2013年02月28日

柳父 章 著 『翻訳語成立事情』

著者名は「やなぶ・あきら」。

幕末から明治にかけて生まれた翻訳語の成立過程を分析しながら、翻訳語の持つ問題点や西洋思想を翻訳して取り入れたことで日本が抱えた難しさについて論じた本。取り上げられている言葉は「社会」「個人」「近代」「美」「恋愛」「存在」「自然」「権利」「自由」「彼、彼女」の10個。30年以上前に出た本だが、名著と言われるだけのことはあり、刺激的な一冊である。

著者の考えによれば、翻訳語と原語は同じ意味を持つのではなく、漢字を用いた難しそうな翻訳語は、そこに何か重要な意味があるのだと示す働きをしているということになる。
日本語における漢字の持つこういう効果を、私は「カセット効果」と名づけている。カセットcassetteとは小さな宝石箱のことで、中味が何かは分らなくても、人を魅惑し、惹きつけるものである。

次の文章も基本的に同じことを言っているだろう。
しかし、およそ物事は、すっかり意味が分った後に受け入れられる、とは限らない。とにかく受け入れ、しかる後に、次第にその意味を理解していく、という受け取り方もある。私たちの翻訳語は、端的に言えば、そのような機能をもったことばなのである。

幕末から明治にかけて、手探りで西洋語を翻訳した福沢諭吉、西周、森鴎外、中村正直といった人々の苦闘の跡が甦ってくる。また、翻訳をめぐる問題が決して過去のものではなく、現在にも受け継がれている問題なのだということをまざまざと感じさせられた。

1982年4月20日、岩波新書、720円。

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2013年02月27日

2・26事件と雪

少年の日の二月二十六日かの日より追憶はいよよ暗くなりゆく
           岡野弘彦『冬の家族』
走りゆきし軍靴の凹み雪のうへに殘りき二月廿六日明け方の凹み
           森岡貞香『少時』

2・26事件が起きたのは昭和11(1936)年のこと。
その日の東京は雪であった。

工藤美代子著 『昭和維新の朝 二・二六事件と軍師斎藤瀏』 には、当日の様子が次のように書かれている。
 夜来の雪は朝がたになってその量を増したようだった。
 斎藤瀏は浅いまどろみの中で雪の降る光景を見たような気がしていた。輾転反側、五時ごろには起き上がった。まだ電話は鳴らないな、と思いながら廊下の雨戸を開ければ思ったとおり一面の雪景色だった。

そんな雪景色の早朝5時に、一斉に襲撃が行われたのである。

「歴史上の事件」×「雪」ということで思い出すのは、忠臣蔵、桜田門外の変、そしてこの2・26事件といったところだろうか。そう考えると、みなテロ事件であるということも含めて、何か共通点が多いような気がする。

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2013年02月26日

勉強会「近世から近代へ―うたの変遷」第2回のお知らせ

勉強会「近世から近代へ―うたの変遷」の第2回は、現在「短歌往来」で「近世和歌を歩く」を連載中の盛田帝子さんをお迎えして、下記の通り行います。
皆さんのご参加をお待ちしております。

日時 4月27日(土)13:30〜16:30
場所 京都テルサ 東館2階「研修室」
   *JR京都駅より徒歩約15分、近鉄東寺駅より徒歩約5分、地下鉄九条駅より徒歩約5分

プログラム
 13:00      開場
 13:30〜13:40 開会挨拶
 13:40〜15:10 講演「近世和歌の変容―近代短歌への胎動」盛田帝子氏
 15:10〜15:30 質疑応答
 15:30〜16:20 フリートーク
 16:20〜16:30 閉会挨拶
 16:30      終了(予定)

会費 2000円
申込先 大体の人数を把握したいと思いますので、参加される方は下記までご連絡下さい。
      〒612-0847 京都市伏見区深草大亀谷大山町20-3-202
             松村 正直
      TEL/FAX 075-643-2109 メール masanao-m@m7.dion.ne.jp

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2013年02月25日

雨宮雅子歌集『鶴の夜明けぬ』

しぐるるにかなしきものの匂ひして河岸は名のみを路傍に残す
おそき夜の灯に手をさらすまぎれなくみづからの手の動くを見つつ
雷はしる刹那刹那を神の手の白きはのびるはくれんのうへ
草いきれより舞ひあがる黒揚羽母なりし日はとほく小さし
硝子売りなどはきたらず一日を無聊のままに部屋にこもれど
白孔雀ひるのひかりをあゆみつつましろくわたるわが胸のうへ
黒揚羽ゆらりと去りし夏草のうへをほほゑみしばし漂ふ
星影を映すすなはち星ノ井と碑に記されて顧みられず
いたはりの声やさしみの声みちたればわれの苦界ははてなかるべし
一日のひかり書物のうへに閉づ骨の林を風吹きすぎぬ

雨宮雅子さんの第1歌集。昭和51年に鶴工房より出版された本の文庫化。

この歌集は雨宮さん47歳の時のもの。18歳の頃から短歌を作っていたにしては、かなり遅い出版と言っていいだろう。巻末の年譜には、26歳から40歳にかけて「再婚・出産・離婚・子供との離別、いくどかの病気・入院、出版編集などの職業を経験。その間十年ほど作歌を中断(…)」とある。

こうした「悪戦苦闘のにがい物語」(竹田善四郎氏によるあとがき)については、この歌集で直接詠われてはいないが、その影は非常に濃く感じられる。「さびしさ」「かなしみ」を詠んだ歌が多く、全体のトーンは明るくない。その一方で、作者の芯の強さも伝わってくる。そうした強さは昨年出た第10歌集『水の花』まで一貫しているのだろう。

風や空や植物・昆虫などを詠みながら、そこに自身の心情を重ね合わせていく。どの歌も実際の景色であるとともに、作者の心象風景でもあるような、そんな不思議で魅力ある世界が生み出されている。

2013年2月20日、現代短歌社第1歌集文庫。700円。

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2013年02月23日

「近世から近代へ―うたの変遷」第1回

P10302151.jpg

勉強会「近世から近代へ―うたの変遷」の第1回。
13:30から京都梅小路公園の「緑の館」イベント室にて。
参加者は39名。

安田純生さんの講演「旧派和歌の初まなび」を聴く。

大和田建樹『歌の手引』、富士谷御杖『詞葉新雅』、佐々木信綱『歌の栞』、有賀長伯『和歌麓の塵』、鈴木重胤『今古和歌うひまなび』、落合直文『新撰歌典』といった旧派和歌の入門書をもとに、当時の人々がどのように和歌を学び、歌を作っていたのかを非常に具体的に示していただいた。

「俗語。卑語。音便。鼻音(撥音)。拗音。詰音(促音)。半濁音。字音。」は用いてはならない言葉であったこと、雅言(歌の言葉)から俗言(日常語)を引く辞典だけでなく、俗言から雅言を引く用語辞典もあったこと、旧派和歌の入門書が大正期になっても版を重ねていたことなど、興味深い話が盛りだくさん。もっともっと、話を聴いていたかった。

その後、質疑応答、お茶とお菓子をつまみながらのフリートークと続いて、16:30終了。

第1回が盛況のうちに無事に終わってホッとしている。
安田さん、本当にありがとうございました。

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2013年02月22日

原口隆行著 『文学の中の駅』

副題は「名作が語る“もうひとつの鉄道史”」。

昭和53年から60年にかけて季刊誌「旅と鉄道」に連載された文章をまとめたもの。同じ著者の『鉄路の美学』と姉妹編になっている。

小説、紀行文、随筆、詩歌などの文学作品に登場する鉄道の姿を通して、その当時の鉄道の状況や時代の様子を描き出す内容となっている。「文学は極めて局部的、部分的にではあるが、そこに登場する鉄道をじつに生き生きと、しかも臨場感豊かに再現してくれる」(あとがき)という一文に、著者の意図は示されているだろう。

取り上げられている作品は、松本清張『点と線』、内田百間(門+月)『東海道刈谷駅』、芥川龍之介『庭』、川端康成『雪国』、石川啄木の短歌など。初出から20年以上の歳月が経っているが、その後の状況についても本書刊行時点に加筆されており、時代の移り変わりをたどることができる。

我孫子が大正時代に多くの文人を迎えて「北の鎌倉」と呼ばれていた話や、鉄道マンであった啄木の義兄のエピソード、「終着駅」という言葉の由来など、興味深い話がたくさん出てくる。

2006年7月25日、国書刊行会、2000円。

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2013年02月21日

「短歌往来」2013年3月号

連載「樺太を訪れた歌人たち」は3回目。
「北見志保子とオタスの社」の続きを書きました。
どうぞ、お読みください。

北見志保子についてはこれで区切りとして、次回からは松村英一について書いていきます。
永田さんの『近代秀歌』にも1首、松村英一の歌が引かれていました。
左様ならが言葉の最後耳に留めて心しづかに吾を見給へ
           『樹氷と氷壁以後』

作者90歳の時の最後の一首。

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2013年02月20日

中野敏男著 『詩歌と戦争』

副題は〈白秋と民衆、総力戦への「道」〉。

1920年代の大正期から30年代の総力戦体制の時代、そして戦後にかけての日本人の心情の変遷を、童謡、新民謡、校歌・社歌、歌謡といった詩歌を通じて描き出した本。その中で、北原白秋を始めとした詩人たちが体制翼賛の詩歌を自主的につくるに至った流れも、作品の分析をもとに丁寧に解き明かしている。

この本では短歌のことは取り上げられていないが、もちろん短歌にも共通する話であり、戦前から戦中、そして戦後に至る短歌史を考える上でも非常に示唆に富む一冊である。
(…)普通は「平和な戦間期」で「大衆文化」と「デモクラシー」が花開いた時代とみなされるこの時期にこそ、民衆の心情の深部にナショナリズムが本質主義的に根付き、来るべき総力戦期の国民精神総動員に向かう精神的な基盤が作られていった(…)
要するに、今日の時点から考えると暗い戦争の時代の幕開けとみなされがちなこの一九三〇年代の前半は、同時代の都会人の短期的な体験として見る限りで、大不況からの脱却という光が見出されていた時期であり、満州事変も、遠い中国の地で勃発しながら自分たちには戦争景気をもたらしてくれる絶好の営利チャンスとして植民地主義的感覚で受け入れられていたということです。
戦時の軍国歌謡イベントと戦後の労働歌謡イベントとは、少なくともその手法と担い手において実は密接なつながりがあったと認めなければなりません。

こうした、歴史観や歴史認識の見直し、組み替えとでもいった指摘が随所に見られ、「近代史の常識をくつがえす」という帯文もけっして大袈裟ではない。

「です・ます」体を用いた書き方や、「わたしたち」を主語にした論の進め方など、文体にも工夫が感じられる。戦後について論じた「終章」がやや結論を急いだ書き方になっているのが惜しまれるが、全体として非常に優れた内容の本と言っていいと思う。

2012年5月30日、NHK出版、1200円。

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2013年02月19日

「歌壇」2013年3月号

中西亮太さんの特別評論「若き日の葛原妙子―女学校時代から『潮音』参加まで」が面白かった。12ページという分量だが、一気に読ませる力作である。

これまであまり知られていなかった『潮音』入会以前の葛原妙子について、高等女学校時代の短歌や文章を紹介しつつ論じている。国文学研究においては当り前のことなのだろうが、一次資料に当って文章を書くことの大切さをあらためて感じさせられた。

しかも、単なる資料の発掘にとどまらず、そこに丁寧な分析を加えている点が光っている。
妙子は、すでに十代の頃に一度、詩歌の趣味に目覚めていた。『潮音』参加当初の歌を、あまり単純なもののように思わない方がよい。

という結論部分も、十分な論拠を示した上で記されたものなので、非常に説得力がある。
こうした評論を短歌総合誌で読めるのは、とても嬉しい。

posted by 松村正直 at 19:46| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

勉強会のお知らせ

「近世から近代へ―うたの変遷」と題する勉強会を3回にわたって開催します。
第1回は下記の通りです。皆さんのご参加をお待ちしています。

日 時 2月23日(土)13:30〜16:30
場 所 「緑の館」イベント室(梅小路公園内) *JR京都駅より徒歩約15分
プログラム
 13:00      開場
 13:30〜13:40 開会挨拶
 13:40〜15:10 講演 「旧派和歌の初まなび」安田純生氏
 15:10〜15:30 質疑応答
 15:30〜16:20 フリートーク
 16:20〜16:30 閉会挨拶
 16:30      終了(予定)

会 費 2000円
申込先 大体の人数を把握したいと思いますので、参加される方は下記までご連絡下さい。
   〒612-0847 京都市伏見区深草大亀谷大山町20-3-202
           松村 正直
   TEL/FAX 075-643-2109 メール masanao-m@m7.dion.ne.jp

*第2回は盛田帝子氏をお迎えして、4月27日(土)に京都テルサで行う予定です。

 「全3回」とありますが、3回とも参加しなくてはいけませんか?
 1回だけの参加も歓迎です。毎回違った講師の方をお招きする予定ですので、1回1回別々の内容になると思います。

 京都駅からは徒歩で行くしか方法はないですか?
 バスの路線も通っています。33・特33・205・208系統の「七条大宮・京都水族館前」または「梅小路公園前」下車。206系統の「七条大宮・京都水族館前」下車。土日祝に運行している「水族館シャトル」でも梅小路公園まで行くことができます。

 誰でも参加することができますか? 参加費はどのように払えばいいのですか?
 どなたでも参加できます。毎回おもしろく興味深い話を聴くことができると思いますので、ぜひお気軽にご参加下さい。参加費は当日、会場入口の受付でお支払い下さい。

 事前に申込まずに当日急に参加することはできますか?
 机や椅子の準備がありますので、できるだけ事前にご連絡いただきたいですが、会場は十分な広さがあり、当日の参加も大丈夫です。

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2013年02月17日

小沢昭一著 『芸人の肖像』

昨年12月に亡くなった著者は、俳優やラジオのパーソナリティーとしてだけでなく、民俗芸能の研究者としても知られている。その著者が撮影した膨大な写真の一部を、エッセイとともに収録した一冊。

万歳、春駒、ほおずき売り、バナナのたたき売り、節談説教、にわか、琵琶法師、江州音頭、浪花節、落語、幇間、ストリップ、相撲、三味線流し、見世物小屋、猿回しといった芸能に携わる人々の姿が記録されている。

写真の多くは1970年代のものである。
私が放浪遊行の芸能の残片を日本中に訪ねた期待は、芸による身すぎ世すぎの単純素朴な基本を、身をもって確かめたかったためである。時すでにおそく、今に残ったもののほとんどは形骸であったし、「保存」されたものには野をかけ巡っていたころのいぶきはなかった。しかしそれでもそういう中から、われわれ芸能者の受け継ぎそこねた芸の、心と腕前を、いくつか捜し出すことはできた。 (「万歳の門付体験記」)

このエッセイも1971年に書かれたもの。その後さらに40年以上が過ぎた今、著者の残した写真はかつての日本の姿を伝える貴重な記録となっている

2013年2月10日、ちくま新書、900円。

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2013年02月16日

さらに『近代短歌』のつづき

『近代秀歌』の100首選は、「できるだけ私の個人的な好悪を持ちこまず(…)選ぶよう心がけた」(はじめに)とあるが、もちろんそこには永田さんの好みが微妙に反映しているだろう。

アララギ系の歌人(左千夫、茂吉、赤彦、文明、節、憲吉、子規)が100首中35首を占めている。北原白秋(6首)より土屋文明(7首)の歌が多いことにも異論はあるかもしれない。しかし、それは誰が選をしても起きる問題であって、あまり気にしても仕方がない。

むしろ興味深いのは、次のような部分。
正直に言うと、私は会津八一の歌が苦手である。どうも生理的に受けつけないのだ。
(…)正直に言って、釈迢空の歌も、どちらかと言えば私には苦手な部類と言わなければならない。

何とも正直な告白(?)で、微笑ましさを感じる。これも会津八一や釈迢空の歌が好きな人からすれば「何で?」となるところだろう。

ただ、ここには永田さん個人の好みにとどまらない問題があるようにも思う。それは、この2人の歌人を現在の短歌史がうまく位置づけられていないという問題である。そうした位置づけの不安定さが、2人の歌に対する苦手意識にもつながっているのではないだろうか。

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2013年02月15日

『近代秀歌』のつづき

「短歌往来」に連載中の「樺太を訪れた歌人たち」では、最初に北見志保子を取り上げ、次のように書いた。
志保子はこのように歌壇に大きな足跡を残した歌人であるが、今では不思議と取り上げられることが少なくなっている。残念なことに、歌集を読むのも難しい状況である。

その北見志保子の歌が『近代秀歌』に1首選ばれている。
人恋ふはかなしきものと平城山(ならやま)にもとほりきつつ堪へがたかりき
              北見志保子『花のかげ』

短歌としてよりは、むしろ歌曲として知られている一首だろう。永田さんの鑑賞にも「北見志保子は不思議な歌人である。ほとんどこの一首だけで、短歌史に残る歌人となった」とある。逆に言えば、この一首以外はあまり知られていないということになるのかもしれない。

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2013年02月14日

永田和宏著 『近代秀歌』

「あなたが日本人なら、せめてこれくらいの歌は知っておいて欲しい」(はじめに)という近代短歌100首を選んで鑑賞を付した本。

取り上げられている歌人は全部で31名。引かれている歌の多い順に、斎藤茂吉(11首)、石川啄木(9首)、与謝野晶子(9首)、若山牧水(8首)、土屋文明(7首)、北原白秋(6首)・・・などとなっている。

歌の鑑賞とともに歌人の経歴や歌の作られた背景、あるいは先行する読みや鑑賞、議論になっている問題点なども押さえられているので、近代短歌のアンソロジー、入門書として、非常に具体的でわかりやすい一冊になっていると思う。

全体が「恋・愛」「青春」「家族・友人」「死」といった10の章に分けられているのだが、歌の配列にも著者の工夫がある。
父君よ今朝はいかにと手をつきて問ふ子を見れば死なれざりけり 落合直文
隣室に書(ふみ)よむ子らの声きけば心に沁みて生(い)きたかりけり 島木赤彦
篠懸樹(ぷらたぬす)かげ行く女(こ)らが眼蓋(まなぶた)に血しほいろさし夏さりにけり 中村憲吉
街(まち)をゆき子供の傍(そば)を通る時蜜柑の香(か)せり冬がまた来る 木下利玄

といった並べ方を見ると、なるほどという感じがする。

短歌を作っている人にはもちろん、短歌を作っていない人にも広く読んでほしい一冊である。

2013年1月22日、岩波新書、820円。

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2013年02月13日

鯨の歌

「塔」2月号に「鯨の歌を読む」という文章を書きました。

最近関心を持っている鯨のことを、短歌作品を通して考えてみようという内容です。「鯨」×「短歌」という感じですね。石榑千亦、川田順、吉植庄亮、佐藤佐太郎といった人たちの歌を引きました。

2月号に前編として5ページ、3月号に後編4ページが載ります。
どうぞお読みください。

一度和歌山県の太地町へも行ってみたいと思っています。

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2013年02月11日

建国記念の日

今日は建国記念の日。かつての紀元節。
神武天皇が即位したとされる紀元前660年が皇紀元年なので、西暦2013年は皇紀2673年になる。

皇紀2600年(1940年、昭和15年)には日本各地でさまざまな記念行事が行われたらしい。そう言われてもピンと来ないが、この年に生まれた人は名前に「紀」が付く人が多いと言われると、少し身近に感じる。

池内紀(ドイツ文学者)
篠山紀信(写真家)
田中直紀(政治家)
工藤紀夫(囲碁棋士)
野口悠紀雄(経済学者)

みんな昭和15年生まれである。

ちなみに僕の父親もこの年の生まれ。
名前に「紀」は付いていないけれど。

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2013年02月10日

近藤かすみ歌集『雲ケ畑まで』批評会

昨日は13:30からキャンパスプラザ京都にて、近藤かすみ歌集『雲ケ畑まで』の批評会。
参加者60名くらい。

前半は、大辻隆弘、彦坂美喜子、松村正直、斎藤典子(進行)によるパネルディスカッション。後半は会場からの発言、近藤さんの挨拶など。

途中けっこう辛口な批評も出たりしながら、論じるべき点は概ね論じることができたと思う。
17:00終了。

話題になった歌をいくつか。
ほどかるるやうに抱かれしことありき遠くちかくに風鈴のおと
秋の田のカリフォルニアより帰りたる夫はこたつに熟睡(うまい)してをり
白日傘さして私を捨てにゆく とつぴんぱらりと雲ケ畑まで
ひとつまみの塩を入れたる薬缶より麦茶をそそぐ夏着の母は
鬼灯が枯れてゐたつけはじめてのひとり暮らしの子のアパートに
ティーバッグすこしやぶれて紅茶の葉いたしかたなくミルクと混じる
揺れてゐるにつぽんの春 原子炉の建屋の壁にはなびらながれ

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2013年02月09日

岡田和裕著 『ロシアから見た北方領土』

副題は「日本から見れば不法でも、ロシアにとっては合法」。

日本とロシアの間の懸案となっている北方領土(択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島)について、その経緯や問題点をまとめた本。副題にもあるように、日本側の見方や言い分だけでなく、ロシア側の見方や言い分も公平に取り上げているところが特徴だ。

近代以降、日露戦争、シベリア出兵、ノモンハン事件、第二次世界大戦と4回にわたって干戈を交えた日本とロシア(ソ連)。北方領土問題はそうした歴史のしこりとして今に残されている。歴史的な背景を詳しく知れば知るほど、問題の解決が容易でないことがよくわかる。

2012年7月24日、光人社NF文庫、724円。

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2013年02月08日

諏訪兼位著 『科学を短歌によむ』

岩波科学ライブラリー136。

地質学者で朝日歌壇の常連でもある著者が、科学者や技術者の詠んだ短歌を取り上げて解説した本。引用される歌には、朝日歌壇に採られた自身の歌も入っている。

斎藤茂吉、近藤芳美など有名歌人から、初めて聞く名前の人まで、幅広い作品が取り上げられているが、中でも印象に残ったのは湯浅年子と湯川秀樹の二人である。

湯浅は第二次世界大戦中にフランスに留学して、原子核の研究に取り組んだ物理学者。彼女の留学中にパリはドイツ軍に占領され、その後、1944年にベルリンへ移って研究を続け、1945年6月にシベリア鉄道経由で帰国している。何ともすさまじい執念だ。

ドイツ占領下のパリでは「パリ短歌会」が結成されて、歌会も行われていたらしい。
弟はすでにこの世になき人とふたとせをへて今きかんとは
                   湯川秀樹『深山木』

湯川の歌はどれも名のある歌人の歌と比べて遜色のない出来栄えである。この歌は、戦後になって、弟が二年前に戦病死していたという報せを聞いて詠まれたもの。「すでにこの世になき人」という言い方に、深い悲しみが籠もっている。

この本の残念なところは、ルビの間違いが見受けられること。湯川の弟の名前「滋樹」に「しげき」とルビが振ってあるが、正しくは「ますき」。斎藤茂吉の出身地「金瓶」も「きんぺい」とあるが、正しくは「かなかめ」。ちょっと驚いてしまうような間違いである。

2007年5月10日、岩波書店、1200円。

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2013年02月07日

映画 「渾身」

監督・脚本:錦織良成、主演:伊藤歩、青柳翔、原作:川上健一(集英社文庫)。

隠岐で開催される古典相撲と、そこに出場する人々の家族やふるさとに対する思いを描いた作品。

神社の境内に設けられた土俵で夜通し行われる相撲のシーンが何よりも良かった。土俵に上がる力士に向って応援する人たちが塩を投げつけるのだが、それが力士の背中や顔にびしびしと当る音がして迫力がある。

それに比べて家族や恋のドラマの方はやや低調。見ていて少し恥ずかしくなってしまう感じ。言いたくて言えないことがある時に、指先をもじもじさせるといった演出は、ちょっと古過ぎるのではないだろうか。

それでも、隠岐の自然や古典相撲の魅力、俳優さんたちの熱演によって、全体としては楽しい映画になっている。

監督の錦織は島根県出身で、「白い船」「うん、何?」「RAILWAYS」という島根3部作を撮った人。こうした地域密着の姿勢は、これからますます大切になってくるように思う。

MOVIX京都にて。134分。

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2013年02月04日

クジラかるた展

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天保山マーケットプレースの海遊館サテライトギャラリーで開催中の「クジラかるた展」へ。
「かるたでわかるクジラのヒミツ」と題して、鯨に関するかるたがパネル展示されているほか、実際にクジラかるたで遊べるようにもなっている。

このクジラかるたは、和歌山県に住むホエールアーティストあらたひとむさんの制作したもの。あらたさんはクジラをモチーフにしたイラストやグッズ、絵本など、数多くの創作活動をしている。

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「は」の札には

 鼻の穴
  ハクジラひとつ
   ヒゲふたつ


とあり、次のような説明がある。
ハクジラはイルカなどを見ればわかるように三日月形の鼻孔が1つで、ヒゲクジラは人間の鼻のような形で鼻孔が2つある。

これを読んで思い出したのが
マッコウは一つでザトウは二つです背にある鯨の鼻孔を知りつ
           今井恵子『やわらかに曇る冬の日』

という歌。沖縄でホエールウォッチングをしている場面を詠んだ連作の中の一首だ。

マッコウクジラとザトウクジラの見分け方を教えてもらっているのだが、つまりマッコウクジラはハクジラで、ザトウクジラはヒゲクジラであるということなのだろう。

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2013年02月03日

雑談

映画「探偵はBARにいる」の第2弾が、5月11日から公開
されることに決まったらしい。映画館でチラシを見つけた。

大泉洋、松田龍平主演。

前作 がとても面白かったので、「2」も楽しみである。

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2013年02月02日

愛珠幼稚園

今日の読売新聞の夕刊に、大阪の愛珠(あいしゅ)幼稚園のことが載っていた。
(記事は → こちら

大阪市の市立幼稚園民営化の方針を受けて、国内最古の園舎(重要文化財)で知られる愛珠幼稚園も民営化されることになり、古い玩具や教材など1000点以上の貴重な所蔵品が散逸する恐れがあるという内容である。

どこかで聞いたことのある名前だと思って、『メモワール・近くて遠い八〇年』という本を開いてみると、やっぱり載っていた。
  船場の誇り・愛珠幼稚園

 愛珠幼稚園は船場の今橋四丁目にあり、明治十三年創立、日本で二番目に古い幼稚園、私は明治四十三年の卒園である。第一番は東京お茶ノ水の付属幼稚園で官立だから、私立幼稚園としては第一号であった。船場商人の根性、商人の先を見通す眼、と言うか、金もうけだけでなく、人間を創ることの大切さを知り、自分たちの手で小学校も幼稚園も造ったのだからすばらしい。

この本の著者は石本美佐保。高安国世の9歳上の姉である。高安の生家である高安病院は船場のど真ん中にあった。

けれども、高安はこの愛珠幼稚園に通ってはいない。それは「体質虚弱で喘息の持病があり、幼時を多く芦屋の別邸ですごす」(『高安国世全歌集』年譜)という幼少時代だったためである。

「病弱で幼稚園にも行かなかった私」(「芦屋の浜と楠」)という意識は、高安の生き方にも大きな影響を与えている。

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2013年02月01日

林和清著 『京都千年うた紀行』

2004年から2008年にかけて「NHK歌壇」「NHK短歌」に連載された文章を加筆・再編集してまとめたもの。京都で詠まれた和歌の数々を、その舞台となった場所とともに紹介している。

1回あたりの文章は4ページと読みやすく、また的確で歯切れのよい文体が気持ちいい。古典になじみのない人にも、十分に当時の人々のドラマとその面白さが伝わる内容となっている。

第二次世界大戦中にあったという「白い大文字」の話や清水の舞台から願をかけて飛び降りるのが江戸時代に大流行した話など、初めて知る話も多かった。
この鴨川の源流がどこにあるのかごぞんじだろうか。それは、上賀茂神社から車で三十分ほど北へ分け入った集落・雲が畑のその奥にある。そのむかし、都からながめると薬草が雲のようにしげっていたことから名づけられたという雲が畑。いまも神秘的なところで、川とともに生きる人の住む、隠れ里のおもむきを残す村である。

ああ、ここが近藤かすみさんの歌集『雲ケ畑まで』のタイトルになったところか、などという発見もある。
白日傘さして私を捨てにゆく とつぴんぱらりと雲ケ畑まで  近藤かすみ

どの文章からも、筆者の京都に対する深い愛情がひしひしと感じられる。それは「京都に生まれるということは、まったくの偶然であるが、京都に生きるということは、必然からくる覚悟である」(あとがき)という強い思いから来ているものなのだろう。

2008年9月20日発行、NHK出版、1400円。

posted by 松村正直 at 07:18| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする