2012年06月30日

夜の駅舎(その1)


「塔」6月号を読んでいたら、こんな歌があった。
さびしさや夜の駅舎に佇める河野裕子を思ひて泣きぬ
             田口朝子
河野さんが亡くなって、もうすぐ2年。
今でも誌面には、こうして河野さんを偲ぶ歌が載る。

この歌は、もちろん
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり
             河野裕子『歩く』(2001年)
を踏まえたもの。

「よ」「世」「世」「夜」「雪」と繰り返される「Y」の音が、沁み透るような韻律を生み出している。
シンプルな歌であるが、どの言葉も動かない。

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2012年06月29日

三上延著 『ビブリア古書堂の事件手帖3』


副題は「栞子さんと消えない絆」。

古書店の若き美人店主が古本をめぐる謎を解いていくシリーズの3冊目。
今回取り上げられる本は、第1話がロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』、第2話は『?』(タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの)、第3話が宮沢賢治『春と修羅』となっている。

話の展開にそれほど奥行きがあるわけではなく、また丁寧に伏線を張り過ぎな気もするのだが、本をめぐる蘊蓄はやはりおもしろい。4冊目は「たぶん冬ぐらいには出せるはずです」ということなので、きっとまた買ってしまうんだろうな。

2012年6月23日、メディアワークス文庫、550円。

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2012年06月28日

知らないこと


人間誰しも知らないことはある。

ある歌集を読んでいたところ「花菱アチャコ」という名前が出てきた。

アチャコという名前は知っている。確か漫才師だったはずだ。その昔、エンタツ・アチャコというコンビを組んでいたことを漠然と知っている。

「無茶苦茶でごじゃりまする」という台詞が有名だったことも知っている。もっとも、これは実際にテレビなどで聞いたことがあるのではなく、
むかしゐし犬のアチャコはむちゃくちゃでござりまするといへば走りき
                 池田はるみ 『妣が国・大阪』
という短歌によって知っているのである。

そんなアチャコを、今日あらためてウィキペディアで調べてみて、そして驚いた。
花菱アチャコ(はなびし あちゃこ、1897年7月10日−1974年7月25日)は、大正昭和期の漫才師、俳優である。本名:藤木 徳郎。
・・・アチャコって、男だったんだ!

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2012年06月27日

石川英輔著 『江戸人と歩く東海道五十三次』


著者は江戸時代に関するエッセイを多数執筆されている方。「身分制度」「封建制」「鎖国」といったマイナスイメージで語られることの多かった江戸時代を、実は平和で文化水準も高く生き生きとした社会であった捉え直す試みを続けている。

この本も、そうした立場で書かれた本の一冊。2007年に淡交社から出版された『ニッポンの旅 江戸達人と歩く東海道』を文庫化にあたり改題したものである。

江戸時代の東海道の旅の様子が、多数の絵図を交えて細かく記されており、当時の人々の生活や文化、ものの考え方などがよくわかる。例えば、伊勢参りの流行について記した部分で著者は
一極集中の現代と違って、徳川幕府はものごとを一点に集中させない方針を貫いた。東京に何でもかでも集めるのが基本政策となっている現代民主政府と違って、「三都」と称し、都の機能を果たす都市が三つあった。
と述べ、さらに京都(帝都)、江戸(政都)、大坂(商都)に次ぐ第四の都として、伊勢(神都)の存在を挙げている。こうした分析一つを取ってみても、いろいろと考えさせられるものがある。

2010年10月1日、新潮文庫、400円。

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2012年06月26日

「短歌」編集部編 『決定版 短歌入門』


角川短歌ライブラリーの6月新刊。
監修:秋葉四郎・岡井隆・佐佐木幸綱・馬場あき子。

「短歌の基本から、短歌の作り方、鑑賞の手引き、上達の方法まで これ一冊で、短歌がわかる!」(帯文より)という一冊。

全30名による分担執筆となっており、私も「三分でわかる短歌史」という文章を書いている。11ページもあるので、たぶん読むだけで三分以上かかりますが・・・。

2012年6月25日、角川学芸出版、1600円。

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2012年06月25日

「からふと」か「かばふと」か(その2)


「かばふと」という言葉の使用状況について調べてみると、1913(大正2)年8月6日の「東京日日新聞」に、次のような文章が見つかった。「樺太島」という連載の第一回目である。
 「からふと」か、「かばふと」か、以前我領土であった時は「からふと」と言うのが通称だったが、千島と交換して露国の領土になってからは「かばふと」と言うのが流行して来た、樺太の文字通りに読むと「かばふと」だが実際はそうではなくて、樺太を「からふと」と読むのが本当だ、日露戦役の結果再び我領土に帰してから「からふと」と、「かばふと」と併用されたが、今では概ね「からふと」になって来た(…)
つまり、もともと「からふと」であったものが、1875年(樺太千島交換条約)〜1905年(ポーツマス条約)の間に「かばふと」と読まれるようになり、その後、再び「からふと」に戻ったということらしい。

「からふと」の語源については、諸説があってはっきりしない。はっきりしているのは、本来「からふと」であった名前が「樺太」と漢字で表記された結果、「かばふと」という別の読み方を生んだことである。

漢字の表記に引きずられて、元の地名の読み方が変ってしまうことは、しばしば見られる現象だ。北海道のアイヌ語地名「つきさっぷ」は「月寒」という漢字をあてられて、今では「つきさむ」と読むようになっている。また、沖縄の「豊見城(とみぐすく)」も「とみしろ」と読まれることが近年増えている。

今では「からふと」という本来の読み方が定着しているので、「樺太」を「かばふと」と読んだら笑われるだろう。でも、「かばふと」という読み方も、かつては存在したのである。

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2012年06月24日

「からふと」か「かばふと」か(その1)


「樺太」と書いて何と読むか。
これが簡単そうで意外と難しい問題なのだ。

石川啄木のローマ字日記のなかに、樺太に関する記述がある。1909(明治42)年4月17日、友人の金田一京助の樺太行きが決まりそうだという話を受けて、次のように書かれている。
 キンダイチ君に ドッポの“疲労”その他 2,3篇を読んでもらって聞いた.それから カバフトのいろいろの話を聞いた.アイヌのこと,朝空に羽ばたきするワシのこと,舟のこと,人の入れぬ大森林のこと…….
 “カバフトまで 旅費がいくらかかります?”と予は問うた.
原文のローマ字の綴りを見ても、確かに「Kabafuto」となっている。
この日の日記には計4回、樺太という言葉が出てくるのだが、そのうち「カバフト」が3回、「カラフト」が1回となっているのだ。

どうも当時は「からふと」でなく「かばふと」という呼び方があったらしい。

先日読んだ工藤信彦著『わが内なる樺太』の中にも、この「かばふと」が登場する。1906(明治39)年8月16日、初めての樺太移住定期船が小樽を出航した際の「小樽新聞」「函館新聞」「北海タイムス」の記事が紹介されているのだが、そこに
 なお、三紙とも、〈樺太〉に〈かばふと〉とルビがふられているのが、印象に残った。
と書かれているのである。

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2012年06月23日

大島史洋歌集 『遠く離れて』


2005年から2008年までの歌を収めた第11歌集。
今ならば出ることはなき全集が古書店の棚を占めて並ぶも
自爆テロのその後を知らぬ死者たちが殺めし数を日々に見つむる
夏水仙すっくと伸びてしなやかな茎は支える六つの花を
耳遠き父がするどく母を叱るおのれの声を恃むごとくに
新聞に故郷の町の地図はあり殺人現場に×印を付けて
蜘蛛の巣は目に見えがたくなりたれど点々と浮く蜘蛛は見ゆるも
トランプの散らばりている夕暮れの坂をくだれば光るトランプ
己が糞片付けらるるを振り返り見ていて犬は歩き始めつ
ふるさとに帰りし兄はブログにて「田舎日記」を書き始めたり
母と共に食事をするためそれぞれがお盆にのせて母の部屋に行く
長年勤めてきた会社を定年退職した作者。ふるさと中津川に住む両親の世話をするために、帰省することが増えたようだ。歌は境涯詠を中心とした平明なものがほとんどで、そこに自ずから苦味のようなものが滲み出ている。師である近藤芳美の死、そして母の死といった大きな出来事が続き、なかなか悠々自適の生活というわけにはいかなかったのだろう。

2012年6月17日、ながらみ書房、2700円。

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2012年06月22日

樺太と歌人


死ぬまでに一度サハリンへ行ってみたい。

ソ連時代と違って、今はサハリンへ渡るのも制限はないし、不定期ではあるがツアーもある。お金と時間さえあれば、行くことができる。

以前「樺太の見た夢」という文章を書いたことがある(『短歌は記憶する』所収)。斎藤瀏、吉植庄亮、石榑千亦、出口王仁三郎、斎藤茂吉、橋本徳壽、土岐善麿、林田恒利らの樺太詠を取り上げて、樺太の歴史とそこに住んだ人々の暮らしについて記したものだ。

あれ以来、樺太と歌人の関わりについてもっと詳しく書きたいという思いが、私の中に強くなっている。調べれば調べるほどおもしろい。今では忘れられてしまったような出来事や物語が数多く眠っている。

短歌を通じて、そうした歴史を掘り起こすことができればと思う。

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2012年06月21日

工藤信彦著 『わが内なる樺太』


副題は〈外地であり内地であった「植民地」をめぐって〉。

著者は1930(昭和5)年、樺太の大泊町生まれ。14歳まで樺太で過ごした方。

戦前は外地でも内地でもない曖昧な扱いを受け、戦中は対ソ連の和平工作の切り札として考えられ、戦後は失われてしまった樺太の歴史と今を、多くの資料に当りながら丁寧に描き出している。

著者は樺太を〈すでに無く、もはや無い〉ものと考える。今さらそこに戻りたいと思っているのでもない。しかし、樺太が歴史の本から消え、語られることさえなく忘れられてしまうことは許せないのである。

その理由は次の一文に明らかであろう。
樺太は他者にとっては辺境であったとしても、父母や私にとっては生きた大地であり、ぬくもりを分けた郷土でもあったのだから。

著者の両親をはじめとした多くの人々が40年にわたって築き上げた生活や文化。それを「無かったこと」にはできない。そのために、著者は樺太を調べ、樺太(現サハリン)を訪れ、樺太について書き続けているのである。

その姿勢に教えられることは非常に多い。

2008年11月20日、石風社、2500円。

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2012年06月20日

梅内美華子歌集 『エクウス』

空つぽの審判台のやうな空あなたがわたしを見なくなつてから
米軍のコーラの壜を溶かせしと琉球ガラスの由来はありぬ
腰が浮く腰が抜けると秋の夜の稽古にわれが炙り出される
あたらしき道を覚えぬあたらしき道は病む父見舞ふ道なり
ウオッカといふ牝馬快走その夜のわたしの肌のやすらかな冷え
苔生えし目鼻に歯ブラシ当てながらわが家の小さき地藏を洗ふ
鮎の骨まつげのやうに残りたり暮れざるうちに終へし夕餉に
離陸する別れのつよさを繰り返し見てをり秋の空港に来て
飴なめて赤い舌や青い舌垂らして子らは祭りをあるく
地ビールは濁りのなかになつかしくかつ知らない人の味がするなり

「かりん」所属の作者の第5歌集。歌集名の「エクウス」はラテン語で「馬」のこと。

言葉の選びや比喩の使い方が的確で、場面や作者の心情がよく見えてくる。病気の父親を詠んだ歌や、ふるさと八戸をはじめ寺山修司、秋田、金瓶、恐山など東北に関する歌が多くあり、歌集の骨格を形作っている。

2首目は、沖縄の歴史を考えさせる歌。以前ベトナム旅行をした時に、コーラの空き缶を再利用した置物が、お土産に売られていたことを思い出したりした。

2011年9月25日、角川書店、2571円。

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2012年06月19日

函館の青柳町(その2)


まず目に付くのは「函館の青柳町」という地名の持つ力だろう。しかし、どんな地名でも良いわけではない。音読すればわかることだが、

「はこだて(AOAE)」 と 「あおやぎ(AOAI)」

の音が微妙に響き合っている。それが大事なのだと思う。さらに言えば
AOAEO AOAIOOO AAIEE
OOOOIUA
AUUAOAA

と、全体にAの音とOの音が多い。こののびやかな感じも、回想の懐かしさと愛しさを伝える大事な点だろう。要するに、この歌は音の響きが抜群に良いのである。その証拠に、この歌の四句と結句を入れ替えてみると、どうなるか。
函館の青柳町こそかなしけれ
矢ぐるまの花
友の恋歌

音の響きが全くダメになってしまう。もとの歌はA音が主調となって三句まで来て、四句目の「OOOO」で転調して、結句でまたA音に戻るという流れになっている。四句と結句は具体例を二つ並べただけのように見えながら、実は音の響きに重要な役割を果たしているのだ。

こんなふうに分析してみると、啄木は意外とテクニシャンだったということが、よくわかる。啄木は素朴な歌人であるかのように言われることが多いが、そんなに単純な話ではないように思うのだ。

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2012年06月18日

函館の青柳町(その1)


先日行われた現代歌人集会のシンポジウムで、「啄木の歌の良さを歌人が率先して解き明かすべきだ」という主旨の話をしたのだが、啄木の歌の良さを説明するのは、実はなかなか難しい。
函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花

『一握の砂』のなかの一首。

私が短歌を作り始めたきっかけともなった歌である。『一握の砂』を読んだ当時、私は函館の的場町というところに住んでいたのだが、青柳町という町名もそのまま残っていた。「ああ、ここが啄木の詠んだ土地なんだ」と、時間を超えて身近に感じられたのを覚えている。

年譜的なことを言えば、啄木は1907(明治40)年5月から9月にかけて函館の青柳町に住んでいた。「友」が誰で、「矢ぐるまの花」がどんな花かといったことも、調べればわかることだ。

しかし、この歌の魅力は、多分そういうところにはない。そういうことを何も知らずに読んだ私が心を動かされたのだから。

では、この歌の何がいいのか。

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2012年06月15日

塔全国大会の一般公開


今年も「塔」全国大会の2日目午後が、一般公開のプログラムになっています。
興味のある方は、ぜひお申し込み下さい。(抽選になります)

人間そっくりのアンドロイドが登場する演劇が見られます。
私もパネルディスカッションの司会として参加します。

日時 8月19日(日) 13:00〜16:00
場所 帝国ホテル大阪

内容 ・アンドロイド劇場「さようならVer.2」(約25分の演劇)
    ・パネルディスカッション「演劇のことば詩のことば」
      平田オリザ(劇作家)・永田和宏・栗木京子・松村正直(司会)

参加費 2000円

お申込み方法
   ・往復ハガキにてご応募ください。
   ・往信のウラに氏名(3名以内)と代表者の住所、復信のオモテに代表者の
    住所、氏名をご記入ください。(ウラは白紙)
   ・応募締切 7月20日(必着)
   ・宛先 〒604-0973
       京都市中京区柳馬場通竹屋町下る5-228 碇ビル2F
          塔短歌会事務所
   ・抽選の当落は7月中にお知らせします。

ご応募、お待ちしております。

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2012年06月13日

絲印煎餅

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伊勢名物の「絲印煎餅」をいただいた。サクサクして煎餅というよりクッキーのようなお菓子。薄い小さな円形の煎餅が、一箱に100枚も入っている。

添付の由来書きを見ると
明治三十八年十一月 天皇陛下 戦捷御奉告ノ為神宮御参拝在らせらるゝに当り
神都菓子司の泰斗紅日軒主人自家製造の菓子を献上せんと欲し・・・

とある。神都(しんと)は伊勢のこと。

明治三十八(1905)年と言えば、日露戦争が終った年。先日の歌人集会春季大会で日露戦争が日本の社会に与えた影響の大きさが話題になったが、こんなところにも、その影響は及んでいたのであった。

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2012年06月12日

映画「テルマエ・ロマエ」


原作:ヤマザキマリ
監督:武内英樹、主演:阿部寛・上戸彩

原作のコミックが面白いためでもあるだろうが、映画も十分に面白く、映像的な完成度も高い。話のテンポがやや早過ぎる気はするが、上映時間を考えれば仕方がないだろう。途中、栃木県の北温泉が登場したのにはびっくりした。一度だけ山登りを兼ねて行ったことがある。宿の前に広くて四角いプールのような露天風呂がある。

MOVIX京都にて。108分。

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2012年06月11日

江戸雪著 『今日から歌人!』


副題は「誰でも画期的に短歌がよめる 楽しめる本」。
短歌の入門書である。

第一部は「言葉に敏感になる」、第二部「短歌の技法を知る」、第三部「作品を発表する」という三部構成になっている。具体的な作品を読み解きながら大事なポイントを一つ一つ説明しており、読みやすくまたわかりやすい。

単なる歌のテクニックだけではなく、著者自身の人生観や短歌観が書かれているのが、この本の大きな特徴だろう。
この一冊を読んだあとに、もっと短歌を作ろう、上手くなろうとおもってもらうと嬉しい。けれど、明日から誰のせいにもしない強(したた)かな心をもって人や事物と付き合い、自分にしかできない生き方をしようとおもってもらうほうがもっと嬉しい。
なにかにすくってもらうほど私たちの棲む世界は単純でもなければ、短歌は誰かをすくうほど生やさしいものではないと私は考えています。
私は、自分がなによりもまずひとりの清潔な生活者でありたいとおもっています。つまり、人間として、なるべくできる限り自分をありのままに生きたいと願っているのです。

こうした文章は、普通の短歌入門書にはあまり見かけないものだ。でも、こうした部分に、著者の思いは一番つまっているように感じる。それは、著者自身の歌にも通じる強い祈りのようなものではないだろうか。

2012年5月28日、すばる舎リンケージ、1400円。

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2012年06月09日

くじらうどん


「魚菜酒房くさび」というお店で昼食をとった。
地下鉄「烏丸御池」駅から歩いてすぐ。
民家を改装した作りになっていて、一階はカウンタ8席と個室、二階は座敷とテーブル席になっている。

ここの平日のランチメニューに「くじらそば・うどん」がある。850円。
早速、くじらうどんを注文する。

メニューには「当店オリジナル。くじらの出汁と鰹、鯖、昆布出汁を合わせたっぷりの水菜でどうぞ」と書かれている。

甘辛い出汁とシャキシャキの水菜がよく合って美味しい。
鯨の細切れの肉もたくさん入っている。
うどんの他にいなり寿司も二つ付いていて、ボリューム十分であった。

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2012年06月08日

鯨肉


このところ、捕鯨やクジラに関する本を読んだり、ドキュメンタリー番組を見たりしているのだが、実は鯨肉を食べた記憶がほとんどない。

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というわけで、山口へ行ったお土産に鯨肉の商品を買ってきた。
「くじらの竜田揚げ」「くじらカレー」「鯨の大和煮」の三品。

クジラと一口に言っても、シロナガスクジラ、マッコウクジラ、ザトウクジラ、コククジラなど様々な種類がある。今回買った商品に使われているのは、すべてミンククジラ。

ただし、1986年から大型の鯨を対象とする商業捕鯨は全面禁止となっているため、これらの鯨肉は調査捕鯨の副産物として販売されているもの。「調査捕鯨ミンク鯨使用」などと表示されている。

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2012年06月07日

関川夏央著 『「一九〇五年」の彼ら』

副題は〈「現代」の発端を生きた十二人の文学者〉。

1862年生まれの森鴎外から1886年生まれの石川啄木まで、12人の文学者を取り上げて、彼らの1905年の姿と、亡くなった年の姿を描いている。他のメンバーは、津田梅子、幸田露伴、夏目漱石、島崎藤村、国木田独歩、高村光太郎、与謝野晶子、永井荷風、野上弥生子、平塚らいてう。

なぜ、1905年なのか。
それは、「はじめに」の冒頭に書いてある。
日本の国民国家としての頂点は、一九〇五年五月二十七日である。

日本海海戦で連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った日。そこに、著者は明治維新以降の日本が築き上げてきた国民国家のピークを見ている。まさに「坂の上の」ということだろう。

この本は文学者たちの伝記であるだけでなく、文学者たちの生涯を通して見た近代日本の歩みを描いた本でもある。1905年という年を設定することで、別々の人生を送った文学者たちの姿を横断的に眺めることができる。そして、そこから導き出されるのは
科学技術は進歩する。しかし、人間そのものは進歩しない。

という結論だ。冷静で身も蓋もない見方ではあるが、もっともだと思わせられる。

2012年5月10日、NHK出版新書、780円。

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2012年06月06日

岡山(その2)


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家は、もうなかった。
小さな駐車場になっていた。

近所の人に話をうかがったところ、しばらくどこかの会社の倉庫代りに使われていて、10年近く前に火事になって燃えてしまったのだそうだ。「うちの玄関の楓もあの火事でやられて、道路側の枝は全部切ってしまったのよ」と、その人は思い出すように言った。

僕が働いていたコンビニ(「ポプラ」下伊福店)も、もうなくなっていた。多々羅店長やパートの大迫さん、高校生の明美ちゃんは、どこへ行ってしまったのだろう。

駅へ戻る途中の商店街を歩いていると、古い不動産屋があった。「女主人」が18年前とあまり変らない姿で、店の中に座っている。扉に手をかけると、初めてこの店を訪れた時のことが、あざやかに甦ってきた。

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2012年06月05日

岡山(その1)


岡山には1993年4月から1994年9月までの一年半、住んでいたことがある。生まれ育った東京を離れて初めて一人で暮らしたのが、岡山であった。

当時のことは『現代短歌最前線 新響十人』(北溟社)収録の「岡山時代のこと」というエッセイに書いたことがある。
幸いなことに、女主人が一人でやっている不動産屋が「あなたはどう見ても悪いことはできそうにないから」と言って、一軒の貸家を見せに連れて行ってくれた時は涙が出そうなくらい嬉しかった。その木造の家は、道と道とが鋭角に交叉する角地に立つ三角形をした二階建てで、もとは老夫婦の住む煙草屋であったらしい。一階が三畳と台所・風呂・トイレ、二階が四畳半という間取りだった。二階へのぼる階段は、梯子と言った方がいいもので、老夫婦はその上り下りができなくなって引っ越して行ったのだと聞いた。「あなたは若いから大丈夫」と女主人は笑った。

今回18年ぶりに、その場所へ行ってみた。
岡山市富町1−9−9。
岡山駅の西口を出て、歩いて十数分である。

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2012年06月04日

小郡


「塔」の山口歌会に参加するため、山口県の小郡(おごおり)へ。駅の名前は2003年に「小郡」から「新山口」に改称され、小郡町も今では山口市の一部になっている。それでも、頭の中の地図は小郡のまま。

駅の北側(在来線口)が昔ながらの町であるのに対して、南側(新幹線口)は区画整理された土地にオフィスビルやホテルが立ち並んでいる。駅を境にして、まるで別の町のようだ。

在来線口を出て15分くらい歩いて行くと、家並みが尽きて山に入るあたりに、其中庵(ごちゅうあん)が建っている。種田山頭火が昭和7年から13年まで暮らした家を復元したものである。

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庵は小高い場所にあって小郡の町を見渡すことができる。なるほど、良い場所だ。町の姿はだいぶ変ったのだろうが、現地に来てみると、地形から当時を偲ぶことができる。
  移つてきてお彼岸の花ざかり  山頭火
  この柿の木が庵らしくするあるじとして

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2012年06月01日

棋譜と棋士


おととい紹介した加藤一二三著『将棋名人血風録』は将棋の本ではあるけれど、一般向けに書かれている本なので、局面図や棋譜は載っていない。

将棋そのものよりも、棋士の人となりとか人物像を描いた本ということになる。それで十分に面白い。

棋譜というのは棋士の残した作品である。つまり、短歌に置き換えて言えば、作品を読んでいるのではなく、作者を読んでいるわけだ。

この二つがなかなか切り離せないのは、短歌だけの話でもないのだと思う。
「将棋に人生を持ち込むと甘くなる」羽生善治言へりわれら頷く
                    小池光『静物』
長考ののち穴ぐまへもぐりゆく米長の玉(ぎょく) 午後のひだまり
                    永田和宏『饗庭』
今日もまた若手の攻めにあえもなしダブルの背広の谷川浩司
                    小高賢『長夜集』

将棋を題材にした短歌を詠んでいるのは、ほとんどが男性。女性の歌はまだ見たことがない。

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