2012年03月31日

今野寿美歌集 『雪占』

学校から〈父兄〉が消えて〈父母〉消えてあたりさはりのなき〈保護者〉会
水仙は立つて年越すならひにて暮らしの外に香をただよはす
念入りに水浴びてゐるつぐみなりなかば浸りて瞑想もして
人はみな心で思ふものにして衿かきあはするときあたたかし
皮はぎのつるりと可哀想なるを煮たれば熱いうちにと供す
餌づけまでして撮らむとぞその一羽を囲むは例外なく男なり
をさなごがきちんと静止するすがた放射線量測らるるため
夏衣(なつぎぬ)の尾長ゆらりと裾をひき雨のにほひを残して消えぬ
ぬくもりのUSBメモリー手の内にあるは嬉しも今日はここまで
朝の温泉たまごがふたごそんなことすらとかさへとかだにといふこと
  (「すら」「さへ」「だに」に傍点あり)

第9歌集。2011年に「歌壇」に連載したもの(30首×12回)から340首を選んで載せている。題名の「雪占(ゆきうら)」とは「山や野に消え残る雪の形によって、農作業の時期を測り、また、その年の豊凶を占うこと」(広辞苑)。

連載5回目「もし、ここで」が東日本大震災の歌となっており、それ以降、一冊の歌集の中でも随分と歌の雰囲気が違ってくる。緻密な作りの歌から、率直に思いを述べる歌への変化とでも言ったらいいだろうか。

震災を受けて、それまでのような歌を作り続けることに空しさを覚えたのかもしれない。後半に「わからないやうに言ふのが身上と言つてゐるかのやうな歌読む」という歌が出てくることにも、そうした変化が感じられるように思う。

歌集の特徴としては、鳥の歌が多いこと。よくその生態を観察して詠まれた良い歌が多い。上に挙げた10首選でも3首が鳥の歌になった。

もう一つは、歌人の伝記的な事実や詩歌の伝統を踏まえた歌が多いこと。例えば
「ちう位(くらゐ)」と言へるがほどの心ならわるくなからめこの世の春も

は、もちろん一茶の「目出度さもちう位也おらが春」を下敷きにしている。
神宮のひつそり紅き珊瑚樹に三十年後の挨拶をせり

この歌の背景には、作者自身の
珊瑚樹のとびきり紅き秋なりきほんたうによいかと問はれてゐたり
                    『世紀末の桃』

があるのだろう。

2012年3月20日、本阿弥書店、2500円。

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2012年03月30日

「短歌人」2012年4月号

「いま読む石川啄木」という特集が組まれている。
没後100年に合わせたものだろう。タイムリーな特集に、思わず読みふけってしまった。

4頁の評論が2人、2頁が11人、合計31頁という大特集である。
これだけの書き手を揃えられるというのは羨ましいことだ。

「冷笑的な観察者」「実在の影」「享楽派」「職業、石川啄木」「虚と実という二重性」「プロットに長けた作家」「ディレクターの資質」「鉄道愛好家」「大いに行動的な作家」「現代短歌の先がけ」「作中主体の女々しさ」「大掴みで感傷的なフレーズ」・・・実に様々な角度から啄木が論じられている。

内容は玉石混淆であるが、それぞれに書き手の個性が表れていて面白い。
啄木を論じると、なぜか書き手の短歌観や性格がよく見えてくる。

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2012年03月29日

まなびの森ミュージアム

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私が住んでいる京都市伏見区深草は、かつて陸軍の第16師団が置かれていた場所で、近所にはその名残の建物や記念碑が数多く残されている。

京都教育大学の構内に昨年オープンした教育資料館(まなびの森ミュージアム)もその一つ。第19旅団司令部であった建物を改装したものである。

館内には、1876年に開校して以来の多数の教材や教具が展示されており、誰でも見ることができる。普段は月・水・金の週3回の開館だが、企画展が行われる時は日曜日も開いている。

ちなみに歌人の森岡貞香さんの父、森岡皐(すすむ)中将は太平洋戦争の開戦時、第16師団の師団長を務めていた。師団司令部であった建物は、現在も聖母女学院の本館として使われているが、師団長官舎は保存運動の甲斐なく2000年に解体されてしまった。

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2012年03月28日

パズル作家

「ファイ・ブレイン〜神のパズル〜」というアニメ番組を息子と一緒に見ている。

先日、点つなぎパズルを作るパズル作家が出演して、面白いパズルを作るコツとして、「もし100個の点をつなぐとしたら、50個くらいまで線をつないでも、まだ何の絵かわからないように作る」という話をしていた。

なるほど、線をつないでいる早い段階で何の絵かわかってしまったら、パズルを解く楽しみは半減してしまう。

これは、短歌でも同じことだろう。
例えば
雨粒が斜めに窓をのぼりきてわが飛行機は機首を下げゆく
            大辻隆弘『汀暮抄』

という歌の上句と下句をひっくり返してみる。
わが飛行機は機首を下げゆき雨粒が斜めに窓をのぼりゆく
            (改作案)

こうすると、原作の持っていた味わいが半減するどころか、全くなくなってしまうことに気が付く。飛行機に乗っている場面と最初はわからないことが、この歌にとっては肝腎なのだ。

31音全体で見た情報量は全く同じであっても、言葉の並べ方によって、歌は生きもするし死にもする。そのことに改めて気づかされた。


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2012年03月27日

三枝昂之著 『啄木』

副題は「ふるさとの空遠みかも」。
啄木の「ふるさとの空遠みかも/高き屋にひとりのぼりて/愁ひて下る」から取られている。

明治41年4月25日、「モ一度東京へ行つて、自分の文学的運命を極度まで試験せねばならぬ」と決意して上京した啄木が、明治45年4月13日に亡くなるまでの約4年間、1450日の日々を追った評伝。

当時の新聞や雑誌など豊富な資料を駆使するとともに、国際啄木学会をはじめとした研究者たちの最新の研究成果を踏まえ、さらにそこに実作者としての丁寧な歌の読みや短歌史的な裏付けを加えて描いている。

決して先走ることなく、読者を十分納得させた上で話を進めていく。その語り口が心地よい。このゆったりと書くということが、実は一番難しいことなのだと思う。手持ちのカードに十分なゆとりがなければ、なかなかそうはいかない。

晶子に代表される和歌革新第1世代の歌が言わば高熱の歌であったのに対して、第2世代の啄木は「平熱の自我の詩」を実作面でリードしたという指摘は、非常に納得できるものだと思う。

2009年9月30日、本阿弥書店、2800円。

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2012年03月26日

近代短歌再読

今年はどうも近代短歌を再読する年になりそうだ。

2012年は北原白秋(1885‐1942)と与謝野晶子(1878‐1942)の没後70年、斎藤茂吉(1882‐1953)の生誕130年、石川啄木(1886‐1912)の没後100年に当っていて、それぞれイベントの開催や本の出版が相次いでいる。

茂吉について言えば、「短歌研究」4月号、「角川短歌」5月号で特集が組まれるし、神奈川近代文学館では「茂吉再生」(4月28日〜6月10日)という大型の企画が行われる。

一方、6月10日(日)の現代歌人集会春季大会は、「啄木100年」がテーマ。関川夏央さんの講演があるほか、パネルディスカッションには私も出演の予定である。

こんなふうに近代短歌に脚光が当たる理由の一つとして、「近代短歌→前衛短歌→現代短歌」という進化論的な短歌史の見方が崩れつつあることが挙げられるだろう。近代短歌は賞味期限切れを迎えるどころか、今読んでも十分に面白い。

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2012年03月25日

耳かき

この頃、耳かきはすっかり悪者になってしまった。

昨日の朝日新聞の別刷には「耳かき必要なし」という記事がイラスト入りで大きく載っている。それによると、耳には自浄作用があり、耳そうじは必要ない。それでも耳かきしたい場合は「数ヵ月〜半年に一回が目安」「入り口から1センチくらいまでをくるりと一周」「1秒で終わり」となっている。

息子が小学校からもらってきた「ほけんだより」3月号にも、耳あか掃除は「1か月に1回、2〜3分程度」すれば十分であり、気持ちが良いからと言って長い間掻いていると、傷ができ、さらに痒くなってまた掻くという悪循環に陥るとある。

そんな感じで、今やすっかり悪者とされてしまった耳かきだが、私が子どもの頃は、「きれいに耳あかを取るように」とか「こまめに耳かきをすること」とか、耳かきが奨励されていたように思う。いつの間にか時代が変ったのだろう。

こういうことは、他にもいくらでもある。「熱が出ても解熱剤は使わない方がいい」とか「うさぎ跳びはダメ」とか「腹筋する時は膝を曲げて」とか「運動中にこまめに水分を摂らないといけない」とか。

もちろん、医学的にそれが正しいのだろう。ただ、その正しさも、何十年か経てばどうなっているかわからない。また新しい説が生まれて、別の教え方がされているかもしれない。結局、そういう曖昧な中に私たちは生きているわけだ。

そんなことを思いつつ、今日も机の前で何となく耳かきをしている。
耳掻(みみかき)をもちて耳のなか掻(か)くことも吾がひとり居(ゐ)の
夜(よる)ふけにけり   斎藤茂吉『暁紅』

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2012年03月24日

斎藤由香著 『猛女とよばれた淑女』


副題は「祖母・齋藤輝子の生き方」

斎藤茂吉の妻であり、斎藤茂太・北杜夫の母親である斎藤輝子の生涯と思い出を綴った本。著者は北杜夫の娘であり、輝子の孫にあたる。

89歳で亡くなるまでに世界108ヶ国を旅したパワフルで自由奔放な生き方を、愛情に満ちた筆致で描き出している。

輝子は好奇心の旺盛な人だったようで、海外旅行もあまり人が行かないような場所を選んで出かけている。76歳でモンゴル旅行へ行った際に、ソ連のイルクーツクで腸閉塞になって死にかかったり、81歳でペルーのチチカカ湖に落ちたりと、どれ一つ取っても驚くような話ばかり。

茂吉と輝子はそれぞれに個性が強く、13歳の年齢差があり、生まれも育ちも全く違った。この夫婦の仲がうまく行かなかったのは、ある意味当然のような気がする。

マウンテンゴリラが見たくて、ガイドに背負ってもらいアフリカの奥地へ行くところなど、日本各地の崩落地を訪ねた『崩れ』の幸田文の姿とも重なる。明治の女性はとにかく強い。

2008年2月20日、新潮社、1400円。

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2012年03月23日

3月

最近、NHK学園や角川学芸出版、朝日カルチャーセンターなど、短歌関係でお世話になっている方から、異動や退職の連絡を受けることが多い。そういう話を聞くと、いかにも3月という感じがする。

仕事をめぐる付き合いなので、特に個人的に親しくしているわけではないのだが、やはり何年か一緒にやって来た方の退任の報せを聞くのは寂しいことだ。きっと、もう何の関わりもなくなってしまうのだろう。

新しい場所でのご活躍をお祈りするばかり。

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2012年03月19日

俳句と短歌

俳句を詞書にして歌を作るというのは、短歌の世界ではしばしば行われていることである。
  おそるべき君等の乳房夏来(きた)る 三鬼
おそるべき夏の乳房にたどりつき寒夜のPCうごき澱みぬ
                 大塚寅彦『夢何有郷』

西東三鬼の有名な句を踏まえて、大塚の描いているのはアダルトサイトの画像や動画のことだろう。三鬼の句の明るく健康的なエロティシズムから、やや後ろめたい淫靡な世界への転換が面白い。明るい光を浴びる外の世界から、暗い部屋の中の世界へ。
おそるべき乳房の夏をやりすごす手だてもあらず朝の階段
                 真中朋久『エウラキロン』

直接、元の句を引かないという作り方もある。この場合、ある程度有名な句である必要があるだろう。この歌は、いったん三句目で「やりすごす」と言っておいて、「手だてもあらず」と続けていく呼吸が絶妙だ。確かに、なかなかやり過ごせないよなあ、などと感心する。
  〈おそろしききみらの乳房夏来る〉
夏来ればかならずおもふ三鬼の句噴泉の尖(さき)にとどまるくれなゐの玉
                 小池光『日々の思い出』

三鬼のこの句に思い入れを持つ男性は多いようで、いくつもの短歌が作られている。小池光のこの歌もそうだ。ただし、よく見ると、引用句が違っている。「おそるべき」のはずが「おそろしき」となっている。これは、単純な引用ミスなのだろうか。何だか、作者の無意識の心理が表れてしまったようで、面白いと思う。

    一月の川一月の谷の中 飯田龍太
  「一月の川」「聖パウロ」「良い空気」よふけの地図を指にたどれば

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2012年03月16日

銀月アパート

「塔」2月号、3月号に「銀月アパート物語」という文章を書いた。
銀月アパートは今も現役のアパートなので、時おり不動産屋に物件の案内が出ている。

例えば、コレを見ると「家賃26000円」+「共益費1650円」とある。
一人暮らしだったら住んでみたいなあ。

春にはきれいな枝垂れ桜が咲くので、また見に行きたいと思う。

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2012年03月15日

「歌壇」2012年4月号

今年から始まった「自歌自戒」は第4回。

今月は花山多佳子さんが「学校へいじめられに行くおみな子の髪きっちりと編みやる今朝も」という自作を取り上げている。

この歌については、以前このブログでも触れたことがあり、今回の花山さんの文章の中にもそのことが書かれている。

2010年9月に書いた古い記事なので、参考までに挙げておこう。

「いじめられに行く(その1)」
「いじめられに行く(その2)」
「いじめられに行く(その3)」

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2012年03月14日

『重力』再読


真中朋久歌集『重力』を再読する。

以前、読んだ時は気が付かなかったのだが、本歌取りというか、先行する歌を踏まえて作られた歌がけっこうたくさんある。こういうのを味わうのも、歌集を読む楽しみの一つ。
まつぶさに遂げむと思ふことのなしひとのながれのなかに汗冷えて
おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ
               宮 柊二『山西省』
   この若者は吉川宏志を知らず
四十歳(よんじふ)になつてもひとを抱くものかと問ふ若ものよ まあ飲め
四十になっても抱くかと問われつつお好み焼きにタレを塗る刷毛
               吉川宏志『青蝉』
滝のみづがもろともに引きおろしたる大気は顫へつつ吹き出づ
瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す
               上田三四二『遊行』
桃の花の下照るところ腰まげて歩む嫗に行き先を問はれし
春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ
               大伴家持(『万葉集』巻19‐4139)

これらは、いずれも有名な歌ばかり。
有名でない歌も含めると、もっとあるかもしれない。

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2012年03月10日

梨木香歩 『西の魔女が死んだ』


梨木香歩の本は今まで読んだことがなくて、実はこれが初めて。
「塔」に原稿を書いていただいた(4月号)こともあって、一度読んでみようかと思ったのである。

最後の方に「キュウリ草」という名前が出てきてハッとする。最初に
小さな青い花をつけている。勿忘草(わすれなぐさ)をうんと小さくしたような花だ。

という説明があって、主人公が「ヒメワスレナグサ」と名付けて大事にしていた花だ。
もちろん、思い出したのは花山さんの歌集のこと。
そらいろのかすか見えゐし胡瓜草(きうりぐさ)まぎれつつあり五月の草生に
                   花山多佳子『胡瓜草』

あとがきには次のように書いてある。
胡瓜草は勿忘草とよく似ているが、花がもっと小さい。こちらの方がもっと勿忘なのだ。(…)うちのあたりでは、勿忘草より胡瓜草の方をよく見かける。身近にある「青い花」である。

こんなふうに、関係のないものの中に共通するものを見つけるのは楽しい。トランプの神経衰弱をしているような気分になる。

2001年8月1日発行、2011年6月15日 78刷、新潮文庫、400円。

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2012年03月09日

平田オリザ著 『平田オリザの仕事1 現代口語演劇のために』


平田オリザの主宰する劇団「青年団」の公演はときどき見に行く。でも、これまで、その理論的支柱となっている平田の演劇論「現代口語演劇のために」は読んだことがなかった。入手が容易な『演劇入門』や『演技と演出』(ともに講談社現代新書)は読んでいたのだが、それらのベースとなったのがこの本である。

今から20年近く前、著者がまだ30歳の頃に書かれたものであるが、今でも色褪せていない。著者の主張する「主語・述語の演劇から、助詞・助動詞の演劇へ」「語順についての考察」といった部分は、まさに短歌にも当てはまる内容と言えるだろう。そこらの歌論書を読むよりも、この演劇論を読んだ方がはるかに歌作りにも役立つと思う。
舞台には何らかの作為が必要だ。それはまぁ確かなことなのだが、だがしかし、何かをやるとみなそれが嘘にしか見えなくなってしまう。
精神的な概念を捨てて、言葉やものといったできるだけ具体的な事物に寄り添って演劇を作るところから、私は作業を始めようと考えている。
私の演劇にとって大事なことは、人間の意識の流れをくみ取って、それを言語に表していくことだ。
人間は、悲しいときに、とりたてて「悲しさ」を表現することはしない。
物語が人間を不自由にする。物語を説明するための台詞が役者を不自由にする。

こんなふうに、印象に残った文章を引いていくと、キリがない。

1995年3月10日、晩聲社、2000円。

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2012年03月08日

「波」2012年3月号

永田さんの連載「河野裕子と私 歌と闘病の十年」の第十回。

今回は乳癌の再発が見つかった後、家族4人で京都御所に写真撮影に行った話や、京都新聞に連載した「京都歌枕」の話が中心である。

何の気なしに読んでいたところ、〈松村正直歌集『やさしい鮫』を読んだとき、なかに「明智藪」という一連があって、不思議に記憶に残っていた。〉という記述に出くわして、びっくりする。

明智藪は京都市伏見区小栗栖(おぐりす)にある、明智光秀が最期を遂げたと伝えられる場所。山崎の合戦で敗れた光秀は、近江坂本の居城を目指して逃げる途中、伏見の大亀谷を通り、この小栗栖で殺されたのである。

大亀谷には私の自宅があり、小栗栖の近くには息子の通う保育園があった。
というわけで、私にとっては非常に身近な地域。

もっとも、明智藪自体は永田さんも書いている通り、「なんだこんなところか」というようなところだ。でも、あんなところにも河野さんは足を運んだんだなと思うと、懐かしい気持ちになる。

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2012年03月07日

古沢和宏著 『痕跡本のすすめ』

古沢 和宏
太田出版
発売日:2012-01-26


著者は愛知県犬山市にある古本屋「古書 五っ葉文庫」の店主。1979年生まれとあるので、まだ三十代前半の方だ。

「痕跡本」とは聞き慣れない言葉だが、それもそのはず、著者が作った言葉である。傍線が引かれていたり、感想が書き込まれていたり、ページの間に手紙やレシートが挟んであったり、ページが折られたり、破かれていたりといった古本のことを指している。
すべての古本には、前の持ち主がその本と過ごした時間という「物語」が刻まれているのです。/それが目に見える形で残されているもの、それが痕跡本。/そこには、本の内容だけじゃない、前の持ち主と本を巡る、世界でたったひとつだけの物語が刻まれています。

著者の言いたいことは、この前書きに要約されている。本書は、カラー写真でその実例を示しつつ、その痕跡に含まれている物語や謎を読み解いていくという内容となっている。

最近はやりのブックオフなどの新古書店では味わえない楽しみ方であり、非常におもしろい着眼点だと思う。かなりマニアックで、B級な本であるにも関わらず、朝日新聞、読売新聞の書評欄で同じ日(3/4)に取り上げられていたので、ちょっと驚いた。

2012年2月17日、太田出版、1300円。

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2012年03月06日

「塔」2012年2月号(その2)

真中さんの選歌後記に、「死者は歳をとらないから(本当か?)、そんなふうに思えることもある」という一文がある。自分で自分の文章に「本当か?」とツッコミを入れているのだが、この自問自答を読んで思い出すのは、次の一首。
死者が歳をとることがあるか成人した妹が夢にわれを打ちたり
               真中朋久『重力』

おそらく、妹さんは成人することなく亡くなったのだろう。その妹が、成人した姿で夢に現れて作者をひっぱたいたのだ。何とも痛烈な歌である。

真中さんはあまり自分のことについて語らない人なので、話を聞いたことはないのだが、歌を読んでいれば、真中さんには弟と妹がいて、弟は幼い時に、妹も成人前に亡くなっていることがわかる。
いもうとに恋あらざりし 白き衣をひろげて風になびかせてみる   『雨裂』
いくたびか死を拒みたるいもうとのその冬の日の窓の日ざしを
七年は父母の寝室に置かれありしまこと小さき弟の骨
妹の残したるものか仕舞はれて四半世紀経し衣を濯ぐ
弟妹の眠れる墓にその父母は入るのだらう丘をのぼつて   『エウラキロン』
三人のなかのひとりとしてわれは生き残りたり生きて長じたり   『重力』

これらの歌は、どれも歌集では別々のところにあって、ひっそりと置かれている。それをテーマにした連作が詠まれているわけではない。それでも、亡くなった者たちが常に作者の心の中にいることが、十分に伝わってくる。

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2012年03月05日

「塔」2012年2月号(その1)

たまには自分の所属する結社の雑誌についても書こう。
2月号を読んで一番強烈だったのは次の歌である。
着物の中は鶏がらだ会場にたれか言いたり母の立てるを
               永田 淳

河野裕子さんが、亡くなった年の5月に斎藤茂吉記念全国大会で講演した時か、6月に小野市詩歌文学賞を授賞した時のことだろう。大事な場面では河野さんはいつも着物姿だった。

乳癌再発時の歌に、既に〈四十キロに及ばずなりしこの身体素足すべらせ体重計よりおりる〉(『母系』)とあり、亡くなる前の月に書いた文章には「体重も三十三キロになってしまった」(「塔」2010年8月号)とある。

この歌は、1年半くらい前の出来事を詠んだものだ。それだけの時間を経て、ようやく歌にすることができたということだろう。強い憤りと悲しみが一首の歌となるまでにかかった時間のことを思って、私は粛然とした気持ちになる。

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2012年03月04日

魚止めの滝

『狩猟サバイバル』を読んでいたら、秋田県の生保内(おぼない)川を遡行して朝日岳に登る話のなかに、次のような文章があった。
首尾よく滝の上に出たが、もっぱらの問題は滝で岩魚が止まっているかいないかだ。少し遡ったが、岩魚の姿を見ることはできなかった。
昨日最後に登った滝が魚止めだったようで、岩魚の姿はない。
昔、山で働いた人々がタンパク質確保のために、釣り上げた岩魚を滝の上に放して、岩魚の棲息範囲を広げていったとよく言われる。

これを読んで思い出したのが、次の一首。
魚止めの滝なる落差を見上げいてその上(かみ)に岩魚(いもうお)いるを
言う老(おい)        永田 淳『1/125秒』

「魚止めの滝」は魚が遡ることのできない落差を持つ滝のこと。「いもうお」はイワナの方言で、主に滋賀県での呼び方らしい。

この歌は、おそらく地元の老人が、釣り人である作者に、「魚止めの滝」の上流にもイワナが棲息していると教えてくれた場面。山で働く人や釣り人が放流したイワナの子孫たちなのかもしれない。

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2012年03月03日

服部文祥著 『狩猟サバイバル』

服部 文祥
みすず書房
発売日:2009-11-26


「サバイバル登山」を実践する著者が、さらなる登山の形を目指して行き着いたのは「狩猟」であった。本書は「サバイバル登山」+「狩猟」という新しい登山のあり方の記録であり、著者の言葉を借りれば「四シーズンで私が撃ち殺し、食料にした八頭すべての話」ということになる。

サバイバル登山とは
電池で動くものはいっさい携帯しない。テントもなし。燃料もストーブ(コンロ)もなし。食料は米と基本調味料のみで、道のない大きな山塊を長期間歩く

という登山である。著者は、岩魚や山菜を食べながらこの方法で登山を続けてきたが、冬山での食料調達のために、鉄砲による狩猟を始めることになる。主に狙うのはシカだ。

シカを撃ち殺し、その肉を食べ、真冬の雪の中を3000メートルを越える山に登る。他人から見れば無謀としか思えないスタイルを貫く著者には、強い信念がある。それは生きていく上でフェアでありたいという思いだ。
実感がないのに、命を奪うのはアンフェアなことだと私は思う。
(撃ち殺した)二頭の鹿のことを考えると私に怠慢は許されない。
人としてちゃんとケモノを殺してちゃんと食べたいと思ったからだ。

著者は決して人格高潔な人間ではない。見栄をはったり、ずるいところがあったり、気弱になったりする普通の人間である。サバイバル登山に対する異論もあるだろう。著者に対する毀誉褒貶も様々だろう。けれども、著者の信念とその行動力に対してだけは、誰も文句を言えないような気がする。
生きるということは、もしくは食べるということは、殺すことである。自分の命を肯定するなら、われわれは殺しを肯定するところからはじめなくてはならないのだ。

2009年11月25日、みすず書房、2400円。

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2012年03月02日

「未来」2012年3月号

「未来」2012年3月号を読む。
全208ページというかなりの厚さで、内容も充実していて誌面に活力がある。
いくつかの結社誌に毎月目を通しているが、「未来」が一番刺激を受けるように思う。

大島史洋さんが「関芳雄のこと」という文章を書いている。
これが、とても面白い。

歌壇的には全く無名の歌人だが、かつて(昭和37年〜46年)「未来」に十年間にわたって在籍して、歌を発表していたらしい。この方の歌をもとに、その人生を掘り下げていくという内容。その中から、河野愛子さんや画家の関主悦(ちから)との関わりなども見えてくる。

こんなこと調べて何になるんだと思う人も、きっと多いだろう。
でも、私はそうは思わない。
どういう価値があるとはっきりは言えないけれど、大事なことだと感じる。

亡くなった人は、もう自分のことを語ることはできない。
遺された歌によって、誰かがその人のことを語らなければ消えてしまうのだ。

結社の良さは、こんなふうに亡くなった人のことを忘れないで、ずっと語り継いでいくことにあるのではないだろうか。そんなことを考えさせられる文章だった。

posted by 松村正直 at 23:44| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

大辻隆弘歌集 『汀暮抄』

真夜中の花舗のガラスを曇らせて秋くさぐさのしづかな呼吸
ゆるやかに腎(むらと)を病みてゆくことのひそけさのなかに父の老いあり
うつうつと暗むこころに見下ろしぬ吾妻(あがつま)と利根と落ちあふところ
夏の河の水のひかりは橋上をよぎれるときに網棚に射す
ひぐらしの声はきこえて門といふさびしき場所を通り過ぎたり
雨粒が斜めに窓をのぼりきてわが飛行機は機首を下げゆく
命終に間にあわざりし祖母(おほはは)はベッドにまるく口あけてをり
終りたる今年の枇杷の花殻をかろく鳴らして風は漂ふ
ひとむらの白まんじゆしやげ咲くみちを来て赤彦のおくつきどころ
山鳩が中途半端に鳴きやみてそののち深き昼は続きぬ

大辻隆弘の第7歌集。2006年から2010年までの作品の中から360首が収められている。

この歌集を読んで一番に思うことは、短歌には何も起こらなくてもいい、ということだ。何も特別なことが起こらなくても、言葉の力だけで十分に読ませることができる。むしろ、何も起こらない方が、純粋に歌そのものを味わうことができる、とさえ言ってもいいかもしれない。

もちろん、この歌集にも腎臓に関わる自身の病気や、祖母と叔母の死、そして玉城徹や河野裕子の死など、印象に残るできごとは多い。しかし、それらの歌についても、作者は決して素材に寄りかかって歌を作ることはない。十分に言葉の力を働かせている。

もう一つ思うのは、旅行詠というか、移動の歌が多いことだろう。数多くの地名、それもあまり聞いたことのないような地名が歌に詠み込まれていて、地名の持つ響きが大切にされている。
稲生(いなふ)、平針、門司、伊香保、桃園(ももぞの)、贄裏(にへうら)、朽木(くつき)、橡生(とちふ)、蒲郡、雑司ヶ谷、薦生(こもふ)、桃園(タオユエン)、鳥栖、唐津、小城(をぎ)、膳所(ぜぜ)、南木曾(なぎそ)、塩尻、高遠(たかとほ)、下諏訪、壬生野(みぶの)、天ケ瀬

また、雨や川など、水に関する歌も多い。作者の家の近くを流れる祓川(はらいがわ)の話が後記に出てくるが、他にもたくさんの川の名前が登場する。
利根川、吾妻(あがつま)、安曇川(あどがは)、神田川、大淀、瀬田川、大井川、狩野川(かのがは)、土岐川、木曾川、贄川(にへがは)

中年期の作者に流れる人生の時間のように、この歌集にもずっと川が流れ続けている。

2012年1月15日、砂子屋書房、2800円。

posted by 松村正直 at 00:10| Comment(3) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする