2011年10月31日

網野善彦著 『古文書返却の旅』


副題は「戦後史学史の一齣」。

戦後間もなくの昭和24年秋、全国各地の漁村の古文書を調査・整理して、本格的な資料館を設立するという計画が、水産庁の委託のもと、日本常民研究所月島分室にて始まった。

しかし、この遠大な計画は中途で頓挫し、昭和29年度で水産庁の予算が打ち切りとなってしまう。組織は改編され、研究者たちも新たな就職口を求めて四散。その結果、百万点を超える文書が借りたままの形で残された。

この本は、その後、約50年をかけて著者がそれらの文書を元の持ち主へと返却するまでの記録である。訪れた場所は、対馬、霞ヶ浦、二神島(愛媛県)、奥能登、和歌山、気仙沼、佐渡、真鍋島(岡山県)など、日本各地にわたっている。

著者も記している通り、これは歴史・民俗研究における「失敗史」であるのだが、読んでいてすこぶる面白い。この後始末の旅を通じて、著者は日本の漁村が廻船業や交易などによって栄え、豊かな歴史を育んでいたことを知るようになる。

文書が伝えているものを解き明かすには、多くの人々の協力が必要である。文書の持ち主と借り手、仲介者、研究者、筆写(撮影)する人、補修する人、市史の編纂者など、様々な信頼関係があって、初めて研究が進む。

そういう意味で、この本は歴史学における貴重な証言であるとともに、すぐれた人間ドラマでもあるように思う。

1999年10月25日、中公新書、660円。

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2011年10月30日

「りとむ」2011年11月号

「りとむ」の巻頭に「てんきりん」という欄がある。三枝昂之さんと今野寿美さんが毎号交替で一首評を書いているもの。今月は河野裕子さんの〈手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が〉を今野さんが取り上げている。その中に
(…)上の句は夫と子らに向けたのか、「あなた」と口にしながら夫を想ったのか、読者はそれぞれ自分なりの解釈で感じ入っている。それでいいと思う。でも、こうも思う。並列の言い方をしながらも一首としては〈あなた〉ひとりを想定していた。〈あなた〉ひとりに触れようとした。(…)
と書かれていて、ハッとした。「あなたとあなたに」をどのように解釈するかについて、作品発表後からいくつもの読みが出ているが、「あなた」をかぎ括弧に入れる読みは初めて目にしたのだ。

〈手を伸ばして「あなた」と声をかけながらあなたに触れたいと思うのに〉という感じだろう。この読みはかなり魅力的である。上句に声を想定すると、下句の「息が足りない」が一層切実に響いてくる。

この読みは、7月31日の山川登美子記念短歌大会の鼎談の中で披露されたものらしい。同じ号に載っている報告記(栗田明代)には次のように書かれている。
歌集の最後、この辞世の歌の呼びかけの相手は単数か複数かで大いに盛り上がった。当初、あなたにも、あなたにも、みんなに声を掛けたいのよ、と複数説が優勢だったらしいが、今野氏は単数にこだわる。
単数か複数かということで言えば、私も最初からこの歌は単数のイメージで読んでいた。目の前の「あなた」と存在としての「あなた」というような感じで理解していたのである。ただ、どうにもうまく説明ができずに困っていた。

今回の読みは、その点でかなり有力な読みになるような気がする。かぎ括弧の有無については、この歌が口述筆記されたことを考慮に入れてもいいだろう。実際に歌集『蝉声』の第2部(口述筆記など未発表作)には、かぎ括弧を用いた歌が一首もない。

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2011年10月29日

「短歌」2011年11月号(その1)

第57回角川短歌賞が発表されている。
受賞作は立花開「一人、教室」。
うすみどりの気配を髪にまといつつ風に押されて歩く。君まで
「特別」と言われた日から特別というものになりライラック咲く
子供らが描くような夜と月の空見上げる私はいま美しい
木のへらをがりりと噛んで染み出したミルクの味を吸う夏以前
やわらかく監禁されて降る雨に窓辺にもたれた一人、教室
作者は高校3年生。若々しい恋の歌であり、言葉をのびのびと使っている。2首目は恋の意識の始まりをあざやかに捉えた歌。大松達知さんの〈a pen が the pen になる瞬間に愛が生まれる さういふことさ〉を思い出した。5首目は「やわらかく監禁されて」に、教室という空間の持つ雰囲気や恋愛中の心理状況がうまく表現されている。

一連の終わり近くになって、恋の相手が先生であることが明らかにされる。そのあたりの歌をどう評価するか(通俗か、切実か)で選考委員の意見が分かれていたが、展開の仕方に限って言えばうまいと思う。

50首のうち約半数を体言止めが占めていることや、〈「夏行き」のチケット買って飛び乗った快速特急 座席は「青春」〉など明らかに水準以下の歌があることなど、難点を挙げればキリがない。でも全体として、新人賞にふさわしい作品だと思った。

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2011年10月28日

北杜夫

北杜夫が亡くなった。

最近はまったく読んでいないが、高校生の頃は『どくとるマンボウ』のシリーズや『さびしい王様』3部作、『楡家の人びと』『夜と霧の隅で』など、新潮文庫の北杜夫作品に読みふけっていた。今でも親しみを感じる名前である。

短歌関係では、やはり茂吉4部作が忘れがたい。

北杜夫は戦後、茂吉が箱根強羅の山荘へ行く時に同行することが多かったようで、歌集『つきかげ』にたびたび登場している。
わが次男に飯を炊かしめやうやくに心さだまるを待ちつつぞ居る
次男と二人よひはやくより寝(いね)むとす電灯つかぬ一夜(ひとよ)の山の中や
孫太郎虫(むし)の成虫を捕へ来て一日(ひとひ)見て居りわれと次男と
仙台の宗吉よりハガキのたよりあり彼は松島を好まぬらしも
4首目は昭和26年、茂吉の最晩年の歌である。

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2011年10月27日

引用歌の出典の表記

『老いの歌』を読んでいて気がついたのは、引用歌が複数ある場合に最後の歌に出典が記されていることである。
1111111111111111111
2222222222222222222 『A』
3333333333333333333
4444444444444444444 『B』
上の例で言えば、1首目と2首目が『A』から、3首目と4首目が『B』から引かれていることになる。一方で、『転形期と批評』『現代短歌作法』などの小高さんのこれまでの評論集では、初めの歌に出典が記載されていた。
1111111111111111111 『A』
2222222222222222222
3333333333333333333 『B』
4444444444444444444
この例で言えば、1首目と2首目が『A』、3首目と4首目が『B』である。短歌の世界では一般的に、こちらの方式が多いように思う。

今回の『老いの歌』は岩波新書の一冊であり、一般向けに書かれていることもあって、前者の方式になったのだろう。つまり、世間的には前者の方がわかりやすいということだ。

もっとも、上記の二つの例の場合は、どちらの方式を用いているのか迷うことはないだろう。前者では最初の歌に出典がないし、後者では最後の歌に出典がないからだ。

でも、例えば次のような場合はどうだろう。
1111111111111111111 『A』
2222222222222222222
3333333333333333333
4444444444444444444 『B』
この例の場合、前者の方式であれば、1が『A』で2〜4が『B』となる。後者の方式であれば、1〜3が『A』で4が『B』となる。このように、どちらの方式を用いているかで、歌の出典が変ってしまうわけだ。

