2011年08月31日

「りとむ」2011年9月号

隔月刊、88ページ。

里見佳保さんの時評「時間を読む時間」が良かった。
一首がひとつの出来事、一点の心の揺れをとらえたものだとしたらその並べ方、繋がりで空気や時間の流れを感じとることができる。一首のあらわす一点を読んだだけでは得られないそうした時間の流れを読むにはやはり読者も時間と手間をかける必要があるだろう。
「時間と手間をかける必要」というのは、当り前なようでいて、意外に疎かにされていることであり、こうした指摘は大事なことだと思う。

田村元さんの評論「短歌の価値―「叫びの交換」について」は、以前私がこのブログに書いた文章「短歌の価値」を引きつつ、土屋文明の「叫びの交換」へと話をつなげている。

「百舌と文鎮」では三枝さんが、パネルディスカッション「茂吉・文明に学ぶ」を取り上げて、その中で「文明の歌には時間の経過がそのまま刻み込まれており、周囲の人への関心の広がりもある」と書いている。

以上の3つはそれぞれ別の文章であるのだが、こうして並べてみると、そこに何か共通して見えてくるものがあるように感じる。ちょうど自分が文明についての文章を書いている最中だからだろうか。

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2011年08月30日

小島なお歌集『サリンジャーは死んでしまった』


『乱反射』に続く第二歌集。2007年から2011年までの歌、307首が収められている。
声もたぬ樹ならばもっときみのこと想うだろうか葉を繁らせて
夜の市場に夏のくだものひしめいて少年やがて青年になる
無人なるエレベーターの開くとき誰のものでもない光あり
図書館の本棚の前に来て立てばわれのうちなる誰かも立てり
美術館の彫刻の裸婦のかたわらに友は眼鏡を忘れてきたり
歩きつつ祖母の呼吸を聞いておりひるがおの咲く浜までの道
コピー機のなかのひかりが行き来するさまを見ている海を見る目で
きょうもまたぼんやりとするわれのなか平泳ぎの人過ぎてゆきたり
防砂林歩みつつ聞く南風どのように風は老いるのだろう
燃えるごみ燃えないごみと積まれいてやはり燃えないごみが寂しい
4首目や8首目など、不思議な身体感覚がうまく表現されていておもしろい。

「乱反射」で角川短歌賞を受賞した時に高校生だった作者も社会人となり、仕事の歌や介護施設に入所した祖父の歌など、重い内容の歌が詠われるようになってきた。

全体としては、前歌集に比べて言葉ののびやかさに少し欠けるような気がする。それは文語を使い始めたこととも関係があるだろう。もっとも、誰だっていつまでも短歌を始めた頃のままではいられないのだ。

2011年7月25日、角川書店、1800円。

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2011年08月29日

北海道旅行(その2)

二日目は富良野の「ファーム富田」へ。

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ラベンダーの季節は終っていたが、サルビアやマリーゴールドなど、色鮮やかな花々がよく手入れをされて咲いている。ラベンダーのソフトクリームも美味しい。

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宿は十勝岳の麓にある白金温泉。美瑛(びえい)川沿いに6軒のホテルが並んでいる。濁り湯がたっぷりと溢れ出る温泉らしい温泉だ。写真は宿の裏手にある「白ひげの滝」。一晩中この滝の音を聞きながら眠った。

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2011年08月28日

北海道旅行(その1)

24日〜27日、北海道へ。今年はなぜか旅行続き。

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初日は占冠(しむかっぷ)村にあるアルファリゾート・トマムへ。「ザ・タワー」と呼ばれる二棟のホテルが山の斜面に立っていて、遠くからでもよく見える。波の起きる巨大な屋内プールやジャグジースパがあり、たっぷりと遊ぶ。

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翌朝は5:00〜ゴンドラに乗ってトマム山へ。運よく広大な雲海を見ることができた。これは一見の価値あり。ところどころに山の頂が顔を出していて、瀬戸内海の景色を見ているような感じがする。


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2011年08月24日

小菅正夫著『〈旭山動物園〉革命』


副題は「夢を実現した復活プロジェクト」。

入場者の減少によって一時は廃園の危機に直面した動物園が、日本有数の人気スポットになるまでの足跡を記した本。著者は旭山動物園の前園長。

一種のサクセスストーリーではあるのだが、この本の良い点は、様々な成功例だけでなく、失敗例も挙げて説明していることだろう。クモザルとカピバラの共生展示を試みたところ、カピバラがクモザルに噛まれて死んだ話などが出てくる。

旭山動物園の成功については新聞やニュースでもよく報じられているが、今回初めて、旭川市長の予算面での協力という部分も大きかったことを知った。もちろん、ただお金があれば良い動物園ができるわけではない。大切なのは「こんな動物園にしたい」という職員のアイデアや発想である。

それは、多分どんな組織においても同じことなのだろう。

2006年2月10日、角川oneテーマ21新書、724円。

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2011年08月23日

『短歌は記憶する』の再版

評論集『短歌は記憶する』の再版が出来上がりました。

お蔭さまで順調に売れているようです。まだお読みになられていない方は、ぜひこの機会にお読みいただければと思います。

ご注文は松村または版元の六花書林までどうぞ。

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2011年08月21日

塔の全国大会

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8月20日、21日と、一泊二日で長野市へ。

長野駅前の「メトロポリタンホテル長野」にて、塔の全国大会が開かれた。
全国大会に初めて参加したのが1999年なので、今年で13回目。大会の規模が年々大きくなっている気がする。

写真は大会でいただいた「松本てまり」という伝統工芸品。いろいろな種類があるようで、右側には「乙女桜」、左側には「れんげつつじ」という名前が付いている。

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2011年08月19日

永田耕衣と河野裕子

河野さんの歌集を読み返していたら、こんな歌が目にとまった。
夢の中はもつとさみしい 工場のやうな所で菊の世話して
                     『季の栞』
下句の「工場のやうな所」に妙なリアリティがあって、印象に残る。

この歌を読んで思い出したのは、次の俳句である。
夢の世に葱を作りて寂しさよ
永田耕衣の代表作の一つ。永田耕衣が生前に自分でつけた戒名「田荷軒夢葱耕衣居士」に「夢」「葱」の文字が入っていることからも、自信作であったことがうかがわれる。

そう言えば、河野さんには永田耕衣を詠んだ歌があったなと思って調べてみると、
赤ままの赤い花穂がこそばゆし而今而今(ニコニコ)の句の神戸の耕衣
誓子死に耕衣死にたる神戸かなだしぬけに九月といふ月終る
                        『家』
といった歌がある。二首目は1997年に耕衣が亡くなった時の歌。
同じ時の歌に
泥鰌の句葱を作る句晩年を長いこと生きし神戸の耕衣
という一首もある。「葱を作る句」はもちろん、先に引いた「夢の世に葱を作りて寂しさよ」であろう。このように見てくると、本歌取りとまでは言わないが、河野さんの歌には永田耕衣の句が無意識に影響したのではないかという気がするのである。

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2011年08月18日

永田和宏著『もうすぐ夏至だ』

永田 和宏
白水社
発売日:2011-05-13


永田さんの初めてのエッセイ集。

日本経済新聞や京都新聞に連載したエッセイを中心に、全部で55編が収められている。内容は自らの生い立ちの話や、短歌の話、サイエンスの話、恩師の話などさまざま。

滋賀県生まれの永田さんは、母親が結核ということで、近所のお婆さんに預けられて育った。父親は京都に住み込みで働きに行っていた。
 母の死後もそのまま預けられていたが、月に一、二度の父が帰ってくる日、子ども心にその日の待ち遠しかったこと。たぶん土曜日の午後にでも帰り、日曜日には京都へ戻っていったのであろう。お婆さんと二人きりの寂しい生活のなかで、ひたすら父の帰りを待っていた。
 父が帰ってくるのはうれしいが、来たとたんに、今度はいつ帰ってしまうのかと、たちまちそれが心配でたまらない。一日中くっついて遊び、さて父が帰ろうという段になると、四キロほどの道を饗庭の駅まで送っていくのである。駅へ着いて電車の来るのを待つあいだも、必死に父の手をにぎっていた。(…)
                            「三歳の知恵」
この文章を読んで思い出したのは、高安国世の幼少期である。
(…)僕は家のものとは離れ、郊外の家にひとり居ることが多かった。どうしてだか自分には分らなかったけれど、父も母も来ては又居なくなつた。乳母がゐるときはまだよかつた。(…)女中ばかりのときは一番悲しかつた。
(…)愛する母が訪ねて来る折も、ふつうの子供のやうな愛の表現が出来なかつた。することを嫌つた。どんなに自分が淋しがつてゐたかを理解して慰めてくれなければ、こちらも意地を張り通してやるといつた感じだつた。そして母がぢき去つてしまふことを知つてゐたから尚更むづかつた。どうすれば母を引き留め得るか。(…)              「回想」(『若き日のために』より)
どちらも切なくて哀しい思い出である。幼少期のこうした体験は、きっといつまでも忘れられないものなのだろう。

2011年5月12日、白水社、1900円。

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2011年08月17日

一畑薬師

土屋文明の歌集をぱらぱらと読んでいたら、3日前にブログに書いた一畑薬師を詠んだ歌に出くわした。文明は実によくあちこちを訪れている。
  一畑薬師
遠く来て詣づる一畑の石段の下に我は待つ息切れおそれて
登りゆく友等木の間にかくるれば我は石の間の草を見る
寺しづかに牡丹の園に手入して谷の日だまりに牡丹の冬木
門前と聞きし記憶に友を尋ぬ寺の受付に参詣者もなく
落付かぬ戦の後の一時にて歌に来りき農学者其他人々
            『続々青南集』
一畑薬師は山の麓から本堂へ続く1200段あまりの石段が有名らしい。一首目はその石段を前にして、本堂へ登るのを諦めたところだろう。昭和43年、文明77歳の歌である。

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2011年08月16日

島根旅行(その4)

最終日は松江市内観光。

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8:30の開場を待って、松江城へ。ここは現存12天守の1つ、つまり本物のお城。最上階まで登ると、眺めがよく、風が通り抜けて気持ちいい。

その後、お城の北にある小泉八雲記念館、小泉八雲旧居、武家屋敷を見学。「日本の道100選」にも選ばれた塩見縄手という通りに面した松江観光のハイライトである。ただ、車が頻繁に行き交っていて、細い歩道を歩かなくてはいけないのが残念。この通りを車両通行禁止にできないものだろうか。

お城の東側まで来ると、今年できたばかりの松江歴史館がある。常設展とは別に夏休み特別企画として「レゴブロックで創る、50年後の城下町松江」というイベントが行われていた。

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レゴで作った松江城。

使用ブロックは約30000個。レゴビルダーの人って、ほんとうにスゴイ。尊敬するし、憧れてしまう。

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2011年08月15日

中沢新一著『鳥の仏教』

中沢 新一
新潮社
発売日:2011-06-26


旅行先で読んだ一冊。

仏教経典「鳥のダルマのすばらしい花環」の全訳と、その成立過程や解説などがコンパクトにまとめられた本。鳥たちのカラーイラストも多数入っていて、カッコウたちが語るブッダの言葉を気軽に読むことができる。

「鳥のダルマのすばらしい花環」はチベット人の仏教徒によって17〜19世紀頃に書かれたと推定されるもので、インド原典を持たないいわゆる偽教典である。でも、チベット人には広く愛読されており、著者にとっても、ネパールでチベット仏教を学び始めた頃に若い僧侶から教えてもらった思い出深い一冊であるということだ。

2011年7月1日、新潮文庫、438円。

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2011年08月14日

島根旅行(その3)

三日目は宍道湖北岸を走る一畑電車に乗って、松江フォーゲルパークへ。途中「一畑口」駅で、線路は「人」字のようにスイッチバック式になっていて進行方向が変る。何も知らなかったので驚いた。

帰ってきて調べてみると、以前はその先の「一畑」まで路線が延びていたのだそうだ。もともと一畑駅近くの一畑寺(一畑薬師)参詣用の路線であったものが、戦時中に不要不急線として休止に追い込まれたとのこと。こんなところにも戦争の影が落ちているのである。

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松江フォーゲルパークは花と鳥のテーマパーク。ふくろうの飛行ショーが楽しかった。可愛いふくろうもいれば、カッコイイふくろうもいる。

その後、夕涼みもかねて、遊覧船で松江城の堀川めぐり。一周約55分。堀の上から眺めると、道を歩いているのとは違う風景を楽しむことができる。


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2011年08月13日

島根旅行(その2)

二日目は石見銀山へ。

ここは鉱山本体だけでなく、町並みや城跡、さらには周辺の街道や港などが、昔のままの形でよく残っており、世界遺産に認定されている。中心部は車両の乗り入れが禁止されていることもあり、レンタサイクルや徒歩でゆっくり移動できるのがいい。

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一般公開されている龍源寺間歩。

間歩(まぶ)とは坑道のことで、石見銀山全体で600個くらいの間歩があるそうだ。坑内は約15℃とたいへん涼しい。

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こちらは清水谷精錬所跡。

明治時代の近代化遺跡である。石垣と草の緑と青空のコントラストが美しい。こういう場所は大好きで、何時間見ていても飽きない。

夜は「子ご美の里」という古民家に泊って、五右衛門風呂や蚊帳などを初体験した。

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2011年08月12日

島根旅行(その1)

9日(火)〜12日(金)、三泊四日で島根旅行。

初日はJR山陰線の小田駅から徒歩10分のキララビーチへ。とても眺めの良い海岸で、あまり混んでいない。泳いで、食べて、昼寝して、さらに泳ぐ。

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夕食は道の駅「キララ多伎」のイチジクくとチキンのカレー。このあたりはイチジクが有名らしく、いちじくパンや、いちじくパイ、いちじくソフトクリーム(絶品!)など、イチジク関係の食べ物が何種類も売られている。

イチジクとカレーの取り合わせがかなり意外であるが、味としては問題なし。ガツガツと美味しくいただきました。

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2011年08月09日

「塔」8月号(河野裕子追悼号)

「塔」8月号(河野裕子追悼号)が今週末に発売になります。追悼文(鶴見俊輔、辻井喬、宇多喜代子ほか)、追悼座談会、河野裕子論(米川千嘉子、吉川宏志、澤村斉美)、テーマ別アンソロジー、初期作品一覧(松村正直編)など、盛りだくさんの内容です。

ご購入のお申し込みは「塔」のホームページで受け付けております(定価2000円)。

また、東京のジュンク堂池袋本店、名古屋のちくさ正文館本店、京都の三月書房でも販売しております。どうぞご利用ください。

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2011年08月08日

小池光著『うたの動物記』

2008年から2010年にかけて日本経済新聞に連載された105篇のコラムをまとめたもの。「馬」「うさぎ」「オットセイ」「カタツムリ」「蜘蛛」「おたまじゃくし」など、さまざまな動物を取り上げて、その動物を詠んだ俳句・短歌・詩を紹介している。

小池さんは短歌もうまいが散文もうまい。この本も単に詩歌の紹介にとどまらず、駝鳥の別名が「鳳五郎(ほうごろう)」であったり、犬が「ネコ目イヌ科」であるといった雑学をまじえつつ、それぞれの動物の名前の由来や生態などを自在に語っていく。わずか2ページの文章に、ほのかに哀しみが滲むのも、文章の味というものだろう。
筆者は戦後生まれだが、母親のお乳の出が悪かった。山羊を一頭飼って、山羊の乳で育てられた。青い草を食(は)んで、めえと鳴く山羊を見ると、なにかかなしい母親のような気がするのである。          「山羊」
山羊という動物は、今ではあまり見かけないが、戦後間もない時期の短歌にはしばしば登場する。
村人が石菖(せきしよう)刈りて山羊を飼ふ鎌のしたより石菖はのぶ
山羊の仔は石菖食ひて声に鳴く一つかみ雪の残る昼すぎ
                 土屋文明『山下水』(昭和23年)
すこやかと思ふ心に旅終へて帰るわが家は山羊飼ひてをり
朝朝を土手に山羊つれてゆくわが子すこやけし山羊の声音をまねて
                 高安国世『夜の青葉に』(昭和30年)
昭和28年頃の高安家では山羊を飼っていたのである。高安さんと山羊の取り合わせは意外な感じがするが、これが戦後という時代なのだろう。

2011年7月20日、日本経済新聞社、2700円。

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2011年08月07日

河野裕子さん関連のカルチャー講座

最近、「河野裕子」で検索して、このブログに来られている方が多いようです。

もうすぐ河野さんの一周忌ですが、今度、河野さん関連のカルチャー講座を
2つ行うことになりました。

○「人生を詠む〜河野裕子の歌〜
  9月3日(土) 15:30〜17:00
  毎日文化センター(梅田)
  受講料 1890円

○「私の好きな歌―家族と読み解く河野裕子」
  11月30日(水) 時間未定
  朝日カルチャーセンター芦屋教室
    永田淳×永田紅(対談) 松村正直(司会)

ご興味のある方は、どうぞお申し込み下さい。

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2011年08月06日

映画「コクリコ坂から」

企画・脚本 宮崎駿、監督 宮崎吾朗。

舞台は1963年の横浜周辺。当時の町の雰囲気や暮らしの様子がよく描かれている。ご飯を作る場面などにも、生活の手触りが感じられてとても良い。

「ジブリ臭さ」もそれほどなくて、楽しい映画だった。主人公は1963年に高校2年生であるから、河野さんと同じ年齢なんだと、見終ったあとに気がついた。

「時代」と「世代」は同じように使われることもある言葉だけれど、たぶん全然違うのだと思う。私は「時代」には興味があるけれど、「世代」にはさして興味がない。「時代」が誰にでも平等であるのに対して、「世代」は区別・差異を表すために用いられることが多いように感じる。

MOVIX京都、91分。

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2011年08月05日

青空

『たったこれだけの家族』の中に、こんな文章があった。
学校の休み時間、運動場で遊んでいる級友たちを気にしながら、私は一人、図書室で本を読んでいた。あの時ほど、青空を残酷なものに思ったことはない。
小学生の頃の話である。

青空と言うと、一般的には爽やかで気持ち良いと感じる人が多いように思うのだが、河野さんは青空が苦手であった。本人からそういう話を聞いたことがあるし、
なぜかうも青い空がいやなのか答へ得る一人花山多佳子
                  『季の栞』
青空はこの世のやうにも思はれず大きな砥石で包丁を研ぐ
                  『庭』
何でかう青空は青くさびしいのか山があるせゐだよと空が教へた
                  『葦舟』
といった歌もある。青空は不安や怖れを感じさせるものであったのだろう。
一首目の歌を読むと、花山さんの第一歌集に載っている次の歌を思い出す。
しかたなく洗面器に水をはりている今日もむごたらしき青天なれば
               花山多佳子『樹の下の椅子』
「むごたらしき青天」というのが、世の中にはあるのだ。

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2011年08月04日

河野裕子著『たったこれだけの家族』


エッセイ61篇+代表歌100首。1986年出版のエッセイ集『みどりの家の窓から』を完全収録し、さらにその他のエッセイを追加している。

8割方は読んだことのあるエッセイであったが、あらためて読み直す。
親友の河野里子さんが出てくる文章が三か所あった。
「裕子さんによく似合う。裕子さんらしい」と言って、私のはだしをよろこんでくれた友だちがいた。(…)すぐに彼女は真似をして、はだしの足の裏で草をなでるようにして歩きながら、「足の裏が楽しい」と、うれしそうに言った。三十歳にもならない若さで、その友だちが死んでしまってから、もう何年にもなる。
これ、風草(かぜくさ)という草。立ちどまって教えてくれた友だちがいた。若いうちに、彼女は死んでしまった。河野里子。私の第一歌集を出してくれた人だった。
思いあまって、同級の河野里子に『コスモス』誌を見せて相談した。「行ったらいい」と彼女は即座に言った。それで、私の心が決まった。彼女が勧めてくれなかったら、宮柊二との出逢いはさらに何年も遅れていたにちがいない。それどころか私は疾うに短歌をやめていただろうと思う。
河野さんのエッセイは歯切れがいい。間を取ったり、話が飛んだりといった呼吸が、実に生き生きとしている。

2011年7月10日、中央公論新社、1400円。

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2011年08月03日

鷲尾賢也著『編集とはどのような仕事なのか』


副題は「企画発想から人間交際まで」。

講談社現代新書やPR誌「本」の編集長を務め、「選書メチエ」の創刊や「現代思想の冒険」シリーズの刊行などに活躍した著者が、編集とは何をするのかについて記した本。自らの体験や思い出も交えながら、企画、編集会議、原稿依頼、原稿の読み、装丁、PR、人間交際など、多岐にわたる編集の仕事を詳しく説明している。

編集者の役回りが幅広いものであることは、本書における定義づけを読めば明らかだろう。「黒子、あるいは触媒」「プランナー」「雑用の管理者」「コーディネーター」「ひとの褌で相撲をとっている」「他人の力によって仕事をしている存在」「鵜飼のようなもの」「第一の読者」「開業医」「ハードディスク」「著者には読者の代弁者、読者には著者の代弁者」「市場」……。実に様々な顔を持っているのである。

印象に残った箇所をいくつか引いておこう。
インターネットは過去の情報の整理なのである。過去の知識の蓄積なのである。
「ともかく冒頭はやさしく、かつおもしろいことが起こりそうだというふうに書いてください」と、口すっぱくして注文をつける
どうしても、書いているうちに人間臭さが希薄になっていく。表現が冷たくなる。だから著者自身の研究余話や、研究史上のエピソードなどを適度に交えないと、読者は文字を追うのに疲れてしまうのである。
一般的に、動きがあること、手にとって見たくなる、あるいは誘われるような謎、意外性などをタイトルにこめたいものだ。
(書店は…)本・雑誌という、形態上はひとつでありながら(かたちはみな似ている)、じつはデパート、スーパー以上に、多くの質の異なった商品を扱っている空間なのだ。
著者の鷲尾賢也氏は、もちろん歌人の小高賢さんである。以前、お酒の席で「僕は歌人としては二流だけど、編集者としては一流なんだよ」と冗談まじりに笑って話しておられたことを思い出した。

2004年3月5日、トランスビュー、2200円。

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2011年08月02日

『河野裕子読本 角川「短歌」ベストコレクション』

角川「短歌」に載った河野さんの作品や文章、河野裕子論などを集めた一冊。他に「家族団らん―妻・母・河野裕子の思い出」という座談会(永田和宏、淳、紅)が載っている。

パラパラ読んでいて目に付いたのは〈「飯(めし)」 歌人の食卓―高安国世の巻〉という文章。「短歌」2002年8月号に掲載されたものである。この号は家にあるので、当時この文章も読んだはずなのだが、全く覚えていなかった。
 あのとき高安国世と飯を食いに行くべきであった。高校のときに読んだ『マルテの手記』にどうしても分からない所がありずっと気にかかっていたのである。高安国世といるときはいつも周りに人がいて、些細な質問をするのが憚られた。訳者に直接尋ねられる絶好のチャンスであったのに。飯と『マルテの手記』はどこから見ても繋がりようがないが、わたしにとってはこの三十年来セットになって、飯と言った高安国世のチグハグな印象と共に意識のどこかに引っ掛かったままである。
河野さんがの気にかかっていたのは、『マルテの手記』のどこの部分だったのだろう。河野さんとそういう話をしたことがなかったのが残念だ。
癒えたならマルテの手記も読みたしと冷たきベツド撫でつつ思ふ
                  河野裕子『森のやうに獣のやうに』
2011年7月25日、角川学芸出版、1800円。

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2011年08月01日

「波」2011年8月号

新潮社のPR誌。

通巻500号記念ということで、歴代の表紙を飾ってきた作家たちの筆蹟のうち40点ほどがグラビアに載っている。川端康成、稲垣足穂、三島由紀夫、田辺聖子、三浦綾子、立原正秋、松本清張、白洲正子、司馬遼太郎、井上ひさしetc。なるほど「書は人なり」とはよく言ったもので、それぞれの書がその作品世界によく似た雰囲気を醸し出している。

永田さんの連載「河野裕子と私 歌と闘病の十年」は第三回。

今回は河野さんとは少し離れて、永田さんのサイエンスの師である市川康夫先生の話である。市川先生については『牧水賞の歌人たち 永田和宏』の中でも「三人の師」の一人として取り上げて、2ページの文章を書いていた。

また、2000年に市川先生が癌で亡くなった時の歌も「ふたつの癌」「辻」という連作となっている。第8歌集『風位』のクライマックスとも言うべき一連だ。
まこと些細なことなりしかど茶を飲ませ別れ来しことわれを救える
今回初めてその詳しい経緯について知ることになったのだが、死の前日にお見舞いに行った時の話には、やはり強く胸を打たれた。

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