2018年12月31日

2018年の活動記録

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 最新の記事は一つ下を見て下さい。

作品
 ・「チンアナゴ」12首(「短歌往来」2月号)
 ・「秋の耳たぶ」30首(「短歌研究」2月号)
 ・「現実に少し遅れて降る雪を」30首(「短歌研究」5月号)
 ・「柿若葉」6首(「短歌往来」7月号)
 ・「ふたたび」8首(「岡大短歌6」)
 ・「富士の見えるあたり」30首(「短歌研究」8月号)

評論
 ・「暮らしが見えてくる歌」(「歌壇」6月号)

書評
 ・さいとうなおこ著『子規はずっとここにいる』評(「角川短歌」1月号)
 ・佐藤モニカ歌集『夏の領域』評(「短歌往来」2月号)
 ・柴田典昭歌集『猪鼻坂』評(「現代短歌新聞」2月号)
 ・植田珠實歌集『梟を待つ』評(「短歌研究」3月号)
 ・高野公彦インタビュー『ぼくの細道うたの道』評(「うた新聞」3月号)
 ・本川克幸歌集『羅針盤』評(「現代短歌」4月号)
 ・水沢遙子歌集『光の莢』評(「現代短歌新聞」7月号)
 ・『塚本邦雄全歌集T』評(「歌壇」9月号)
 ・森田悦子歌集『裲襠』評(「現代短歌」9月号)

時評
 ・短歌月評「世代を跨ぐ試み」(「毎日新聞」1月22日朝刊)
 ・短歌月評「アンソロジーを楽しむ」(「毎日新聞」2月19日朝刊)
 ・短歌月評「記念号と終刊」(「毎日新聞」3月26日朝刊)

その他
 ・心に残ったこの一首2017(「現代短歌」2月号)
 ・連載「時間のあやとり 函館」(「角川短歌」2月号)
 ・4月のうたのヒント(「現代短歌新聞」4月号)
 ・秀歌鑑賞(「短歌春秋」146号)
 ・「高安国世の推敲〜白から薔薇色へ〜」(「短歌現代」6月号)
 ・秘蔵の一冊(「現代短歌」7月号)
 ・歌集の売れ行きをめぐる個人的な感想(「角川短歌」8月号)


posted by 松村正直 at 23:59| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月18日

全国大会へ

塔短歌会の全国大会へ行ってきます。
今年は浜松での開催。
皆さん、会場でお会いしましょう。

posted by 松村正直 at 07:23| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

山本玲子著 『啄木うた散歩』

2006年に岩手日報の夕刊に連載された「啄木うた散歩」を、月ごとに小冊子にまとめたもの。釧路の港文館(旧釧路新聞社)のグッズコーナーで見つけ、全12冊のうち「睦月」「皐月」「長月」の3冊を購入した。

歌の解釈がやや道徳的なところが気になったが、いくつか面白い発見もあった。

 三味線の弦(いと)のきれしを
 火事のごと騒ぐ子ありき
 大雪の夜に           『一握の砂』

この歌について、著者は「三味線の一の糸が切れると縁起が良いといわれる。釧路の料亭での出来事の一つに、啄木は心弾ませたことであろう」と書いている。

これだけでは、どのように縁起が良いのかはっきりしないのだが、ネットで調べてみると「二の糸が切れたら身請けがつく」といった俗信があるらしい。料亭で三味線を弾いている芸者にとって、身請けの話は何より嬉しいことだったろう。だからこそ、ただの俗信とはいえ「火事のごと騒ぐ」となったわけだ。

2010年2月20日(睦月)、2010年3月1日(皐月、長月)
各300円、盛岡出版コミュニティー。

posted by 松村正直 at 21:31| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月16日

山下翔歌集 『温泉』

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357首を収めた第1歌集。

店灯りのやうに色づく枇杷の実の、ここも誰かのふるさとである
みりん甘くて泣きたくなった銀鱈の皮をゆつくり嚙む夏の夜
墓石にかけようと買つてきた水の、ペットボトルに口つけて飲む
水の色、にはあらざれどみづいろのとんぼ過(よぎ)りつ池のほとりを
新郎と呼ぶとき君は新郎のやうだよきみが結婚をする
円卓をまはせばここに戻りくる あと一人分の酢豚をさらふ
衣ばかりの海老天のごときわが生を年越しそばにおよがせてゐる
母の通ひ詰めたるパチンコ店三つひとつもあらずふるさと日暮れ
ただいまと君が言ふ家の暗がりをこんにちはと明るく言ひて通りぬ
この夏をいかに過ごしてゐるならむ花火のひとつでも見てればいいが
ほむら立つ山に出湯のあることのあたりまへにはあらず家族は
二枚目は焼き方あさきトーストをきみの母から受け取つてゐる
おそるおそる立ちて待ちをり皆知らぬ人ばかりなる立ち食ひうどん
力の限りあなたをおもふぎゆつと眼をとぢても潰れない二つの目玉
筋肉のいづれ動かせばこの顔が笑顔になるかとおもひて動かす

1首目、巻頭歌。上句から下句へのつなぎ方に味わいがある。
2首目、銀鱈のみりん漬けを食べているところ。皮の食感が伝わる。
3首目、墓石にかける水も飲む水も同じ水であるということ。
4首目、美しい歌。「水の色」「みづいろ」の表記が効いている。
5首目、同性の「きみ」への思いはこの歌集の表には出ないモチーフだ。
6首目、全員が取り終わって残った分がまた回ってきたのだ。
7首目、細い海老がまとう大きな衣が汁の中にふやけていく。
8首目、個性の強い母への愛憎半ばする思いは繰り返し歌に出てくる。
9首目、同性の「君」の実家を訪ねた場面。「暗がり」「明るく」の対比。
10首目、会わずにいる母を詠んだ歌。「花火のひとつでも」が哀しい。
11首目、序詞的なつなぎ方。家族はいつでもバラバラになり得る。
12首目、用意されていた一枚目と、食べ終えてから焼く二枚目の違い。
13首目、確かに立ち食いうどんの店は「皆知らぬ人ばかり」感が強い。
14首目、「潰れない二つの目玉」に、ぎゅっと閉じる感じが強く出ている。
15首目、鏡に向かって表情を作っているところ。字余りの粘りのある調べ。

かなりクラシックな文語から今どきの口語まで幅広い言葉が使われているのが特徴。ざらりとした手彫りのような感触を持った文体である。ふるさと、母、食べ物に関する歌が多い。

状況の説明は少なく、歌の背後に何か隠れている気配が濃厚に感じられる。その簡単には言えない何かが、この歌集の大きな魅力にもなっている。

2018年8月8日、現代短歌社、2500円。


posted by 松村正直 at 07:35| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

永田和宏著 『知の体力』


2014年4月から半年間、京都新聞に連載した「一歩先のあなたへ」をもとに、大幅に加筆してまとめた一冊。

現代の大学教育や教育制度のあり方、学生・若者の気質、社会的な問題、言葉や会話・コミュニケーションなど、様々な実例を挙げながら、人が生きていく上で大切な「知」とは何かを論じている。

高校までの問題にはかならず一つ、正解があったのに対し、これからの社会においては、そもそも正解というものがないのだということを、大学における「学問」の基本要件としてまず学生に知らせたいと思うのである。
実は子どもがひ弱でも、親離れができないのでもなく、親の子離れができないことこそが、最大の問題なのかもしれない。
失敗の芽をあらかじめ摘んでしまうことは、成功への道を閉ざす以外のなにものでもない。失敗体験こそが、次に同様の問題に直面したときに成功へと導く必須の布石なのである。
心から愛することのできる人を得ることは、すなわち自分のもっともいい部分を発見することなのである。

この本の根底にあるのは、社会の現状に対する永田さんの苛立ちや不満である。「気に食わない」「胡散臭さを感じる」「危機的状況」「違和感を持たざるを得ない」「怖いことである」「なんともハヤと言うしかない」「やれやれである」「じれったい」「嫌いでもある」といった強い言い回しが(ユーモアも交えつつではあるが)頻出する。

近年の永田さんの政治に対する積極的な発言も、こうした流れの延長線上にあると言っていいだろう。

全体に文章もわかりやすく、言いたいことが真っ直ぐに伝わってくる良書だと思う。ただ、もちろん「親父の小言」的な側面はあるので、十代二十代の人たちに素直な気持ちで読んでもらえるかどうかは、ちょっとわからない。

2018年5月20日、新潮新書、760円。

posted by 松村正直 at 22:21| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

現代短歌シンポジウム in 浜松


現代短歌シンポジウム  in 浜松.png

(クリックすると大きくなります)


8月19日(日)、「塔」の全国大会の2日目は一般公開のシンポジウムです。どなたでも参加できますので、皆さんぜひお越しください。

・講演「前衛短歌を振り返る」 永田和宏
・鼎談「平成短歌を振り返る」 栗木京子・永田 淳・大森静佳

参加費は一般2000円、学生1000円です。

posted by 松村正直 at 22:53| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

小奴に似たる娼婦

 小奴に似たる娼婦と啄木が五月の浮世小路をあゆむ
                栗木京子『ランプの精』

石川啄木の『ローマ字日記』(明治42年)の5月1日に、次のような記述がある。(原文はローマ字表記)

 ああ、その女は! 名は花子、年は十七。一眼見て予はすぐそう思った。
「ああ! 小奴だ! 小奴を二つ三つ若くした顔だ!」
 程なくして予は、お菓子売りの薄汚い婆さんと共に、そこを出た。そして方々引っぱり廻されてのあげく、千束小学校の裏手の高い煉瓦塀の下へ出た。細い小路の両側は戸を閉めた裏長屋で、人通りは忘れてしまったようにない。月が照っている。
「浮世小路の奥へ来た!」と予は思った。

小奴は啄木が釧路時代に親しかった芸者の名前。浅草に隣接する千束は、江戸時代に吉原遊郭があった場所で、明治に入ってからも娼婦を斡旋する店が数多くあったようだ。

「年は十七」は数え年だろうから、満年齢では十五、六歳ということになる。

 借金を返さぬ啄木 千束(せんぞく)の浮世小路ををみなとあゆむ
                    『ランプの精』

いやあ、啄木・・・。

posted by 松村正直 at 09:14| Comment(3) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

栗木京子歌集 『ランプの精』

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2013年から2017年までの作品466首を収めた第10歌集。

十階の劇場までを函に乗り凍れる魚となりて運ばる
雨の日の花舗の奥には岬から丘へとつづく径(みち)あるごとし
キャロライン・ケネディを乗せ馬車は行くただ紅葉の美(は)しき日本を
この悔しさ友には告げず味方してくるればさらにかなしきゆゑに
日の射さぬ工場のなか六十年働く心臓ありてわが生く
泉質の変はるがごとくをみな老ゆ産みたる者も産まざる者も
濯がれし繃帯あまたゆふかぜになびきてゐしや敗戦の夏
夢のなかで誰とはぐれしわれならむはぐれたること少しうれしく
スペアキイできあがるまで散歩せり川面(かはも)にあはく影を映して
渓流に触れし右手を左手はうらやみてをり秋の甲斐路に
眼圧を測らむと機器覗くとき見知らぬ丘に立つ心地せり
身のうちに十字架秘めてゐるならむ空ゆく鳶の大きく見ゆる
東京を時速二百キロで離りゆくわが人生よシウマイ食べつつ
女子トイレの多さは少女(をとめ)のあきらめし夢の数なり大劇場の午後
オバマ氏と日本に来たる「黒いカバン」新大統領のパレードにも見ゆ

1首目、エレベーターに乗っている時は誰もがじっとしている。
3首目、オープンカーに乗って暗殺されたケネディ大統領の姿が重なる。
4首目、味方してもらったら嬉しいのではない。かえってみじめになるのだ。
6首目、女性の老いに関する歌が目に付く。初二句の比喩が印象に残る。
8首目、はぐれて心細かったり悲しかったりしたのではない。
9首目、「スペア」と「影」がかすかに対応している。
12首目、真下から見ると鳶がきれいな十字の形になっていたのだ。
13首目、東京から新幹線に乗って崎陽軒のシウマイ弁当を食べている。
14首目、「女子トイレ」から「あきらめた夢」への展開に胸をつかれる。
15首目、核ミサイルの発射ボタン。常に大統領の傍にある。

直喩の「ごとし」や見立てなどの比喩表現、ものの内部を透視する視線や幻想・空想的な発想に特徴がある。いずれも言葉の力によって現実とは少し違う世界を歌の中に出現させている。

2018年7月24日、現代短歌社、2700円。

posted by 松村正直 at 08:23| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月11日

牧野成一著 『日本語を翻訳するということ』


副題は「失われるもの、残るもの」。

翻訳のノウハウについての本ではなく、翻訳とは何かといった本質論、あるいは翻訳を通じて見えてくる日本語の特徴について論じた本である。

言葉というのは話者が世界をどのように見ているかという認知に深く関わっている。そのことが翻訳によって浮き彫りになるということだろう。

対象と距離を置いて客観的な事実を表現する際には口蓋破裂音を含む語が選ばれ、主観的な気持ちを表現するときは鼻音を使った語が選ばれているのではないかという仮説です。
比喩のない言語はないのですから、比喩は人間共通の「認知作用」に基づいているのではないか、という仮説が出てきます。
換喩は、一見、隣接要素の省略のように見えますが、実は省略ではありません。
受動文というのは、しばしば、主語の人間がコントロールできないような事態を表す主語の声、あるいは、それを言わせているナレーターの声なのです。
日本文学には受動の声がたくさん出てきますが、英語に翻訳する英語人は受動の声を原則として回避します。

金子みすゞの詩、芭蕉や蕪村の俳句、俵万智の短歌、夏目漱石や村上春樹の小説など、実例が豊富に挙げられていてわかりやすい。歌づくりのヒントにもなりそうな一冊だ。

2018年6月25日、中公新書、780円。


posted by 松村正直 at 11:28| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

第21回「あなたを想う恋の歌」


福井県越前市で行われる「あなたを想う恋のうた」の審査員を
今年も務めることになりました。現在、作品を募集中です。

締切は10月31日(水)。
なんと賞金も出ます!

最優秀賞(1首)10万円
 優秀賞(3首) 3万円
 秀逸(10首) 1万円
 佳作(15首) 5千円
 入選(30首) 図書カード千円

みなさん、ぜひご応募ください。
ネットでも応募できます。
http://www.manyounosato.com/


posted by 松村正直 at 15:31| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

「岡大短歌6」

岡山大学短歌会の短歌誌。

8首連作×12名、一首評×6名、書評×2名、20首連作×5名、16首連作×3名+評、特別寄稿8首×3名(荻原裕幸、中津昌子、松村正直)という充実した内容。全72ページ。

境界を越えようとして石化した生きものだろうテトラポッドは
                     青木千夏
泣けばいいのに泣かないからよ 妹はパン生地をこねながら笑った
                     川上まなみ
論理学受けつつ二つ隣には、眠れる森の(おそらくは)美女
                     平尾周汰
遊び方のわからぬ遊具のようにあるあなたの鎖骨のカーブにふれる
                     加瀬はる
ベランダで風化しそうな空き缶の来世のために入れる吸殻
                     水嶋晴菜
この長いシャッター街を一度だけ君の恋人みたいにゆくよ
                     長谷川麟
揺れながら咲く菊花茶のそのようにすこし困ってあなたが笑う
                     加瀬はる
これまでの旅の話をするようにヴィオラの調弦低く始まる
                     川上まなみ
義務みたいにいつも待たせたラクダ科の睫毛をもったしずかなひとを
                     白水裕子
今日はごめんと言われるなにがごめんだかわからないまま頷いてい
る                    白水裕子

1首目、海から陸に上がろうとして固まってしまったという見立て。「テトラポッド」は四本の足という意味なので、「越えようとして」とうまくつながる。
2首目、姉妹の性格の違いがよく出ている。泣くのを我慢してうまく行かなくなってしまうこともある。
3首目、大学の講義を受けている場面。机に伏せっていて顔がはっきりとは見えないが「おそらくは美女」、ということだろう。
4首目、上句の比喩が独特でおもしろい。そう言えば、鎖骨は目立つけれど何のためにあるのかよくわからない。
5首目、缶としての役割を終えた「空き缶」が、吸殻を入れることで吸殻入れに生まれ変わる。
6首目、「みたいに」なので、本当の恋人ではない。でも、たまたま二人で並んで歩く機会があったのだ。その喜び。
7首目、上句の比喩がいい。菊の花がお湯の中でほどけて開いていく様子で、相手の微妙な笑顔を喩えている。
8首目、ぽつりぽつりと話を始めるような感じで調弦しているのだろう。ヴィオラが長い旅をしてきたようにも読める。
9首目、「ラクダ科」とあるので、おとなしく優しい性格の相手。これまでデートのたびに毎回遅れことを後悔している。
10首目、おそらく今日の何か一つの出来事についてではないのだ。二人の関係のすれ違いが背後に滲んでいる。

「岡大短歌6」はネット通販もしているようです。
http://oakatan2012.blog.fc2.com/blog-entry-93.html

2018年6月28日、400円。


posted by 松村正直 at 15:46| Comment(2) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月08日

「プーシキン美術館展」


今日は大阪の国立国際美術館で開催中の「プーシキン美術館展―旅するフランス風景画」へ。

全体が5章に分かれ、17世紀後半から20世紀前半にかけての絵画65点が展示されている。

 第1章 近代風景画の源流
 第2章 自然への賛美
 第3章 大都市パリの風景画
 第4章 パリ近郊―身近な自然へのまなざし
 第5章 南へ―新たな光と風景

一番印象に残ったのは

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ジュール・コワニエ/ジャック・レイモン・ブラスカサット
「牛のいる風景」
19世紀前半

絵葉書だとわからないのだけれど、2本の倒木の描写がすごい。まるで3Dのように画面から飛び出して見える。樹皮も本物を貼り付けたみたいな質感で描かれている。


posted by 松村正直 at 20:22| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月07日

岡啓輔・萱原正嗣著 『バベる』



副題は「自力でビルを建てる男」。

岡啓輔は東京都港区三田に、地下一階、地上四階の鉄筋コンクリート造のビルを自力で建てている。その名も「蟻鱒鳶ル」(ありますとんびル)。

本書には岡の生い立ちや建築に対する考え方、そして蟻鱒鳶ルに込めた思いなどが記されている。テンポの良い文章で書かれているが、おそらくこれはフリーライターの萱原正嗣(構成)の手によるものだろう。

岡は「自力で」ビルを建てているだけではない。それは「二百年もつ」頑丈なビルであり、「即興の建築」なのだ。「建築を、踊るようにつくれないものだろうか……」などと考えるかなりの変人である。

建築の世界でも、思考と表現を交錯させれば、もっとおもしろい建築が生まれてくるのではないだろうか――。踊りを学び続けるうち、次第にそう考えるようになってきた。
形ができあがった悦びをエネルギーに変え、それをイメージの源泉に、建築の次なる部分をつくり上げる。ひとつの床や壁をつくった悦びを土台に、その上に建築を即興的に積み重ねていく。
「蟻」と「鱒」と「鳶」は、それぞれ陸・海・空を生きる動物だ。ということは、「蟻鱒鳶ル」には、陸と海と空のすべてが宿る。僕は「蟻鱒鳶ル」をつくることで、「世界」を表現することができるのではないか――。

突拍子もないふざけたことを言っているようでいて、いたって真面目な情熱家だ。2005年に着工したビルは現在、「三階の壁が半分ぐらい」までできたところ。完成を迎える日はいつになるのだろうか。

2018年4月24日、筑摩書房、2200円。


posted by 松村正直 at 09:25| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

野岬歌集 『海に鳴る骨』

「塔」所属の作者の第1歌集。
昨年、第7回塔新人賞を受賞されている。

 対岸の街のガラスの一枚が今のぼりたる朝の日に燃ゆ
 小指ほどの鰯じやらりと溢れ出づ鰹の腹に出刃を当つれば
 休みなく煙吐きゐる男らの林立に会ふビルの裏手に
 山荘の二階の小窓押し開けて去年の夏と今日を繋ぎぬ
 古本の頁のあひだの黒髪を春の列車の窓から放つ
 人に会へばその分ひとりの時が要りこの夜もまた灯を消さずゐる
 均一になるまで混ぜて食べてゐる 長男として育つて来たひと
 常にゐし犬の存在うしなひて私達はもう喧嘩をしない
 漕ぎ出だす人の力が自転車と調和してゆくまでを見てゐつ
 陽の当たる段をくだりぬ吾と違ふ祈り捧ぐる君を残して

夫婦ふたりの海辺の暮らし。
夫は絵を描く人らしい。作者は古墳めぐりが趣味のようで古墳の歌が何度か出てくる。

1首目、湾を挟んで西側にある街の建物に反射する朝日。
2首目、鰹を一匹買ってきて捌いているところ。臨場感がある。
3首目、喫煙スペースに大勢で群がっている。「林立」がいい。
4首目、止まっていた山荘の時間が一年ぶりにまた動き始める。
5首目、おそらく以前の所有者の髪。見知らぬ人の姿を思う。
6首目、自分自身を取り戻す時間が必要になるのだ。
7首目、納豆か卵掛けご飯か。そこに長男らしい几帳面さを見る。
8首目、犬が夫婦の関係を取り持ってくれていたことに気が付く。
9首目、いったん調和した後はそれほど力を入れなくても進む。
10首目、神社で長く祈っている夫。一人と一人だと感じる場面だ。

タイトルは〈犬のねむる海がこの夜鳴り止まずベランダに出て「おやすみ」と言ふ〉から取られている。亡くなった犬の骨を海に撒いたのだろう。

2018年5月25日、角川書店、2600円。


posted by 松村正直 at 06:31| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まったく新しい


「まったく新しい」と宣伝されているものが本当に新しかったことってない。

posted by 松村正直 at 06:29| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

遊座昭吾著 『啄木と渋民』


著者は啄木が幼少期を過ごした渋民の宝徳寺に生まれ育った方。
啄木とふるさと渋民の関わりを中心に論じた一冊である。

啄木の短歌を考える際に、父や伯父からの影響は無視できないだろう。

しかし一は、生まれた時から歌人群のなかで成長してきたといってよい。
啄木が四千首に及ぶ歌稿『みだれ芦』を編んだ歌人としての父をもったこと、また歌人対月の妹を母としたこと、この血のつながりが彼をして文学、なかんずく和歌に向かわした要因であることは論をまたない。

啄木の父一禎には謎が多い。宗費滞納で住職を罷免されたり、啄木一家の生活が苦しくなると家を出て行ったり、「ダメ親父」として描かれていることが多いが、それは一面的な見方のような気がする。

1971年6月15日初版発行、1979年7月30日改訂版発行。
八重垣書房、1500円。


posted by 松村正直 at 21:13| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月04日

「浮世絵最強列伝」


今日は相国寺承天閣美術館で開催中の「サンタフェ リー・ダークス コレクション 浮世絵最強列伝」へ。

全体が時代順に6章構成になっていて、菱川師宣、鈴木春信、勝川春章、喜多川歌麿、東洲斎写楽、歌川豊国、葛飾北斎、歌川広重など、80点あまりが展示されている。

 第1章 江戸浮世絵の誕生―初期浮世絵版画
 第2章 錦絵の創生と展開
 第3章 黄金期の名品
 第4章 精緻な摺物の流行とその他の諸相
 第5章 北斎の錦絵世界
 第6章 幕末歌川派の隆盛

浮世絵には「やつし」や「見立」といった和漢の古典のアレンジやパロディーが頻出するが、その元ネタを知っているともっと楽しめるのだろう。「狂歌+絵」の摺物も多数あって、江戸時代の狂歌の隆盛ぶりが感じられた。


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これは歌川国貞「風俗三人生酔」。
1830年〜32年頃の作品。

大正〜昭和頃のお酒のポスターに通じるものがあって面白い。


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前期の展示は明日までで、8日から展示をすべて入れ替えて後期となる。


posted by 松村正直 at 19:48| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月03日

田口綾子歌集 『かざぐるま』


2008年に第51回短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
「まひる野」所属。

燃えやすきたばこと思ふそのひとが吸ふこともなくしづかに泣けば
炊飯器 抱くにちやうど良きかたち、あたたかさもて米を炊きたり
落ち葉のやうに切符を溜めて改札のひとつひとつに森ふかくあり
非常勤なれば異動といふことば使はぬままに別れを言へり
会ふたびに左手の傷に触るるひとうすくちひさき痕となりても
冷蔵庫の出口に近きたまごから順に食はれて最後のひとつ
ぶらんこで遊ぶひとなし ゆふやみにまなこ閉づればぶらんこもなし
雪の予報の出てゐる朝(あした) 収集車はごみに積もれる雪も運ばむ
すきなひとがいつでも怖い どの角を曲がってもチキンライスのにおい
ドーナツを半分にまた半分に方向音痴なひとの朝食

1首目、灰皿に置かれた煙草が黙々と燃えているところ。
3首目、切符回収の箱のなかに一枚一枚と溜まっていく。
4首目、契約期間が終われば退職となる不安定な身分。
7首目、何とも不思議な感じの歌。残像だけがまぶたに残る。
10首目、ドーナツの円形が方位や方向をイメージさせる。

空欄(しろ)に×(あか)、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれ
はうたがふ           『かざぐるま』
雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ
                 小池光『バルサの翼』
答案が憎いよ月夜 鍵穴にさしつぱなしの鍵つめたくて
                 『かざぐるま』
ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挟んだままのノート硬くて
                 永田紅『日輪』

こうした本歌取りが何首かあるのだが、残念ながらどれも出来の悪いパロディとしか思えなかった。

2018年6月15日、短歌研究社、2000円。


posted by 松村正直 at 21:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月31日

現代短歌シンポジウム in 浜松


現代短歌シンポジウム  in 浜松.png

(クリックすると大きくなります)


8月19日(日)、「塔」の全国大会の2日目は一般公開のシンポジウムです。どなたでも参加できますので、皆さんぜひお越しください。

・講演「前衛短歌を振り返る」 永田和宏
・鼎談「平成短歌を振り返る」 栗木京子・永田 淳・大森静佳

参加費は一般2000円、学生1000円です。


posted by 松村正直 at 06:26| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

映画 「レディ・バード」


監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、ビーニー・フェルドスタインほか

アメリカの普通の町に暮らす17歳の高校生が、家族や友人、恋人との関わりを通じて成長していく姿を描いた作品。人種や宗教、格差などの文化的・社会的背景や、2001年の米同時多発テロからイラク戦争にかけての時代背景なども垣間見えて興味深かった。

登場人物の名前を見ても、「クリスティン」はキリストから来ているし、「ミゲル」とあればヒスパニックであることがわかる。そういったアメリカ人にとっては常識である部分がもっとわかると、さらに楽しめるのかもしれない。

2017年、アメリカ、94分、出町座にて。

posted by 松村正直 at 07:29| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする