2019年12月31日

2019年の活動記録

*この記事は常に一番上に表示されています。
 最新の記事は一つ下を見て下さい。

作品
 ・二人五十首(中川佐和子さんと)(「現代短歌」2月号)
 ・「ふるさとへの旅」30首(「短歌研究」2月号)
 ・「生しらす丼」15首(「うた新聞」2月号)

連載
 ・啄木ごっこ(第3回)生誕地、常光寺(「角川短歌」1月号)
 ・啄木ごっこ(第4回)一禎と旧派和歌(「角川短歌」2月号)

書評
 ・吉村睦人歌集『蠟梅の花』評(「現代短歌新聞」2月号)
 ・及川隆彦著『編集者の短歌史』評(「歌壇」3月号)

その他
 ・大森静佳一首鑑賞(「Sister On a Water」第2号)

出演
 ・鼎談「2018年の歌集を読む」(1月13日)
 ・NHK全国短歌大会ジュニアの部選者(1月19日)




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2019年02月18日

宇田智子著 『市場のことば、本の声』


大手書店を退職して2011年に那覇で古本屋を開業した著者のエッセイ集。著者の本はこれまでに2冊紹介したことがある。

『那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139340.html
『本屋になりたい―この島の本を売る』
http://matsutanka.seesaa.net/article/421633314.html

初出は「BOOK5」「フリースタイル」「本」などの雑誌。古本屋店主として働きながら様々な執筆活動も行っているようだ。

私の店には時計はなくても、カレンダーはある。(・・・)そして必ず旧暦が併記されたカレンダーを使っている。旧正月や旧盆だけでなく、毎月の拝みや季節の祭りなど、沖縄では旧暦にしたがってなずべき行事がとても多いらしい。
美容室ではなぜ言葉が通じないのか、ずっと悩んできた。こうしてくださいと伝えて、そのとおりになったためしがない。
もしも入力に手だけでなく足のペダルも必要だったら、文章はどう変わるだろう。ピアニストのような全身のうねり、自転車をこぐときの軽やかさなどが表せるだろうか。いま書きながら足を動かしてみたけれど、よくわからなかった。

沖縄のことや市場のことや本をめぐる話など、読んでいて楽しい。と同時に、小さな店から眺める風景の中に、現代社会の様々な問題が浮かび上がってくる。

2018年6月10日、晶文社、1600円。

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2019年02月15日

大阪城梅林吟行

3月7日(木)にJEUGIAカルチャーセンターの講座で、「春香る大阪城の梅林で短歌を詠む」という吟行をします。

http://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_17-23431.html

大阪城の梅林や天守閣を見物して歌を詠み、ランチを挟んで歌の批評も行います。

皆さん、どうぞご参加ください。

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2019年02月14日

藪内亮輔歌集 『海蛇と珊瑚』


2012年に角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。
光沢のある黒のメタリックな表紙が美しい。

傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく
春のあめ底にとどかず田に降るを田螺はちさく闇を巻きをり
電車から駅へとわたる一瞬にうすきひかりとして雨は降る
墓地に立つ断面あまたそのひとつにましろき蝶の翅がとまりつ
鉛筆を取り換へてまた書き出だす文字のほそさや冬に入りゆく
川の面(も)に雪は降りつつ或る雪はたまゆら水のうへをながるる
冬の浜に鯨の座礁せるといふニュースに部屋が照らされてゐる
草に降るひかりと水の上(へ)のひかり異なりながら蜻蛉(あきつ)を照らす
感情を折り合ひながら君とゐるそれはときどき飛行機になる
絵の湖(うみ)に雨降りやまず一艘の小舟のうへに傘をさしをり

1首目、傘を差す時に誰もが行う何気ないしぐさの描写がいい。
2首目、春の雨の柔らかさと田の底にいる田螺の対比。
3首目、車両とホームの間のすき間にぱらぱらと降る雨。
4首目、「断面」という語の選びにハッとさせられる。
5首目、四句目までの描写が結句の季節感を巧みに導いている。
6首目、わずかな時間だけ溶けずに川面を流れていく雪片。
7首目、暗い部屋にテレビだけが点いているのだろう。
8首目、草の上を飛ぶときと水の上を飛ぶときの光の違い。
9首目、折り合いを付けようと努力しつつも逃避願望が兆すのだ。
10首目、結句で作者が絵の中に入ってしまったような面白さ。

全体が三部構成になっていて、第二部以降には「同音による意味のずらし」や「露悪的な言い回し」が多用される。

第二部の終わりにある「私のレッスン」は意欲作で、ルビや括弧を使って何層にも言葉を重ねた歌物語風の連作となっている。全7ページの作品だが、この方法で一冊200ページ続けてみたら、すごい歌集が生まれるのではないだろうか。

2018年12月25日、角川書店、2200円。

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2019年02月13日

映画 「台北暮色」


監督・脚本:ホァン・シー
製作総指揮:ホウ・シャオシェン
出演:リマ・ジタン、クー・ユールン、ホァン・ユエン

原題は「強尼・凱克」で英語の題は「MISSING JOHNNY」。どちらも邦題と違うのが面白い。2017年に東京フィルメックスで上映された時は「ジョニーは行方不明」という題だったらしい。原題の「強尼」はジョニー、「凱克」はインコ。

台北に暮らす男女3人の人生が交差し、次第にそれぞれの抱える過去が浮かび上がってくる。はっきりとしたストーリーがあるわけではなく、台北の街の雰囲気や空気感、地下鉄や高速道路の映像を味わう作品だと思う。

台湾にまた行ってみたくなった。

京都シネマ、107分。

posted by 松村正直 at 07:58| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

高松へ(その2)

天気も良いので、高松港付近をしばらく散歩する。


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アート広場にある巨大な椰子の実のような作品。
台湾の林舜龍(リン・シュンロン)の「国境を越えて・海」。

もともと2013年の瀬戸内国際芸術祭で香川県の豊島に展示され、続いて2016年の芸術祭でこの場所に展示、その後、恒久展示になったそうだ。


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別の角度から。
今は内部には入れなくなっていた。


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御製「種ぐさのいのち育む藻場にせむと小さきあまもの苗を手渡す」

2004年に高松市で開催された第24回全国豊かな海づくり大会で来られた時の歌。「豊かな海づくり大会」のことは全く知らなかったのだが、全国植樹祭・国民体育大会と並んで「三大行幸啓」の一つに数えられるイベントなのだとか。


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宇高連絡船「讃岐丸」の錨。

瀬戸大橋が開通するまで、岡山県の宇野と高松を結んで大活躍した船である。1996年の退役後はインドネシアに売却されて「Dharma Kencana I」という名前で就航しているそうで、興味を惹かれる。

午後からの四国歌会の詠草にもちょうどこの讃岐丸を詠んだ歌があった。地元の人々に親しまれた船だったようだ。


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歌会会場の「サンポートホール高松」から見える海。
13:00〜17:00は歌会、その後は懇親会と、楽しい一日だった。

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2019年02月11日

高松へ(その1)

「塔」四国歌会に参加するために高松へ。
四国を訪れるのは久しぶり。


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歌会は午後1時からなので、高松港のあたりを少し散歩する。


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北東方向に防波堤が延びていて、遊歩道のようになっている。
全長540メートル。
散歩している人、ジョギングしている人、犬を連れて歩いている人など、
けっこう人が通る。


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防波堤の先端には通称「赤灯台」と呼ばれる灯台が立っている。
総ガラス張りの灯台で、夜になると灯台全体が赤く灯るらしい。


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高さは14.2メートル。
正式名称は「高松港玉藻防波堤灯台」。
昭和39年に建てられ、平成10年に今の場所に移設されたとのこと。

多くの人がこの灯台を折り返し地点のようにぐるっと回ってから戻っていく。


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2019年02月10日

「too late」1号

「未来」の大辻隆弘選歌欄「夏韻集」所属の3名(門脇篤史・道券はな・森本直樹)による同人誌。他に、御殿山みなみ・染野太朗・谷とも子がゲストとして参加している。

 甘鯛のアラのパックを選びをり雨に濡れたる髪を冷やして
 故郷から届く馬鈴薯いくつかは鍬の刺さりし跡を残して
                         門脇篤史

1首目、スーパーで買物をしている場面。「甘鯛」「アラ」「雨」の「あ」音がリズムを作っている。生鮮食品売場の冷気に髪が冷えてゆく。
2首目、下句がいい。土から掘り起こす時に鍬が刺さってしまったのだ。おそらくこうした馬鈴薯は市場には出ずに自家消費されるのだろう。

 また傘がないと気がつく 鱗のように剝がれる雪のさなかに立って
 踏みしめた木の実にひびが入るとき膝にさびしいひかりがよぎる
                         道券はな

1首目、もともと持って来なかったのか、どこかに置き忘れたのか、ともかく傘がない。「鱗のように剝がれる」という比喩が秀逸。
2首目、感触や音ではなく「ひかり」と表現したところがいい。木の実に罅が入るのと同時に自分の膝にも光の罅が入るような感覚だろう。

 どうしても食べたい物のイメージがわかずに歩く惣菜売り場
 半分に折ったパスタを茹ででいる小鍋の隅に欠片が浮かぶ
                         森本直樹

1首目、目当ての物を買おうとしてではなく、何か食べたい物を探し回っている時のあてどない感じ。武田百合子の枇杷の話を思い出す。
2首目、大きな鍋が家になくて小鍋に入る大きさにパスタを折っている。うまく割れなかった欠片が浮かんでいるところに侘しさを感じる。

 娘さんいくつになつたと訊いてみる冬のはじめのあたたかい日に
                         谷とも子

何の説明もない歌だが、相手との関係性がほのかに浮かび上がってくる気がする。かつて付き合っていた男性と久しぶりに会った場面か。

2019年1月20日、400円。

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2019年02月09日

悲恋塚と山野井洋


先日、「短歌研究」昭和12年6月号を読んでいたら、山野井洋の「「悲恋塚」お光の歌」と題する7首を見つけた。

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私は調べものが好きで、いくつか継続的に調べていることがある。

その一つが「悲恋塚」。
かつて樺太の真岡にあった石碑で、このブログでも取り上げたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139069.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139070.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/387139071.html

そして歌人の「山野井洋」。
http://matsutanka.seesaa.net/article/444573067.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/447662274.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/447862617.html

「悲恋塚」×「山野井洋」。「短歌研究」掲載の7首はまさにドンピシャという感じで、なかなか興奮が収まらない。

posted by 松村正直 at 06:18| Comment(0) | 樺太 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

その後


新聞はテレビ欄がある最終面から読むのが子どもの頃からの癖である。

昨日の朝日新聞のテレビ欄の「試写室」には、アポロ11号のアームストロング船長のことが書いてあった。

そんな彼だからこそ人類初の重要なミッションを任されることになるが、帰還後、一躍ヒーローになったことで苦悩することにもなる。NASA退職、妻との離婚・・・。月から帰還後の人生は波瀾万丈だ。

32面から読んでいって、最後の1面の「天声人語」には、日本にスキーを伝えたことで知られるオーストリアの軍人レルヒ少佐の話が載っている。

(母国へ戻って)まもなく最前線でロシア軍と銃火を交える。敗戦により帝国は瓦解。軍一筋に生きたレルヒは道に迷った。退役し、放浪の1年を送る。貿易会社を立ち上げるも長続きしない。自作の水彩画を日本の知友らに売って糊口をしのいだ。

たまたまアームストロング船長とレルヒ少佐の話だったけれど、きっと誰だって「その後」の人生の方が長いのに違いない。

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2019年02月07日

吉田孤羊著 『啄木を繞る人々』


啄木の研究者として知られる著者が、「啄木の周囲を描くことによつて、その円の中心点に、客観化された彼の面影を少しでも髣髴せしむることが出来たら」という意図のもとに記した本。啄木と交流のあった50人あまりの人々を取り上げている。

啄木の没後17年という時点で書かれた本なので、まだ存命の関係者も多く、直接会って様々な話を聞いたりしているところが面白い。啄木と関わった人たちのその後の人生も知ることができる。

それにしても、この吉田狐羊の啄木研究にかける熱意というのは凄まじいものがある。岩手毎日新聞から改造社に入り、後に盛岡市立図書館の館長などを務めた人物だが、啄木に取り憑かれた人生を送ったと言ってもいいくらいだ。

1929年5月10日、改造社、1円。

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2019年02月06日

「塔」2019年1月号(その2)

 東平(とうなる)のナルはひらたき土地の意と思へば哀しひとの
 想ひは                    有櫛由之

東平は別子銅山の採鉱本部などが置かれていた場所。標高750メートルの山間のわずかに開けた土地に、かつては多くの人々が暮らしていた。

 ナイターのかたちにひかりは浮かびいて広島球場車窓をよぎる
                         黒木浩子

山陽本線のすぐ傍にあるマツダスタジアム。電車の窓からナイターに賑わう球場の様子や照明のあかりが見える。上句の丁寧な描写に工夫がある。

 十月に六週あれば散る萩をなびく芒を見に行けるのに
                         山下好美

あちこち出掛けたい場所はあるのに、なかなか全部は行くことができない。「六週あれば」という意表を突いた発想に、残念な気分が強く滲んでいる。

 突然の死とは即ち欠員で仕事の穴は埋めねばならない
                         佐藤涼子

職場の同僚が若くして亡くなった一連の歌。悲しみに浸る間もなく、その人の欠けた分の仕事を誰かが補う必要がある。現実の厳しさが伝わる。

 飛行機はこれでは墜ちる飛の文字の筆順友は幾度も教う
                         相本絢子

「飛」の字のバランスがうまく取れず歪んでいるのだろう。「飛行機はこれでは墜ちる」という言葉がユニークだ。友の熱心な指導の様子が見えてくる。

 ルービックキューブ一面揃え去るドンキホーテの深夜は続く
                         拝田啓佑

六面揃えるのは大変だが一面だけなら誰でもできる。ほんの手すさびにやってみた感じだろう。夜中の店をさまよう作者のあてどなさも感じられる。

 眠りつつ片笑みもらすみどりごは生まれる前の野原にいるか
                         宮脇 泉

下句がおもしろい。一般的には「何の夢を見ているのか」とでもなるところ。まだ生まれたばかりなので、すぐに生前の世界の記憶に戻れるのだ。

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2019年02月05日

「塔」2019年1月号(その1)

その歌を知れども椰子の実は知らずわずかな世界を見て老いゆくか
                         小石 薫

島崎藤村の詩に曲をつけた「椰子の実」は何度も歌ったことがあるのに、実物は見たことがないのだ。下句に何とも言えない寂しさが滲んでいる。

 亡きひとは亡きこと知らずに集いたる写真のなかに夏巡るたび
                         沢田麻佐子

かつて撮った集合写真に写る故人を偲んでいるのだろう。自分が死んだことに気づいていないかのように、写真の中で楽しそうにしているのだ。

 癌を抱き生き長らえて庭石の濡るるを見おり眼鏡を置きて
                         竹之内重信

病を抱える身体で縁側に出て、久しぶりに自宅の庭を眺めているのか。結句「眼鏡を置きて」がいい。濡れた庭石がいつもより鮮やかに目に映る。

 慣れるとは嬉しきことで検尿の尿もすぐ出る きれいな尿だ
                         山下昭榮

病院に通う機会が増え、最初の頃はなかなか思い通りに出なかった尿がスムーズに出せるようになってきたのだ。一字空けの後の結句が印象的。

 床の上に触れさうで触れぬカーテンの襞がま直ぐに濃くなる夕べ
                         石原安藝子

「触れさうで触れぬ」ところに味わいがある。触れていたら歌にならないところ。外が暗くなるにつれて、カーテンの襞の部分が翳りを帯びてくる。

 「denisten-official」のまだ生きていて開けばデニスのまだ生きて
 いて                      小川和恵

デニス・テンは昨年亡くなったカザフスタンのフィギュアスケート選手。最初の「生きていて」は、公式サイトが閉じられてないことを指している。

 電話ボックスに睦み合ひゐる二人あり髪の短き方と目が合ふ
                         川田果孤

電話ボックスという密室で抱き合うふたり。「髪の短き方」という性別を明示しない言い方がおもしろい。目と目が合って何となく気まずい感じだろう。

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2019年02月04日

大辻隆弘著 『佐藤佐太郎』


コレクション日本歌人選71。

佐藤佐太郎の全13歌集から50首を選び、鑑賞・解説を記した本。見開き2ページで一首の歌を取り上げるという読みやすい形になっている。

鑑賞は単なる一首評とは違ってしばしば佐太郎短歌の本質に迫る記述を含んでおり、全体として佐藤佐太郎論になっていると言っていい。

この浮遊する「は」は佐太郎の歌に多く現れてくる。(・・・)言わば佐太郎生来のあてどない心の動性に深く関わる「は」なのである。
佐太郎は抽象的な名詞に動詞「す」を接続して動詞化することが多い。この「影す」のほかにも「音す」といった動詞は佐太郎の愛用する動詞である。
あえて文脈上の「捻じれ」を用いる。それによってあてどない主体の心の動きを描写する。そこに技巧がある。

文中には繰り返し「茫漠とした意識」「あてどない感覚」「空漠とした作者の心情」といった言葉が登場する。そうした意識の空白や、意識と無意識のあわいを詠むところに佐太郎の真髄があるのだろう。

佐太郎短歌の入門書として、また短歌の本質や技法を考える手掛かりとして、中身の濃い一冊である。

2018年12月10日、笠間書院、1300円。

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2019年02月03日

出版・本屋


先日、2018年の紙の出版物の販売金額が約1兆2900億円と、ピークだった1996年の約2兆6500億円の半分以下に落ち込んだとの記事が新聞に載っていた。20年間で半減という凄まじい減り方である。

もちろん電子書籍の普及という要因もあるのだが、その市場規模は約2500億円ということなので、それを加えても尋常でない減り方である。

全国の書店の数も約1万2000店と、こちらもピーク時の半分にまで減っている。私の生活圏内でも書店が潰れたり店舗面積が縮小したりといった傾向が目につく。

小さい頃から本が好きで本屋に入り浸り本屋で働いたこともある身としては、何ともいたたまれない気分になる。

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2019年02月02日

「遠泳」 創刊号


笠木拓、北村早紀、佐伯紺、坂井ユリ、榊原紘、中澤詩風、松尾唯花の7名による短歌同人誌。

 ストロベリー・フェアのメニューを卓に伏せ鈍くあかるい雲を仰いだ
                         笠木 拓

早春のファミレスを思い浮かべて読んだ。苺がたくさん載ったメニューの明るさと窓の外に広がる曇り空。微妙な感情の起伏が感じられる一首。

 中庭に降り来ることしはじめての雪を巣箱のように見ていた
                         笠木 拓

「巣箱のように」という比喩がおもしろい。巣箱の暗い穴から外を覗いている感じだろうか。「中庭」という限定された空間も「巣箱」と響き合う。

 裸でいる方がきゅうくつ湯船では三角座りで首まで浸かる
                         北村早紀

服を着ている時の方が気が楽で、裸になると心細いような不安を覚えるのだろう。湯船の中で自分の膝を抱えるようにして、その不安を鎮めている。

 どの光とどの雷鳴が対だろう手をつなぐってすごいことでは
                         佐伯 紺

雷との距離にもよるが、稲妻(光)と雷鳴(音)は数秒〜十数秒ずれる。上句の雷の話から下句の相聞的な「手をつなぐ」話への展開がいい。

 煮魚のめだま吐き出すその舌が濡れおり夜の定食屋にて
                         坂井ユリ

目玉の周りのゼラチン質の部分を舐めて、目玉本体は吐き出したのだ。脂で濡れた舌や唇がぬめって光る様子が見えてくるようで生々しい。

 生活に初めて長い坂があり靴底はそれらしく削れる
                         榊原 紘

転居して新しい町に住み始めたのだろう。暮らしの中に「長い坂」があって、毎日それを上ったり下ったりすることが新鮮に感じられるのだ。

 硝子戸の桟に古びた歯ブラシを滑らせ春の船跡のよう
                         榊原 紘

古い歯ブラシを使って硝子戸の桟の汚れを擦り取るのだが、それを「船跡」に見立てたのがおもしろい。「春の」とあって、気分まで明るくなる。

 人ひとり無きというその明るさを灯していたり夜の食堂
                         坂井ユリ

学校や寮などの「食堂」を思い浮かべた。誰もいない広々とした空間に電気だけが灯っている。無人であるゆえに一層その明るさが目に付く。

 ティンパニにひらたき蓋をかぶせつつ盆地を籠める靄をおもえり
                         笠木 拓

皮の部分が傷まないように保護する蓋があるのだろう。楽器の形状と蓋をする動作から盆地に立ち込める靄をイメージしたところが美しい。

2019年1月20日、500円。

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2019年02月01日

「パンの耳」を読む会

来月3月1日(金)に、西宮で「パンの耳」を読む会を開催します。
岩尾淳子さん、大森静佳さんをゲストに迎えて、昨年刊行した同人誌
「パンの耳」について語っていただきます。批評会・懇親会ともに、
どなたでも参加できますので、興味のある方は松村までご連絡ください。

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2019年01月30日

渡辺明著 『増補 頭脳勝負』


副題は「将棋の世界」。2007年にちくま新書から刊行された『頭脳勝負―将棋の世界』に加筆・修正して文庫化したもの。

今年度、公式戦15連勝を含む29勝8敗と絶好調の著者が、将棋とはどんなゲームで棋士が何を考えどんな生活をしているのかなどを記した本。タイトル戦の自戦記も収められ、将棋の魅力がよく伝わる内容になっている。

ミスをした時にどう切り換えるか。これはどの競技でもそうですが、将棋でも重要なことです。(・・・)将棋の場合、ミスは多くしたほうが負けるのではなくて最後にミスしたほうが負けることが多いからです。
(スポーツの場合)コーチのポジションには、引退した選手が就くことが多いですね。ここがポイントです。スポーツでは「頭ではわかっているけども、体がついていかない」ということがあるのに対して、将棋は頭そのものが競技者の能力ですから五〇歳、六〇歳になっても現役は当り前。引退して指導者に回る年齢が遅いのです。

近年、ネットで対局の中継が見られるようになり、将棋を見て楽しむファン(「観る将」)が急増している。藤井聡太七段の活躍もあって今後がますます楽しみだ。

2018年9月10日、ちくま文庫、780円。

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2019年01月29日

下部温泉


一泊二日で下部温泉へ。

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と言っても温泉に浸かりに来たのではなく、ここが母の家の最寄り駅。
全国的に寒い日が続いているが、母の家のあたりは比較的暖かい。


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病院の受診に付き添い、その後、一緒に町の保健福祉課に行って今後の生活についての相談をする。在宅支援担当の方がとても丁寧に話を聴いて下さって心強い。

母も思ったよりは元気だったので一安心。
でも、月に一度くらいは顔を出すようにしなくてはと思う。

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2019年01月26日

安西巧著 『広島はすごい』


日本経済新聞社広島支局長である著者が、広島の魅力と活力について考察した本。「広島カープ」「村上水軍」「アンデルセン」「カルビー」「戦艦大和」「マツダ」「ダイソー」など、広島の歴史・文化・産業など様々なジャンルのことが取り上げられている。

なぜ広島に原爆が落とされたのか。この答えも「軍都」と切り離せない。
広島電鉄は市外に延びる宮島線を含む7つの路線で路面電車を運行しており、路線延長(35.1キロ)と輸送人員(1億122万人キロ)はともに日本一。
「カルビー」の由来はカルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」。
山口の人に幕末の長州人の話題を振る時は気をつけた方がいい。(・・・)毛利はもともと安芸国吉田の領主であり、大内氏の家臣だったにすぎない。
「100円ショップ ダイソー」が典型なのだが、広島でいわゆるニッチ(すき間)市場のガリバー企業が目立つのは、鷄口となるも牛後となるなかれ≠地で行く経営者が多いからだろう。

広島人気質や県民性といった話がどれだけ科学的かはわからないが、読み物としては面白かった。

2016年6月20日、新潮新書、740円。

posted by 松村正直 at 16:23| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする