2013年10月29日

時評など

下記の時評などで 『高安国世の手紙』 を取り上げていただきました。

 ・鈴木竹志「成熟した評伝」(「コスモス」11月号「展望」)
 ・大松達知「気になるホン・ほん・本」(「コスモス」11月号)

ありがとうございました。

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2013年10月28日

佐佐木秀綱

「心の花」の昭和17年12月号を読んでいる。
時期が時期なだけに、戦争に関する歌が多い。
巻頭は佐佐木信綱の「大東亜文学者大会讃歌」と題する4首だ。

でも、戦時中とは思えないのどかな歌もけっこうある。
印象に残ったのは佐佐木秀綱の作品。
「箱根にて」と題する4首が載っている。
明星が朝日をうけてきれいすぐ下の真白い八千代橋をハイキングの人が大勢通る
芦の湖の水はこく青い汽船から向ふ岸まで二十米位泳ぎたいなと僕は思ふ
朝早く明星が岳は霧で見えず滝川の音ばかりすぐ近く聞える
ふろ場の真黒い屋根の上にさるすべりの花が真赤に咲いてゐる向ふの山は遠く青い

口語自由律の歌である。
他はほとんど文語定型の歌がならんでいる中で、ひとり異彩を放っている。

名前から見て、弘綱―信綱―治綱と続く家系のどこかに位置する人なのだろう。隣りに「明星ヶ岳」と題する佐佐木公子の2首も載っていて、おそらく夫婦に違いない。

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2013年10月27日

永井祐歌集 『日本の中でたのしく暮らす』

なついた猫にやるものがない 垂直の日射しがまぶたに当たって熱い
「台風がもうすぐくるよ」コーヒーに注ぐミルクの口開けながら
スキー板持ってる人も酔って目を閉じてる人も月夜の電車
アルバイト仲間とエスカレーターをのぼる三人とも一人っ子
半そでのシャツの上からコート着てすきとおる冬の歩道を歩く
朝からずっと夜だったような一日のおわりにテレビでみる隅田川
缶コーヒーと文庫をもって立っている足元に吹いてくる夏の風
明るいなかに立っている男性女性 こっちの電車のがすこしはやい
電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根
青と黒切れた三色ボールペン スーツのポケットに入ってる

意識を集中するのではなく、拡散していく。同時に二つ以上のことに意識が向いている。そうした歌の作り方に一番の特徴があるように思う。中心が一つの「円」ではなく、焦点を二つ持つ「楕円」のような感じ、とでも言おうか。

それは、私たちの日常の意識のあり方としてはむしろ普通のことなので、短歌でもその方法がうまく行くと、非常にリアルな印象の作品が生まれる。

2012年5月20日、ブックパーク、1300円。

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2013年10月26日

奈良

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今日は用事があって奈良へ行ってきた。
JR奈良駅は駅前広場が工事中。

駅が高架になったのに伴って、旧駅舎は少し場所を移動して「奈良市総合観光案内所」として使われていた。取り壊されずに済んで良かったと思う。

僕は生まれ育ちは東京なので、京都や奈良は「修学旅行で行く所」というイメージが強い。京都に住んで12年、さすがに京都にはなじんできたが、奈良はいまだに昔のイメージのまま。家から1時間もかからないのだが、遠くまで旅行してきた気分になる。

今日は鹿も大仏も見ずに、とんぼ返り。
また時間のある時にゆっくり遊びに来たい。

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2013年10月25日

歌人の年譜

中西亮太さんのブログ「和爾、ネコ、ウタ」をいつも楽しみに読んでいる。
少し前の話になるが、そのブログに「永井陽子を探して」という文章が4回にわたって掲載された。

その中で、永井陽子が1973年に創刊された岡野弘彦の「人」に参加していたこと、その事実が永井の年譜には記されていないことが述べられている。

年譜というのは、何が書かれているかがもちろん大切だが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、何が書かれていないかということも、実は大切な要素なのだろう。例えば、『高安国世全歌集』の年譜には、こんな記述がある。
昭和三十八年 十一月、京都大学教授となる。

高安が京大の教授になったことに関するものだが、どの学部の教授かは書かれていない。年譜だけを読んでいると、京大文学部独文科の教授であるかのような印象を受ける。けれども、実際には、高安は教養部の教授であった。

この件については『高安国世の手紙』にも詳しく書いたが、文学部ではなく教養部の教授であるということは、高安にとって嬉しいことではなかった。だからこそ、生前のプロフィールにはもちろん、死後に刊行された全歌集の年譜からも、注意深く省かれているのである。

こうした例は、他にもいくつもある。

河野裕子の年譜はこれまでに何種類も出ているが、それぞれ見比べてみると内容に変化があることがわかる。何が追加され、何が省かれたかということからも、河野の人生の一部を垣間見ることができる。

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2013年10月24日

小泉英政著 『土と生きる 循環農場から』


無農薬・無化学肥料で育てた季節の野菜を、定期的に会員に届けるという形で農業を行っている著者が、有機農業のあり方や野菜のあれこれについて記した本。野菜と一緒に会員に届ける「循環だより」が元になっている。

後半は、一転して著者の半生を記した自伝的な内容。成田空港建設反対運動に加わって三里塚に移住し、現地に住む女性の養子となって就農。仲間とともに有機野菜の産地直送を始め、その後、独立するまでの軌跡を記している。

40年以上という歳月をかけて、著者は自らの思想や運動を実践し、証明してきたのだ。思想の是非を超えて、その歳月と人生の持つ重みに心を打たれる。
農民の特技のひとつは、仕事を通して風景を創造することができることだ。
農村に限らず、その土地、その地の環境は、そこに暮らす人々の日々の働きかけによって、形づくられたもので、それ故に、また作り変えることも可能だということだ。

福島の原発事故は、著者の農場にも大きな影響を及ぼした。「野菜を食べることは、その育った土を食べることだから、食べられる土を作ろう」という考えのもとに著者の積み重ねてきた努力。それを全て無にしてしまう事故が起きたのだ。あらためて、原発問題の大きさを感じさせられた。

2013年9月20日、岩波新書、760円。

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コスモス

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屋上に咲いているコスモス。
花びらが筒状になっているのが珍しい。

写真だとわかりにくいが、白い花の方も筒状になっている。
こんなコスモスがあることを初めて知った。

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2013年10月22日

雑感

他の人の書いた評論や文章を読んで、あれこれ言うのは簡単である。
でも、自分で書くのは難しい。
それは、テレビでマラソン中継を見ているのと、自分でマラソンを走るのくらいに違う。

実際に自分で書いてみると、考えていることや思っていることの何割も書けないことに
気がつく。書く前の構想の大きさに比べて、書き上がった文章の貧弱さに、自分でも
驚いてしまうほどだ。

読むと書くでは大違い。
だからこそ、まずは自分で書いてみるのが大切なのだと思う。

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おにぎりせんべい

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マスヤのおにぎりせんべい(ファミリーパック)を買ったら、「47都道府県パッケージ」というものだった。パッケージの図柄が都道府県別になっていて、「千葉・九十九里浜」とか「石川・兼六園」とか、各県の名所が描いてある。

それだけでなく、「おにぎりせんべい認知度調査」の結果も載っている。その県の県民100人に聞いて、何%の人がおにぎりせんべいを知っていたかというもの。
 兵庫県・・・100%
 愛知県・・・100%
 石川県・・・ 78%
 千葉県・・・ 66%
 神奈川県・・59%
 新潟県・・・ 28%

マスヤは三重県伊勢市の会社なので、やはり西日本で知名度が高いのだろう。

僕(東京出身)が初めておにぎりせんべいを知ったのも、大学で関西出身の友人と知り合ってからのこと。それまでは名前を聞いたこともなかった。これは赤福も同じ。どちらも大学時代に初めて知り、友人の帰省の土産をもらって初めて食べたのであった。

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2013年10月20日

大森静佳歌集『てのひらを燃やす』批評会

大森静佳さんの歌集批評会にパネルディスカッションの司会として参加します。
皆さん、どうぞお越し下さい。

【日程】 2014年2月8日(土)13:30〜17:00(受付13:00〜)

【パネリスト】 大口玲子(心の花)、服部真里子(未来)、吉川宏志
        松村正直(司会) 総合司会: 江戸雪

【発起人】 永田和宏、吉川宏志、江戸雪、松村正直、石川一郎
【会場】  京都テルサ
【会費】  批評会2000円   懇親会5000円

【申し込み先/問合せ】 藤田千鶴 chizuru@r6.dion.ne.jp
*お申込み時に懇親会の出欠をお知らせください。

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2013年10月18日

池内紀著 『きまぐれ歴史散歩』


旧石器が出土した岩宿遺跡、空海が開いた高野山、平家滅亡の壇ノ浦、京都伏見の寺田屋、足尾の銅山、特攻隊の出撃した知覧など、歴史の舞台となった町を訪ねて日本の各地を旅したエッセイ。全26篇。

「歴史の洗礼を受けた土地は、奇妙なオーラをおびている。余光・残照といったものだ。たたずまいが微妙にちがう」と述べる著者が、その土地の持っている雰囲気や味わいを言葉で描き出していく。
会津戦争は太平洋戦争末期の沖縄戦とよく似ている。圧倒的な敵軍に対して、老いも娘も竹槍で突進し、暗黙の強制のなかで集団自決をした。早トチリの白虎隊は時代の経過のなかで美しい悲劇となり、会津戦争のみじめさを覆い隠した。日本人の頭にスリこまれた白鉢巻の少年は、のちの特攻隊や、ひめゆり部隊の原型ではなかろうか。

歴史は過去のものではなく、常に現在のものである。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」を見て、ちょうど同じようなことを感じていたので、印象深い一節であった。

2013年9月25日、中公新書、760円。

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2013年10月17日

修学旅行

今日から息子は1泊2日で、名古屋方面に修学旅行。

出がけに見ると、シャツの襟元の二つ目のボタンが外れている。
一番上は留めているので、襟元がOの字型に開いたような格好になっている。

「ボタン留めないとみっともないぞ」と言うと、
「ここは留まんないの。さっき確認した」と言う。

近寄って見ると、隠しボタンになっているだけだ。

「これは、隠しボタンと言ってな・・・」と説明すると、
「なるほど!」と感心したように頷いて、「じゃ、行ってきま〜す」と出て行った。

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2013年10月16日

赤彦と赤彦が妻

「歌壇」11月号の特集は「斎藤茂吉『赤光』刊行百年をめぐって」。
特集の内容については後日また触れることにして、少し別の話を。

『赤光』には「赤」という色がたくさん出てくることが知られている。
有名な歌を挙げれば
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり
赤茄子の腐れてゐたるところより幾程(いくほど)もなき歩みなりけり
赤き池(いけ)にひとりぽつちの真裸(まはだか)のをんな亡者(もうじや)の泣きゐるところ

など、いくつもある。「紅」「あかき」なども含めれば、かなりの数にのぼるだろう。

今日、用があって「悲報来」10首を読んだのだが、ここにも「赤」は登場する。
氷(こほり)きるをとこの口(くち)のたばこの火赤(あか)かりければ見て走りたり

そして、もう一首。
赤彦(あかひこ)と赤彦が妻吾(あ)に寝よと蚤とり粉(こな)を呉れにけらずや

もちろん、この歌の「赤彦」は人名であって、REDの意味はない。けれども、それではどんな名前でも良かったのかと言えば、おそらくそうではないだろう。やはり「赤」彦だったからこそ、歌に名前を詠み込んだのではあるまいか。

「悲報来」の一連を改めて読んでみて、ふとそんな感想を持った。

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2013年10月14日

デュクセルをナッペした

昨日は結婚式に参加して、美味しいフランス料理をいただいた。
メニューに書かれている料理の名前が長いことにまずびっくり。
きのこのデュクセルをナッペした
真鯛のローストと白いんげん豆のクーリー
酸味を残した赤ワインソース

「デュクセル」「ナッペ」「クーリー」といった言葉の意味がわからず、思わずホテルの人に聞いてしまった。今、あらためてフランス料理情報サービスの用語集(http://www.french.ne.jp/modules/xwords/) というので調べてみると
デュクセル・・・シャンピニョンのみじん切りをタマネギ、エシャロットのみじん切りとともにバターで炒めて水分を蒸発させ、旨みを凝縮させたもの。料理の詰め物やソースのベースなどに使う。
ナッペ・・・クリームやチョコレート、ジャム、シロップなどを塗ること。料理全体を包み込むようにソースをかけることも指す。
クーリー・・・液体状のもの。トマト、果物、野菜などを裏ごししてピュレ状にしたもの。

ということになる。意味がわかるとすっきりする。
確かにテーブルに出されたのは、その通りの料理であった。

メニューに、こういう注釈も書いてくれるといいんだけど、そうも行かないんだろうな。

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2013年10月11日

締切・締切・締切

12月の年間回顧用の文章が多いためか、今月締切の原稿依頼が非常に多く、
連日綱渡りの状態になっている。これまでで一番多いかもしれない。

当初の計画はズタズタになってしまい、もう手当たり次第という感じだ。
一つずつ片づけていくしかない。

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今日は私の人生にとって、非常に大切な一日。
何とか無事に終わってほしい。

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2013年10月10日

解体か保存か

小学6年の息子は、毎晩、家で音読の宿題をする。教科書の文章を読むので、こちらはそれを聞くことになる。

今日は国語の「『平和』について考える」という章であった。そこには大牟田稔「平和のとりでを築く」という文章が載っている。広島の原爆ドームが世界遺産になるまでの経緯を記した内容だ。
原爆ドームを保存するか、それとも取りこわしてしまうか、戦後まもないころの広島では議論が続いた。保存反対論の中には、「原爆ドームを見ていると、原爆がもたらしたむごたらしいありさまを思い出すので、一刻も早く取りこわしてほしい。」という意見もあった。

現在の感覚では原爆ドームを取り壊すなど考えられないように思うが、当時はこのように解体か保存か、意見が大きく割れていた。何かが少し違っていたら、原爆ドームはなくなっていたかもしれないのである。

こうした問題は、何も昔の話ではない。

東日本大震災のいわゆる震災遺構についても同じことが言える。解体か保存かという議論の末に、最近になって、気仙沼市の「第18共徳丸」や南三陸町の「防災対策庁舎」の解体が決まった。一度失われたものは取り戻せない。何十年か経った時に、そのことをどう思うだろうか。

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2013年10月09日

鮭とチョウザメ

新巻鮭(あらまき)のかたちにサハリンぶらさがり天気図はけふ北東の風
            前川佐重郎 『孟宗庵の記』

サハリン(樺太)の形を鮭に喩えるのは、日本では古くから定番であったようだ。
昭和17年に出た下村海南の随筆集『二直角』にも
鮭に似た樺太の島は真二つに切られてあるも北緯五十度

という歌が載っている。これは当時、北緯五十度を国境として、北側はソ連領、南側が日本領であったことを詠んだものである。

日本人がサハリンの形を「鮭」に喩えるのに対して、ロシア人は「チョウザメ」に喩えるらしい。チェーホフの『サハリン島』の中に、こんな記述がある。
サハリンを蝶鮫にたとへることは、南部の場合は殊にふさわしく、全く魚の尾鰭にそつくりである。尾の左端はクリリオン岬、右は―アニーワ(亜庭)岬と呼ばれ、その間の半円形をなした入江を―アニーワ湾といふ。

「鮭」と「チョウザメ」。
そこには日本人とロシア人が普段なじんでいる魚の違いが表れているのだろう。

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2013年10月08日

前川佐重郎歌集 『孟宗庵の記』


ありふれた空のをちこち見渡して双眼鏡が鳥をかぞへぬ
一着のスーツにポケットいくつある春の衢(ちまた)を黄砂がつつむ
おそろしき孔雀一羽の変身よ動物園は花ざかりなり
この町に書店の消えし白昼を僧侶が経をとなへつつゆく
昇りつつ二人(ふたり)となりしエレベーター背後の影に殺気はあらず
うつくしき箸の使ひ手まへにして虎魚(をこぜ)は皿に横たはりたり
参道を綿菓子ふたつ手にもちてけむりのやうな童女がよぎる
いつまでも女男(めを)が忘れし影ふたつ鎌倉のうみに夜が近づく
指先でまはす地球儀ゆるやかに風が吹くなり独りの部屋に
遡上するさかなの群れを見下ろしてやうやく家に帰りたくなる

527首を収める第4歌集。

奇想とも呼ぶべき自由な発想や、上句から下句にかけての飛躍が特徴で、ユーモアを交えつつ、日常に潜む不思議や不安を描き出している。モダニズム短歌の代表的な歌集である前川佐美雄『植物祭』(昭和5年)に、遠く通じる部分があるように思う。

鎌倉大仏、七里ヶ浜など、現住所である鎌倉を詠んだ歌も多い。小学生のころから何度も訪れたことのある地なので、懐かしさを覚えた。

2013年4月8日、短歌研究社、3000円。

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2013年10月07日

杜澤光一郎著 『宮柊二・人と作品』

宮柊二生誕百年記念出版、コスモス叢書第1018篇。

第一部には宮柊二についての評論やエッセイ、第二部には宮柊二の秀歌鑑賞100首を収める。本書の特徴は第二部にあると言っていいだろう。

「その一首を声に出して読む場合、どのようなリズムとイントネーションと節調に注意すべきか、筆者の考え方の提示も必要」とあとがきに記すように、著者は一首一首の読み方に関して細かな指示を出す。そのあたりはかなり個性的で、賛否両論があると思うのだが、意味だけでなく調べを重んじる姿勢には共感する。
おそらくは知らるるなけむ一兵(いつぺい)の生(い)きの有様(ありざま)をまつぶさに遂(と)げむ  『山西省』

柊二の代表歌であるこの一首についても、著者はこれまでの鑑賞が「概して気分的で、ことにその下半句に対する詳しい解釈・検討は、ないがしろにされているきらいがある」とした上で、「一兵」「有様」という言葉の意味や使い方に注目する。そして、それらが「柊二の造語といってもよいもの」であることを突き止め、その効果を明らかにしている。

こうした鑑賞から学ぶことは多い。400ページを超える分量も含めて、労作と言うべき一冊である。

2013年5月15日、いりの舎、3500円。

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2013年10月06日

金色のちひさき鳥

与謝野晶子つながりで。
金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
          与謝野晶子 合同歌集『恋衣』(1905)

晶子のこの一首は小学校の教科書にも載っている。
「金色のちひさき鳥」のイメージが鮮やかで、人気のある歌である。

その証拠に、現代でもこの歌を踏まえた歌が数多く作られている。
金色(こんじき)のちひさき鳥という比喩を踏みつけて歩(ゆ)く銀杏並木路
          宮原望子 『これやこの』(1996)
風立たば金の小鳥の舞ふといふ銀杏大樹を来たりて仰ぐ
          来嶋靖生 『肩』(1997)
「金色(こんじき)のちひさき鳥」のちりぢりに濡れて死にゐる境内とほる
          小池 光 『時のめぐりに』(2005)
金色のちいさき鳥のかたちしてセシウム帯びし銀杏が散るよ
          久々湊盈子 『風羅集』(2012)

100年以上経っても、「金色のちひさき鳥」のイメージはこうして脈々と受け継がれているのだ。これも晶子の歌の持つ力と言っていいだろう。

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2013年10月05日

トヨタのCM

昨日、短歌の集まりで「真木よう子が晶子の短歌を口ずさむCMがいいよね〜」という話が出た。テレビをあまり見ないせいか、何のCMの話かわからなかったのだが、帰ってきて夜テレビを見ていたら、早速そのCMが流れた。

トヨタのハイブリットカー「SAI」のCMで、車の助手席に乗った真木よう子が、与謝野晶子の「柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君」を口ずさんでいる。なるほど、これか。確かになかなか色っぽい。

ネットでも見られます。



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2013年10月01日

歌集の後記

歌集を読んでいて、後記に書かれた文章に励まされることがある。
どんな歌人でも、やはり悩みながら、迷いながら歌を作っていたんだなあと感じる。
歌境は個性にもとづく特徴をもちながら年齢の推移に応じて変化してゆく。何時までも変化がないとしたら、それは流動進展がないのだからよろこぶべきことではあるまい。また周囲に反応してたえず変化するとしたら、それも神経が弱いといふことになるだらう。         佐藤佐太郎『形影』後記
私の作品はもう変心したものなのだらう。ただ、私は自分に課して悔いざらんとしたことが一つある。作者自らが自分の作品を信じないで誰が信じてくれるだらうかと言ふことである。           宮 柊二『晩夏』後記

posted by 松村正直 at 17:13| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする