2018年12月31日

2018年の活動記録

*この記事は常に一番上に表示されています。
 最新の記事は一つ下を見て下さい。

作品
 ・「チンアナゴ」12首(「短歌往来」2月号)
 ・「秋の耳たぶ」30首(「短歌研究」2月号)
 ・「現実に少し遅れて降る雪を」30首(「短歌研究」5月号)
 ・「柿若葉」6首(「短歌往来」7月号)
 ・「ふたたび」8首(「岡大短歌6」)
 ・「富士の見えるあたり」30首(「短歌研究」8月号)
 ・「しずくしずくが」30首(「短歌研究」11月号)

評論
 ・「暮らしが見えてくる歌」(「歌壇」6月号)
 ・「違和感から理解へ」(「プチ★モンド」102号)

書評
 ・さいとうなおこ著『子規はずっとここにいる』評(「角川短歌」1月号)
 ・佐藤モニカ歌集『夏の領域』評(「短歌往来」2月号)
 ・柴田典昭歌集『猪鼻坂』評(「現代短歌新聞」2月号)
 ・植田珠實歌集『梟を待つ』評(「短歌研究」3月号)
 ・高野公彦インタビュー『ぼくの細道うたの道』評(「うた新聞」3月号)
 ・本川克幸歌集『羅針盤』評(「現代短歌」4月号)
 ・水沢遙子歌集『光の莢』評(「現代短歌新聞」7月号)
 ・『塚本邦雄全歌集T』評(「歌壇」9月号)
 ・森田悦子歌集『裲襠』評(「現代短歌」9月号)
 ・江田浩司歌集『孤影』評(「短歌往来」9月号)
 ・雁部貞夫著『『韮菁集』をたどる』評(「青磁社通信」29号)

時評
 ・短歌月評「世代を跨ぐ試み」(「毎日新聞」1月22日朝刊)
 ・短歌月評「アンソロジーを楽しむ」(「毎日新聞」2月19日朝刊)
 ・短歌月評「記念号と終刊」(「毎日新聞」3月26日朝刊)

その他
 ・心に残ったこの一首2017(「現代短歌」2月号)
 ・連載「時間のあやとり 函館」(「角川短歌」2月号)
 ・4月のうたのヒント(「現代短歌新聞」4月号)
 ・秀歌鑑賞(「短歌春秋」146号)
 ・「高安国世の推敲〜白から薔薇色へ〜」(「短歌現代」6月号)
 ・秘蔵の一冊(「現代短歌」7月号)
 ・歌集の売れ行きをめぐる個人的な感想(「角川短歌」8月号)
 ・テキスト企画 旅をよむ。(「NHK短歌」9月号)
 ・緩さと自由(「鱧と水仙」第51号)
 ・新たな自分との出会い(「うた新聞」9月号)

出演
 ・第67回源実朝を偲ぶ伊豆山歌会(9月24日)



posted by 松村正直 at 23:59| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月17日

「塔」十代・二十代歌人特集


「塔」10月号は2年に1回の「十代・二十代歌人特集」。
今年の参加者は45名と大盛況だった。

 笹嶋侑斗・北野中子・うにがわえりも・希屋の浦・多田なの・
 田村穂隆・塩原礼・頬骨・逢坂みずき・佐原八重・宮本背水・
 濱本美由紀・紫野春・帷子つらね・中山靖子・長月優・宗形瞳・
 加瀬はる・はなきりんかげろう・永山凌平・瀧川和麿・高田獄舎・
 太代祐一・魚谷真梨子・はたえり・川又郁人・阿波野巧也・
 川上まなみ・北虎叡人・森永理恵・安田茜・西川すみれ・永田櫂・
 卓紀・永田玲・廣野翔一・とわさき芽ぐみ・長谷川麟・横田竜巳・
 椛沢知世・吉田恭大・拝田啓佑・近江瞬・白水裕子・大森静佳

作品もエッセイも写真も、それぞれの個性が出ていて面白い。

ジュンク堂池袋本店(東京)、 ちくさ正文館本店(名古屋)、三月書房(京都)、葉ね文庫(大阪)で、一般向けにも販売しております(1000円)。

また、「塔」のHPでも購入を受け付けております。
http://toutankakai.com/contact/

ちなみに、特集だけでなく月例作品も出しているのは45名のうち31名。
毎月の詠草の方も欠かさずに出してほしいと思う。


posted by 松村正直 at 16:34| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月15日

新聞

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わが家では新聞を二紙購読している。
右が朝日新聞、左が読売新聞。
(反対の方が良かったか)

二つの新聞を比べると、この広告が新聞によって違っていることに気付く。
すると、口の形が右上の「な」や「つ」に対応していることにも気が付く。

面白い仕掛けだ。


posted by 松村正直 at 09:34| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月14日

石川美南歌集 『架空線』

photo-ishikawa.jpg

2011年から2016年までの作品392首を収めた第4歌集。

 警備艇の名は〈みやこどり〉朗らかに都はここよここよと揺れて
 祖母の口は暗渠ならねど土地の名のとめどなく溢れかけて見えざり
 飛び石はどこへ飛ぶ石 つかのまの疑問のごとく暗がりに浮く
 カフェはしづかな生き物にしてもこもこと形の違ふ椅子増殖す
 呼ばれたらすぐ振り返るけど 本棚に擬態してゐる書店員たち
 指先の震へで双子を見分けたわ戦地へ行つた方行かぬ方
 見えぬ水をひとりへ注ぎ、軽くなる一方の水差しだわたしは
 着く前に雨は上がつて得意ではない得意先きらきらとある
 寝不足の頭の上をひらひらと雲中供養菩薩飛び交ふ
 テトラポッドの太もも絡みあふ間(あひ)をしづかに行き来する
 稚魚の群れ

1首目、古典を踏まえて名付けられた隅田川の警備艇。「ここよ」がオノマトペにもなっている。
2首目、高齢の祖母の記憶の中にある地名。
3首目、飛び石は飛び飛びに置かれた石だが、「飛ぶ石」として捉えた。
4首目、「形の違ふ椅子」が昨今のしゃれたカフェの感じ。
5首目、本棚に向いて黙々と作業している店員の姿。
6首目、戦地へ行った方は後遺症で指が震えるという意味だろう。
7首目、相手に対する愛情や気遣いが一方通行なのがかなしい。
8首目、「得意ではない得意先」が面白い。そういうこともしばしばある。
9首目、平等院鳳凰堂を訪れた時の歌。「寝不足」と「雲中供養菩薩」が響き合う。
10首目、「太もも」がいい。確かにあの形は言われてみれば太腿だ。

2018年8月1日、本阿弥書店、2000円。

posted by 松村正直 at 23:14| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

第21回「あなたを想う恋のうた」作品募集中!

福井県越前市で行われる「あなたを想う恋のうた」の
審査員を今年も務めます。現在、作品を募集中です。

締切は10月31日(水)。

投稿料は無料!
賞金も出ます!


最優秀賞(1首)10万円
 優秀賞(3首) 3万円
 秀逸(10首) 1万円
 佳作(15首) 5千円
 入選(30首) 図書カード千円

みなさん、ぜひご応募ください。
ネットからも応募できます。
http://www.manyounosato.com/


posted by 松村正直 at 20:13| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月12日

呉秀三

精神科医の呉秀三(1865〜1932)の生涯を描いた映画「夜明け前」が完成したらしい。
http://www.kyosaren.or.jp/yoakemae/

呉については、斎藤茂吉との関わりで名前を聞いたことがある。東京帝国大学医科大学精神学教室の教授として、また巣鴨病院の院長として、茂吉の指導に当った人物である。

茂吉の随筆や短歌にも登場する。

呉秀三先生は本邦精神病学の建立者である。即ち、
“Begründer” だと謂つてもいいとおもふのである。

私は東京府巣鴨病院院長としての先生に接して、常に
先生の態度に『道』を見たのであつた。

              「呉秀三先生を憶ふ」
 罪業妄想といへる証状ありこの語は呉秀三教授の訳
               斎藤茂吉『つきかげ』

この映画はぜひ見に行きたいと思う。

posted by 松村正直 at 15:13| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

きょうだいの歌

最近、20歳〜30歳代の作者の歌集にきょうだいの歌が目に付く。

 無職歴ベテランの兄新米のわたしと家の猫を取り合う
 片づけたところに兄が置いていく手塚治虫を二十六冊
 「天国に行くよ」と兄が猫に言う 無職は本当に黙ってて
           山川藍『いらっしゃい』
 二十数年ともに暮らしし弟の恋を知らざり知らざれど兄
 妙な語呂合わせのせいで弟の結婚記念日忘れられない
 沈黙をチャイルドシートに座らせてわが弟は戻り来たりぬ
           辻聡之『あしたの孵化』
 おとうとのあとに検索開いたら「水を恐れる 前世」の履歴
 おとうとの恋を知らない このばかはスイカの白いとこまで食べて
 おとうとは電話に出られるようになりそれはちいさな存在証明
           西村曜『コンビニに生まれかわってしまっても』

それぞれ、けっこうな存在感を持って歌集のなかに登場してくる。
この距離感の近さはどういうことなんだろう。気になる。

posted by 松村正直 at 18:46| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

岩城之徳編 『回想の石川啄木』

石川啄木にゆかりのある人々の手記34篇を収めた本。

執筆者は、金田一京助、与謝野寛、与謝野晶子、宮崎郁雨、近江じん(小奴)、平野万里、北原白秋、土岐善麿、若山牧水など。

啄木の少年時代から中学時代、渋民での代用教員時代、北海道放浪の時代、東京での暮らし、そして死に至るまで、時代順に回想が並んでいる。一つ一つの文章はある一時期の啄木の一面を伝えるものに過ぎないが、それが34篇集まることで、啄木の生涯が立体的に浮かび上がってくる巧みな構成だ。

啄木の妹の三浦光子と、節子の弟の堀合了輔の手記も載っている。

啄木と節子は多くの困難に直面しながらも最後まで互いへの信頼を失わなかったように思うが、二人が亡くなった後の遺族同士はそうも行かなかったらしい。石川家と堀合家の間の確執とでも言うべきものが、二人の文章には露骨に表れている。

人間啄木の受けた最大の苦盃、これあってむしろ死期も早められたかの感がますます深くなってゆくのである、それは最愛の妻より裏切られた事件それ自体であって、最も大きな確証を握って居る者は二人生存して居る。一人は妹の私、一人は姪の稲。(・・・)この意味に於て兄の遺骨を何らの係りもない北海の海辺に置く事は正しく故人の意志を無視したいたずらに過ぎないと思う。
                三浦光子「兄・啄木の思い出」
今石川家が存続し居るのも畢竟(堀合)忠操によって遺児が育てられ、結婚し子を持ったからである。

この母(堀合とき子)も節子の死後遺児を見て居ったが、大正八年十二月十八日肺を患ってなくなった。私達は石川家からうつされたものだと思った。
                堀合了輔「啄木の妻とその一族」

まさに泥仕合といった感じで読んでいて辛い。
これも啄木の生前の行動がもたらした結果ではあるのだが。

1967年6月20日、八木書店、1000円。
posted by 松村正直 at 23:41| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

古賀泰子さん宅の蔵書整理

今年6月23日に亡くなった古賀泰子さん宅の蔵書整理にうかがった。
古賀さんは「塔」創刊以来の会員で、選者・名誉会員であった方。
大阪市東淀川区にあるご自宅では、かつて「塔」の編集や発送作業が行われていた。

午前10時から作業を始めて、昼食をはさんで14時半まで。
歌集や雑誌がたくさん並ぶ書庫を中心に、本棚から取り出して整理した。

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これまで現物を見たことのなかった歌集や「塔」の古い記録なども出てきて、そのたびに作業するメンバーから驚きの声があがる。貴重な本や資料をまとめてダンボール7箱分を引き取ることになった。

ご冥福をお祈りします。

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posted by 松村正直 at 22:02| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月06日

結社の会費


ある結社誌を読んでいたら、会費値上げのお知らせがあった。
ひと月あたり300円の値上げである。
1年間で3600円、会員が500名として年間180万円の増収になる。

お知らせには、会計が赤字続きであることが記され、過去3年の赤字額も書いてある。その額を見ると、値上げがやむを得ないことは明らかだ。

数年前、「塔」も会費の値上げをしたところなので、身につまされる。
毎月、結社誌を発行するのは大変なことだ。
編集の多くをボランティアで支えていても、収支は常に厳しい状況である。

もちろん、事務の効率化を図ったり、外部に委託できる部分を委託するといった改善を進める余地はあるだろう。でも、どんなに改善を進めたところで結社が儲からないことに変わりはない。

会員の高齢化の問題なども含めて、結社の運営は今後ますます難しくなっていくように思う。生き残っていける結社は、はたしていくつあるだろうか。

posted by 松村正直 at 15:04| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月04日

小島ゆかり歌集 『六六魚』

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2015年から2018年までの作品448首を収めた第14歌集。タイトルは「りくりくぎょ」と読み、鯉のこと。

山の青葉むくむくとしてうつしみの扁桃腺は腫れ上がりたり
猫たちに虫をいぢむる恍惚のときありて虹いろの両眼(りやうがん)
二日目のみどりごをガラス越しに見てしばらく立てり白い渚に
見つめ合ふうち入れ替はることあるをふたりのみ知り猫と暮らせる
もの思ふ秋もへちまもありません泣きぢから凄き赤ん坊ゐて
だつこひものママさんたちはぷりぷりの海老のやうなり車中に四人
合唱のひとびとに似てあたらしき墓石群たつ霊園の丘
若き日は見えざりしこの風のいろ身に沁むいろの風の秋なる
来よと言ひ早く帰れと言ふ母よいくたびもわれを鳥影よぎる
思ふたびこちら向きなる鹿のかほ絶対音感の耳立てながら

1首目、自然の移ろいと身体の変化がリンクしているような面白さ。
2首目、「虹いろ」がいい。猫は虫や小動物をいたぶるのが好き。
3首目、新生児室を廊下から見ているところ。産着やベッドの白さ。
4首目、猫にはどことなく人間っぽいところがある。
5首目、「泣きぢから」という言葉がいい。生命力の表れである。
6首目、比喩が印象的な歌。健康的な明るさを感じる。
7首目、真っ直ぐに等間隔に並んで立っている墓石。
8首目、秋風が身に沁みる年齢になったということなのだろう。
9首目、年老いた母の見舞いに行った際の歌。母の寂しさが滲む。
10首目、常に耳を立ててこちらをじっと警戒して見ている鹿の姿。

2018年9月1日、本阿弥書店、2600円。


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2018年10月03日

免許更新とポカリスエット

京都駅前運転免許更新センターに運転免許の更新に行ってきた。以前は羽束師の運転免許試験場へ行かなければならず大変だったのだが、今回は京都駅前ということで非常に便利になった。

2016年にできた新しい施設で、流れも非常にスムーズ。1番:受付→2番:更新料の払込→3番:視力検査という感じで、ベルトコンベアーに載ったみたいに流れていく。講習(30分)を含めて1時間足らずで更新が済んだ。

こういうシステムが嫌いな人もいるだろうけど、僕はけっこう好きだ。あれこれ考える必要がないし、効率の良さを美しいとも思う。

病院の健康診断などをはじめ、今ではいろいろな場でこういうシステムが導入されている。自動的に右から左へ流れていきながら、すごいなあといつも感心する。

たぶん、人間にはこんなふうに受身に流されることに対して心地よさを覚える部分があるのだろう。それは被支配の欲求とでもいったものだ。歴史を振り返ってみたとき、例えば全体主義の思想の底には、支配する側の論理だけでなく支配される側の欲求もあったのだという気がする。

少し話は違うかもしれないが、ポカリスエットのCMで4000人もの高校生が一斉に踊っているのがある。あれを見ると非常に複雑な気分になる。美しいと思う一方で怖さも感じる。北朝鮮のマスゲームと何が違うのだろう。

もちろん、CMの高校生は「自主的」に参加していて、北朝鮮のマスゲームは「強制的」に参加させられている、と答えることは可能だ。でも、本当にそうだろうか。むしろ「自主的」であることの方が、私には恐いことに思われてならない。

posted by 松村正直 at 22:24| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

イルカショー(その3)


捕鯨とイルカショーの関わりの話をもう少し続けたい。

2009年にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」は、「くじらの町」として知られる和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を取材したものだ。

かつて商業捕鯨で賑わった太地町では、商業捕鯨が禁止されて以降、IWC(国際捕鯨委員会)の管轄外である小型捕鯨とイルカ漁が細々と続けられている。

このイルカ漁で獲れたイルカは、地元を中心に食用とされるのであるが、実はそれだけではない。生きたまま水族館に販売されるものもあるのだ。この生体販売は食肉用よりも高額で、漁に従事する人々の大きな収入源となっている。

しかし、このことがWAZA(世界動物園水族館協会)から問題視され、2015年にJAZA(日本動物園水族館協会)は会員資格停止処分を受けることになる。その後、追い込み漁で獲られたイルカの入手を禁止することを決めたJAZAから、太地町の「町立くじらの博物館」が脱会し、他の4施設もこれに追随するという事態になっている。

https://www.sankei.com/west/news/170403/wst1704030007-n1.html

先日、イルカショーで批判を浴びた新江ノ島水族館も、このJAZAを脱会した水族館の一つである。ここに、イルカショーをめぐる問題の根深さがよく表れていると思う。

posted by 松村正直 at 23:26| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

辻聡之歌集 『あしたの孵化』

著者 : 辻聡之
短歌研究社
発売日 : 2018-09-26

「かりん」所属の作者の第1歌集。

川のように声はうねって流れくる商店街は春のお祭り
励ますという愉悦あり果実酒のグラスが濡らす紙のコースター
春の日のシーラカンスの展示室だれの言葉も遠く聞こえる
母を捨てる、いつか、と言えばしろがねの百合の蕊よりこぼるる火の粉
くらぐらと夜に雪ふれば雪の声つかまえており父の補聴器
青から黄、赤へとうつる信号機おまえはわかりやすくていいね
菜の花にあなたの遠くまぶしがるしぐさばかりが揺れやまざりき
いつか死ぬ身を包みたる検査着のパステルグリーン 薄羽蜉蝣
囁くという字に口よりも耳多くありて呼吸をひそやかにする
春寒の工事現場に谺する All right, all right(オーライオーライ) そうだよね、きっと

2首目、励ましに含まれる優越感。励ますだけなら責任もない。
3首目、下句がいい。まるで深海に一人でいるような気分。
5首目、補聴器はかすかな音でも拡大して捉えてしまう。
8首目、検査着を着ている時の心身の心細さ。「薄羽蜉蝣」がいい。
10首目、工事車両の誘導の声だが、自分に「大丈夫」と言い聞かせているのだ。

2018年8月30日、短歌研究社、2000円。


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2018年09月30日

西村曜歌集 『コンビニに生まれかわってしまっても』


新鋭短歌シリーズ41。
「未来」所属の作者の第1歌集。

ポケットティッシュ受け取り礼を言われてるこの世がますますわからなくなる
暴動のニュースを消せば暴動は消える僕らの手のひらのうえ
持ってません温めません付けません要りませんいえ泣いていません
バラ園にバラ石鹼の香の満ちて世界はなんて深い浴槽
だったんだだったんだと行く鈍行で俺はあなたがすきだったんだ
玉入れの〈入れ〉を支えてくれたひと背なにあたまに玉を浴びつつ
「一ポンデあげる」ときみがちぎってるポン・デ・リングのたまの一つぶ
コンビニが逆に売り出す塩むすび僕はふつうに選ばなかった
マトリョーシカ、リョーシカ、リョシカ。だんだんと内緒話のように小さく
「欠席」を丸で囲むと消えていく明日のわたしの小さな椅子は

2首目、スマホの画面で見ている外国のニュース。
3首目、コンビニのレジの店員とのやり取り。「ポイントカードはお持ちですか?」「お弁当は温めますか?」「お箸はお付けしますか?」など。
5首目、「だったんだ」を電車の音のオノマトペとして使っている。
7首目、全部で8つの玉がある。「ポンデ」を単位のように扱う面白さ。
10首目、出欠の返信を出す場面。自分の存在が消えていくような寂しさ。

2018年8月11日、書肆侃侃房、1700円。

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2018年09月29日

「塔」2018年9月号(その2)

 わたしより大きな箸を持つ夫の甲に浮かんだ青き静脈
                       大森千里

夫婦二人の食事風景。夫の手の甲に浮き出た血管を見て、年齢を感じているのだ。普段はあまり意識しないところに気付いた感じがうまく出ている。

 手を離す 果たせなかつた約束のやうに流れてゆく笹の舟
                       千葉優作

何かを失ってしまう感覚を川を流れる笹舟のイメージで詠んでいる。初句「離す」から二句「果たせなかった」へ「は」の音でつなぐ呼吸がいい。

 いわし煮る妻の無言が気にかかる青山椒が家じゅう匂う
                       中山大三

別に機嫌が悪いわけではないのだろうが、ずっと無言でいられると気になものだ。青山椒の匂いが妻の発する雰囲気を伝えているようで面白い。

 事務椅子がカモメに似たる声で鳴き午後のスタッフルームは渚
                       益田克行

椅子の軋む音をカモメの鳴き声に喩えている。昼食後の少しのんびりとしたオフィスの風景。「カモメ」から「渚」へと展開したことで広がりが出た。

 台北のメトロに「博愛席」ありてあつさり譲られ腰をおろしぬ
                       水越和恵

日本で言うシルバーシートのこと。国内では席を譲られることに対してためらいや抵抗感があるけれど、外国旅行の場ではむしろ平気だったのだ。

 脳内で文字化けしてる感情の 脱ぎ捨てられた黒い靴下
                       田村穂隆

「文字化けしてる感情」がいい。自分でもはっきりとはわからない、名付けようのない感情。下句の靴下がその感情のかたまりのように感じられる。

 防波堤を地元の猫のしなやかに尾の先見えて海側へ消ゆ
                       森川たみ子

よく見かける猫なのだろう。「地元の猫」という言い方が印象的。しっぽを上げて慣れた足取りで防波堤を歩き、海の方へすとんと降りて行ったのだ。


posted by 松村正直 at 23:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月28日

「塔」2018年9月号(その1)

 悪臭と広辞苑に記さるるどくだみがわれは好きなり硝子器に挿す
                       竹田千寿

『広辞苑』を引くと確かに「葉は心臓形で悪臭をもつ」と記載されている。でも、どくだみ茶もあるくらいだから、好きな人もけっこういるように思う。

 カーテンを洗つたことは気づかれずひとり吹かれるすずしき風に
                       干田智子

カーテンを丸洗いするのは大変な作業だけれど、家族は誰も気付いてくれない。でも、きれいなカーテンに吹く風の心地よさに報われた気分になる。

 分かりやすい言葉で書けとわれに言う声は蛍光ペンの明るさ
                       白水ま衣

文章にしろ短歌にしろ、分かりやすさだけを求めると底が浅くなってしまう。蛍光ペンのような翳りのない明るさを求める風潮に対する異議申し立て。

 「着衣のマハ」「裸のマハ」を観てきたる眼は見てをり鮎の火かげん
                       渡辺美穂子

昼間はゴヤの展覧会を見てきて、夕食の支度をしているところ。取り合わせが面白い。鮎を焼く火を見ながら絵のことを思い出しているのだろう。

 こころには琴線という線のあり他者だけがふれくる前触れもなく
                       中田明子

確かに「琴線」は自分で触れることはできない。何かを見たり誰かの話を聴いたりして感じるもの。四句の字余りと「ふれ」「触れ」の重なりが効果的。

 切られし首つながれ苔の生えてをり廃仏毀釈の名残りといひて
                       田口朝子

明治期の廃仏毀釈では多数の寺や仏像が壊されるなどの被害にあった。切られた痕を癒やすかのように苔の生えた石仏に、歴史を感じている。

 なわばりを決めているのか一枚の田に一羽ずつ白鷺が立つ
                       森 祐子

場面がよく見えてくる歌。四角い田の一枚一枚にぽつんぽつんと立っている白鷺。特に縄張りがあるわけではないのだろうが、距離感が面白い。

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2018年09月27日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日 *奇数月を松村が担当しています。
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」 毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜日 10:00〜12:00

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posted by 松村正直 at 22:39| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月26日

熱海から下部温泉へ


9月24日は熱海に一泊して、25日は山梨の下部温泉へ。

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まるで温泉めぐりをしているようだが、そうではない。
下部温泉駅は母の家の最寄り駅。



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せっかくなので駅の近くにある足湯へ。
下部温泉は信玄公の隠し湯として知られている。
熱海駅前にも足湯があったが、台風の影響で使えなくなっていた。



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足湯はけっこうぬるい。
注意書きに、冬場は35度くらいの湯温になると書かれている。
それでも効能は変わりませんとのこと。



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足湯の近くにある高浜虚子の句碑。
「蛇の来て涼める沢と聞くはあれ」



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こちらは駅前の下部ホテルの敷地に立つ虚子の句碑。
「この行や花千本を腹中に」



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あちこちに彼岸花が咲いている。
涼しい秋の一日。

posted by 松村正直 at 18:59| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月22日

イルカショー(その2)


今月9日、江ノ島で開催されたセーリングW杯の開会式でイルカショーが行われたことに対して、外国人選手や国際セーリング連盟から批判が起きたことは記憶に新しい。
http://www.afpbb.com/articles/-/3189289

この記事にもあるように、現在イルカショーは「動物愛護団体から残酷な搾取行為として非難されている」状況にある。ストレスのたまる状態で監禁され、見世物にされているという批判である。かつてサーカスの定番であった猛獣ショーが現在ではあまり行われなくなっている状況と似ているだろう。

こうした状況を踏まえて、イルカショーも変化を余儀なくされているのだ。近い将来、イルカショーそのものが見られなくなる日も来ると思う。

実はこのイルカショーの問題と、先日IWC(国際捕鯨委員会)の総会が行われたばかりの捕鯨の問題は、深くつながっている。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13684894.html

鯨とイルカは別物だと思っている人も多いが、生物学的には同じクジラ類ハクジラ亜目に属する生き物である。大きさによって便宜的に呼び分けているに過ぎない。国際的な反捕鯨の運動とイルカショーに対する批判は、同じ「鯨・イルカ保護」という観点から生まれているものなのである。

posted by 松村正直 at 14:45| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする