総合司会 松村正直
閉会の辞 林 和清

参加費 2000円(当日受付にてお支払い下さい。当日の参加もOK)
お申込み 永田 淳 seijisya@osk3.3web.ne.jp

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2014年04月25日

三井修歌集 『海図』

著者 : 三井修
KADOKAWA/角川学芸出版
発売日 : 2014-01-16

第8歌集。
生まれ育った金沢や能登に対する思い、亡くなった両親と兄、そして生活支援施設で暮らす継母といったテーマが、歌数はそれほど多くないものの歌集全体を貫いている。

その薄き髪に挿したる櫛をもて母は過去との交信をなす
抱(いだ)かれしことなき人の細き腕取りて階段ゆっくり下る
みどりごは眠りたるまま手から手へ渡されてゆく春の立つ午後
負け戦するかせざるか朝光に窓辺のデコイ鋭(と)き影を置く
絵の隅を歩む女は一秒後消えているべし絵の外に出て
かく薄きワイングラスを持つ故に今宵のわれは優しくなれる
紙コップ二つをついと触れ合わせかく頼りなき乾杯をする
瘡蓋(かさぶた)の如く付きたる石仏の背の苔越えて蟻のぼりゆく
バス停に並ぶ日傘の次々に畳まれてゆくバスが来たれば
一振りの匕首(ひしゅ)のごときは煌めきて天向く鷺に飲まれてしまえり

1、2首目は継母のことを詠んだ歌。生母とは違う距離感がせつない。
4首目、「負け戦」になるとわかっていても戦うこともあるのだろう。
5首目は発想の面白い歌。絵から出てしまった女はどこへ行くのか。
7首目は懇親会などでよく体験する光景。紙コップの乾杯というのは、確かにさまにならない。
10首目は鷺が魚を飲み込むところ。比喩の使い方が鮮やかだ。

2013年12月27日、角川学芸出版、3000円。

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2014年04月24日

郡上八幡

「郡上市古今伝授の里短歌大会」参加のため、1泊2日で郡上八幡へ。
新緑のきれいな季節で、しかもお天気にも恵まれて、楽しい二日間だった。

昨日は古今伝授の祖と言われる東常縁(とうのつねより)ゆかりの「古今伝授の里フィールドミュージアム」を案内していただき、今日は郡上八幡城にのぼる。

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昭和8年に再建された模擬天守であるが、山の上にあって眺めが良い。日本最古の木造再建城とのこと。観光客が大勢のぼっていた。

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天守閣からは郡上八幡の町並みを一望することができる。
この城には20年前にも来たことがあるのだが、眺めの良さはよく覚えていた。


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2014年04月23日

小林朋道著 『先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!』


人気シリーズの第2弾。

登場する生き物は「イノシシ」「ヤギ」「タヌキ」「アオダイショウ」「シマリス」「アカハライモリ」「ナガレホトケドジョウ」「アカネズミ」「テン」「イヌ」「ネコ」など。

動物行動学と人間比較行動学をミックスさせたところに著者の本領はあるようで、駅前通りのあちこちにスプレーで書かれたサイン(落書き)とタヌキの「溜め糞でのニオイづけ」に共通する特徴を分析するあたり、実におもしろく、人間も動物の一種であることを再確認させられた。

アカハライモリの雄は求愛の際に、水の中で尾を折り曲げて波打たせ、自分の肛門から雌の鼻先に向かう水流をつくり、肛門分泌腺から出た物質を雌に届けるらしい。そして、何と

物質は、万葉集の額田王の恋歌“君が袖振る”から取ってソデフリンと名づけられている。

というのである。これには、びっくり。
イモリの肛門から出る物質に、額田王の代表作とも言うべき

あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る
      (万葉集1巻‐20)

に因んだ名前が付けられているというのである。

でも、よくよく考えると、袖を振る仕種と尾を折り曲げる動きは似ているし、ともに求愛メッセージでもあるし、何ともうまいネーミングだという気がしてくる。ユーモアもあって、教養を感じさせるネーミングと言うべきかもしれない。

2008年10月10日、築地書館、1600円。

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2014年04月22日

掲載情報

現在発売中の短歌雑誌の5月号に、下記の原稿を書いています。

・「新島」(燃島)10首 (「短歌往来」5月号)
・「出口王仁三郎と山火事(2)」 (「短歌往来」5月号)
・山崎方代の短歌鑑賞「釘の歌」 (「現代短歌」5月号)
・歌壇時評「物語の有無を超えて」 (角川「短歌」5月号)

どうぞ、お読みください。

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2014年04月21日

毎日新聞 「短歌月評」

今月から、月に1回、毎日新聞の歌壇・俳壇欄に「短歌月評」を執筆します。
掲載は毎月第3月曜日です。

本日がその第1回目。
「小高賢の言葉」という題で書きました。

皆さん、どうぞお読みください。

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2014年04月20日

小林朋道著 『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』


副題は「[鳥取環境大学]の森の人間動物行動学」。
自然の豊かな鳥取環境大学で、動物行動学と人間比較行動学の研究と教育を行っている著者が、大学やフィールドで起きる様々な事件について記した本。人気シリーズの1冊目。

登場する生き物は「オヒキコウモリ」「アオダイショウ」「ジャンガリアンハムスター」「アカハライモリ」「スナヤツメ」「アナグマ」「ニホンジカ」「モリアオガエル」「ヒミズ」「ジムグリ」「アリ」「ヤギ」「ホンドダヌキ」「ドバト」「ヤギ」など。

著者は生き物なら何でも好きなようで、森や池で見つけるとすぐに捕まえて調査・研究を開始する。そのワクワク感が文章から伝わってくるのが楽しい。さらには学生との交流など、大学キャンパスの物語として読んでもおもしろい。こんな大学に行ってみたいなと思う。

もちろん、単におもしろいだけではなく、専門的な内容もわかりやすく記されている。

これまで、擬人化と言うと、幼児や原始的な社会の人びとが行う未成熟な思考だと考えられてきた。しかし最近の研究は、擬人化が原始的でも未成熟なものでもなく、人間にとって根源的で重要な思考形態であることを示しつつある。

短歌でも、擬人法についてしばしば問題になる。擬人法は幼く見えるのであまり使わない方が良いという話をよく聞くが、日常的な表現にも多くの擬人法が使われていることを思うと、単に「幼い」で片付けられるものでもない。そのあたりにも関係する話のようで、興味深い。

2007年3月23日、築地書館、1600円。

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2014年04月18日

山野井泰史著 『垂直の記憶』


2004年に山と溪谷社から出た単行本の文庫化。「ヤマケイ文庫」の1冊。
「岩と雪の7章」という副題が付いている通り、著者が20年にわたって行ってきた数々の登攀の中から、ヒマラヤの関する7つを選んで記録した本である。

「ブロード・ピーク」「メラ・ピーク西壁とアマ・ダブラム西壁」「チョ・オユー南西壁」「レディース・フィンガー南壁」「マカルー西壁とマナスル北西壁」「K2南南東リブ」「ギャチュン・カン北壁」。このギャチュン・カンからの下山中に雪崩に遭い、著者は凍傷のため手と足の計10本の指を失う。

かりに僕が山で、どんな悲惨な死に方をしても、決して悲しんでほしくないし、また非難してもらいたくもない。登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは、僕に許された最高の贅沢かもしれない。

僕は、空気や水のように重要で、サメが泳いでいなければ生命を維持できないように、登っていなければ生きていけないのである。

意志の強さ、信念、自信といったものが、文章のあちこちから伝わってくる。

2010年11月15日、山と溪谷社、880円。

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2014年04月17日

「塔」2014年4月号

「塔」の創刊60周年記念号(4月号)が発行されました。全400ページ。
そのうち、前半220ページが記念号部分となっています。

・巻頭言(永田和宏)
・寄稿エッセイ(清水房雄、岡野弘彦、馬場あき子、ほか)
・座談会「老年という時を見すえて」(小高賢、小池光、永田和宏)
・塔創刊60周年記念評論賞
・会員エッセイ「わたしの親」「わたしの旅」「わたしの好きな本」
・座談会「編集部、この十年」
・特集「河野裕子の歌を読む」
・塔21世紀叢書アンソロジー

座談会「編集部、この十年」には、僕も参加しています。
あまり前向きな話にはなりませんでしたが、どうぞお読みください。

東京の「ジュンク堂池袋本店」、名古屋の「ちくさ正文館本店」、京都の「三月書房」で一般にも販売しています。また、webmail@toutankakai.com でも注文を受け付けております。定価は2000円です。

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2014年04月16日

永井隆著 『この子を残して』


「平和文庫」の1冊。
1948年に大日本雄弁会講談社より刊行された本が元になっている。

原爆で妻を失い、自らも被爆して寝たきりとなった作者が、日々の暮らしの中での思いを記したもの。当時12歳の誠一(まこと)と6歳のカヤノ(茅乃)の兄妹へ寄せる愛情が強く伝わってくる一冊である。

 うとうとしていたら、いつの間に遊びから帰ってきたのか、カヤノが冷たいほおを私のほおにくっつけ、しばらくしてから、
「ああ、……お父さんのにおい……」
と言った。
 この子を残して―この世をやがて私は去らねばならぬのか!

やがて自分が死ぬという前提に立って、最初は孤児の話や孤児院の運営のあり方についての話が続く。その後、信仰のこと、戦争のこと、科学のことなどが述べられている。医師であるだけに、自らの病状に対しては常に冷静だ。

全身やせ細っていて、腹だけがこれ以上は皮が伸びないところまで膨れている。なんのことはない、腸満にかかった青がえるだ。腹のまわりが、へその高さで九一センチ、ちょうど妊娠十カ月目のおなかの大きさにひとしい。これは脾臓が途方もなく大きくなっているからである。

この本を書いて3年後に、永井隆は亡くなる。
先日訪れた永井隆記念館の係員の方から、遺された二人のお子さんたちのその後を聞き、少し救われたような気持ちになった。

2010年7月25日、日本ブックエース、1000円。

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2014年04月15日

奥出雲

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「鉄師頭取の家 絲原家」。
たたら製鉄で財をなした絲原家の居宅、庭園、記念館が公開されている。田部家、櫻井家とともに松江藩の鉄師(てつし)頭取の御三家と呼ばれた家とのこと。

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与謝野鉄幹・晶子夫妻も訪れたことがあり、記念館わきに歌碑が建っている。

おのづから山のあるじのこころなり清き岩間に鳴れる水おと  寛
林泉に松の山をば重ねたり五月の風を人ききぬべく  晶子


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JR木次(きすき)線の亀嵩(かめだけ)駅。
手打ちそばを食べることができる人気のお店。
美味しかったです。

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2014年04月14日

永井隆記念館

週末は「塔」の奥出雲歌会へ行ってきた。
会場は島根県雲南市三刀屋町にある永井隆記念館。
長崎で被爆し、『長崎の鐘』 『この子を残して』 などの著作を残したことで有名な医師、永井隆の記念館である。

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永井は島根県松江市で生まれ、1歳の時に父の医院開業に伴って、この雲南市三刀屋町(当時は飯石村)に移り住んだ。ここは、永井が幼少期を過ごした土地であり、今もその家が残っているそうだ。

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これは長崎市にある「如己堂」の複製。
永井が死の前の3年あまりを過ごした2畳一間の庵である。「如己堂(にょこどう)」という名前は、聖書にある言葉「己の如く隣人を愛せよ」から取られている。

今回展示を見て初めて知ったのは、永井が短歌を作っていたことである。

君とともに徴兵検査うけし日のわが肉体は若く匂いき
新しき平和の光さしそむる荒野にひびけ長崎の鐘
白ばらの花よりかおりたつごとくこの身をはなれのぼりゆくらむ
  (表記は展示されている短冊等のまま)

最後の歌は辞世であるが、歌としてもとても良い一首だと思う。

昭和26年5月1日死去。43歳。
今の私と同じ年齢である。

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2014年04月12日

シベリア抑留

最近、「シベリア抑留死亡者名簿」(村山常雄編・著)がネットで公開されていることを知った。シベリア抑留で亡くなった方のうち、実に46303名の氏名・生年・階級・死亡年月日・地域・埋葬地などが掲載されている。

シベリア抑留と言えば、窪田空穂が次男の茂二郎を詠んだ長歌「捕虜の死」(歌集『冬木原』所収)が有名であるが、ここでは兄の窪田章一郎の歌を見てみよう。歌集『ちまたの響き』から、まずは復員を待っている時期の歌。

ひそやかに兵の復員つづく故わが弟(おとと)待つ今日は明日はと
一等兵窪田茂二郎いづこなりや戦(いくさ)敗れて行方知らずも

その後、茂二郎がシベリアで亡くなったことが伝えられる。

弟の臨終(いまは)みとりし若き友も還り来る船の中に果てたり
シベリヤの捕虜の臨終(いまは)は想像をこえて知り得ずしらざるがよき

「弟は終戦直前に北支から満洲に移駐し、南新京で八月十五日を迎へた。十月ソ連に移され、翌年二月十日病死した。場所はバイカル湖の北、チェレンホーボという、流刑囚のおくられる炭鉱であつた。戦友の一人が復員して、はじめて知ることの出来たのは、二十二年五月であつた。」

戦争の終るに命生きたりし弟を救ふすべなかりしか
発疹チフス数千(すせん)が病みてあへなくも死にし一人と数へられけむ

先の「シベリア抑留死亡者名簿」を検索すると、窪田茂二郎の名前が見つかる。
http://yokuryu.huu.cc/meiboa-n-07-2.html

これによると、茂二郎は1918年生まれで、1946年2月4日にイルクーツク州の第31地区(チェレンホーヴォ)で亡くなり、チェレンホーヴォの東13キロにある第8支部フラムツォフカ村に埋葬されていることがわかる。

空穂や章一郎に伝えられた命日は2月10日であったが、おそらく名簿に記録された2月4日の方が正しいのだろう。

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2014年04月11日

掲載情報など

今月号の短歌雑誌に下記の作品などを発表しました。

・作品「家まで帰る」5首(「うた新聞」4月号)
・連載「出口王仁三郎と山火事(1)」(「短歌往来」4月号)
・時評「大黒座、『海港』、結社」(角川「短歌」4月号)
・「農耕馬、軍場、言葉の馬」(「歌壇」4月号)

また、今月から月に1回、毎日新聞の短歌月評を担当します。
毎月第3月曜日掲載で、初回は4月21日になります。

あと、4月26日に郡上市で行われる「古今伝授の里短歌大会」に選者の一人として参加します。お近くにお住まいの方は、どうぞ会場にお越しください。
詳細はこちら
http://www.n-gaku.jp/life/competition/etc/docs/2014gujyou_tanka.pdf

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2014年04月10日

『シリーズ牧水賞の歌人たちVol.5 小高賢』


監修:伊藤一彦、編集人:永田淳。
今年2月10日に急逝した小高賢をテーマにしたムック。

伊藤一彦によるインタビュー、寄稿エッセイ(加藤典洋、中嶋廣、神崎宣武)、代表歌300首選(日高堯子選)、自歌自注、作歌論(坂井修一)、歌集評(伊藤一彦、大辻隆弘、栗木京子)、エッセイ、アルバム、講演録、著書解題(草田照子)、自筆年譜など、盛りだくさんな内容で、これ1冊を読めば小高賢の概要を掴むことができると言っていい。

このシリーズには毎回、伊藤一彦によるインタビューがあるのだが、これがいつも読み応えがある。伊藤さんの人柄がインタビュアーに向いているのだろう。十分な準備をした上で、実にうまく相手の話を引き出している。

インタビューの中の「だから、伊藤さんたちと違う。学生時代から歌をやっている人と全然違う」という発言や、自筆年譜の「三十四歳の遅い、遅い出発である」という記述に見られる意識は、小高さんに常に付きまとっていたものだった。それが小高さんを他の歌人とは分けていたところであり、また、周りから見れば、もどかしくもあった点だったのだと思う。

巻末には亡くなった日に版元の青磁社に届いた「最後の手紙」も収録されている。その肉筆の文字を見ていると、本当に突然の死であったことがよくわかり、あらためて悲しくなる。

ぜひ、多くの方に読んでほしい。

一か所、高安国世ファンとしては残念な誤植がある。115ページの下段12行目。
この本がよく売れて、重版されて、誤植が直されたらいいなと思う。

2014年3月24日、青磁社、1800円。

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2014年04月09日

「現代詩手帖」2014年4月号

吉田隼人さんの連載「短歌なんか嫌いです」を読んで、何とも残念な気持ちになった。

「良し悪しの先の「批評」を」と題して、五島諭歌集『緑の祠』について書いている文章である。五島さんの歌を二首引いて、細かくその分析をしており、「なるほど」と思ったり、「そうかな?」と思ったりしながら読んだ。内容については、実物をお読みいただければと思う。

この文章は、おそらく私が角川「短歌」2月号に書いた歌壇時評「内向きな批評を脱して」を受けて、書かれたものだと思われる。「おそらく」と言うのは、それがどこにも記されていないからだ。

某誌の歌壇時評で、五島諭さんの歌集『緑の祠』から「良い歌」と「悪い歌」がそれぞれ挙げられていました。その評者の見識にここでわざわざ反論する意図はまったくないのですが、(…)

文章はこのように始まっていて、どこにも「角川短歌」とも「松村正直」とも書かれてない。私が書いた文章の一部が、名前も明示されずに引かれているのを見るのは、何とも落ち着かない。そうした書き方をすることに対して、非常に残念に思う。

ツイッターでは相手を明示しないで反応する「エアリプ」がしばしば行われるが、雑誌の文章においても、そうしたことがまかり通るようになってしまったのか。これでは、オープンな議論など期待できるはずもない。

「現代詩手帖」の読者のうち一体どれくらいの人が、吉田さんの文章を読んで、私の文章にアクセスできるだろうか。筆者名も掲載誌も掲載月もわからない文章を、どうやって探し出せばいいのだろう。出典を示さずに引用するのはアンフェアだと思わざるを得ない。

この件については「現代詩手帖」に連絡して、読者に元の文章の出典がわかるようにしてほしいとお願いした。担当者の方がどう判断されるかわからないが、今後のためにも曖昧にしておきたくはないと思う。

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2014年04月08日

近藤芳美の高安国世宛の葉書

ネットのオークションに、近藤芳美の高安国世宛の葉書が3点出品されていた。
残念ながら落札できなかったのだが(落札価格は8000円)、葉書の文面はネットで読むことができる。
http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/177756566


【昭和48年1月2日】
賀正
かくひそかに明日に満ち行くものは聞け冬芽のこずえすでにうるむ空
                    芳美
元旦

年賀状である。
書かれている短歌は、歌集『アカンサス月光』に「冬芽 ― 一九七三年新年詠 ―」と題して収められているものだ。

【昭和48年11月30日】
「高安やす子」資料をお送りいただき、何とか原稿をまとめました。御礼申上げます。
わたしは新米の教師となりましたが、学生問題で少々閉口しています。
勉強のつもりと、精を出してはいますが。 十一月二十八日

近藤が「高安やす子」について、何か文章を書いたのだろう。あるいはアララギの女流歌人について、というような内容かもしれない。詳細はまだわからない。

この年、近藤は清水建設を退職して、4月から神奈川大学工学部建築科の教授となっている。「新米の教師」は、それを指している。

【昭和?年7月18日】
カフカの訳書拝受。
御礼申上げます。大変なことと察します。年のせいか、いろいろめんどうになりました。早く歌だけ作る生活に入りたい思いしきりです。 七月十七日

消印が読めないのだが、おそらく昭和46年のもの。
葉書の郵便料金が7円であったのは、昭和41年7月〜47年1月まで(その後、10円に値上げ)。その間に、高安が刊行したカフカの訳書は

・『変身・判決・断食芸人 ほか2篇』 講談社文庫 昭和46年7月
・『変身・判決ほか』 講談社、世界文学ライブラリー24 昭和46年10月

の2点である。葉書には7月の日付があるので、高安から近藤に贈られたのは、おそらく講談社文庫の一冊であると思われる。

「早く歌だけ作る生活に入りたい」という思いが、翌々年の清水建設退職につながったのだろうか。

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2014年04月07日

田中康弘著 『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』


全国各地の狩猟の現場を取材したドキュメンタリー。西表島のカマイ(イノシシ)、宮崎県のイノシシ、大分県のシカ、高知県のハクビシン、大分県のアナグマ、礼文島のトド猟が紹介されている。

著者はフリーのカメラマンであり、この本にも200点近いカラー写真が載っている。どれも現場に居合わせているような迫力のある写真で、ものを食べる、肉を食べるとはどういうことか、深く考えさせられる。

20年以上前に秋田県の阿仁マタギと知り合って一緒に山へ行くようになって以来、私はざまざまな猟場へと足を運び取材した。その過程で強く感じたのは、狩猟が地域の食文化と密接に関わっているということだった。
日本人がどこから来て、何を食べて日本人になっていったのか。もちろん、そんな高尚な学問的探求心ではなく、知らない土地を歩き、話を聞き、そして食べて理解したいのである。“論より証拠”ならぬ“論より食”なのかもしれない。

こうした考えに共感するとともに、著者の問題意識や取材が長年にわたって継続している点にも感心する。

2014年4月10日、えい出版、1500円。

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2014年04月05日

高瀬毅著 『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』


原爆によって破壊された長崎の浦上天主堂の遺構をめぐるノンフィクション。2009年に平凡社より刊行された単行本を文庫化するに当って、東日本大震災に関する記述が追加されている。

浦上天主堂の遺構は当初「原爆資料保存委員会」から保存の答申が出され、長崎市長や教会側も保存に前向きであった。しかし、米セントポール市と長崎市の姉妹都市提携や、市長や司教の渡米を期に状況は一転し、昭和33年に取り壊されてしまう。その背景には一体何があったのか。これが本書のテーマである。

小さな資料の積み重ねによって、大きな歴史の動きがまざまざと浮かび上がってくる。そこにはミステリを読むような興奮がある。途中、筆者の推測や憶測が先行しているのではないかとの危惧も感じたのだが、後半になるに従って修正されていった。

何よりも、筆者が自分の推論に不利な証言もきちんと収めているところに信頼を覚える。これは当り前のことのようでいて、意外に難しいことだろう。自分の論に有利な証言や証拠だけを選んで載せることも可能だからだ。

資料の調査には「ネットリサーチのための専門のスタッフ」が協力したと言う。図書館や資料館での調査や当事者への取材に加えて、今ではネットでの検索も、ノンフィクションを書く上で欠かせないものになっているのだろう。

2013年7月10日、文春文庫、650円。

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2014年04月04日

伏見桃山城

IMG_3651.JPG

わが家から歩いて15分ほどのところにある伏見桃山城。
お天気が良くて、花見に来ている人が大勢いる。

この城は歴史的なものではなく、以前あった遊園地(伏見桃山城キャッスルランド)のために建てられた模擬天守である。10年ほど前、遊園地が閉鎖された時にこの城も取り壊される予定だったのだが、地元の反対があって残されたという経緯がある。

以前は城の中にも入れて、資料館や展望台のようになっていたのだが、耐震性に問題があることがわかり、今は立入禁止になっている。

posted by 松村正直 at 07:45| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

大野芳著 『8月17日、ソ連軍上陸す』


副題は「最果ての要衝・占守島攻防記」。

千島列島の最北端、カムチャツカ半島に面する占守島(しゅむしゅとう)。終戦後の8月17日から、この島をめぐって行われた日本軍とソ連軍の戦いを描いたノンフィクションである。

多くの当事者に取材を行い、その証言や手記などをもとに、戦闘の状況や経過を実に詳しく描き出している。従来8月18日未明とされてきたソ連軍の上陸を17日深夜としたのも、その一つだ。

あとがきには

わたしが取材を始めたのは、昭和五十四年でした。残念なのは、本にするまでに二十九年を経過し、当時取材させて戴いた方々の多くが他界され、また病床におられるという時間の現実です。

とあり、この本が出版されるまでの苦労がよくわかる。

当事者の証言を集めていく中で、いくつかの疑問点や矛盾も生じる。戦場では誰もがすべてを把握して行動しているわけではないし、自分に不利なことは誰も語りたがらない。そこに、戦史の難しさがあるのだろう。

司馬遼太郎の「秋田県散歩」にも、実はこの戦いの話が出てくる。司馬は満州の四平にあった陸軍戦車学校時代の友人を、この戦いで亡くしているのである。

私の友人は、すくなくとも四人戦車のなかで死んだ。高木弘之(舞鶴市)、蘆田章(福知山市)、田中章男(京都市)、吉村大(京都市)である。

2010年8月1日発行、新潮文庫、514円。

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2014年04月02日

8年間

この8年間、夏休みや正月に山梨の家へ行くたびに、塚原さんには車であちこち連れて行ってもらった。息子の喜びそうな場所は、ほとんど行っただろう。

四尾連湖
湯之奥金山博物館
富士川クラフトパーク
富岳風穴、鳴沢氷穴、西湖コウモリ穴
本栖湖、河口湖
富士サファリパーク
身延山
富士川ラフティング
南部の火祭り

楽しかった思い出がいくつもある。
私は最後まで「塚原さん」としか呼ばなかったが、息子は「山梨のおじいちゃん」と呼んで慕っていた。それを、せめてもの慰めのように、いま思い返している。

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2014年04月01日

葬儀

葬儀はホールやお寺ではなく、山梨県身延町の自宅で行った。
8年前に田舎暮らしがしたいと言って東京から移り住んだ家である。

自宅葬ということで、まずは部屋の整理や片付けから始める。
これが、なかなか大変であった。
テーブルや椅子を運んだり、ベッドを移動したり、障子や襖を外したりする。

葬儀の準備や当日の受付など、多くのことを地元の組(自治会)の方々が行って下さった。親切な方ばかりで、本当に頭の下がる思いがする。田舎暮らしというのは、ただ環境が良い所に住むというのではなく、こうした地域の方々の暮らしの中へ入っていくことなのだと実感した。

通夜、告別式、初七日を済ませて、後片付け。
忙しい3日間であったが、自宅葬で送ることができて本当に良かったと思う。

posted by 松村正直 at 06:29| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする