2012年12月31日

箱根へ(その3)

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小湧谷駅。今回の旅行の拠点はここ。

高安国世の母やす子の歌集には小湧谷を詠んだ歌がいくつかある。
おそらく親類か誰かの別荘があったのだろう。
眼の下(もと)の芽ぶきの山に立つ煙また濃くたちぬ溜りゐしごと
百日紅の太幹を流れゐる雨の小川のごとくなるを見てゐつ
白雲は谿より湧きて高嶺(たかね)よりおりくる雲と乱れあひたり
          「小涌谷」(『樹下』昭和16年)

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箱根登山鉄道。小田原駅から強羅駅までの15キロを結んでいる。

途中80パーミル(1000分の80)の急勾配があり、出山信号場(塔ノ沢駅〜大平台駅間)、
大平台駅、上大平台信号場(大平台駅〜宮ノ下駅間)の3か所でスイッチバックを行う。
何だかとても懐かしい。

posted by 松村正直 at 00:57| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

箱根へ(その2)

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ケーブルカー、ロープウェイと乗り継いで、大涌谷へ。
ここは子供の頃に行った箱根で一番思い出に残っている場所かもしれない。

【大涌谷】は広辞苑にも載っている。
〈箱根火山の中央火口丘である神山の北部中腹にある、硫気噴孔を有する谷。
箱根火山の最も新しい爆発口。強羅・仙石原に温泉水を供給。〉

ロープウェイから見下ろす谷の斜面では、大掛かりな砂防工事が続いている。

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大涌谷名物の黒たまご。5個入り500円。
この卵は1個食べれば7年、2個食べれば14年、寿命が延びると言われている。
かなり太っ腹な延び方だ。

黒いのは卵の外側(殻)だけで中身は白い普通の茹で卵なのだが、なぜかとても美味しい。
硫黄の匂いが立ちこめる場所で食べるから、おいしく感じるのだろうか。

posted by 松村正直 at 08:54| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

箱根へ(その1)

東京の町田に生まれ育ったので、小さい頃は電車と言えば小田急線だった。
箱根は家族旅行や小学校の遠足、林間学校などで何度も行ったなじみの場所。
今回、25年ぶりくらいに、その箱根を訪れた。

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まずは小田原城へ。

JR小田原駅から徒歩10分。北条早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直と続く北条五代の本拠地となった城。天守閣からの海の眺めがすばらしい。

小学生の頃にも訪れたことがあるが、その頃の印象よりも随分と立派になっている。銅門(あかがねもん、平成9年復元)、馬出門(うまだしもん、平成21年復元)など、跡地の復元整備が進んだためのようだ。

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続いて神奈川県立生命の星・地球博物館へ。

箱根登山鉄道「入生田駅」から徒歩3分。「地球を考える」「生命を考える」「神奈川の自然を考える」「自然との共生を考える」の4つの展示室があり、昆虫から恐竜まで1万点に及ぶ標本が展示されている。

とにかく圧倒的な標本の数。展示方法も工夫されていて見飽きない。特別展「博物館の標本工房」では剥製や骨格などの標本の作り方が解説されていて、一つ一つの標本作りに相当な手間がかかっていることがよくわかった。

posted by 松村正直 at 17:49| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

「詩客」12月28日号

「詩歌梁山泊〜三詩型交流企画」の公式サイト「詩客SHIKAKU」に、
新作「水玉」10首を発表しました。お読みいただければ幸いです。

http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2012-12-28-12628.html

posted by 松村正直 at 20:45| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

角川「短歌」2013年1月号

角川「短歌」の1月号を読んで一番驚いたのは「歌壇時評」の
レイアウトが大幅に変更されていること。

12月号までは14字×19行×3段×2頁=1596字だったのが
1月号は25字×(16行×1頁+21行×3頁)×2段=3950字に
なっているのだ。

文字数が約2.5倍に増えて、活字も小さくなっている。
12月号までのレイアウトは子ども向けの本のようだったので、
変更されて断然良くなった。

これだけの分量を時評として書くのはけっこう大変だと思うけれど、
今後注目していきたいと思う。

posted by 松村正直 at 22:46| Comment(2) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

大阪と私

京都に住み始めて10年以上になるが、お隣の大阪とはあまり縁がなかった。
それが昨年くらいから、大阪に関係する出来事が続いている。

・万城目学『プリンセス・トヨトミ』
・映画「プリンセス・トヨトミ」
・「塔」に「中島栄一の大阪」を執筆
・「塔」全国大会の大阪開催
・平田オリザ「アンドロイド演劇」
・堺への旅行
・現代歌人集会秋季大会「折口信夫の挑戦」

だんだんと、自分の中で大阪に対する興味が湧いてきているのを感じる。

posted by 松村正直 at 03:50| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

中沢新一著 『大阪アースダイバー』

土地の持つ歴史や記憶を丹念に探りつつ、現在につながる様々な問題を読み解いていく「アースダイバー」の大阪版。

著者はまず古代の地形図を参考に、上町台地を南北軸に、住吉〜四天王寺〜生駒を東西軸に据える。そして、かつての河内湖や海の姿を再現しつつ、大阪という都市の成り立ちやそこに移り住んだ人々の姿を描き出していくのである。

非常にユニークで、刺激的で、面白い。

大阪人の信仰、商売、芸能、差別、祭といったものが、土地の歴史に深く根ざしていることが、よくわかる。著者の考えは歴史学、社会学、民俗学、宗教学、哲学、言語学、政治学からサブカルチャーまで、実に様々なジャンルに跨っており、ものを考えるというのはこういうことなんだと教えられた気がした。

2012年10月10日、講談社、1900円。

posted by 松村正直 at 00:53| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

映画「演劇1」「演劇2」

監督・制作・撮影・編集:想田和弘
出演:平田オリザ、青年団、こまばアゴラ劇場の人々

想田監督の「観察映画」の第3弾、第4弾。観察映画という自称は、ナレーションやテロップ・音楽などを用いないドキュメンタリー映画ということらしい。

カメラは平田オリザに密着して、稽古、公演、打ち合わせ、面接、移動、ワークショップ、講演など様々な場面を映し出す。そこから見えてくるのは、平田の演劇論であり、演出方法であり、あらゆる手段を使って演劇を社会に広めようとする強い意志である。

両作ともアゴラ劇場がある駒場の商店街の風景がしばしば登場する。ここは中学・高校・大学と10年近く通った場所なので懐かしい。「演劇2」の鳥取のワークショップの場面には、荻原伸さんが出ていた。

「演劇1」が2時間52分、「演劇2」が2時間50分という長さなのだが、まったく退屈しない。それは内容の面白さ以上に、想田監督の編集の冴えによるのだろう。久しぶりにスゴイものを見た。

観察映画の第1弾「選挙」、第2弾「精神」、番外編の「Peace」も、ぜひ見たいと思う。

京都シネマにて。

posted by 松村正直 at 00:55| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

企画展「杉浦明平の眼」

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来年の1月5日〜2月11日、愛知県の田原市博物館で「生誕100年 杉浦明平の眼」という企画展が開催されます。2010年に行われた企画展「杉浦明平の世界」に続くもので、その後に発見・整理された資料なども展示されるようです。

短歌関係では、立原道造に贈った『少年歌集1931』や近藤芳美、高安国世、土屋文明、五味保義、柴生田稔、扇畑忠雄、斎藤喜搏、吉田漱らの書簡などが展示される予定。

杉浦明平、近藤芳美、高安国世の3人はみな1913年生まれで、来年そろって生誕100周年を迎えます。田原市は渥美半島にあって京都からはちょっと距離がありますが、足を運んでみようと思っています。

posted by 松村正直 at 20:04| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

ユウコサーン(その2)

こゑ揃へユウコサーンとわれを呼ぶ二階の子らは宿題に飽き
                  河野裕子

子どもたちはおそらく中学生か高校生だろう。思春期を迎えて、母親のことを「お母さん」と呼ぶのが恥ずかしくなってくる年頃だ。

そんな子どもたちが「ユウコサーン」と下の名前で作者に呼び掛けている。その呼び掛けは新鮮であると同時に、作者に少し寂しさを感じさせるものだったような気がする。

作者は家の中にいるのだろうか。あるいは庭に出て洗濯物の取り入れなどをしている場面かもしれない。そこに二階の窓から子どもたちが声を掛ける。

この歌は、やはり「ユウコサーン」がポイントだろう。幸せな家族の一場面を詠んだ歌でありながら、そこには母と子の間の微妙な距離の変化が滲んでいる。
こゑ揃へユウコサーンとわれを呼ぶ二階の子らは宿題に飽き
こゑ揃へお母さーんとわれを呼ぶ二階の子らは宿題に飽き(改作)

こうやって比較してみれば、その違いは明らかだろう。もし「ユウコサーン」が「お母さーん」であったなら、金井や島田の言うように「幸せな主婦の何の変哲もない日常報告」の歌になってしまう。

そうした違いを丁寧に読み取っていくことが、短歌にとって大切なのではないだろうか。

posted by 松村正直 at 19:33| Comment(5) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

「短歌往来」2013年1月号

「短歌往来」で「樺太を訪れた歌人たち」という連載を始めました。
第1回は「北見志保子とオタスの杜」という題で書いてます。

毎号4ページで、松村英一、北原白秋、吉植庄亮、橋本徳壽、生田花世、
土岐善麿、斎藤茂吉、石榑千亦といった歌人を取り上げる予定。

1歌人につき1テーマというスタイルで、短歌の話であるとともに、
樺太の話でもあるような、そんな内容で書いていきたいと思います。

皆さん、ぜひお読みください。

posted by 松村正直 at 17:31| Comment(2) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

ユウコサーン(その1)

「角川短歌年鑑」平成25年版には、「特別論考 金井美恵子の歌壇批判に応える」という見出しのもと、島田修三の「もの哀しさについて」という文章が載っている。

この論考を読んだのだが、結局何が言いたいのだかよくわからなかった。しかも、6ページの文章を書いてきた挙句に、
金井の文章を読み、それから「風流夢譚」をひさしぶりに読みかえし、最初しばらくはなにやらむかっ腹が立ったけれども、やがて深いもの哀しさと脱力感に襲われたのであった。

と述べるのである。これでは、読んでいる方が脱力してしまう。

島田は、金井が取り上げた河野裕子の歌〈こゑ揃へユウコサーンとわれを呼ぶ二階の子らは宿題に飽き〉を引いて、次のように書く。
金井が文中に掲げた河野の歌は毎日新聞短歌欄の新刊紹介に引用された、この一首だけである。(…)いくらなんでも一首だけではフェアではないと思うが、これは短歌サイドにいる者の身びいきかも知れない。いやしくも短歌が文学を名乗るなら一首一首のテキストで勝負せよ、という正論を金井は説いているわけだから……。掲出歌は幸せな主婦の何の変哲もない日常報告の域を出ていないし、「大衆に支持される巨大で歴史的な言語空間であることを踏まえたうえで特別な言葉を書きつけることがまかり通る私的空間」だけに通用する言葉とされてもしかたがない。

ずいぶんな言い方をするものだなあと思う。

本当にこの歌は「幸せな主婦の何の変哲もない日常報告」の歌なのか。
それで、本当にこの歌を「読んだ」と言えるのだろうか。

posted by 松村正直 at 19:23| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月15日

続・金井美恵子論に対する反応

金井美恵子論に対する反応が、短歌誌にもようやく現れてきた。
賛成するにせよ反対するにせよ、意見を言うというのは大事なこと。
・三枝昂之「業界内の必然、外から見える不自然」(角川短歌年鑑平成25年版)
・川野里子「世界への断念、突出するトリビア」(角川短歌年鑑平成25年版)
・島田修三「もの哀しさについて」(角川短歌年鑑平成25年版)
・沢口芙美「厳しい自己批評の目を」(「歌壇」1月号)

このように数多くの意見が出ることで初めて、問題の本質が明らかになっていく。それは短歌界にとって、きっと良いことなのだと思う。

「歌壇」1月号では、他にも本田一弘さんの〈「言葉(けとば)」の器〉が面白い。東北方言を取り入れた短歌を例に挙げて、〈濁音にくぐもる「言葉」そのものが東北人のアイデンティティなのだ〉と述べている。

おととい紹介した谷村はるかさんの論と正反対と言ってもいい評価なのだが、どちらの言い分にも説得力がある。本当に大事な問題というのは、きっとそういうものなのだろう。どちらかが正しくて、どちらかが間違っていると単純に決められるのであれば、誰も迷ったり考えたりする必要はないのだから。

僕がもし短歌総合誌の編集者だったら、谷村さんと本田さんに誰か司会の人を加えて、座談会をしてもらう。きっと、面白くて大事な話になるだろう。しばらく、そんな空想に浸ってしまった。

posted by 松村正直 at 12:28| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月14日

みうらじゅん著 『郷土LOVE』

角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-11-22

2009年にスコラマガジンより刊行された単行本を加筆・修正して文庫化したもの。

47都道府県(北海道は南北の2つ)の形をしたクジを引いて、出てきた県についてみうらじゅんが語るという内容。観光名所案内ではなく、みうらじゅんの個人的な思い出やB級スポットの話が次々と繰り広げられる。

その語りが抜群に面白い。一種の話芸と言っていいだろう。読んでいて、こちらも思わず笑い出してしまう。しかも、旅行好きというだけあってネタが豊富にある。さらには、その都道府県に関連したグッズ(お土産品)も写真入りで紹介されている。
気ままな旅というのは、「自分の気まま」じゃないんです、「相手の気まま」です。 (福岡県)
(…)伊勢エビは食べるところが少ないんですよ。(…)パカッと開けて、ケシゴムが3つぐらい入ってるような筆箱ですもんね。 (三重県)
「宮本武蔵生誕の地」と「宮本武蔵終焉の地」がものすごい近いことがわかります。道をはさんで向かい側です。 (岡山県)

こうして部分的に引用しても、なかなか本書の面白さと奥深さは伝わらない。
まあ、それが話芸というものなのだろう。

2012年11月25日、角川文庫、781円。

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2012年12月13日

「ES 囀る」第24号

毎号、誌名(?)が変るユニークな同人誌「ES」。
メンバーは、天草季紅、江田浩司、大津仁昭、加藤英彦、崔龍源、桜井健司、谷村はるか、松野志保、山田消児。

「ES」は毎号、特集や評論に力を入れていて、読み応えがある。
今号は、中でも谷村はるかの評論「故郷のクジラ餅―期待に応えないための方言」が秀逸だった。

東日本大震災以降、東北の方言を取り入れた短歌が数多く作られていることに対して、異議申し立てをする内容。方言らしさを強調することによって、「みんなの期待する、しかしどこにも実在しない、架空の東北がつくられてゆきかねない……」という懸念が述べられている。

これは非常に鋭い指摘であり、また大事な問題提起だと思う。
書きにくい問題をきちんと論じた著者の姿勢にも共感を覚えた。

posted by 松村正直 at 19:40| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月12日

勉強会のお知らせ

「近世から近代へ―うたの変遷」と題する勉強会を3回にわたって開催します。
第1回は下記の通りです。皆さんのご参加をお待ちしています。

日 時 2月23日(土)13:30〜16:30
場 所 「緑の館」イベント室(梅小路公園内) *JR京都駅より徒歩約15分

プログラム
 13:00      開場
 13:30〜13:40 開会挨拶
 13:40〜15:10 講演 「旧派和歌の初まなび」安田純生氏
 15:10〜15:30 質疑応答
 15:30〜16:20 フリートーク
 16:20〜16:30 閉会挨拶
 16:30      終了(予定)

会 費 2000円
申込先 大体の人数を把握したいと思いますので、参加される方は下記までご連絡下さい。

   〒612-0847 京都市伏見区深草大亀谷大山町20-3-202
           松村 正直
      TEL/FAX 075-643-2109
      メール masanao-m@m7.dion.ne.jp

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2012年12月11日

「現代短歌朗読集成」CD版

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佐佐木信綱、与謝野晶子、斎藤茂吉、北原白秋、宮柊二、近藤芳美、高安国世、塚本邦雄、岡井隆、馬場あき子、佐佐木幸綱、永田和宏、穂村弘、俵万智ら、近代から現代まで計52名の歌人の自作朗読を収めたCD4枚組+略歴や朗読作品を収めた解説書1冊のセット。

音源は1938年日本コロムビア収録のレコード、1977年大修館書店制作のテープ、そして2007年に新たに収録したものが加えられている。CD1枚で約1時間、合計約4時間分という分量だ。

2008年に発売された時にすぐ買おうかと考えたのだが、8000円という価格に躊躇ってそのままになっていた。それが、今回京都の三月書房で3200円のバーゲン価格となっており、すぐに購入を決めた。

今は亡き河野裕子さんの朗読も入っている。
声を聴くと、やはり何とも言えず懐かしい。

2008年9月27日、同朋社メディアプラン、7619円。

posted by 松村正直 at 19:14| Comment(4) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

中島裕介著 『もしニーチェが短歌を詠んだら』

宗教や芸術(アート)は世界の花である 大地に近いわけではないが
焦らずに松は聞き入り樅(もみ)は待つ ちいさな人のことなど忘れ
実際のわたしより良く周りには思われてると気付く つらいよ
目的と航路を持っている船だ 僕らは疎遠になったとしても

「うた新聞」12月号に〈現代に甦った「道歌」〉という観点から書評を書かせていただいた。
枡野浩一さんの歌なんかも、現代版「道歌」と考えるとよくわかる気がする。

2012年7月25日、角川学芸出版、1300円。

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2012年12月09日

現代歌人集会秋季大会

昨日は、アークホテル京都にて開催された現代歌人集会の秋季大会に参加した。

まず、理事長の大辻隆弘さんの基調講演「迢空の言語観」。迢空の短歌に古語と現代語が混じって使われていることの意味を、迢空の論文や茂吉との論争から読み解いていく内容で、30分程度の短いものだったが大事な指摘であった。

続いて上野誠さんの講演「折口信夫の挑戦」。上野さんの話は初めて聴いたのだが、実に面白かった。ユーモアのある語り口で、迢空の育った環境や芸能・芸人・被差別部落との関わり、そしてそこから生まれた迢空の古代学の特徴などを話して下さった。

これまで折口信夫(釈迢空)はとっつきにくい印象が強かったのだが、これを機に迢空の短歌や上野さんの著作をもっと読んでみたいと思った。

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2012年12月08日

板橋雅弘著 『廃墟霊の記憶』

1992年にマガジンハウスから単行本として刊行された『失楽園物語』に加筆して文庫化したもの。写真、岩切等。

タイトルに「廃墟霊」とあるが、これは霊の話ではない。純粋な(?)廃墟探訪のルポルタージュである。「廃墟霊」というタイトルは、おそらくホラー文庫にふさわしいように出版社サイドが付けたものなのだろう。廃墟=心霊スポットといった捉え方は、この本の意図とは全く違う。

廃墟探訪はここ十年くらいでブームとなり、数々の写真集やルポルタージュが出版されている。それに対して、本書はバブル経済華やかなりし頃に書かれたもの。流行を先取りしていたと言っていいだろう。著者の冷静な筆致で描き出される15編の話は、今読んでも新鮮な魅力に満ちている。

2002年1月10日、角川ホラー文庫、619円。

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2012年12月07日

岡本聡著 『香川景樹』

コレクション日本歌人選16。和歌文学会監修。

近世和歌を読んでみようということで、まずは香川景樹から。
代表歌49首とその鑑賞、略歴、筆者の解説がコンパクトに一冊になっている。
埋火の匂ふあたりは長閑にて昔がたりも春めきにけり
ゆけどゆけど限りなきまで面白し小松が原のおぼろ月夜は
敷島の歌のあらす田荒れにけりあらすきかへせ歌の荒樔田(あらすだ)

鑑賞に取り上げられている文章にも面白いものがいくつもある。「京都は六十くらいの人の如し。江戸は二十斗(ばかり)の人のうきうきしたる国なり」とか、「歌はもてあそびものにあらず、もてあそばるるものなり」とか。

〈柴の戸に鳴きくらしたる鶯の花のねぐらも月やさすらむ〉という自作について、「春夏の月は横からさすなり」と注釈しているのにも注目した。これは、春から夏にかけての満月の軌道の低さを言っているのだろう。

2011年5月25日、笠間書院、1200円。

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2012年12月06日

平田オリザ著 『わかりあえないことから』

副題は「コミュニケーション能力とは何か」。「コミュニケーション能力」は昨今はやりの言葉だが、この本はそうした流行に便乗したハウツーものではなく、これからの時代に必要な「対話」の言葉のあり方について記したもの。

第三章〈ランダムをプログラミングする〉、第四章〈冗長率を操作する〉、第五章〈「対話」の言葉を作る〉のあたり、「塔」の夏の全国大会で伺った話とも重なるところで、理解がさらに深まったように思う。

韓国への留学、ヨーロッパでの演劇の上演、日本各地でのワークショップなど、様々な現場から汲み取られた著者の言葉には、説得力がある。職場での「対話」の言葉の欠如が「無意識のレベルで女性の社会進出を阻んでいる」ことなど、ハッとさせられる指摘が多かった。

言葉や演劇に関する著者の分析や理論は、非常におもしろい。ただ、それを教育や政治へとつなげていく、ある種、啓蒙的な部分をどのように受け止めたら良いのか。僕の中にはまだ迷いがある。

2012年10月20日、講談社現代新書、740円。

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2012年12月05日

久々湊盈子歌集 『風羅集』

2007年夏から2012年春までの作品を収めた第8歌集。
現代三十六歌仙シリーズ12。
ねんごろに少女のわれが埋(うず)めたる核(さね)がたわわに枇杷の実をもつ
不祝儀の袋を買いに出でくれば月とはあの世へつづく抜け穴
鋭刃(とば)あててつうと開きし鮭の身をあふれ耀く秋のはららご
着るたびに気づき脱ぐたび忘れたり今にもとれそうな喪服のボタン
身のうちに癌を育てている人と真向えり暖かな冬のカフェテラス
群馬からくるかつぎ屋を待ちて買う木枯漬という沢庵うまし
恋というあやまちもせず胸たてて隣家の猫が雲を見ている
父とゆきし遠い祭りに掬いたる金魚が記憶のなかにて跳ねつ
桃売りの軽トラがいちにち停まりいし日陰に桃のにおい残れる
そして誰もいなくなった浜に拾いたり有田の薄き茶碗のかけら

作者の歌にはさまざまな形で「時間」が含まれているものが多い気がする。
1首目は庭に生る枇杷の実を眺めながら、その種を埋めた日のことを思い返している歌。
4首目や6首目も、直接詠われているのは「今」のことだが、そこには何度かの反復が含まれている。

10首目は「石巻へ」という一連に入っている歌で、震災後に見た浜の様子である。
ここにも、人々の暮らしという長い時間が感じられる。

2012年11月10日、砂子屋書房、3000円。

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2012年12月04日

『ヘンな日本美術史』の続き

印象に残った部分をもう少し。
日本で中国風の山水画を描くとなると、その風景は基本的に想像の産物です。けれども中国の風景写真なり、映像を見れば分かりますが、あの国には山水画に描かれたような風景が実際にあるのです。
上手い人は、信じられないくらい上手くなって、その上手さの泥濘から抜け出していくしかありません。それを、わざわざ上手さの影に潜った風を装うのは、とても見苦しい感じがします。
自転車に乗る事よりも、一度知った乗り方を忘れる事の方が難しいように、透視図法と云うものを忘れると云う事はできませんので、それを自覚的に忘れようとすると、近代の日本画になってしまうのです。
「美術」と云う明治に訳された言葉でそれ以前の雪舟や北斎をくくると云うのは、足利や徳川の将軍を足利総理大臣、徳川総理大臣と呼び直すような無理がある事を忘れてはいけません。呼び直しによって見えなくなった事が幾つもあるからです。

短歌の評論集や歌論を読むのももちろん大切だが、こういう別のジャンルの本を読んで短歌の実作に関する多くのヒントを得ることもある。結局、ほんとうに大事な部分というのは、ある程度どのジャンルにも共通していることなのだろう。

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2012年12月03日

山口晃著 『ヘンな日本美術史』

山口晃が日本美術史を通じて自らの絵画論を記した本。
カルチャーセンターでの講義が元になっているので読みやすく、かつ面白い。

「なるほど」「そうか!」と気づかされる話が実にたくさんあった。
先日、著者の絵のすごさを見てきたばかりだが、それを明確に言語化・論理化する力のすごさを今回は感じさせられた。

印象に残った部分をいくつか引いてみよう。
「鳥獣戯画」などの絵巻物を見る時に昨今よく言われるのが、これはアニメの源流であるとか云った事ですが、(…)現代から遡る視点で昔のものの持つ意味をあれこれと言うのは、むしろ好ましくありません。
その絵が描かれた時代を起点にして、なるべくこっち向きの視点を獲得する。「こっち向き」と云うのは、要するに、その時代からどうなるか分からない未来を見据えた視線を一生懸命想像する方が、あるべき態度かと思います。
そのジャンルが生まれて、さまざまに展開する基の部分と云うのは、後の世からすると、当たり前にすぎて見えづらくなっていますから、その新しさや、当時の盛り上がりを理解するために、時代背景を知る事が必要になってきます。

こうした歴史の見方は、どのジャンルにおいても大切なことなのだと思う。

2012年11月10日、祥伝社、1800円。

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2012年12月02日

くじらの寿司

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昨日のお昼は藤井大丸「タベルト」で見つけた鯨の握り寿司。
ミンククジラの赤身、ナガスクジラの畝須ベーコン、クジラユッケ×各2貫。

どれも初めて食べたが、おいしかった。


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2012年12月01日

勉強会「近世から近代へ―うたの変遷」

「近世から近代へ―うたの変遷」という勉強会を企画しています。
計3回にわたって、講師の方を招いて江戸から明治にかけての
うた(和歌・狂歌・短歌)について学びます。

私たちは短歌と言うと、正岡子規・与謝野鉄幹以降を思い浮かべがち
ですが、それ以前のうたはどのような状況にあったのでしょうか。
少し遡って考えてみたいと思います。

第1回は、来年2月23日(土)の午後に、安田純生さんを講師に
お迎えして行います。皆さん、ぜひご参加ください。
詳細については、後日あらためてお知らせいたします。

posted by 松村正直 at 17:54| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋山真志著 『職業外伝 白の巻』

「紅の巻」の続編。2006年に出た単行本の文庫化。

今回取り上げられる職業は、「イタコ」「映画看板絵師」「宮内庁式部職鵜匠」「荻江流二代目家元」「琵琶盲僧」「臘人形師」「チンドン屋」「流し」の八つ。

ルポルタージュの大体の流れは、〈体験・見学〉→〈インタビュー〉→〈その職業の歴史〉→〈インタビューの続き〉となっている。書き方の一つの型が出来上っていると言っていいだろう。

印象的な話がいくつもあった。例えば、荻江流(三味線音楽)二代目家元が、先代から荻江節を習った頃の話。
(…)それで稽古といっても三回ぐらいしかやらない。テープも譜面もない時代ですから、こちらも必死におぼえる癖がついて、耳からキャッチするのも早かったですね。譜面ができたのは戦後の話で、テープと譜面ができてからダメになった。教えるほうはラクになりましたが。譜面に書けないのが芸ですから。

普通、テープや譜面があった方が芸を覚えるのに良いように思うのだが、実はそうではないというのである。「譜面に書けないのが芸」とは、なるほどと思う。

2012年10月5日、ポプラ文庫、620円。

posted by 松村正直 at 00:48| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする