2011年07月31日

サンザシの花言葉

サンザシの花言葉は「希望」「ただ一つの恋」「成功を待つ」なのだそうだ。
(詳しくは→こちら

映画「サンザシの樹の下で」の英語題が「Under the hawthorn tree」であるように、サンザシは英語で「ホーソーン(hawthorn)」であるが、イギリスでは5月を代表する花として「メイフラワー(Mayflower)」と呼ばれることが多いらしい。メイフラワー号の「メイフラワー」である。そこから花言葉の「希望」も来ているのだろう。

「ただ一つの恋」という花言葉からは、山崎方代の一首を思い出す。
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
                  『こおろぎ』
南天とサンザシとには関係がないが、ともに白い花が咲き赤い実をつける点が共通している。木や花とともに記憶される恋というパターンは、時代を問わずあるものなのかもしれない。

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2011年07月30日

映画「サンザシの樹の下で」

「初恋のきた道」のチャン・イーモウ監督の最新作。

原作は中国系アメリカ人作家エイミーの書いた中国語小説『サンザシの恋』。ネットで発表されて評判となり、中国で300万部が売れたベストセラーらしい。

純愛モノであるが、ストーリーがやや平凡で、今ひとつの内容であった。宣伝のスチル写真に使われているカットが映画には登場しなかったりするので、あるいは編集の問題なのかもしれない。農村の風景や人々の暮らしの様子などはとても良いのだが。

MOVIX京都、114分。

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2011年07月29日

円満字二郎著 『常用漢字の事件簿』

円満字 二郎
日本放送出版協会
発売日:2010-05-07


珍しい名字の著者であるが、これは本名とのこと。

漢字をキーワードにした世相史という珍しいタイプの本である。『昭和を騒がせた漢字たち―当用漢字の事件簿』(2007年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)の続編に当る内容で、常用漢字表が施行された1981年から現在までに起きた様々な事件や出来事を、漢字という観点から捉えていく。

テレビドラマ「おしん」に漢字を覚えることの喜びを見出し、「かい人21面相」らの脅迫状に和文タイプからワープロへの進化を読み取る。新党さきがけの「魁」という漢字が何に由来するのかを推測し、漢字が読めないことで麻生元首相が批判されたことの問題点を指摘する。

1967年生まれの著者と私はほぼ同世代なので、リアルタイムに経験して来た事件が次々と登場する。著者の鋭い分析にも納得させられることが多かった。

昨年2010年に常用漢字表は29年ぶりに改訂された。この先、漢字をめぐって一体どんな事件が起きることになるのだろうか。

2010年5月10日、NHK出版生活人新書、740円。

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2011年07月28日

第1回塔短歌会賞

第1回塔短歌会賞は、梶原さい子さんの「舟虫」30首が受賞した。
潮鳴りのやまざる町に育ちたり梵字の墓の建ち並びゐて
漁撈長と機関長と禿げ上がる頭をみせて海に礼(ゐや)せり
皆誰か波に獲られてそれでもなほ離れられない 光れる海石(いくり)
腑を裂けば卵のあふるるあふれきてもうとどまらぬいのちの潮(うしほ)
対岸もほのぼの明けて家々の暮らしのかたち見えて来たりぬ
海沿いの土地の労働や暮らしの様子が、生き生きと力強く詠まれた一連である。作品の舞台は梶原さんのふるさと気仙沼市唐桑町。作品の募集は2月末締切なので、東日本大震災の前の歌である。

同じ7月号には、次のような梶原さんの月例作品も載っている。
高台よりの海美しき あの海をこの海と為し避難所はあり
ありがたいことだと言へりふるさとの浜に遺体のあがりしことを
これが「舟虫」に詠まれたのと同じ海であることを思うとき、あらためて津波の奪い去ったものの大きさに胸が痛くなる。

賞の選考は無記名で行われたので、震災のことは全く考慮に入っていないのだが、結果的に東北の海を詠んだ作品が受賞することになったことにも、何か運命的なものを感じる。

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2011年07月27日

第1回塔新人賞

「塔」7月号で発表になった第1回塔新人賞の作品から、いくつかご紹介を。
  清水良郎「農学校」【受賞作】
トラクターのフロントガラスを下敷きに出席表に○を書きゆく
水荒き演習林の夏川に四五本わたす赤杉の橋
教へ子がお辞儀をすればその背のギターネックも会釈するなり
交配の掛け算の式書き込みて、白き袋をかぶす稲の穂
養鱒の池をまはりて学生の列が大きな円となりたり
細かな観察力と描写力が光る一連。のびやかで牧歌的な農学校の雰囲気にも好感を持った。
  北辻千展「朝(あした)降る雪」【次席】
二週齢のマウスは人なら三歳か親のまわりでぴょんぴょん跳ねる
二週間に一度だけ会う夫婦かな冷たきシルクのパジャマを羽織る
われからの手紙のごとし妹がわれに似た字で近況語る
ポスドクの研究者の日常を詠んだ歌の中に、遠距離夫婦の妻や妹を詠んだ歌が入っているのが良い。
  相原かろ「枝豆拾遺」【次席】
新しい年になったが手のほうが去年の年を書いてしまった
そのむかし赤ペン先生なる人へ将来の夢告げしことあり
栞紐がふたりのすきまに降りてきて閉じようとする手までは見えた
言葉のセンスが良く、読んでいて抜群に面白い作品。軽めの詠いぶりのようでいて、ほのかな哀愁を感じさせる。

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2011年07月26日

今尾恵介『地図で読む戦争の時代』


地図の研究家として有名な著者が、「地図で戦争の時代を詠む」「戦争の時代の地図を読む」の二つをテーマに書いた本。戦時中に機密保護のために地図を偽装した「戦時改描」や戦後の軍事施設跡地の変遷など、地図と戦争に関する問題を様々な角度から取り上げている。

日本で地形図を作り始めたのが陸軍参謀本部の外局である陸地測量部であったことからもわかるように、戦争と地図には深い関係がある。歴史を遡れば、江戸時代後期に国外持ち出しが禁じられていた日本の地図を持ち出そうとして、関係者が処罰されたシーボルト事件もあり、地図というのは国家の機密事項でもあったのだ。

本書には地図の実物とともに数々の事例が紹介されている。京都の御池通や堀川通が戦時中の建物疎開(防火帯設定のための建物の取り壊し)により生まれたこと、台湾の地名が日本風に変更されて「打狗」が「高雄」になったこと、戦時中の防諜のために小田急線の駅名「士官学校前」が「相武台前」に、京阪電鉄の「師団前」が「藤森」に変更されたことなど、どれも興味深い。
    「こどもの国」は旧陸軍田奈弾薬庫跡地にある
みどりいろの扉の奥にひとつずつ蔵(しま)われてある古き戦争
日曜日ごとに家族を運びくる電車路線がかつて運びいしもの
                 『やさしい鮫』
以前、私はこのような歌を詠んだことがあるのだが、この「こどもの国線」の変遷についても、本書では二枚の地図を比較しながら紹介している。

「戦災焼失区域」がピンクに塗られている終戦直後の地図を取り上げて、著者は
番地まで表示されたこの図を眺めていると、「東京は焼け野原になった」などという大雑把で月並みな表現より、よほど具体的に、広大な面積で家屋も学校も工場も、何もかもが焼かれた事実として迫ってくる。
と述べている。こうした具体や事実を大切にする姿勢こそが、本書をユニークで優れた内容にしている一番の理由であるように感じた。

2011年4月9日、白水社、1800円。

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2011年07月25日

『短歌は記憶する』重版決定!

評論集『短歌は記憶する』(六花書林)の重版が決まりました。お蔭さまで予想以上に売れているようです。ありがとうございます。

もし初版をお読みになって、誤植などにお気づきの方がいらっしゃったら、松村宛にご連絡いただけると助かります。些細なことでも構いませんので、よろしくお願いします。

重版が出来ましたら、またお知らせします。

posted by 松村正直 at 20:51| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続河野裕子情報

○再放送「この世の息〜歌人夫婦 40年の相聞歌〜」

ETV特集「この世の息〜歌人夫婦 40年の相聞歌〜」(7月10日放映)の再放送が決まりました。再放送の日程は、7月31日(日) 午前10時05分〜 NHK総合です。

○角川「短歌」8月号

角川「短歌」8月号に「愛しの河野裕子」という全55ページの特集が組まれています。私も「青き林檎―河野裕子ができるまで」という文章を書いていますので、皆さんどうぞお読みください。

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2011年07月24日

栗の歌(その3)

昭和31年の嘉麻郡への旅については、その時の歌も残されている。
古の嘉麻(かま)の郡の名をとどめ流るる川の炭坑のにごり
友八人米ノ山を大宰府に越えむとす憶良越えきやと語り合ひつつ
ほし草のにほふ峠の上も下もいまだ幼き芝栗の原
            『青南集』
前回の文章を読めばわかるように、三首目の「芝栗の原」も憶良の栗の歌を念頭に置いたものである。こうした点が、歌だけを読んでどこまで読み取ることができるのか。文明の歌を味わう難しさでもあるだろう。

昭和55年の「筑紫回想」には、こんな歌もある。
筑紫の旅その時々に楽しかりき行き難き老となりて思ふも
いま一度見たきは米の山峠の栗九月三日に熟するや否や
            『青南後集』
文明は既にこの時、90歳。さすがに九州へは「行き難き」身であっただろう。それでももう一度米ノ山峠に行って、9月3日に栗が熟しているかどうか確認したいという思いを抱き続けているのである。何という執念(?)だろうか。

さらに、同じ年にこんな歌も詠んでいる。
九月七日道のゆきずりに栗を得つ憶良に後くる四日ならむか
             『青南後集』
散歩の途中か何かに栗を拾ったのだろう。それが、憶良の栗の歌が詠まれた「九月三日」の四日後の九月七日だったというわけだ。何歳になっても文明の頭からは、憶良の栗のことが離れないのである。

posted by 松村正直 at 00:45| Comment(3) | 日付の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

栗の歌(その2)

昭和31年、文明は「嘉摩三部作」の作られた福岡県の嘉麻郡(2006年には嘉麻市が誕生している)を訪れている。
(…)私が嘉摩郡に心を引かれたのは、神亀五年(七二八)七月二十一日、太陽暦で言えば九月三日に、当時筑前守、すなわちこの地方の長官であった山上憶良が、政務巡視の要務を帯びてこの嘉麻の郡役所に来、そこで作った歌が万葉集に長短十二首も載り、(…)
              「米ノ山越え」(『方竹の蔭にて』所収)

文明は当時の憶良の通った道を探して、太宰府から米ノ山を越えて飯塚方面へ抜ける道を(反対向きに)たどっている。
憶良が嘉麻郡役所で「瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばましてしのばゆ」と歌ったのは、前に言うごとく陽暦の九月三日であるが、私たちの今越えてゆくのは八月七日であるから、もちろん栗のいがは青々としている。しかし低い木なのに、どの木にもじつにたくさんの実がなっている。私には、憶良がこの米ノ山を越えながら「栗食めば」の句に思いあたったのではあるまいかとさえ錯覚されるのであった。

前回引いた歌は昭和55年のものであるが、「筑紫回想」という一連に入っているので、この24年前の旅を回想しての一首ということになるのだろう。

posted by 松村正直 at 08:10| Comment(0) | 日付の歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

栗の歌(その1)

山上憶良栗の歌作りし七月二十一日太陽暦の九月三日なればなり
            土屋文明『青南後集』

1980年の歌。
秀歌でも何でもないのだが、これで成り立っちゃうのが文明である。

7月21日ではまだ栗の実の季節ではないが、太陽暦に換算すると9月3日になるので、栗の実が食べられたのだろうという内容。もちろん
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 何処より 来りしものそ 眼交(まなかひ)に もとな懸りて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ
          「万葉集」巻5−802

という憶良の歌を踏まえている。
800番〜805番は「嘉摩三部作」と呼ばれる長歌+反歌の3セットで、「神亀五年七月廿一日、於嘉摩郡撰定。筑前国守山上憶良」と記されている。文明の「七月二十一日」はこれを指しているのだ。

神亀五年は西暦に直すと728年のことらしい。万葉集の研究者でもあった文明は、そんな古代の栗のことが気になるのである。

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2011年07月20日

グリーンカーテン

IMG_2563.jpg

わが家は昨年からクーラーを全く使っていない。
もともとあまり使っていなかったのだが、昨年一回も使わずに過ごすことができたので、身体がそれに慣れてしまった。

今年はベランダに朝顔のグリーンカーテンを作った。朝顔は毎年育てているのだが、今年は初めて市販のネットを購入して、すだれ状に伸びるようにした。
日よけの効果についてはよくわからないが、見た目が涼しげである。

毎朝、花の数をかぞえるのも楽しい。
今朝は11個咲いていた。

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2011年07月19日

高瀬一誌さん

古い雑誌を整理していたら、「短歌人」1998年2月号が出てきた。
中に一筆箋が挟まっていて、
短歌の作品よかったです 発見が
ありました 雑誌に参加してみ
ませんか

松村様          高瀬
と、青い字で書かれている。

高瀬一誌さんである。

この年の1月〜3月にかけて、高瀬さんは角川「短歌」の公募短歌館の選者をしていて、3月号に私の歌を秀逸に選んで下さっている。
君の手の形を残すおにぎりを頬張りたいと思う青空
という歌で、〈「君の手の形を残すおにぎり」はいいなあ。「青空」はふつう陳腐で使いにくいがよく効いている〉というコメントが載っている。

その縁で、「短歌人」への入会を誘って下さったのだ。

残念ながら、前年(1997年)の12月に私は既に「塔」に入会していたので、その旨を手紙に書いてお断りの返事を出したのを覚えている。もし、タイミングが少し違っていたら、私は「短歌人」に入っていただろう。
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2011年07月14日

「歌壇」2011年8月号

沢口芙美さんが「歌人の横顔」というコーナーに、清原日出夫について書いている文章が良かった。「その歌と変わらぬ誠実な人」という題の2ページの文章。若き日の清原の写真も載っている(初めて見る写真だ)。沢口さんが清原と会ったのは昭和35年と平成14年の二回だけであったが、「その温かさが今も忘れられない人である」と記している。

清原日出夫については以前から関心があって、あれこれ調べたりしたことがあるのだが、こうして新たなエピソードを知ることで、その人物像が自分の中でまた少し膨らんでいくような感じがする。

今年の「塔」の全国大会は、清原の住んでいた長野市で開かれる。初日のシンポジウムでは、池本さんへの公開インタビュー「池本一郎に聞く〜高安国世・信州・清原日出夫〜」(聞き手・松村正直)を行うことになっている。そこでも、何か清原についての新しい話が聞き出せればいいと思う。

posted by 松村正直 at 18:53| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

枡野浩一選 『ドラえもん短歌』


「ドラえもん」ネタの短歌を集めた一冊。
世代を超えて読まれ続けてきた国民的人気マンガ「ドラえもん」ゆえに成立するジャンルであろう。

小学生の息子が早速見つけて、大きな声を出して読んでいる。
息子の一番のお気に入りは
空港で
チェックにかかり
ポケットの
中身を全部
出すドラえもん
という新井蜜さんの作品。
ポケットの中身を全部出したら、すごいことになるだろうな〜(笑)

2011年7月6日、小学館文庫、480円。
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2011年07月08日

30%高価買取

今日、文教堂という書店で新刊書を買ったところ、レジの店員さんに「こちらの本はお客様が読み終った後に、買い取りもさせていただいております」と言われて、一枚のカードをもらった。カードには
こちらの本は定価の・・・
   30%
     で買取ります!

とあって、「読み終えた本をこのカードと一緒にお持ちください。指定の商品が対象です」と書かれている。また、買取期間として「2011.7.31」という日付が入っている。

こんなサービス(?)は初めてだったので驚いた。

1700円の本だから、510円で買い取ってくれるわけだ。
買い取った本はどうするのだろう。系列の古本屋にでも行くのだろうか。まさか、もう一度新刊として販売するわけではないよなあ・・・とか、あれこれ考えてしまう。

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2011年07月07日

大山眞人著 『団地が死んでいく』


最近、団地に興味を持っていて、いろいろと調べている。

高度成長期に日本の各地に建てられた団地。その団地の多くが老朽化して建て替えが問題となり、住人の高齢化も深刻になっている。また、孤独死という事態も頻発するようになった。そうした現状を踏まえて、今後の団地のあり方について考えた本である。

公団や公営の団地の歴史や変遷、そして現状などを知りたくて読んだのだが、内容的には孤独死の予防という点にかなり力点が置かれている。これは、著者自身が団地住まいであり、他人事ではないという意識が強く働いたためであろう。

都営戸山団地の住人1400人のうち七割強が65歳以上の高齢者であるという例を挙げて、著者は次のように言う。
「限界集落」の定義を戸山団地にあてはめれば、まさに「限界団地」(都市型限界集落)といえるのではないか。(…)限界集落は都会から離れた地方の山村とほぼ限定されているが、新宿区という大都会の真ん中にも限界集落は存在する。

ハッとさせられる指摘だと思う。限界集落の問題は、都市に住む人々にとっても決してよそ事ではないのである。

けれども、著者が孤独死予防策として提言する「結の創造力」「相互扶助」「コミュニケーション作り」といった内容は、はたして現代社会においてどれだけ可能なのだろうか。いくつかの成功事例も紹介されているのだが、それほど希望は見えてこないように感じた。

70歳になる私の父親も、神奈川県の団地で独り暮らしをしている。そういう意味では、私にとっても他人事ではない話なのであった。

2008年4月10日、平凡社新書、720円。

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2011年07月06日

三十三才

如月(きさらぎ)や電車に遠き山の手のからたち垣に三十三才鳴く
                木下利玄 『銀』

『木下利玄全歌集』(と言っても岩波文庫のもの)を読んでいる。

「三十三才」って何だ? としばらく考えて、ようやく「みそさざい」のことだと気が付いた。
「みそさざい」は漢字では普通「鷦鷯」と書くらしい。
でも、短歌や俳句ではけっこう「三十三才」も使われているようだ。


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2011年07月05日

上原善広著 『私家版 差別語辞典』



しばしばマスコミなどを賑わす差別語の問題について、個々の言葉の由来や使われ方、差別語とされるに至った経緯などをまとめた本。「路地(被差別部落)」「心身障害者」「職業」「その他」に分類された70語以上の言葉が取り上げられている。

著者の基本的な立場は「差別するのは人間であって、言葉自体が差別するわけではない」という点にある。そして、過度な糾弾や安易な自主規制によって言葉が使われなくなることは、閉塞感を生み出す結果になると言う。
部落解放運動の中で、差別用語が糾弾を受けた結果、極度に規制されていった経緯には同情の余地が残るが、その後の「言葉の名誉回復」をきちんとするべきだと思う。それがなされていないために、私は本書を書いたと言ってもよい。

こうした論旨は非常に納得のできるものであるし、路地出身である著者の思いもよくわかる気がする。

2011年5月25日、新潮選書、1200円。

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2011年07月04日

現代歌人集会春季大会 in 長浜

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昨日は琵琶湖畔に立つ長浜ロイヤルホテルにて、現代歌人集会春季大会が開かれた。大会テーマは「口語のちから・文語のチカラ」。安田純生さんの基調講演、今野寿美さんの講演、石川美南さん、永井祐さん、澤村斉美さん、棚木恒寿さん(進行)によるパネルディスカッションという内容。13:00〜17:00。

会場入口で受付を担当していたのだが、予想を大幅に上回る方が来てくださり、あわててレジュメをコピーしたり椅子を追加したりした。最終的に150名以上の参加者があり、たいへん盛況であった。

講演やパネルディスカッションを聴いて、今回私が感じたのは次の2点。

○現代短歌のおける文語というものは、あくまで近代的な文語であるということ。「文語を自在に使いこなす」と言われている歌人の文語にしても、それは古典の文語とは違うものとして考えた方がいい。

○しばしば口語の問題として扱われる永井さんの歌であるが、その大きな特徴はどのような短歌を志向しているかという点にある。例えば戯曲は「ト書き」と「台詞」という二つの異なるレベルの言葉で成り立っているが、永井さんの歌は「ト書き」を排除して「台詞」だけで成り立たせようとしているのだと考えるとわかりやすい。

久しぶりに、いろいろと刺激を受けた一日であった。

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2011年07月02日

長湯温泉

「塔」5月号を読んでいたら、若葉集評にこんな歌が引かれていた。
晩秋の長湯温泉露天湯にそつと沈みて気泡まとはす  甲斐雪絵
「この歌は結句がなかなかよい。湯につかったとき、細かな気泡がつく。見過ごしてしまいそうなことをうまく捉えて、このお湯が気持ちよさそうな感じをうまく出された」と書かれている。

確かに、お風呂に入ると身体の表面に気泡がつくので、鑑賞としてはこれで十分だろう。歌の解釈については何も異論はない。でも、長湯温泉に行ったことがある私には、すぐにわかった。

長湯温泉というのは大分県直入町(今では竹田市に合併したらしい)にある温泉で、炭酸濃度が非常に高いことで有名なのだ。「日本一の炭酸泉」を名乗っているくらいである。山間部の鄙びた温泉で、全国的にはほとんど知られていないと思うが、大分に住んでいた頃に一度だけ行ったことがある。

ここの温泉に入ると、それこそ無数の気泡が体中にまとわりつく。大袈裟に言えば、サイダーに入っているような感じで、身体が少しぴりぴりするほど。そういう、ちょっと変った温泉なのである。だから、この歌の「気泡」も、きっとそれのことだろう。

もう十数年前に長湯温泉へ行った日のことを思い出して、ひとり楽しい気分になった。

posted by 松村正直 at 16:45| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする