2010年10月28日

山下柚実『年中行事を五感で味わう』


季節ごとに行われる29の年中行事を取り上げて、「味」「嗅」「触」「視」「聴」の五感をキーワードに行事の様子を記した本。写真も数多く掲載されていて、読みやすい一冊となっている。

私の生まれ育った家は、年中行事というものにほとんど関心がなかった。東京郊外のベッドタウンという環境のせいもあったろうし、両親が古い伝統をあまり重視しない性格であったためでもあったろう。

年中行事に関心を持つようになったのには、いくつかの理由がある。一つは短歌をするようになったこと、一つは子どもが保育園や小学校で行事を頻繁にすること、そしてもう一つは京都という土地柄である。

この本にも、「吉田神社の節分」「醍醐寺の花見」「壬生狂言の炮烙割り」「六道珍皇寺の六道まいり」「桂離宮の月見」「泉涌寺即成院のお練り供養」など、京都の行事が数多く登場する。京都に住んでいると、そうした行事が非常に身近に感じられるのである。

2009年12月18日、岩波ジュニア新書、840円
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2010年10月23日

内向する世相?

10月22日の毎日新聞(東京本社版)朝刊の金言というコラムに「内向する世相、映す歌」という文章が載っている。専門編集委員の西川恵さんの書いたもの。

河野さんが亡くなって以降の「河野ブーム」について述べた後で、そのブームについて次のように分析している。
河野さんの歌は時代への関心や社会との関係性、といったものからは遠い。言い換えればこれは内向する今の世相に強く響くものがあったのではないか。河野さんの個人の思いとは別に、そのブームは内向きな世相の反映でもある

本当にそうだろうか?

河野さんの歌に人気があるのは、何も今に始まったことではないのに、なぜ「内向の世相の反映」などと言えるのだろう。それに、いわゆる時事詠や社会詠を詠むことだけが時代や社会への関心の証だと思っているのなら、それは大きな間違いではないか。

先に引用した部分に続いて筆者はこう書いている。
最近、心に残った言葉は、ノーベル化学賞を受賞した根岸英一・米パデュー大特別教授の「若者は海外に出よ」だ。そう、外国に出てもまれよう。己を知り、日本の良さも欠点も過不足なく、等身大で知るには、世界の中で日本を相対化することが大事だ。

筆者が「内向きの世相」という言葉をネガティブな意味で使っているのは、この部分からも明らかだろう。なぜそうしたネガティブな文脈の中で河野さんのことを取り上げる必要があったのだろうか。

こうした文章が、他でもない毎日新聞(河野さんは長年毎日歌壇の選をしてきた)に載ってしまうということに対して、私は憤りを通り越して強い悲しみを感じる。

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2010年10月22日

四月十日(その2)

その1を書いてから長いこと空いてしまった。
「四月十日」が出てくる文明の歌を挙げると次の通りになる。

  四つ目通りに地図ひろげ茅場町さがしたりき四月の十日五十年前 『青南集』
  国を出で五十七年の四月十日我より言ひて赤飯を食ふ      『続青南集』
  七十年になるらむと思ふ四月十日過ぎたる後に独り言ひ出づ   『青南後集』
  夕早く腹減れば食ふ物飲む物あり今日四月十日七十年      『青南後集』

つまり、文明の歌をずっと読んでいれば、年譜を見なくても「四月十日」という日は、文明が「国を出で」「茅場町をさがし」た日であることがわかる。そして、それは「赤飯を食ふ」ほど、文明にとって大切な記念日であったのだ。

年譜的なことを言えば、明治42(1909)年4月10日、18歳の文明は文学で身を立てようと志して上京し、本所茅場町の伊藤左千夫宅に身を寄せた。歌人土屋文明の出発点となった日である。

  四月十日八十たびも近からむ次ぎて十三日年かさねゆく     『青南後集以後』

この歌についても、そうした文明の思いを汲んで読むことが、やはり必要なのではないだろうか。ちなみに「十三日」については、これは私にも何の日かわからず年譜で調べてみた。昭和57年4月13日、妻のテル子が93歳で亡くなった日であった。

おそらく亡くなるまでは、毎年一緒に「四月十日」を祝っていたのではないだろうか。けれど、もう喜びを分かち合う妻はこの世にいない。そう考えると、この歌からはしみじみとした寂しさが感じられるように思う。

作者の年譜を参照する・しないについては、どちらが良いと決められるものではないだろう。ただ、この歌の観賞においては、年譜的な事実を踏まえて読んだ方がはるかに歌の味わいが増すというのが、私の考えなのである。
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2010年10月21日

池内紀『文学フシギ帖―日本の文学百年を読む』


ドイツ文学者でエッセイストでもある著者が4年あまりにわたって北海道新聞に連載した文章をまとめたもの。森鴎外、北原白秋、高村光太郎、林芙美子、江戸川乱歩、村上春樹など明治から平成まで51人の文学者を取り上げている。一編につき3〜4ページと短い文章でありながら、それぞれの作家の特徴や本質を鋭く掴まえていて、面白い。
牧水には「漂泊の歌人」といったイメージがあり、気ままな旅をしたように思われているが、まるきり逆である。時刻表、地図、コンパスをつねに身につけ入念に準備していた。だからこそ自由気ままに旅程を変えることができた。 ―「牧水と言霊」
しかし現在、作家、劇作家久保田万太郎を知る人は、ごく少ないだろう。その名がのこっているのは俳人としてである。小説や戯曲はまずもって読まれないが、万太郎俳句は日本人の記憶にしみついている。 ―「久保田万太郎と湯豆腐」
小川未明の作品は、ごく簡単な構造をもっている。生涯、この人には「不器用な技巧家」といった趣があった。 ―「小川未明の模倣」


「書き手、つくり手の想像力はいいとして、問題は読み手、受け手のそれである。言葉のフシギを味わうためには、読者の側にも、フシギをつくり出す能力が必要なのではあるまいか」という著者の言葉は、短歌の読みにも当てはまることかもしれない。

2010年7月21日、岩波新書、720円。
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2010年10月20日

評論集『短歌は記憶する』刊行!

松村正直の初の評論集『短歌は記憶する』(六花書林)が刊行されました。
定価2200円。218ページ。内容は下記の通りです。

 第一章 時代と短歌
   サブカルチャーと時代精神
   ゴルフの歌の百年
   短歌に見る家屋の変遷
   仁丹のある風景

 第二章 戦争の記憶をめぐって
   軍馬という兵器
   歌枕としての「ヒロシマ」
   靖国神社が抱えるもの
   八月十五日の謎
   樺太の見た夢
   サンシャインビルの光と影

 第三章 歌人論
   長い時を越えて―清原日出夫論
   二つの顔を持つ男―石田比呂志論
   短歌史へのまなざし―三枝昂之論
   母恋いの歌―永田和宏論

皆さん、どうぞお読みください。
購入のお申し込みは、松村または六花書林まで。
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2010年10月19日

島田修三歌集『蓬歳断想録』

第六歌集。360首を収録。
中年男性の日々の思いが、苦みや断念を伴いながら一首一首の歌となっている。回想的な歌が多いのは年齢のためだけではなく、現代社会に対する批判的なまなざしを持っているからであろう。韜晦や自己戯画化や偽悪的な身振りを含んだ文体は作者の持ち味であるが、時には素直な歌を詠んでもいいのではないかという気もする。

  「蓬莱屋」の二階座敷も煙草喫めず俺のつけたる焦げ跡も消ゆ
  三頭の虎を高らかに連呼せし民族の冬も忘れられむとす
  院生のウクライナより来たりしが会釈し書庫の静かなる宵
  おいそこの学部長、寝てんぢやねえよとわが言はざれば静かなり会議
  零すだらうきつと零すと懼(おそ)れつつ嗚呼こぼしたり机上の珈琲
  箸をもてつまめばたやすく崩(く)えてゆく垂乳根ひろふ息つめながら
  洟かめばかすかに混じる血の糸をいとほしむごと指もて触るる
  いくたびか閉店セールをしてゐしが月かげあまねし「不思議堂」跡
  死ぬ際まで飲みつづけしとふ牛乳の力かなしも子規の牛乳
  過ぎし日のタイピストなるなりはひの燦然として朝の鱗雲

2010年7月30日、短歌研究社、3000円。
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2010年10月09日

有吉佐和子著『日本の島々、昔と今。』


昭和54年から55年にかけて、作家の有吉佐和子が日本各地のの離島を旅したドキュメンタリー。焼尻島・天売島、種子島、屋久島、福江島、対馬、波照間島、与那国島、隠岐、竹島、父島、北方領土、尖閣列島が登場する。

まず驚くのは有吉の積極的で意気盛んなバイタリティである。悪天候や様々な障害にも負けずに、ひたすら自分の見たいもの知りたいものを目指して突進する。タイプ(上品さ)は全然違うが、その姿は『崩れ』取材時の幸田文を思い出させる。

200カイリ問題や石油の値上がりをめぐって漁協に話を聞きに行き、領土問題をめぐって海上保安庁に取材する。とにかくいろいろな人に話を聞きつつ、しかもそれを鵜呑みにするのではなく、資料に当って自分自身で考え、必要があればインタビュー中にも反論をする。

この人に取材されたら大変だなと思いつつ、読んでいる分にはすこぶる面白く、文章のテンポもいい。以下、この本で知った雑学。

○焼尻島は江戸時代は庄内藩、天売島は米沢藩。
○屋久島のウイルソン株の本体(?)は秀吉が建立した方広寺大仏殿中央の真柱となった。
○文永の役で対馬の島主宗助国は戦死、壱岐の守護代平景隆は自害した。
○壇の浦で入水した安徳天皇は後鳥羽天皇の兄である。
○択捉・国後島は海洋性気候で北海道より暖かく、温泉も出る。

ちょうどこの本を読んでいる時期に、尖閣諸島をめぐるトラブルが勃発した。有吉は尖閣諸島を訪れようとして海上保安庁に断られ、結局民間のヘリコプターに乗って上空から見たのだが、今日も同じようなニュースが流れていた。三十年経っても状況は何も変っていない。

「尖閣諸島問題について、我々の世代には知恵がない。次の世代がこれを解決するだろう」(1978年のトウ小平副首相の言葉)という希望が実現するのはいつの日のことだろう。

2009年2月17日、岩波文庫、940円。
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2010年10月06日

池田はるみ歌集『南無 晩ごはん』

池田はるみさんの第五歌集。姑の介護・看取り、孫の誕生など、少しずつ変化していく家族の日常を描いた一冊。全体的にのんびりとした、どこか懐かしいような雰囲気が言葉の端々に感じられる。
誰もゐぬあひだにお湯に入らむと下りゆくなり廊のながきを
まだ何かしてやれるなどと思ふらし息子を思ひてあがくわたしは
いつせいにのつぺらばうとなりにけり川の真中に花火があがる
交番のおまはりさんに遭ふやうなひまはり咲けり夕べの道に
自らを売る小犬をりペット屋に三割引の値札をつけて
浅草にふたまた大根祀るありふゆのゆふべをふたり来たりぬ
定年の辞令を受けしこの人はふたたびおなじやうに働く
鼻といふ漢字の部首は鼻部なりバカボンのパパの鼻のごとしも
しやくしやくと木(こ)の葉(は)丼(どんぶり)食むひとに奈良公園の冬は近づく
おほいなる石の上にぞ脱いでゐる下駄がありしかむかし日本に

歌集のタイトルについては、あとがきに「晩ごはんは、ひと日の締めくくりとして日常を如何に豊かに支えて来たことかと思います。思えば、家族が囲む晩ごはんは有り難い(あることが難しい)ものだったのです」と記されている。

池田さんと言えば、一昨年刊行された『歌人河野裕子が語る私の会った人びと』の聞き手として、河野さんの話を巧みに引き出していたのが印象的だった。この歌集にも次の一首がある。

  風花が降り来るやうな語りくち小さな口の裕子さんなり

そして、河野さんもまた次のような歌を詠んでいたことを思い出す。

  そんなこと言うたらあかん裕子さん池田はるみなら言ひくれるだらうだから電話はしない
          角川「短歌」2010年5月号

2010年8月8日、青磁社、2800円。

  
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2010年10月01日

夢野久作『猟奇歌』(赤澤ムック編)

推理小説家・幻想小説家として有名な夢野久作は「猟奇歌」と呼ばれる短歌を作っていた。「探偵趣味」「猟奇」「ぷろふいる」といった雑誌に発表されたもので、合計251首ある。その中から約100首を選んだアンソロジー。
誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る

無限に利く望遠鏡を
覗いてみた
自分の背中に蠅が止まつてゐた

殺すくらゐ 何でもない
と思ひつゝ人ごみの中を
闊歩して行く

この夫人をくびり殺して
捕はれてみたし
と思ふ応接間かな

蛇の群れを生ませたならば
………なぞ思ふ
取りすましてゐる少女を見つゝ

こうした短歌は読者によって好き嫌いが分れると思うが、夢野久作の小説世界に通じる味わいがある。「格差、貧困、差別、抑圧の時代に夢野久作の〈怨磋の言葉〉が、よみがえる!」という帯文を付けて、一般の本屋で平積みになっていた。

「猟奇歌」の成立過程については、現代短歌研究会編『〈殺し〉の短歌史』(水声社)の中で、秋元進也が評論を書いており、参考になる。

2010年2月19日、創英社、1400円。

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