2017年12月31日

2017年の活動記録

*この記事は常に一番上に表示されています。
 最新の記事は一つ下を見て下さい。

作品
 ・「記憶について」20首(「現代短歌」1月号)
 ・「おとうと」30首(「短歌研究」1月号)
 ・題詠「惑う」5首(角川「短歌」2月号)
 ・「地中にふかく」8首(「弦」第38号)
 ・「動物について」20首(「現代短歌」4月号)
 ・「海と飛行機」30首(「短歌研究」4月号)
 ・「紫のひと」33首(「短歌往来」5月号)

時評
 ・歌壇時評「方言、共同体、死者の声」(角川「短歌」1月号)
 ・歌壇時評「日本語文法と短歌」(角川「短歌」2月号)
 ・歌壇時評「歴史から今を見る視点」(角川「短歌」3月号)
 ・歌壇時評「短歌の読みを考える」(角川「短歌」4月号)
 ・歌壇時評「「ね」とレチサンス」(角川「短歌」5月号)
 ・歌壇時評「歳月を抱える歌」(角川「短歌」6月号)
 ・短歌月評「様々な顔の沖縄」(「毎日新聞」1月30日朝刊)
 ・短歌月評「新たな一歩」(「毎日新聞」2月27日朝刊)
 ・短歌月評「自他合一の精神」(「毎日新聞」3月27日朝刊)
 ・短歌月評「老いの中の若さ」(「毎日新聞」4月24日朝刊)
 ・短歌月評「真っ直ぐな子規」(「毎日新聞」5月22日朝刊)

書評
 ・櫟原聰著『一語一会』評(「短歌往来」1月号)
 ・染野太朗歌集『人魚』評(「現代短歌新聞」3月号)
 ・細溝洋子歌集『花片』評(「うた新聞」3月号)
 ・斎藤諒一歌集『春暁』評(「現代短歌」6月号)

その他
 ・講演ファイル「佐藤佐太郎の火山の歌」(「現代短歌新聞」1月号)
 ・全国結社歌誌動向「塔」(角川「短歌」2月号)
 ・特集「わたしの気になる《沖ななも》」(「北冬」17号)
 ・「読者歌壇」選者(「現代短歌新聞」4月号〜9月号)
 ・座談会「バブルが短歌に与えたもの」(角川「短歌」5月号)

出演
 ・「樺太の暮らしを“解凍”」(「京都新聞」1月25日朝刊)
 ・講演「短歌の骨法―石田比呂志の歌の魅力」(2月18日)


posted by 松村正直 at 23:59| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

フレンテ歌会

6月2日(金)13:00〜、西宮で歌会を行います。
結社に入っていない方を中心とした少人数の歌会です。
参加したい方は松村までご連絡ください。

場所はJR西宮駅南口すぐの「フレンテ西宮」5階の会議室です。
歌会に参加したことのない初心者の方も大歓迎です。
お気軽にどうぞ。

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2017年05月24日

『For Instance, Sweetheart』



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河野裕子・永田和宏著『たとへば君 四十年の恋歌』の英訳本。
翻訳はアメリア・フィールデンさん。

https://www.amazon.co.jp/Instance-Sweetheart-Forty-Years/dp/1760413070

5行書きで訳された短歌を眺めているだけで、けっこう面白い。

  for instance, sweetheart-
  won’t you sweep me off
  as if
  you are scooping up
  an armful of fallen leaves

たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
                      河野裕子

  her breasts seemed
  as distant as the cape…
  damn!
  if only
  I were older

あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年
                       永田和宏

  hitting you
  hitting the kids - oh,
  my hand's on fire...
  frantically loosening my hair
  I go off to bed

君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る
                       河野裕子

  I must not die,
  for when I die
  you will
  really
  be dead

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんとうに
死ぬ                     永田和宏

永田家に在庫があるそうで、送料込み2000円で販売するとのこと。
希望する方は葉書で永田和宏さん宛にお申込みください。
posted by 松村正直 at 19:48| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

樺太の絵カルタ


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今日は「KKRくに荘」で行われた全国樺太連盟近畿支部大会の第50回記念総会に招かれて、「樺太を訪れた歌人たち」と題する講話を行った。参加者は20名。

北原白秋、斎藤茂吉、北見志保子の短歌を引いて話をしたのだが、会員の方が作った樺太の絵カルタにも同じような風物や場面が描かれていて面白かった。

マントの黒き頭巾のふつかけ雨巡査は佇てり蕗の葉のかげ
                  北原白秋

  雨宿り/皆駆け込む/フキの下

麪包(ぱん)を売るロシア人等も漸くに小さき駅へ移りゆくとぞ
                  斎藤茂吉

  樺鉄の/ホームでパン売る/ロシア人

原住人が相寄りむつむとふオタスの杜(もり)いまのうつつに渡りゆかなむ
                  北見志保子

  ツンドラを/馴鹿(となかい)操る/先住民

皆さん私の親くらいの世代である。実際に樺太に住んでいた方々の話をいろいろと聞くことができて、楽しい一日であった。
posted by 松村正直 at 21:15| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

「塔」2017年5月号(その2)

なまじろき項(うなじ)あらはになりてをりなほ立ち上がる赤鬼
青鬼                    篠野 京

節分の追儺式の場面。本物(?)の鬼ではないから、赤や青のかぶり物の隙間から人間の白っぽい皮膚が覗いているのだ。

ささずとも濡れないほどの、でも傘に徐々に雨粒はりついてゆく
                      中田明子

二句で切って「、でも」とつなぐ文体が印象的。「ささずとも濡れないほどの雨なれど」みたいにすると、全然面白くなくなってしまう。

かりそめの家族だろうかお湯割りは怒りを溶かすこともできない
                      大橋春人

かりそめのものと思っていた方が家族関係は楽かもしれない。焼酎のお湯割りを飲んでも家族の誰かに対する怒りが消えないのだ。

改修の済みたるトイレはずかしくしばらく別のフロアを使う
                      山名聡美

最近のトイレはとても明るく清潔になって、でも何だか落ち着かない。改修前は少し薄暗いけれど居心地の良いトイレだったのだ。

言ひづらきことも言ひたるわれの影千日草の花に触れゆく
                      朝井一恵

帰り道に相手の反応を思い返したりしながら、やや俯いて歩いているのだろう。千日草の丸い花に触れることで少し自分を慰めている。

何となく入れたくなったと言い添えて夫がはじめて買うバスクリン
                      大森千里

長年連れ添ってきた夫婦の感じがよく出ている。きっと何かしんどいことがあったのだろう。でも夫はそれを言わないし妻も訊きはしない。

ローマ字ではNANKOKUとある「南国」の標識あをし海が近づく
                      岡部かずみ

高知県南国市。「なんごく」ではなく「なんこく」であることを知って驚いたのだ。旅行の途中だろうか。明るい海の感じも伝わってくる。

晩柑をともしびとして食卓に船をいざなふごとく待ちをり
                      有櫛由之

誰かの訪れを待っている場面だろう。「船をいざなふごとく」がいい。夜の灯台のように、黄色い晩柑が一つ食卓に載っているのだ。
posted by 松村正直 at 14:37| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

フロントランナー


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今朝の朝日新聞「be on Saturday」のフロントランナーという欄で、飴細工師の坂入尚文さんが紹介されている。坂入さんの著書『間道』については、以前ブログに書いたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/411392807.html

車1台が全財産という気楽さかな。見知らぬ土地で、のたれ死んでも構わないと思うときすらある。
ボクサーじゃないけど、最良の体調でないと飴細工は絶対にうまくできません。それほど繊細な仕事なのです。

ふだんはIT企業の社長の成功談などが載っていることの多い欄なのだけれど、今日は何とも嬉しい。

posted by 松村正直 at 07:37| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

「塔」2017年5月号(その1)

とかげのごと目蓋おしあげうたたねの母がときどきわたしを
さがす                     上條節子

「目蓋おしあげ」から高齢の母の様子がよく伝わってくる。作者の姿が近くに見えないと不安になるのだろう。

閑職に移されへこむわれでなし へこんだふりはせねばなら
ぬが                      森尻理恵

人事異動により閑職に回された作者。それくらいのことでは落ち込まない強さを持っているが、職場における駆け引きや戦いはまだ続く。

由比ヶ浜に唐船朽ちてゆくまでを実朝の聞きていし波の音
                        山下裕美

源実朝が宋に渡る計画を立て唐船を建造させた歴史を踏まえた歌。計画が失敗に終わって朽ちてゆく船をどんな思いで見ていたのか。

ゴールして抱へられゆく少女から冬枝のごとき腕(かひな)の
垂れる                     広瀬明子

マラソンを走り終えた女子選手の細い腕を「冬枝」に喩えているところが生々しい。鍛えられた肉体ではあるけれど、可哀そうにも感じる。

厨房で何かもめてる中華屋のアンニンドーフだけ聴き取れる
                        相原かろ

言い合いをする中国語が飛び交っているのだろう。杏仁豆腐という言葉だけが意味のあるものとして、かろうじて聞き取れるのだ。

清潔なロビーのようなこのひとの心に落とす夜のどんぐり
                        白水麻衣

少しよそよそしさもあって、相手の心に入り込めない感じがするのだろう。少しでもいいから自分の存在や思いを伝えたいのだ。

おまえも早く寝たほうがいいふりむけば遠赤外線ストーブの立つ
                        小川ちとせ

上句は誰かの台詞なのだろうが、まるでストーブが話し掛けたような感じがするのが面白い。離れた所から自分を見守ってくれている。

熾の上に灰のうつすら積る見ゆこの淋しさは人間のもの
                        高橋ひろ子

下句の思い切った断定がいい。暖炉や火鉢にある熾火に灰が白く積もっている場面。火の赤さは表からは見えずひっそりと静まっている。
posted by 松村正直 at 19:20| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

ぴたり


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コンビニで総菜や菓子など7点を買ってレジに行ったら、
消費税込みで、ぴったり1000円!

ちょっと感動した。
posted by 松村正直 at 21:49| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

「歌壇」2017年6月号

小谷奈央「沼杉」20首がいい。かなり良い一連だと思う。

全体にひらがなが多く柔らかな詠みぶりが印象的。植物や生き物がたくさん出てくる。頭の中で思いを巡らせつつ自然の中を歩いているのだが、両者がない交ぜになっている感じもあって面白い。

からっぽと人に言われてかんがえるからっぽをいま繁縷が蔽う

誰かに「君はからっぽだ」とか「頭をからっぽにしろ」とか言われて、その意味を考えているのだろう。下句は空地や庭に繁縷がはびこるイメージ。

枯れ草のいろのつばさが揚がるとき辺りにあかるい音がちらばる

ひばりの明るい鳴き声が聞こえてくる場面。「ひばり」と言わずに表しているのがいい。大伴家持の「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」を思い出す。

やったことひとつずつ消しやらなかったことはリストにそのままのこる

「やることリスト」を作って一つ一つ消しているのだ。やったことよりもやらなかったことの方が、後々までリストだけでなく胸にも残る。

なだらかな草の斜面を越えて行く小さな虫とぶつかりながら

蚊柱などだろうか。上句だけなら何でもないのだが、下句に体感があることで、ぐっと臨場感のある歌になった。

にんげんは笛だったからここで死ぬこともそのうち笛になるんだ

人間の身体が管であることから笛が出てきたのだと読む。一連の中でピークとなっている力強い歌。笛が人間になって、やがてまた笛に戻っていくということか。1首目の「からっぽ」とも響き合う。

たんたんと離れてゆけばつまずきぬ沼杉の根はここまで伸びる

水辺に生えている木。思わぬ場所まで気根が延びていたのだ。おそらく好きな木なのだろうが、逃げられないような不気味さも感じる。
posted by 松村正直 at 19:04| Comment(2) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

表現ということ

今朝の朝日新聞の「語る―人生の贈りもの―」で、草間彌生が自分の絵についてこんなことを語っている。

描いているうちに絵になる。いちいち意識をしているわけじゃなくて、こういう絵ができあがる。
できあがって、自分はこんなことを考えていたのだと分かる。自分でもびっくりしちゃう。

これは、表現全般について当てはまることだと思う。
posted by 松村正直 at 23:54| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

鈴木博之著 『日本の地霊(ゲニウス・ロキ)』


1999年に講談社現代新書から刊行された本の文庫化。

「地霊」という観点から、都市や建築を読み解くというスタイルで書かれた本。普遍的な「空間」として建築を捉える西欧的な考え方に対し、著者はその土地固有の「場所」を意識した建築の捉え方を提示する。

「地霊(ゲニウス・ロキ)」とは、土地の単なる因縁話や因果律ではなく、土地へのまなざしなのであり、都市や建築とわれわれとを橋わたしするものなのである。

取り上げられているのは、国会議事堂、広島祈念平和公園、耕三寺、三菱・岩崎家、常盤台住宅地など。どれも刺激的な話ばかりである。

広島平和記念公園の計画は、原爆ドームをすべての中心に置き、この一種聖性を帯びた廃墟に捧げられた場所を造り出すための計画なのである。こうした場所のデザインは、ただちにわれわれに厳島(いつくしま)神社の境内配置を想起させる。

何という鮮やかな切り口だろう。「平和記念資料館」―「慰霊碑」―「原爆ドーム」という軸線構造を持つ平和祈念公園と、厳島神社の「大鳥居」―「拝殿」―「本殿」―「弥山」という配置を重ね合わせているのである。

確かに1階がピロティとなった資料館やアーチ状の慰霊碑の形は、言われてみれば鳥居をイメージさせる。ものを見る、考えるとは、なるほどこういうことなのだ。

2017年3月25日、角川ソフィア文庫、880円。
posted by 松村正直 at 08:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

時評いくつか

各結社誌の時評欄には必ず目を通すようにしているが、毎月かなり充実していると思う。

「八雁」5月号の渡辺幸一「「合評余滴」について思うこと」は、率直で歯に衣着せぬ書き方が印象的であった。歌をめぐる議論の大切さを述べた文章である。

大切なのは「誰の作品のどこがいいか(あるいは悪いか)、その理由は何か」を具体的に明らかにすることである。当然ながらそうでなければ議論は始まらない。

歌壇の現状や歌の批判などをする際に、一般論ではなく具体的な人名や作品を挙げることの大切さを指摘していて、確かにその通りだと思う。この点、歌人は少し優しすぎるのかもしれない。

「梁」92号の上村典子「「読み」は金字塔」は、短歌の読みについての話。いくつもの話題を挙げているのだが、「ね」や「レチサンス」の話もあって、ちょうど「角川短歌」5月号の歌壇時評に私も書いたところだったので、面白かった。

「未来」5月号の服部真里子「内的要請と外的要請」は山中千瀬や石井辰彦の折句の歌を挙げて、「作者の内面の表白」という短歌観に疑問を呈したもの。

作者が内面を表白した歌が、名歌となることは確かにある。しかしその確率は、外的要請が名歌を生む確率とさほど変わらないのではないか。(・・・)作者自身の「表白」より、外的要請によってにじみ出てしまう何かの方が、作者を深く反映することはないだろうか。

これは確かにその通りだと思うところがあって、例えば「題詠」と「自由題」で一首ずつ歌を出してもらったりすると、外的要請のある「題詠」の方が意外と良い歌が多かったりする。

(ただし、そもそも短歌においては「定型」が最大の外的要請になっているのではないかという疑問もある。)

「短歌研究」5月号の短歌時評「歌読みは何を信じるか」では、高島裕が「人の〈本心〉がまず実体として存在し、短歌作品は、言葉によってその〈本心〉を表現したもの(であるべき)だ」という短歌観を批判しており、服部の指摘ともつながる内容だと感じた。

posted by 松村正直 at 07:16| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

海遊館吟行

今日はJEUGIAカルチャーセンター主催の「海遊館で短歌を詠む」へ。海遊館には二、三度行ったことがあるが、随分と久しぶりだ。


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建物の前には鯉のぼり、ではなく、ジンベイザメやエイやゴマフアザラシの幟が翻っている。天気も良くて、小学生の団体が何組も遠足に来ている。


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建物の裏手はすぐに海。
風が強い。


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アカウミガメ。


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エイ。


実物を見ていると、歌も次々とできるので楽しい。
2時間あまりで14首。
と言っても、後から見るとどれも大した歌ではない。
posted by 松村正直 at 18:57| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
興味のある方は、どうぞご参加下さい。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日
  A組 10:30〜12:30
  B組 13:00〜15:00
   *奇数月を松村が担当しています。

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」
  毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30
   *偶数月を松村が担当しています。

◎JEUGIAカルチャーセンターイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」
  毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンターKYOTO 075−254−2835
 「はじめての短歌」
  毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」
  毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」
  毎月第2月曜日 13:00〜15:00
posted by 松村正直 at 08:09| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

歌集のあとがき

以前、「塔」の全国大会で池本一郎さんにインタビューをした時、印象的な話を聞いた。(「塔」2011年11月号)

池本 『街上』のあとがきに有名なことが書かれています。受身一方でない現実のとらえ方が大事だという、それから日常の連続じゃなしに、非連続の瞬間に詩が成立するって、そういうところを大事にして、精神の抽象作用とか、表現主義的な傾向を考えていかなきゃいけないと、そういうことをはっきり宣言されてます。それが作品として一番追求されたのが『虚像の鳩』じゃないかということですね。ところが『虚像の鳩』になると、あとがきはもう全然違うことが書いてあるんですよ。もう穏やかな、自然と一致していかなきゃいけないようなね。一つ前の歌集に次の宣言をしてしまったみたいな、そんな感じが私はしてるんですけど。

松村 『虚像の鳩』の作品とあとがきとがちょっと食い違ってるということですね。

つまり、高安国世の第7歌集『街上』のあとがきに書かれている内容は、作品の上では第8歌集『虚像の鳩』に表れていて、第8歌集『虚像の鳩』のあとがきの内容は、次の第9歌集『朝から朝』に反映しているということである。

確かに、歌集に収められた作品の時期とあとがき執筆の時点とでは時差があり、あとがきを書いているのは実は次の歌集の作品を詠んでいる時期に当たるわけだ。

これは意外と盲点となっていることではないだろうか。よく歌集のあとがきを引いてその歌集の説明をする人がいるけれど、そこにはこうした時差が存在することを意識しておいた方が良いと思う。
posted by 松村正直 at 07:41| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

復本一郎著 『正岡子規 人生のことば』


今年は子規の生誕150年。様々な特集やイベントが行われている。

本書は子規の残した手紙や随筆から80の文章を引いて、子規の人生や魅力を論じたもの。全体が「泣」「希」「友」「笑」「識」「独」「親」「進」の8章に分れていて、章の冒頭にはそれぞれのテーマに即した俳句6句が挙げられている。

どの文章からも、子規の率直で力強い息遣いが伝わってくる。やはり魅力のある人だとあらためて思う。特に弟子たちに向けての厳しく真摯な言葉には驚かされる。

四、五冊の俳諧文庫さへ備へ置かず、七部集の捜索までも人の文庫をあてにするやうな人が、書物の評釈を書くなど余り大胆な事と存候。(「消息」にある碧梧桐への批判)
依頼心をやめて独立心を御起し被可成(なさるべく)候。金が足らぬといひては人に金を借るやうにては、迚(とて)もいつ迄も金ハ足るまじく候。(香取秀真宛書簡)
貴兄はたやすく決心する人で、なかなか実行せぬ人ぢや。これは第一、書生的の不規則な習慣が抜けぬためであらう。(高浜虚子宛書簡)

いずれも厳しい言い方であるが、それだけ期待もかけていたということなのだろう。子規の歯に衣着せぬ物言いには嫌味がない。

2017年4月20日、岩波新書、820円。

posted by 松村正直 at 10:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

「塔」2017年4月号(その2)

ミニカーの運転席に人はなくエアコンの風吹いてくるのみ
                       田村穂隆

ミニカーには人が乗っていないという発見の歌。その無機質な感じにエアコンの人工的な冷たい風がよく合っている。

吾の部屋の家主ノーマン・ブレッドと電話に話せど会いたる
ことなし                   高橋武司

家主が外国の方なのだ。確かに賃貸契約を結ぶ時も不動産屋を介してなので、家主と直接会うことはあまりない。何だか謎めいている。

思い出すときにあなたとその奥に降るぼたん雪、いつまでも冬
                       川上まなみ

思い出の中の時間は進むことがない。作者にとって忘れられない相手であるあなた。それが永遠に失われてしまったことも感じさせる。

開かない日もあるけれど止まり木のような一冊かばんにいれて
                       山名聡美

「止まり木のように」がいい。忙しく大変なことの多い生活の中で、ほっと一息つけるのが読書の時間。お守りのように鞄に入れている。

水差しが傾くような礼をしてしずかなるバスに乗りゆくきみは
                       石松 佳

「水差しが傾くような」がいい。相手の人のたたずまいがよく見えてくる。その礼儀正しさが、作者には少し寂しくもあるのだろう。

転ぶなと言う人のいて転んでもいいよと言う人のいて 冬の月
                       岩尾美加子

年配の方に「転ぶな」と言うことは多い。骨折が寝たきりの原因になるからだ。そんな中で「転んでもいい」という言葉が嬉しかったのだろう。

ポケットに両手つっこみ帰路につくわら半紙色の雲を見ながら
                       中西寒天

「わら半紙色の雲」がいい。晴天ではないのだけれど、どこか懐かしさや温かさを感じる。「両手つっこみ」の素っ気なさも微笑ましい。
posted by 松村正直 at 14:50| Comment(2) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

「塔」2017年4月号(その1)

われの死を諾はざらむものひとつ小さき心臓ペースメーカー
                       尾形 貢

「諾はざらむ」という把握が独特でおもしろい。自分の死後もずっと動き続けるペースメーカーのことを想像している。

君のこゑが雪と言ひたり覚めやらぬままになづきの仄か明るむ
                       溝川清久

寝床にいながらぼんやりと、窓を開けた君の少し驚いたような声を聞いている。「仄か明るむ」が雪明りもイメージさせる。

豊島屋の三和土に小さき板おかれ白猫すわる寒き目をして
                       佐原亜子

昔ながらの古いお店。三和土に直に座るのは冷たいので、ちゃんと猫の居場所が設けられているのだ。「豊島屋」という固有名詞がいい。

干拓地の町の名前は福、富、輝、栄、あけぼの付きてめでたし
                       加藤久子

干拓地には古い歴史や由緒が何もない。そこで人工的に付けられた縁起の良い名前の町ばかりが続くことになる。

住宅地のなかをゆったりカーブするミシン目はあり地図上の
暗渠                     北辻千展

暗渠はもとは地上にあった河川であるから、街区や道路と違って自然なカーブを描いている。地図にだけ残る失われた風景。

閉じている薔薇をゆさぶり今咲けというごと言葉は子を追い
つめる                    橋本恵美

花に向ってこんなことをする人がいたら変だと思うけれど、子育ての場面において、親はついつい同じようなことをしてしまう。

十五年着しセーターを捨てて今朝我が吉祥寺の街は消えたり
                       野 岬

吉祥寺の店で買ったのか、吉祥寺に住んでいたのか。物を捨てるというのは、それにまつわる思い出も捨てることなのである。
posted by 松村正直 at 14:56| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

「マティスとルオー」展


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あべのハルカス美術館で開催されている「マティスとルオー」展へ。

国立美術学校の同級生だったアンリ・マティスとジョルジュ・ルオー。2000年代に入って発見された往復書簡を元に、約半世紀にわたる二人の親交をたどる展覧会である。

展示されている作品はルオーが7割くらい。黒の線の力強さに惹かれる。中でも『悪の華』のシリーズ12点、『気晴らし』のための原画15点が印象に残った。タロットカードみたいな感じがする。

マティスでは『ジャズ』の20点が良かった。戦後すぐの作品なのに、非常に現代的でオシャレである。
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2017年05月03日

「未来」2017年5月号

昨年「未来」に電撃的(僕のイメージ)に復帰した高島裕さんのインタビューが載っている。全8ページ。聞き手は錦見映理子さん。

高島さんの歌や人生の軌跡がよくまとまっていて、とても良かった。

みんな、親がアメリカに旅行に行ったとか仕事で行ったとかそういう話をしているなか、私が「父はマレーシアに戦争に行きました」っていうと大笑いされて(笑)
最初の頃は都市的な猥雑さを歌にしていましたけど、そのうち、そういうものを忌むようになって、「伝統詩としての短歌」というところに自分の根拠を求めるようになったんです。
やっぱり、私は岡井さんの弟子だっていうことですよね。岡井さんから学んだことは絶大だと思います。
歌である以上、今を生きている命のリアリティがないとだめなわけで、今を生きている以上、様式的な美からははみ出すことが常にあるわけです。
妻のグラフィックデザイナーの石崎悠子と出会ったということが大きいですね。他者の力で自分が変わっていくのに驚いたし、いい形で変わっていける相手だったんです。

どれも歌人高島裕や高島の歌を論じる際に、大事なポイントと言って良いだろう。今後の活躍がますます楽しみである。

posted by 松村正直 at 12:20| Comment(0) | 短歌誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする