2016年08月26日

「自分の歌に耐える」ということ (その3)

この話は、さらに「塔」2010年5月号の新樹滴滴でも取り上げられている。河野さんが亡くなる3か月前のことだ。(エッセイ集『桜花の記憶』に「自分の歌に耐える」というタイトルで掲載)

何年かまえの「塔」の全国大会の講演で「自分の歌に耐える」ということをちょっと言った。それに補足しておくと、長いあいだ歌を作りつづけていると必ず自分の歌に飽きてしまう時期がくる。そういうときに歌を止めるのは簡単かもしれないが、それは早計というものである。

続いて、河野さんは「歌を止めようとか、ちょっと休もうとしたとき仮に六十点くらいのレベルに居る」と仮定して、こう書く。

六十点に耐えて作りつづける。これが肝要。

この言葉に、私は何度勇気づけられてきたかわからない。
100点ではない。80点でもない。60点である。
それに耐えて、歌を詠み続けるのだ。

posted by 松村正直 at 06:34| Comment(1) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

「自分の歌に耐える」ということ (その2)

2007年に「塔」の全国大会が和歌山で行われた。
メインは河野裕子さんの講演「作歌四十余年」。
http://toutankakai.com/magazine/post/4390/

その中で、河野さんが「自分の歌に耐える」という話をされたのが、とても印象に残った。

この間ふと思ったのは、私は私の歌に堪えるということがとても大事だということでした。自分の歌に堪える。自分の歌に堪えるということは本当に大変難しいことだ。いろんな時期があって、いい時も悪い時もあります。かっての自分ならばもっといい歌が作れたはずなのに、ああ、できないということが必ずあるんですね。もっといい、若い時にはもっと自分には勢いもあったし、よかったのに、今それが自分にはできない。でもね、やっぱりそれは自分の歌に堪えるしかしょうがないんじゃないかと思うんです。堪える、堪えて、そしてその水準にまで達せなくっても、やっぱり作り続けることがとても大事。

講演を聴きながら、河野さんほどの人でもそんなことを思う時があるのだと、少し驚いたことを覚えている。


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2016年08月24日

「自分の歌に耐える」ということ (その1)

大学時代の4年間はアーチェリーばかりやっていた。

けっこう強いクラブで、関東学生アーチェリー連盟に加盟する約50校の中で4番手くらいの強さであった。

春のリーグ戦(団体戦)、夏の個人戦、国公立戦、七帝戦、年に3回の合宿など、一年中とにかくアーチェリーの練習と試合と飲み会ばかりしていた。

監督は50歳くらいの酒好きで楽しい人だったが、練習は厳しかった。その方からはアーチェリーの技術だけでなく、ものの考え方や生き方など、実に多くのことを学んだ。

その一つが、「調子が良い時に当たるのは当り前。大事なのは調子が悪い時にいかに耐えるかだ」ということ。

「今日は何だか調子がいいな」という時は、多少のミスをしても高得点のところに矢が飛んでいく。一方で、調子が悪い時は身体の感覚と矢の飛ぶところが一致せず、思うように点が伸びない。

けれども、いざ試合となれば、「今日は調子が悪かったから点数も悪かった」というわけにはいかない。調子が悪い時でも、悪いなりに点を出さなくてはいけないのだ。特に団体戦の時など、そういうしんどい場面に何度も出くわした。

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2016年08月21日

夏の終わり

「塔」の全国大会が終わると、夏が終わったなと思う。
まだ外は暑いけれど。

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2016年08月20日

塔全国大会 in 岡山

今日明日と「塔」の全国大会に参加するため岡山へ行ってきます。
22歳から24歳にかけて1年半住んだ町。

大会への参加も今年で18回目となる。

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2016年08月18日

森達也著 『オカルト』


副題は「現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ」。
2012年に角川書店から出た単行本の文庫化。

恐山のイタコ、大谷宗司(心霊科学協会理事長)、荒川靜(スピリチュアル・ワーカー)、木原浩勝(怪異蒐集家)、山本大介(OFU代表)、堤裕司(ダウザー)、木内鶴彦(臨死体験者)など、オカルトに関わる人物に取材したルポルタージュ。

著者のスタンスは、超常現象やオカルトを「ある」か「ない」かの二元論で裁こうとしないところにある。

オカルトの語源はラテン語の「occulere」の過去分詞「occultus」で、意味は隠されたもの。

という原義の通り、著者が不思議な現象を取材し、観察しようとすると、それは常に隠れてしまう。「あきらめようと思えば視界の端にちらりと何かが動く。凝視しようとすると二度と見えなくなる」といった具合だ。

肯定であれ否定であれ、断定したい。曖昧さを持続することは、実のところけっこうつらい。

立場を決めて断定するのは、むしろ簡単なこと。肯定と否定の狭間に居続ける執念こそが、この本を支えている。それは、他の社会問題に関しても一貫している著者の姿勢であろう。

2016年6月25日、角川文庫、720円。

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2016年08月17日

偶然

神様は信じないけれど偶然は信じる。
偶然ほど素敵なことってあまりない。

鉄橋を渡れば見えてくる町の偶然だけがいつも正しい
          「塔」2012年3月号

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2016年08月16日

次号予告

短歌雑誌の次号予告に自分の名前があって、まだ一字も書いていない原稿や一首もできていない作品のことが載っていると、暗澹とした気分になる。

今日で3日連続の夕立。


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2016年08月15日

河野裕子短歌賞

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第5回河野裕子短歌賞の締切は8月19日(金)です。
皆さん、どうぞご応募ください。

https://www.eventscramble.jp/e/kawano

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2016年08月14日

小紋潤歌集 『蜜の大地』

元・雁書館の編集者で「心の花」の歌人である小紋さんの第1歌集。
1971年から2007年までの作品420首を収めている。

西海の旅籠屋に聴く春潮の満ちくるまでの力を思ふ
赤い小さな椿が咲いて春となる気配 真昼のしづけさにゐる
谷に棲む人の習俗、風俗の翳りさへ明るすぎる午後二時
多摩川を今朝も渡りて楽しまぬことのみおほくなる壮年や
青北風にこころすさびてゆくひと日ねもころに鳴く夜の邯鄲
神神の宿りたまへる大樟の真下にいこふ乳母車あり
ゆふぐれは今日も来たりて一本の煙草のやうな我であるのか
みづからの光の中に冴え返る星あり冬の槻の真上に
卓上に金のミモザは飾られて昼を眠れる猫とをさな子
見下ろせばあを篁のゆくらかに動くと見えてしづまりゆきぬ

1首目、海に近い旅館。潮の音に春の生命力を感じている。
4首目は電車で多摩川を渡る通勤風景。壮年の苦みのこもる歌だ。
5首目、「青北風」(あおぎた)は初秋に吹く北風。ひとり秋の虫の音を聴いている。
6首目、神社の御神木か。「大楠」と「乳母車」の取り合わせがいい。
7首目、煙草が灰になって次第に短くなっていくような心細さ。
10首目は歌集最後の一首。ゆったりとした調べが心地よい。

全体に季節や自然の捉え方が的確で、そこに心情を滲ませていくのがうまい。繊細でありつつ骨太でもある。

小紋さんには昨年7月に長崎で開かれた現代歌人集会春季大会の二次会でお会いした。病気療養中とのことであったが、無事に歌集が刊行されて良かった。

2016年8月7日、ながらみ書房、2500円。

posted by 松村正直 at 18:11| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

人と関わる手段?

「うた新聞」8月号に、石井僚一が「四半世紀歌会」という文章を書いている。

谷川由里子という人がいて二〇一六年六月某日都内某所にて「四半世紀歌会」というものを開いた。二十五年に一度行われるというメンバー固定のスペシャルな歌会だ。ぼくのところにもその招待状が届いた。

と始まり、最後は

「四半世紀歌会」の次の開催は二〇四一年だ。そのときに自分が何をしているかさっぱり想像がつかないけれども、この歌会には参加するのは間違いない、死んでも参加しようじゃないか。本当の言葉なら未来にも現前化するだろう。否、現前化させるのだ。ぼくは「四半世紀歌会」という言葉を、そして谷川由里子という人をすっかり信じてしまっている。四半世紀後に必ず会える。

と終わる。

この内輪のノリは一体何なんだろう。中学校の卒業アルバムか? 
自閉していて、まったく外部の人に届かない話を延々と続けている。

これを読んで思い出したのが、「ユリイカ」8月号に同じく石井が書いている「たたたたたたた魂の走る部屋」という文章だ。

僕は短歌をやっている人が好きなのだ。人と関わる手段がたまたま歌会というものだっただけで僕の興味は最後には人に帰着する。僕は歌会を信じるということ以上に、歌会という場に集う人たちを信じているし、愛している。

「人と関わる手段」として、石井は歌会をやっているらしい。そこが根本的に私とは違う。短歌を通じて人との関わりが増えることはあるけれど、友達作りのために短歌をやるというのはどうなのか。

まあ、大学のサークル活動のノリということなのだろう。
そう考えれば、別に不思議でも何でもない話なのかもしれない。


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2016年08月12日

6年

河野裕子さんが亡くなって、今日で6年。
月日の経つのは本当に早いものだ。

6年前の8月12日は職場のお盆休み前の打ち上げの飲み会があって、終了後、店からぶらぶら歩いて家に帰る途中で訃報を聞いたのだった。

あれから6年。
僕の人生にもいろいろと大きな変化があった。

水たまりをかがみてのぞく この世には静かな雨が降つてゐたのか              河野裕子『蟬声』

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2016年08月11日

和中庵(その2)


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前回と同じ渡り廊下から見た奥座敷(客殿)。
こちらは純和風建築である。
傾斜地なので、洋館の2階と奥座敷の1階が同じ高さとなっている。

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奥座敷は三間続きの大広間がメインだが、印象的だったのはこの書斎。こんなところで景色を眺めながら書いていたら、原稿もはかどるだろう。

和中庵の後は清水三年坂美術館へ。
幕末・明治期の七宝、金工、蒔絵などを展示している。

一番良かったのは、安藤緑山という人の象牙彫刻。

「竹の子と梅」「柿」「パイナップルとバナナ」など、まるで本物のような色と質感を表現している。手間をかけ技巧をこらしてここまで本物そっくりにするんだったら、いっそ本物を置いといたほうが楽だろうと思うくらい。

この常軌を逸したような熱意は一体何なんだろう。

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帰りに見かけた八坂の塔。
狭い通りを歩いていると思わぬ角度で現れるのがいい。

posted by 松村正直 at 10:01| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

和中庵(その1)

現在、特別公開中の和中庵(わちゅうあん)を見に行く。
場所は左京区鹿ケ谷。
哲学の道から少し山側に入った所にある。

近江商人の藤井彦四郎の邸宅として、昭和初期に建てられたもので、現在はノートルダム女学院中学高等学校の所有となっている。

主屋は取り壊されて現存しないが、スパニッシュ様式の洋館、入母屋造りの奥座敷、蔵、茶室が残っている。このうち、今回公開されたのは洋館と奥座敷の2つ。

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洋館の外観。青空と山の緑に映えて美しい。
かつては写真手前に主屋があり、洋館と渡り廊下でつながっていたとのこと。

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1階の応接室。
窓から入る日差しが明るい。

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2階へ上る階段の踊り場。
窓のデザインや装飾などがおしゃれである。

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洋館の2階から、山側に立つ奥座敷の1階へと渡り廊下がつながっている。山の傾斜を巧みに利用して建物を配置し、庭や川が作られているのだ。これは、渡り廊下から見た洋館の姿。この廊下の下は谷になっていて、かつては水が流れていたようである。

posted by 松村正直 at 17:59| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

田中輝美、法政大学藤城裕之研究室著 『地域ではたらく「風の人」という新しい選択』


旅先の本屋に入ると、まず郷土関連の本の棚を見る。
この本も、先日松江に行った時に購入した一冊。

島根県に来て働いている8人の人物に学生がインタビューをしてまとめたもの。地域で働くとはどういうことか、人と地域との結び付きはにはどのような形があるのか、考えさせる内容となっている。

「風土」という言葉もあるように、地域には「土の人」と「風の人」がいる、と言われます。土の人とは、その土地に根付いて、受け継いでゆく人のことです。(・・・)一方、風の人は、一カ所に「定住」せず、わずかな期間で他の地域に移動することも少なくありません。(田中輝美)
地域や社会を元気にしたいんです!っていうよりも、自分が何をやりたいかってこと。結果的にそれが社会や地域を元気にするってスタンスが自然だと思う。(三浦大紀)
やっぱり旅人は何か特殊なことがないといけないよね。地域の人たちが持っていない何かを運んでくる。旅人が触媒になって地域の文化が変わるとか、そういうことに意義がある。(白石吉彦)

この本自体、地域応援型のクラウドファンディングで支援者を募り、松江の出版社から発行されている。そうしたところから、新しい流れが生まれていくのかもしれない。

2015年8月11日、ハーベスト出版、1400円。

posted by 松村正直 at 16:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

短歌人会夏季全国集会

昨日は姫路キャッスルグランヴィリオホテルで開催の短歌人会夏季全国集会にお招きいただき、講演「石川啄木と土岐哀果」を行った。17:00から18:40まで。

他の結社の全国大会に参加するのは初めてのことだったのだが、皆さん気さくに接してくださり、楽しい時間を過ごすことができた。講演の後はオープニングパーティー、さらにホテルの部屋に移って「深夜サロン」(?)で話が続く。

藤原龍一郎さん、小池光さん、蒔田さくら子さん、三井ゆきさん、西勝洋一さん、宇田川寛之さん、谷村はるかさん、橘夏生さん、長谷川知哲さん、梶倶認さん、村田馨さん、天野慶さん、角山諭さん、大室ゆらぎさん、勺禰子さん・・・などと話をして、たくさんの刺激をいただいた。

最後まで残ったメンバーが解散したのは午前2時。

今朝は7時にホテルを出て京都に帰り、「塔」9月号の初校の取りまとめ。夕方、無事に印刷所へ送った。

posted by 松村正直 at 20:46| Comment(4) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月05日

藤田嗣治展

芦屋のカルチャーセンターでの講座を終えて、午後から兵庫県立美術館へ、「藤田嗣治展 東と西を結ぶ絵画」を観に行く。

100点を超える展示があって、かなり充実した内容であった。

特に良かったのが「砂の上で」。
砂浜の上に寝ころぶ二人の裸婦と赤子を描いた作品。シャベルやバケツ、貝殻などもある。

大作「アッツ島玉砕」はよく見ると、ところどころ兵士の身体が透けている感じがする。幽鬼とでも言ったら良いだろうか。

同じく大作「五人の裸婦」は、黒田清輝「智・感・情」を思い浮かべた。あっちは三人だが。

「アントワープ港の眺め」は、こんな絵も描いていたのかという感じで新鮮だった。

posted by 松村正直 at 23:18| Comment(0) | 演劇・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

明治時代の「心の花」

「心の花」明治44年6月号の広告に、佐々木信綱「和歌入門」、片山廣子「郊外より」などと並んで、高安安子「首都の印象」とある。高安国世の母だ。

同じく9月号の広告には、石榑千亦「見張人」、木下利玄「清見潟より」、佐佐木信綱「夏の一日」などと並んで、高安月郊「波紋」とある。高安国世の伯父だ。

意外なところで知っている名前に出会うのは楽しい。

*この記事、書き方が良くなかったですね。
 「創作」に載っている「心の花」の広告ということです。

posted by 松村正直 at 23:10| Comment(2) | 高安国世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

井上章一著 『愛の空間』


副題は「男と女はどこで結ばれてきたのか」。
1999年に角川選書から刊行された『愛の空間』の第1章から5章を文庫化したもの。

近代以降、男女の性愛がどこで行われてきたのかを調べた風俗史である。野外、遊郭、待合、ソバ屋、銘酒屋、木賃宿、円宿、温泉マーク、アパートなど、時代による移り変わりを含めて、実に詳細に例が挙げられている。

かつての皇居前広場は、野外で性交をしあう男女のあつまる場所だった。多くのカップルが、愛しあうためにここへやってきた。第二次世界大戦の敗戦後、二〇世紀なかごろのことである。

あの皇居前広場で! 何とも驚きの事実である。

プロレタリア文芸の小林多喜二が、『工場細胞』(一九三〇年)という小説を書いている。作品のなかで、小林はお君という女工に、工場へつとめる女たちの批判を語らせた。たとえば、「日給を上げて貰うために、職長と……『そばや』に寄るものがある」などと。

こうした表現も、「そばや」が単なるソバ屋ではなく、当時、性愛の場所として利用されていた事実を踏まえないと意味不明なものとなってしまう。

一九三〇年代の日本、わけても大東京の横顔を……一瞥しようとする時、見落すことの出来ない三つの『円』がある。円本、円タク、円宿ホテル

「円本」「円タク」は歴史の教科書にも載っているが、「円宿」は初めて知った。時間制で一円という料金設定のホテルのことらしい。なるほど、教科書には載せにくい話だ。

当時の新聞・雑誌、さらに小説などの資料に非常に幅広く当たって、著者はこの一冊を書いている。しかも、1960年代以降のラブホテルに関する記述は、元版を全面的に書き直したいとのことで、この文庫版からは省かれた。その衰えない熱意に感嘆する。

2015年10月25日、角川ソフィア文庫、1120円。

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2016年08月02日

「ユリイカ」 2016年8月号

特集「あたらしい短歌、ここにあります」。

特集とは関係なく、巻頭の中村稔「故旧哀傷・松田耕平」がすごくいい。

松田耕平さんは失格経営者として当時の東洋工業株式会社、現在のマツダ株式会社の社長職からの退陣を余儀なくされた方である。

という一文から始まり13ページ、少しも隙のない文章が続く。
まさに読ませる文章の見本という感じだ。

穂村弘と最果タヒの対談「ささやかな人生と不自由なことば」は、二人の率直なやり取りが印象に残る。

穂村さんの発言からいくつか。

僕は「なんで詩でも俳句でもなく短歌なんですか」って訊かれたときに、なんでハンマー投げの選手は円盤でも砲丸でもなくて、ハンマー投げるんだろうって思ったことがあって(笑)。
短歌は上手い人ほど、そこだけラインマーカーが引いてあるように見えることがある。「ここがツボだ」って。
(“あざとさ”みたいなことですか。)
仮に“あざとい”としても抗えない、なにか「味」みたいなものかなあ。
表現のための専用ツールである音楽や踊りだったら、現実の出来事からもっと独立した強さを持ち得るんじゃないか。でも、言語は短歌や詩の専用ツールじゃなくて、いわば兼用ツールだから、必ず意味の汚染を受けてしまう。

こうした鮮やかな比喩や的確な分析は、さすが穂村さんという感じがする。

posted by 松村正直 at 22:22| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする