2012年02月29日

閏年

二月二十九日たたみの暮るるころ戦きておもふ死後は永遠
           竹山 広『千日千夜』
二月二十九日晴天 八十のこころ八十のからだを支ふ
           竹山 広『射祷』(「祷」は正しくは「示+壽」)

今年は4年に1度の閏年。2月が29日まである。

2月29日の歌を探してみると、竹山広の歌が二首見つかった。実はこれ、それぞれ76歳と80歳の誕生日の歌。竹山広は1920(大正9)年の2月29日生まれ。2010年に90歳で亡くなっているが、もし生きていれば、今日が92歳の誕生日だったことになる。
大正九年二月に二十九日ありきその日の生児(あかご)いまだ生きて覚む
            竹山 広『射祷』

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2012年02月28日

高安国世の杉浦明平宛の書簡

2010年12月27日の日記に、愛知県の田原市博物館で、杉浦明平氏の遺した書簡類の整理が行われていることを記した。

先日、そこの学芸員の方から連絡があり、高安国世の杉浦明平宛の葉書が2枚見つかったとのことであった。コピーを見ると、昭和31年のものと41年のものである。たいへん貴重な資料で、ありがたい。

書簡類の整理作業は、まだ続いているらしい。平成25年の新春に杉浦明平の展覧会を行う予定だそうなので、その時にはぜひ博物館を訪れたいと思う。

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2012年02月27日

三枝昂之編著『今さら聞けない短歌のツボ100』

角川短歌ライブラリーの第1弾として刊行されたもの。「短歌と和歌はどう違う?」「歌会はなぜ必要?」「本歌取りはどこまで許される?」といった質問や、「写生」「オノマトペ」「純粋短歌」など短歌用語の解説など、合計100の項目が載っている。

執筆者は三枝昂之、今野寿美、寺尾登志子、安田純生など35名。私も5つの項目を担当した。ハンディーな装丁の初心者向けの本だが、いろいろと役に立ちそうな内容だ。

このシリーズは、2月にもう一冊、小池光『うたの人物記』が出るとのこと。さらに、3月には高野公彦『わが秀歌鑑賞』、4月には『岡井隆の短歌塾 入門編』など、「短歌」に連載された文章を中心に、続々と刊行されるようだ。

2012年2月25日、角川学芸出版、1600円。

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2012年02月26日

登録商標

早崎ふき子さんから評論集『塚本邦雄とは何か』をいただいた。
その初めのところを読むと
商標「塚本邦雄」 許諾 塚本青史

と記されている。(「塚」「邦」「青」はいずれも正字。環境依存文字のため、通常の字体に変更しています。以下、同じ)

これはどういうことなのだろうと思って、「玲瓏の会」のHPを見たところ、下記のような記載があった。
登録商標

 塚本邦雄の名は対象商標・第4556414号 第16類&第41類として登録済。
 商品名、書籍のタイトルや記事のサブタイトルなどには、無断で使用できません。
 商標権者は塚本青史。

何だか、ちょっとびっくりするような話である。

試しに、特許庁の商標出願・登録情報検索で調べてみると、確かに登録されている。→こちら
2000年12月22日に出願して、2002年4月5日に登録されたらしい。

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2012年02月25日

土木学会編『日本の土木遺産』


副題は「近代化を支えた技術を見に行く」。

土木学会が選定した選奨土木遺産約200件の中から、40件を選んで紹介した本。北は北海道の「稚内港北防波堤ドーム」から、南は鹿児島の「七窪水源地」まで、全国各地の鉄道施設、橋梁、隧道、貯木場、堰堤、灯台などが取り上げられている。

1件につき4ページという少ない分量であるが、カラー写真も豊富で、素人でも楽しく読むことができる。工法や専門用語に関する解説がもう少し欲しいところだが、これは分量的に見て仕方がないかもしれない。

今回、初めて知って驚いたのは、琵琶湖疏水の建設で(京都では)有名な田辺朔郎が、北海道の旧狩勝線の立案にも参加していたことだ。石狩と十勝の境に「狩勝峠」という名前を付けたのも田辺朔郎らしい。

選奨土木遺産は毎年新たな選定が行われ、贈呈式は11月18日の「土木の日」に行われているとのこと。何の説明も書かれていないが、この日が「土木の日」になった理由はすぐにわかった。

2012年1月20日、講談社ブルーバックス、1000円。

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2012年02月23日

「短歌研究」2012年3月号

カラーグラビア「現代の歌枕」は佐藤通雅さん。
「みちのく 東北」を取り上げて、その中で次のように書いている。
 ところで、みちのくが中央の〈植民地〉的存在であることは、過去のことではなかった。3・11によって図らずも〈植民地〉状態はさらけ出された。首都圏の電力は福島から送られていた。その福島が多大な被害をこうむり、なお継続中だ。「福島の復興なくして日本の復興なし」の掛け声があがるものの、首都圏もどこも、わが身を不利にしてまで救おうとはしない。みちのくは、こういう理不尽を何度でも体験してきた。

こうした根強い不信感が、佐藤さんの根底にはあるのだろう。

その気持ちはよくわかるのだが、一方でこうした図式の持つわかりやすさ、単純さといったものに対して、私は慎重でありたいと思う。

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2012年02月22日

「歌壇」2012年3月号(その4)

佐藤さんの文章を読んで、一つ気が付いたことがある。
些細なことだが、たぶん大事なことだ。
あそこで良かったってことはあると思うんですよ。
あそこでよかったってことはあると思うんですよ。

上が「短歌往来」の松村の発言の一部。下が今回の佐藤さんの引用。
「良かった」が「よかった」になっている。

これを偶然だとは思わない。

佐藤さんは「良かった」とは書きたくなくて「よかった」にしたのだと思う。たとえ、引用であっても、「良かった」と漢字では書きたくなかったのだろう。意味が強く出過ぎるからだ。

佐藤さんには、それだけ微妙な配慮があった。
そのことに対して、私は神妙な気持ちになる。

今回のできごとを通じて、私に突きつけられたのは、〈「あそこで良かった」という気持ちは、お前自身のものではないのか〉という問いに他ならない。

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2012年02月21日

渡辺一史著『北の無人駅から』

渡辺 一史
北海道新聞社
発売日:2011-11


久しぶりにすごい本を読んだ。
全792ページ。圧巻である。

室蘭本線・小幌駅、札沼線・新十津川駅、留萌本線・増毛駅など、北海道内の無人駅を起点に、その土地の歴史や風土、そこに暮らす人々の生活に迫ったノンフィクション。全7章。

長期間にわたって継続的な取材と聞き取りを行い、「地方」の現実をなまなましく描き出している。漁業、農業、自然保護、観光、公共事業、限界集落、地方自治・・・そこに挙げられた問題は、取りも直さず現代の日本が抱えている問題の縮図に他ならない。

最初から大きな話をするのではなく、小さなことを丹念に調べることによって、次第に大きな話が見えてくる。この方法を徹底して行っていることが、本書の特徴であろう。

わからないことを訳知り顔に書いたりしないし、物事をわかりやすく単純化したりもしない。もつれ合った糸を一本一本手作業でほぐしていくように、じっくりと書き進めている。その姿勢が何よりも信頼できる。

人間の持つ愚かさ、悲しさ、醜さ、偉大さ、逞しさ、愛しさ、といったものに、何度も心を揺さぶられた。人が生まれて、そして死んでいくというのは、すごいことだとあらためて思う。

この本を書くのに、著者は8年という歳月を要している。
(…)とにかくこの8年、私は寝ても覚めてもこの本を完成させることだけを考え続けていた。この本一冊のために、一度もさわやかな朝食を口にしなかった。

「おわりに」に書かれたこの一文に、私は深く頭を垂れたいと思う。

2011年10月31日、北海道新聞社、2500円。

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2012年02月20日

修辞

短歌の「修辞」に関しては、いくつもの誤解が付きまとっているように思う。

例えば短歌の入門書などを見ると、修辞の例として、「比喩」「オノマトペ」「リフレイン」「本歌取り」「枕詞」「序詞」「縁語」「擬人法」「ルビ」「固有名詞」「数詞」といったものが並んでいて、それぞれ例歌が載っている。

これも、確かに修辞には違いない。でも、修辞というのは、本来そんな狭い範囲のものではないだろう。上に挙がっているものなど、全体の5%くらいに過ぎないのではないか。

実作の経験から言えば、

「語順」・・・言葉をどう並べるか
「てにをは」・・・言葉をどうつなげるか
「省略」・・・何を言葉にして、何を言葉にしないか
「漢字・ひらがな」・・・言葉をどう表記するか

といったことの方が、はるかに修辞として大切なように思う。

また、〈「主題」か「修辞」か〉〈「人生派」か「言葉派」か〉といった話も、そもそもの問題設定が間違っている気がする。この二つは分けられるものでも、対立するものでもないだろう。こうした分け方をする人は、一見、修辞や言葉を大事にしているようでいて、実は軽くしか思っていないのではないだろうか。

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2012年02月19日

「歌壇」2012年3月号(その3)

佐藤通雅さんとは何度かお会いしたこともあるし、悪意で他人の文章を引用する人でないことも知っている。評論集も何冊も出しているベテランで、引用のあり方など言われるまでもなくご存知のはずである。

それでは、なぜ今回のようなことが起きたのか。

佐藤さんの今回の評論「震災詠から見えてくるもの」に繰り返し出てくるのは、「当事者」という言葉であり、「被災圏」「圏内」「圏外」という言葉である。佐藤さん自身は仙台に住み、長年にわたって東北を拠点に活動を続けてこられた方だ。

そんな佐藤さんからすれば、私は当然「圏外」の人間であり、「当事者」意識の薄い人間にしか見えないのだろう。福島の原発に関して、「あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと」と私が言ってみたところで、「お前もそちら側の人間だろう」ということなのかもしれない。

それに対して、私は反論する言葉を持たない。

そうした分断状況を、3月11日の震災以降、私はずっと感じ続けてきたように思う。
(この項、つづく)

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2012年02月17日

アンドロイド演劇「さようならVer.2」

平田オリザ+石黒浩研究室による作品。

「ロボティクス演劇祭」の演目として、大阪大学豊中キャンパスにて上演された。無料。今回の上演は、従来のもの(約15分)に、東日本大震災を受けて約10分の後半部分を追加したバージョンで、約25分。

人間にできること、アンドロイドにできること。
人間にできないこと、アンドロイドにできないこと。
人間とは何か、アンドロイドとは何か。

いろいろと考えさせられた。

劇中でアンドロイドが詩や短歌をたくさん朗読するのだが、それらがすべて「行く」や「旅」をキーワードにしたものだったことに、後から気が付いた。

上演終了後に、平田オリザ・石黒浩・浅田稔によるアフタートークもあり、これがまた笑いを交えつつの実に刺激的な内容だった。今後のロボット演劇の展開がますます楽しみである。

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2012年02月15日

「歌壇」2012年3月号(その2)

「短歌往来」1月号の該当部分は下記の通りである。
松村 そうですね。やっぱり難しいですね。特に原発の問題は、原発が福島の浜通りと呼ばれる地域に位置してること自体偶然ではなくて、選ばれてあそこにあるわけですね。東京じゃなくて福島にあるってことは非常に構造的な問題としてあって、今回二十キロメートルとか三十キロメートル圏内の人たちが避難しても、あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと、言葉は悪くて申し訳ないんだけどあそこで良かったってことはあると思うんですよ。東京にあったらそんな規模の避難じゃ済まないわけですし。都市と地方の過密過疎という、日本が抱えている構造的な問題が原子力発電所には特徴的に表われていると思うんですね。福島の問題であると同時に東京の問題でもあるし、日本の問題でもある。(以下略)

佐藤さんの文章と比べていただければすぐにわかるが、佐藤さんの引用では「あそこを最初に選んだ人の意識に立って言うと」という部分がすっぽりと省かれているのだ。それは、ちょっとフェアではないように思う。

特に、佐藤さんの評論を読んで、引用されている元の対談まで読み直す人はほとんどいないだろうから、「あそこで良かった」というのが私自身の気持ちということになってしまう。もちろん、全文引用できるはずもなく引用が部分的になるのは仕方がないのだが、これではどうもやり切れない。

そんなふうに、最初は思ったのだ。
(この項、つづく)

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2012年02月14日

「歌壇」2012年3月号(その1)

佐藤通雅さんの評論「震災詠からみえてくるもの」を詠んだ。
その中に、次のような部分がある。少し長いが引用する。
 このような目線のおきかたによるずれは避けがたい。短歌総合誌には、震災詠をめぐる対談や座談が組まれたが、ほとんどが圏外のメンバーだった。だから私は、とんでもないずれた発言がもれるのではないかとヒヤヒヤしたが、やはり出た。
 (略)
 対談「大震災と詩歌を語る」(「短歌往来」平24・1)の参加者は松本健一・松村正直。松村は原発が福島の浜通りに設置されたことをとりあげて、「言葉は悪くて申し訳ないんだけれど」と低姿勢ながら、「あそこでよかったってことはあると思うんですよ。東京にあったらそんな規模の避難じゃ済まないわけですし。」と発言する。これも大臣なら、即刻辞任である。原爆の落ちたのは、東京でなくて広島や長崎でよかったと公言するに等しい。発言がまちがっているわけでなく、むしろ本当のことだ。しかし、圏内のものがいうか、圏外のものがいうかによって、受けとめ方がまるで異なる状況というものがある。もし、対談や座談に一人でも被災圏のメンバーがいれば、チェックできたはずだが、そうはならなかった。

初めにこの部分を読んだ時に、私はエッと驚いた。「あそこでよかった」なんて、自分が発言していることに、びっくりしたのである。これは、批判を受けても当然の言葉ではないか。

慌てて、当の「短歌往来」1月号を読み直してみた。

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2012年02月13日

映画「しあわせのパン」

監督・脚本:三島有紀子、主演:原田知世・大泉洋。
北海道の洞爺湖畔にカフェ兼ペンションを営む夫婦と、そこに集うお客さんたちの物語。

「かもめ食堂」(2006)、「つむじ風食堂の夜」(2009)、「スープ・オペラ」(2010)など、最近、食べ物や料理店を中心にした映画は多い。この映画もパン作りや食事のシーンが見どころの一つになっている。

脚本は少々ベタな部分があってイマイチなのだが、北海道の四季の風景と主演二人の表情が素晴らしい。原田知世は久しぶりに見たが、昔よりずっといい。大泉洋は昨年の「探偵はBARにいる」も良かったが、今回もまた違った良さを見せている。ますますファンになった。

京都シネマにて。114分。


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2012年02月11日

村上春樹

1月のe歌会(「塔」のメーリングリストを使った歌会)で、村上春樹の話題が出た。ある歌をめぐる批評の中で、村上春樹っぽい文体といったような話があり、議論が盛り上がったのである。好き嫌いを含めて、村上春樹に関心を持っている人は多いようだ。

古い「塔」をパラパラ読んでいたら、高安国世が村上春樹について書いている文章を見つけた。二人が時代的に重なっているとは思わなかったので、ちょっと意外な気がした。1983年7月号である。
すこし前に村上春樹の『羊をめぐる冒険』を読んだ。最近は短歌に関する仕事がやたらにふえて、あまり小説など読んだことがなかったせいか、久しぶりに活発な興味をもって読了した。

はじめは現代の若手作家はどういうことを書くのだろうとか、そこに現れてくる現代の生活情況とか主人公の没理想的な生活態度とかに興味を抱かせられたと言ってよいが、しかしそれだけではない明らかに文学以外では味わえない何物かによって引きずられ、気持ちをかき立てられて行くことに気づいた。

要約できないもの、何と指して言えない魅力―これは何だろうかと、あとで考えて、そうだ、それは文体なのだと気付いた。逆に言うならば、文体のない文章ほどつまらないものはないのだ。

文章の内容とか意味とかと無論切りはなすことはできないのだろうが、言葉のリズムとか作者の息づかいと言ったものがこちらの体感として伝わってくることがなければ、私たちはとうてい数ページの文章も辛抱できないのではないか。(以下略)

高安さんは翌1984年に亡くなっている。晩年の高安さんが村上春樹の初期の作品を読み、その文体に注目していたことを、何ともおもしろいなあと思う。

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2012年02月09日

節分草

二月九日朝霜ゆるむ下ぐれに節分草はしろ花かかぐ
             石田比呂志『琅かん(王+干)』

第4歌集『琅かん』(1978)の一首。「かん」は「王」+「干」であるが、機種依存文字なのでひらがなにしておく。このあたりがワープロの不便なところ。

「琅かん」は硬玉の名前を表すほか、美しい竹という意味もある。「春香をふふめる風を孕むゆえ琅かんは鳴る竹の林に」という歌があるので、この歌集では後者の意味だろう。

節分草はキンポウゲ科の多年草で、節分の頃に白い五弁の花を咲かせる。カタクリなどとともに、開花後2〜3か月で一年の生活サイクルを終える典型的な早春植物である。

この歌は厳しい寒さの緩んできた時期に、地面に節分草の花を見つけて、春の訪れを感じているもの。「下ぐれ」はちょっと目に付きにくいような感じだろうか。林床のような場所かもしれない。

「二月九日」という日付が入っているのが面白い。日記の記述のようにさり気なく、それでいて確かな事実といった印象を与える。もちろん、これが「二月三日」では、節分と符合しすぎて逆効果だろう。

石田比呂志と言うと、すぐに反骨や無頼、豪放磊落といったイメージが思い浮かぶが、実はこうした繊細な歌も意外とたくさん残しているのである。

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2012年02月08日

「虹」 2012年冬号

上野春子さんが代表を務める同人誌「虹」の第2号が出た。

石田比呂志さんが亡くなった時の様子を記した連載「その日の石田さん」の2回目が載っている。電話がつながらないことを心配して、上野さんは石田宅を訪れ、意識不明の石田さんを発見する。以下、119番の電話でのやり取り。
「お幾つですか」やっと向こうが声を発した。「八十歳です」「御家族の方ですか」「いいえ家族はいません。一人暮らしです」「独居老人ですね」「はい」。はいと答えながら動揺した。(…)石田さんは特別な人だ、ただの年寄じゃない、そう言いたかった。でも独居老人ですかと聞かれると「はい」としか言いようがない。

この気持ち、よくわかる気がする。

ドッキョロージンというのは、確かに冷たい語感の言葉だ。普段はそれほど感じなかったであろう違和感を、119番の電話という緊迫した場面で感じたというところに、何とも言えないリアリティがある。

2012年1月25日、300円。

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2012年02月07日

染野太朗歌集 『あの日の海』

雨にしずむ皇居の森を見おろして缶コーヒーが窓際に立つ
胡麻塩の胡麻のようだな多数派となりて出でたり小会議室を
戦前のひろしまを知らず春まひる路面電車で紙屋町を過ぐ
ぼくは痩せ友は太った 体重が落ちつく頃に終らん若さは
時間という雲をあやつり生徒らは眠り続ける 時おり日の差す
クロールに息継ぎすればそのたびに窓に射す陽の右眼に溜まる
たろうさんたろうさんとぼくを呼ぶ義父母に鬱を告げ得ず二年
コピー機のひかり行き来す教師らの突き出た腹のベルトのあたり
雨音のとおく連なる日曜日隙間の多き身体を起こす
不満というわけではないと言いながら木香薔薇に触れている人

教師をしていて、結婚をして、鬱になって、休職して、復帰して、という等身大の作者の現在が、率直に詠われている。詠いにくい部分も詠っているところに、力を感じる。表現力よりは人間力で読ませる歌集と言えばいいだろうか。共感したり、反発したりと、読みながら感情移入する部分が多かった。
吉野家の豚丼にそっと添えられて兵士の眼冷えきっており

これは、もちろん「兵士の眼」=「生卵」というコードで読む歌。塚本邦雄の〈突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼(まなこ)〉を踏まえたものである。豚丼と兵士の眼の取り合わせに一瞬ギョッとする。

「ドトール」「サンマルクカフェ」「タリーズ」「スターバックス」など、今どきのコーヒーチェーン店が実名入り(?)でたくさん登場するのも、この歌集の雰囲気によく合っている。

2011年2月20日、本阿弥書店、2800円

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2012年02月06日

長浜

日曜日は息子を連れて長浜へ。

10:00に大津港発の雪見船に乗る。乗客は20名くらい。船室は暖かいが、甲板は風が吹いていて5分と出ていられない。途中、琵琶湖大橋や沖島、沖の白石、多景島(たけしま)などを眺めて、12:10長浜港に到着。

長浜はけっこうな雪が積もっている。

IMG_2967.JPG

「茶しん」というお店で関西圏唯一のホワイト餃子を食べ、いよいよ観光客の多い黒壁スクエアへ。目当ては「海洋堂フィギュアミュージアム龍遊館」である。

IMG_2969.JPG

ここには、動物、昆虫、恐竜などからアニメのキャラクター、美少女フィギュアまで、ありとあらゆるフィギュアが展示されている。

フィギュア塗装やジオラマ製作の体験教室も行われており、息子はドラゴンの塗装に挑戦。親切なオネエサンの指導のもと、たっぷり1時間くらいかけて満足の一体を仕上げた。

帰りは長浜駅から新快速で一路京都へ。

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2012年02月05日

岡井隆著 『森鴎外の『うた日記』』


日露戦争に第二軍の軍医部長として出征した森鴎外が著した『うた日記』(明治40年)。そこには新体詩58篇、訳詩9篇、長歌9首、短歌331首、俳句168句が収められている。本書はその『うた日記』を読み解いていく内容である。

と言っても、難しいものではない。エッセイと評論と研究が入り混じったような、岡井ならではの散文で、楽しく読み進むことができる。既刊の『「赤光」の生誕』『鴎外・茂吉・杢太郎―「テエベス百門」の夕映え』よりも分量が少なく、一番読みやすいかもしれない。

と言っても、もちろん単にやさしく楽しいだけではない。非常に複雑な本である。これは「日露戦争」についての本でもあり、「日露戦争に出征した森鴎外」についての本でもあり、「日露戦争に出征した森鴎外の著した『うた日記』」についての本でもあり、さらには「日露戦争に出征した森鴎外の著した『うた日記』を読む岡井隆」についての本でもあるのだ。

岡井の散文の特徴は、連載期間(2009年6月〜2011年5月)の出来事が折々文章の中に差し挟まれることだろう。東京国立博物館の阿修羅展の話があり、NHKドラマ『坂の上の雲』の話があり、東日本大震災の話がある。そのため、「既に書かれた本」ではなく「今まさに書かれつつある本」を読んでいるような印象を受ける。

わかりやすい例を一つ挙げよう。

8章目の文中に「佐佐木弘綱・佐佐木信綱校註」という言葉が出てくるのだが、この部分について、直後の9章目で次のように書いている。
もう一つ、前章の記述で、『日本歌学全書』の『万葉集』の校註者は佐々木弘綱、佐々木信綱であってその姓は佐佐木ではない。このころはまだ戸籍名の佐々木を使っておられたので、後に、よく知られているように筆名の佐佐木を使われるようになった。わたしの記載を校正の方が、誤記と思って直して下さったとしても、これは仕方がない。

こうした部分は、連載中はともかく、一冊の本にまとめる段階で訂正・削除することもできただろう。しかし、あえてそれをしないのである。こうした部分を残すことによって、読み手もまた岡井と一緒になって「今まさに書かれつつある本」をたどっている気分になれるのだ。

これが、岡井の散文の一番大きな特徴だろう。少し話を広げれば、これは短歌の作り方にも共通するもののような気がする。「既に詠まれた歌」ではなく「今まさに詠まれつつある歌」として歌を詠むこと。岡井の散文の文体は、短歌の実作の中からヒントを得て生み出されたものなのかもしれない。

まあ、長々と書いてはみたが、結論は「岡井隆の散文は面白い」ということに尽きる。

2012年1月15日、書肆山田、3200円。

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2012年02月04日

「未来」2012年2月号

大島史洋さんの「選歌のあとに」に目が止まった。
「未来」十二月号の「続・物故歌人アンソロジー(4)」(さいとうなおこ・抄出)の樋口治子さんの名前を見て思い出したことがある。この人は土屋文明に「初々しく立ち居するハル子さんに会ひましたよ佐保の山べの未亡人寄宿舎」(『山下水』)とうたわれたその人である。「未来聴聞記」に登場してもらおうと思って打診したところ入院中とのことであり、しばらくして亡くなられたのであった。

この樋口治子さんについては、昨年、「「樋口作太郎に報ず」考(二)―ハル子さん」(「塔」2011年5月号)という文章の中で取り上げたことがある。樋口治子さんは、文明選歌欄の歌人樋口作太郎の息子勇作の妻にあたる人。亡くなる少し前に出た歌集『行雲』(1998年)には、文明のことを詠んだ次のような歌がある。
得難きを得難きと思わぬ貧しさか佐保の寄宿舎に訪い賜いにき
はる子さんとよみ給いし日のありてそこのみに照る吾の陽溜り

「未来」12月号には、さいとうなおこさんの抄出で8首の歌が引かれている。そのうちの3首をあげる。
樋口治子(札幌)  一九八七年入会 一九九八年十一月二〇日没
さらさらとダクトを流るる春の雪やさしき音の一つに数う
幼児の吾を遠くに遊ばせてふるさと今し雪降りしきる
茂吉眠る小さき墓の黒みかげに象眼のごとくあきつ動かぬ

亡くなった方のことを忘れないというのも、結社の大切な役割だろう。

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2012年02月03日

伊井圭著 『啄木鳥探偵處(きつつきたんていどころ)』


石川啄木が探偵役で、親友の金田一京助が助手を務める連作短編5編を収録。小説や校正の仕事では食べていけない啄木が、生活費を稼ぐために探偵稼業を始めたという設定になっている。

トリックや謎解きなど推理小説としての面白さよりも、ホームズとワトソンのような二人の掛け合いが楽しい。また、浅草をはじめとした明治末の東京の町の様子が丁寧に描かれている点に特徴があるだろう。こんな感じの文章である。
 東鉄が走る往還から、僕たち二人は浅草六区の通りにでたところだった。板石を敷きつめた小路にはいると、目の前が急に明るくなる。歌舞伎をまねた小芝居の劇場やら、料亭やミルクホールが軒を連ねるその戸口を、様々な照明が彩っている。(…)
 すっかりさびれてしまったパノラマ館を過ぎて、またひと角曲がる。客寄せの幟がひしめく通りに出た。活動写真館が、道路の両側を占めている。東京市内だけでも七十を越えるときく常設館の、その半分もあるかとみえるほど、活動写真館ばかりが目についた。

各編のエピローグには必ず啄木の短歌が一首引かれて、余韻を残す終り方となっている。

2008年11月21日、創元推理文庫、680円。

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2012年02月02日

「波」2012年2月号

永田さんの連載「河野裕子と私」は第9回。

今月は、1998年の永田家の引越しと2008年の建て替えの話。私が京都に住み始めた2001年から、「塔」の再校・割付は永田家で行われるようになったので、建て替え前の家も今の家もよく知っている。

古い「塔」をパラパラ調べてみると、2001年5月号の編集後記に永田さんが次のように書いているのが見つかった。
□連休最後の日曜日、吉川、真中、松村三君が岩倉のわが家に集り、これからの編集実務体制について、相談をした。毎月、第一日曜日にわが家で割り付けと再校とを同時に行うことにする。

なんとも、懐かしい。

今回の連載で目を引いたのは次の部分。河野さんと母親の君江さんとの強い結びつきを述べた中に出てくるくだりである。
父親の河野如矢(ゆきや)との相性が悪く(本当は性格が似すぎているところがあったのだが)、幼児期より父親を徹底的に避けていた。

先週このブログで引いた
醜悪な老猿のごとく背を曲げて飯喰う父を今は憎まず
         産経新聞(大阪本社版)昭和40年3月3日

という歌も、そうした文脈においてみるとよくわかる気がする

posted by 松村正直 at 00:19| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

れんげ

『黄あやめの頃』の中に、こんな一首があった。
れんげ詠みれんげを寂しい花にした永井陽子の髪の毛細し
                    前田康子

これを読んですぐに思い出したのが、河野裕子のこの歌。
  二月八日 大雪 『てまり唄』再読
れんげさうの好きな歌人でありしかなほつそりとここにもれんげさうの歌
               河野裕子『日付のある歌』

2000年1月26日の永井さんの死去を受けて作られた歌である。
この時点では、まだ遺歌集の『小さなヴァイオリンが欲しくて』は出版されていないので、『てまり唄』が最後の歌集であった。

永井陽子の『てまり唄』を見てみると、なるほど、れんげの歌がいっぱいある。
貧乏籤からりと引いて引き捨ててれんげ明かりの道帰るのみ
仕事にも飽きて閉ぢたるまなうらにれんげが咲いてゐるではないか
珠数玉をたづさへ渡る向かう岸にもれんげが咲いてゐるならいいね
葬ひののちのことどもするうちにれんげの季節すぎてしまへり
そのかみのかなしいれんげつみにゆく少女に夜ごと逢ふ油坂

4首目に「葬ひ」とあるのは、亡くなったお母さんのこと。確かに寂しい歌が多い。

そう言えば、河野さんもまたれんげの歌をいっぱい詠んだ人であった。
言ひ負けし吾(あ)は来てかがむはるくさのれんげの茎の柔さ繊(ほそ)さよ
                   河野裕子『紅』

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