些細なことではあるのだが、短歌の文章を書いたり読んだりする時に、この表記の仕方がいつも気になっている。

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2011年10月26日

馬場あき子歌集『鶴かへらず』

馬場 あき子
角川学芸出版
発売日:2011-09-27


第23歌集。
題名は世阿弥作の能「桜川」の中の文句とのこと。あとがきに次のように記されている。
本来この題名は、今は亡き河野裕子さんが何番目かの歌集を編まれた時、「もう青春ではないしなあ」と相談されて、ふと口をついた詩句だったが、若い河野さんには少しさびしすぎた。それを私が使うことにしたのである。私のような年齢の者にとってはこの言葉は過ぎた時代や時間への回想も含めて感慨深いものがある。
口語を取り入れた日常的で親しみやすい歌と、文語の伝統や品格を感じさせる歌とがバランスよくまざっている。自らの老いを詠んだ歌も多く、全体に静謐なさびしさが滲むような印象を受けた。
人工のレンズ眼球に入り来たりすずしくて青き裏富士立てり
見ちやいけない春のおへそを少しだけ見せてあゆめるをとめのわらひ
桜みる人に紛れて探偵がゐてもいいならなりたいわたし
髷結ひし侍も侍女もよく見ればピアスの穴を耳にあけゐつ
わが町のまろん通りの玉子やの猫は静かに降る雨を見る
頼政の面は頼政かけるのみ七十に余りなほもたたかふ
雪の奈良どこへも行かず見る雪にかすむ塔あり昏るる池あり
蓮枯れてきたなき池と思ふとき結婚しようと誰かささやく
江戸城に鶴の吸物賜はりし地謡方の末も絶えたり
あの人も鬱になつたと語り合ひお先にと夜のでんしや降りゆく
2011年9月25日、角川書店、2800円

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2011年10月25日

小高賢著 『老いの歌』


副題は「新しく生きる時間へ」。

老いの歌が持つ豊かさや超高齢社会において短歌が果たす役割について、具体的な作品を挙げつつ論じている。その前提として、短歌が他のジャンルに比べて最もよく老いのありようを伝えているという著者の発見(?)がある。

一口に「老いの歌」と言っても、一つには茂吉の『つきかげ』に見られるような歌をどう評価するかという問題があり、もう一つには新聞や短歌大会に投稿する高齢者の歌を短歌の中でどのように位置づけるかという問題がある。

いくつか印象に残った言葉を引いておこう。

短歌は、作者名も作品の一部である。
短歌は文学である。しかし、文学でもある(原文「でもある」に傍点あり)という側面は大事なことだ。
俳句には人間の時間を超えようとする傾向がある。しかし、短歌はあくまで人間の一生といった限られた時間に執着する。
こうした見方に私も基本的には賛成なのだが、ここまで断言してしまって良いのかという危惧もある。ただ、老いの歌の問題を考えるうえで、第二芸術論→前衛短歌といった短歌史の延長では捉え切れないものがあることは、よくわかる気がする。

そういう意味では、土屋文明の『青南後集』『青南後集以後』といった歌集から多くの歌が引かれていることも、示唆的であると言えるかもしれない。

2011年8月19日、岩波新書、700円。

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2011年10月24日

須田郡司著『日本の聖なる石を訪ねて』


副題は「知られざるパワー・ストーン300ヵ所」。

著者は国内だけでなく世界各国を回って、巨石や人々の信仰を集める石を撮影している写真家。この本では日本各地にある15か所のイワクラ(岩座・磐座)や石神、巨石などを取り上げているほか、巻末には306ヵ所におよぶリストが掲載されている。

他にも宗教学者・鎌田東二との対談や、祀られる石のタイプの分類(巨石、夫婦岩、そそり立つ石、切られた石、落ちそうで落ちない石、丸石など)があり、人と石との関わりを考えるうえでの様々なヒントが含まれている。

一つ一つの写真を見ているだけでも圧倒的な迫力だ。宮島弥山の巨石や滋賀の石山寺、山形の垂水遺跡など、いくつか行ったことのある場所もある。京都や大阪にも数多くの石が祀られているので、時間を見つけて訪れてみたい。

2011年10月10日、祥伝社新書、940円。

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2011年10月22日

京都国際マンガミュージアム

IMG_2842.jpg

今日は時代祭を見に行く予定だったのだが、雨のため中止。代わりに息子を連れて烏丸御池にある京都国際マンガミュージアムを初めて訪れた。

ここは、旧・龍池小学校を改築して建てられたもので、小学校の歴史に関する展示も行っている。地元の集会場のようなスペースもあり、地域密着という印象だ。階段部分などは、小学校当時の雰囲気がそのまま残っている。

IMG_2845.jpg

30万点に及ぶ収蔵資料のうち、約5万点が壁に並んでいて、自由に読むことができる。土曜日ということもあって、家族連れを中心に大勢の人で賑わっていた。外国人の姿も多く、マンガに対する関心の高さを伺わせる。

天気が良ければ、テラスに出てマンガを読むこともできるし、人工芝の張られた校庭で遊ぶこともできる。一日中いても飽きない場所であろう。

posted by 松村正直 at 23:27| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

国際反戦デー

十・二一「国際反戦デー」といふ行事ありきいつも晴れてゐき
           花山多佳子『胡瓜草』
今日は朝からよく晴れていた。新聞ではリビアのカダフィ氏の死が報じられた。

「国際反戦デー」は、僕が学生だった頃(もう20年も前の話だ)には、まだかろうじて残っていて、この日にあわせて集会やデモなどが行われていた。もちろん、1968年や69年の闘争のことは、その頃すでに伝説であった。

「ありき」「晴れてゐき」と二回重ねられた過去の助動詞が、時代の移り変わりと歳月の経過をはっきりと印象づけている。もう、新聞などで「国際反戦デー」という言葉を目にすることもなくなった。
騒乱罪適用されしニュース告げ一〇・二一夜果てしなき
           道浦母都子『無援の抒情』

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2011年10月20日

和合亮一『詩の礫』

和合亮一
徳間書店
発売日:2011-06-16


震災関連の本をいくつか。

震災5日後の3月16日から、福島市に住む作者がツイッターに書き始めた言葉をまとめた詩集。新聞や雑誌などでも取り上げられて大きな話題を呼んだ作品である。

「詩の礫」の一番大きな意味は、まだ余震の連発する福島で書かれ、発信されたことだろう。1万人を越えるフォロワ―が、リアルタイムでこれを読み、作者にメッセージなどを送った。そうした作者と読者の双方向のコミュニケーションの上に成り立ったものだからである。

ツイッターという新しいメディアが、震災という危機的な状況のなかで、このような役割を果たした点に、何よりも注目した。逆に言えば、「詩の礫」は純粋に詩として、また詩集として読むものではないということかもしれない。
福島は私たちです。私たちは福島です。避難するみなさん、身を切る辛さで故郷を離れていくみなさん。必ず戻ってきて下さい。福島を失っちゃいけない。東北を失っちゃいけない。(3月20日 0:20)
しーっ、余震だ。何億もの馬が怒りながら、地の下を駆け抜けていく。(3月20日 22:01)
本書を読んで興味深かったのは「礫の礫」である。これには、旧作のアレンジなどが含まれており、「詩の礫」よりもはるかに〈詩らしい〉作品だ。ただ、その〈詩らしい〉ものが、この詩集にあっては逆に色褪せて見えてしまうのである。

それを、どのように結論づけたら良いのか、とても悩ましい問題だと思う。

2011年6月30日、徳間書店、1400円。

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2011年10月16日

たっぷりと

10月14日の読売新聞(大阪本社版)夕刊の「言葉のアルバム」という欄に、日本語学者の山口仲美さんが出ている。山口さんは『犬は「びよ」と鳴いていた』(光文社新書)などの著者であり、以前「短歌研究」でオノマトペをめぐって小池光さんと対談をしていた。
 インタビューが終わる間際に、「では、私から問題を一つ」と言ってフフフと笑い、「俵万智さんの短歌〈○○○○と君に抱かれているようなグリンのセーター着て冬になる〉の冒頭に入る言葉は?」と続けた。選択肢は〈ふんわり、こんもり、がっしり、たっぷり、さっくり〉―。
 物質的、心情的な充足感を同時に与える「たっぷり」は正解。(…)
これまで気にもとめていなかったが、こうして説明されると「たっぷりと君に抱かれて」という表現には工夫のあることがよくわかる。

そして、この文章を読んで思い出したのが、「河野裕子を偲ぶ会」の時の岡井隆さんの話である。岡井さんは「たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり」について、次のように述べていた。
 (…)あの実は、「たつぷりと」というのは、たっぷりと聞かせてくださいとか、たっぷりと何かが盛られてる感じでしょう。そうすると、「抱く」というのとは直接は結びつかない副詞ですよね、細かく言えばですよ。(…)
 ところが、不思議にこれで落ち着くんですね。我々は何となく「たつぷりと」というのが「抱く」という動詞にかかっても構わないんじゃないか。(…)
「たつぷりと真水を抱きて」と「たっぷりと君に抱かれて」、こんな所にも意外な共通点があるのだった。面白いなあと思う。

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2011年10月15日

久々湊盈子インタビュー集『歌の架橋』

歌誌「合歓」に連載されたものを中心に、40名の歌人へのインタビューを一冊にまとめたもの。久々湊さんのインタビュー術とでも言うべきものが十二分に発揮されている。

一つ目は、相手の住む土地へ出かけて行ってインタビューしていること。言わばホームグラウンドで話をするのだから、相手もリラックスして話ができる。また風土と人との関わりも見えやすい。

二つ目は、事前にその人の歌集や評論などを読んで、十分な準備をしてから話を聞いていること。そうした準備をしているからこそ、インタビュー中はむしろ自由に話題を展開でき、遠慮なく相手の懐に入り込んで話を引き出すことができるのだろう。

そして三つ目は、丁寧に編集をしていることである。単にテープ起こしをするだけでなく、例歌を追加したり、話の流れを整えたり、全体がひとつの読み物として成り立つような配慮がされている。

40名それぞれに印象に残る発言が多いのだが、中でも青井史さんの話は心にしみた。当時、肺癌の治療中であった青井さんは、インタビューの翌月に亡くなっている。

誰もがこの世に生まれて、いろいろな苦労をして、そして死んでいく。そんな当り前のことがしみじみと思われる一冊であった。

2009年8月30日、砂子屋書房、3500円。

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2011年10月14日

映画「ブラック・スワン」

祇園会館にて。

見ようかどうか迷って結局は見逃してしまった映画だったのだが、祇園会館で見ることができた。

祇園会館は1958年開館という古い歴史を持つ京都の名画座。現在、土日祝日と平日の夜は演芸場「よしもと祇園花月」として使用されている。そのため、映画の上映は平日の朝からの2本立て一回だけ。

主演のナタリー・ポートマンの演技が、評判通りすごい。まさに鬼気迫るといった感じ。久しぶりにウィノナ・ライダーをスクリーンで見ることができたのも嬉しかった。学生の頃から、この人のファンなのです。

ダーレン・アロノフスキー監督。108分。

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2011年10月11日

「短歌新聞」2011年10月号

一面の社説を読んで驚いた。
  小紙「短歌新聞」は二〇一一年十二月号を以て終刊することになった。
  それと同時に、僚誌「短歌現代」も同月号にて終刊。
  発行所としての短歌新聞社は、なお継続するが、残務の整理を経て、ほどなく解散ということになる。歴史の転換という問題が、大きな原因のひとつとしてあるだろう。
社長を務める石黒清介氏が95歳という高齢であることが理由として挙げられているが、もちろんそれだけではないだろう。毎月、総合誌や歌集がたくさん刊行されて、一見賑わいを見せている短歌の世界であるが、その内実は何とも脆いもののような気がする。

私のまわりを見ても、総合誌や歌集をお金を出して買っている人は、驚くほどに少ない。図書館で借りたり、友人と回し読みをするのも結構だが、それぞれが短歌というジャンルを支えているという意識も持つ必要があるのではないだろうか。

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2011年10月10日

「塔」2011年10月号

「塔」10月号の最初のページに次の一首が載っている。
つかのまの後先(あとさき)ありてと詠ひたる人の齢の思はれて 夏
                  永田和宏
この歌はもちろん、土屋文明の次の歌を元にしている。
終りなき時に入らむに束の間の後前(あとさき)ありや有りてかなしむ
                 土屋文明『青南後集』
昭和57年に文明の妻テル子が亡くなった時の歌である。テル子は93歳であった。同じ一連に〈ここのそぢ共に越え二つの姉なるを安らぎとして有り経しものを〉という歌もあるように、テル子は文明の2歳年上であり、文明はこの時91歳。

永遠の時間の流れのなかにあっては、先に死ぬのも後に死ぬのも大した違いはない。それでも、やはりその差がかなしいという歌である。

永田さんの歌に戻れば、妻を亡くしたと立場という点では文明と同じであるものの、亡くした時の年齢は63歳。河野さん64歳。早すぎる死と、その後につづく長い歳月のことを思うと、なおいっそう深い悲しみを覚えるのであろう。

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2011年10月08日

カモウリ

うらなりのカモウリの根に十月八日米のとぎ汁かけて励ます
            河野裕子『紅』
カモウリという言葉は初めて聞いた。調べてみると、冬瓜(とうがん)の古い呼び方で、大阪などでは今でもよく使われる呼称のようだ。(カモウリと冬瓜は似ているけれど、別物だという話もある)

「うらなり」は、蔓の先っぽの方になった実のことで、成育の悪いことも意味している。そこから転じて顔色の悪い元気のない人のことも指すようになったらしい。『坊っちゃん』に出てくる英語教師のあだ名にも使われている。

そんな弱々しいカモウリ君を励まそうと、作者は米のとぎ汁を与えるのである。庭先で育てていたのだろう。

この歌は、何と言っても「うらなりのカモウリの根に」という言葉のながれ具合がいい。さらに言えば、十月八日という日付も単なる事実のようでありながら、微妙に「米」という漢字と響き合っている。そんな印象を受ける。


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2011年10月06日

「開放区」第92号(2011年10月)

編集発行人の田島邦彦さんが、巻末に次のように書いている。
野一色容子さんは、本誌に八十四号から七回連載した「ナンジャモンジャの白い花―清原日出夫評伝」を二倍に加筆修正し、『ナンジャモンジャの花―歌人清原日出夫の生涯』(仮題)として、文芸社から十二月に刊行。二五〇頁のソフトカバーで定価一四〇〇円。
野一色さんの連載は毎号欠かさず読んでいたので、一冊にまとまるのが楽しみだ。文芸社からの出版というのが少し残念な気もするが。

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2011年10月05日

赤黄の茸

永田和宏歌集『華氏』のなかに、こんな一首がある。
茂吉食いし赤黄(あかき)の茸何なりしゼノア十月五日の夜更
永田さんと言えば知る人ぞ知るキノコ好き。以前はよくキノコ採りにも出かけていたそうだ。エッセイ集『もうすぐ夏だ』にも、「モグラの雪隠茸」「ツキヨタケ観賞会」というキノコに関する話が収められている。

さて、この永田さんの歌の元ネタは、斎藤茂吉『遍歴』にある、次の一首である。
  ゼノア。十月五日夜著
【3首略】
港町(みなとまち)ひくきところを通り来て赤黄(あかき)の茸(きのこ)と章魚(たこ)を食ひたり
1924(大正13)年、ヨーロッパ滞在中の茂吉がイタリアを旅行した時の歌。「ゼノア」はジェノヴァのことである。

「ひくきところを通り来て」がいい。海に近いあたりを歩いて来たのだろう。そして市場かレストランのようなところで、茂吉は色鮮やかなキノコと蛸を食べたのだ。

ただし、「3首略」の1首目には、「夜もすがら街の雑音(ざつおん)のつづきくるこの一室(いつしつ)にまどろみたりき」というホテル滞在の歌がある。だから、キノコと蛸を食べたのは10月5日の夜更けではなく、6日の日中のことではないかと思うのだが、どうだろうか。

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2011年10月04日

鰯の日

10月4日はイワシの日。
「104」で「1(い)0(わ)4(し)」ということのようだ。
十月四日は鰯の日なりちりめんじゃこもだしじゃこも泳ぐイワシの海に
             澤辺元一『燎火』
ちりめんじゃこはイワシ類の稚魚を乾したもの。地方によって、呼び名はいろいろあるようだが、関西では日常的に使う言葉。

ちなみに10月10日はマグロの日。
こちらは語呂合わせではなくて、万葉集の山部赤人の鮪の歌(巻六―九三八)に由来しているとのこと。

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2011年10月03日

阿川弘之著『お早く御乗車ねがいます』


昭和27年から32年にかけて書かれた鉄道などに関する19本の文章を集めたもの。昭和33年に出版された本が、今回半世紀ぶりに文庫になって刊行された。

汽車に乗ったら時刻表以外のものはあまり読まないという著者は、時刻表を読むのは「秋空を整々と運行している星の運びを知るのが楽しいように、非常に楽しいものなのである」と記している。なるほど、うまい譬えである。これまでの謎が一つ解けた気がした。

もっとも著者はいわゆる鉄道マニアとは少し違って、本書には船や車の旅の話も出てくる。要は乗り物好きということなのだろう。鉄道に対する見方もフェアであって、国鉄の新線建設について
私は汽車好きではあるが、世界的に、飛行機と自動車による交通が鉄道輸送にとって代ろうとして、既設の鉄道路線が次々に撤廃されている国が多い時、赤字を覚悟の山間僻地の新線建設は、それぞれの理由はあっても、大局的には時代錯誤である。
と述べているところなど、昭和32年の文章であることを考えると、非常に時代を見る目があったというべきだろう。他にも、様々な描写の中から戦後日本の姿が見えてきて、時代の記録としてもたいへん面白い。

この本についてもう一つ大事なことは、これが若き日(31歳!)の宮脇俊三が編集を手掛けた本だということだろう。そうした意味で記念碑的な一冊かもしれない。

2011年9月25日、中公文庫、590円。

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2011年10月02日

「波」2011年10月号

永田さんの連載「河野裕子と私」も第5回。

今回はかなり重たい。
読みながら息苦しくなってくるような内容で、途中何度か休憩(?)を挟みながら読んだ。
これは書く方も相当にしんどいだろうと思う。

知りたくなかったような話も出てくるが、とにかく読み続けるしかない。
どんな話が出てこようと、連載が終わるまで読み続けなければ。


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2011年10月01日

「歌壇」2011年10月号

大辻隆弘さんの「斎藤茂吉の作歌法―『ともしび』から『白桃』まで―」が抜群に面白い。9月号に前編、10月号に後編、あわせて35ページという分量。今年3月に行われた「斎藤茂吉を語る会」の講演に加筆したものである。

茂吉の「てにをは」の効果、実感の捏造、手帳と比較して見えてくる歌の作り方など、具体的な例歌に即して、一つ一つ丁寧にわかりやすく述べている。樺太の養狐場の狐の吠える歌についての分析など、推理小説さながらの鮮やかさである。

茂吉の歌の面白さを、このように言葉のレベルで解き明かしていく作業というのは、今後ますます必要になってくるだろう。茂吉が苦心を重ねて言語化した歌に対して、われわれ読む側も苦心してその読みを言語化していかなければばらないのだ。

posted by 松村正直 at 01:53| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする